人魔共存〜悪路王との勉強会


<オープニング>


 『天空の戦い』にて神秘撲滅儀式を阻止した銀誓館学園の能力者達は、地上への帰還後、悪路王軍の拠点にて行われる盛大な宴に招かれていた。
 大勢のゴーストと人間が共に過ごした祝勝会は、悪路王の掲げる『人魔共存』の実現を予感させる図であったかもしれない。

 そして、夜が明けて。
 鈴鹿御前のオロチの胴が、とぐろを巻く中に座した悪路王は、おもむろに能力者達へ口を開いた。
『先日、神秘撲滅を阻止した暁には、人魔共存の世界について互いの立場で意見を出し合い、研究するという約束をしていたな』
 それは、能力者達が『対悪路王方針』について投票した際に採択された、『人魔共存の世界がどうなるべきか研究を行う』という件について触れるものだった。その提案をチェスター・ドルトムント(斬り拓く者・b32351)達から聞いた悪路王は、無事に神秘撲滅を阻止した暁には、そうしたいと快諾してくれていた。
『今が、その時であろう』
 人魔共存。
 悪路王側に主張があるのと同じように、銀誓館学園の側にも主張があるだろう。目線が変われば斬新な意見もあるかもしれないし、より良い未来を選び取るきっかけにも、できるかもしれない。
『以前にもお伝えしたように、私達が望むのは、人とゴーストとの調和の取れた世界です』
 皆の頭上から、語りかけてきたのは鈴鹿御前だ。詳細を知らない者もいるかもしれないという配慮なのだろう。
『天敵であるゴーストがいなくなれば、人間は堕落します。堕落した人間は自然や動物を破壊し、際限なく数を増やしてゆく――それは最後に、人間自身の破滅をもたらします』
 それを防ぐため、悪路王軍は必要以上にゴーストを狩る能力者組織を討ち滅ぼす。それと共に、悪辣な性質のゴーストを狩り、増えすぎたゴーストを葬り去る。
 そうして、人間がゴーストを滅ぼすでもなく、ゴーストが人間を滅ぼすでもなく、バランスを取りながら調和を生み出し共存していく――それこそが彼らの言う『人魔共存』だ。
『ですが、それは世界結界が創造されるより昔のこと』
『世界結界のある今であれば、人魔共存の形もまた変わるであろう』
 かつて現代の日本の姿を知った彼らは一度、眠りにつくことを選んだ。だが、龍脈での眠りを経て精強な軍勢となった彼らが、今の危機を乗り越えたとて、再びそれを選ぶとも限らない。
 今、この世界での新たな『人魔共存』の姿を、悪路王軍と銀誓館学園の双方の意見を交わし、模索する。
 そのための勉強会が始まろうとしていた。

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<リプレイ>

「今回はあくまで勉強会であって政治的な場でないことを確認したい。こちらから提案じみたことを言うかもしれないが、それは銀誓館の総意ではないからそのつもりで聞いてくれ。そっちからの提案も持ち帰ることしかできない」
 と、雉橋・希平(夜更け色・b68659)は前置きをする。
 同様のことを主張する能力者は他にもいたが、この『勉強会』は今後の政策を明確に決める場では無いにせよ、政治的な場であるのは疑いようもなかった。

 悪路王側にとって、この勉強会は銀誓館学園との今後の関係を計る材料の一つだ。
 悪路王側の思想や近い未来において起こり得るであろう事象を、能力者達がどれだけ把握しているのかは、悪路王側にとっては銀誓館学園への見極めの材料となる。
 能力者達と悪路王軍は2つの大きな戦いを、共に戦った。
 だが、生命根絶を掲げた異形の脅威が少なくとも今は去り、神秘根絶を目指したランドルフも命を落とした今、一時は味方であったとはいえ、今後もそうであるとは限らない。

 が、悪路王達にイセス・ストロームガルド(ストロームガルドの墓守・b47362)と矢車・千破屋(燦然・b53422)の持参した資料は、そんな思考を明後日の方角に追いやるほどにとんでもない代物だった。
「先日はありがと御座いマシタ!」
 千破屋がそう言いながらオロチ鈴鹿やバステト・ザ・キュートらに資料を渡し、そしてイセスが悪路王に何かレポートを渡すのに、能力者達は首を傾げる。
「何渡したんだ?」
「先日、『知識を秘蔵せし書庫』から得られた情報を整理したレポートです」
「……え、いいの、それ?」
 完全な善意だけに警備に志願していたテオドール・フォルクナー(白ム廃園・b16818)やアリス・ワイズマン(龍の忍者見習い・b57734)も止める余地は無く、渡してしまった今、回収することも出来ない。
 が、記されている質問と回答を見れば、銀誓館学園にとっての機密事項だの、悪路王達にとっては新出の情報だのが目白押しである。
「この『運命予報』っていうのがウワサの予知能力かニャ。一般人がやってるんだニャ」
『興味深い内容ですね』
『ふむ……しばし時間を貰おうか。内容を改めさせて貰う』
 かくして勉強会の開始は、悪路王達が資料を読み終わるまで遅れた。

●その『是非』を語る
 悪路王軍側の首脳陣が資料を確認し終えると、勉強会はようやく本格的に始まった。
「ボクとしては悪路王の考える『人魔共存』もいいなって考えてる」
 佐々・ささら(双月周期の比翼流星・b46783)のように、悪路王の掲げる人魔共存の内容を認める者達が、まず意見する。
 犬神・ソーカル(オホートニク・b73424)は、くだけた口調で言う。
「ゴーストは元より、人間だって私利私欲に走ったり自分の行う事が正しいと信じて疑わない奴ァ当然いるしな」
「つまり、ボク達は正義の味方として共に倒さなくちゃいけないのは倒し、救えるのは救うしその為に善処する、無害な者には害を齎さない、そんな状態がいいなって」
「例えば、その人魔共存とやらを実現するに当ってまずそれを維持してく為の治安維持的組織を人及びゴースト共同で設立してみんのがいいんじゃね?」
 ささらやソーカルが突っ走って提案するのに、一片・真由美(協和音の紡ぎ手・b73447)……その中の戦闘用人格は、ゴーストを滅ぼすために生まれた己の存在を意識しながら言う。
「人も魔も滅ぼさない、って状態は良いが、悪路王軍だけで担おうってのはいただけないからな」
「悪路王軍と銀誓館学園で『神秘絡みの事に対処する組織』を作るのは良いだろう」
 芹沢・彼方(銀葬祈鋼・b05664)も言う。
「ゴーストを無闇に殺そう人間にはそちら、人間を無闇に殺そうとするゴーストには此方がそれぞれ対応すれば良いだろう」

 だが、そうした悪路王の人魔共存を受け入れる発言に対し、氷神・睦月(白銀のロップイヤー・b55639)が首を傾げる。
「うーん、でも人とゴーストを争わせ、堕落を防ぐという方法は、いつか必ず破綻すると考えます〜」
「なんでだ?」
「戦いにおいて、人は容易に狂気を纏います〜。長い戦いの中で、敵を滅ぼすため再現なく力を求め、やがて何時か、その狂気により全てを滅ぼしてしまうでしょう〜」
 管理することにより少しは破滅を送らせたとしても、増大していく力と狂気を抑え続けることはできない。それが、睦月の主張だった。天羽・十六夜(闇に囚われし者・b21674)も、戦いを続けることへの懸念を述べる。
「誰かの命を奪えば『憎しみ』が生まれる。憎しみは連鎖して、最終的に取り返しがつかない事になるだろう。どちらかを滅ぼすまで争いは終わらない……」
 その行く末が、世界結界を創世し、ゴーストや来訪者と共に能力を封印するという結論だったのではないかと考える者もいる。
 結果として誰かが殺されたりするような事の容認は出来ないと、水原・風戯(禍福の風・b64135)も考える。
「あなたの『人魔共存』では、どんな立場の人間が、どの程度ゴーストに殺される世界が理想なのでしょうか」
 その挑発的ともとれるような質問に、悪路王は平然と答えた。
『あらゆる立場の者が、等しく殺される可能性を負う世界だ。守られる者が一方的に守られ、戦う者だけが戦うのでも良い。だが、それで守られている者も、己が誰かに殺される可能性を常に認めねばならぬだろう』
 常にゴーストという『天敵』を人が抱くという状況は、そういうものだ。山野・進(ぽかぽか陽だまり拳士・b76199)が挙手した。
「じゃあ、『必要以上にゴーストを狩る』ってのはどの程度のことを言ってるの?」
『人が己の堕落を招くような状況に陥りうるほどにゴーストを狩れば、そう判断するだろう』
 その答えを聞き、岩崎・弥太郎(志せしは覇道の主・b42534)は、悪路王に確認の問いを放つ。
「人とゴーストとの調和の取れた世界を望むと言うが、私の感ずる所によれば、それは人間とゴーストが互いに殺し殺される関係に立つことを認めつつ、一方が他方を滅ぼすことは認めない、というものだが、それで正しいか?」
『然様』
「ならば、残念だが私はそれに異を唱えねばならぬ。私が望むのは人もゴーストも平和に暮らせる世界だからだ」
 弥太郎の理想論に、賛同する声は各所から上がった。
(「能力者や来訪者含めた生命と、彼らの生きる世界を護る点では、みんな一致できると思うけど……悪路王の人魔共存の理屈は理解できても、一般人の犠牲を認めたり、意図的な見殺しを否定する人は多いよね」)
 琴吹・つかさ(祓魔の守護拳士・b44491)は、そう思いつつ賛同の声を上げる能力者達を見る。クロエ・ノーティス(狼の首輪・b65526)は、さらなる理想を述べる。
「人とゴーストが本能に任せて戦うのではなく、互いに理解し合い、強い絆を持って共に生きていけるような、そんな世界を目指す……これを新しい「人魔共存」に出来ないでしょうか?」
 能力者達にしてみれば、否定する理由も見当たらないような理想。
『聞こえは良いが、ただの理想に過ぎんだろう。ただ平和の安寧に浸ることが、人にとって良いとも、我は考えはせぬ』
 否定の言葉にクロエは目を伏せる。
 悪路王は兜を僅かに傾けて続ける。
『我らの掲げる人魔共存に対し、単純にこの場で是非を述べても詮無いことだ。この場は『研究』の場でもある。よりよき道があると考えるのであれば、それを述べるが良かろう』

●人の『堕落』は防げるか
 ひとくちに『人魔共存』を為すにしても、条件を分けなければならない。
 状況によって、為すべきことは変わって来るからだ。
 話はまず『現代』、すなわち世界結界の効力下での話に移った。

「まず、悪路王の掲げる人魔共存は、『現状では成り立たない』だろうな」
 淳・空(月に願いを・b82500)が再確認する。立見・鑑三郎(紫電清霜・b21872)も続ける。
「世界結界の存在ゆえに、大多数の人間はゴーストを狩る能力は無く、対抗する術も無い。ゴーストを狩る事が出来る能力者の数は少数で、必要以上にゴーストを狩る事は出来ない」
「……つまり、今の一般人こそが、現状で悪路王の言う人魔共存を実現する上での最大の障害となっている状態か」
 スーツ姿の秋矢・基(真福座跡・b59852)の指摘に、悪路王は首肯する。
『ある意味で、そうであろう。お前達の言う『一般人』……世界結界の術者達は、人とゴーストの戦いの無い世界に生きているが故に』
「今の『一般人』こそが障害……?」
 桃野・香(夜焔鬼・b28980)は目を丸くする。
 人類が戦いの無い世界での安寧を享受している限り、悪路王の人魔共存は実現しえない。
 それは悪路王が一旦目覚めた後、龍脈での眠りについた理由でもあった。
 戦いの無い世界で平和に生きる者達を討つのは、彼らの望むところでは無かったからだ。
 だが、一方で別の側面もあることを、悪路王は指摘する。
『ゴーストや来訪者にとって今の時代における最大の脅威は、世界結界を維持している『一般人』だ。……いや、「見えざる狂気」の存在を考えれば能力者にとっても、そうとも言えるやも知れぬ』
 悪路王の指摘は、彼がゴーストという立場であるが故のものだっただろう。学園の来訪者達は、見えざる狂気に陥ったり、封印の眠りに就いたりすることを余儀なくされた同胞のことを連想する。
 基が続けた。
「対して、世界結界がある中で人類は既に堕落しうる大きな文明を持っているな」
「人類の自然に対する環境破壊や人口爆発……確かに問題は山積みだけど、人の力、もう少しだけ信じては貰えないかな?」
『そのような問題が生ずること自体が、堕落しうるという証拠。700年に渡り天敵たるゴーストとの争いを失った人類が堕落したと、お前自身も感じているのではないか?』
 夕凪・真名深(白きコートの青汁刑事・b33573)が頼み込むように言うのに、悪路王は逆に問い掛けを発する。その口調は普段のように真剣だが、どこか、このやり取りを面白がっているような雰囲気を、芝本・五六八(ワーロック・b01225)とチェスター・ドルトムント(斬り拓く者・b32351)らは感じ取っていた。
「前に俺達がやったような話を詰めたようなものだな」
「だな……」
 2年と数カ月前、遠野第二ダムに赴いた能力者達との話し合いの末、悪路王軍は眠りについた。
 今の話し合いはその発展形のようでもあるが、一つ違うのは悪路王軍が眠りに就く気がさらさらないという点だろう。
 儀水・芽亜(夢何有郷・b36191)のように、また悪路王達が眠りについてくれることを望む者もいたが、眠りにつくならば前のように龍脈に戻ればいいものを、わざわざ別の場所に隠れ里など仕立て上げている。
 建設中だった遠野第二ダムが注水を開始して、いちいち水中を移動するのが面倒ということもあるのかも知れないが。
(「どの道、前とは違うってことだな」)
 そう思ううち、総六・逸(葉片風・b02316)が質問をしていた。
「貴方の考えてる世界は、どれだけの広さで、その中で天敵という考えなんですか?」
『かつては、まず東北に人魔共存の教えを満たし、末は日本の全て……と考えていた』
 その前に滅びたが、という悪路王。
「悪路王。俺が聞きたいのは、あんたが人魔共存を目指すにいたった理由や経緯だ。何があんたを悪路に向かわせるんだ?」
 不信の目で悪路王を見る希平に、悪路王は語る。

 東北を制圧せんとした当時の朝廷……京都の能力者達と、当時の東北にいた強大なゴースト達の激戦は、周囲の能力者勢力を巻き込み大規模な戦いへと至る。
 戦いの中、人は死に、ゴーストは滅ぼされる。
 その中で混じり合った残留思念が戦いの意義を見出した時、人魔共存の信念を持つゴーストとして悪路王は誕生した。ゴーストの軍勢の中から己と志を同じくするゴーストを見出して分派すると、やがては能力者にも賛同者を得て勢力を拡大し、東北に確固たる勢力を築いた。その思想に妖狐の賛意を受けたのも、この時期だ。
 しかし、朝廷に目をつけられた悪路王軍は軍勢を差し向けられ、戦いの末に滅びることになる。
「現代では坂上田村麻呂と伝えられているな。しかし、悪路王が滅びて300年ぐらいした後には、人魔共存を掲げる平家が朝廷の主流派閥か。時代の流れだな……」
「そう考えると、『人魔共存』も随分と増えるものだな」
 静島・茅(果敢な紡ぎ手・b45688)の呟きに、佐原・利也(魔剣士・b02831)は意外という感情を抱く。同調者を増加させるのは厳しいと思っていたが、案外そうでもないようだ。あるいは平家は『災い』の妖獣兵器をはじめとして妖狐から強い支援を受けていたようだから、そちら経由での輸入かも知れない。
「しかし生命とゴーストの争いは、世相とかそういうものでは無さそうだな……」
 不利動・明(大一大万大吉・b14416)は悪路王の来歴を聞き、その長い争いの歴史を想い、溜息をつく。
 希平は髪の下からの視線を悪路王に向けていた。
「つまり、ただの生まれつきで理由は無いのか」
『目指すものに価値があると認めるならば、生まれついての目的を否定する必要もなかろう』
「話を戻しましょうか」
 少々雲行きが怪しくなりかける中、新たな質問を発したのは、灯神・漣弥(巧速の探索者・b03209)だった。
「先程、『堕落』という言葉が出ていましたが、どのような現象を堕落と判断するのですか?」
『人間が無闇に自然や動物を破壊し、際限なく数を増やし、やがては自ら破滅する……そうした事象を、我々は『堕落』と考えている』
 漣弥が頷く中、悪路王に斎藤・斎(虹の彼方へ・b66610)は重ねて問う。
「もし、あなたが言う『堕落』した存在に使役される立場の者は殺害対象に含むのでしょうか。罪を犯したモノが行いを悔いた場合、やはり殺すのか。伺わない事には、賛否も定まりませんので」
『この場で条件を問うたところで無意味であろう。ゴーストであれ人間であれ、滅ぼす必要があれば滅ぼす。それだけの事だ。悔いたところで滅ぼす必要があれば滅ぼす。逆に滅ぼす意味が無くば、捨て置きもしよう』
 こうした答えを聞くだけでも、彼らと銀誓館学園が戦いに至らなかったのは奇跡的な事だと能力者達には感じられた。以前、衝突を回避しえたのは、ひとえに悪路王に現代の平和を主張した者達の存在故だ。
(「僕達の生まれる前ぐらいまでは自滅まっしぐらの最終核戦争とか真剣に論じられてたわけで、手放しで調査させてたら、間違いなく論外ですね……」)
 悪路王達が現代の人類が堕落していると判断し、動き出していた可能性は大いにあった。もしそうなっていれば、今日の関係はありえなかっただろうと漣弥は思考する。地球上では現在進行形で人間同士の紛争が行われている地域もある。日本という平和を実感できる土地柄であることが幸いしたと言えよう。
 そして今、能力者達は新たな人魔共存のかたちの提示を共に求めようとしている。

「でも、淘汰などせずも、破滅なんてしない方法が、きっとあるはずです。その為に、お互い手を取り合いたいです」
 静廉・ラサヴィトヒェン(小学生ルナエンプレス・b82662)の意見は理想的ではあるだろう。そうした精神論を述べる者はラサヴィトヒェン以外にも多くいたが、耳障りのよい言葉だけではラチがあかない。ホーリィ・ランプフィールド(インビジブルスマイル・b18301)は、能力者達に出来る『手段』を例示する。
「例えば……銀誓館や来訪者にいる多種多様な人材を、社会に、組織に入り込ませ、時には正攻法、時には神秘の力で堕落の芽を摘んだり、方向修正したり……とか、いかがですか?」
『強引だが、有効な手ではあろう。根本を変えねば、現在の人間の方向性は変わるまい。未来のためにも有効であるやもしれぬ』
 悪路王はホーリィの意見を一理あると認める。
 後半部分の発言に首を傾げつつもホーリィが座ると、今度は弘法大師醍醐一風斎・筆吉正々伝エ門文近(十四代目葬家・b81803)が、逆の見解を示す。
「拙は、銀誓館が人の世に交わり、その未来を導かねばならぬ、との考えは些か違うように感じ申す。十万にも満たぬ若人の集団が70億を超える人々を導こうなど……驕り高ぶっているようにしか、拙には思えぬのです」
 銀誓館学園の能力者達が70億からなる人類全ての命運を背負うのは傲慢ではないかとする考えに対し、悪路王は忠告するように言う。
『お前達が人類の僅かな一部でしかない事は確かだろう。だが、お前達を除いて、今世の人としての意見を述べられる者はおらぬ。お前達が人の未来を定めねば、誰が定めるというのか』

 望もうと、望むまいと、銀誓館学園の学生たちは地球の未来を左右できる立場におり、そして既に左右している。
 この責任を投げ出すことは、もはや許される話ではなかった。
 無論、選んだ未来に対し、他の人類から非難を受ける可能性は否定できるものでもないが……。
「ランドルフを否定した以上、この機会でしっかりと答えを見つけなければ……」
 アリシア・マリンスフィア(トレードル・b22046)はそう思う。

『いずれにせよ、世界結界下だけを見た話は、残り時間を考えれば大した問題では無い。
 人類の堕落がどうあれ、10年も経たずして、状況は激変していくだろう』
 悪路王の言葉は、前提条件の変化を示すものだった。

●『現状維持』などありえない
「どういう意味だ?」
 『人類の堕落』という言葉を気にしていた能力者達は、悪路王の言葉に首を傾げる。
 世界結界を緩やかに解いていく……そうした流れを考えていた者達もいるが、10年未満という短さは多くの者の想定の外だ。
『世界結界が崩壊するまで、さほどの時間は要しないであろう、ということだ』
 噛み砕いて言って、悪路王はイセスと千破屋が持参した資料の一節を示す。
 そこには、世界結界が直近の約2年で8%も破損したという事実が記されている。
 世界結界の強度は、残り67%。
「大体2年前の聖杯儀式で75%まで回復していたはずだから……」
「1年4%として、約17年か」
 現状維持を望んでいた鈴鹿・小春(黒の咎狩人・b62229)や風華・八重(高校生真霊媒士・b02664)は、そう単純計算を行い、唸る。
(「いや、50%を切れば、崩壊の度が増していくことだって……」)
 一度結界が崩壊の側に傾き、世界結界の強度が50%を切ってしまえば、『聖杯』があったとしても世界結界を再構成しなければ取り返しはつかない。
「しきは、個人的には世界結界は現状維持したいのですが。こればっかりは聖杯が無いと無理ですからね」
 安曇・四季(共に歩み続ける・b46432)は肩を落とした。

 現状維持を夢見る者達に、墓間蔵・軋之(ブレーメン骨樂隊・b16312)は軽く鼻を鳴らす。
「さっきも話に出てましたけど、『一般人』と呼んでいる彼らこそが、世界結界を維持している地球最大の『能力者勢力』っすよ? 現状維持なんて、『守る』と言いつつ彼等の命を賭け金にする醜悪なやり方に過ぎないっしょ」
「ゴースト事件が一般人が住んでる世界に現に起こって、現に被害を蒙っているにもかかわらず感知すら出来ない現状の構造は歪にも程があるな」
 今の状況を歪んでいるものと捉える漆原・矜持(苦き慈悲の槍・b24403)は意見する。
 その上で人類の守護者を気取るのは、驕りに過ぎないと矜持は断じる。

「今の人は弱きもの。我等が触れるだけで命を落とすこともありましょう。ですが時に残酷で傲慢なもの……」
 氷桜・ひさめ(蒼銀珠・b56811)はそっと目を伏せる。
「それでも我はひとの営みの中、ひっそり暮らしたいと願っております。わたくしは……ひとが懸命に生きるこの世を愛しく思います。諍いも戦いも、もう沢山です」
「すごく弱くなったけれど、今の人間達が作る世界は優しさに満ちているよ……僕が守りたいのは、そういうものだよ」
 エドゥアルド・キサス(七月の三日月・b47389)の意見を聞いて、悪路王は言う。
『人間であるお前達に、人間以外の存在に対する想像力を望むのは難しかろう。しかし、この場にいる以上は、少しは考えよ。今この世界が、優しさに満ちているだと……?』
 悪路王は、仮に人間に限定しても、地球上で優しさを享受できている者は、決して多くはないのではないかとも指摘する。
 ただ争いの無い世を、と望むひさめやエドゥアルドだったが……。

 都筑・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・b08282)は、改めて事実を指摘する。
「それに、『聖杯』は失われた。もう世界結界を張り直すことは出来ない」
 世界結界の再構築を望む神中・マイ(シークエンス・b02913)や山内・連夜(奏剣呪士・b02769)、無堂・理央(龍虎舞闘・b59341)、水原・流惟(雨の向こうの青い空・b22551)といった者達も、その指摘を否定できない。

 『聖杯』なくして、世界結界を張り直すことはできないと書庫は語っている。
 そして聖杯は『神の左手』へと変わり、ランドルフの死と共に宇宙に消えた。
 『神の左手』を回収するならば、ディアボロスランサーにアクセスすることで、別の手段を講ずることが出来るかも知れないが、『神の左手』の物理的回収を可能とする『鬼の手』は悪路王軍が持っている。
 悪路王軍が世界結界再構築の可能性を認めるはずも無い。
 要するに、現状では世界結界を再構築するのはおろか、補強する手段さえ無いのだ。
 悪路王を討つならば話は別かもしれないが。

 歴史上2人目の『聖杯』のメガリス・アクティブ、ランドルフが現れるまで、世界結界の構築から約700年を要した。
 3人目が現れるより先に、確実に世界結界は崩壊する。
 現状維持も、世界結界の再構築も、既に手段は無きにひとしい。
 世界結界を再構築する前提での思考実験は、今の状態では無意味だ。

『もしも汝等が再び世界結界を構築せんとするならば、我らを討ってからという事になろう』
 世界結界の構築こそは、ゴーストを滅ぼそうとする行為。
 人魔共存とは、真っ向からぶつかり合う思想に他ならなかった。
(「ゴーストを滅ぼし、出現させなくすること。それは、人魔共存と絶対に相容れない……」)
 珠洲屋・那智(白月の欠片・b82922)は、それが悪路王達との決定的な亀裂を生むであろうことを理解する。

 その決裂が無かったとしても、現状維持は今の状況からはあり得ないことであった。

●結界崩壊の『過程』で
 世界結界が消え去ることを前提として、それまでの間にどういう活動を行うべきかについての意見を、幾人かの能力者達は持ち合わせていた。
 人魔共存と直接は離れる話となるが、興味深い話だと悪路王達は議論を交わす能力者達を見る。

「世界結界があるうちは、いわゆる住み分けかしらね。その後は融和できればいいけれど……」
 イリーツェル・メーベルナッハ(夜ノ風・b46909)の意見は、言ってみれば悪路王達にはこれまで通りの立場を保ってもらうというものだ。
「……いえ、ゴーストが人間の住む地域に出るのは避けられませんし。その間は、一般人や知性なきゴーストへの対処を行い、其々に混乱を招かない緩やかな移行が良いのではないでしょうか」
 対して、遠座・繭(蝶を追う指先・b01015)の意見は、穏当なものであると言えただろう。騰蛇と坂上・神薙(槍衾夜叉・b81165)も、それに同調する。
「いずれそうなるのならば、段階を経てゴーストの存在を人類に明かしてゆくのが良いのでは?」
「それまでに生じる問題はウチ等皆で解決していけばええしな」
「融和していけるといいね」
 段階的に進めて行けば良い、という考えを抱いていた稲田・琴音(蟲人・b47252)や遠野・葛葉(想現剣舞のヴァイサフクス・b71811)、緋勇・龍麻(龍の伝承者・b04047)らも、そうした意見に頷く。
「皆は自分達は『人』の側にいると思ってるかもしれないけど、一般人の目から見たら、私達も悪路王さん達と同じ、超常の側だったりするんだよねぇ〜」
「そういった事を考えると、僕等や銀誓館は『命』と『超常の力』を持った存在として、人魔の橋渡し的な立場であるべきなのかもね……」
 泉・火華流(小学生ナイトメア適合者・b83900)と泉・星流(中学生真魔弾術士・b51191)の兄妹は、自分達が一般人に存在を明かした時のことを考える。

「事は人間の政治に関わりますが、幸い、僕らの数人はそれに強いコネがあります。少しずつ、ならば何とかならないかな、と」
「犠牲を最小限に抑えるための機関を人魔共同で創設するのも、良いかも知れません」
 安心院・ヒナタ(金曜日に降る雨・b51011)と新城・香澄(翠玉銀月・b54681)は言う。
 こうした主張を実行すれば、能力者達が表舞台に出ることによって世界結界の崩壊が早まるリスクを背負う。
 睦月・絵里(ネバーエンディングストーリー・b80917)は科学技術が浸透したように、神秘を公開していくことで、それらも世界結界の『常識』の範疇に含めることは出来ないか、という考えを持っていたが、世界結界はそこまで融通の利くものではなく、難しいだろうと思われた。
 だが、そのリスクを背負ったとしても、犠牲を減らすためにはやらねばならないことかも知れなかった。
 一方で御境・紅菊(神駒・b28909)はゴーストと人間とが共存する街づくりとして諏訪湖周辺の再興案を問うが、これは悪路王の言う人魔共存を勘違いした質問だっただろう。

「生命根絶を存在意義とする異形の脅威を減じる手を打ちつつ、段階的に世界結界の解体と一般人に対するアナウンスを行っていくことが必要ですね」
 遠野・葛葉(想現剣舞のヴァイサフクス・b71811)はそう考えを述べる一方、生命が宇宙を満たした時に起こり得る破滅の可能性を悪路王に問うが、悪路王にもそれは分からないということだった。彼が持つ知識は、そこまで豊富では無い。
「逆に……世界結界があるうちに、異形を確実にどうにかしないといけないですね」
 レイラ・ミツルギ(魔剣士・b48060)は相容れない存在のことを考え、溜息をつく。
 生命根絶を目的とする異形は、銀誓館学園にとっても、人魔共存を掲げる悪路王にとっても最大の敵だ。
 世界結界が崩れゆき、やがては完全になくなる過程で、ゴーストの増加は避けられない。
 それに伴う世界の混乱の前に、現有戦力で異形をどうにかしなくてはならない。
「異形側が生命を駆逐しようとする理由は、書庫によると『生命の侵略により存在が脅かされているから』という事だった」
 文月・裕也(太陽と月の着ぐるみ探偵・b33412)は言う。
「共存という形で異形達の危機感を払拭できるのなら、異形勢力との和解もできるんじゃないか」
 彼の考えは平和主義的であるが、その手段を提示しなければ無力であるのも、また事実だった。

 鬼灯・遙(彩雲のサーブルダンサー・b46409)は、異形の脅威を退けた後のことを考える。
「異形と戦ったその後は、銀誓館学園として日本に留まるのでは無く世界各国に拠点を設けてその地に在住し、どこにどんな能力者がいるとか調査を行う必要があるのかなー」
 ゴーストと人間の在り方を、教え伝える存在。
 その必要性を、凪・龍一朗(写の位・b03508)も別角度から熱弁する。
「今ある全能力者、来訪者は、これから目覚める者に、チカラの使い方と正しい世界の知識を教えるための存在としての方向性を見出すべきだと、俺は思う」
 そしてその中でゴーストにも悪しき者とそうでない者が居り、ある意味人と同じであるということを知らしめるのだと、龍一朗は主張した。
「悪路王殿とその一党の方には死の国の側の存在……ゴーストとして、最終的には表舞台に立って貰いたい」
『戦いを望まない者もいるのではないか?』
「普段見えないだけだ。生命は、常に戦を行っている」
『……なるほど。面白い考えだ』
 植物や動物も、また『生命』の一部。
 人類は普通に生存するだけでも、それらの『生命』を犠牲としている。
 動植物の残留思念からもゴーストは生まれる。たとえ戦いが無くとも、世界結界なきあとの世界では、ゴーストの出現は絶対に避け得ないだろう。
「元の姿に戻る世界ならば、最終的に戦は家族を守るための神聖なるものとして命を削ることはやむなしとする認識を植えつけねばならない」
 龍一朗は、そう考える。
 生じる戦いの中で能力者達が犠牲を最小限にしようとするならば、能力者となる者達……すなわち今の人類全てを導く者が必要となるという主張は、強いものだ。
「ゴーストと能力者、来訪者が……共に学ぶ事ができれば……」
 八宮・千影(蒼き滅霊杭・b74262)はそう意見する。そうした学業の場でこそ、見えてくる『人魔共存』もあり得るのかも知れない。

 では、そうした中で悪路王軍は何をするのかという点について、ジングル・ヤドリギ(吟星クリスマスロイド・b06651)が意見する。
「今後世界結界が綻んでいく中では、あぶれてしまった意志あるゴーストさんを悪路王軍が、覚醒してしまった能力者を銀誓館が、それぞれ器として受け入れていくコトは可能でしょうか?」
『うむ。世界結界が綻ぶ中で、意志あるゴーストの数も増えるであろう。その中で、我らと志を同じくする者ならば、人と魔とを問わず、我が旗の元に集うであろう』
「あ、人もいいんですね」
 と矜持は目を細める。
 理性あるゴースト。その存在は全体にすれば僅かな割合に過ぎないとはいえ、確実に増えていく存在であるはずだ。バステトを受け入れた悪路王なら、そう動くであろうという予測は間違っていなかったと、ジングルの笑みが深まった。

 能力者達が知る『常識』は失われようとしている。
 その先に待つのは新たな世界、あるいはかつての世界だ。
 世界結界無き世界に到るまでに、何を為すべきか。
 考えなければならない事として、能力者達は意識する。

●結界の『無い』世界
「世界結界が崩壊すれば、人類とゴーストの戦いが日常となる時代が訪れると言われている。
 この時にどういう変化が起こるか整理するわ」
 御門・真綾(土蜘蛛・b55143)は、そう切り出した。彼女は指折り数えつつ、
「第一に、全人類が能力者となる。
 第二に、見えざる狂気から能力者や来訪者が解放される。
 第三に、誰でもゴーストについての正しい知識を持つことが出来る。そうしたら無知なため殺される一般人なんていなくなるわけだ」
『四点目として、ゴーストの出現数が現在よりも遥かに増す、という点もありますね』
 オロチ鈴鹿の声が頭上から届いた。
 水蛭子・椿(神に棄てられし魔性の歪・b44748)が、その硬い尾にじゃれつきながら言う。
「でも世界結界無くなったら人類全員能力者だし、災害で死者が出る事は大幅に減るの♪ 災害のかわりにゴーストが出てくるだけなの♪」
 ゴーストと災害を同一視し、当然存在するものと見る椿の言葉は、世界結界以前を知る悪路王達からにとっては自明であり、受け容れやすいもののようだった。とはいえ、そこまで割り切ることの出来ている者は、勉強会に参加した能力者達の中にも少ないようだが。

 真綾の挙げた内容は、「一般人の生命」という銀誓館学園の判断基準が完全に失われることを意味していた。玉名・斎姫(神籠もる国の巫女・b07161)は、静かに考える。
「銀誓館の能力者の多くは今まで、一般人の優先順位が能力者より高いか、少なくとも同じだと考えていた。また戦う理由は「一般人をゴーストや来訪者から守る」で一貫していた。
 しかし目的「だけ」を考えれば、理に適っている「神秘撲滅」を否定した。そして世界結界なき世界では、新たな判断基準を設けなくてはならない……」
 判断基準の揺らぎ。
 それについて斎姫は世界結界を利用した『代案』を考えていたが、世界結界が早晩無力化することは、示されたばかりだ。

『そういえば、通信が使えなくなるのではありませんか?』
「あ、通信障害……」
 鈴鹿御前の指摘に、情報網を新たな秩序を築く上での有利さの論拠の一つとしようとしていた成上・瑞羽(唄運ぶ藍風・b61342)は、思わず声を上げていた。
 世界中、至るところにゴーストが出現することで、通信障害は常時働くようになる。
 現在の社会を構築する重要な要素である『通信』の利便性は、大幅に損なわれるだろう。
 運用に通信がほぼ不可欠といっていい航空機なども使用困難となり、人類の生活が後退を余儀なくされるだろうことは想像に難くない。
「とにかく、ゴーストや来訪者が自由に力を使えるようになって、人間もみんな能力者になるのかな?」
 そう確認し、穂村・耶子(小学生真妖狐・b84998)は首を傾げた。
「でも、人間の全員が全員、神秘に好意的ってわけじゃないだろうし……。下手すると、能力者や来訪者同士での戦争になっちゃうかも」
『起こるであろうな。争いは世の常だ。我らの知る時代でさえ、能力者同士、来訪者同士の争いは当然のように起きていた。我らが滅びた後には、世界を二分して神秘を封じるか否かの争いが起きたとも聞く』
 悪路王が言うのは、世界結界創世を巡る戦いだ。
 その戦いで勝利したのは巡礼士や源氏といった、戦いを終わらせようとする世界結界創世派だった。対して数々の来訪者や、人魔共存を掲げた平家は敗れ去り、世界は能力者達が知る忘却期へと突入している。

 世界結界が失われた直後に容易に想像できるのは、忘却期に回帰しようとする要求の発生だ。
 なまじ世界結界に守られていた時代を知っているために、大多数の人類はすぐに、世界結界を取り戻すべく動くかも知れない。
 シルビア・ブギ(カオスの素・b45276)は懸念する。
「政治家も能力者となれば、ゴースト一掃を掲げるやも知れぬな。来訪者を束ねて、人とゴースト、来訪者という形で三竦みを作っておけば……下手な武力介入は行わぬ、かもしれぬが」
「最悪、ゴーストと全人類の全面的な対立に至るのでは?」
 宝条・志帆(泡沫の夢・b64301)は悲しげに眼を伏せる。
 彼女は先の戦いで、ランドルフに賛同していた。ゴースト事件による犠牲をなくすという一点において、神秘根絶は明確に優れていた、と彼女は考える。それは間違いなく正しいだろう。
 大切な人を失って、復讐の一念で能力者に覚醒した者は、今の学園にも多くいる。
 それを知る彼女は、世界結界なき未来の行く末は、復讐の連鎖に至るように思えた。
 が、酔っぱらったバステトはそんな彼女の考える最悪をぶっちぎるような未来予想を口にする。
「んー、その程度じゃ最悪には程遠いんじゃないかニャ? 今まで『一般人』だった連中全員、ウチらと銀誓館と妖狐をものすごーく恨んで襲って来て鎌倉崩壊カウントダウン的なカンジの方が、よっぽどありそうニャ♪」
「……そ、それは、避けたいです」
 が、『一般人』を完全に救おうとしたランドルフを、能力者達が倒したのは事実。
 世界結界がなくなれば、ゴーストとの戦いは日常の一部となる。
 憎しみが新たな戦いを生むという、十六夜が発した言葉は否定しがたいもの。
 だがゴーストの戦いで死者が出れば、その憎しみはランドルフを討った三勢力に向けられてもおかしくはない。
 たとえ、『一般人』の存在それ自体がこの世界……宇宙全てで見れば不自然極まりないものであったとしても、地球上においては絶対的な最大勢力だ。
 人類70億の憎悪が銀誓館学園に向けられる、という未来予想は最悪の底を突き抜けるようなものではあるが、完全に否定しうるかといえば、そうではない。
 地球人類は、自分達の味方。
 その前提さえ、世界結界のなくなった後の世界では絶対のものでなくなるだろう。

「……改めて。世界結界がなくなれば銀誓館は今までの様な機敏な活動は出来なくなります」
 イセスは、そう指摘する。世界結界による理の歪みを感知している運命予報士は、世界結界が崩壊すればその能力を失う。銀誓館学園は他の組織を圧倒する強みを、一つ失うことになるのだ。
 生命賛歌があり、世界結界が存在していた頃からのアドバンテージがあったとしても、70億の能力者の中での、僅か十万人に満たない戦力でしかなくなる。
「ゴーストとの戦いが日常となる世界……戦死以外に名誉のない世界なら、たぶん看取る方も死ぬ方も心が擦り切れるから、そういう世にはしたくないわよね」
『そ、そこまで常に殺伐としていたわけではありませんが……』
 養父母のことを思い、唸る櫛田・要(赤錆びた虚・b20624)に、鈴鹿御前は困ったような笑いを向ける。

 レモン・ブラムレオン(は小粒でもパタリと致死量・b55155)は、新しい『人魔共存』が成り立ったなら、それを正しいかたちで未来に伝える仕組みを作りたいと考える。
「情報を貯め込むメガリスとか、作れればいいんですけど」
 銀誓館地下にあるディアボロスランサーを祖として、メガリスを新しく作るのも書庫によれば不可能ではない。
 必要なのは『強い力の衝突』とされていたが、オロチカリストと六体の超巨大オロチが、全力で力を叩き付けて破壊寸前まで持ち込んでも、メガリスの出現は観測されていない。
 レモンの構想には、困難が伴うかも知れなかった。
 一方で、セドリック・ヘブナー(睡臥・b50715)は、悪路王の顔を見て告げる。
「銀誓館は弱者を守り、悪路王は強者を除く。たとえ新たな人魔共存が成らずとも、互いの理念を譲る必要はない。ただ遠い未来、世代が変わろうとも有事の際は協力できるようにしたい。
 弱者を戦いに巻き込まないで欲しい。戦禍から逃がして欲しい。そうする限りたとえ僕らが貴方方に滅ぼされていても、その時代の能力者は貴方方を信じて戦えるだろう」
『約束は出来ぬ』
 悪路王が明確に返答しないのは、人魔共存の理想、そしてそれよりもなお儚い己の存在を理解しているからだろう。
 だが、そこにある王の誇りは、信じられるものであろうとセドリックには思えた。

 世界結界の崩壊後に向けて、新たな組織やシステムが必要となるのではないかという主張は、これまでにも幾つもあがっていたが、そうした
 霧島・絶奈(さよならを教えて・b61363)の論は、条約を結ぼうというものだ。
「異形の数は膨大で、完全に滅する事は出来ない。ならばその事実を逆手に取り『永遠に続く友好条約』を締結する……これによって共通の敵を持つ事は、悪路王の言う『人類の堕落』を防ぐ事にも繋がるのではないでしょうか」
『条約、か……』
「決して片方を優位とするものではありません。欲に駆られてゴーストを襲う輩は返り討ちにすれば良いし、人類も知性無きゴーストが襲ってくれば火の粉を払えば良い。協力しながら相互監視も兼ねるという意味では悪路王の人魔共存の形にも近いでしょう」
 そういう絶奈の主張は、双方にとっても納得できる意見にも聞こえた。その条約を、誰にでも納得させなければならないというハードルを越えれば、だが。

 シーナ・ドルチェ(ネミの白魔女・b67352)は学園と各種能力者/来訪者組織・理性持つゴーストの連合体を設立したい、と考えていた。
「問題が起こったら、まず話し合いのテーブルを容易する。戦争のルールを策定する。生命・ゴースト問わず、不当に『理性あるゴーストあるいは生命に、害なす者』へ共同で対処する。相互の交流を積極的に実施する……そうしたことが必要だと思います」
 新たなルール、新たな組織。
 そうしたものが必要だという彼女の考えには、賛意を示す者も少なくない。
 真和・茂理(一閃華烈な蹴撃乙女・b44612)やラルフ・バーンシュタイン(主護りし牙・b66203)も、ルールの策定には同調する。
「ルールの線引きをしないといけないっていうのは賛成ね」
「人には法があり、法を犯した者は罰せられる。それを広げねばならぬ」
 ラルフは悪路王の持つ『法』に期待していたが、平安時代の認識しかない悪路王勢の下での法は、現代人の期待するほどに整備されたものではない。
 本当に過不足のないルールを策定しようとすれば、今後膨大な努力が必要となるだろう。

 いずれの場合にも存在する困難は、その組織やシステムを地球全てに広げねばならないという点だろう。宗教問題なども切り離せない。
「うちの檀家さんはともかく、ゴーストの実在を知れば絶対に許さないと言いそうな方々もいますからねぇ」
 地祇谷・是空(呪言書道家・b03968)は唸る。
 人の信仰心は出現するゴーストの姿に影響を与えることもあるが、本質を変えるには至らない。
 心だけでは解決できず、しかし心の関わる問題だ。
 それを解決するのは、いまだ若い能力者達に他ならない。
「心地よい共存という言葉に酔わず、それぞれの意見、考えが実行された場合、何処の誰に皺寄せが行くか、という負の面を明確にしなくてはね」
 オロチ鈴鹿をお茶に誘った剛の者、睦月・誡(雪女・b48547)の言は、いずれの場合にも生じるリスクを気にしてのものだ。何かを行うことで生じるリスクを、能力者達はここまででも既に感じていただろう。

 世界結界崩壊後の未来で生じるであろうこと、あるいは生じ得ること。
 それらの事象を考慮しなければ、未来におけるゴーストとの共存など夢物語だ。
 そして、この時代の初期を左右するのは、世界結界崩壊の過程での能力者達の行いが強く影響するであろうことは、疑う余地も無かった。

●『ゴースト』の本能
 近い将来に世界結界が崩壊するという前提に立てば、ゴーストの数が爆発的に増加するであろうことは疑う余地が無い。
 世界結界崩壊後に、人とゴーストの関係を、どうしていくのか、その中で新たな『人魔共存』は、どのようなかたちとして成立しうるのか。
 天峯・叢(霧の騎士・b49920)の問いは、それを考えるにおいて必要な、ゴーストの性質に関するものだった。
「その本能からゴーストは人を襲い傷つける。悪路王の人魔共存は、必要悪としてゴーストがその性を満たす為に人を襲う事自体を認めているように思うのだが?」
『ゴーストの多くは、その存在と本能故に人を殺めんとするであろう。その本能を我は否定せぬ。そうしたゴーストが人を殺めることも、逆に人がそうしたゴーストを討たんとすることも、また同様に否定せぬ』
 そうして生まれる戦いこそが、悪路王の人魔共存で必要とするものだ。巣霞・野露(鋏角野伏衆・b32975)が鋭く問う。
「ゴーストとの戦いで人口が抑制されることも、計算に入れておられると?」
『ゴーストが存在する世界こそが、本来の世界のすがただ。世界結界が崩壊すれば、人は本来、そうあるべきであった数になっていくだろう。それで減少するならば、それが自然だったという事だ』
 能力者達は、どうしても世界結界のある状況を基準に考えてしまう。
 だが本来、世界結界が存在する状況は、歪められた『不自然』なものだ。
 その意味でいえば、世界結界が無い環境の方が、本来のすがたであることは事実だ。
「変に出産制限などをする必要は、無さそうですね」
 保健体育の教科書を仕舞い込んで、山縣・恭介(爪弾き・b44676)は言う。
「かといって、人が死ぬのは受け容れがたいのも確かだよね……」
 ゴーストが人を襲おうとする本能は、変えようがないものだ。
 全てのゴーストを人を襲おうとする本能から解放したいと辻村・崇(蒼き牙を持つ幼き騎士・b63628)は考えるが、その願いをかなえるには、ゴーストという存在そのものを変質させねばならないだろう。
 輪廻・殺機(闇纏い生命輝く魔剣・b57185)にとって、ゴーストがいなければ人類が堕落するという悪路王の考えは理解しがたいものだった。
 かといって、ゴーストという存在を、無闇やたらに倒すのもおかしいと思える。
「人を襲わないゴースト、というのはありえるのか……ゴーストは、どう在れるのか……それを知らないと」
「何故に悪路王殿とその民は理性を持つのであろうか? 全てのゴーストがそうなれば、一般人との棲み分けで共存が可能になりそうだが、それは無理な話なのだろうか」
 妹出・織泉羅(スモールピッチャー・b70426)の問いかけに応えたのは、悪路王では無かった。
「一応言っとくけど、べつに理性あるの悪路王軍だけじゃないニャー?」
 寝そべったまま、バステト・ザ・キュートが言う。
「リイラが言いたいのは、タカシやサツキが言ってる『人を襲わない』ゴーストかニャ? 理性があるのと、人を襲うかどうかは別問題だニャ」
 リリスの多くは、会話可能な理性があっても本能に任せ、快楽を求めて人間を襲う。書庫は「異形もまたゴースト」と言っているが、異形に理性があることを、否定できる者はいないだろう。
『私達は、ゴーストとしての本能から解き放たれていますが……』
『使役ゴーストや、マヨイガの……視肉と運命の糸で結ばれたゴーストもそうだが、稀な例外に過ぎぬ。一方で、本能を制御できるゴーストであっても、人を殺めんとする者は出るだろう』
 鈴鹿と悪路王が、バステトに補足した。
「生前の性格を残してのゴースト化は出来ないのか?」
『リビングデッドなら、『なった』直後は生前の性格を残していますが……いずれはそれも失われるでしょう。私達に関しては、御存知の通りです』
 鈴鹿の説明に、鳳凰寺・龍也(終わりを見届ける者・b53591)は、その説明に肩を落とす。
 悪路王の配下……特に武者達に関しては、吸血鬼株式会社によって大量の一般人を生贄として、イニシエの地縛霊という特殊なかたちの地縛霊となった影響が大きい。
「さすがに、生贄は……」
 フェシア・リンフォース(真なる魔女・b02719)は、自分達でそれを行う難しさを理解する。
『普通のゴーストが生命を殺めんとする本能は変え難いものだ』
 改めて言う悪路王。
 人もゴーストも平和に共存する世界。その美しい望みには、消しがたい障害が待ち受けていることを、能力者達は改めて感じざるを得ない。

●人とゴーストの『住み分け』
 かたや、鈴虫・小唄(ガーネットスター・b14532)のように、『住み分け』こそが人とゴーストが地球上に両立しうる道であると論じる者達もいる。
「共存の基本は、適度な住み分けと適度な接触! 適度な相互理解と、適度な無関心だと思うんです!」
 人とゴーストが入り混じって存在しているからこそ、互いの争いが生じる。
 ならば、ゴーストと人の棲む場所を、別にしてしまえば良い…。
 こうした主張をする者達は、参加した者の中にも少なくなかった。
 もっとも住み分けを、『共存』と呼べるのかは、判断の分かれるところだっただろう。
 加えて、こうした住み分け論と実現可能性の間には、大きな問題が横たわっている。
「追い出すことは新たな問題を生むし、ゴーストの発生を制限もできないだろう」
 その五六八の指摘は、正しいものだ。だが、九原・終(ナインライヴス・b73832)は言う。
「それでも無闇に双方が争うことをなくしたいぞ。厳密に分けることは不可能だろうがな」
 そうした人とゴーストの争いを減らしたいという考え自体は、一概に否定しうるものではなかった。
 世界の全てに、可能な限り犠牲を出さない方法を模索したいという考えは、雹牙堂・カイナ(誇り高き守護騎士・b67028)にも共通する。
「少なくとも、人を襲わずとも良いゴーストが人と争わずに済むようには出来るだろう」
 その数が少数であろうことは否めなかったが、だからといって、考えを捨てる必要もない。
 キリエ・ジョヴァンナ(オブリビオンの空軌・b68137)の意見は、その領域に関するものであった。
「いっそ、人とゴーストを栄えさせる『国』を設ければいいのさ」
「もし必要なら、そういうのもありかとは思います」
 橘・鞠絵(楽園に咲く黒百合・b23279)は人間とゴーストの領域に明確な線引きを作りたいと考えていた。だが、そうしたことが不可能でも、人とゴーストの両者が共に在る国があれば良いのではないか。
「もし地球での繁栄が難しいなら、宇宙へ範囲を拡大すれば良いのです」
 朱残・誄火(灰紅葉・b18864)は、空を指差す。
「共に助け、共に治め、共に栄える……過去とは違う文明や力。我々であれば、理想を実現できると思うのです」
 異形『水晶剣ルルモード』が転移門へと変化したことは既に判明しているが、それを何らかの形で手に入れることが出来れば、来訪者の来た世界への移動も可能であろうと誄火は予測する。
 遠峰・真彦(怪談ストーカー・b33555)も、使役ゴーストを絆の象徴としつつ言う。
「人とゴーストが地に満ちたならば、月や宇宙や異世界等、新たなる地を共に開拓するのも良いと私は考えますよ」
 モーラットがそれに同意するように全身で跳ねる。

「人のクマソタケルがゴーストを守るマヨイガを維持している事が人魔共存の理想ではないかと、わたしは思うんです」
 そう主張するのは、連翹・アルティナ(黄昏の蛍火・b42055)。彼女や暗都・魎夜(全てを砕く者・b42300)など、マヨイガを人魔共存のモデルケース的な存在として考える者達は、アルティナの他にも複数いた。
 が、エリュシオネス・アンフィスバエナ(白にして暁光・b74146)はマヨイガを理想化する意見に危惧を覚える。
「マヨイガのゴーストは、視肉を食べれば人を食わずとも済む。しかしマヨイガでのそれは、飼い殺しと同義と感じますわ」
 マヨイガのゴースト達は、本能を抑制し、存在し続けるため、視肉を定期的に食べ続けなければならない。視肉リストを名乗るゴースト達もいたが、あれは視肉を食べねばならない中で生まれた娯楽だ。
 平和をもたらす食べ物による、作られた平和。それは平和の一つの形ではあっても理想的と言えるのだろうか。
 四紀・更紗(番犬命の真狐・b74691)は、住み分けを求めること自体に意見する。
「あたしは世界結界がある時代の生まれだから、昔の話を聞いていっぱい考えても、どんな風に戦いが激化するのかいまいちピンと来ないんだけど」
 ケルベロスオメガの頭を撫でながら、世界結界がなくなった後の時代を想定した時に、共存すべき『世界』がどこまでをさすのかと更紗は問う。
「悪路王さんが眠ってくれた事やマヨイガや使役ゴーストが共存のモデルって言って安心するのは、封印したり異世界に追いやってるのと結局何が違うのかなって思うの。同意してるかどうか?」
 住み分けようという意見は、ゴーストを共存者として、あるいは自然に存在する世界の要素として真に認めていないからこそ、出て来るものなのかも知れなかった。

 一方で、鴉颯・霧歌(風霧の舞姫・b16079)と椿が提示する考えは、また別方面の問題を孕むものであり、同時に夢に満ちたものだ。
「かつて侵略者であった月の民が未だ天にあり、宇宙に出れば宇宙ゴーストも跋扈しているとなれば人類もそれを脅威と感じ乗り越える為に智を尽くすはずです」
「昔みたいに月と地球が睨み合う環境下なら堕落しようがないの♪ 月は詠唱銀がなきゃ維持できないらしいし、再興出来ればゴースト達と共存するには適した環境なの♪」
 世界結界がなくなれば、月に魔力が戻れば、元の緑の星へ戻せる可能性も生まれる。
 ルナエンプレス達の思い出の中にしかない美しい月の姿。
 それこそが、人類の堕落を避ける道ではないかという考えは、悪路王にとっても否定しうるものでは無かったようだ。ただ、
「今度は月とは仲良くしたいんですけどね」
 という霧歌自身の考えが、それを妨げるものではあった。

●一つならざる『人魔共存』
 悪路王が『人魔共存』を掲げる一方、『人魔共存』を異なる意味として理解する勢力の存在を、能力者達は知っている。
「『魔が魔を制し、人が人を制する』……それが人魔共存の正しい在り様だと思う」
 竜宮の玉手箱のメガリス・アクティブ、平家登喜子の人魔共存を良しとする天瀬・煌輝(蒼雲天煌の護者・b47328)や鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・b81451)、白瀬・友紀(蒼の浄巫女・b03507)、不利動・明(大一大万大吉・b14416)、フィアレス・セルシウス(流れる雨粒・b20813)。
 遺された理想のために世界結界を徐々に解除していこうという考えは、彼らの中で共通していた。それは徐々に、という速度でなく実現しようとしているが。
「いつか、悪路王にも、彼女に会って欲しいです」
 平家登喜子との約束を果たしたい……その熱意は悪路王には伝わったようであった。
 人魔両者からなる裁きの場を設け、魔は魔が討ち、人は人が討つという在り方を提案する尾瀬・豹衛(青不動・b03524)らの意見も、彼らに似たものと言えただろう。
「魔が魔を狩るっていうなら、人が人を狩る覚悟もしないとな」
 真由美はイグニッションによる戦闘用人格のままにニヤリと笑う。

「そういえば、妖狐の人魔共存って何なの?」
 再び挙手した空が、悪路王に問う。それに対する返答は、
『その在り様自体だ。妖狐はゴーストと人が共に繁栄する状況を、確実に実現できる来訪者だ』
 というものだった。
 能力者達も知っての通り、妖狐は百鬼夜行として、ゴーストの軍勢を従える。
 悪路王の軍勢のように理性を持つものばかりでなく、大量のゴーストすらも己の制御下に置くのが特徴的だ。
 妖狐が従えることの出来るゴーストであれば制御下において平和を保ち、悪路王のような存在とも友誼を結ぶことさえある。
『金毛九尾や七星将は、人として生まれれど、魔の領域に足を踏み入れた存在だ』
「妖狐はある意味で、『人魔共存』を既に体現している、と?」
『我の掲げるそれとは内容を異にするが。むしろ、お前達の望む「人と魔が傷つけあわず共に存る」というかたちに近いのではないか』
 それでいて不要なゴーストは狩るため、悪路王の人魔共存とも相反しない。
 山科・月子(ディープブラッド・b61466)の驚いたような声を聞きながら、九重・黒銀丸(くろがね・b54761)はあることを思い出していた。銀誓館学園が来訪者を仲間に加えるなら、妖狐も大陸の能力者達やカースブレイドを傘下に組み入れている。
(「考えてみれば、土蜘蛛は巫女を、人狼もヤドリギ使いや処刑人を仲間にしているか」)
 来訪者と地球由来の能力者が手を組むことは、稀な例では無い。『銀誓館学園が仲間に入れるのは他の組織が傘下に加えるのとは違う』と強弁することも可能だろうが、他組織の者から見れば無意味な主張だろう。
 ちなみに、妖狐の薫陶を受けた平清盛を筆頭とする平家の人魔共存は、人が魔を従属させ使役することで発展しよう、というものである。
 灰田・ちえ(スィーパー・b33655)は絆を結び、使役ゴーストとすることで理性なきゴーストも人を襲わずに済むようにしたいと考えていたが、ちえがどう思っているかはさておき、この発想は平家に近い。

「……理性のないゴーストについては、妖狐に頼めば解決する可能性もあるの?」
 あいつら信用できないんだけど、と顔をしかめる讖在・瑠璃(科学人間・b11826)。
『お前達が手段を講じることが出来ず、そうしたゴーストも滅ぼしたくないというのであれば、可能性の一つと言えるだろう。原初の吸血鬼に頼むのでも構わぬが』
 理性なきゴーストも救いたいと思う氷川・小雪(白の旋律・b46013)も、その言葉には容易には賛同しかねた。
 しかし、と悪路王は肉体があったなら溜息でもついていたであろう声音で言う。
『我らと友誼を結ぶことに熱意を抱けど、既に休戦状態にある妖狐は信頼できないという、お前達の妖狐に対する頑なさは、理解しがたいな』
 以前に使節が訪れた際にも、妖狐に積極的な協力を求めないことを不審がられていたが、勉強会の場でも露わになる妖狐への不信に、悪路王は半ば呆れているようにも感じられた。
 その疑問に、明鏡・止水(真白燐蟲使い・b06966)と豹衛が口々に言う。
「見えざる狂気に侵された除霊建築士を利用し、人造ゴーストを作るために、都市を一つ滅ぼしたこと。人造ゴーストを核にしてゴーストを集め、百鬼夜行を作っていること。智に長けるからこそ、言葉の隙をついてくる事に警戒しています。
 個人の印象ですが妖狐にとって、一族以外は人もゴーストも道具という印象がぬぐえません」
「かつては共に理想を掲げたと聞くが、いずれ道が分かたれる事は必定。いつ背中を斬りに来るか分からない狡猾さは脅威だ」
『……貴様らが妖狐を憎悪する理由は分かった。仮に妖狐が我の敵となれば討つのに躊躇いは無いだろう。だが、貴様らの憎悪を我に押し付けるな』
 2人の意見を、悪路王は冷やかに受け流す。
 人もゴーストも滅ぼす可能性の低い妖狐が、彼の人魔共存の障害となる可能性は限りなく低い。
 能力者達の意見が人魔共存のかたちを変えうるならば、その限りでは無いのかも知れないが。

 一方で瀬崎・直人(朝焼けの冬空・b03547)は、妖狐に関する己の疑問に対する解を得ていた。
 内に除霊建築士や大陸の拳士、カースブレイドなどを組み入れる一方で、一般人に対する苛烈なまでの虐殺を平然と行える理由。
「妖狐にとって、一般人は本来『敵』だ。世界結界構築に協力しているんだからな」
 これは妖狐に限らず、他の来訪者にとってもそうだろう。
 一般人こそが世界結界の維持者。
 つまりは来訪者やゴーストに最も危害を加えている存在だ。
 妖狐は世界結界を積極的に失わせようとはしていないが、必要とあらば自分達の敵対存在に対して手加減をする理由も無かったという事だろう。
「妖狐に一般人の虐殺を禁じさせた休戦条約の価値は、大きいか……」
『とはいえ、妖狐はそれに違反していたようだがな。お前達が妖狐に信を置けぬとする理由に、また一つ追加か』
 と、悪路王は資料の内容を確認しつつ言う。
『だが、お前達の中にも神秘根絶に賛同した者がいる。本人の心中がどうあれ、妖狐や我らを殲滅するのに加担したと見られて当然の行いだ。銀誓館学園が、そうした者達を差し出す覚悟があるならば、条約違反を責めるのでも何でも、自由にすれば良かろう』
 両組織の諍いには付き合っていられないと、悪路王は突き放す。

●銀誓館学園の真義
 佐川・鴻之介(湾曲男子・b20654)は、悪路王が言及した「ランドルフに賛同した者達」のことを考える。
「わしは迷った挙句それを選ばなんだが、あの御仁を死なせたくはなかった」
 稲垣・幻(ホワイトティーリーブス・b36617)が、鴻之介の言葉に頷く。
「彼こそ一般人の代表としてここに居るべき存在だった……」
 犠牲を許容するランドルフの手法を、学園の多くの者は認められなかった。とはいえ、一方で世界結界の崩壊は、神秘根絶を行っていた時を上回る犠牲を招きかねない。
「学園が人魔共存の道を探してみせると彼を斃すなら、その彼とさえも共存する道を探してみせると言いきるべきじゃった」
 鴻之介が悔やむ言葉を呟く中で、悪路王の前に出た者がいた。

「ランドルフに賛同しゴーストを滅ぼそうとした者、相澤悟や」
 覚悟を決めたような顔で、悪路王の前に正座する相澤・悟(なんてん・b03663)。賛同者に身の危険があれば庇おうと考えていた斎が絶句する。
「許せとは言わへん。けど、賛同者にも色んな意見を持つもんがおる。俺は俺自身が失った事あるさかい、全て殲滅して人の世からゴーストに殺される人の悲しみを無くす為、俺自身個人的な信念を貫き通した結果や。学園の総意やない。そやから人を学園を見限らへんで欲しい。人は時の流れや感情の揺らぎで変わるもんや。俺も……変わる覚悟はある」
 しばしの沈黙があり、悪路王は告げる。
『戦いを以て銀誓館学園は己が『世界結界を守るだけの存在ではない』と示した。
 世界結界によって『作られた平和』だけを保たんと欲するならば、神秘根絶が最大の正義であることは明白。それをおして、神秘を守るため肩を並べた……それこそが我が知る真実だ』
 悪路王は学園との関係を損ねる気は無いと宣言する。
 銀誓館学園がランドルフについた能力者達を罰することはない。
 学園の能力者達の多数は神秘根絶を阻止する方向に動いたが、異形の脅威を阻止するという側面で見れば、『神秘根絶も正解』たりえたからだ。
 現時点でも、ランドルフを討ったことは世界結界喪失必至の状況を招いている。

『そしてお前が我らに弓引くことなど、我にとっては瑣事だ。組織が大きくなれば、幾つもの考えを持つ者も生まれよう。裏切る者が出るのもまた然り。いずれにせよ、我が前に立ち塞がるならば討つまでだ』
 悟への言葉を聞いている鈴鹿御前が恥ずかしそうにしているのは、生前の彼女もまた元いた組織を裏切って悪路王の元に走った過去があるからだろうか。
『お前には仲間に剣を向け、仲間からの信を失う覚悟があったのだろう。それでも仲間に剣を向けたことに負い目を抱くならば、己で己を罰しろ。覚悟なく選んだならば、それをこそ恥じるがいい』
 話は終わりだ、と悪路王は興が醒めた様子で言った。
 クオン・モリア(それは赤や燈に燃ゆる慧星・b25934)は彼に向けて声を上げる。
「私はお前の思想に賛同する。だが人魔共存の構想自体、難しい……無理かもしれんぞ。悪路王!」
『その通りだ』

 全ての『人魔共存』は、かつての敗者の思想だ。
 悪路王は朝廷に破れ、平家は源氏に破れ、妖狐は他の来訪者と同様、世界結界を創造した者達に破れた。
 悪路王の意見を認める者ばかりでなく、人とゴーストが共存する可能性を求める全ての者達にとって、それは重い事実であった。

『だが再び人魔共存が敗北するとは限らぬ。新たな人魔共存の可能性を見出さんとするならば、勝算は増していくと信ずる。
 その間は、人と魔が互いを滅ぼさぬよう、我らは悪路を往くであろう』

●生命絶滅の危機は続く
 おおよそ話も出尽くして、勉強会は終わろうとしていた。
 結果を言えば、明確にこれという『正しい答え』が出たわけではない。
 多数の意見が出て、その中には相反するものもある存在し、リスクの無い意見は皆無と言っていい。
「これらの中から最善の道を探すか、また新たな手段を見つけ出すか。そういうのが必要かも知れないね」
 記録をとっていた聖馬・アキラ(緋狐・b00129)たちは、その内容を確認しながら言う。

 如月・清和(魔導特捜ザンガイガー真・b00587)や桂・雪(ノットロンリー・b75753)、敷島九十九式・新都(ロングショットオーディナンス・b81466)をはじめとして、今後とも継続的に交流や勉強会を、という要求もあったが、今回で判断材料は数多く出た。悪路王に頼らずとも、能力者が自分達の結社で討論を重ねることは可能だろう。

 能力者達が今回の話から今後どうすべきかを話し合う中、浅野・クリューナ夢衣(ナイトメアと現を歩む夢使い・b44387)は悪路王に問う。
「勉強会を経て、変化した気持ちなどを聞かせてもらえると嬉しいです」
『お前達が真剣に未来を案じていることは、伝わった』
 世界は、忘却期から解き放たれ変化していこうとしている。
 その中で目指す道を、能力者達はそれぞれに見出さねばならない。
『だが、その前に、討たねばならぬ敵が居る』
 悪路王は、『鬼の手』へと首を向ける。
 神の島への侵攻のため、空の遠くまで伸びていた『鬼の手』は、既に元の大きさに戻っていた。

『次なる戦いだ。敵は異形「生と死を分かつもの」!!』
「話、はやっ……」
 生と死を分かつものの元へ攻め込むための協力を銀誓館学園からも求めようと思っていたところではあるが、突然の宣言に驚く能力者達の中、八月晦日・蓮(縋れぬ霊媒士・b81990)は呆れたように問う。
「あんた、あいつらの言葉分かったり、狙い分かったりすんのか?」
『言葉は完全には分からぬ。だが奴らの狙いは元より変わらぬ。ディアボロスランサーだ』

 異形「生と死を分かつもの」はルールーことトゥルダクを使い、戦力を着々と集めている。
 その手元には、世界中どこにでも現れることを可能とする『転移門』たるルルモードが存在するのだ。その事実は『書庫』の知識というかたちで、悪路王に伝わっている。
『彼奴らの狙いは安全圏で集めた圧倒的戦力で銀誓館に侵攻、ディアボロスランサーを破壊する事であろう』
「ディアボロスランサーの位置を、異形が知っているっていうのか?」
『奴らが分からぬ理由が無い』
 龍脈に隠れて、異形の感知を逃れていたディアボロスランサーは既に実体化した。
 実体化した直後の諏訪湖地下空洞に、オロチカリストがすぐに現れたことも記憶に新しいだろう。
 ディアボロスランサーは今、銀誓館学園の地下に安置されており、異形は望めばいつでも破壊作戦を実行できる状況だ。それを実行していないのは、単純に以前を大幅に上回る戦力で、今度こそ確実に銀誓館学園に勝利しようという狙いがあるからというだけだ。

 異形との決着は早急につけねばならない。
 もしも世界結界が損なわれていき、ゴーストが大量出現するようになれば、その戦力増加の速度は現在の比ではなくなる。
 百年先か千年先か、ディアボロスランサーの破壊に特化した異形が出現して加われば、さらに手の付けようがなくなるだろう。

 一刻も早く、生と死を分かつものを止めねばならない。少なくとも、転移門と化したルルモードを異形の元から排除しない限り、生命絶滅の危機は維持され続けるのだ。
 だが、繭やサイト・ツァンデベルン(朧月夜に語る夢・b51565)は、生と死を分かつものを滅ぼすことへの懸念を述べる。
「生と死を分かつものを斃せば、死の世界に生命が広がるという」
「それで世界に悪影響がある可能性を考慮すれば、討伐以外の対処を要するのではないでしょうか?」
『書庫の知識を信ずるならば、生命に対して悪影響は無いようだがな。いずれにせよ異形を倒さんとする以上、確実な手段は一つだ。竹丸!』
 武者の一人に、悪路王は指示を下す。
『妖狐に「生と死を分かつもの」の元へ攻め込む事を伝え、『伯爵』の出撃を要請せよ。
 死の門の顕現せし土地より、『鬼の手』を用い「生と死を分かつもの」の元へと侵攻する』
 『伯爵』の能力ならば、体内に存在をとどめることも、滅ぼすことも思いのままだ。

「……異形と戦う以上、いつかこうなるとは分かっていましたが」
 異形との決戦、『伯爵』との共闘。
 それが大きな戦いにしか成り得ないことを、能力者達は感じ取っていた。


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参加者:134人
作成日:2012/06/08
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