<リプレイ>
●神奈川の秘境 玄倉川(くろくらがわ)は酒匂川水系の支流であり、丹沢山地の水を集めながら丹沢湖へと注ぐ。 この玄倉川の中流部〜下流部が流れる深い谷間が、ユーシン渓谷である。 明治初頭、小田原藩有信会の諸士が入植した事に由来する名前だが、友信、湧深、幽神など様々な字が当てられ統一はされておらず、現在ではカナ表記が主となっている。 そんなエピソードからもうかがい知れるように、とにかく秘境なのだ。 その上、渓谷沿いの林道にあるトンネルにひび割れが見つかった事もあって、ここ数年の来訪者は一層少なくなっていた。 そのトンネルがようやく開通したのが去年のこと。 能力者たちは徒歩で林道を歩き、新たに開通したトンネルを抜け、オロチが出現すると言うポイントへ向かっていた。 「やっぱり風が冷たいですね……」 薄曇の空を見上げて、寒風に身を竦ませる周防・星織(星宿の花飾り・b23614)。 防寒具をしっかり着込んで来た彼女だが、渓谷を吹き抜ける風はやはり冷たい。 「ここから先は敵地です。油断は出来ませんね」 八重垣・日鷺(中学生符術士・b62091)は平素からの修行で慣れているのか、使役のケットシーガンナー、カイケンと共に周囲を油断なく見回す。 (「私は初めて目にする、強大な敵……だけど、恐れてなどいられない」 ) 恐るべき強敵との戦いを目前に控え、一つ深呼吸をする雨倉・滴來(雨のあと・b80899)。 沢歩きに備えて用意したトレッキングシューズもさることながら、自らの命を救ってくれた能力者達、そしてオロチを抑えていた偉大なる先人の意志に報いようとする固い決意が、彼女の足取りを確かな物としていた。 「オロチと言えばミミズの大きい奴みたいなものだが、速坂殿は大丈夫か?」 「はっ?! な、何言ってるの……オロチは蛇でしょ……ミミズとは全然違うし……違うよね?」 一方こちらは、立見・鑑三郎(電光影裏斬春風・b21872)の問いかけで、とたんに平常心を失う速坂・めぐる(真烈風少女・bn0197)。 まぁ恐らく、戦闘までには立ち直っているだろうきっと。 (「かつての月帝姫の負の遺産、オロチ……これを放置しては、過去の忌まわしい歴史を繰り返す事に」) 高天崎・若菜(永遠と須臾の玄人・b19366)は、オロチを退治する事が真ルナエンプレスたる自分の責務と考え、並々ならぬ覚悟で臨む。 「今日の相手は、えっと、魔術兵器『オロチ』です」 「……もきゅ?」 なにそれ? と章姫は不思議そうな顔 「とても大きな蛇でしょうか? 章姫は食べられたりしないよう気を付けて下さいね」 「も、もきゅん」 黄金崎・燐(高校生ルナエンプレス・b55478)はモーラットヒーローの章姫と、今回の敵について打ち合わせ。 相手が蛇ということもあって章姫は多少及び腰だが、ともかくこくりと頷く。 「『嵐の王』とか気になることはたくさんあるけど、まずは目の前にあることから片付けないと。蛇退治、気合入れていきましょうっ」 改めて気合を入れなおす鴻上・奈々(グリッサンド・b58888)。 予報士の示したポイントは、もう眼と鼻の先だ。
「気を張りすぎるのも難にございます。抜くべきところは抜きたいもので」 「ありがとう、心結璃」「有り難うございます」 川沿いのポイントに到着した一行。清滝・心結璃(魂鎮ノ舞ヲ奏上ス・b60741)は、ポットに入った温かいお茶を紙コップで皆に振る舞う。 戦いを目前に控えている一同ではあるが、だからこそリラックスも有意義だろう。
●川の主の如く 「?!」 ゆっくりお茶を飲み干し、長時間歩いた疲れも癒えた頃、川の流れに変化が起きた。 発生した小さな渦巻きは次第に大きくなっていき、やがて川幅いっぱいにまで広がる。 「来る……!」 ――ザバァッ!! そしてオロチはついに姿を現した。 「章姫、私達の絆の力を見せてあげましょう」 「きゅぴ〜!」 燐は黄金色に輝く月の光で、章姫を包み込む。 「龍脈にまだこんなものが眠ってたなんてね……」 改めて目の当たりにしたオロチに、奈々は少し目を見開いた。 だが、その事で彼女の動きが緩慢になると言う事は無い。寸分の隙も無いライカンスロープの構えで戦闘態勢を取る。 「東西南北……世の四方を統べし黄龍を極めし者、真龍の名において……参ります!」 黄龍の剣を構えた若菜は、こちらを睨み付けるオロチに向かって果敢に距離を詰める。 「先人方の助力、無駄にするわけにはいきません。カイケン!」 呪の力を籠めた符を放ちつつ、指示を出す日鷺。そしてそれを受けたカイケンの二丁拳銃が火を噴く。 「封印が完全に破れてしまう前に、何とか……」 星織は古の土蜘蛛へ祈り、祖霊の力を鑑三郎へと付与する。 「戦闘準備完了、参るか!」 これに対して目礼を返した鑑三郎もまた、若菜に続いて間合いを詰める。 「シュアァァァ――!」 能力者達を敵と認めたのだろう。オロチは一度水中に顔を潜らせると、すぐさま浮上。 凄まじい水圧をかけて、水鉄砲を放つ。 圧倒的な水勢で放たれたそれは、オロチに最も近い位置にいた若菜と、その後方にいた滴來を貫く。 「敵を後ろに通さぬよう……微力ながら、壁となりましょう」 滴來はすぐさま体勢を整えると、再び距離を詰めつつ旋剣の構え。 「速坂様!」 「任せて、心結璃!」 めぐるは黒燐蟲達を心結璃の箒に宿らせ、それを受けた心結璃は若菜に向けて病魔根絶符を放つ。 流れるような連携を取りつつ、オロチ包囲陣を形成してゆく能力者達。 戦いはまだ始まったばかりなのだ。
「あなたが何を思うのか、私には判りません。ただ、今あなたに復活される訳にはいかないだけ……」 青白い月光がオロチに降り注ぎ、その体表を凍り付かせる。 これに呼応して間合いに飛び込んだ章姫は、丁度その凍った箇所をV字に斬り付ける。 「シャアァァァッ!」 身体を傷つけられ、怒りを露わにするオロチ。感情表現の術に乏しい爬虫類だが、少なくとも能力者達には十分にその怒りが感じ取れた。 「寝起きのところ悪いけど、おとなしく消えてもらいます……!」 「まずは……ご挨拶と行きましょうか」 左右から同時に攻撃を仕掛ける奈々と若菜。 弧状の蹴りがオロチの腹部を鋭くえぐると同時に、人差し指と中指をクンッ、と立てる若菜。 ――ズシュッ! 彼女の背から伸ばされた蜘蛛の足は、オロチの身体に突き立てられ、その生気を貪る。 「……皆さん、気をつけて!」 後方から援護射撃を行っていた日鷺は、オロチの尾が水中で激しく動くのに気づき、声を上げる。 ――ゴォォォォ……! 「来る!」「きゃあぁっ!!」 オロチを中心に巻き起こった渦巻きは、そのまま勢いを増して能力者達を次々に飲み込んでゆく。 「……ふむ……なかなかの威力。ならば一気に片を付けてくれん」 巨大渦巻きが収まると、鑑三郎は痛みをおくびにも出さず反撃に転じる。 「邪悪を滅ぼし給え……!」 「お力添え致します」 魔を打ち滅ぼす聖なる矢をつがえ、放つ星織。心結璃もあらゆる霊を抹消させる強力な呪符を投げつける。 ――バシィィッ!! 聖なる力、穢れた呪の力、そして断罪の拳が渾然一体となってオロチの身体を穿つ。 噴き出した血は清流を赤く染めたが、オロチもまた強大な力を秘めた魔術兵器。 その冷鋭たる眼光は、能力者達の心胆に冷水を浴びせるかのような迫力を僅かも失っては居ない。
●荒ぶる水龍 「ここで倒れて頂くわけには参りませんゆえ!」 「有り難うございます。……魔術兵器……こんなものを復活させて、異形達は何がしたいのでしょうか?」 心結璃の治癒符によってその傷を癒やされながら、思わず呟く燐。 能力者達の連携攻撃はオロチの身体に無数の傷を負わせていたが、その強力な水流の前に能力者達も満身創痍。 戦いの帰趨はいまだ決しては居ないのだ。 「こっちですよ!」 滴來は仲間達が回復する時間を稼ぐべく、長剣を振るってその注意を引きつける。 「ふむ、忌々しいがこれはこれで美しいものだな……感心している場合ではないか」 鑑三郎もまたこれに呼応して、反対側からオロチの間合いへ再接近する。 水龍の周囲には、水が障壁となって展開されている。見た目には美しいが、僅かとはいえ傷を癒やすその壁は、能力者達にとって大いな妨げでしかない。 「皆さん、渦巻きが来ます……!」 オロチの挙動を注意深く見守っていた日鷺は、その動きから次の攻撃を皆へと報せる。 渦巻きも厄介には違いないが、水鉄砲や噛みつきによって一人ずつ落とされる事は避けねばならない。肉を切らせて骨を断つ戦法を取らざるを得ないのだ。 「今のうちに……祝福を」 「我慢比べってわけね……負けないんだから!」 愛の祝福によって自らと仲間の傷を癒やす星織。めぐるもこの機に乗じて黒燐蟲達を舞わせる。 ――ゴォォォッ!! 幾度目かの渦巻きが能力者達の身体を飲み込み、強力な水圧で締め付け、打ち据える。 「絶対に負けないんだから……っ!」 ぐらりと体勢を崩しかけながらも、膝をつくことなく耐える奈々。
「私達はどんなことがあっても負けません……皆さん、障壁が消えます!」 「私たちが援護します、トドメを!」 オロチを取り巻く水の壁が消えたのを確認するや、月煌絶零を放つ燐。日鷺とカイケンも、呪殺符と弾丸を続けざまに放ってオロチの喉元を集中的に攻める。 「シュアァァァァッ!!」 ――バッ! 激しい水の竜巻は絶えず荒れ狂い、能力者達の接近を拒む。 「……この戦引くわけにはいかぬ!」 強い衝撃で打ち据えられ、表情を歪めた鑑三郎だったが、再びオロチ目掛けて駆ける。 「我が剣閃、全てを断罪する殺意の斬撃――迅雷風烈!」 ――ザンッ! 断罪のオーラを帯びた霍閃斬久國は、オロチの身体を深々と切り裂く。 「この美しい景色の中に、恐ろしい兵器の姿は見合わない……眠って、頂きましょう」 常にオロチの矢面に立ち、耐え続けてきた滴來も、オロチが怯むのを見て攻撃へと転じる。 「非力と笑いますか、大蛟殿? されど蟻の執念は大塚をも砕くのでございますよっ」 不死身とも思える程タフだったオロチを、能力者達は確かに追い詰めている。心結璃は幾度目かの御霊滅殺符を投げつける。 「いっけぇっ!」 奈々のクレセントファングが、オロチの顔面を打つ。 「シュウゥゥッ!!」 皆の波状攻撃を受けたオロチは、たまらずのけぞり、鱗剥がれ傷ついた喉元を晒す。 「きゅぴ〜!」 「これで……お還りなさい、そこは蓬莱の地の先……黄泉国へ!」 ――ザシュッ!! 章姫のVキャリバーが、若菜の蜘蛛脚が、その箇所を貫く。 一際夥しい量の血を噴き出し、オロチは崩れ落ちる。 そして玄倉川へ沈んだそのオロチは、二度と水面に姿を現すことはなかった。
●暫しの休息 「お疲れ様でした。とりあえずは何とか終わったでしょうか?」 「きゅぴ〜」 章姫の頭を撫でてやりつつ、ふうっと安堵の息をつく燐。 「何とか倒せましたが……まだ終わりではないようですね。これの『元』が……」 「次は元凶たる大元を退治に、エジプトに参る事になるか」 若菜の言葉に頷いた鑑三郎は、早くも次なる敵を見据えている様子。 「先があるなら、それも含めて突き進むだけです」 同様に、頷く日鷺とカイケン。 「その前に……一時の夜景を得るも、役得でございましょう?」 そんな一行に少し悪戯っぽく微笑んだ心結璃は、再び温かいお茶を差し出す。 「賛成、あんなに冷たい水を浴びせられたんだもの。温まりたいよ」 イグニッションを解いて服が乾いたとはいえ、寒さも深まってきた。奈々はお茶を受け取って手を温める。 「それに……こんなに素敵な自然、今度はピクニックで楽しみたいところです」 星織も続いて紙コップを受け取り、改めて深呼吸。沢の空気をいっぱいに吸う。 「皆さん、星が」 滴來の言葉に空を見上げる一同。 街の中では見られない様な、満点の星空がそこには広がっていた。 「凄い……県内にもこんな所があったのね……」 迎えが到着するまでの間……能力者達は、自分達が守った自然の中で、暫しの休息を得るのだった。
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参加者:8人
作成日:2012/03/07
得票数:カッコいい13
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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