<リプレイ>
● 「犬死にはごめんだ……消耗品にも意地があるって事を教えてやる……」 二十代後半〜三十代前半だろうか、男の陰鬱でどこか悲壮とも思える表情が、実年齢以上に老けた印象を与えていた。 男はポケットに忍ばせた鋭利な裁断鋏を、ぐっと強く握る。 胸元に刻まれた数字が1に変わって数時間が経っていた。彼にとって、失う物はもう何も無い。
「酷え話だよなぁ。仲間の死体の山から生き残るとかトラウマすぎだろ」 憮然とした表情で呟く武内・恵太(真処刑人・b02430)。 同時刻――銀誓館学園を発った能力者8人は、神奈川県内にある公園を訪れていた。 余命(と言う表現が適切かどうかは解らないが)僅かのナンバードが、この公園内で殺人を犯すと言う未来視を受け、それを阻止するために彼らはやってきたのだ。 「根本的な解決にならない上ちょっとの時間しかないけど……」 存在を許されないゴースト。失われてはならない命。目指すのは動かし様の無い終点だが、その道のりは必ずしもひとつでは無い。 そうした想いを心に抱くのは、恵太独りでは無いのだろう。 (「俺にとって戦いとは、大切な何かを守る為に行うもので、決して相手を倒すことが目的じゃない」) もしそのゴーストが自分の宿命を受け入れ、静かにそれを向き合うのであれば――緋勇・龍麻(龍の伝承者・b04047)もまた、ゴーストとしてではなく、人としての最後を迎えさせてやりたいと考えていた。 「私は無力なのでお救いする事は出来ませんし、絶望の未来を変える事も出来ません……でも、せめて最期をお見送りしたいです」 ナンバードに感情移入する余り、涙ぐむ紫堂・小夜(小学生真水練忍者・b26122)。 「自らを生みだした存在、異形に処分されるナンバードたち……かつて戦った相手とはいえど、こうなると哀れですね」 醍醐・夕華(タイガーユウカ・b59337)もまた、ナンバードの境遇に多少の同情は禁じ得ない様子。 「ナンバードの処分、まだ終わっていないのですわね。往生際が悪いというか。まあ、そういう残留思念から生まれるのがゴーストですけれど」 それとは対照的に、極めて冷静に呟く儀水・芽亜(夢何有郷・b36191)。 確かに善人が死んで凶悪なゴーストとなる事は無い。想像を絶する負の感情により、残留思念を残すのだ。今回対するナンバードも、現在の境遇こそ同情の余地があるが、そうでなければ能力者を殺める事に従事する凶悪なゴーストであったろう。 「ご主人様方がナンバードを説得なさるというのなら、そのフォローをさせていただきますわ」 他方、ミラ・エセルドレーダ(冥土へ誘うもの・b41885)も感傷的になる事無く、あくまで主人の喜びを追求するメイドの本分を貫く覚悟。 「……哀れむつもりなどない。が……」 少しばかりの救いがあったとしても、罰は当たらないだろう。幾多の戦場を乗り越えてきた戦士である木花・葬汰(孤高の羅刹・b83651)も、武士の情けを掛けることにやぶさかでは無い様子。 「……幸い、例のホームレス以外に人は居ないみたいだな……」 皆が下準備を済ませる間、一通り公園を見回って、ホームレスの他に人が居ない事を確認した松虫・九郎(黒キ蟲ハ光らない・b50055)。 彼は既に、似たような境遇のナンバードの最期を看取った経験を持つ。今回もその様に穏やかな結末であればと願っている様だ。 「よし、始めよう」 かくして一行は、作戦行動を開始する。
● 「……ん?」 手製の段ボールハウスの前に座り込んでいた初老の男性が、怪訝そうな顔つきをこちらへ向ける。 「今からしばらくの間、その場所を貸して頂けませんか?」 突然その様に持ちかけられたのだから、不審がるのも仕方ない。 「おじさん、おじさん。あっちにスーツを着た人とおまわりさんがいっぱいいて、不法占拠とか強制何とかって言ってたけどどういう意味ですか?」 と、動こうとしない男性へ小夜が問いかける。 「私たちに任せて頂ければ、小屋は撤去させないと保証します」 「……」 芽亜はそこまで言うと、懐から一枚の紙幣を取り出す。 「何か食べてくるもよし、ギャンブルにつぎ込むもよし。使い道に干渉はしませんから、そちらもこちらの事情を詮索なさいませんように」 「……解った」 男は紙幣を受け取るとゆっくり立ち上がり、手提げ鞄を持つとどこかへと立ち去っていった。 「よし、それじゃ使わせてもらうか」 龍麻は薄汚れすり切れた衣装でホームレスに扮し、ホームレスが座っていた場所に代わりに座る。 「……これで良し、と。そっちも大丈夫か?」 「ええ、問題ないわ」 一方その頃、恵太と夕華は「遊具点検中につき立入禁止」と書かれた紙を、公園入り口に張られた標識ロープへとはり付ける。 2人ともそれらしい作業着を身につけており、誰かに見られたとしても疑問に思われる事は無いだろう。 「後はナンバードを待つだけか……行こう」 合流した能力者達は段ボールの前に座り込んだ龍麻を残し、木陰へと身を潜める。 ナンバードの到達予定時刻が近づいていた。
それから程なくして、ウインドブレーカーを纏った男が園内に姿を現し、ゆっくりと龍麻に近づいてくる。 「……お前に恨みは無いが、死んでくれ」 ――シャッ! 言うが早いか、懐から取り出した裁断鋏を龍麻目掛けて突き出す。 が、その切っ先を紙一重で見切る龍麻。 「俺達は銀誓館だ。運命予報で君が人を襲う事を知りやって来た」 他の能力者達も、木陰から姿を現す。 「……ふふふ……俺も待っていたよ、お前達の事を。我々の目的の為に……銀誓館の連中は皆殺しにさせて貰うぜ」 男は周囲を取り囲む能力者達を見回しながら、不敵に笑い―― ――ヒュッ! 最も近い場所に居た芽亜へと飛びかかる。 ――キィン!! 「他の方がクロスシザーズを使うのは目にする機会が多いですが、『裁断鋏』を私以外の方が使っているというのは初めてですの」 鋭利な刃を、こちらも巨大な裁断鋏で受け止める芽亜。 「同じ武器同士、勝負ですわ」 ――バッ! 巨大な裁断鋏を己の手足のように操り、鋭い攻撃を繰り出す芽亜。 「っ……!」 男が鋏の切っ先をかろうじてかわした刹那、召喚されたナイトメアがその死角よりチャージを掛ける。 その間に、夕華、葬汰がいつでも攻撃を繰り出せる態勢を取りつつ間合いを詰める。 (「さすがに……強い! だが、これで良い……これで俺の役目は……」) 彼我の力量の差を改めて知ったナンバードは、ふっと口元に笑みを浮かべ、最後の瞬間を覚悟する。 「待って下さい!」 と、両者を制する様に声を上げる小夜。 「これ以上の戦いは不要なのです」 「何……?」 「なぁ、命を延ばすより大事なあいつらにとって不都合なことってなんなの?」 少し呆気にとられたような男に対し、問いかけるのは九郎。 「……」 「異形がナンバードを処分している情報は伝わっている。俺も何度か君と同様の事件を起こした者と会っているからね。刺激なら十分されてる。だからこれ以上戦う意味は無いだろう」 「この上は、どうかご主人様のお言葉をお聞きになられてくださいませ……」 更に言葉を引き継ぐ龍麻とミラ。 「……とりあえず、異形どもは最初から殲滅対象。もし復讐願うんだったら俺達に任せればやってやるぞ」 そして葬汰が告げた所で、男は肩を震わせ始めた。 「……くっ……ははは……」 笑い出す男に対し、油断無く包囲を維持する能力者達。 「なるほどね……そう言うことか……全て承知と言う事か」 男は手にしていた鋏を、地面へ投げ捨てた。
● 「小夜と言います」 「俺は武内恵太っていうんだ。あんたは?」 「……ケン」 ホームレスの男性がため込んでいた段ボールを数枚借りて、地面に敷いた一同は、座って男の話を聞くことにした。 ケンと名乗ったナンバードの男は、30歳前後。生前は結婚しており幼い娘も一人居たが、ケンの死後妻は再婚し、娘と共に新たな相手と暮らしているのだと言う。 「……会って話をしたんですか?」 「……まさか」 小夜の問いかけに、ふっと笑みを浮かべつつかぶりを振るケン。 そんなケンを見て、小夜はそっと寄り添う。 「……もしあの子が大きくなったら……君のようになるのかもな」 「……兄ちゃん、なんでこの公園に来たんだ?」 暫しの静寂を破って、問いかける恵太。 「この公園に何か埋めてあるとか? 秘密の入口とか?」 九郎もこれに便乗して、身を乗り出しながら尋ねる。 「ここは、良く来ていた公園だったんだ……生きていた頃にね」 「なるほど、想い出の場所という事か。それなら穢さずに済んで何よりだ」 龍麻の言葉に、皆一様に頷く。 「せっかくこうしてお話をするのでしたら、お弁当はいかがですか? わたくしめが腕によりを掛けて御作りしてございます」 と、ミラは荷物の中から重箱を取りだして、てきぱきと並べ始める。 「あ、お茶もあるのです」 水筒と紙コップを取り出し、小夜も皆にお茶を配る。 「……まるでピクニックに来てるみたいだな……妙な感じだよ。さっきまで殺し合うはずだった相手と、こんな風に過ごしているなんてな」 手渡された紙コップを傾けるケン。 「ケン様、どうぞ召し上がって下さい」 小夜のおにぎりや、自分の作ったおかず等を綺麗に盛りつけた小皿と、箸を差し出すミラ。 「……一度だけ、この公園に家族と花見に来たことがあった……もちろん、弁当はこんなに綺麗な出来じゃなかったけどね」 自然な表情で、声を上げて笑うケン。 絶望や悲しみ、怒りや憎しみと言った負の感情に支配されていたであろう彼の心だが、今は彼の魂を縛っていた鎖も、かなり緩んでいるのだろう。 異形達への復讐心も、銀誓館の能力者達が果たしてくれるかもしれないと言う期待があれば、かえってその事に執着する必要も無く思えてきたのかも知れない。 「なぁ、何かしたい事とか行きたい所があるなら言ってくれよ。とことんまで付き合うぜ」 明るく告げる恵太。 「有り難う……十分だよ。君たちのお陰で、最後の最後に人間らしさを取り戻せた気がする。……さくら」 「ん?」 ケンの言葉と視線に釣られ、ふと傍にあった木を見上げる一同。 「あっ」 夕華の上げた声に皆が視線を戻したとき、ケンの姿はもう消えていた。 「満足して逝ってくれたかな」 ぽつりと呟く九郎。 「彼に対して、メイドとしての務めを果たせたのなら良いのですが」 殆ど平らげられた紙皿を片付けるミラ。 「ケンさん、生まれ変わったらぜったい……今度は絶対幸福になって下さい」 目尻を拭いつつ、小夜。 「あんたの事、忘れねーから」 恵太もまた、短い言葉に多くの想いを籠める。 (「……異形が全滅したらこいつらも消えるんだよな。ならば気に病まない、全部背負っていこう……それだけだ」) 静かに黙祷を捧げる葬汰。 「君の想いは俺が引き継ぐ。異形は必ず俺達が倒すよ」 決意を新たにする龍麻。 悲しみの連鎖を断ち切る為に、迷う事は何も無い。 「仲間を仲間と思わない異形のやりくちは許せない。どれだけ時間がかかっても、いつか必ず処分されたナンバード達の無念を晴らしてみせるわ!」 能力者達の命を狙い、幾度となく戦ってきた敵とはいえ……夕華は彼らの無念を受け止め、新たな戦いに臨む。 「任務完了ですわね。おつかれさまでした」 さして感傷的な素振りも見せず、皆に言う芽亜。 直接手を下していないとは言え、ナンバードを消滅させたのは事実。そしてそれこそが、能力者達の役目なのだ。 ハッピーエンドとは言い切れない結末を受け止めた能力者達は、言葉少なに帰り支度を始める。
かくして能力者達は、複雑な想いと、これからの戦いに向けた確かな決意を共に胸に抱き、帰途についたのだった。
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参加者:8人
作成日:2012/06/07
得票数:ハートフル6
せつない4
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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