あの子が、いてくれたとしたら


<オープニング>


 一人娘の香恵子がいなくなってから、家の中からは笑い声が消えた。
 祖父は部屋から出てこないし、祖母は小言と文句しか言わないし、父は残業に休日出勤ばかりになった。
 家の中が温かくなるのは、香恵子からの電話の時だけだと、美香子はため息をつく。
 けれど、正月になれば香恵子が帰ってくるから。
 後何日と指折り数えているのは、家族の誰もが同じだろう。
 それまで、太陽が差さなくなったような家を支えなければいけない。
 よいしょ、と自分に声を掛けて、美香子は冷蔵庫を開けた。
 ――次の、瞬間。
 美香子の姿は、そこになかった。
 何かを掴もうと懸命に伸ばした手を無情にも飲み込み、扉がバタンと閉まる。
 そして、しばしの沈黙の後。
「……あ、あ……。お義母様を、お義父様を、あの人を……香恵子を、香恵子を、香恵子を呼ばなければ……」
 表情と血色を削ぎ落とした顔で呟きながら、ふらふらと美香子は歩き出した。

 祖父は、カレンダーを見るのも忘れて居間で香恵子を待っている。
 祖母は、小言よりも孫の自慢話に余念がない。
 父は、いつ娘が帰ってきてもいいように、仕事を休んで家にいる。
 母である美香子には、そんな家族が誇らしく思えた。
 あとは、香恵子さえいてくれたら。
 我が家の太陽である、香恵子さえいてくれたら。
 そう、正月になれば――香恵子が、帰ってくる。

「元から……歪んでいたのが、繋ぎ止められていただけなのかもしれないな」
 ライチジュースとオレンジジュースに、グレナデンシロップを沈めた『パライソ・サンライズ』。
 家族にとっては、彼女こそが太陽だった。
 けれど、彼女が来る前に、家族は死ななければならない。
 なぜなら。
「竜宮の玉手箱のメガリスゴーストが、娘を待つ家族を全員喰い殺した。リビングデッドとなった彼らは――娘の香恵子を、待っている」
 彼らの仲間として、メガリスゴーストに喰い殺させて迎え入れるために。
「もともと、香恵子がいたことで繋ぎとめられていた家族は、リビングデッドとなり、彼女を待つことで団結してしまっている。けれど、それは」
 そこで、勇史は言葉を飲み込んだ。
 そこから先は、直接手を下す能力者達が判断することだ。
「まだ、香恵子が来るまで一日ある。それまでに、家族を倒してほしい」
 そう言って、勇史は頭を下げた。

「メガリスゴーストとなっているのは、一家の冷蔵庫だ」
 台所は居間とほぼ一体化しており、戦闘となれば冷蔵庫も参戦するだろう。
 家族を、盾にして。
「冷蔵庫の攻撃は二つ。視界内の範囲に吹雪を吹き付け、ダメージと強い魔氷を与える事。そして、氷の槍を噴射してダメージと共に20m以内の一人の足を止めることだ」
 そのすぐ前には、祖父と祖母がいる。執筆が趣味の祖父は原稿用紙を全体に飛ばし、祖母はぼやきで全員に怒りを与える。
 最前線には、父と母が出る。近くの者を殴るだけの攻撃だが、威力が高くまた強い猛毒の力を持つ。
「かなりの強敵だと思う。心して、かかってくれ」
 そう言ってから――勇史は、静かに続ける。
「元々、娘がいることで何とか明るい雰囲気を保っている家庭だった。だからこそ、今も娘を求めている。けど――自分達の犠牲にすることは、本来望まなかったはずだ」
 だから、その本当の願いを叶えてほしい。
 そして、香恵子を助けてほしい。
 きっとそれが、この家庭の誰もを助けることになるのだから。

 勇史は、静かに能力者達を送り出し、目を閉じた。

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参加者
マリス・フェイネス(猫娘・b24392)
早乙女・陽菜(召喚絵師・b32003)
儀水・芽亜(夢何有郷・b36191)
山縣・恭介(爪弾き・b44676)
時守・癒太(夢幻世界投影者・b52874)
山科・月子(ディープブラッド・b61466)
斎藤・斎(黒い月・b66610)
御雷・雷華(黒き雷・b72662)
藤原・香恵(白糸旋律奏でる和琴巫女・b76879)
夜見・八一五(ドジっ娘月帝姫・b82462)



<リプレイ>

「アタシ……メガリスゴーストの中でも竜宮の玉手箱が一番嫌いだ!」
 マリス・フェイネス(猫娘・b24392)が叩きつけるように、心底苦しげに吐き捨てる。
「また玉手箱……ですの。いつも本当に辛い話ですわね」
 そっと藤原・香恵(白糸旋律奏でる和琴巫女・b76879)が辛そうにうなずいた。
「『玉手箱』のメガリスゴーストとまみえるのも何度目でしょうか」
 儀水・芽亜(夢何有郷・b36191)は、小さく息をつく。もう何度運命の糸は繋がってきただろうか。
「早くメガリスに復活してもらわないと、罪のない生命が次々に犠牲になってしまいますの」
「幸せいっぱいの家庭を一夜にして消し去る、そんな奴を許せないぞぅ!」
 マリスの震える拳に、怒りが煮えたぎっている。
 そんな中、斎藤・斎(黒い月・b66610)は一人、唇を噛み締めた。
 悲しむまい、と彼女は思う。
(「いつか受けた依頼と同じ。すでに死んだ人を、また死体に還すだけ」)
 被害者を助ける事はできない。目先の被害を減らす事しかできない。
(「……私に悲しんでもいい資格なんて、きっとない」)
 自らを戦いへと追い詰めるように、斎はそっと目を閉じ――開く。
「たった一人生き残った香恵子さん、如何に家族が帰りを待っているといっても会わせるわけにはいかないわ!」
 早乙女・陽菜(召喚絵師・b32003)が拳をぎゅっと胸の前で握る。
「香恵子さんはきっと素敵なお嬢さんなのでしょう」
 自分と一文字違いの名前を持つ故か、それとも責任故か。香恵は家族を失う少女に、そう想いを寄せた。それに共感したように、夜見・八一五(ドジっ娘月帝姫・b82462)がこくりと首を振る。
「ばらばらだった家族が、娘によって繋がる。子はかすがいと言いますが、それがこのような悲劇に繋がってしまうなんてやるせませんわ」
 けれど、と八一五は呟く。これ以上の悲劇を防ぐ、と。
「家族は彼女にとってもきっと……なるべく悲しませない方法があれば……」
「彼女には酷な現実になるだろうけど、亡くなった人を弔えるのも彼女だけなのだから……」
 考え込むように発された香恵の言葉に、陽菜が頷く。
 亡くなった人、と陽菜は表現した。
 山縣・恭介(爪弾き・b44676)も同意見である。リビングデッドは生前の記憶を模倣しているにすぎない、ただのゴーストなのだから。
 けれど、生前愛していた人を待つような態度には、心を動かされないこともない。
「元凶は言うまでもないですが、厄介なゴーストです」
 ぼそりと小さく、恭介がそう呟いて息を吐く。
「それでも」
 時守・癒太(夢幻世界投影者・b52874)が前を見据える。握り締めたのは彼の力を封じた、カード。
「選んだ選択を正しい物にしていくだけです」
 ――イグニッション。
 手の中に現れたナイフの重み。命を奪う道具の重み。それを両手に感じ、同時にそれは命を守るものであると自覚する。
「私に出来るのはゴーストの始末だけ。ならばせめて悲劇の連鎖を断ち切るわ」
 同じように進み出た山科・月子(ディープブラッド・b61466)が、宅配員風の帽子を深くかぶる。表情はうかがい知れないが、その声は確かな意志を込めて。
 インターホンを確かめ、カメラがあると告げて、月子は仲間達が隠れるのを待つ。
「たとえ一夜にて家族を全て失う事になろうと、仮初の生に操られるよりは良いでしょうから」
 八一五が言って――仲間達と一緒に物影へと身をひそめ、目を、閉じた。

 十回ほどのチャイムの後、ようやくインターホンが取られる。
「帰って下さい」
 初老の男らしい声で発されたのはその一言。
 けれどそれに捻じ込むように、月子が口を開く。
「――香恵子さん宛にお届け物です」
「香恵子に?」
 その声に、逡巡が混じったのを月子は敏感に感じ取る。
 小包を見せ、無邪気に笑ってみせる。香恵子の名がもたらす効果に、胸が痛んだ。
「…………今、開けます」
 がちゃりと受話器を置く音。
 やがて鍵が回る音の一瞬後、扉が細く細く開く。
「あの、荷物……」
 次の瞬間、月子がドアに手をかけた。
「アナタ達の終わりを届けに来たわ」
「ひぃっ!?」
 息を呑んだ父親が、居間へと走っていく。月子が黒燐蟲を武器へとまとわせ、影を滑る様に駆け後を追う。続けて次々に、彼らは玄関を、廊下を駆け抜けた。
 部屋の中は、僅かに暗い。
「お願い、私の蟲たち……本当は、こういう明るさを求めていた訳ではないのでしょうが」
 香恵が走りながら、手の中にふわりと集まった白燐蟲をそっと空中へと解き放つ。
 そのまま居間へと駆けこんだ能力者達が目にした光景は――あの慌てふためく人間らしさなど微塵も感じさせず、ただメガリスゴーストを守る人形の如く、表情もなく構えを取る姿。
「幸せな家族を死人に変え、今度は家族を自らの盾とするのか?」
 御雷・雷華(黒き雷・b72662)が冷たい声を発する。
 でなければ熱く、怒りすぎると思った。
「お前のような奴は許せん。たとえ意思なきメガリスゴーストだとしても」
 銀と隕鉄のナイフが、その手に現れる。
「高速演算プログラム、起動ッ!」
 超高速で瞳に流れる計算式。力が高まるのを感じながら、駆け抜ける。
 こたつを飛び越えて、癒太がナイフに浄銭をまとわせる。両手で同時に薙ぎ払えば、胸を二筋に切り裂かれた父親の体がひどく揺らいだ。
「アタシのスピードを、見せつけてやるんだぜぃ!」
 マリスが一気に距離を詰めながら、ナイフをくるりと回し輝く魔方陣を描く。
 近づく能力者達に危機を感じたのか、重い機械音とは裏腹に軽い動きで冷蔵庫がふわりと跳ぶ。守り手たるリビングデッド達より奥で、開いたドアから一気に吹雪が放出される。
 心に燃える怒りとは裏腹に、体が冷たく凍えていく。
「萌えないゴミは……まとめて処分しちゃうわよ!」
 吠えるように陽菜が叫ぶ。魔狼のオーラがその怒りを包むように立ちはだかる。
(「ん……感傷は振り切って、お勤めを果たしましょう」)
 すっと息を吸い、吐き、芽亜は裁断鋏をくるりと回し構える。
「不幸の連鎖、ここで断ち切らせていただきます」
 悪夢の爆弾が次々に爆発音を立てる。祖父の体が崩れ落ち、母親が床へと倒れ伏す。
 その様子に、祖母がぎゅっと愁眉をひそめた。
 どこにそんな力があったのかと言うほど、声を張り上げて。
「いい加減になさいまし!」
 窓ガラスを震わせるほどに放たれた声が、能力者達の心に強制された怒りを掻きたてる。
「あああああっ!」
 怒りに任せ、月子が呪髪を振り乱して駆け抜ける。祖母の細い体が叩き込まれた一撃に、ふわりと浮いた。
 怒りから逃れた恭介が、急ぎ月子の後を埋める。弦を弾いた三線が、父親の体に衝撃を与えていく。
 その光景を目に刻んだ斎は、唇を噛み締め、心に湧き上がる怒りを鎮める。
 祖母の言葉こそ、助けられなかった事に対する正当な怒りであって。
(「私に怒る資格なんてない」)
 そう言い聞かせ、怒りを鎮めていく。
 そして、彼女は舞った。
 仲間達の身から氷を払い、怒りを鎮める慈愛の舞を。
 怒りを払われた八一五は、新たに心の底から湧き上がる己自身の怒りを感じる。
「娘までも人の道から外れさせて良いのか? そなたらの光が、醜く腐り果てても良いというか!」
「おれ、達は……香恵子と、一緒に……ああぁっ!」
 父親の顔に、すでに正気はない。
 あるのは、凝り固まった念と、ただ自らを殺したモノを守ろうという植え付けられた意志。
 酷く重い拳の一撃。けれどそれは、皮衣の盾の表面で滑って威力を殺される。
 それでも幾分切り払われたジャケットには構わず、八一五は蓬莱の剣と名付けられた剣を振った。
 黒い剣線を描いた切っ先が、父親を逆袈裟に斬り下ろす。
 そっと手を組んだ香恵が、八一五の傷を癒すべく祈りを捧げる。
「皆様のもとに神がおられます……」
 そう香恵が呼びかければ、八一五を癒しその体に寄り添うように力を与えるのは祖霊。
 けれど冷蔵庫が、今度は鋭い氷柱を癒太へと飛ばす。癒太がぐ、と唇を噛み締める。
 腹を貫いた氷柱が、そのまま床に彼を縫い付けていた。
 さらに祖父が目を覚まし、筆を走らせた紙を飛ばしていく。切り刻む。切り刻む。
 もう一撃、父親の拳が、猛毒を含み癒太の頬を張る。
 命が氷柱を伝って流れていくのを、感じていたけれど。
 ここで、倒れるわけにはいかないと癒太は栄養ドリンクの瓶を手にし、一気に飲み干す。
「痛みすら喰らうその力を以って――」
 急ぎ前線構築に戻った月子の指が、黒い蟲達を連れて触れた。黒き霧のように傷口を包んだ蟲達が、傷を癒していく。
「陽菜、同時に仕掛けるぜ!」
「ええ、マリスさん。私が援護するわよ!」
 マリスが一気に踏み込み、父親の喉元を蹴り上げる。
「SD働くお父さん! 仕事を休んでる怠け者に喝を入れて!」
 同時に数秒で描かれた父親の姿が、当人の体を穿つ。
 ごふり、と息を吐く音。同時に、血がこぼれた。
「――おまえ、父さん、母さん……香恵子」
 父親の開いたままの目を、閉ざしてやる暇は――なかった。
 芽亜が急ぎサイコフィールドを展開し、皆の傷を癒していく。斎がさらに舞を続け、傷を癒し氷を、毒を祓っていく。
「まったく近頃の若い者はすぐに暴力に訴えて……」
 その間にも祖母の小言は、今しがた己の息子が斃れたことなど構わずに、続く。
「人の心など、失われてしまったのじゃろうか」
 八一五が寂しげに呟き、母親へと斬撃を浴びせる。彼らの奪われた心に住むのは、もう香恵子ただ一人なのかもしれない。
「ごめんなさい。こうすることでしか、助けてあげられなくて」
 胸に広がるのは、自分自身への怒りだろうか。
 榊を両手に走り出そうとする斎を、恭介の腕が押しとどめた。
 己も怒りに支配されそうな自分を、戦列を乱すことで仲間達が被害を受けるかもしれぬと言い聞かせて耐えたから。
 斎の気持ちは、わかるけれど。
「では私が……神のご加護を!」
 香恵が目を閉じ、髪をも袖をも舞わせるような激しい舞を繰り広げる。その祈りは確かに傷を癒し、心を癒していく。
 さらに若干不自然な姿勢ながら、恭介が不自然なく素早い演奏を繰り広げる。反逆の嵐が巻き起こり、はっと斎の目を覚まさせる。
「……ありがとうございます」
 そっと目を伏せ、斎はすっと後ずさる。
「生体電流集束……。プロトヴァイパー、ファイア!」
 勢いよく突き出した雷華の手から、雷の蛇が迸る。
 母親が自分を狙う拳を、くるりと鋏を回し芽亜が受け止める。そのまま拳を弾き飛ばし、開いた鋏を腰だめに構えて。
「芽亜ちゃん、一気に行くわよ!」
「ええ、参りましょう」
 低い姿勢から地を蹴った月子が、回転突撃を果敢に仕掛ける。ぐらりと揺らいだ首筋を、芽亜が鋏で断ち切って。
 やはり小さな声で香恵子、と呟き、母親の体は物言わぬ骸となった。

「次は、アイツを狙うんだぜぃ!」
 マリスが居間を駆け抜ける。「オタクパワーを舐めたら痛い目見るわよ!」と陽菜が狼のオーラをまとい直し、雷華がマリスの隣に並ぶ。
「貴様の動きには、無駄が多すぎる!」
 くるりと回転して三日月を描いた爪先を突き込む。衝撃で空中に舞った祖母の体を、癒太の描いた笑顔の祖母がすり抜ける。
 きっと、孫にはこのような優しい顔をも見せたのだろうと想像して。
 斃れた祖母の上を、八一五の伸ばした闇の五指が駆け抜けていく。
「後で直に殴ってやるから待っておれ!」
 ドアと本体の境目を破り取るかのように、闇の手が冷蔵庫を引き裂く。
「仲間の傷を癒して差し上げて」
 そっと駆けより伸ばした香恵の手から、白燐蟲が直に八一五の体に触れ、傷を癒す。
「藤原、助かる」
 短く、礼を言う。守るべき少女と名前が似ている故、苗字で呼んでと言われた通り。
 香恵が、そっと微笑んで頷く。
 けれどドアの壊れた冷蔵庫から、またも巨大な氷柱が現れる。切っ先が真っ直ぐに向いたのは――体力の低い、斎。
「っ!」
「たぁっ!」
 けれどそれが放たれかけた瞬間、マリスが、獣のように鋭く跳んだ。
 構わず放たれた氷柱は、マリスの体に吸い込まれるように一直線に向かい――僅かにナイフで勢いを逸らされながら、脇腹へと突き刺さる。
「あ……ありがとうございますっ」
 急いでぺこりと頭を下げ、舞い始める斎に、マリスは大きくVサインを掲げて見せる。
「これでもアタシは、仲間想いなんだぜぃ!」
 そのまま祖父に向かってくるりと回り鋭い蹴りを入れるマリスに続き、氷柱の戒めから解かれた八一五が剣を両手に構え、床を蹴って飛び上がる。
「我が剣を以て、そなたの無念を終わらせよう。安心して眠るがよい!」
 手に力を籠め、黒く染めた剣を振り下ろす。
 落下の力と腕の力を合わせ、祖父の体が真っ向から斬り下ろされる。
 剣を下ろした八一五は、その『香恵子』と書かれた紙を見つめ、短い黙祷を捧げた。
 そして、振り返る。
「さて、諸悪の根源、人喰い冷蔵庫。討滅のお時間です。覚悟なさいませ」
 芽亜の言葉に合わせ、白きナイトメアが現れる。
「駆け抜けなさい、ナイトメア!」
 す、と芽亜が鋏を振れば、頷く代わりに一声いななきナイトメアが走り抜ける。
「後何人必要だ?」
 不思議なほど冷静な顔で、癒太が静かに尋ねる。
 冷蔵庫からは、やはり応えない。
「私が軽く調べた限りでは、もう百九十人分の命と残留思念を喰らったようだが……」
 息を吸った瞬間――その顔が憤怒に歪む!
「百人分で願いが達成されるのではなかったのか! それとも一人の命は一人分に満たないということか! いい加減に復活しろ!」
「――それが、一台分の願いでしかないのです」
 静かに、恭介が告げる。
「一台の冷蔵庫が願うのが、百人なのです。復活に、いくつのメガリスゴーストが現れるのかは……」
 癒太の表情が、悔しげに歪む。
 痛ましげに首を振った恭介が、想いを振り切るように弦を弾く。
 激しいビートが、冷蔵庫を取り囲んだ仲間達を癒していく。
「貴様の動きは既に見切った!」
「アンタが現れなければ、楽しいお正月になったのに!」
「オマエなんか、炎上爆発しちゃえー!」
 雷華のクレセントファングが、陽菜のスケッチが、マリスの魔弾が、次々に冷蔵庫を穿ち、ボロボロにしていく。
 吐いた吹雪に怯む者など、誰もいない。すぐさま斎が、香恵が舞い、傷も氷も癒してくれるのだから。
「遠慮はいらないわ。癒太くん、存分に」
「ええ、山科先輩も!」
 月子がさっと背を屈める。癒太がタン、と飛び上がる。
 下から襲い掛かるのは最大速度のローリングバッシュ。上から斬り下ろすのは浄化の心を込めた八卦浄銭剣。
「――!」
 二人の攻撃が交錯した後には――壊れた冷蔵庫だけが、悄然と佇んでいた。

 事件を装う時間が、一番滅入ると呟いた。
 救えなくて申し訳ないと、謝った。
 そして香恵子の幸せを、祈った。

 一つの命が救われたこと。それが、確かな事実だった。


マスター:旅望かなた 紹介ページ
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いまいち
参加者:10人
作成日:2012/01/04
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