<リプレイ>
●オカルトと科学が集う場所 埼玉県南部、家々の並びも疎らになっていく郊外の一角。とうの昔に忘れ去られた一軒家が朽ちるに任せ佇んでいた。 商店からも離れた一角であるからか、お昼すぎだというのに人の通る気配もない。 代わりに木々のざわめきが静寂を彩る中、八人の男女が表門を押し開け庭の中へと侵入した。好奇心に頬を緩めるでも浮ついた会話を交わすでもない。かと言って判で押したように硬い表情をしているわけでもない集団は、この場所をお化け屋敷と呼ぶ近所の者たちにとってはとても奇妙な光景に映っただろう。 もっとも、見ているものは一人もいない。彼らは足を止めることなく耳障りな音色を奏でる扉を開き、砂埃が堆積する室内へと足を踏み入れる。 カーテンなどすでに失われてしまったのだろう。廊下の先にある居間へと挿し込む陽光が、左右が壁と扉に閉ざされている玄関をも仄かに照らしてくれている。腐り始めているのか床板が小さな悲鳴を上げていくけれど、構わず前へ、前へと進んでいける程に。 地図を片手に彼らが立ち止まったのは、ラボと記されている部屋の前。他の部屋よりも多く開け閉めされたのか、ドアノブにかかる埃の量が若干少なくも思える一角だ。 「……」 メイド服のポケットからイグニッションカードを取り出して、緋室・朱莉(静かなる緋・b15509)が定められたワードを唱えていく。 歴史ある宝剣を握りしめ、深く息を吐き出した。 「それではみなさん、行きましょう」 全員の武装が整うのを見計らい、彼女はドアノブに手をかける。 押し開ければ景色が二重、三重に歪み始めた。 眼を瞬いても、ぶれは収まらない。ただ、強い光が宮代・月音(岩砕き・b18821)の瞳を焼き――! 「っ!」 鈍色のメリケンサックをはめた拳を軽く振るい、自らへと襲いかかってきた電撃を打ち払う。 緑の黒髪が浮き上がる頃にはもう確かな視界を取り戻していた。 鼓膜に響くは見知らぬ機械の駆動音。決して広くはない室内を所狭しと、人一人分の道をいくつか創りだす程度に狭めている物体だ。 足元には色とりどりなケーブルたち。多くの物はビニールが剥がされ漏電しており、鋼色の床を焼いている。 「……もったいないくらい派手な漏電ですわね」 「こいつは随分な人が来ちまっったみたいね」 月音がため息を貰う中、ケインビー・ラグーネリア(未だ餓えぬ虎・b71918)が奥へと鮮やかな剣の切っ先を差し向けた。 白衣を着ている太った男は、矛先を向けられてなお怯まずに、手元の機械を操作する。 男の足元に蹲っていた三人分の人型がゆっくりと立ち上がっていく。ゆらりゆらりと揺れながら、機械や机の間をさまよい出す。 ――戦端が前触れもなく開かれた。八人が動き出すのに合わせるように、博士が拳の形をした機械を握ったから。 ボタンが押されると共に鉄の拳が発射され、人型の頬をかすめ飛んでいく。 ケインビーは剣を横へと構え直し、間合いを目視で測り一閃! ロケットパンチを断ち切って……。
●イカレタ博士と発明品 永きを経てなお輝きを失わぬ宝剣に、暗い暗い影が走る。赤き髪がなびくと共に弧を描き、人型の肉を削ぎ取った。 「……協力して、欲しいの」 元来の輝きに戻った刃を引き戻し、朱莉は半歩だけ後ろに下がっていく。 今まで彼女が居た場所を、御鏡・幸四郎(櫻庵の職人さん・b30026)の姉たるスカルロード・七ノ香の大鎌が切り裂いた。 半歩踏み出していた人型が大きく仰け反って、深い裂傷が浮かび上がる。 すかさず時任・薫(黒霆・b00272)がギロチン状の刃を放ち、人型の肩を切り飛ばた。 なおも勢いは衰えず、奥に控える男へと向かっていく。 僅かな身動ぎだけで鉄板に似た機械が男を守り、刃は霞のごとく消滅した。 「……科学者は安息を望まない、といったところでしょうかねぇ」 鉄板の隙間を覗いても、男は揺らいだ様子はない。薫はかつて一つだったと言われる剣を十字に構えて眼鏡の奥にある瞳を細めていく。 「っ!」 不意に、ラボ内が白熱した。 剥き出しのケーブルより放たれた電撃だ。 トレンチコートの裾で跳ね除けて、月音が拳に紅蓮を纏わせる。 振るえば先とは別の人型の頬に触れ、爛れた体を灼熱の炎で燃やしていく。 電飾など比にならぬほどの灯火がラボ内を照らす中、真神・綾瀬(蒼風の舞姫・b39277)が仲間の状態を確認。七ノ香を除いて、動けなくなった者はいない。 ただ、スコープに似た何かを覗き込む男の視線が七ノ香を射抜いていた。 「っ! 間に合え……!」 すかさず意識を高揚させ、綾瀬は情熱の光を顕現させる。 彼女が放つよりも早く、ロケットパンチが放たれた。 光と拳が七ノ香の下に集結する。 骨の砕ける音が響いた後、大鎌が片腕を失った人型を切り裂いた。けれど決して浅い傷ではなく、関節が忙しなく音を鳴らしている。 「ブレイクされるまでの勝負。姉さん、全開で行くよ!」 幸四郎が七ノ香を見に宿し、一時の安全を確保。代わりに薫が前進し、静かな影を纏いし二本の剣で片腕なき人型に十字の傷を刻み込んだ。 のけぞれど、人型はなお倒れない。電流により動きを止めるものも居たけれど、変わらず壁の役目を果たし続けている。 運悪く、その際には朱莉とケインビーも硬直した。 綾瀬が喉に力を集めるも、やはり男が拳を放つほうが一瞬早い。 「聴け風の囁き!! この音は貴方へのレクイエム!! 響け!!」 歌声がラボを満たす前にロケットパンチが朱莉を捉え、空気の塊を吐き出させる。 倒れる前に清き音色が電流の残滓を消し去り倒れる事こそ防ぐことができたけど、剣を床に刺して身を支えなければ立ち上がることもできないほどのダメージを負っていた。恐らく、治療を重ねなければ二度受けることは叶わない。温存している余裕もないだろう。 「まだまだいけるで、ずっきゅーんっ」 元気な笑顔を輝かせ、ウルスラ・ロザーノ(鈴振り燕・b57572)が情熱の光を投射する。 「回数は少ないので、頼りにはしないで下さい」 絹川・勇次(高校生土蜘蛛・b81885)も一歩分だけ踏み出して、黒燐蟲たちを差し向けた。 一方、薫の行うべきことは変わらない。ギロチンの刃を発射して、眼の前にいる人型のもう片方の腕を切り飛ばす。 著しくバランスを崩した肉体を砕いたのは、幸四郎の解き放てし雑霊たち。七ノ香の加護を受けし一撃がトドメを刺したのだ。 「っ」 喜んでなどいられない。 麻痺の治療を担う綾瀬が電撃による洗礼を受けたから。 ロケットパンチの矛先が己に向けられていく様を眺めつつ、彼女はまともに動かぬ拳を握り締める。 一撃を耐えることができたなら、次に繋げられるはずだから……。
黒燐蟲たちが最後の人型を喰らい尽くし、白衣の男への道が開かれた。 「さて、次は……」 折よく遠距離に放つ技が尽きたから、ケインビーは前衛目指して歩き出す。 薫がいち早くたどり着き、影の斬撃を浴びせかけた。 硬質な音色が響くと共に、鉄板を支える支柱が僅かに揺らぐ。 腕を痺れさせることもなく飛び退こうとした彼の前に、突き出されたのは二つのハンダゴテ。 打ち合わせれば景色が歪み、熱線となって逃げ遅れた薫に襲いかかる。 瞬く間に詠唱防具が機能を停止して、頭を庇った腕にも痛々しいほどの火傷が刻まれた。 「メラメラなんてボクの情熱で治したるわ!」 炎上も始めてしまったから、ウルスラが情熱を弾けさせる。 一拍遅れて到着した月音が紅蓮の拳で殴りかかり、男の気を己のもとに惹きつけた。……正拳そのものは、鉄板に遮られてしまったけれど。 「……仕事道具なら、もっと大事に扱いなさい!」 拳を引き、距離を取り、再び守りの構えを取る。 刹那、再びラボが光に満ちた。 電撃に体を支配され、月音が動きを止めてしまう。 「ビリビリもボクが!」 笑顔を絶やさぬウルスラが明るい声を響かせるも、やはり先に動くは男の方。 赤熱する熱波に襲われて、月音が仰向けに倒れだす。 情熱に救われ尻餅をつく程度に納めたけれど、自身の手数も費やしてなおもう一度受けられるかは難しい状態だ。 「……私が行く」 言葉と共に治療を終えた朱莉が刃を横に構え、一閃。守りの隙間を切り裂いて、仮初の肉体に深い傷を与えていく。 「っ、しまっ」 刀身を鉄板に挟まれて、すぐに退くことが叶わない。 不意に放たれた電撃もかわしきれず、動くことのできない体に相成った。 「……」 不運が重なるか、綾瀬も動きを止めている。 一撃もらう事は覚悟して、ウルスラが再び光を放つ! 「っ……」 動けない。熱線を、輝きを浴びてなお。 朱莉から少しでも注意を逸らすため、刃が拳が男へと与えられていく。 満足な効果も得られぬままに再び電撃が彼らを襲い、運良く総員回避した。 もっとも、朱莉が動けないことに違いはない。 治療も与えることができていない。 何処かよりとり出された扇風機が朱莉の正面にかざされて、羽根が高速回転を始めていく。 動けぬ体が宙に浮き、竜巻に巻き込まれる形で機械に叩きつけられた。 「……気持ちを切り替えよう」 白の混じる赤に、動かぬ体。一瞥した勇次が目を細め、紅蓮の一撃を放っていく。 鉄板では受け止めきれぬのか、男の太った体が炎上した。 お返しとばかりに放たれるは、男と運命を共にする抗体空間が創りだす電撃だ。 飛び退くも更に伸びてきた電流をかわしきれず、ウルスラが自由を奪われた。 元気を失った様子もなく抗う意思を宿し睨みつけるも、ロケットパンチが飛んできてしまうことに違いはない。。 鈍い音が響き渡り、月音が小さく歯噛みする。 左の拳を強く握りしめ、軽く素早く突き出した。 敢なく鉄板に防がれて、甲高い音が響き渡る。 彼女の口元がわずかに持ち上がった。 右の拳でフックを放ち、鉄板を遥か彼方へと殴り飛ばす! 「その歪められた執念を、これで断ち切ります!」 付け根から散る火花に怯えることもなく、身を寄せたまま瞳を細めていく月音。ウルスラが無事だとの報を耳にしつつ、放たれし電流を打ち払った。
●永久なる眠りへと導かれゆくラボラトリー 電撃で動けなくなった所に熱線を浴びて、月音が戦闘不能に陥った。 代わりに後方へ繋がる道を塞ぐために飛び込んだケインビーが袈裟に斬り、斜め傷を刻んでいく。 「何を作っていたのかは分からない。だが、抗体地縛霊になってしまった以上、その鎖を断ち切る!」 すかさず勇次が斬り込んで、紅蓮の炎を吹き上がらせた。 己が身が傷ついても、男のやることは変わらない。ただただ漏電の後に熱波を放ち、ケインビーの体を焼いていく。 勇次もやるべきことに違いはない。仲間にケインビーの治療を任せ、ただがむしゃらに三日月模様の描かれている番傘で殴るだけ。 腕に伝わる鈍い音色が中身を砕いている証。 手応えに油断することなく退けば、分離していた七ノ香が飛び込んだ。 大鎌が引き終わらぬうちに電流がラボを駆け抜けて、勇次が動きの自由を奪われた。 「っ!」 男の行動が変わらぬなら、続く標的は勇次一人。治療が間に合わないのも相変わらずで、彼は熱波を受けて大やけどを負ってしまう。 しかし、麻痺より脱却できたのなら次の安全はほぼ保証されている。 今回もそう。電撃を受けてしまった薫へと、狙いが変更されたのだから。。 拙い具合に投射されてしまったか、瞳から光が消えて行く。戦闘不能に陥った証として、僅かに動きの自由を取り戻した様子も見せていた。 床に剣を突き刺すことができたのは、意識を引き戻すことができた証。 薫の治療が始まっていく。 代わりにケインビーが前線へと復帰した。 されど電流を浴びてしまう。 いくども繰り返されてきたように、男の視線はケインビーのもの。ハンダコテから発せられる熱が融合し、熱波となって彼へと――。 「こちら餓虎……目標を破壊する」 ――動かないでいたのはフェイクだと、彼は横にある機械の隙間に飛び込んだ。 熱波が駆け抜けたのを見計らい、再び男の前へと躍り出る。 伸ばすは指先、目指すは額。 回避叶わぬ男を小突き、脳髄を無茶苦茶になるまで揺さぶった。 「姉さん、行くよ!」 間を置かず、幸四郎が雑霊たちを解き放つ。 男の得物たる機械に防がれてしまったけれど、そちらはフェイク。 首筋へとあてがわれた大鎌が、男の命を削り取る。 最後の砦となっていたベスト状の機械が一部爆ぜ、火花を放ち始めていく。 「これだけのものを発明した才能には敬意を捧げます。でもこれだけの残滓を残すと言うことは才能ある貴方でも予想できなかったようですね」 心からの敬意は音色と共に。 爆裂する弾丸へと形を変えて。 機械が粉微塵に砕け散り、男も仰向けに倒れていく。ケーブル類から激しい輝きが失われ、世界も崩壊を始めていく。 暖かな陽射しが差し込んだ。主を失い打ち捨てられたラボの中に。 ……戦士たちの帰還を、取り戻された平和を祝福するために。
幸い、月音は一晩寝れば大丈夫。朱莉も数日経てば問題ない、との結論に、一同ほっと息を吐き出した。 憂いなくなれば心にも余裕が生まれ、綾瀬がラボに花束を手向けていく。 「お休みなさい、マッドサイエンティスト」 幸四郎の言葉と共に祈りを捧げ、静寂がラボを包み込んだ。 もう、機械の音は聞こえない。発明品が動くこともない。ただ、暖かな陽光だけが手向けられた花束を照らしていて……。 「みんなお疲れ様やっ」 折を見て、ウルスラが帰還を切り出した。 先陣を切って歩き出そうとした背を向けて、皆が立ち上がった頃合いに何かを思い出したかのように振り返る。 ラボの中には、できそこないの発明品。もう二度と動くことのない、男がここに居た残滓。 「……」 彼女の頬が緩んだのは、きっと発明品たちも喜んでくれているはずだから。もう、男が誤った使い方をすることがないと思ったからだろう。 主なきラボラトリー。朽ちるに任された場所。 色褪せることはない。花束が輝いているように、機械たちもまだまだまばゆい煌めきを放っている。 ……いつか、主人の下へと旅立つために――。
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参加者:8人
作成日:2012/04/04
得票数:カッコいい7
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冒険結果:成功!
重傷者:緋室・朱莉(静かなる緋・b15509)
死亡者:なし
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