≪弁当屋【樹雨の虹】≫いざ尋常に!


<オープニング>


 ちょっと銀誓館で教師になる事にしたよ。
 恋月のこの一言は、少なからず回りの人間を驚かせた。それまでは大学で心理学を専攻していた恋月であったから、進路も当然それを踏まえたものだと誰もが考えていたであろう。
 心理学を専攻した以上、結果が体育教師というのは最後の手段的な印象が無くもない。
 むろんここで後輩達の成長を見ているのはとても楽しいし、それには満足している……ここに至るにあって、決して深刻な理由があった訳ではない。
「お前はあいつらと違って良い就職先だって見つけられただろう?」
 恋月の事を知る教員達は口を揃えて言ったが、恋月は『ここも良い就職先ですよ』と応えて笑っておいた。あいつらと言うのは、恋月も知るあいつら、であろう。
 教員採用試験の当日に校門で殴り合って教師に止められたというのは、銀誓館学園の伝説になるかもしれない。
「ツラ合わせたらまず殴るのが挨拶だ。だから避けられるなら避けたかった」
 どういう挨拶なのさ?
 恋月はその話を本人から聞いた時、首をかしげた。
 そう、毒島修二の事である。

「毒島ーっ!」
 廊下の端から端まで聞こえるような声で怒鳴ると、大きな背中がびくっと跳ねた。そろりと振り返ったばつの悪そうな顔を見ると、日頃相当先輩教師に絞られているのだろう。
 そこにいたのが恋月だと気づき、修二は眉を寄せてため息をついた。
「何なんだよ、大声出すな」
「そんなに毎日怒られてんの?」
「初日に『お前は来なくて良い』と言われたからな」
 いや、来る!
 そう怒鳴り返し、はや二ヶ月が経過した。
 比較的要領よくやっている恋月と違い、体当たりの多い毒島はよく教員同士で衝突している。後輩や依頼では皆の言う事にもよく従うのに、そういう所は普段のつきあいからは見えない毒島のがんこな部分であった。
 そうか、初めて共に依頼に行ってからもう四年か。
 四国に行った時の事を思い返し、恋月は感慨深げにつぶやいた。
「……ん? 何か用事だったんじゃないのか」
 突然大声で呼び止めた恋月に首をかしげ、修二は聞き返してきた。
 恋月はふと視線を戻し、ぐいっと腕を掴んで身を寄せた。
「用って程でもないんだけどね。明日休みでしょ、ちょっと付き合いなさい」
「何なんだ、GTか?」
 毒島に用事というとGTという色気のない返答に恋月はあきれつつも、あながち間違ってもいないので似たようなもんだと返しておいた。
 歩きながら、恋月は聞いてみた。
「……毒島、あんた私の事殴れる?」
「俺は女は殴れんな」
 ただし勝負やゴースト、とある特定の人物は除く。
 そういう修二と、殴り合ってみたいと思った。
 何かを吹っ切りたかったのか、それとも殴り合える関係になりたかったのか、殴り合う事でお互いの友情的なものを高める儀式なのか、それは恋月の心の奥底にしか無い答えである。
「じゃあ、ちょっと手合わせでもやってみない? それなら殴れるでしょ」
 恋月の頼みを聞いて、修二は足を止めた。
 何故殴り合う必要があるのか、そう聞きたげな表情であった。しばらく考え込んで、恋月はあの四年前の事を切り出したのである。
「四国の旅で、あんたが仕合してるのを見ていた。あれから何度も一緒に依頼に行ったけど、真剣勝負はいつかの誕生日で負けっぱなしだったからね」
 今はお互いに教師という立場につき、後輩を育てていく立場に移行するであろう。
 だから今のうちにリベンジを、と恋月は言った。
「そして、帰りにスパでも行って汗を流して、美味しい物でも食べて帰ろうよ」
 バンと毒島の背中を叩き、恋月は笑うのであった。

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参加者
芦夜・恋月(縛鎖の中で足掻く狗・b10866)

NPC:毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)




<リプレイ>

 食材、よし。
 調理用具、よし。
 キッチンも待合室も、片付いてる。
 今日の午後からは弁当屋には……誰も来ない。気を利かせている訳ではないと思うけど、どっちにしろ気を遣われても遣われなくても何とも言えない気持ちになったに違いない。
「じゃあ、出かけてくるよ!」
 芦夜・恋月(縛鎖の中で足掻く狗・b10866)はいつものように、弁当屋『樹雨の虹』から出かけていった。
 彼女が予約したのは、鎌倉市営の武道館である。比較的個人で使うに安価で、あまり気兼ねなく予約出来る。
 銀誓館の施設を借りると、何かと目立つし見物客が増えたりして落ち着かない。そもそも、今はクラブ活動の連中が使ってるしね。
 恋月は学生の邪魔をしないよう、結局この時間空いてそうな武道館にしたのである。
 道着に着替えて畳の上に座ると、一呼吸。
 周囲はちらほら、少しだけ子供達が組み手をしている姿がある位で、それもまばらであった。マジメに毒島くんと組み合ったら、怖がらせるかな。
 そう思い、子供の不慣れな組み手を微笑ましく笑顔で見守る。
 毒島は五分前行動だから、そろそろだろうか。
 恋月は対戦の事を考え、精神を落ち着けた。
「早かったな」
 そっと目を開けると、道着に着替えた毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)が立っていた。
「武道場に佇む武道嬢……なんちって」
 さすがに威圧感のある、+30cmが恋月を見下ろしている。その巨体は、週末の稽古に来た子供をも威圧している。
 ちょい引き気味の一般客を見回し、恋月は笑って返した。
「武道場に佇む、武道嬢……なんちって」
「『嬢』が男と殴り合いに来んのかよ」
 毒島も笑って返したから、恋月はほっと心を軽くした。
 稽古だから心配しないでねー、と恋月は周囲に声を掛けると立ち上がった。誰かが見ていても、関係ない。
 一端気持ちを切り替えてしまえば、ただ勝つか負けるか……その『終い』に向かった試合がただ続くのみである。
 戦った果てに、答えはあるのだろうか?

 途中でイグニッションをしなければいいが、と恋月は少しだけ心配しながら定位置に立った。カードを常に手放さないというのは能力者としての心がけではあるが、この際どこかに置いておいた方が安心かもしれない。
 試合……。これは試合、なんだから。
 そう言い聞かせるように。
「とりあえず、三本勝負にしとこっか」
「ああ。とりあえず、二分でどうだ。空手はだいたい二分だし、『実戦』でも120秒が基準だろう?」
 120秒、と聞き返そうとして恋月が納得した。
 おそらく、アビの活性化の関係での基準値だろう。いつもGTにいる毒島らしい判断に笑いが零れる。
 でも確かに、それが基準が一番分かりやすい。
 す、と周囲を見回すと誰もいなくなっていた。この体格差の男女の試合となると、さすがに皆逃げ帰るか……。
 自然、笑いがこぼれる。
 楽しいから笑うのか。
 嗤っているのか、そんな自分の心を。
「なんだ」
「……ううん、何でもないよ。やっぱり私は……」
 気持ちなんか、試合で計れなかったかもしれない。
 すうっと構えて、待ち受ける。
「さ、行くよ!」
 一本目、開始。
 恋月は真っ先に飛び込んでいった。やや手を出しかねている毒島と違い、恋月は積極的に攻撃に出る。
 正面からの跳び蹴りも、恐らく腕で受けた毒島にあまりダメージを与えられていないだろう。しかしそこで止めず、前進で拳と蹴りを叩き込んでいく。
 力比べじゃ、かてるはずがない。
 だったらとにかく、手数で押していくだけだ。
「撃ってこないの?」
 でも、毒島は武道系の結社をいくつか渡っていたはずだ。だったら何も男としか試合していない、という事はあるまい。
 仮にそうだとしても、今は全力で撃って来なければ恋月は気が済まない。
 身長差が在りすぎる分、恋月が毒島の顔面や胴にヒットさせるにはかなり無理なモーションを必要とした。
 頭部への拳を腕で受けた毒島に、恋月が静かに言う。
「私は狗だ。……今の私は女じゃない、狗だ」
「……そうか」
 承知したのか、毒島が頷いた。
 しかしまだ、そこから放たれる拳は弱い。
 恋月の体を揺るがすに至らず、そして交わすも容易であった。迷いの見て取れる毒島を制するのは、戦闘訓練の詰んだ恋月には実に容易なのである。
 ふ、と浮き上がると恋月は回し蹴りを毒島に喰らわせた。
 軽い体を生かした空中戦に、必然的に移行していく。
「元々タフな毒島くんなんだ、生身じゃこんな蹴り受ける位わけないはずさ」
 倒れた毒島を、恋月が見下ろす。
 よろりと立ち上がる毒島に、恋月が手を差し出した。助け起こす優しさではなく、第二ラウンドの前哨戦に近かったかもしれない。
 すると毒島は、何を思いだしたか笑った。
「……どうしたの?」
「いや、そういや俺も犬って言われてたなと思い出した」
 銀誓館に来る前の事である。
 すぐに喧嘩を売られる質の毒島は、何かに付け喧嘩をしていた。あまりに喧嘩を売られるので、売りそうな連中を片っ端から伸して回った事もある。
「そうしたら、毒島は狂犬だってよく言われた」
 そっちの『犬』か、と恋月も笑う。
 でも……そうか。
「狗と犬、ね。……ああ、うん」
 そうか。
 だから私はあんたを見たんだ。

 二本目。
 今度は前と同じようにはいかないだろう、と恋月も感じ取っていた。ここに立って、戦う事に喜びを感じる者同士、お互いを敵と認識したら最後。
 あとは倒れるまで戦うのみだ。
 毒島の拳は重く、そして体力を奪っていく。ふらつきながらも体勢を整えた恋月は、追って飛び込んだ毒島をかわしてその腕を取った。
「柔よく剛を制すって……ね!」
 ここ最近の毒島は、パワー重視でスピードに欠けている。だったらそのパワーを正面から受け止めずに、うまく流して攻撃に生かす。
 腕を取ったまま自分の身を後ろに下げると、引き倒そうと力を入れた。だが踏みとどまった毒島は、恋月の引きに釣られずに肘で打ち付ける。
「重っも……」
 引き倒すにも、相手が重すぎる。
 青龍の技で培って連携攻撃は、イグニッションしていなくとも毒島の攻撃に生きていた。体勢を崩した恋月に、蹴りを叩き込む毒島。
 容赦のない攻撃に、恋月の視界がくらんだ。
 武道?
 これは違う。
 倒れた恋月は、締め上げられながら思い出す。
 芦夜の歴史は、ゴーストとの戦いの歴史。能力者の出なかった祖先は、戦う術をただひてすら磨き続けて来た。
 その技が、私の中には宿っているんだ。
「終わりか?」
「ことわ……るっ!」
 ぐっと後ろに体を押し込んで毒島ごと倒すと、後転しつつ毒島の締めから抜け出した。ふらついた恋月を掴み、引き倒す毒島。
 さすがに反応……早い、な。
 押さえ込むより先に、恋月が横に抜けて逃げる。腕を掴んで毒島を伏せて押さえつけようとするが、恋月の体力も消耗してきていた。
 ……やっぱり駄目だ、うまく掴み技を入れないと。
 打撃技で攻める毒島の攻撃を流しながら、恋月はようやく懐に入り込んだ。ぐっと襟を取り、流すように引き倒す。
「体格差があっても……掴み技は有効なんだ!」
 渾身の力で、巨体を床にたたき付けた。
 三本目は、精も根も尽き果ててあっさり毒島の蹴りで意識を失ってしまっていた。
 実際は回り込んでの掴みなど、フェイントや小細工を含めて攻めていったが、三戦で既に体力が付き掛けていたのである。
 対して毒島はまだ余裕を見せており、動きが鈍っていた恋月への打撃技は体力をより消耗させた。
 意識が落ちたのは、多分数秒の間だろう。
 毒島が顔を覗いているのが、視界に入る。
「二勝一敗だ、てめぇの勝ちだ」
「…一戦目は手を抜いていたでしょ? フェアじゃないね」
 起き上がると、恋月は大きく深呼吸をした。ひょいと立ち上がろうとしたが、ふらりと足が崩れる。
 とっさに毒島が腕を掴むと、恋月は情けなさそうに笑った。
 フラフラになるまで戦うっていうのは、楽しいものだ。そう笑う恋月に、毒島も笑って頷いた。結局所、二人とも戦うのは大好きなのである。
「でも毒島くんは後ろで待ってる人が居るんだ。……前だけ見てちゃ、駄目だよ」
 結局狗なんだ。
 恋月は、それを痛感していた。くたくたになった体を、施設のシャワーで流して一息つく間、戦いの事を思い返していた。
 戦っていた間の恋月は、恋月という女じゃない。
 芦夜の狗だ。
 そこに、私が探していた答えなんかあるわけがなかったんだ。そこに居たのもまた、犬だった。戦う間の毒島と芦夜は、狗と犬の戦いでしか無かったんだよ。
 それは楽しい事であったけれど、やっぱり……。

 慣れた道を一歩、そして一歩。
 毒島の背に乗って恋月は、弁当屋への道を進んでゆく。あっち、とさす指の方に毒島は既に向かっており、そういえば弁当屋の場所を知っているんだっけと思い返す。
「しかし毒島くんの背中は大きいね」
「子供と大人くらい背丈が違うから、そりゃ当たり前だ」
 毒島は言い返した。
 こうしてここまで背負って歩いてくれたんだから、これは勝負は二勝二敗としてもいいかもしれない、と恋月はにんまり笑って言う。
「引き分けって事にしてあげるよ」
「なんだ、何かあるのか?」
「まあまあ、ちょっと弁当屋の料理とかけ離れたけど、怒んないでよね」
 話をごまかすのには、何か魂胆があるのだろうと毒島も思ってはいるようだが、さてその正体は弁当屋についてから判明する。
 からりと戸を開けると、毒島は休憩室の椅子に恋月を座らせた。
 しんとした弁当屋には、今は人がいない。
「学園祭とかで来たのと、雰囲気が違うな」
「今、出払ってるからね。……さて、御飯の支度しようか」
 腕まくりをして、恋月は冷蔵庫に向かう。業務用の大きな冷蔵庫から、嬉しそうに恋月が取り出したのは肉。そして肉である。
 その他、野菜なども用意してあったがメインは肉である。
「なンだ、ウチ飯っつったろ」
「これもウチ飯さ! それに毒島くん、肉って言ったじゃないの。ほーら、たっぷり肉をお食べ!」
 バーベキューの肉の匂いが、弁当屋から漂ってくる。
 どんどん肉を焼く。
 ロース、ひれ、サーロイン。
「ひれはいただきだ」
「あ、それちょっとしか無いんだから全部食べるのなしだよ! 勝ったのは私なんだから、ひれ譲りなさい!」
「たっぷりお食べって言ったのはまやかしか!」
「いや、お食べよ。霜降りサーロイン美味しいよ」
 あーん、とサーロインを毒島の口に持って行く恋月。しかし毒島が食っているその隙に、ひれは戴き、である。
 実は恋月だって、どこか美味しいものを食べにいこうと考えては居たのだ。
 本当だ。
 腕によりを掛けて作ろうとか。
「しょうがねぇな、ちょっと退け」
 のそり、と毒島は立ち上がって火元に移動した。ひょい、と恋月が覗いて見ると、毒島は焼き肉の残りでチャーハンを作り始めた。
 毒島唯一の手料理、チャーハンである。
「おー、毒島くんウチで働けるよ」
「おい、客に作らせる店がどこにあるんだ! …焼き肉だけってもの足りねぇだろうが、黙って座ってろ」
 ちょこん、と恋月は座って箸を握った。
 ニンニクの匂いが、食欲を誘う。
 なんだかんだ言っても面倒見のいい毒島のそういう所を見ると、恋月はつい甘えたくなってしまう。
「毒島くん、まーた出かけようね」
 チャーハンを待ちながら、恋月が声を掛ける。
 今度は海に行こう。
 海で、戦いの事も忘れて泳ごう。


マスター:立川司郎 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:1人
作成日:2012/06/19
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