死ぬほどおいしいスープ、保証付き!


<オープニング>


 8月も終わりに近づき、風もようやく肌に心地よくなる季節。
 裏路地の向こうに見える大通りを行き交う人達は、この細い路地に少女が一人でぽつんと立っている事に何の興味も感心も示してはいない。
 色が白く、歳は十二歳くらいであろうか。
 そのほっそりとした腕に、さび付いたスコップを担いでいた。……ただ一つ奇妙な所は……その服の下に見えるは、骨であった事。
「るるー、るー、るるるー」
 奇妙な呟きを続けながら、少女はぴたりと足を止めた。
 こんな時間に、しかも足が骨。誰かが見れば異様だと思うかもしれないが、ひっそりと人目を避けるように少女は暗闇に立つ。
 そして肩に担いでいたスコップをおろすと、ざくりと突き立てた。
「るー、るー、るるー」
 ただただ黙々と、少女はスコップで掘り続ける。
 路地裏に突き立てるスコップは、そこに眠っていた思念を呼び覚ましていく。ゆらり、と影が幾つかそこに落ちた。
「……あれ?」
 路地裏に迷い込んだ男が、目をぱちくりとさせた。
 いつの間にか、知らない路地に入り込んでいたようだ。ずいぶんと酔っているのか、足下がおぼつかない。ふらりと歩き出した男を、女がふわりと支えた。
 柔らかく甘い匂いが、どこからか漂ってくる。
「ここ……前、スープやさんがあったって聞いたんだけど……アンタ?」
「ふふ、そうよ。夏バテには栄養満点のスープはどうかしら?」
 男が顔を上げると、古ぼけた黄色いワゴン車が縞模様のかわいらしいテントを張っていた。白いコックコートを着た女と、彼女の妹だろうか……ミニスカートにエプロンドレスを着た女の子が三人。
 いらっしゃいませ、と元気な声が一斉に男に掛けられた。
「今日のオススメはボクの『青空のスープ』だよ!」
 ショートカットの少女が、トレイを差し出した。冷たいスープなのか湯気があがっていないが、どう見ても色は青色一号である。
 続いて、少し恥ずかしそうにしながら別の少女が両手でトレイを差し出した。
「あの……ミドリと言います。『木陰のスープ』は、森の木陰のような優しくて体を癒してくれるスープです」
 ああ、たしかに森の色、緑色だ。
 だが森は森でも腐葉土とか苔といった類の臭いが漂い、激しく拒否反応を起こさせる。最後に現れたのは、一番幼げな女の子だった。
「おにーちゃん、『くだものですもの』スープはいかが? 果物とヨーグルトで作った、冷たくて甘酸っぱいスープだよ」
 どうやらこれはまともな料理らしい。
 ほっとして男はイスを引いた。
「それじゃあ、頂こうか」
「はい、少しお待ちくださいね」
 にこりと笑って女はワゴン車に戻っていく。
 これが最後の晩餐となる事もしらず、男は笑顔で待つのであった。

 じわじわと五月蠅い蝉の鳴き声が、絶え間なく聞こえる。
 扇・清四郎は扇子で微風を送りながら、鋭い視線をこちらに向けた。
「……奴が現れた」
 真剣な扇の表情を見て、毒島・修二はぱらりと手元のレポートをめくった。そこに書かれていたのは、去年の冬に退治されたはずのゴーストの事であった。
 報告によると、マズイスープを飲ませてなおかつ殺すという地縛霊を操るリリスの依頼であったはずである。それは、他の能力者達によって既に倒されている。
「どうやら、新種の抗体ゴーストが現れてゴーストを蘇らせているようなんだ。しかも蘇ったゴーストは以前より一回り強くなっている」
「一体倒したものをまた復活させられちゃ、たまったもんじゃねえな」
 毒島は低い声でつぶやいた。
 しかも、あまり出会いたくないゴーストが蘇っている。
「この報告によると、立ち寄ったら最後スープを飲まないとブチ切れするってぇ事だが……絶対飲まなきゃ駄目なのか?」
「ああ、片隅とはいえ繁華街でリリスに突然襲いかかるなんて、愚かな行為です。でも、漏れなくいろんな効果が体に表れるので、良いこともあり悪い事もあり」
「まずいスープ飲まされるんじゃ、デメリットの方が遥かにデカイじゃねえか」
 そう、ここに復活したゴーストは地縛霊を操っているリリスとその配下の三人の少女である。少女はボクっ子のアカネ、どじっ娘のミドリ、そしてしっかり者の鬼っこロリのコガネの三人と、リリス姉さんの四名である。
 まずアカネの出すスープは、見た目は青一号の冷たいスープ。ただし中身にはやや季節はずれの秋刀魚がすりつぶして入っており、とても生臭くてマズイ。見た目とのギャップが楽しい一品である。
 ただし、飲んだ場合攻撃力がかなり下がり、かわりに体力が時間経過ごとに回復していく。
 二人目はミドリ。彼女の出すスープは明らかに食べ物とは違う腐った臭いがする。だが安心して欲しい、腐ってはいない。味も腐葉土っぽいが、ただ森の中に生えているものをぶち込んだだけで栄養価は高いはずである。
 しかし飲んだ場合超猛毒の効果を受け、そのかわりに身体能力がやや上がり、それに加えて少し運が良くなる。
 最後はコガネ。このスープは実は味も見た目も申し分ない、ちゃんとした冷製スープである。
「まて、また何か秘密があるんだろう」
 毒島が聞くと、扇は手を振った。
「疑うの良くない。……大丈夫、身体能力が下がるだけだよ。そのかわりに攻撃力が上がるから良いよね」
「回復要員専用だろ、それは」
 飲まねばならぬ、出された以上は。
 皆が飲めば、リリスも安心するはずである。それで逃げる確率が下がるなら、飲むしかあるまい。
「あえて地雷に突っ込むのも男って言うよね!」
 突っ込みたくねぇ……。
 どんよりした重い空気が漂うのであった。

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参加者
奈那生・登真(七生討魔・b02846)
嘉納・武道(柔道番長・b04863)
関・銀麗(天華青龍・b08780)
神農・撫子(おにしるべ・b13379)
月乃・星(永遠の欠食児童かも・b33543)
セドリック・ヘブナー(睡臥・b50715)
藤野・涼太(高校生フランケンシュタインの花嫁・b53733)
桂・雪(ノットロンリー・b75753)
NPC:毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)




<リプレイ>

 角を曲がる手前でぴたりと足が止まったのは、あの光景を思い出したからであろうか。セドリック・ヘブナー(睡臥・b50715)は振り返りながら、指をさす。
「あった、ここですよ」
 以前はこの曲がり角にまでは、屋台の香りは届いて来なかったはずである。しかしこの時点ですでに嫌な臭いが微かに鼻につくという事は、やはり強化されていると見て良いだろう。
「またあの三人組に会えるとは思いませんでしたね」
 藤野・涼太(高校生フランケンシュタインの花嫁・b53733)がセドリックに小さく囁いた。
 なんだか涼太の口ぶりは古い友人に会うかのようだが、決してそれが楽しくない事はセドリックにも分かっていた。
 セドリックは背筋を伸ばして前に立って歩き出すと、あの時と同じバス屋台の前で足を止めた。

 蘇った地縛霊達は、生き生きと駆け回っていた。
 先ほどまで飲んでいた1Lパックのコーンジュースを飲み干すと、月乃・星(永遠の欠食児童かも・b33543)はじっとパックを見つめた。冷たいコーンスープは、全く美味しくはなかった。
 星にとっては、どんなものであろうと美味しいなら別にかまわない。
「…は、腹減ってるから木陰のスープにしようかな」
 若干口籠もりながら桂・雪(ノットロンリー・b75753)が言うと、も俺もと毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)が手をあげた。いずれも顔色が悪いように思うが、気のせいであろうか。
 溜息まじりの奈那生・登真(七生討魔・b02846)を横目に、ぐるりと見回すと星は手をあげてメイドさんを呼んだ。
「……全部ください」
「一つずつ、味わってお召し上がりください」
 にこりと笑ってリリスが言い返した。
 以前試みていたセドリックから、その手は通用しないだろうとは聞いていた。星は仕方なく、木陰のスープを頼む事にする。
 ほどなくスープは、ミドリが駆け足でトレイに乗せて運んできた。
「お待たせしま……あっ!」
 がしゃん、と食器が触れ合う音が響いて地面に緑色の物体が散乱した。派手にこぼれたスープの半分は、熱々の緑の物体が雪と修二に降り注ぎ、慌てて二人が立ち上がる。
「熱っ…しかも臭っ!」
「イグニッションしてるから上着も脱げねぇ……」
 ぽつりと毒島が言うと、黙って座りなおした。
 平謝りでミドリが再びスープを取りに戻っていく。そして再び持ってきたスープを、こぼされる前に修二がさっと受け取った。
 ほしくもないスープを前に、登真は深く溜息をついた。
 何故こんな事に……。
「……美味しそう」
 スプーンを手に握って、星が言った。
 その言葉を聞いて、三人とも何か天然記念物を見るような目で星を見返した。もしかすると旨いのかもしれない、そう微かな期待を込めて雪が飲んでみたが、やっぱり口に広がったのは腐葉土のような苦みの土臭い味と腐臭である。
 まて、これは腹痛の薬を溶かしたスープなんだ。そう思い込もうとする雪であったが、脳裏に浮かぶのは昔、森の中で死にかけた時の光景であった。
 ぶつぶつとお経を唱えていた登真が、飲み干した星の様子をちら見する。
「……本当に同じものが運ばれたんですか?」
 こくりと星が頷いた。
「そんなはずはありません、あなた普通に飲み干したじゃないですか!」
「おい内輪もめはやめろ」
 修二が間に割って入る始末である。

 食は冒険と言いますが、冒険どころか暴挙と言ってもいいですね。
 彼らの光景と臭いを嗅いで、嘉納・武道(柔道番長・b04863)が言った。
 少なくともあのスープでは無かった事を、武道は神に感謝したい気分であった。しかしそれを打ち砕く、セドリックの言葉。
「似たようなものですからね」
 心の内を透かし見たような、一言であった。
 あの日のスープも、青かった。
 子供の描いた青空のような……。
 コトリ、とテーブルに置かれたスープを見つめてセドリックは微笑んだ。
「また会えるなんて」
「…海原をゆく秋刀魚のイメージと来ましたか」
 武道は青いスープを見つめた。
 さわやかな、真っ青のスープがそこにある。
 色は綺麗である、色はだが。神農・撫子(おにしるべ・b13379)はスプーンを手に取ると、じっとそれを凝視した。この青い色と、鼻につく生臭さがどうにも合わない。
 視覚から入る情報と嗅覚から入る情報がズレているのである。
 一口に口に入れると、撫子は飲み込む事も出来ずにぐっと口を閉ざした。
 苦い薬は舌に触れさせずに飲めば、大丈……だいじょ……。
「これは……!」
 武道はくわっと目を見開くと、真っ青のスープにがしゃんとスプーンを取り落とした。
「秋刀魚の生臭さと真っ青なスープの、絶妙なハーモニー! 胸が焼けるが如き切ないまでの後味が、我が身を至福の域にまで運んでいく……わけがない!」
 これはすり身の未完成ではないか、と武道は激しい口調でアカネに言う。だが地縛霊のアカネは、しれっとした顔をしている。
「ボクのスープ、ちゃんと味わって飲んでね」
「はい。…だって、ナァは食べ物を粗末にしちゃいけませんって習いましたもの」
 涙目になりながら、撫子はスープを喉に流し込むのであった。

 最後に運ばれてきたのは、コガネのスープであった。
「はい、おにーちゃん達『くだものですもの』だよ」
 幼げな少女は、危なげなく二皿のスープを関・銀麗(天華青龍・b08780)と涼太の前に差し出した。実際涼太は以前もコガネのスープを飲んでいる為、このスープに関しても悪い思い出がさほど無い。
 以前は南瓜の暖かいスープであった。
 そっと口に運ぶと、フルーツとヨーグルトの調和の取れた味を喉に流し込む。
「そう、前は南瓜のスープだったの」
 銀麗は涼太から話しを聞きながら、スープの味に舌鼓を打つ。
 さっぱりしていて暑い夏には最適のフルーツスープは、銀麗も帰って試してみたいところ。杏仁豆腐でもいけるかも……。
 思案しながら、銀麗と涼太は綺麗に完食。
 しかし見ているかぎりでは、3食混ぜなくて正解だったかもしれないと涼太は考えていた。
「あのスープを混ぜて、果たして無事に戦えたかどうか」
「戦闘不能という事も考えられるわね、精神的に」
 二人が見ている前で、セドリックが最後の一滴を口に入れてスプーンをおいた。
 沈黙が周囲に漂う。
「……相変わらずとても不味いね」
 さわやかな笑顔で、セドリックは言い放った。

 白いコックコートに身を包んだリリスは、可愛らしいメイドへ即座に指示を下す。
「お客様にお代わりをお出ししてちょうだい!」
「おことわりするわ」
 銀麗は言い返すと、皆を見回した。
 どうやら戦う前から、既に皆重症である。
 精神的に。
「きもちわる……」
「しっかりして、憑きもの落としはあたしに任せなさい!」
 銀麗は皆に叱咤激励の声をあげ、気力を回復する為の舞をはじめた。力強い銀麗の声と舞が、皆を鼓舞する。だが、喉に入った汚物はそう簡単に消えてはくれなかった。
 座り込んだまま口を押さえている雪と、黒燐蟲を呼び出して何とか体力を取り戻そうと試みる、登真。
 毒島は銀麗の問いかけに強気の言葉で返した後、虎紋を体に宿して奮い立たせる。
 そういえば、星は比較的平気な顔をしていたが……。
「月乃、あなたは……」
「……げぷっ」
 ふらり、と体が傾いだ。
 星は体勢を立て直すと、キッとコガネを見た。クトネシリカを手に握ると、その体をみるみるうちに霧が覆い、巨人となって現れた。
 気のせいか、巨人もフラリと千鳥足。
「……お腹の辺りが、なんか変」
「それを『気持ち悪い』って言うのよ! 月乃、さっきのスープの事は頭から消しちゃって!」
「……もったいない」
 銀麗の叫びを、星はそう一蹴した。
 しかし振り上げた巨人の拳は、しっかりとコガネを捉える。唸りを上げて振り下ろされた拳は、逃げ惑うコガネを確実に捉えていた。
『おねえちゃん達、おみせで暴れちゃダメなんだから!』
 眉を寄せて可愛らしい声で怒る、コガネ。
 しかし取り出したのは鋭いナイフとフォーク、それを幾つも取り出し乱発する。刃のように研ぎ澄まされた食器が、次々と放たれてフラフラの状態の修二や登真達を襲った。
「……帰ったらまともなスープが飲みてぇな」
「それには同意しますよ」
 幼なじみと、と登真は付け加えると修二と反対方向に飛んで避けた。回り込みつつ修二がコガネの体に後ろから組み付いた。
 動きを阻止した修二に合わせ、登真がアームブレードを装着した腕を構えて飛び込む。するどい刃は、避ける事すら許さずコガネを貫いた。
 ゆるり、とその体が陽炎のように消えていく。
 ほっと息をつくと、当麻の体から不快感が和らいでいるのに気付いた。そっと喉に手をやり、表情を和らげる。
「……消えた!」
 ……ニヤリ。
 リリスはそれを聞くと、両手をかかげた。
「アンコールだそうよ、二人ともお料理をお出しして!」
 はぁぃ、と答えたミドリがぱたぱたと駆け寄る。
 手にしたお皿は、スルリと滑って当麻の顔面に直撃。
「や、やっぱりか……」
 崩れ落ちるようにして、登真は椅子に腰掛けた。
 悪夢のスープが、目の前で湯気を立てている。
「俺……このスープを飲み終わったら、故郷に帰るんだ」
 震える手で、登真がスプーンを手に取った。
 怒りに燃える修二、そして黙々と戦いに集中する星はミドリに攻撃を繰り出す。これ以上の犠牲は、あってはならない。
「登真、お前の仇は俺が討ってやるよ!」
 飛び込んでいく修二を制止しようとした銀麗が見たのは、星に差し出された皿を代わりに受け取る修二だった。
 ふ、と笑ってそれを一気に飲み干す。
「……死亡フラグを登真に取られちゃ、俺の株奪われっぱなしだからな」
「毒島……」
 ぐらりと倒れた修二を、銀麗は呆然と見つめるしかなかった。
 一体、誰がミドリに勝てるというのだろうか? 躓いた拍子にスープ皿を投げ、テーブルごと巻き込んで引き倒すあの少女とスープに。
 静かに立ち上がったのは、雪であった。
 口元のスープをぬぐい取ると、ちらりと星に視線をやった。
「さて、そろそろ片付けるか」
 片手に海賊旗を握り、拳を握りしめる雪の表情から作戦を読み取った星はこくりと頷いた。巨人の手も握り拳を作り、雪の攻撃をただじっと待っている。
 脳裏にあのスープを思い返しながら、雪は怒りのすべてを拳に込めた。
「うわぁぁああああああ!」
 叫び声とともに振り下ろされた拳は、どじっ娘を吹き飛ばした。渾身の力がミドリを床に転がし、力を奪う。
 リリスがハッとミドリを見たが、彼女の支援よりも先に星が動いた。
「……悪くなかった」
 巨人の腕が唸りを上げ、ミドリをたたきつぶした。

 何時の間にか、リリスの周りはアカネとルールーだけになっていた。心配そうに後ろから見守るルーを振り返ってリリスは、セドリックと涼太に視線をやった。
 そうか、そういう事なのか。
「くっ……またしても私のスープが負けるなんて……」
 敗北感の余り、リリスは力なくテーブルに手をついた。
 対してあきらめる事なく攻撃を繰り出すアカネの蹴りを、武道が受け止める。鋭く力強い蹴り技を受け、思わずほぅと声を上げる武道。
 これが生者であれば、ぜひ勧誘したい所であるが。
 スピードを生かしたアカネの攻撃の合間に武道も拳を繰り出すが、やはり力が入らないのを感じる。ならば、とスタイルを変えて踏み込みによる衝撃と白虎の力による突きを中心に攻めた。
 いつしか二人の周りを、撫子の白い吹雪が覆っていく。
 まるで雪山で戦う、二匹の虎……。
「アカネさんも嘉納さんも、すごいですの」
 撫子もその戦いに目を奪われた。
 ……その時である。
 悪寒に撫子は身を竦ませた。
 この気配。
「アンコールよ!」
 アンコールと聞いて、撫子は両手で耳を塞いだ。飛び跳ねるマロウにミドリ戦で消耗している星の治癒を指示し、ただひたすら吹雪を作り続ける。
 雪はそう、撫子の心の壁なのだ。
「ナァはもう結構ですの! くれるなら『くだものだもの』をマロウにあげてほしいですの」
「あら、それは完売よ」
「じゃあ、自分にお代わりを頼む!」
 威勢良い声をあげたのは、武道だった。我が耳を疑いながら撫子が顔をあげると、武道が椅子に腰掛けて皿を差し出していた。
「大海原のロマンが俺を呼ぶ! くそぉ、不味い、もう一杯だ!」
「無茶ですの、もう武道さんは限界ですの」
 止めようとした撫子の肩に手をやると、涼太が首を振った。肩に触れた涼太の手は、微かに震えていた気がする。
 あのアカネとミドリのスープを飲まずに済んだ事にだろうか?
 涼太は、倒れたままの修二や登真達を見つめる。
「見ていてください」
「では行きますか」
 セドリックと二人、総攻撃を開始した。
 一斉に襲いかかるセドリックのハウンドと、喰らい尽くす涼太の白燐蟲。テーブルも、床に散ったスープもすべてを蹂躙していく。
 よろりと立ち上がると、撫子もまたマロウを見返した。
「マロウ……ナァと一緒に行きますの」
 真っ白い雪の中、マロウがアカネに飛びかかっていく。ハウンドの牙で蹴散らされたアカネを包み込む白い雪は、彼女の体を凍らせていく。
 そしてゆっくり、すべてをかき消した。
「そんな……私のスープが……」
 雪の中、リリスの声が響く。
 崩れ落ちるリリスの体を、撫子はそっと受け止めた。
「ごちそうさまでした」
 彼女の一言を聞いて、リリスはうっすら微笑んだ。

 ルールーを倒すと、路地裏はまた静寂に包まれた。
 まるで酔っぱらったサラリーマンのように蹲ったまま唸っている修二と登真、そして雪の体に武道は手をやった。
「しっかりしろ、毒島」
「う、気持ち悪ぃ……」
 青い顔をしている毒島に肩をかすと、武道は助け起こした。実際お代わりをした武道も、まだ悪寒で腹具合が気持ち悪い。
 グー。
 口もきけない程疲労した皆の耳に届いたのは、星のお腹の音であった。
「……お腹すいた」
「うわ、お前まだ何か食う気力あるの?」
 呆れたように雪が言った。
 しかし、雪も口直しなら何かほしいところ。
 眼鏡をあげて、登真が壁に手をつき立ち上がる。
「口直しですか……良いですね」
「よし、それなら今回は俺と毒島のおごりだ」
 元気よく武道が言うと、皆がわっと沸き立った。言い返したい所だが、毒島に反論する気力はない。
 笑顔を浮かべ、涼太がケーキにしようと言った。
「僕、いいお店を知っているんです。まだ開いていると思いますよ」
「ケーキは大好きですの」
 撫子もとたんに元気を取り戻し、涼太にケーキの話をねだった。ショートケーキ、タルト、ロールケーキ……何にしようかと今のうちから悩んでしまう。
 歩き出した皆の背を見ながら、セドリックが銀麗に声をかける。なにやらメモを取っていた銀麗は、はっと顔をあげると返事した。
「まって、さっきのコガネのスープについて聞きたいんだけど…」
 レシピもいいが、ひとまずケーキ。
 悪夢のスープも今夜かぎりで閉店である。


マスター:立川司郎 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2011/09/06
得票数:楽しい11  笑える1  泣ける3 
冒険結果:成功!
重傷者:毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)(NPC) 
死亡者:なし
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