今宵は花見て


<オープニング>


「るーるーるるるー」
 名古屋ではこの冬一番の冷え込みを見せた日に、ソメイヨシノが謎の開花をして人々を驚かせたと言う。
 だがここ神奈川では、まだまだ桜の開花は先の事。
 ――ざくっざくっ。
 どう言うわけか、つぼみも膨らんでいない桜の根元を、熱心にスコップで掘っている一人の少女。
 おとぎ話では大判小判が出てくるなんて話もあったが、今回は違った。
「えー宴もたけなわでは御座いますが、宴もたけなわプリンスホテルなんつっちゃって。ダハハハハ!」
 登場したのは、頭にネクタイを巻いた酔っ払いサラリーマン風の中年男。
 そう、世にも禍々しいゴーストだったのだ。

「よーし、それじゃ乾杯いきますかー?」
「「いえーい!」」
「えーでは、僭越ながら私が挨拶の言葉を……」
 春。桜が咲けば、花見で宴会が日本人の伝統だ。
 大学生くらいだろうか? 若者達が一本の桜の下で、宴会を始めようとしている。
 始める前からハイテンションなのは若さゆえだろう。
「僭越と言えば私、僭越ながら一発芸など披露させて頂こうと思います」
「え? 誰……?」「誰っすか?」
 そこへ、いかにも場違いなサラリーマン風の男。ざわめく若者達。
 この桜は他の桜から離れた場所に植わっており、周囲から間違ってやってきたとも考えにくかったのだ。
「取り出しましたるは、何の変哲もない縦縞のハンケチ。これを手の中に入れて、ワン・ツー・スリー! 瞬く間に横縞になりましたー!」
 ――ヒュォォォォ……。
 そして彼の披露した寒い一発芸によって、あわれな若者達は一人残らず凍死してしまった。

「良く来てくれたわ。今日も寒いわね」
 能力者達を出迎えたのは、柳瀬・莉緒(高校生運命予報士・bn0025)。
「以前、県内の公園にある桜の下で、お花見をすると現れる地縛霊が居たんだけど、抗体ゴースト「ルールー」によって、その地縛霊が復活してしまったの。これからお花見の季節でしょ? 放置すれば必ず被害が出るわ」
 そうなる前に、能力者達の手で退治して欲しいと莉緒は言う。

「地縛霊は復活前と同様に、お花見の宴が最高潮に盛り上がると出現して、一発芸やらギャグを飛ばしてくるみたいね」
 ビール瓶を用いた物理攻撃もあるが、やはりはた迷惑な宴会芸のたぐいによって、見る者にバッドステータスを与える能力が厄介そうだ。
 寒いと感じた者には超魔氷、うけてしまえば超魔炎、ついて行けないと思うと超石化など、受け取り方によってそれは変わるようだ。
「この寒いのに寒い一発芸とかギャグはごめんよね」
 風の子、速坂・めぐる(真烈風少女・bn0197)もぶるっと身震いを一つ。
 また、メインとなる地縛霊の他にも援護地縛霊が出現する。これらも酔っ払った中年男の様な外見で、殴りかかってきたり馴れ馴れしく纏わり付いて来る様だ。
「いろんな意味で面倒臭い敵だと思うから、油断はしないようにね」

「お花見に使うシートに簡易カイロは用意してあるわ……お菓子とか飲み物は、途中で仕入れて頂戴」
「わーい!」
「花はまだ咲いてないけど、地縛霊を呼び出す為だからピクニック気分で楽しんで頂戴。それじゃ、早い帰りを待っているわね」
 そう言うと、莉緒は一行を送り出すのだった。

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参加者
毛利・周(真火を得た日輪の将・b04242)
神農・撫子(おにしるべ・b13379)
宮代・月音(岩砕き・b18821)
文月・昇(一般常識勉強中・b30087)
桜庭・柚樹(寒緋桜の雪夜叉・b32955)
ポルテ・トルテ(フェンリルクォーツ・b37411)
池田・クラレット(護界召喚師・b45628)
裏方・黒衣(デウスエクスマキナ・b57463)
NPC:速坂・めぐる(真烈風少女・bn0197)




<リプレイ>

●花が無い花見は花見とは言わないんじゃないのか
 公園に到着した能力者達を出迎えたのは、満開の桜――ではなく、まだまだ膨らんでさえいないつぼみだった。
 ただ、連日最低気温が0度近くまで下がる中、今日は比較的暖かく、エア花見には良い日和とも言えそうだ。
(「……ジハード以降も変わらず出てくるのだな、ルールーは。しかも、どれもこれも難儀そうなゴーストばかり甦らせる」)
 予報士から聞いた一本の桜へ到着した一行。毛利・周(真火を得た日輪の将・b04242)は、早速敷かれたシートが飛ばないように荷物で端っこを固定する。
 今回退治する相手は、花見の宴に惹かれて出現する酔っ払い地縛霊。だだスベりの芸を披露しては、見ている者達を凍死させる。何とも凶悪ではた迷惑なゴーストの再来だ。
「酔うのは良いのですが、その勢いで絡むのは如何なものかと。ルールーも他のゴーストに絡まないで欲しいのですけど、そうも行きませんわね」
 生者であれ死者であれ、いきすぎた酩酊状態は迷惑でしかない。宮代・月音(岩砕き・b18821)は加熱式の弁当と、お茶の入った保温ポットを並べつつため息。
「色々な芸を学ぶのもいい事ですっ。負傷者を出さない事が、一流芸人の証ですからねぇ」
 対照的に、自称芸人の池田・クラレット(護界召喚師・b45628)はそんな厄介なゴーストさえも、貪欲に芸の肥やしにするつもりらしい。
「前回と同じく、ハンディマイクとロシアン団子は持ってきました」
 マイクと団子を取り出しながら言うのは、このゴーストが初めて出現した時にこれを葬った文月・昇(一般常識勉強中・b30087)。
 その時に活用したアイテム2点を今回も持参した様だ。

「はい、ジュースとかお茶とかも沢山買って来たから、皆で分けてね」
 桜庭・柚樹(寒緋桜の雪夜叉・b32955)は、せっせと皆にお茶やジュースを注いで回る。
 皆で持ち寄りにした結果、凄まじい量の食べ物、おやつ、飲み物が並ぶ事になった。さながら路上コンビニ状態だ。
「普通に食べるのも美味しいですけど皆で一緒に食べると倍々ですよね」
 やはり花見の席なら、和の甘味が粋だろう。お汁粉を用意する裏方・黒衣(デウスエクスマキナ・b57463)。
 粒あん派とこしあん派どちらにも対応出来る様に、二種類持参すると言う用意周到っぷりだ。
「たくさん作って参りましたから、どんどん召し上がって下さいね♪」
 こちらも和菓子。神農・撫子(おにしるべ・b13379)は、重箱いっぱいの三色団子を広げる。
「まん丸なのといびつなのがあるけど、何で?」
「それは……たまたまです」
 全く悪意無く尋ねる速坂・めぐる(真烈風少女・bn0197)に対し、にっこりと微笑んで答える撫子。
 どうやら上手に出来ている方は、彼女のお祖母さんが作ったらしい。
「めしだめしだ!(お菓子ばかりだけど)さけださけだ!(実はジュースだけど)花見だ花見だ!(楽しければいいよね)何はともあれ乾杯ッ!」
 いきなりハイテンションなポルテ・トルテ(フェンリルクォーツ・b37411)が乾杯の音頭を取り、ともかく花見の宴は始まった。

●昭和ならウケたかもしれない
「普通に食べるのも美味しいですけど皆で一緒に食べると倍々ですよね」
「わぁ、これも美味しそう……!」
 にこやかに言う黒衣。撫子や使役ゴーストのマロウも、食べ物の多さに目移りしているよう。
「げほっ! げほ!」
「大丈夫ですか、速坂さん」
 一方、月音の差し出すお茶を一気に飲み干すめぐる。
「熱っ……うぅ……でも助かったわ。まさか2連続でからしを引くなんてね」
「こっちは2連続わさびでしたが」
 ロシアン団子ルーレット――それは当たりの無い過酷なゲーム。
「立ち上がれギンセイガー! 全てを凌駕してぇぇ!」
「盛り上がっていこうぜーやっはー!!」
 アルコール分は入っていないが、カラオケの方もすっかり仕上がってきている様子。平日だけあって、周囲に迷惑がかかる事も無いので安心だ。
「ではでは、きのこさんおどりしますっ。うーにょ〜うにょうにょ〜」
 流れに乗って、踊り出すクラレット。
 宴もすっかり盛り上がってきたそんな頃、ソイツは現れた。
「さぁ皆さま、楽しんで頂いてますでしょうか」
「あー……やっぱりこの酔っ払いでしたか」
 出現した中年男を一瞥し、深いため息をつく昇。
「宴もたけなわプリンスホテルと言ったところで、不肖私も一つ余興を披露させて頂きたいと思います!」
「タネも仕掛けも無いこの縦縞のハンケチ、これが何と……横縞になりましたー、でしたか?」
「タネも仕掛けも無いこの縦縞のハンケチ、これが……ハッ!?」
 波紋の使い手よろしく、先の台詞を諳んじられ、固まる地縛霊。
「で、でしたら新ネタ。この横縞のハンケチが」
「……それ以上は言わせん」
 周の手が地縛霊の口を塞ぎ、その頭を炎の蔦でぐるぐる巻きにする。
「るーるるー!」
 スコップを持ったルールー、そしてネクタイを頭に巻いた援護地縛霊達も木の陰から姿を現す。
 宴の第二部、開宴と言った所。

●芸の道は遠く険しい
「ボクが咲かせる初めての桜を見せてあげますですよ。宴会好きさん」
 圧倒的な速度で機先を制した黒衣。高まる妖力に、狐の耳と尻尾が具現化する。
 ――パッ!
 輝く七星の光が、ゴースト達を瞬時に射貫く。
「おはようございます。そして、挑戦者現るっ!」
 それにコンマ数秒遅れて、クラレットの放った茨が、爆発的な勢いで周囲を覆う。
 その間、月音と撫子は素早く食べ物を片付けるのも忘れない。戦いに巻き込んでせっかくの料理を台無しにするのは忍びない。
「宴会芸その1! ジャイアントわんこー!」
 霧で作り出したわんこポーズの巨人を纏うポルテ。
 芸には芸で対抗しようと言うつもりらしい。
「いやいや、大変結構なお手並み……私のオテナミ(お手紙とかけているらしい)届いたかしら? なんつっちゃってブハハハハ!」
 能力者達の動きを見て、手を叩きながらそんな事をのたまう中年男。
「ははははは!」
 しかしここで怒ったりすれば、相手の術中にはまってしまう。昇は思い切り笑ってその被害を最小限に抑えつつ、援護ゴーストと対峙。
「上手に焼けましたっ!」
 クラレットもいっそ笑い飛ばして、魔炎に耐える。
「……も、もはや芸ですら無いし」
 浄化のつむじ風を起し、仲間を癒やすめぐる。自身を蝕む魔氷も溶ける。
「次なる余興に参ります! ミュージック、スターッ!」
 どこからともなくノリノリの音楽が響くと、動きを拘束されていないゴースト達は一列になり、タイミングをずらしながら回転するアレを始める。
「……」
 キレの無さ、微妙にタイミングをズラせてないお粗末さを生暖かいまなざしで見ながら、親指を立てる黒衣。
 しかしすぐに表情を引き締めると、自らのブラックヒストリーを乱舞させて攻撃に転じる。
「さぁ皆サンもご一緒に!」
「見ちゃ駄目ですのよっ」
 撫子はうっかり自分も踊りそうになるのを堪えつつ、また使役のマロウにも注意を促す。
「……鳳凰の魔炎にて焼き尽くされるがいい」
 ――シャッ!
 周と月音は、動きを止められていない援護ゴーストを標的として連携を取る。
 紅蓮の不死鳥に包まれた杓死黒猫と、獣の闘気を帯びた鉄拳が次々に援護ゴーストを粉砕していく。
「続いては、昨年大ブームになったこちらのダンス! 可愛らしく踊らせて頂きます! ミュージックスターッ!」
 しかし中年男達は、こりもせずに次のダンスを踊り出す。
 幼稚園生や小学生が踊れば愛らしい振り付けも、中年男がやるとむさ苦しいばかり。
「ああ、おもしろい。おもしろいよ」
 レイピアで援護ゴーストを貫きながら、怒りを必死に堪えるポルテ。
 必死に耐えても肉体、精神両方にダメージを与えてくるのだから、恐ろしい攻撃だ。
「前は弱かったのに今回は気合入ってますね。ちゃんと倒しておかないと後々面倒なことになりそうです」
 笑みを絶やさないようにしつつ、灼死を振るう昇。
 間違いなく前回よりパワーアップしている様だ。戦闘力も、芸の残念さも。
「えー続きましてのダンスは――」
 ――ぶちっ。
「もう沢山よ! 吹き飛べ! 吹き飛びなさい!」
 髪を逆立て、ジェットウィンドを乱発するめぐる。
「あ、めぐるちゃんがキレた」
「……早めに終わらせましょう」
 能力者達はもう一度気合を入れ直すと、更なる攻撃を繰り出してゆく。

●終わる宴と始まる宴
「何と、親指が抜けちゃいましたー。くっついて……また抜けたー。あっと今度は手首がなくなっちゃいましたー!」
 小学生さえ喜ばないレベルの小ネタを高いテンションでやってみせる地縛霊。
 そのハートの強さは、ある意味で芸人向きと言えなくもないのかもしれない。
「わ、すごー……くない! うけてませんってば!」
「……もう十分です。貴方達は頑張りました」
 撫子が氷雪地獄を巻き起こすのと同時に、幾度目かのブラックヒストリーを放つ黒衣。
「ぐはぁぁっ……!」
 数体の援護地縛霊が、氷と紙の吹雪によって斬り刻まれて崩れ落ちる。
「さぁて次なる余興は……この硬い鉛筆をぐにゃぐにゃに曲げます」
「そろそろお開きですわ、お帰りは向こう側です!」
 ――ドゴォッ!
 月音の獣撃拳が、中年男の鳩尾へとめり込む。
「手早く片付けてお花見の続きといきましょう」
 ――バッ!
 クラレットの放つ光の槍が、更に男を貫く。
「ごほっ……ハハハ、お見事ですなぁ。ではこちらもスプーン曲げを」
「ええい、いい加減にしやがれぇ!」
「子供の偏差値より血糖値を気にします程度の捻りをきかせなろ! こんのアル中地縛霊!」
 めぐるやポルテに続き、昇も我慢の限界。
 リミットブレイク状態で一斉に間合いを詰める。
「宴会芸その2! 剣を抜きます。剣を納めます。すると……」
 剣を鞘に納め、指をパチンと鳴らすポルテ。
「宴会芸のおっさんが吹っ飛びます」
 ――ズパッ。
 男は真っ二つに瞬断され、昇のフェニックスブロウにより炎上。
「た、楽しんで……頂けましたでしょうかぁぁーっ」
 宴会男は、紙ふぶきを撒き散らしながら消滅していった。
「迷惑なんだよ、二度と出てくるな!」
「うう……、寒かったわね。熱い紅茶が欲しいくらいだわ……」
 黒燐蟲を剣に纏わせ、傷を癒す柚樹。
 しかし、まだ戦いは終わったわけではない。
「そもそもお前が発端だったな! 逃げんな、焼き尽くす!」
 一斉にルールーへと振り返る一同。
「るーるるー」
 ――キィン!
「……消えよ、閻魔の眷属。……さっさとあの世に帰るがいい」
 周はスコップを左の獣爪で受け止めると、右の獣爪に燃え盛るフェニックスを宿らせる。
「紅蓮の炎よ、敵を焼き払え!」
 柚樹の双剣もまた紅蓮の炎を帯びる。
 ――ザンッ!!
 2人の攻撃はルールーのスコップをへし折り、その身体を炎によって飲み込んだ。

●次は花見を
「仕事も終わりましたし、もう少し楽しみましょうか?」
 月音はゴーストたちに手を合わせ終えると、端に寄せてあった飲食物を再びシートの中央へと戻す。
「えぇ。地縛霊やルールーが去って、ゆっくりできますねぇ」
 クラレットはこれに同意しながら、皆の手元へ飲み物を配る。
「何れ来る異形との戦いに、メガリス争奪戦。……その為にも、英気は養っておかねばな」
 再びオレンジジュースの入ったグラスを傾ける周。休めるうちに休んでおくこともまた、重要だ。
「やっと終わりました。ゴースト抜きが一番いいです」
 昇も普段通りに戻り、ロシアン団子ルーレットを再開。
「動いたらお腹空いたよ! めぐるちゃんも食べる? 温奴。あ、いやまて。何か宴会芸はないのか。宴会芸」
 無茶振りのポルテに対し、めぐるは懐を探り……
「……じゃあえっと、ここに縦縞のハンカチが」
「それはもういい」
「……だよね。皆でカラオケでもしようか」
 そう言って逃げるめぐる。
「しょうがない、歌おうか」
 もうしばらく、花見の宴は続きそうだ。

「はいー皆さんチーズ」
 シャッターを切る黒衣。
 桜が撮れないのは残念だが、代わりに一同の笑顔を残す。
「暖かくなってから、また来たいですね」
 撫子は空になった重箱や食べ物の容器を片付けつつ言う。
 次第に陽が落ちてきて、風も肌寒くなってきた。
「また見に来るから、綺麗な花を咲かせてね」
 去り際に柚樹は、桜の木に触れて告げる。
 
 能力者たちの活躍によって、ルールーと地縛霊は退治された。
 花見の宴に水を差すようなゴーストは、もう現れないはずだ。


マスター:小茄 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2012/02/18
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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