ジハード救援作戦:深緑の奇襲作戦


<オープニング>


●ジハード作戦の危機
 巡礼士と人狼騎士を主力とするジハード作戦の参加者達は、さしたる妨害も無く順調に東南アジアまで進出していた。
 ジハード作戦を行うにあたり、要注意地点とされていた、インド亜大陸をほぼ無傷で通過できた事で、かえって拍子抜けしたという安堵が彼らの中に広まったとしても、それを、責める事はできなかったであろう。
 一部で通信や交通のトラブルは発生していたが、どれも、人為的なトラブルであり、ゴーストが関わっていない事は明白であったので、目的地である日本への到達は時間の問題であるかに思われていたのだ。

 その情勢が急変したのは、東南アジアの大河、メコン川沿いに軍勢を進めていた時であった。
「るーるるーるるーるるー」
「るるるるるるるーるるるるるー」
「るーるるーるるーるるー」
「るるるるるーるーるー」
「るーるるるーるる」
「るーるるーるるー」
 突如現れた数十体の灰色の少女達が、手にもったスコップで大地を掘るしぐさをしたのだ。
「こいつらは、ゴーストだ! 気をつけろ!」
「各員第一級戦闘配備」
「巡礼士、リベレイション許可、ゴースト殲滅を最優先」
 慌ただしく戦いの準備をするジハード作戦軍。
 だが、彼らには、まだ、侮りがあった。
 しょせんは数十体のゴーストであるし、灰色の少女ゴーストは、それほどの強敵とは思えなかったのだ。
「いや、待て、俺は聞いた事がある。銀誓館に入学した、俺の従兄弟が……」
 そう言葉を発した人狼騎士は、その言葉を言い終える事は出来なかった。
 何故なら、彼らの足下から、大量のリビングデッドが這い出して来たのだから。

「こいつら、リビングデッド使いかっ!」
「だが、ここは、日本では無い。それほど多くのゴーストを作り出せるわけが」
「そもそも、リビングデッドの元となる死体を集めるのさえ難しい筈……」
 百戦錬磨の巡礼騎士と人狼騎士の冷静な分析。
 その分析は本来ならば、正鵠を射ていたことだろう。
 だが、現れたリビングデッドの数は、彼らの想像を超えていた。

「ばかな、こんな場所に数千体の死体が埋まっていたとでも言うのか?」
「いや、驚くべきは残留思念の量だ、死体があろうと残留思念が無ければ、これほど多くのゴーストが生まれるはずはない」
「つまり、この場所で、数千人が怨みと共に殺されたというわけか? バカバカしい」
 が、事態はこれだけに収まらなかった。
 別方面から侵攻していた一団から、彼らの前にも数千体のリビングデッドが現れたという急使を送ってきたのだから。

「以上が、理事長からのメールで判明した状況よ。現在ジハード作戦の参加者達は、アンコールワット遺跡まで後退して、籠城作戦を取っているわ」
 柳瀬・莉緒(高校生運命予報士・bn0025)が言うには、リビングデッドは日増しに増えており、このままでは全滅してしまうとの事。
「もちろんリビングデッド一体一体は、それほど脅威ではないし、組織だった行動さえしなければ、遺跡に籠城した巡礼士や人狼騎士達でも対応は可能よ。でもね、それを不可能にしているのが、『ルールー』の存在なの」
 巡礼士や人狼騎士も、『ルールー』の存在に気づき、なんとかルールーを撃破すべく作戦行動を行ったが、ルールーは戦列の最後尾に位置しており、何千何万のリビングデッドの群れに阻まれ、作戦は失敗に終わった様だ。
「でも逆に言えば、ルールーは、リビングデッドの軍勢の一番後ろにいるわけだから、外側からこっそり密林を抜け、奇襲をかけられれば……『ルールー』を殲滅する事ができれば、状況を一変させることができるはず」
 無論、隠密作戦である事から、大人数の投入は行えない。
 この作戦には、高い戦闘能力を持ち、高度な作戦遂行能力を持つ、少数精鋭の能力者が必要。
「つまり、あなた達の様な……ね」

 ルールー達は最後方で、リビングデッド作成を行っている。
 無理矢理リビングデッド化された死体は、やがて動かなくなってしまう為、ルールーがリビングデッド化を繰り返しているのだ。
「だから、作りたてのリビングデッドが一定数ルールーの傍に居るだろうけれど、素早く倒せれば問題ないわ。ただし、奇襲に失敗した場合は速やかに撤退して頂戴。さもないと、周囲を大量のリビングデッドに囲まれて脱出不可能になるわ」

「さて、全体の話はこの辺にして……あなた達にやって貰う作戦の説明に入るわね」
 能力者達は森の中を抜け、やや開けた場所に居るルールー10体程を殲滅するのが役目だ。
 作りたてのリビングデッドも同様に10体程が居ると考えられる。
 これを可及的速やかに殲滅するのだ。
「奇襲作戦だから、いかに相手の不意を突けるかどうかが大事ね。相手はまさか奇襲を受けると思っていない筈だから、警戒は薄いはず」
 ルールーとリビングデッドは2体1組と言った具合でそれぞれが多少離れた場所に点在している。
 まとまって各個撃破か、こちらも戦力を分けて同時攻撃を掛けるか、その辺も鍵になりそうだ。

「この作戦が失敗すれば、遺跡に立て籠もっている巡礼士や人狼騎士は……『ジハード』も失敗に終わることになるわ。そうならない為に、頑張って頂戴!」

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参加者
三島・月吉(仮面の処刑人・b05892)
比留間・兵庫(大学生ファイアフォックス・b14785)
黒瀬・和真(黒のレガリス・b24533)
飛鳥・瑛士(刃と想いを受け継ぎし者・b49579)
釣・克乙(もふぷにを・b52353)
霞谷・氷一(隔離されるべき論外裏商人・b55422)
近衛・聖(重ね響く二重奏・b78591)
灯崎・衛姫(準軍事蜘蛛・b79915)



<リプレイ>

●ジャングルの中
 カンボジアの国旗にも描かれ、同国の象徴とも言えるアンコールワット。
 世界遺産にも制定されたこの遺跡はクメール建築の傑作であり、今も僧侶が祈りを捧げる寺院で有ると同時に、世界中から観光客が訪れる場所である。
 美しく厳かなこのアンコールワットに、今、戦いの炎が迫りつつあった。

「大量のリビングデッドと言ったら、やっぱあれか……」
 歴史専攻の比留間・兵庫(大学生ファイアフォックス・b14785)は、ジャングルの中の道なき道を行きながら、ぽつりと呟く。
「あぁ……授業でちらっと触れていただけ、だけど……確か……」
 その隣を歩む近衛・聖(重ね響く二重奏・b78591)も、何か思うところがある様子。
 ワンコールワットは寺院でありながら、城郭と言っても良い堅牢な作りをしており、戦いに用いれば難攻の拠点となり得る。それは歴史が示す所でもあるのだが……。
 今回ジハードの参加者達が持ちこたえているのも、その地の利に寄るところが大きい。
「……考え事は後にしましょう、今は……理事長や巡礼士の方々を助けなきゃ、ですね……!」
 ともかく、今は任務に集中すべき時。雑念に気を取られている場合ではない。
「時間もそうないですし……ここはひとつ真面目に行きましょうかね!」
 頷きつつ、地図を手に皆を先導するのは霞谷・氷一(隔離されるべき論外裏商人・b55422)。
 彼のスーパーGPSがある限り、一行は深いジャングルの中を迷う事無く移動出来る。
(「よく兵站線も構築せずに電撃戦するからこんなことに……兎にも角にも現状況の打開が最優先ですね」)
 ジャングルを密かに歩む一行の中でも、ひときわ迷彩服姿が板に付いているのは灯崎・衛姫(準軍事蜘蛛・b79915)。
 空挺部隊に所属していて父親直伝の技術をいかんなく発揮し、本職と比べても遜色ない程だ。
(「歴史の因果応報とは云え、ルールー、やってくれますね」)
 そんな衛姫のハンドサインに応えながら、静かに土を踏みしめる釣・克乙(もふぷにを・b52353)と黒瀬・和真(黒のレガリス・b24533)。
 木の枝や枯れ葉さえも極力踏まない様に、注意深く歩みを進める。
 ルールーがこの近辺を警戒していると言う情報は無かったが、静粛性は高いに越したことが無い。
(「でもルールーの背後にいる敵の正体が分かるチャンスかも知れません」)
 そして、飛鳥・瑛士(刃と想いを受け継ぎし者・b49579)は、克乙に黒燐憑依する事によって、1人でも頭数を少なくしようと言う意図。
 当然ながら、少数の方が隠密移動には向くからだ。
(「何にせよ、奴らの思い通りにはさせねえよ。今回は静かに速やかに殺す」)
 三島・月吉(仮面の処刑人・b05892)が言う通り、今回の任務の肝は、静かに・速やかに完遂せねばならないのだから。

●奇襲
 ――ガサガサッ。
 木陰から飛び立つ鳥の物音に、身構えかけた一行。
(「……大丈夫、ただの鳥だね」)
(「……ん? ……敵影なし」)
 和真がハンドシグナルで皆へ伝えると、反対側の衛姫も同様に応える。
 安全を確認した一行は再び、ゆっくりと歩みを進める。
 そうしたやり取りをどれくらい繰り返しただろうか。
 雨季から乾季に移行するこの時期は、気温・湿度共に下がり、比較的過ごしやすい季節と言われている。
 それでも、長袖の迷彩服を身につけ、獣道を進む。まして神経を張り巡らしながらとなれば、体力的な消耗は避けられない。
 とそんな折、氷一が片手を挙げて皆を呼び寄せる仕草。
「(間もなく、ジャングルを抜けます)」
「(よし……敵影を確認したら、手筈通りに)」
 頷く一同。瑛士はいつも通り、バンダナを握りしめて心を落ち着かせる。
 間もなく、戦いの火ぶたは切って落とされようとしていた。

 ――ざくっ、ざくっ。
「るーるるるー」
「るーるーるるるー」
 密林のほど近く、少し開けた場所にたむろする十余名の少女達。
 皆手にはスコップを持ち、地面をせっせと掘り返している。
「オォォォ……」
 すると見る見るうちに、噴き出した残留思念が白骨死体に纏わり付き、生ける屍達と化してゆく。
 こうしてリビングデッドらが、ほぼ無尽蔵にアンコールワットに殺到してゆくと言うわけだ。
 ――ザザッ!
 ルールー達が、続けてスコップを動かそうとした丁度その時。密林の中から飛び出すいくつかの影。
「るー……?!」
 ――バシッ!
 気配に気づき、ルールーのうち1体がそちらを振り向いた刹那。その眉間に命中する穢れの弾丸。
「突撃ですっ! 文ちゃん、そっちをお願い!」
 聖の声に応え、真サキュバス・ドールの文花がリビングデッドに組み付き、その生気を貪る。
 能力者達の鮮やかな奇襲は、完全にゴースト達の不意を突いた。
「そうそうタダでは済ませるつもりはないぜ……!」
 ――ガシャーン!
 和真はいまだ状況を把握する事さえ出来ないでいる手負いのルールーを、聖葬メイデンによって捕らえる。
「三島、こっちも行くぜ!」
「――るっ?!」
 ルールーやリビングデッドが、聖・和真の姿を視認し、敵襲の事実を受け止めたまさにその瞬間。兵庫のシリウスが紅蓮の炎を帯び、ルールーの頬を強かに打ち据える。
「砕けろ」
 ――バキャッ!
 魔炎に包まれる彼女を待っていたのは、断罪のオーラを帯びた月吉の拳だった。
 華奢な抗体ゴーストは、もんどり打って地面を転がる。
「混乱している様ですね。釣さん、援護します」
 ――ババッ!
 瑛士の暴走黒燐弾が、慌てふためくゴースト達に群がり食らいつく。
「一人たりとも逃がしません!」
 援護を受けた克乙は、サキュバスドールの乙姫と共に射程ぎりぎりの場所に居るルールーを疾風によって攻撃する。
「るーるる!」「るるー!」
 スコップを握り、応戦の構えを見せるルールー。周囲のリビングデッドらも、それぞれ最寄りに居る能力者目掛けにじり寄る。
「……骨チラ系の少女たちよ……お邪魔しますよっと!」
 彼らの位置が一直線上になった瞬間、氷一の試作型ライトニングヴァイパーが青白い閃光となって駆け抜けた。
「状況開始します……もう気味の悪いリサイクル戦術なんてさせませんよ」
 幻影兵達を展開させながら、言い放つ衛姫。
 能力者達はその後も一切攻撃の手を緩めること無く、ゴーストに対し最大火力を注ぎ続ける。

●時限
「るーるるる!」
 ――ヒュンッ!
 振るわれたスコップの切っ先が、和真の頬を僅かにかすめる。
 完全に機先を制した能力者達は、戦術的にゴーストを圧倒したが、その攻撃は少数部隊によるギャンブル的作戦であり、ゴーストに粘られる様な事になれば、無限とも言えるリビングデッドのただ中に孤立してしまう危険性を伴っていた。
 奇襲部隊が少数である事を理解したルールーらは、仲間の来援を待つべく必死の抵抗を続ける。
「時間を掛けてる場合じゃ……」
 和真の足下からダークハンドが放たれ、ルールーの腕を引き裂く。
「そこですっ!」
 文花がリビングデッドらの攻撃を一身に引き受ける間、聖は雑霊を練り上げた弾丸を再びルールーへと撃ち込む。
 敵も味方も、共に必死の状況なのだ。
「今更退けません、倒れて下さい」
「乙姫、そいつを!」
 瑛士の黒燐蟲がゴーストらの手傷を、より深い物にしてゆく。克乙は乙姫と連携を取りつつ、続けざまの遠距離攻撃。
「こ……のっ、そこをどけ!」
 ――ゴォッ!
 振り下ろされたスコップを腕で受け止め、お返しとばかりにフェニックスブロウを繰り出す兵庫。
「るーるー……る……」
 炎に包まれたルールーは、崩れる様にして地面へ突っ伏す。 
 いかに粘れば勝てると言っても、能力者達の苛烈な攻撃を耐え続けるのは所詮不可能な事。
 蓄積されたダメージの量が、ルールー達の限界が近いことを示していた。
「るーるー!」「るるるー!」
「纏めて死ね」
 それでも最後まで抵抗をやめようとしないゴーストに対し、月吉が呼び出したのは、虚空に浮かぶ巨大な刃。
 ――シュンッ!
 鋭い風斬り音と共に、放たれた刃はゴースト達の身体を次々に切断してゆく。
「そぉれ! やはり無双系はこうやって纏めてに限りますね! 気分爽快!」
 数体のゴーストが地に伏し、残りの者も浮き足立ち始めたその隙を、氷一は突いた。
 ――バシッ!!
 幾度目かのプロトヴァイパーがゴーストを飲み込む。
 1体、また1体と動かなくなってゆくゴースト達。
「るーるーダウン、るーるーダウン……るーるるる」
 衛姫の放つ禁縛陣が、逃げるようなそぶりさえ見せ始めたゴーストの動きを、完全に封じる。
「あと1体……近衛さん、トドメだ!」
「はい!」
 和真と聖の攻撃が、瀕死のルールーに引導を渡す。
 少し離れた場所では、文花の手によって1体のリビングデッドが崩れ落ちる。
「やった!」
「任務成功か、長居は無用だな」
 周囲を見回し、撤退を促す月吉。
 ルールーを撃破したとは言え、この周辺にはまだまだ大量のゴーストが存在しているのだ。下手をすれば撤退のチャンスを失うことにもなりかねない。
「逃げ足に定評ある俺!」
 当初の予定通り、退路へ皆を誘導する氷一。
「他の隊の皆さんも、無事だと良いのですが」
 克乙は仲間達の成功を祈りつつ、呟く。
 この作戦は、局地的に成功しただけでは効果が薄く、現時点で手放しに喜ぶ事は出来ない。
「早く理事長先生やランドルフさんたちを助けに行きたいですね」
 しかし作戦が成功を収めていれば、必ずアンコールワットの包囲を破ることが出来る。そうなれば、彼らを救出出来る筈だ。瑛士はそれを確信しつつ頷く。
「そうなったら、ランドルフさん説教しましょうか♪」
 にっこりと笑顔で相づちを打つ衛姫。
「それにしても、世界結界のなか大量のゴーストを出すとは……。ルールーの後ろにいる奴は一体何なんだ?」
 往路とは対照的に、密林を疾走する一行。現時点で兵庫の疑問に答えは出ないが、何らかの進展があるだろう。
 かくて、自分達の役目を果たした8人は、帰還の途についたのだった。


マスター:小茄 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2011/11/25
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