白群の橋上にて


<オープニング>


「橋姫伝説、という言葉を聞いたことがあるか?」
 王子・団十郎(運命予報士・bn0019)は実家の手伝いを抜けてきたのか、エプロンを着たままだった。癖のように頭をかきながら集まった能力者達を見渡して言う。

 橋姫。
 端的に言えば橋に縁のある女霊や妖怪のことだ。もともと橋――彼岸と此岸を結ぶもの――は異界との繋がりを持ちやすい場所であり、そうした伝説には事欠かない。
「で、兵庫県の辺りの橋上にな、やけに強力な残留思念が発見された。このまま放っておくと何かの拍子にゴースト化してしまうとも限らない。そうなると元の残留思念が強いだけにやっかいだ」
 だから、その前にわざと詠唱銀を撒いて実体化させてしまい、倒してしまう。いくら強い残留思念であるといっても、生まれたばかりのゴーストであれば充分渡り合えるはずだ。

 詠唱銀を撒くのは橋のちょうど中央。
 薄く青みがかった白塗りの橋は車が通れるほど広く、戦うのに支障はないだろう。昼間は人目があるので決行は夜になってからが好ましい。かつては川遊びをする子供たちで賑わった河川も今は、情緒なく自動車が行き交うばかりだ。
「現れる女の地縛霊は美しい着物を纏い、唐傘で顔を隠している。自分を捨てた男を恨み、この川に毎夜入水して呪いの儀式を行っていた……そういう昔話が残っている。だからこの橋は夜、男だけで渡ってはいけないそうだ」
 男に恨みを持つこの地縛霊は、女を無視してひたすら男を殺そうとするという。
 唐傘を回し、視界内への麻痺を伴う攻撃を繰り出す。
 動きを止めたところを、笑いながら傘の先で突き刺す。
 周囲には彼女の力によるものか、蛍の幻影が飛び交う。幻の虫達に囲まれて、女はどれだけの時間が経っても尽きぬ想いに身を焦がすのだ。
「地縛霊の他には、双頭の蛇が8体出現する。女より20mほどの距離を置いて前と後ろに4体ずつ。こちらの布陣には構わずこの距離を取るから覚えて置いてくれ。尾の先についた蜂のような針で貫く攻撃は体力回復を阻止し、毒を持った牙での噛み付きは遠くにいる敵にまで届く」
 蛇の攻撃はいずれも単体を対象とする。統率はあまりとれていないようだが、個々の能力が高い。

「戦闘力だけならかなりのレベルだ。知性を持たない相手だからといって油断しないでくれ。なんて、言うまでもないな」
 頼んだぞ、と。
 団十郎は笑顔で説明を言い結んだ。

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参加者
天宮・奈月(星蝕の夜・b01996)
朱残・誄火(紅蓮呪奏・b18864)
矢和・翅居(群晴・b22326)
彼岸花・紅葉(諸刃之剣・b31310)
国見・眞由螺(影武者・b32672)
矢代・真魅(破戒の微笑・b35454)
桃宮・紅綺(子守唄の魔獣・b57806)
舞浜・美月(ウィリーブレード・b73028)
桃宮・紫戟(五線譜の綺術師・b76106)




<リプレイ>

●蛍……
 薄青に近い白は架けられた年月の長さを物語るかのように、ところどころ傷み、塗装が剥げている。闇の中に架かる橋の袂にとん、とランタンが置かれた。四方にそれぞれ明かりが灯る。そして懐中電灯の光がひとつ、ふたつ……。
「うっわあ、水かさがすごい……」
 舞浜・美月(ウィリーブレード・b73028)は橋の上から下を覗き、呟いた。川岸をコンクリートで固められた河川は蛍が飛んでいた頃の名残りなど皆無。
「昔は綺麗な川だったんだろうにね?」
「うん……」
 天宮・奈月(星蝕の夜・b01996)はどこか上の空な返事を返した。
 昔――残留思念の元となった女性が生きていた時代。呪い、という行為が一般的なものとして受け入れられていた頃のことだ。
「その境遇は共感はするけどさ……」
「……ほんとにそれで、よかったのかな」
 引き継いだのは矢和・翅居(群晴・b22326)だった。
 愛しい人のいる奈月とは違い、まだ恋には縁遠い。答えを求められた奈月は無言で胸に両手を重ねた。きっとそれは、自分が苦しいだけ。
「20m……って大体これくらいかな?」
 橋の中央から目算で距離を取った彼岸花・紅葉(諸刃之剣・b31310)が確認を求める。車が二台は通れそうな橋の中ほどではなく、欄干に腕が触れそうなくらいの端に陣を取った。大丈夫だと国見・眞由螺(影武者・b32672)が頷き、彼よりも前に出て詠唱銀を投げかける役目を負った美月に陶器製の瓶を投げ渡した。
「なにこれ?」
「詠唱銀が入っている。それを投げれば離れたところからでも詠唱銀を撒けるかもしれん」
 試してみてくれ、と言われた美月は首を傾げながらも振りかぶる。
 さすがに20m離れた場所に投げるのは慣れていないと難しいので、それよりは手前から「せーの」で詠唱銀の入った瓶を放り投げた。
 瓶は放物線を描いて飛翔、そして落下。
 アスファルトに叩きつけられた瞬間、割れた陶磁器の中から詠唱銀が漏れ出した。踵を返して味方の元に戻る美月の背後で淡い光が生まれる。
「蛍……」
 その光があまりにも眩かったから、矢代・真魅(破戒の微笑・b35454)はヘッドライトの電源を落とした。
 ぽう、ぽう……と橋の周囲を飛び回る蛍の群れ。
 その最中に唐傘を肩で回す女の姿がある。
「うふ……ふふ……罪な殿方……まだ生きてたの……?」
 紅を刷いた唇が狂気の笑みを象ったその瞬間、ばさっという音を立てて唐傘が開かれた。同時に前後4体ずつの蛇妖獣が出現する。
 ――だが、布陣の段階でこちらが有利。
「その身が妖物の名を語るのならば。こちらもそれ相応の力、アヤカシの能力を示しましょう……!」
 ぽっと、朱残・誄火(紅蓮呪奏・b18864)の手元に紅葉が咲いた。
 それは緋色の結晶輪。
 地縛霊より30mほどを置いた後衛から、妖獣が動く前に七星光を放つ。ちょうど4体横並びになっていた蛇妖獣はものの見事にこの攻撃に嵌った。2体にかかった超石化はしばらくの間解けないだろう。
「さあ、今のうちに……!」
 了解、と桃宮・紅綺(子守唄の魔獣・b57806)が頷いた。
「いこう、紫戟」
「ああ、紅綺……!」
 桃宮・紫戟(五線譜の綺術師・b76106)は相棒と視線を交わし合い、共に地縛霊の迎撃に備える。
(「何らかの受難を被って それを報復したい想いは、分からなくもない」)
 だが、まったく関係の無い人々への八つ当たりで満足するようでは――笑止千万。纏う細身のトレンチコートが闇に翻り、地縛霊の繰り出す蛇の目紋の唐傘から紅綺を守るように情熱のダンスを披露する――。

●蛇の如く
 地縛霊が唐傘を閉じた瞬間、恋に狂う女の顔が露わになった。
 駆ける先に居るのは黒き衣に身を包む紅葉。だが、距離がある。一手では届かない。それを理解した上で紅葉はエアシューズを駆った。
 何とは無しに納刀したままのレイピアを振るう、普段と変わりないような自然さはその名前に由来するものか。
「砕けろ!」
 蛇の眉間に亀裂が入る。
 そこへ、構えによる強化を済ませた眞由螺が滑り込んだ。
「土蜘蛛一族が勇者の秘剣。存分に見せてやろう!」
 鞘より引き抜く長剣は闇を纏う。
 ――渾身の黒影剣。
 残る頭部がぱくりと縦に割れて力無く首を垂れた。別の蛇の牙が腕に食らいつく。その脇から瞳にプログラムを迸らせた美月が体当たりするように突っ込んできた。
 狙いすましたクレセントファングが一気に体力を削り落とす。その反対側にいつの間にか濃紺のエアシューズが現れていた。
 あまりの神速は疾走にあらず、まるで転移。
「……どいて」
 奈月の唇から漏れたのは短い警告だった。
 どかねば、死。
「例えどいても、生はないけど……ね」
 冷ややかな瞳に弾け飛ぶ蛇の姿が映り込む。残る2体は未だ石化中。そして、地縛霊の後背にいた蛇は――愚かにも移動中。遠距離攻撃を与えるにしても一手は移動に費やせねば地縛霊より更に距離を置いた囮役である紅葉にすら届かない。
「心の壁は最強の障壁。おねぇさん、アナタたちを拒絶しちゃうわ!」
 傘を折り畳みながら接近する地縛霊が紅葉に到達するより先に、錫杖を打ち鳴らした真魅がサイコフィールドを展開。
「おねぇさん、無視されるのって嫌いなのよね」
 真魅が唇に小指を添えた途端のことだ。
 周囲の気温が確実に下がる。氷雪地獄の発動は舞台装置でしかない蛍の動きすら鈍らせた。急激な気温の低下は蛍を凍えさせ、地面に落とす。
「凍える吹雪は母の抱擁。永久の眠りに付いちゃいなさい♪」
 吹雪が橋上を掃討するかのように吹き荒れる中、翅居の雷弾が迸る。雪を貫く雷の弾は寒さに凍える蛇の頭部を見事に撃ち抜いた。地縛霊の蛇の目傘による影響は無い。初期の布陣が功を奏して、二手目まではこちらの思うがままの戦いが展開する。
「来たよ」
 翅居の口振りは風のようにつかみどころなく、まるで囁かれた歌のようだ。
 そこに激情はなく、だからといって無気力でもない。彼女は当たり前のようにナイフを振るい、そして想う。
(「他に方法はなかったのかな」)
 怨念に支配されたまま、死してなお現世に留まり続ける橋姫に手向ける言葉。翅居の声を受けて美月と奈月がその立ち位置を変えた。
「回り込むよ!」
「了解」
 突進してくる橋姫を受け止めようとはせず、囮の男性陣を残してぐるりと脇に回り込む。翅居はわざと囮との間に割り込んだ。今とばかりに紫戟と紅綺――色の名を持つ二人が橋姫の左右を固める。
(「友から頂きしお守りよ、どうか御力を……」)
 橋よりも深い青白のエレキギターが様々な想いを抱いて振り下ろされる。
 異能故の迫害、差別、受難――。
「……ただ、全く関係の無い人々への八つ当たりで満足するようでは、単なる犯罪であり、無意味で、なにより惨めだ」
 惨め。
 何よりもその言葉に橋姫は反応した。
「――来い!」
 叫んだのは紅葉だった。
 はっと、橋姫の視線が定まる。そこには紅葉が佇んでいた。目を逸らさず受け止める、と。その真っ向から向き合う姿に吸い寄せられるかのように橋姫は紅葉目がけて突っ込んだ。羽居が邪魔をしたため、もう一手、接近が遅れる。
 傘の切っ先が肩口へともぐり込み、鮮血を散らした。
「ッ……!」
「彼岸花君!」
 とっさに翅居の投げた栄養瓶が助けとなる。同時に雪を纏った誄火が前に出た。後退する紅葉を背に庇いつつ、間近に橋姫とまみえる。
「今宵は大盤振る舞いじゃのう……」
 新たな獲物を前に笑む橋姫へと、ため息ひとつ。
「本当に見境のない……まったく、その程度では底が知れますよ?」
「君がやってることって結局、『関係の無い良く似た人』に八つ当たりして、それで満足してるだけだよね」
 ――『現在の彼女』がそれを望んでいるとでも?
 紅綺は事実を叩きつける。
 残留思念は残留思念であり、本人の一部であっても全てではないのだから。
 秋らしい色合いの声楽杖を手に紅綺は癒しの歌を紡ぐ。肩越しに振り返る紫戟の瞳が感謝を伝えていた。
「今、地球の外ではルナエンプレス達が自らの存亡賭けて戦ってるんだから……」
「ああ……私達がこんなところで負けられるはずがない」
「ああら、気が合うわね。紫戟くん、紅綺くん。おねぇさんと一緒にいってみない?」
 片目をつむった真魅がすぐ傍まで来ていた。
 折りしも、残る手前側の蛇妖獣を全て倒し終えた頃。眞由螺の黒き刃もまた橋姫を射程に捉える。
「美月殿、同時に仕掛けるぞ!」
「はーい♪」
「命を喰らい尽くせ……。壱の秘剣・ヒルコ!」
 元気の良い返事の直後、すっと集中した美月は眞由螺の剣筋を追うようにクレセントファングを放った。
「アナタが恨んだ人はもういないから」
 もう、誰も恨まなくていい――。
 覗き込んだ橋姫の瞳は血に濡れていた。その赤き呪いの色こそが彼女を怨念から解放させない。
「度を越した想いは呪いと同じ、ですか」
 七色の星光が蛍のそれを凌駕して周囲を支配する。
 誄火の七星光は追いついてきた残りの蛇妖獣も含め、石化を与えた。遂に唐傘の動きが止まる。紅綺のカラミティハンドと紫戟のヘビィクラッシュがまったく同じタイミングで橋姫を――地縛霊を撃った。
「ああああああぁぁぁあああああああ……!!」
 悲鳴が夜の闇をつんざく。
 途端、全ての蛍がその光を失った。だが……まだ。まだ、橋姫は立っている。誄火が眼鏡の奥の瞳を細めた。
「さすが、呪いたる想いは強い……」
 隣で、奈月の唇から明媚な言葉が漏れた。
「音もせで思ひに燃ゆる蛍こそ――か」
 ねえ、先に蛍は消えてしまったよ。
 それでもあんたはまだ、こんなろくでもないことを続けるの?
「……あんたを捨てた男を惑わせたのもまた、女だろうに」
「んふ、どこまで無視できるか、試してあげるわ!」
 真魅の指先が凍気を纏いそして、紅葉が秘伝の技を披露した。
 抜刀。
「――紫電、一閃!」
 神速の太刀が防御のために広げられた唐傘ごと無念を断ち切る。
 散りゆく花弁のように唐傘だったものが、夜闇を舞った。地縛霊を消し行く風が翅居の髪をなでていった。
「――さよなら、お姫様」
 黙祷にはまだ早い。
 残る蛇妖獣を掃討しきるため彼らは休むことなく武器を駆り、詠唱動力炉を燃やし尽くした。

●橋姫伝説
「男を呪うぐらいなら、男を後悔させるような良い女になりなさいな」
 全てが終わった後、真魅は橋上でそうのたまった。双頭の蛇も橋姫もその存在がまるで幻だったかのように跡も残さず撃破終了。これで、任務は完了となる。
 ふう、と息をついた誄火は最後に出番のあった結晶輪を指先で回しながら起動を解いた。
「一件落着、ですかね。……彼岸花君?」
「え? ああ……」
 物思いにふけっていた青年は呼ばれてようやく顔を上げる。
「尽きぬ想いに囚われてもきっと、その先には……」
 言葉尻は穏やかな川のせせらぎに呑まれていった。恨み憎むだけではなく、一つの大切な気持ちがそこにある。
 ……そう、思いたい。
「お前たちは女を泣かせたりするなよ!」
 眞由螺の言葉に紅葉と誄火は顔を見合わせて、それからぽりぽりと頭をかいた。後ろでは紅綺と紫戟が感極まって互いに抱き合っている。学園に来てから最も大きな戦いに勝利した、その安堵と達成感を分かち合う。
「よかった…!♪ 本当によかった…!♪ あはは…!♪」
「ああ…♪ もう大丈夫だ…♪ もう、大丈夫だ…♪ 紅綺…♪」
 わぁ、と黙礼を終えた美月は恥ずかしげに覆った両手の間からちらちらと二人を眺めた。
「あれっくらい明るくなれたら、あんな化物にならないですんだのかもね?」
「ふふ……どうかな」
 翅居はただ穏やかに笑むばかり。奈月はと言えば、沈黙を保ったまま橋の欄干にもたれている。
「人を呪わば穴二つ……か」
 意味深な独り言は闇に解け、他の誰にも聞こえなかった。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2011/09/19
得票数:カッコいい13  ロマンティック1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
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