【天の衣、舞い降りるは白百合の園】傷つきし花々

<オープニング>



 飛び込んできたカッターナイフの刃を咄嗟に避け、レキナはその先の腕を両手でしっかりと捕まえた。
「待って、狩矢さん! 落ち着いて、まずは話をしましょう?」
「うるさい! 離せっ!!」
 唯は乱暴に腕を振り払い、能力者達を睨み上げる。
「許せないのよ! 男という存在が!! あの男のせいで……私とお母さんは……っ!」
「唯様!」
「唯様!!」
 何かを耐えるようにぐっと唇を噛み締め頭を垂れた唯を、周りにいた女生徒達が気遣うように支える。
 この様子から察するに、唯は男性に傷つけられた過去を持っているに違いなかった。
 図書室に、緊張の糸が張り巡らされる。またいつ彼女達が動き出し、襲ってくるか分からない。身構えながら、昼楕は側にいる苺子と御美子ををそっと振り返る。
「どうする? 倒すしかないのかな……できれば、そんな事したくないよ……」
「まだ、説得の余地はあると思います。できるだけの事を、やってみましょう」
「じゃな、何とかしてあの者を説き伏せることができればあるいは……」
 唯を上手く説得さえすれば、この場を穏便に解決できるかもしれない……と、能力者達がそう思った矢先、唯の側にいた一人の女生徒が声を上げた。
「唯様はね、輝羅々様から一番始めに力を授かった『四つの翼』の一人なのよ! あなた達に……男の味方をするようなあなた達に唯様達や輝羅々様の気持ちがわかってなるものですか!」
「四つの、翼……? あ……」
 何かを思い出して小さく声を漏らした雪紗に、綾乃が頷いてみせる。
「婚約者に裏切られたという戸田先生もそのうちの一人ということになりますわ」
「ということは、他にもあと二人、唯さんや戸田先生のように、男の人に傷つけられた人がいるのですね……」
「ええ……それに、彼女達に力を授けた、輝羅々という人もきっと……」
 不安そうに呟くティセにそう続けて、玲奈は思案する。

 女生徒が言う、『四つの翼』の存在。そして、そう呼ばれる彼女達に力を授けた、輝羅々という女生徒。
 過去、何らかの形で男性に心を傷つけられたことのある『四つの翼』が、一番始めに輝羅々から力を授かった。
 そして、そこから黒い噂は広まり、この学院の女性達は男性に対しての嫌悪感を煽られ、次々と輝羅々から力を授けてもらったのだ。
 羽衣のオーラを纏うこの力を授けることのできる輝羅々。おそらく彼女が、天女の羽衣のメガリスアクティブだ。
 謎の糸は、繋がりかけた。
 だが、今は、この状況を打破しなければならない。
 力任せに彼女達を捻じ伏せることは容易いが、それではまるで意味がない。唯を含む、男性に傷つけられた『四つの翼』達の心の闇を払わなければ、この学院はいつしかその闇に飲み込まれてしまうだろう。
「……わかる訳ないわ……戸田先生は男に裏切られて酷い思いをした……! それにあの子達も……沙里菜は男に散々からかわれて逃げるようにここへ転校してきたのよ。美羽なんか……心無い汚らわしい男達に連れ去られて乱暴されたの! ねぇ、私達の気持ちがわかる? わからないでしょう……わかってたまるものか!!」
 興奮気味に声を荒げる唯。
 一体、どう言葉を紡げば、彼女はわかってくれるだろうか……。


 一方その頃、聖アウグスチヌ女学院の職員室。
 たおやかな黒髪を掻きあげた女性教師……戸田・玲子は、縁のある細い眼鏡を軽く押し上げながら側に立つ二人の女生徒を見やった。
「さ、今日はもう終りにしましょう。例の事は、狩矢さんが治めてくれるはずよ。あなた達はもう帰りなさい」
「あっ、あのっ、唯先輩、ホントに大丈夫でしょうか……あたし、様子を見に行ってもいいですか?」
「手塚さんは心配性ね。いいわ、いってらっしゃい。ただし、天ヶ崎さんに迷惑の掛からないよう、十分に気をつけて?」
「はっ、はい……」
 何かに怯えたような目をした気弱そうな少女、手塚・美羽は、玲子にぺこりと小さくお辞儀をして職員室を後にする。
「中野さんは? もう帰るでしょ?」
「あのぅ、先生〜」
 その場に残ったもう一人の少女、中野・沙里菜は、ゆったりとした口調で玲子に向かって手を上げた。
「ワタシぃ、忘れ物をしてしまいましたぁ。教室に取りにいってから帰りますぅ」
「そう、気をつけてね。私はもう少し残っていくから、何かあったらすぐに知らせなさい」
「はぁい、わかりましたぁ。失礼しますぅ」
 印象的な厚い前髪を掻き分け、小さな目を細めて薄く笑った沙里菜は、ふくよかな体を揺らしながら美羽の後を追うように職員室から出て行った。
 生徒二人を見送って、ふぅ、と玲子が短い息をついたその時、職員室のドアをノックする音が響く。
「玲子先生」
「あぁ、天ヶ崎さん。ちょうど良かった。頼まれていた名簿と原案、出来ているわよ」
 職員室に入ってきて近づいてきた少女に、玲子は何かの資料が入ったファイルを手渡した。ファイルを受け取り、それを捲って確認した少女……天ヶ崎・輝羅々は形の良い唇を上げ、満足そうに微笑んでみせる。
「流石、玲子先生。もうすぐ……もうすぐですわ。この学院すべての女性に、わたくしは力を授けてみせましょう。それが叶ったその時こそ……この世の男達への復讐の時……!」
 美しい巻き毛を揺らし、しなやかな手をきつく結んで、決意を改める輝羅々。
 その肩には、この世の物とは思えぬほど美しい羽衣が掛かっていた……。

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参加者
片桐・綾乃(猫を被った直情系お嬢様・b19717)
ティセ・パルミエ(猫ふんじゃった・b34291)
平永・玲奈(月光に舞う白銀の姫騎士・b35936)
籐村・御美子(おばあちゃんのぽたぽた焼き・b41315)
山陽・昼楕(ここにも土蜘蛛の巫女・b59999)
織原・雪紗(目覚めた眠り姫・b73159)
瀬河・苺子(道を探す少女・b77693)
菅井・レキナ(鳴神の月帝姫・b82451)



<リプレイ>


「唯様!」
 うつむき、肩を震わせる唯を、取り巻きの女生徒達はすがるようにして支えた。そんな彼女に、瀬河・苺子(道を探す少女・b77693)はそっと近づく。
「過去に、何があったんですか? もし良かったら、何故そこまで男性を憎むのか、聞かせてもらえないでしょうか?」
「……聞いてどうするのよ」
 ちらりと顔を上げた唯の鋭い視線を、苺子は真っ直ぐに受け止める。
 戦う素振りを見せない能力者達。出鼻をくじかれたのか、唯は拍子抜けしたように浅いため息をつき、図書室の椅子にどかりと座った。
「父親が外に何人も愛人囲って家に帰ってこなくなった……それだけよ」
「え……?」
「何よ、その顔。もっとわかりやすく酷い目に遭ってるとでも思った?」
 肩すかしを食らったような顔で目を丸くする苺子に、唯は嘲笑めいた笑いを漏らす。
「でもね、私にとってはそれが一番残酷だった……私の側に居てくれたお母さんだって……」
「そっ、そうです、狩矢先輩のお母さんは、変な力に頼らず先輩をこんな良い学校に通わせています。こんな力に頼らなくても、先輩には同じことが出来るはずで……」
「違う。お母さんは死んだわ。最期まであいつを待って、信じて……重荷に耐え兼ねて自殺した……!」
 ギラリと、唯の瞳が怒りに揺れた。座っていた椅子を蹴り飛ばして立ち上がった唯の羽衣のオーラが、禍々しい光を放つ。
「あいつは! 家族なんか金だけ渡しておけばいいと思ってるのよ! あんなやつ、父親だなんて私も思わない! 私がこの手で復讐してやる! 輝羅々様から授かったこの力で天罰を下すのよ!!」
「男達に天罰を!」
「輝羅々様の邪魔をする者達に死を!」
 唯が手にしたカッターナイフを振りかざすのを合図に、周りの女生徒達が床を蹴った。
「どうしてなのです? どうしてそんな悲しいこと……!」
「これは……何とか説得するしかないじゃろう」
「うん……! このままだともっと酷い事になる! なんとかして、力を使わせるのをやめさせないと!」
 身構えた、ティセ・パルミエ(猫ふんじゃった・b34291)と、籐村・御美子(おばあちゃんのぽたぽた焼き・b41315)、山陽・昼楕(ここにも土蜘蛛の巫女・b59999)は顔を見合わせ、小さく頷いた。
 カッターナイフや、小さな針のようなものを武器として扱う女生徒達。
「くっ……長くは持ちそうにありませんけれど」
 カッターナイフの刃を体で受け止めた、平永・玲奈(月光に舞う白銀の姫騎士・b35936)は薄く顔を歪め。
「ん、頑張ろう。ここで諦めたら、傷つけられた人が救われないままだもんね」
 織原・雪紗(目覚めた眠り姫・b73159)が、飛んできた針を払い除け、体勢を整えた。
 こちらから攻撃を加えることは何としてでも避けたい。
「邪魔はさせない! 私はあの男を殺す!!」
(「止めなくては……失ってからでは遅い……!」)
 狂気じみた唯の声に、菅井・レキナ(鳴神の月帝姫・b82451)は焦りからか唇を強く噛んだ。
 今、唯を止めなければ、自分達も……そして彼女自身もきっと後悔する事になる。
 女生徒達からの猛攻にじっと耐えつつ、能力者達は防御の態勢を更に固めた。
「死ねばいいのよ!! 男は全て! あの男も! 男の味方をするようなやつもみんなっ!!」
 カッターナイフをキチリと鳴らして、唯が踏み切る。
「死ねぇぇっ!!」
「待ちなさい!!」
 その時、片桐・綾乃(猫を被った直情系お嬢様・b19717)が、両腕を広げて唯の目の前に立ち塞がった。
 ずくり、と響いた鈍い衝撃。図書室の床に、鮮やかな赤が落ちる。
「……っ、これで満足ですの?」
「何を……」
 向けられた、気迫に満ちた眼差し。一瞬たじろいだように見えた唯に、綾乃は続ける。
「気に入らない相手を暴力で黙らせる……今、あなたがしている事は、まるで粗暴な男性のようですわ」
「嘘よ! そんなこと!!」
「男だから。男の味方だから。男の味方の味方だから……そんな風に理由をつけて、あなたが本当に憎い『あの男』の代わりに、色々な相手に暴力をぶつけて憂さ晴らしをするつもりですか」
「やめて! やめてやめてぇぇっ!!」
「そんなの復讐ですらありません。ただの八つ当たりですわ」
「いやあぁぁぁっっ!!!」
「唯様!」
 叫び、頭を抱えて泣き崩れる唯に、女生徒達が駆けつけていく。彼女達もまた、泣いているようだった。
「狩矢先輩……」
 すすり泣きながら小さく固まっている彼女達に目線を合わせるよう、苺子はその側へと静かに歩み寄り、しゃがみ込む。
「天国のお母さんに愧じない人生を送る事……先輩にとって大事なのは、そちらではないでしょうか? あの男への復讐、というなら、そんな男の影を引きずらず、強く生きるのも立派な復讐のはずです」
「あ、ぁ……」
 力強く、けれど優しい苺子の言葉。唯達の纏っていた羽衣のオーラが次第にその輝きをなくし、空気に溶け込むよう消えていく。
 羽衣のオーラをなくした唯達。殺気は完全に消えている。どうやら、これで彼女達に備わっていた能力者並の戦闘能力も消え失せたようだった。
「わ、私、なんて事を……」
「このくらい、お安い授業料ですわ」
 自分の手に握っていた血まみれのカッターナイフを見て声を震わせる唯に、綾乃は何てことないようにフン、と鼻を鳴らして髪を払ってみせる。
「さ、教えて頂けます? あなた方を取り巻く、この不思議な力について……」


 しばらく経って落ち着きを取り戻した唯は、まず『四つの翼』について語り始めた。
 『四つの翼』とは、不思議な力を持つ羽衣を所有している女生徒、天ヶ崎・輝羅々が、ここアウグスチヌ女学院内において最初にその羽衣の力を授けてもらった四人であるという事。
 四人はそれぞれ、男性に傷つけられた過去を持っているという事。
 そして、輝羅々の命令で学院内に悪い噂を流し、女生徒達へ男性に対しての嫌悪感を抱かせ、それが十分に浸透した者から順に、輝羅々が羽衣の力を授けていた事。
「もう、学院の半分以上の子は羽衣の力を持っているわ……輝羅々様は、この学院の生徒と女性の教師全員に力を授けるつもりなの」
「なぜそんな回りくどい事を……同士を集めることに何か理由でもありますの?」
 もっともな疑問を投げかける綾乃に、唯はその身を小さく震わせ、目を伏せた。
「……戦争よ。輝羅々様は、羽衣の力を皆に授けて、世の中の男達全てを抹消する戦争を起こすと言っていたわ……」
「そんな……!」
 知らされた衝撃的な事実に、ティセは思わず悲痛な声を上げた。思いのほか、事態は一刻を争うものだったのだ。このままでは、いつ輝羅々が学院の外で力を振るってもおかしくない。
「お願い……皆を止めて……! こんなこと、頼める立場じゃないってことはわかってる。けど……!」
「大丈夫! 任せて!」
「止めるよ。絶対に」
 ドン、と胸の前で拳を打つ昼楕と、静かな表情のままこくりと頷いた雪紗。
「……っ、ありがとう……!」
 大粒の涙を零しながら、唯は深く頭を垂れた。
「さて、と……では早速参るかのう。狩矢殿、他の四つの翼達が今どこにいるか存ぜぬか?」
「え……?」
 御美子の問いに、なぜそんな事を聞くのかと目を丸くした唯。レキナがその後を補うように話し始める。
「説得しに行きたいの。話してわかってもらえるなら、その方が良いわ……あなたみたいにね」
「……! ……ありがとう」
 もう一度、唯は深く頭を下げた。そして、ゆるゆると顔を上げて能力者達に向き直る。
「他の翼達……戸田先生は多分職員室にいると思う。美羽と沙里菜は……」
 唯がそのまま続けようとしたその時突然、図書室のドアの外が、ガタン、と音を立てた。
「誰かいますの……?」
 素早く動いた玲奈が、そっとドアを開けてみる。
「あ……」
「美羽!?」
 ドアの外にいた気弱そうな少女の名を、唯は呼んだ。その声に肩をビクリと跳ねらせた美羽はおどおどと後ずさる。
「唯先輩……」
「美羽……一人なの? 沙里菜は?」
 努めて冷静を装う唯が問いながら近づくと、美羽はさらに一歩下がった。
「……多分教室に……唯先輩……?」
「……何?」
「…………裏切ったの?」
「!! 違うの、美羽! これは……っ!」
 唯がそう叫んだ時には、美羽は廊下を駆け出していた。
「美羽!!」
「待って! 危険ですわ!」
 綾乃は美羽の後を追おうとする唯の腕をとっさに掴んで彼女を制した。
 先程の様子から、正気を取り戻した唯からは羽衣の力が抜けてしまった可能性が高い。
「けど……!」
「大丈夫です。狩矢先輩、話してくれてありがとうございました。後は、わたし達に任せて下さい」
 戸惑う唯に苺子は薄く笑ってみせて、ぺこりと小さくお辞儀をした。
「あなた達……」
「不安かもしれませんけど、どうか今は信じて下さいませね……急ぎましょうか。手分けをした方が良さそうですわ」
 綾乃の言葉に皆も頷く。唯の事情を知ってしまった美羽が、このまま他の四つの翼や輝羅々に出会ってしまっては唯に危険が及ぶかもしれない。
 能力者達は、迅速に次の行動へ出る……。


 駆け出した美羽を追う昼楕とティセ。幸い美羽は足が遅く、程なくして彼女に追いついた昼楕がそのか細い腕を捕まえた。
「待って! お願い話を聞いて!」
「い、嫌です、離して下さい! あなた達は、お、男の人の味方だって!」
「違うのです! あたし達は男性の敵ではないですけど、女性の敵でもないのですよ!」
「嘘! だって、お、男の人は、あんな、怖いこと……っ!」
 怯えた目で震える美羽に、ティセは穏やかに言って聞かせる。
「みうちゃん、安心して欲しいのです。あたし達は、誰にも危害を加えるつもりはないのです。少しだけ、お話しを聞いてもらえないですか?」
「……話、だけなら」
 しばらくの間泣きそうな目で二人を見つめていた美羽だったが、ようやく少しだけ小さく頷いた。そんな彼女に、昼楕は真剣な面持ちで向き直る。
「男に天罰を与える力を持ってるんだよね?」
「はい……これで、もう自分の身は自分で守れることができるからって……それに、仕返しが、できるから、って……輝羅々様が……」
 ぽつりぽつりと途切れがちに美羽は話す。
 過去にどんな目に遭ったのかは、自分の口から詳しくは言いたくないのだろう。
「ねぇ、貴女は本当に男に仕返ししてやりたいって思うの?」
「……酷い目に遭えばいいって思う」
 昼楕の問い掛けに答えた美羽の目が、暗い影を落とした。その酷く冷めた目つきに、ティセは心配そうに眉を下げる。
「あたし達は、それが心配なのです。暴力で対処しようとしたら、いつか暴力が返ってくるのです。それは、もしかすると自分以外の人が受けることになるかもしれないのです。悲しい被害に遭う人が増えてしまうかもしれないのですよ?」
「……知りません! 知らない知らない! あたし、そんな事……!」
 強く首を横に振って屈みこみ、美羽は唸った。側にいた昼楕は、彼女と同じようにその場に座り、そっと寄り添った
「私もね、結構色んな目に遭ってきた……一時期はもうどうでもいいやって思ったこともある。でもね、いつまでも下を向いてちゃダメなんだ! どこかで折り返さないと堕ちて行くだけ。悪い方向にしか事態は進まないよ!」
「……あたし、そんなに強くありません。だって、どうすればいいの? こんなに、怖いのに……!」
「私だって強くないよ。けどね、私には……仲間がいた。みんなに助けられたの」
「……仲間?」
 泣き腫らした目のままそっと顔を上げた美羽に、昼楕は笑って頷いてみせる。
「貴女にだって、悩みを打ち明けられる人はいるでしょう?」
「ゆいお姉ちゃん、心配してましたよ。みんなを止めて欲しい、って」
「唯先輩が……?」
 ふと、瞳の中に優しい光を取り戻したように見えた美羽。にっこりと笑って頷いたティセも、昼楕と挟むようにして美羽の隣に腰を下ろす。
「みうちゃん、本当は分かってると思うのです。そのやり方じゃ、だめだって。良ければ、ずっと溜め込んでたこと、話してみて下さいなのです。あたし達は力になりたいと、心から思ってるのです」
「……っ、あ、あたし……!」
 ぽろぽろと涙を零し、泣きじゃくり始めた美羽を慰めるように、ティセと昼楕はそのまま静かに寄り添い合う。
 泣きながら、ひとつひとつ一生懸命胸の内のわだかまりを話し始める美羽には、もう不穏な影の存在は消えていた。


 図書室に姿を現した美羽が、沙里菜は教室にいるはずだと言っていた。唯から沙里菜のクラスを教えてもらい、レキナと御美子、苺子の三人は、高等部一学年のとある教室に足を運んだ。
 教室の中に、誰かがいる。
「あれぇ? どちら様ですかぁ?」
 中に入ってきた能力者達に気がついた少女が振り返って小首を傾げた。
「……中野先輩ですね?」
「そうですけどぉ……あ〜、あなた達もしかして輝羅々様が言ってた例の転校生さんですかぁ?」
 苺子の問いに、少し丸みを帯びた体型の少女、中野・沙里菜はにこやかに笑って返した。だが、その笑みの向こうにはただならぬ殺気が込められている。
 確か、沙里菜は男にからかわれて逃げるようにこの学院に来たのだと唯が言っていた。下手に刺激しないように。まずは話のきっかけを掴もうと、レキナは言葉を選びながらそっと切り出してみる。
「中野さん……落ち着いて、まずは話をしてみない?」
「戦わないんですかぁ? えーと、まぁ、少しならいいですよぉ。ワタシぃ、女の子と話すのは好きですしぃ」
 ふと、沙里菜の殺気が弱まった。何だか掴めない性格の持ち主のようだが、説得の余地はありそうだった。
「ありがとう、それじゃ、少しだけ昔の話をさせてくれないかしら」
 楽しそうにケタケタと笑う沙里菜にレキナは微笑んでみせて、そして静かに自らの過去の話をし始めた。
 辛かったこと。悲しかったこと。誓ったこと。けれども、そんな中で見つけた、誇れる自信のこと……。
 そんなレキナの話に耳を傾けつつも、沙里菜はそれをはぐらかすように呑気な声を上げる。
「えーとぉ、つまりぃ、何が言いたいんですかぁ?」
「中野さん、もう気が付いてますわね? 例え外の世界を変えたって、何も変わらないって事……」
「何のことですぅ?」
「借りた力が無くても、中野さんは自信を持っていいの。誰に何を言われても、自分に自信を持って堂々と跳ね返していけばいいんで……」
「あのぉ、すみませぇん」
 突然、沙里菜が身を寄せてきて、レキナの言葉が途中で切れた。
「あなたのお話ぃ、よくわかりません〜」
 ケタケタ響く笑い声。
 ポタリと落ちる鮮血。
 レキナの腹部に、一振りの小さな果物ナイフが突き刺さっていた。
「……っ! うっ、く……!」
「中野殿!」
「菅井先輩!」
 異変に気が付き、咄嗟に動いた御美子がレキナと沙里菜の間に割って入り、その隙に苺子がレキナの回復にあたる。
 やはり、沙里菜は掴みにくい人物だ。警戒するように身構えながら、御美子は沙里菜を真っ直ぐに見つめた。
「中野殿はこの力で男共を攻撃してそれで満足か!」
「そうですねぇ。ウサ晴らしくらいにはなるかもしれません……こんな風にぃ!」
「ぐぅっ!!」
「あれぇ? 反撃してこないんですかぁ?」
「……っ、中野殿、今の主のそれは、主が忌み嫌う男と同じ行動じゃぞ!」
 拍子抜けしたように言う沙里菜のナイフを握る手を取って、御美子は自らの体を覚醒させながら続ける。
「もう気付いておるのではないか? これでは解決しないと……儂は、怨嗟の鎖を繋げたくない、解っては、くれないじゃろうか?」
「……わかってはいるんです……けど、ワタシ、どうしても許せなかった……」
 御美子の必死の呼びかけが功を奏したか、沙里菜はようやくまともな反応を返してきた。どこか悲しそうな瞳で口を閉ざしてしまった沙里菜の顔を、レキナが心配そうに覗き込む。
「ねぇ、中野さんはこの学校が好き?」
「もちろんです。ここに来て、ワタシは変われたんですから」
「その力を持つ皆は無茶を考えてない? このままじゃ、あなたが好きなこの場所が変わってしまうわ。私達は、この学校を危険に晒したくないの。守りたいのよ……!」
「…………なぁんだ」
 レキナのその言葉に、沙里菜は突然くすくすと笑い声を立てた。
「それを早く言って下さいよぉ。酷い事しちゃってごめんなさいぃ。ワタシぃ、復讐よりも仲良くしてくれたお友達がいるこの学校の方が、ずっとずっと大事ですぅ」
 そう言って朗らかに笑う沙里菜の笑顔に、もう陰りは見えなかった。


 一方、雪紗と玲奈は職員室へと向かっていた。
 放課後となり、もうたいぶ時間が経っている。しん、と静まり返る職員室の扉を、玲奈は控えめにノックして開いた。
「失礼します」
「……失礼します」
「あら、あなた達どうしたの?」
 奥の机に座っていた女性教師が、職員室に入ってくる二人を見て縁の細い眼鏡を押し上げた。
 図書室で見た教員名簿の写真と同じ顔。彼女が、戸田・怜子だ。
 職員室には他に誰もいない。さりげなくそれを確認した雪紗が送ってきた視線に頷き、玲奈はそのまま雪紗を連れ立って怜子へと近づいていく。
「すみません、先生にお話ししたい事が……」
「いいわ、言ってごらんなさい。ああ、そうそう、どうせなら……」
 言いながら怜子がくるりと手の中で回したボールペン。次の瞬間、ペンは、ひゅ、と空気を切り裂き、玲奈の喉元に突きつけられていた。
 よく見ると、ペンの先からは鋭い刃のようなものがきらめいている。
「場所、変える?」
「……いえ、ここで結構です」
 顔を知られているのは想定内だった。おそらく唯らとの情報交換も頻繁に行っていたのだろう。毅然とした態度で答える玲奈と、表情を変えない雪紗。怜子はにやりと笑ってペンを納めた。
「なかなかの度胸ね。気に入ったわ。少しなら聞いてあげる」
「……先生、唯から聞いたよ。あのね、私にも先生の事教えて欲しい」
「狩矢さんに聞いたならそれでいいじゃない。それ以上でもそれ以下でもないわ。さ、もう終り? 話しが終わったなら選びなさい。ここで死ぬか、私達に従うか……」
「待って下さい先生。先生、私、前に先生と似たような経験をしたことがありますの」
 雪紗を庇うように少し前に出た玲奈のその言葉を、怜子は鼻で笑って呆れたような表情をみせた。
「嘘でしょ? あなた今いくつよ」
「信じるか信じないかは、お任せします……でも、これだけは先生に伝えたいんです。私、今いる彼に一度酷い事をしてますの」
「……ふぅん」
 興味なさ気に腕を組む怜子。少なくとも、まだ辛うじて話を聞く態勢であると信じて、玲奈はそのまま話を続ける。
「前の彼への……いえ、男という存在に復讐しようとしての暴挙とも呼べる私の過ちを、今の彼は許してくれました。あれから一年経った今でも、未だに私は罪の意識に苛まれています……戸田先生には、私と同じ後悔をしないでほしいんです!」
 声を震わせ、玲奈は怜子を見つめる。
「もう一度だけ、男を信じられないかしら……?」
「……全く、とんだ茶番ね」
 浅くため息をついて、怜子は目を閉じ、神経質そうに眼鏡の位置をずらした。
 伝わらなかった……玲奈と雪紗がそう諦めかけた次の瞬間、怜子は机の上に積んでいた何かの書類を手に取り、それを思い切り破き始めた。
「……先生?」
「私自身が、ってことよ。こんな、私よりも一回り以上年下の子ですら、見出しているのに、ね……」
「先生、大丈夫。大丈夫だよ……」
 ふと、少し寂しそうに笑う怜子を、雪紗はそっと優しく抱き締めた。

 この日を境に、『四つの翼』は翼という名の禍々しい力から解放され、アウグスチヌ女学院に渦巻いていた黒い噂は急激に影を潜めていったという。
 残る問題は、あとひとつ……。


マスター:海あゆめ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2012/03/09
得票数:カッコいい4  知的2  ハートフル1  せつない8 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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