霧のプラットホーム


<オープニング>


 真っ白な霧に包まれたプラットホームが、淡い灯りに照らし出されている。
「今は21時50分か。えーと、次の電車まで……あと30分!? まいったな」
 時刻表から目を逸らし、惣一はふぅぅと白い息を吐いた。
 ここは、某ローカル路線の始発にあたる小さな駅。周辺にはタクシー乗り場もバスターミナルも見当たらないというのに、電車は一時間に一本というシビアな状況。
 出張でもなければ、一生訪れる事がなかった場所だろう。
「ううっ、寒い……今の時期が一番冷えるってことかー?」
 今どき木の椅子なんて珍しいと呟きながら近くのベンチに腰を下ろした彼は、その冷たさに身震いしながらぐるりと辺りを見回してみた。誰もいない静かな駅構内。外灯の範囲から外れている場所は薄暗くて怖いくらいだ。周囲を覆う霧も、不気味なムードを作り出すのに一役買っている。
「それにしても、待合室もないなんてヒドくないか?」
 駅員がいる改札からここまでは、階段と連絡通路を延々と歩かなければならない。もしホームで何かトラブルが発生したらどうするんだろう、と惣一は首を捻った。
「あれ?」
 100mくらいあるのだろうか? ホームの向こうに目をやった惣一は、妙な事に気づく。
 薄暗いホームの端っこに誰かがいる。まぁ、ここは駅なのだし、人がいても別におかしくはないのだが。
「さっきまで誰もいなかった……と思うんだけど」
 スカートをはいている。女性なのは間違いなさそうだ。しかし、あそこに見える人影は――何か変だ。人体としてのバランスがいびつというか。
 とんとん。突然、背後から肩を叩かれた。
「ひぇっ!?」
 飛び上がるようにして振り返った惣一の瞳に、真っ白なコートを着た少女の姿が飛び込んできた。小学校低学年くらいの、おかっぱ頭の女の子だ。
 しゃらん、と鎖のような音が響く。
「びびびびっくりしたぁ! キミ誰?」
 『おにいちゃんいっしょにいこぉ』
 少女は惣一の手を握って、強く引っ張る。何だこの子は? 夜の10時にもなろうというのに、こんな子が駅のホームに一人でいるなんて変じゃないか?
『ママまってるの、あっちよ』
 彼女が指差すのは、ホームの端。
 なんだ、あそこに立っている人の子供なのか、と惣一は緊張を解いた。
 タタン、トトン。
 霧の向こうから聞こえてくるのは電車の音か? 
「え……」
 いつの間にか――ホーム端にいた人物が、惣一のすぐ近くに立っていた。電車の音に気を取られている隙に近づいてきたのか? 足音も立てずに?
 いや、それよりも。
「ひっ……う」
 惣一は恐慌状態に陥っていた。無理もない。そこにいた人物には、首から上の部分がなかったのだから。
 頭部は、その人物の腕の中にあった。
 その時、少女が惣一にしがみつき、物凄い怪力でその場に固定した。
「うぇっ!?」
『いいよーママー』
 逃げなければと惣一の生存本能が叫んでいる。だが、動けない。首なし女が抱えている血塗れの頭部の口がぱかぱかと動いて、ぎこちなく言葉を吐き出す。
『イ・キ・マ・シ・ョ・ウ・ア・ナ・タ・モ』
 刹那――前触れもなくいきなり目の前に出現した電車が、驚愕する惣一を無惨に轢き潰し、その躯を空中に跳ね飛ばした。
 

「いつになっても悲劇は尽きませんね」
 とある地方都市の小さな駅に地縛霊が現れる未来が見えたという。北杜・文彦(運命予報士・bn0040)は教室を訪れた能力者達に、事件の概要をひととおり語った。
「おそらく電車に飛び込み自殺した母娘の地縛霊が、道連れを求めているのでしょうが……」
「未来って事は、まだ惣一が助かるチャンスはあるんだよね?」
 鈴鳴・鈴蘭(月のエアライダー・bn0105)の質問に、運命予報士は黙って頷く。
 
 どのようにすれば、この悲劇を回避できるのだろうか。
「皆さんは、惣一さんが駅に着くよりも20分ほど早く……夜の9時半ぐらいに現地へ到着できます。つまり、彼が件のホームにやってくる前に事を済ませていただく必要があります」
 現場に着き次第、速攻で地縛霊を誘き出してさくっと退治してしまわねばならないという事か。
 全長100m程度、幅8m程の、両側に線路がある形状をしているプラットホーム。時刻表の近くにぽつんとベンチがひとつだけの簡素な空間。唯一の出口である改札へ行くには、突端にある階段通路を利用するしかない。
「この時間帯はホームに誰もいませんので、無関係な人を巻き込んでしまう心配はありません。逆に言うと、この時間が、誰にも邪魔されずゴーストを退治できる唯一のチャンスになるかと思います」
 地縛霊を誘き出すには囮作戦が有効でしょう、と運命予報士は言う。
「『獲物』となる誰かがベンチに座ると、まずは少女が『勧誘』にやって来ます」
 少女が「一緒に行こう」と獲物の腕を引くと、霧の向こうから電車の接近音が聞こえてくる。音の発生源は、ホーム端にいる首なしの母親だ。
 ある程度獲物へ接近した母親は、幻の電車を創り出してターゲットを轢殺する。
「あまり大勢で待ち構えていると、地縛霊が出てこない可能性もありますので、ベンチに座るのは多くて二名までとして下さい」
 囮以外のメンバーはどこかに隠れて待機する事になるが、身を隠せそうな場所は限られている。
「何しろホームというのは見渡しがいいですからね……隠れる場所といえば階段通路か、ホーム下にある緊急回避用スペースが適切でしょう。どのように待機して、どのタイミングで飛び出すかは皆さんにお任せします」
 首尾良く地縛霊を誘き出した時点で、戦闘開始となる。
「電車の形をした衝撃波を放ち、獲物を轢き殺そうとするのが母親の役割です。この電車に跳ねられても能力者であれば即死する事はまずありえませんが、それなりのダメージを負う筈です。また、自分に接近戦を仕掛ける者に対しては鋭い爪で引き裂こうとするでしょう」
 少女はというと、抱きつきによる締め付けと、玩具の魔法杖を振り回して火球を放つ攻撃を繰り出してくる。母親や自分が傷を負えば、命を繋ぐ回復の雨を降らせる可能性が高い。
 そして彼女達の援護として、鴉のリビングデッドが合計10体出現する。唯一の攻撃手段である毒の嘴を駆使して積極的に襲いかかってくる鴉は、それほど強い敵ではないようだが。
「鴉の屍をホームに置き去りにする訳にもいきませんし、然るべき処理をお願いします。21時50分近くになると惣一さんがホームに現れますので、それまでに全ての事を済ませてしまって下さい」
 もしも戦闘が長引いてしまったら、惣一を巻き込んでしまう恐れもある。なるべく迅速に行動しなければならない。
 
 白いコートの少女と首なしの母親……かつてこの駅でどのような悲劇があったのかは不明だが、例えどんな過去があるにせよ脅威の存在を放置する訳にはいかない。犠牲者が出る前にゴーストを消し去り、地上に縛られて迷っている魂達を行くべき場所へ送ってやるのが能力者の役目なのだ。
 話を聞き終えた鈴蘭が、元気よく立ち上がる。
「じゃ、急いで出かけよう!」
「皆さん、くれぐれもよろしくお願いします。どうぞ、お気をつけて」
 そう言って、文彦は静かに頭を下げた。

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参加者
伊藤・洋角(百貨全用・b31191)
ローズ・ブラックベリー(黒薔薇の魔女・b36143)
日向・修一郎(は嫁の戮屠が命・b39150)
エルム・レガート(夜明けの紫・b39299)
神楽・九竜(地下書庫の管理者・b51622)
セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・b81234)
斉藤・縁(多分浪花の風水少女・b81259)
八月朔宮・瀬奈(夏桜ライトステップ・b82210)
NPC:鈴鳴・鈴蘭(月のエアライダー・bn0105)




<リプレイ>

●白い世界
 夜のプラットホームは、うっすりとした霧に包まれていた。
 静かだ。
 人はおろか、生き物の気配すら感じられない――しん、と静まり返った空間。
「ふう、やっとホームに着いた」
 仲間と一緒に軽やかな足取りで階段を下りてきたエルム・レガート(夜明けの紫・b39299)は、注意深く辺りを見回した。今のところ、地縛霊が出現する気配はない。大勢でいれば大丈夫なんだねと呟いてから、彼は呆れたように息をつく。
「まったく……改札からホームまで、どうしてこんなに離れているのかな」
 地形の関係なのか、ホームと改札の間には急勾配の連絡通路と長い階段があった。こんな不便な場所に駅があるのは、ローカル線ならではの光景なのかも知れない。電車の本数が少ないという事は利用者も多くはないのだろうが……改札からホームまで距離があると、乗りたい電車に間に合わないという『不幸な事故』も起こるのではないだろうか? 
「ひとつ前の電車は、出発したばかりのようです」
 赤錆に覆われた時刻表に目を向けたローズ・ブラックベリー(黒薔薇の魔女・b36143)は、そう言って肩をすくめる。
「本当に、電車が少ないんですね」
 この寒い中そんなに長くは待っていられない。ホームに誰もいないのも頷けるというものだ。実際に利用するとなると不便極まりない駅だが、これからゴースト退治をしようとしている能力者達にとっては好都合な状況といえた。
 時計を確認した伊藤・洋角(百貨全用・b31191)が、急かすように口を開く。
「あと15分程で惣一さんが来てしまいます。少々急ぎましょう」
「そうやね、その前にケリつけないと。二人共、よろしく頼むで!」
 大きく頷いた斉藤・縁(多分浪花の風水少女・b81259)が自らの体に洋角を憑依させてから、神楽・九竜(地下書庫の管理者・b51622)と共に地縛霊への『囮役』としてベンチへ向かった。
「私は緊急避難用スペースに待機するわね。ローズさん、鈴鳴先輩。行きましょう」
「了解っ」
 素早く線路に降り立った八月朔宮・瀬奈(夏桜ライトステップ・b82210)を追って、鈴鳴・鈴蘭(月のエアライダー・bn0105)がホーム下へぴょんっと飛び降りる。
「僕は階段の方に隠れておくよ」
「よし、行くか」
 先程通ってきたばかりの階段を再び上ってゆくセリル・メルトース(ブリザードアクトレス・b81234)。日向・修一郎(は嫁の戮屠が命・b39150)とエルムが急ぎ足で彼女の後に続いた。
 ベンチ、階段、ホーム下に、それぞれ三人ずつ。
 バランス良く配置について、彼等はじっと待つ――地縛霊の出現を。

●プラットホームの死者
「寒い……夜は冷えるなー」
 ベンチに腰掛けた縁は、ふうーと白い息を吐き出した。足元から這い上がってくる冷気が地味に辛い。
「今日は特に寒いですね」
 横に座っている九竜がそう呟いた時、すうっと周囲の空気が変わった。これは――殺気か。
『ねぇいっしょにいこぉ』
 背後から、声。
(「出ましたね」)
 そっと立ち上がり、静かに振り返った九竜の瞳に、白いコートの少女が映る。暗い殺意を抱いた、生気のない表情の地縛霊。
「こんばんわ。君一人なの。お母さんはどこにいるの?」
 彼の問いかけに、少女は緩慢な動作で首を傾げた。
 タタン、トトン。どこか遠くから微かに電車の音が聞こえてくる。霧の向こうから近づいてくる人影を視界の隅に捉えた九竜は、いつでも動けるよう油断なく身構えた。
「洋角先輩、ええよ!」
「早速おでましですか」
 縁の合図と同時に、洋角が憑依を解除する。
「お誘いは有難いですが、あなた方が鎖で繋がれている以上、無理な事ですねぇ」
『ひっ、いやあぁっ!』
 目前に男が出現した事に仰天した少女が、手に持っていた玩具の魔法杖を闇雲に振り回した。杖の先端から射出された火球を真っ向から浴びた洋角は、自らの武器に黒燐蟲を纏わせながら、鴉のリビングデッドの襲撃に備えて闇夜に目を向ける。
 ゴオオオオッ!
「!」
 何の前触れもなくホームに漆黒の電車が突入してきた。線路ではない場所を暴走する幻の車両が、ベンチ周囲に立つ三人へ襲いかかる!
「ホームの上を電車が突っ走るなんて、非常識ですよね……っ!」
 迫り来る電車をふたつの刃で受け流す洋角。側転で回避した九竜は即座に体勢を立て直し、旋剣の構えを取りながら暴走電車を操る敵めがけて駆け出した。
 避ける余裕もなく車両に轢き倒された縁は、頭上から聞こえてくる鴉の羽ばたきを意識しつつ、地脈の邪気を吹き飛ばす巨大植物群を作り出す。
「木行の力、解放するでー」
『カアァァ!』
 木々に捕らわれた数羽の鴉が、その動きを強制的に停止させられる。
「まんまと囮にかかったな。行くぜ!」
 真っ先に動いた修一郎の叫びが、ホームにこだまする。エルムとセリルが階段を駆け下りるのと同時に、避難スペースから躍り出た瀬奈達が勢いをつけてホームに飛び上がった。
「……っ」
 あるべき位置に必要な部分がない。禍々しくも痛ましい姿――首なしの地縛霊を正面に捉えたセリルは、雪の鎧を身に纏いながら前へと突き進む。
「さあ、閉幕だよ。こんな悲劇はもう終演だ」
『おねえちゃんあたしのそばにいてぇ』
「!」
 先刻の動揺など既に忘れたのか、白い少女は自分に近づいてきた縁にぎゅっと抱きついてきた。小さな腕が、信じられないような怪力で縁の体をぎりりと締め上げてくる。
「面倒だな。一気に削らせてもらうよ」
「炎の隕石よ……敵を纏めて焼き払いなさい!」
 エルムのブリザードが戦場を覆う。激しい氷雪に巻き込まれ蹂躙される鴉の群れに、燃えさかる隕石を落下させて追い討ちをかけるローズ。
「俺が、お前の相手をしよう」
 再び電車を暴走させられては堪らない。九竜は躊躇なく首なしの懐に飛び込んで、闇に染まる斬撃を繰り出した。
『アナタ・モ・イキマ・ショウ・シノクニへ』
 勧誘の言葉と反撃の爪を受け流した九竜は、不敵な笑みを浮かべて敵を挑発する。
「どこを見ている……いや、首から上が無かったな。失礼」
「皆、気をつけてねー!」
 鈴蘭の巻き起こす浄化の暴風が、少女の拘束から縁を解放した。
「まだ動ける敵が多いか。ほんなら、もう一度や!」
 縁の森羅摩天陣が、鴉二羽をその場に繋ぎ止める。
「飛びながら、私と踊ってくれるかしら?」
 間を置かず足を踏み鳴らした瀬奈が、情熱的なダンスパフォーマンスを繰り広げて、戦場を飛び交う鴉達を踊りの世界へと導いてゆく。
「邪魔くせぇ。まとめて消えろ!」
 修一郎が生み出した三つの月が、彼自身の動きに合わせて深紅の月光を射出。熱を伴わない光の洗礼によって力尽きた鴉の死骸が、線路へと落ちる。
『クアァ!』
 洋角の暴走黒燐弾から解き放たれた蟲が、手近な者に飛び掛かろうとした鴉の群れへ貪欲に食いついた。
「無駄な時間をかけたくないんですよね」
 彼の言葉が終わるよりも早く、黒燐蟲に貪られた鴉二羽が動かぬ肉片と化す。
「しつこいなぁ、もう」
 それでもまだバサバサと戦場を飛び回る鴉に煩わしそうな視線を向けたエルムは、更に激しい氷雪を巻き起こして敵を魔氷に封じ込めていった。
『そばにいてくれないならしんじゃえ!』
「お断りや!」
 少女の放った炎を強引に振り払った縁は、清められた古銭で『解理尺』を覆い、手近な鴉をびしりと叩き落とした。ローズの放つ灼熱の星屑が、鴉を押し潰し、焼き尽くしてゆく。
『ウ・ウゥゥ・アァァ』
「くっ」
 九竜の攻撃を避けた首なしが、鋭い爪で彼の腕を深々と抉った。瀬奈がすかさず負傷した九竜へ癒しの手を向ける。
「回復は引き受けた、頑張って!」
『カァー!』
 足止めを振り切った鴉達が怒りの声を上げて瀬奈と修一郎に嘴を突き立てた。じわりと浸透してくる毒のおぞましい感触に、修一郎が思わず顔を歪める。状況を見て取った鈴蘭が、颯爽と癒しの風を呼び起こした。
「全部まとめて吹き飛ばすよっ!」
「サンキュ、鈴蘭。助かった!」
 短く礼を言ってから修一郎は再び極月煌光・散華を繰り出して、禁癒の呪縛と引き替えに鴉二羽を地に沈めた。
「常夜の楔に抱かれて眠れ」
『Eirvito Gainstoul Plus』を振りかざしたセリルが、大きな霧のレンズを通して、首なしの躯に強烈な冷気を注ぎ込む。
「なかなかしぶといですねぇ」
 鴉の群れに暴走黒燐弾を叩き込みながら、洋角は少し焦り始めていた。戦闘開始からどれくらいの時間が経っただろうか。
(「負ける気はしませんが……早く片付けないと、惣一さんが来てしまいますよね」)
 ローズとエルムの強撃が、更に二羽の鴉を仕留めた。
「これで何羽倒した? 数が多いと厄介やなぁ」
 あくまでも少女の注意を引きつけながら、縁は古銭剣で鴉を狙い続けている。
 一方、接近戦を仕掛ける事によって、九竜は首なしの電車暴走を完全に封じ込めていた。とはいえ、強烈な爪攻撃を完全に防ぐ事は難しい。じわじわ消耗しつつある彼が立ち続けていられるのは、瀬奈による回復の力が大きかった。
「安心して、私がしっかりと援護するから!」
「微力ながら、僕も助太刀するよ」
 距離を無にしたセリルの刃が、母親の地縛霊に更なる傷を与えてゆく。
『ママーこわいよぉ』
 凍てつく吹雪と赤い月光によって体力を奪われ続けていた少女は、杖を振って癒しの雨を呼んだ。回復の恩恵を受けた鴉がやや元気を取り戻し、力強く羽音を立てて今度は洋角へと襲いかかる。
「ったく、きりがねぇな!」
「いくら回復されようが、それ以上のダメージを与えれば問題ありません」
 修一郎の月光が戦場を緋色に染め上げ、黒燐蟲の群れで出来た弾丸が洋角の言葉通り鴉に致命的な傷を負わせて――。
 バサバサバサッ。
 黒い羽根が広範囲に飛び散る。最後まで残っていた鴉達がホームに墜落し、そのまま動かなくなった。
『うわああん』
 白い少女はただ泣きじゃくるばかり。
「申し訳ないですけれど、倒させていただきますね」
 ローズの隕石が狙い違わず少女を直撃する。次いで氷雪が舞い、縁の古銭剣が幼い地縛霊の脳天へ振り下ろされた。
『ムスメ・ヲ・ナカ・セ・タナ』
「すまないな。だが、お前達に同情する気にはなれない」
 首なしの爪を避けた九竜が、返す刀で敵を斜めに切り裂く。
「もう、眠る時間よ。最後に子守唄を聴かせてあげるわ」
 瀬奈のギターマシンガンが唸りをあげる。無数の銃弾を撃ち込まれた少女の躯は音もなく弾け飛び、霧の如く雲散した。
『ウアア・アアアー!』
 娘を失って狂乱する首なしに白馬をけしかけながら、修一郎は嘆息する。
(「おそらくは親子心中、か。どれだけ辛かったかは知らんが、巻き込まれる子供のこと考えてやれって言いたくなるな」)
 だが今更、何を言っても彼女には通じないのだろう。
「……さっさと終わらせるか」
 辛かったのか、苦しかったのか。あるいは、寂しかったのか。一体、生前の母親はどんな思いを抱いていたのだろう? 身も凍るような冷気で地縛霊を責めながら、セリルは自らの腕の中で呻き声を上げている母親の頭部を睨みつけた。
(「どんな理由であれ、他人を道連れにする事が許されるワケがない」)
 禍々しい怨念に満ちた洋角の瞳が、真っ直ぐに敵を見据える。体の内部を裂かれ毒に冒された首なしに向けられるのは、激しく燃えさかる隕石の魔弾。
 ヒイィと悲痛な叫び声を洩らすゴーストに、ローズは憐れみの視線を向ける。
(「生前にさぞかし悲しい思いをしたのでしょうね……けれど、他人を道連れにするような者に対して容赦はしません。間違いを正してあげましょう」)
「自ら黄泉へ旅立つ事を選択したのなら、いつまでも現世に留まらないで欲しいな。関係ない人を巻き込まないでね!」
 エルムの手元から放たれた赤い月光が、首なしの体をドロドロと溶かしてゆく。
『オオオ・オ……』
 地の底から響くような咆哮をあげて地縛霊が腕を一閃、防御の姿勢を取った九竜の腕をざくりと抉った。
「すぐ回復する!」
 即座に瀬奈が情熱のビームを繰り出し、続けて縁が空中にハートマークを描いて愛の祝福を投げかけた。
「まだ倒れないのかよ!」
「もう時間がない。皆で畳み掛けましょう」
 修一郎のナイトメアに蹴倒された地縛霊に、洋角の魔眼とセリルの刃が襲いかかる。たまらずふらつく首なしに飛び掛かった九竜が、闇のオーラを纏った二本の刃で敵を十字に斬り裂いた。
 分断された地縛霊の躯が、ホームの下へと落下してゆく。
「行くがいい、お前が行くべき処へ」
 首なしの姿は線路に叩きつけられる寸前――この世から永遠に消え去った。

●浄化の白
「何とか片づいたな……」
 安らかに眠ってくれるよう願いを込めて、九竜はセリルと共に短く黙祷を捧げる。その後ろで瀬奈が静かに手を合わせた。
「母子一緒に、暖かい所で休んでね……」
 黙って花束を供えながら、修一郎は黄泉路へと旅立った親子に思いを馳せる。
(「親は子の命と未来を背負っていくもの。その役割を軽々しく捨てられるもんじゃねぇよな」)
 いずれは自分も同じ立場になるのだ。間違ってもあの母子のようにはなるまい、と彼は自分に言い聞かせた。
「皆さん、お疲れ様でした」
 戦いが終わり、深く息をついた仲間に労いの言葉をかける洋角。
「あと一仕事。鴉を片付けましょうか」
「僕も手伝うよ」
「誰か、袋かなんか持ってきた?」
 能力者達は、あちこちに散らばった鴉の骸を手際よく袋に詰めていった。
「できれば、ここを清めたいんやけどな」
 死骸を回収しながら縁が呟く。除霊建築学で不浄な気を取り除きたいと思っていたが、残念ながらそれだけの余裕はなさそうだ。
 短時間で作業を終えた一行が「さて引き揚げよう」と思った時、階段の方から足音が聞こえてきた。
 21時50分。惣一がやって来たのだ。
「うはぁ、寒いな……って、あれっ?」
 ここで何が起こったのか彼が知る由もない。にもかかわらずホームに降りた惣一が目を見開いたのは、誰もいないと思っていた場所に大勢の若者がいたからだろう。
「(このまま電車を待って、乗って帰ろう)」
 今更改札へ戻るのも不自然だ。早々に退散するつもりだった者も、エルムの提案に頷くしかなかった。
 時刻表を見て仰け反っている惣一に近づいたローズが「一時間に一本しか出発しないのは大変ですよね」と声をかけている。すかさず瀬奈が後に続いた。
「こんばんは、寒いわね。良かったらカイロをどうぞ」
 いきなり話しかけられて一瞬戸惑ったようだが、女子からの親切が身に染みたのだろう、惣一は笑顔を浮かべて照れている。
(「僕からは特に言う事はないな」)
 彼の事は皆に任せよう。セリルは惣一に背を向けて、電車の到着を待つ乗客のように遠くへと視線を向けた。
 電車はまだ、当分来ない。
「本当、寒いな……でも、何故か心地良い」
 先刻よりも濃くなってきた霧が、まるで穢れを浄化するかのように――白く、真っ白く、プラットホームを包み込んでいった。


マスター:南七実 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2012/01/09
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