【1月15日】信じているから


<オープニング>


 2012年1月15日、鎌倉市銀誓館学園校門。
 その日、休日の校舎の前に、異形の姿が現れた。
 水晶剣ルルモード。この世界と異界とを繋ぐ門の役割を持つ異形は、最初1体だけ現れると、次々とその数を増やす。
 そして、そのルルモードの群れの中に、1体の原初の吸血鬼が現れた。
 見た目は、チョビヒゲの小男だが、侮る事などできよう筈は無い。
 彼こそは、かつて『伯爵』の片腕であり、現在は、『情熱』のブリュンヒルデと異形の同盟軍の指揮官を務める、『闇の右腕』アドルフその人であったのだ。

「出でよ、我が新たな力、抗体ゴーストよ。この我に逃走を強いた憎っき敵、銀誓館学園を滅ぼすのだ。
 進軍せよ、蹂躙せよ、撃滅せよ。我が闘争は、ここから始まるのだ!」
 アドルフの号令に、彼の体内の抗体ゴーストがはじけるように出現し、そして、進軍形態に移行する。

「狙いは銀誓館学園の戦術の要、運命予報士である。電撃戦にて、これを打ち破れ!」

 アドルフの右手が高くかざされ、そして、振り下ろされる。
 それが、銀誓館学園への侵攻開始の合図となった。

「わざわざすまないね」
 教室へ入ってきた能力者を、桐原・葵(運命予報士・bn0169)は少し申し訳なさげな表情で出迎えた。
「なんだ? 事件じゃないのか?」
 彼女の様子に怪訝そうな顔をして、ヤン・ジルベール(高校生霊媒士・bn0224)が尋ねる。
「いや、事件だよ」
 軽く頭を振ってそう答え、葵は集まった能力者へと視線を向けた。
「先日の札幌での戦い、覚えているよな? その戦いの最中に逃走した原初の吸血鬼達が異形の軍勢と手を組んだらしい」
 葵の言葉に、ヤンの表情がますます怪訝そうなものになる。
「原初の吸血鬼って伯爵側じゃないのか?」
「さあ? 詳しいことはわからん」
 肩を竦めそう言って、葵は説明を再開する。
「彼らは1月15日に銀誓館学園に攻め込んでくる。そして同日同時刻、日本各地の都市で無差別殺戮の作戦を実行する」
 告げられた内容にヤンが思わず息を飲んだ。
 各地で無差別殺戮作戦が実行されるとなれば、銀誓館学園の能力者が対応しないわけにはいかない。戦力は分散され、学園の守りは当然手薄になる。
「学園への襲撃、無差別殺戮作戦……銀誓館の能力者にはそのどちらにも対応してもらわなければならない」
 続けられる言葉に厳しい表情で頷いて、ヤンが葵に問いかける。
「俺達は何をすればいい?」
「…………私を、護ってくれ」
 自分の周りに集まった能力者たちに向けて葵が言う。
「学園に乗り込んでくるのは『闇の右腕』アドルフ。彼は学園を正面から攻める軍団とは別に、運命予報士を暗殺する部隊を組織している」
 その暗殺部隊に自分が殺される運命予報を見たのだ――そう言うと、葵は小さく笑った。
「私達には戦う術がない。皆に護ってもらう他ないんだ」
 一度戦闘が始まれば、運命予報士は足手まといでしかない。しかしだからこそ、能力者に護ってもらうしかない。

 ――護ってもらえなければ、死ぬしかないのだから。

「襲われるのがわかってるんなら、どっかに逃げれば……」
 ヤンの提案に、葵が首を左右に振ってみせる。
「避難先を襲撃される可能性があるんだ。だったら学園に残った方がいい。実際問題、銀誓館学園でダメならどこにいても同じだ」
 そう答えると、彼女は自らを殺すという抗体ゴーストの説明を始めた。
「暗殺部隊の抗体ゴーストは全部で5体。獣人が3体とナンバードが2体だ」
 狼に似たゴーストが基になったと思われる3体の獣人は弓、獣爪、棍棒のようなもの、とそれぞれに抗体兵器を持っている。弓を持った獣人は主に遠距離攻撃を、獣爪と棍棒を持った獣人は近距離攻撃を主に行うらしい。
「弓を持った獣人は直線上に並ぶ敵を一度に貫く矢を放ち、獣爪を持った獣人は時折相手の急所を狙った攻撃を仕掛けてくる。棍棒を持った獣人の一撃は近づいてきた相手の体を吹き飛ばす」
 彼らにはより傷ついた相手を狙うような傾向があるらしい。
「ナンバードは男と女の1体づつ、双方共にナイフを所持している。どちらも素早くて攻撃の当たり所が悪いと酷い怪我を負うことになる。あと、女の方は『声』を使って敵全体を攻撃したり、味方全ての傷を癒したりできるらしい」
 運命予報で得た情報を、葵は淡々とした口調で能力者に伝えていく。
「場所はこのキャンパスのコンピュータールームだ」
 多くの小中学校や高校でパソコンの授業が行われるようになった昨今、「パソコン室」「コンピュータルーム」などといった『生徒がパソコンの授業を受けるための特別教室』を持つ学校が増えている。ここ銀誓館学園にも当然そういった教室が複数存在しており、その中の1つ――このキャンパスのコンピュータールームで彼女は襲われるらしい。
「このキャンパスのコンピュータールームの隣には、準備室を兼ねたサーバールームが併設されている。皆が戦っている間、私はそこで待機することになる」
 扉1枚、壁1枚隔てただけの場所だが、少なくとも遠距離攻撃に巻き込まれるようなことはなくなる。
「それなりに金のかかった部屋だけど……ある程度損害が出るのは仕方ない」
 言いながら肩を竦める彼女の様子は、常と変わらないように見えた。命の危険に晒されているのが自分自身であるにもかかわらず、だ。
「……怖くないのか」
 ヤンの問いかけに、葵がふわりと微笑む。
「怖くはないさ。能力者を……皆を信じているからね」
 まあ、学園が大変な時に「自分の護衛を」とお願いするのはひどく心苦しいのだけれど――。
 苦笑しながらそう言うと、葵は改めて能力者達を見渡した。彼女の顔から苦笑が消え、その表情が真面目なものに変化する。
「本当に申し訳ないのだけれど、よろしく頼むよ」
 言葉と共に、葵は能力者達に向けて深々と頭を下げた。

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参加者
小鳥遊・歌戀(恋色魔王・b07854)
小笠原・宏道(野球侍・b08417)
撲・殴子(真ファンガス共生者・b15466)
水無月・蓮華(アイイロホライゾン・b16107)
日生・結希(晴れときどき雪女・b45294)
北条・糸吉(グスコーネリの伝記・b47495)
壱塚・紘緒(漆黒の衣血薔薇で飾る花婿・b76884)
小金井・彩夏(特命転校生・b81733)
NPC:桐原・葵(運命予報士・bn0169)




<リプレイ>


 とあるキャンパスのコンピュータールーム。廊下に面した扉の前に、机や椅子を積み上げた簡易のバリケードが築かれていた。隣接するサーバールームでは小さな祭壇の前で北条・糸吉(グスコーネリの伝記・b47495)が祈りを捧げている。
「……大変な時に、すまないね」
 自分のために集まってくれた能力者たちに、桐原・葵(運命予報士・bn0169)が申し訳なさげに声を掛けた。命を狙われる不安よりも、能力者たちの手を煩わせていることを気に病んでいるらしい彼女の言葉に、小笠原・宏道(野球侍・b08417)がゆっくりとかぶりを振ってみせた。
「誰かの幸せを守る事が僕の……ここに集った者の本懐なので気に病むことはありません」
 彼の言葉に頷き、小鳥遊・歌戀(恋色魔王・b07854)も葵に微笑みかける。
「葵さんはサーバールームでお茶でも飲んで待っててくださいまし、私達がさっさと片付けますので」
 それでもなお複雑な表情を浮かべる葵にほんの僅かに苦笑して、宏道が口を開く。
「では、此れを預かってくれませんか? これでお相子と言う事でお願いします」
 言葉と共に彼が葵に差し出したのは、使い込まれた古いキャッチャーミットだった。全てを捨てた己の過去に繋がる、ただ1つの品物――宏道はわざわざそれを口に出すことはしなかった。しかし何か感じるものがあったのだろう、数秒の間の後、葵はそのキャッチャーミットを何も言わずに受け取った。
 そのやり取りを眺めながら、壱塚・紘緒(漆黒の衣血薔薇で飾る花婿・b76884)はふと思う。
(「なんで、予報士の場所が知れた……?」)
 浮かんだ疑問。しかし、今はまずやらなければならないことがある。
 自分と同じように仲間の様子を黙って見つめるヤン・ジルベール(高校生霊媒士・bn0224)に、紘緒は「お久しぶりです」と挨拶をした。
「……絶対、護りましょう」
 小さな……けれど強い意志を宿した声に、ヤンが頷く。
 彼らの言葉を聞きながら、水無月・蓮華(アイイロホライゾン・b16107)はほんの僅かに目を伏せた。その胸に浮かぶのは、普段の葵の佇まいと時折垣間見えるその日常だ。
 葵と直接関わったことはほとんどない蓮華だったが、それでも彼女を、彼女の日常を護りたいと思う。
(「桐原さんとは天竜頭蓋の学園襲撃以来ですね」)
 撲・殴子(真ファンガス共生者・b15466)もまた、葵と多くの接点があったわけではない。しかし『もふリスト』の素養のありそうな者を狙う抗体ゴーストは殴子にとって間違いなく「敵」だった。
(「やはり抗体ゴーストと異形は私の不倶戴天の敵」)
 祈りを終えた糸吉がサーバールームから出てくると、小金井・彩夏(特命転校生・b81733)が少しおどけた調子で葵の手を取った。
「ご老公。ささ中に入って」
 彼女の言葉に葵は一瞬ぽかんとした顔をして、次に小さな笑みを浮かべて見せた。促されるままサーバールームの中へ入り、コンピュータールームに残る能力者たちへと向き直る。
「よろしく頼む」
 そう言う彼女の顔からは、先ほどまでの申し訳なさげな表情は消えていた。常と変わらぬ表情を取り戻し、更に言葉を続ける。
「――武運を祈る」


 サーバールームを背に、敵の到着を待つ能力者たち。言葉を発する者は無く、緊張した空気の中時間が流れていく。
 続く静寂――それを破ったのは、廊下を歩く何者かの荒々しい足音だった。近づいてきた複数の足音が一瞬途絶え、ガチャン! と鍵の掛けられた扉が派手に音を立てる。
 その音に、能力者たちの緊張は一気に高まった。一斉に身構え、築かれたバリケードの向こうへと意識を集中する。
 ガチャガチャと扉を開けようとする音が響く。音が止まり、話声のようなものが聞こえたその直後。

 ――ガッシャーーン!!

 凄まじい音を立てて、扉の前に築かれたバリケードが吹っ飛んだ。遮るもののなくなった扉から、抗体ゴーストが次々と現れる。 
 バリケードを築いていたことが、ほんの僅かながら能力者側に有利に働いた――敵が体勢を整える前に仕掛けることができたのだ。
(「そうやすやすと思い通りになる銀誓館ではないことを思い知らせて差し上げます」)
 教室へと入ってきた男のナンバード目掛けて歌戀が走る。
「ご機嫌よう、ここから先は通せんぼでしてよ」
 彼女は雪だるまの鎧を纏い、月の名を持つ龍頚珠を掲げて男の前に立ちはだかった。
「こちらの獣人は任せてください!」
「僕はこちらを抑えます!」
 日生・結希(晴れときどき雪女・b45294)と糸吉がそれぞれ弓と獣爪を装備した獣人と対峙する。
(「桐原さんには、大事な人との大切な時間をいただきました」)
 だから、今度は私の番――結希が決意とともに吹きかけた冷たい吐息が、弓を持つ獣人の体を凍えさせる。
「命は蝋燭。己を削って光る炎」
 言葉を紡ぐ糸吉の脳裏に、葵に誘われ参加したイベントの数々が過っていく。時には自分を顧みる契機となり、時には最愛の人との距離を縮める切欠となり……。
(「――だからこれは恩返し」)
 獣爪の獣人の体を巡る気を絶つべく、糸吉が攻撃を仕掛ける。3人に続き、闇のオーラをその身に纏った宏道が棍棒を構える獣人に切りかかった。
『グウアァ!』
 振り下ろされた日本刀に腕を切り裂かれ、獣人が声を上げる。
「攻撃はみんなに合わせて……できるよね」
 自身と自身の使役ゴースト「アリーシャ」の小指を赤い糸で繋ぎながら、紘緒がアリーシャに声を掛ける。頷くアリーシャに微笑んで、彼は前方へと視線を向けた。
「邪魔を、するな」
 男のナンバードが言う。男のナイフが彼と対峙する歌戀の体目掛けて繰り出される。咄嗟に避けようとした歌戀だったが間に合わず――ザシュ、と嫌な音がしてナイフが彼女の体に突き刺さった。
 思わず片膝をつく歌戀。その傷を癒すべく、殴子が動く。
「任せてください!」
 言葉と共に生み出されるのは、友情の詰まった小さなキノコ。頑張って、と思いを込められたキノコが、歌戀の傷を癒していく。
 その直後、ナンバードの女が澄んだ声を上げた。女の声に呼応するかのように、獣人たちの傷が塞がっていく。今の声が癒しの声、ということなのだろう。
 ヤンの放った雑霊弾が女を襲う。紘緒のアリーシャも、それに倣うかのように口付けを飛ばす。
『ガアアァ!』
 振り下ろされた獣人の獣爪を、糸吉が詠唱定規で受ける。その視界の隅では、結希と対峙する獣人が弓を引いていた。
 ――ヒュン!
 放たれた矢が結希の腕を貫き、更に後方に控える彩夏の体を掠めていく。痛みに顔を顰め、一瞬俯いた結希だったが、すぐさま顔を上げてキッと敵を睨み返した。
(「めいっぱい、精一杯で、絶対に守りきりますですよ」)

 自分たちはあの人を守る為にここにいるのだから――。


「降れ、七星の輝きよ」
 狐の耳と尻尾を生やしながら蓮華が召喚したのは妖狐の守護星たる7つの星の輝き――残念ながらその輝きで石と化すゴーストはいなかったが、もともと石化したら儲けもの、程度の期待しかしていないのだから問題ない。
 ヤンのケットシー・ワンダラーも敵の動きを封じるべく踊りに誘ってみるが、残念ながら釣られるものはいなかった。
「頭が高〜い。ひかえおろぉ〜」
 彩夏の暖かい歌声が響く。その声に誘われ、棍棒を構えた獣人が眠りに落ちる。しかしそれもほんの僅かの間のこと。
 やはりというべきなのだろうか――敵が強いせいなのだろうか、踊りや眠りといった足止めはなかなか通用しなかった。
 能力者たちが守るサーバールームの扉へ向かおうとする男のナンバードを歌戀が遮る。
『邪魔だ!』
 繰り出されるナイフをすんでのところでかわして、歌戀は反撃に転じた。
「そんなに焦りすぎると嫌われちゃいますわよ」
 軽口を叩きながら、歌戀はナイフを持つ男の手に自分の指先を這わせる。その瞬間、魔の氷がピシピシと音を立て男の体を覆い始め、彼は苦しげに呻き声を上げた。
『何をしているの』
 聞こえてきたのはナンバードの女の声……彼女の声が男の傷を不完全ながらも治していく。
 無造作に振り上げられた獣爪が糸吉の脇腹を裂き、結希を貫いた矢が勢いそのままに後方の壁へと突き刺さる。
 棍棒で殴られた宏道の体が、壁に思い切り叩きつけられた。
 前衛として立つ仲間が次々と傷ついていく。それを支えるのは後方で踊り歌う蓮華と彩夏だ。
(「癒し手として負けられない。誰1人として欠けさせない」)
 強い意志を胸に抱き、慈愛を込めて蓮華は舞う。
「さぁ、もう一息参りましょう」
 舞に合わせるかのように響くのは、彩夏の涼やかで優しい歌声。
(「悪のナンバードに銀誓館内を土足で侵入したことを後悔させます」)
 より傷ついた仲間には、殴子がなかよしファンガスを使用する。時折ひやりとする場面もあったものの、手厚い回復が戦線を支えていた。
 ナンバードの女の回復能力もあってかしばらく相手を攻めあぐねていた能力者たち。しかし、その均衡がついに崩れた。
 前衛が他の敵を抑えている間、ナンバードの女に攻撃を集中させてきた後衛陣の攻撃が実を結んだのである。
「いい加減、倒れろよっ」
 悪態をつきながらヤンの放った雑霊弾が、ナンバードの女の体を傾がせる。それを見た紘緒が女に向けてエンゲージリングを構えた。
「贖罪の弾丸、受けてもらうよ」
 リングから漆黒の弾丸が放たれる。主に続いてアリーシャが女に口付けを投げかけた。
「この指輪に誓ったんだ……仲間を必ず守ると!」
 彼の放った弾丸に胸を貫かれ、更にアリーシャの口付けを受けて……女の体が教室の床へと崩れ落ちる。
 消滅していく女の体を確認し、宏道はここぞとばかりにオトリ弾を放った。運良くと言っていいのだろう、獣人3体がその弾の不快な点滅に我を忘れ怒りに狂った。
 弓を構えたまま宏道に近づこうとする獣人の行く手を、結希が阻む。
「行かせませんよ」
 今までのお返しとばかりに吹きかけられる氷の吐息――凍りついていく我が身に獣人が焦ったように声を上げる。
「――想いを、祈りを。この灯火を消させはしない!」
 怒りのまま動く獣爪の獣人の体を巡る気を、糸吉の石兵点穴が絶つ。獣人の足先が、獣爪のはめられた手が……徐々に灰色に変わり始めた。
 獣人が棍棒を振り上げる――しかし、怒りに流された攻撃に相手を吹き飛ばすような力はない。宏道は振り下ろされる棍棒を日本刀で受け止めるとその力を受け流す。
 前線で戦う仲間たちに負けまいとするかのように、彩夏の力強い歌声が戦場に響く。魂の込められたその響きが、抗体ゴーストたちを幾度も撃つ。
 重なる攻撃で疲弊したらしい弓を持つ獣人に対し、光る正八面体を侍らせた殴子が狙いを定めた。光り輝く槍を生み出し、獣人目掛けて撃ち出す。
『ギャアァア!!』
 断末魔を上げて、獣人が倒れ伏す。
「次はその男です!」
 殴子が叫ぶ。声に応じるかのように、紘緒の穢れの弾丸が、アリーシャの口付けが、ナンバードの男向けて放たれた。
「回復は任せてください!」
 宏道の得物に祖霊を宿らせながら蓮華が仲間に伝える。その声に頷いて、彩夏が歌う。ブラストヴォイスが教室中に響き渡った瞬間、獣爪の獣人の体が床にゴトンと音を立てて倒れた。石化が進んでいたところに受けたダメージがトドメとなったのだろう、体の輪郭が徐々に消えていく。
 次々と倒れる獣人に、ナンバードの男の顔が苛立たしげに歪んだ。傷ついた男に、結希と糸吉が肉薄する。結希の氷の吐息を吹きかけられ、糸吉の詠唱定規が振り下ろされる。
 怒りゆえか、痛みゆえか――乱暴に突き出されたナイフを躱し、歌戀が男の懐へと飛び込んだ。クスッと小さな笑みを浮かべ、彼女は男の胸元へと指を這わせる。
『っ!! 貴様っ……』
 言葉の途中で、魔氷に覆われた男の体が膝から崩れ落ちた。パキパキと音を立てる魔氷と共に、男の体も消え失せる。
「最後ですね」
 ぽつりとそう呟いて、宏道が日本刀を構えた。目の前には棍棒を振りかざす獣人――振り下ろされた棍棒をすり抜け、闇を纏って獣人の体を横に薙ぎ払う。
『グオォオ……』
 獣人の手から棍棒が滑り落ち、その体が床に倒れ伏す。最後の獣人の輪郭が徐々に薄くなっていく――。


 先ほどまで戦場だったコンピュータールームが静けさを取り戻す。ひとまず危機は去ったのだ。
「葵さんを迎えに行きましょうか」
 蓮華の言葉に頷いて、能力者たちはサーバールームの扉を開ける。
「おわりましてよ。大丈夫ですか?」
 尋ねる歌戀の声に重なるようにして、ガタン! と大きな音がサーバールームに響いた。音のした方へと視線を向ければ、葵が立ち上がりこちらを見ている――どうやら慌てて立ち上がった時に彼女が座っていた椅子が立てた音だったらしい。
「皆、無事か? 怪我は?」
 そんなことを言いながら、葵が能力者たちへと歩み寄る。
「大丈夫ですよ」
 紘緒が微笑み、歌戀も頷く。
「心労大変でしたでしょ? ご安心なさってね」
 全員、無事ですから……続く言葉に、葵がほっとしたように息をつく。
「わたしたちより、桐原さんですよぉ」
 言いながら、結希が葵の体をぺたぺたと両手で触り始める。
「え、あの……どうかしたか?」
 戸惑う葵の体に一通り触れて、彼女はにこっと笑ってみせた。
「うん、だいじょぶですね!よかったですー!」
 呆気に取られたようにきょとんとしている葵に向かって、彩夏がやはり笑いながら話しかける。
「笑えばいいと思うよ。生きてて良かった高笑いってね?」
「……ああ、そうだな。皆無事で良かった」
 葵の顔にようやく笑顔が戻る。それを見ていた結希の体から、不意に力が抜けた。
「大丈夫?!」
 膝から崩れ落ちそうになる彼女を、糸吉が慌てて支える。
「あ、あはは、安心したら力が抜けちゃいましたー」
 少し恥ずかしそうに答える結希に、糸吉が安心したように微笑む。
「おそらくは大丈夫だと思いますけれど、もうしばらくこちらで警戒を続けますね」
 会話がひと段落したところで、殴子が葵に声を掛けた。暗殺部隊は倒したものの、事態が全て収束したわけではない。万が一のこともある。
「……手間をかけるね」
 苦笑しながら葵が答える。預かっていたキャッチャーミットを宏道に返しながら、葵は更に言葉を続けた。
「でも、もし何か……緊急の事態が起こったら、そちらを優先してほしい。私はもう……大丈夫だと思うから」
 彼女の言葉に頷く能力者たち。それを確認した後、葵は淡く微笑んだ。

「本当に……ありがとう」


マスター:草薙戒音 紹介ページ
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いまいち
参加者:8人
作成日:2012/01/15
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