猟奇的診療所


<オープニング>


 山梨県の山間部に、今は廃村となっている集落がある。
 そこから更に山奥に入った所に、かつて村で唯一の診療所であった建物が存在していた。
「ふぅ……やっと着いたわ」
 まれに廃墟マニアが訪れる以外は、立ち入る者も無いそんな場所に、不釣り合いな若い女が独り。
 そして廃診療所の中に立ち入った彼女が「処置室」と書かれた部屋の前に差し掛かったそのとき。
 ――ギィィィィ。
「君が新しい患者かね……実に良い。私の好みだ……さっそく手術を開始しようか……」
 メスを手にした中年男が姿を現し、女を前に舌なめずり。眼の焦点は合わず、明らかに正気とは思えない。
「あらドクター、私は患者じゃありませんことよ?」
 女はさして素早く動いたようにも思えなかったが、一瞬のうちに男の懐へと入り、メスを握る手を制する。
「でもご安心を、ドクター。これからいっぱい患者が来ますから……うふふっ」
「……ほう」
 その言葉を聞いた男の眼が一層ギラつくのを確かめ、女は満足げに笑った。
「と言うわけで、診療所に巣くう地縛霊とリリスを退治して欲しいの」
 柳瀬・莉緒(高校生運命予報士・bn0025)の説明によれば、このリリスは抗体兵器を持つパフュームリリスなのだと言う。
 そして放置すれば、その力によって診療所におびき寄せられた人間が喰われてしまうだろうとも。
「もちろん戦闘中もこの力を使って抵抗してくるでしょうね。魅了されればリリスを回復させるような行動を取らされてしまうわ」
 地縛霊は医師風の男で、武器は錆びたメス。近距離はもちろん、手裏剣の様に飛ばして遠距離にも対応してくる様だ。
「ちょっとイっちゃってる感じはあるけれど、医者だけあってと言うか、この地縛霊は『患者』を優先的に狙う傾向があるわ。もし気を引きたいんであれば、何か病人を装うと良いかもね」
 基本的にはリリスの指示に従う地縛霊だが、生前の記憶だろうか。患者への対応を優先したい意思があるようだ。
「それとリリスは看護士風で、大きな注射器を持ってるわ。どちらかと言えば支援タイプで、回復とステータスアップの技も持ってるわね」
 その2体をメインとして、この診療所で死んだと思しき地縛霊達が3、4体ほど出現する様だ。これらは殴ったりかみついたりと言った原始的な攻撃のみで戦う。
「主な戦場は処置室になるかしら。診察台が部屋の中央にあるけれど、そこそこ広い部屋よ。電気はつかないから、それを持っていってね」
 言いながら莉緒は置き型の照明器具を指さす。
「あぁそれと、相手にはリリスがいるから、相手の不意を突くとかリリスを地縛霊から引き離すと言った手は使えないでしょうね。こちらは正面から行くしか無いと思うわ」
「説明は以上ね、あなた達なら心配は要らないでしょ。早い帰りを待ってるわ」
 そう言うと、莉緒は一行を送り出すのだった。

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参加者
山内・連夜(葬奏の喚者・b02769)
舞園・彩音(戦場の歌姫・b24404)
儀水・芽亜(夢何有郷・b36191)
レイリア・ヴァナディース(戦場のヴァルキュリア・b37129)
国府津・里香(悠久の幽世奇譚・b38820)
シルフィール・ネルスラーダ(怪盗ナイトウィンド・b49532)
イクス・イシュバーン(神聖なる白煌・b70510)
夜明・藍(中学生真ルナエンプレス・b82596)



<リプレイ>


「しかし、随分と山奥だな」
 周囲を見回した山内・連夜(葬奏の喚者・b02769)がそう漏らすのも無理はない。
 ここは山梨県の奥の奥。電車、バス、タクシーを乗り継ぎ、山道を歩くこと数時間。ようやく到達する様な場所なのだから。
 とはいえ、そうした地理的条件は、被害の出にくさには繋がらない。リリスはインターネット等のテクノロジーを巧妙に利用し、日本中から獲物となり得る人間をおびき寄せることが出来る。
 外界から隔絶された空間は、失踪事件の発覚を遅らせ、かえって彼女らの有利にさえ働くのだ。
「廃墟の診療所に住まう医者の地縛霊か……リリスもよく見つけてくるものだな」
 敵ながら、そのリサーチ力と行動力に思わず感心する様子のイクス・イシュバーン(神聖なる白煌・b70510)も、長い年月で消えかける村道を歩みつつ呟く。
 それだけ敵も必死という事だろう。パートナーの出来不出来が、リリスの命運をも分けるのだから。
「お医者さんって言っても、ゴーストだしきっと変態的な処置をしてたのよね。うん、変態は確実に、かつ出来るだけ素早く倒さないとね」
 その隣で、さして悪意を込めずに辛辣な意見の夜明・藍(中学生真ルナエンプレス・b82596)。
 生前どの様な医師だったかは不明だが、ゴーストとなった今は危険きわまりない変態狂医師に違いない。
「ゴーストになったとはいえ、患者を想う医者の心を利用するリリス。私はあなたを許さない!」
 一方こちらは、医者の善意の部分を擁護しつつリリスのやり口を嫌うシルフィール・ネルスラーダ(怪盗ナイトウィンド・b49532)。
 死して尚、患者第一と言う姿勢だけは、評価出来るかも知れない。
「人を惑わし利用する。その手口は我ら人狼を謀り利用したカリスト達となんら変わりはせぬ。私はそういう姑息な奴が一番許せぬのだ!」
 生粋の武人であるレイリア・ヴァナディース(戦場のヴァルキュリア・b37129)は、そうしたリリスの計算高い狡さを嫌悪しつつ、足下の落ち葉をグシャリと踏みつける。
 気づけば一行は、目的地である廃診療所の前へ到達していた。
「リリスに強いゴーストに、相変わらず厄介なことです」
 ここから先は敵のテリトリー。油断なく周囲を見回しつつ、国府津・里香(悠久の幽世奇譚・b38820)。
 対処が遅れる程、人死にが出れば出る程、地縛霊の力は増して行く。彼女が言うとおり厄介この上ない話だ。
「事故とは慣れ始めた頃に起こるもの。気を引き締め直して参りましょう」
 一つ深呼吸をしてから、扉に手を掛ける儀水・芽亜(夢何有郷・b36191)。
 パフュームリリスと戦い始めてから暫くが経ち、これまでに何件もの事件を解決してきた能力者達だが、何事も慣れ始めた頃が最も危険と言うから。
「今のところ……気配は無いみたいですね。纏まって行きましょう」
 一行は舞園・彩音(戦場の歌姫・b24404)の言葉に頷くと、診療所の廊下を歩み始めた。


 五感を研ぎ澄ませながら、診療所の奥へ進む一行。
 処置室に近づくにつれ、鼻を突く消毒液の匂いが強まるように感じられた。
 常識的に考えれば、そんな物はとっくに蒸発してしまっているはずなのに……だ。
「!」
 最前列を歩いていたレイリアの足が止まり、彼女の指が「処置室」と書かれた部屋の表札を指さす。
 ――ギィィィィ。
 扉を開き、整然と室内へ突入する能力者達。
 そこで待っていたものは……
「先生、患者さんがいらっしゃいましたわ」
「うむ、来たか……では早速手術を開始しよう」
 診察台の横に立つ男女。
「で、結局あなたは何がしたかったの?」
 待ち伏せするでもなく、堂々と姿を晒すゴースト達に軽く拍子抜けしつつ、尋ねる藍。
「何がしたい? 手術に決まってるじゃないか」
 ちなみに、処置室で行われるのは簡単な検査や怪我の治療と言った医療行為までで、大がかりな手術は基本的に手術室で行われる。だが、この診療所には手術室は無い様だ。
「なぁに心配は要らん、私は独逸流の医学を学んでいるのだからな。無免許だとか設備が無いなどと言うことは些細な問題だ」
 怪訝そうな一同の視線を意識してだろうか、安心させるようにそんな事を口にする医師風の男。
「えぇ、先生は内科医でありながら素晴らしい手術の技をお持ちですわ。これまで先生のオペを受けた患者さんで、文句を口にされた方は一人としていらっしゃいませんもの」
「それって、死人に口なしのたぐいではありませんの?」
 間髪入れずに突っ込む芽亜。
「「……」」
 医師と看護師は暫し顔を見合わせる。
「さぁ先生、急患ですわ。すぐにオペを始めなくては」
「おっとそうだったな、今度こそ始めよう」
 錆びたメスを手渡されると同時に、3体の助手地縛霊が出現。どうやら手術とやらを始めるつもりらしい。


「それじゃ麻酔始めちゃいますねぇ」
 ふぅっと周囲を甘い香りで充満させるリリス。
「……みんなが、私達の帰りを待っていてくれるのよ! 空と大地を吹きゆく風よ。全ての穢れを吹き払って!」
 シルフィールはかぶりを振ってそれを振り払うと、すぐさまパフュームを吹き飛ばす清らかな風を巻き起こす。
「さあ、悪夢の底へ沈みなさいな」
 恋人より贈られたヘアバンドに触れ、魅惑の香りを振り払った芽亜。お返しとばかりに悪夢を実体化したクラスター爆弾を撒く。
 ――バババッ!
 たちまち二体の地縛霊がその場に崩れ落ちる。
「さぁ診察台へ。天井の染みを数えているうちに終わるさ」
 悪夢クラスターを回避した医師と助手は、一気に間合いを詰めてくる。
「貴様たちの相手は、この私だ!」
 ――キィン!
 二振りの長剣でメスの一撃を受けると、微塵の隙も無く身構えるレイリア。
「看護士さん、まずは挨拶代わりに鉄の乙女の抱擁をキミへ」
「なっ、うぎゃっ! あ、あんた達もっと頑張りなさいよ!」
 イクスの召喚した鉄の処女に囚われるリリス。思わず地縛霊達に飛ばす檄も素に戻っている。
「私は歌い続ける。人々に愛を伝える為に……そして、共に戦う仲間に勇気を与える為に!」
 しかしその地縛霊達に先んじて、声なき歌声で唄う彩音。起きていた最後の助手地縛霊までも眠りに落ちる。
「これ以上被害者を出さないために、焼いて切って捨てますよ」
「メス持ってるなら外科……だと思ったんだがな」
 この間に、里香は白燐蟲を宝剣に宿らせ、連夜は呪の力を自らの体に取り込む。
「ん、やっぱり変態だったのね」
 結果的にその読みが正しかった藍は、変態医師目掛けて、青龍の闘気を纏わせた拳を繰り出す。
 ――ガッ!
「ぐっ……ふはは……患者は安静にしていなくてはな」
「患者ではないんだけど」
 拳は医師のみぞおちに命中したが、その狂気的な笑いを止めるには至らない。
「レイリアさん、同時に仕掛けましょう! 悠久を吹き行き過ぎゆく風よ。我が敵を捕らえよ!」
「解った! 人狼騎士の戦い方が、剣だけと思わぬことだ!」
 シルフィールが烈風を放つと同時に、勝利の剣を振り上げたレイリアはリリスへと斬りかかる――と見せかけ、鋭利な弧状の蹴りを放つ。
「ちぃっ! こいつら、私から狙う気か」
「白衣の天使が死を運ぶとは悪趣味極まれりですわね」
 この間に、サイコフィールドを展開し守備力を高める芽亜。
「役立たずども、私を守れっ!」
 パフュームを振りまきつつ、リリスは身体を纏う無数の蛇を出現させる。
「アイドルは人を魅了する者……ファンの期待に応える為にも、貴女なんかに魅了されてたまるものですか! 穢れを知らぬ、純真なるメロディ……。そよ風のハミング♪」
 彩音はこれを振り払うと、すぐさま純白の旋律を紡ぐ。
「よし、行こうか」
「全力でぶった切ります」
 イクスが再び聖葬メイデンを召喚すると同時に、凝縮した妖気を炎に変える里香。
 ――ザンッ!
 鉄の処女はリリスに更なるダメージを与え、紅蓮の一撃は医師の肩口を深々と切り裂く。
「っ! このままではっ……」
「ぬうっ?! これは中々の難手術になりそうだな」
 蓄積していくダメージに、さすがに平静では居られなくなるゴースト達。
「こいつらを先にやれ!」
 リリスは、自分の近くにいる前衛を優先的に攻撃させるべく指示を飛ばす。
「ごほっ……ぐ、最近の飲む討つカウの生活が祟って体調が……特に最後ので受けた負傷がまだ治らん」
 丁度その時、唐突に咳き込む連夜。
「なに? 急患か?」
「あぁ、やはり、イグニッション無しで野生の牛を狩るのは無謀だった」
「それはいかんな、早速手術だ」
 食紅で喀血までも偽装する連夜の芸の細かさに、気を取られる医師。
「んん、こっちもさっきから何かお腹が痛い」
 続けざま、お腹を押さえて表情を歪める藍。
「なんと、こっちにも急患か? よし手術だ」
「ちょ、おい! そんな見え見えの演技に――」
 単純な地縛霊の思考に、金切り声を上げるリリス。
「もういい加減うっとうしいよ」
 だが、その言葉が終わるより先に藍の周囲に浮かぶ赤い月。放たれる光がリリスを貫く。
 連携を取りつつじわじわと圧倒してゆく能力者、眠りに落ちていた地縛霊達も次第に目を覚まし、最後の抵抗を試みるゴースト達。
 戦いは佳境へと突入してゆく。


「さぁ行け! 行きなさい! その患者達を始末……じゃなくて手術してやりなさい!」
「切開切開ィィーッ!」
 リリスにけしかけられ、地縛霊達が波状攻撃を掛ける。
 メスや手術器具が処置室内を乱舞し、能力者達に手傷を与える。
「ゴホッゴホッ……、くそ、こんな時に病が……だが、人狼の誇りに掛けて、倒れやしない!」
 無数のメスを弾き、レイリアは最前線に立ち続ける。地縛霊の攻撃が集中するが、ライカンスロープの構えを取り一歩も退くことはない。
「夜明さん、私とデュエットしましょう!」
「ん、解ったわ」
「鳴り響け、私のパッション!」
 ――バッ!!
 彩音の響音弾と、藍の極月煌光・散華が一斉にゴースト達を飲み込む。
「ぐわぁぁぁっ!」
 手負いの助手地縛霊達が、次々に倒れ消滅してゆく。
「なっ!?」
 盾になる地縛霊達が消え、自身も満身創痍。焦りを隠しきれないリリス。
「あなたが医者から理性を奪うのなら、私があなたの命を奪ってあげる。怪盗ナイトウィンドの名に掛けて!」
 開いた射線を見逃さず、ジェットウィンドを放つシルフィール。
「お、おのれ……この程度で!」
 自らに注射を打ち、回復を試みるリリス。
「これで終わりだ」
 だが連夜は蛇腹剣を瞬殺モードに変形させ、リリス目掛けて突進。
 ――ザシュッ!
「うぐっ!? ばか……な……」
 崩れ落ちるリリス。
「ぬうっ、だが私一人でも手術は可能だ!」
「ふざけたお遊びには付き合っていられません」
 独りになってもメスを握り、やる気満々の医師地縛霊。やや呆れ気味にナイトメアを召喚する芽亜。
「さて、そろそろ診察時間は終了だよ。皆さん、行きましょう」
 ザルバに黒炎を纏わせ、側面攻撃を掛けるイクス。
「これ以上被害者を出さないために、焼いて切って捨てますよ」
 反対側からは、里香が紅蓮の剣撃を仕掛ける。
 ――バッ!
 メスを振るう地縛霊だったが、三位一体の波状攻撃の前には無駄な足掻きでしかなかった。
「まだだ、まだ手術は終わっては――」
 かしゃんと音を立ててメスが床に転がり、地縛霊は青白い燐光と共にかき消えた。


「討滅終了ですわね。帰りの足は大丈夫でしょうか?」
 診療所を出ると、辺りは薄暗くなっていた。肌寒さに震えつつ、バスの時刻表を取り出す芽亜。
「お疲れさまでした。なんだか寒くなってきたし、早く帰りましょう」
 こんな地縛霊と戦った後に、風邪を引いてはたまらないと藍。
「そう言えば、山内さん大丈夫ですか?」
「去年の夏以来、三食がほぼ全て水と素麺だが特に問題はない。ま、たまに意識が遠くなる事があるんで栄養剤等は時々使っているが」
 病気と言えば、里香は先ほど喀血していた連夜に問いかけるが……実際余り健康とも言えそうに無い。お大事に。
「これでここも静かになりましたね。死者が安らかに眠れるよう祈りを」
「人を傷つけるのではく、人を癒す為にその力を振るうべきだったと思うわ」
 死者達に鎮魂の祈りを捧げるイクスと、歌でその魂を慰める彩音。
「村で唯一の診療所……きっとあなたの事を村人たちは感謝していたハズよ。そのあなたが人を傷つけてはダメ。村人たちの尊敬するお医者様のままで逝きなさい……」
 シルフィールはそう言うと、診療所の扉をそっと閉めた。
「いつか必ずカリスト達との因縁にも決着を付けてみせる!」
 拳を握りしめるレイリア。

 かくして、また一つゴースト事件を解決した能力者達。
 最終的な決着を決着の刻を見据えつつ、ひとまず凱旋の途につくのだった。


マスター:小茄 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2012/01/26
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