<リプレイ>
「狸に変身できる能力者? ……うーん、ちょっと手がかりが少ないですね。探しに行くのは無理そうです」 出発前のミーティングで、もうしわけなさそうに晴恋菜に言われ、狸探し隊を結成した式銀・冬華(狸王万歳・b43308)、辻村・崇(蒼き牙を持つ幼き騎士・b63628)、蒼井・加奈(目指せ素敵なおねーさん・b75538)の三人は、がっくりと肩を落とした。 「そこをなんとかならんでござるか?」 狸の着ぐるみに赤マントというたぬ王ルックの冬華が懇願する。だが、同じく狸の着ぐるみをまとった加奈が「たぬ王さまー、理事長に迷惑かけたらだめなのよ」となだめた。 「理事長のぶんも着ぐるみを用意したのに」 「あ、じゃあ、それは着ます」 「え」 「みなさんは、すっごく狸がお好きなんですねえ」 いそいそ着込んだ晴恋菜が、三人をにこにこ見回して言った。 「は、はい。あんなにかわいくてユニークな動物は他にないですからっ」 ふだん元気な口調の崇が、いまは緊張して丁寧口調だ。 「だったら、あきらめないでください。思わぬところで、ひょっと出くわすかもしれませんから……」 三人がひきさがるのと、別の情報をもたらした能力者に、晴恋菜は顔を向けた。 「……あ、こんな姿ですけど、まじめに話は聞いてます」 晴恋菜が声をかけたのは、想魔・百合(高校生真ルナエンプレス・b82928)だ。 彼女は、魔術体化を完全制御した月帝と嵐王の愛の子である嵐帝なる存在が……という噂を知らせてくれたのだが。 「残念ながら、それについては他にまったく情報がないので、探しようがありません。でも……」 着ぐるみごしにだけれど、晴恋菜は、百合の手を包みこむように握った。 「ありがとうございます。……彼をつれもどそうとしてくれる、あなたの……みなさんのお気持ちは、とても嬉しいです」 そういって、うつむいて、泣き出しそうな顔を、長い髪で隠した。要するにシリアスになりすぎるのが照れくさくて、狸の着ぐるみを使ったのだろう。 「わたしたちは幸せですよ。……あなたたちが幸せを感じてくれれば、わたしたちも幸せになれるんです。だいじょうぶ。たとえ、見ることも触れることもできなくても、ここにいてくれます」 やわらかく、あたたかい風が吹く。 「でも、私も、一度決めたら何ひとつ諦めませんから。理事長先生にゆずっていただいた資料から学んで、私の信じる幸せをおふたりに、きっと」 晴恋菜はうなずき、そっと手を離して、百合との会話を終えた。相談すべきことは、まだまだ多いのだ。 晴恋菜がもたらした五つを、ずいぶんと越える多くの能力者集団の情報が寄せられ、ルートも変更することになった。検討の結果、日本から東に向けてではなく、西に向けて出発することになった。 晴恋菜は、いつものように身一つで旅立つつもりだったのだが、回る場所が増えたことともあり、例によってスティーブ・ロードが、コレクションから、大型輸送ヘリを何機かや豪華客船をいくつか融通してくれることになった。『たまに動かさないと調子が悪くなりますから』ということだ。もちろん、現地での列車などの予約もぬかりない。 現地合流を選択したものも何人かいるが、多くの者は、自分たちが絆を作る相手以外も見ておきたいと、晴恋菜との同行を望んだこともあった。 こうして、銀誓館の若者たちは、あらたな友との出会いへ旅立った。 「色々な能力者が集まって1つになり道となって、平和へ導けたらきっと幸せだと思います……」 アレックス・ザナンドゥ(高校生真魔弾エアライダー・b05408)の言葉が、行動をともにする全員の気持ちだっただろう。 「みんな揃って! 『庭井よさみと愉快な仲間達』出動〜っ」 ヘリに乗り込む前に、ばっちりポーズを決めている五人組がいる。 「……あのみなさんは、確かエジプトのピラミッドでも同じポーズでしたねえ。特戦隊さんでしたっけ?」 晴恋菜は、にこにことそれを見つめていた。 「え、あの時、理事長はたしか捕まって……」 「細かいことは気にしないで。さあ、行きましょう。探訪ツアーのはじまりです!」
● 猟理師〜中国奥地
ツアーは、あまり幸先のよくないはじまり方をした。西日本に、未来が見える能力者集団がいるという情報が、かなりの信憑性を持つほどの数、集まっていたのだ。 しかし、九州四国紀伊半島と訪れてみたのだが、すっかり空振りだった。未来が見えるがゆえに、まだ銀誓館と手を結ぶ時ではないと判断されたのかもしれない。その存在は、ディアボロスランサーすらかかわらぬまったく別の宇宙のできごとだったかのように、彼らは忽然と姿を消していた。 情報をもたらした面々には、望むなら探索を続け、望まないなら銀誓館へ帰還するように告げて、そこから本格的な旅がはじまった。 落ちこむ必要はない、まだまだこれからが本番だ。 さまざまな手がかりを検討した結果、西回りのほうが効率がいいだろう、ということになった。 大阪港で、豪華客船がみなを待っていた。日本海を渡って、中国大陸に上陸する。 そこからは高速バスをつらねて、奥地へ向かった。 「アンキモ! アンキモ! アンキモ!」 というふうにしか聞こえない、現地小数民族の方の言葉を、北神・鈴乃(みんなのおねぇさん・b10460)が和訳する。 「独自の技をもって、脚のあるものなら如何なる物も一級品の料理へと変える集団がいる、そうよ。ふふっ♪」 「四足なら机以外は食べる……っていう話のもとになった……幻獣魔獣さえも食べる能力者……猟理師(バトルコック)っていう噂」 足利・灯萌(奪ってもいいのよというか奪え・b32352)が、体力不足な途切れ口調で言う。最初にこの噂を知らせてきたのは、彼女だ。 「見つかったら、健康にいい料理はないか、お尋ねしてみましょうね」 晴恋菜としては、生徒の身を案じてしまう。思わずなでてしまいそうになったが、高一の女子に対してどうかと思って自重した。 バスは、中国の大自然へわけいってゆく。やがて、ゆったり流れる大河の岸辺にたどりついた。バスから川船に乗り換えたのは、猟理師を求める十人ほどの能力者たちと晴恋菜である。 緑の水面を、すべるように船が進む。この季節でも、寒さは感じない。 深山幽谷の彼方をめざし、まるで水墨画の世界だ。けわしい岩山が、柱や屏風のように立ち並び、複雑にねじれた形の木々が岩間から伸びる。 むろん人の姿などない……と思っていたが、ふと気がつけば、水面に浮かんでいる人々が、船を取り囲んでいた。 いや違う。彼ら彼女らも、乗り物を使っている。水面すれすれに浮かんでいるので見えなかったが、中華テーブルが回転しつつ浮かんで、その人々を支えているのだ。中国拳法の、軽功の応用だろうか。 狩人風の姿も、西洋料理のコック姿もいるが、やはり中華の料理人姿が多い。手にしているのは中華包丁や大きな鉄鍋が目立つが、回転動力炉がついていることからして、詠唱兵器だろうと、レイラ・ミツルギ(魔剣士・b48060)は推測した。 晴恋菜が、船の速度を調整する。長い旅で、あらゆる乗り物に精通している理事長には、会話に最適な速度にするくらいは簡単なのだ。 「そのほうらが、クッキングマスターかえ?」 砂原・明留(トップオブザワールド・b83070)が、声をかけた。それに答えたのは、当人自身と同じくらい大きな包丁を肩にかついだ、小柄な男の子だ。 「バトルコックとも呼ばれるけどモ、その名もいいナ。だが、ふつうには猟理師というネ。ワタクシ、猟理師総猟理長の張子鍋ヨ。チャンちゃんと呼ぶがいいネ」 チャンと名乗った少年は、たたっと水面を駆けて、銀誓館の船に飛びこんできた。 「さて、おまえたち。たったこれだけの人数で、我らが本山。司厨梁山泊に攻めこんでくるとは、よい度胸ね!」 「いやいやいや! 違いますから。戦うためじゃないですよ」 晴恋菜が、はげしく手と首を左右に振った。胸も揺れた。 「そうっす! どんなものでも、それが食材ならどんなものでも美味しく料理するって聞いたっす。自分の力で狩ったこの世ならざる存在を食材にすることができる力を持ってるって噂も聞いたっす。この世ならざる存在を使った料理を食べさせてもらいたくって来たっすよ!」 通・行人(まだまだ一般人・b73375)が、急いで理事長をカバーできる位置についた。 「さよう、いずこの宮廷料理人でもつとまる腕と聞いたぞ。妾に仕えるというならばこの舌を満足させてみせよ」 明留の言葉に、チャン総猟理長が、からからと笑った。 「囲まれて、上から目線。なかなか気にいったよ。でも、我らは、おのれで狩ったものしか料理せぬネ。狩ってきたものがあれば、料理してもよい」 じろっとあたりを見回す。幸か不幸か、モーラットなどをつれている者はいない。岩崎・茶話居(無気力の権化・b81009)の真サキュバス・キュア「菖蒲」が、彼の背後に隠れた。 足があるのだから、猟理師が食べることはできるはずだ。 「本当にゴーストも食べるんですか? 毒とかないんですか?」 晴恋菜がたずねると、チャンちゃんはうなずいた。 「毒消しはお手のものネ。そっちの兄ちゃん、聞いた噂の通りだって顔だね」 チャンが、茶話居に向かって言う。 「おー。そーだぜ。幻獣魔獣なんてすげえもんが食えるってから、だりーのも眠ぃーのもがまんしてここまできたんだ。ごちそうしてくれんなら、土下座もするよー」 「あのう、すごい料理をする方がいると聞いて、お姉ちゃんといしょにきた、桜郷・咲癒(夜桜の旋律姫・b02841)と言います。りょ、料理人なら、料理で語りあうしかないかとっ」 そう言って、咲癒がさしだしたのは、色とりどりのケーキだ。 「料理人といっても、パティシエールなんですが。いま、お茶をいれます。喫茶店をやっているので」 「ふむう。……で、そちらは?」 チャン総猟理長は、姉の桜郷・咲姫(雪桜の舞闘姫・b01888)を促すように視線を向けた。 「あたし……手順どおりに作ったんだけど……勝負とかにならないと思うけど。料理を作るのは好きなんだ」 おずおずとさしだしたのは、色とりどりの宝石を盛り付けたような一皿。 「これは、なんだ?」 「ちゃ……チャーハン……」 「ほほう」 チャン総猟理長は、驚きも笑いもしなかった。 「いただきます」 ていねいに手をあわせて、一口、ぱくり。 「ふむ。平凡な味だ」 そんな感想に、咲姫は、がっかりした。 「この特別な見かけで、この味をたもつのは尋常ではない。そしてこのケーキ……まだ未熟なところはあるか、我らの修行生に劣らぬ、高いポテンシャルを秘めている。我らとて、食してもらわぬわけにはいかんな!」 その言葉に、銀誓館のみんなが、わっと歓声をあげた。 水面をかけてきたほかの猟理師たちが、我先にと皿をさしだす。 そのうちの一皿、正体不明の獣肉をあぶり、どろっとした紫のソースをかけたものに、まず、足利・灯萌が手をつけた。 一口、ふくんで。 大きく目が開かれ、顔が真っ青になり、真っ赤になり、そして髪の毛が逆立った。 「うっ!? ………………美味い!」 そのリアクションに、残る銀誓館のみんなも、どっと皿にむらがった。 「これは……旨い!」 料理人の分際でと憤慨しかけていた明留も、折れざるをえない。 「元の姿については考えるのはやめて、純粋に料理の味と料理人の腕前を楽しもうか」 紅尉・双翼(正義ノツバサ・b28143)も、そう言いつつ、すでに箸を動かす手が止まらなくなっているようだ。 「よかったら、これを食材に使ってくださいませんか?」 レイラ・ミツルギがさしだした、日本の米をくわえて、妖獣とキノコの丼が完成する。 「これ……ファンガスさんじゃないですよね」 「ちがうと思います」 隣に座って食べていた理事長の言葉に、レイラはくすりと笑った。まじめな顔になって言う。 「理事長、エジプトでは大変お世話になりました。風さんにも助けてもらいましたし」 「みなさんがだれ一人欠けなくて、本当によかったです」 晴恋菜が、レイラの肩を強く抱く。風がふたりを、かかえこんだ。その気配を感じて、レイラはほほえんだ) (……体を助けられなくて心残りはありますけど、いっしょにいるのですね……) 「へえ! この栄養満天の固形ブイヨンで一週間食事いらずになったりするんやとさ」 猟理人のひとりと話していた天守・矜星(全てを振り切る灼熱の最高速・b67547)が、みんなに告げた。あらかじめ予習してきたマナーは完璧で、食への感謝も忘れていない。それによって好感を得て、いろいろ教えてもらっているようだ。 一人前の猟理師に与えられる『猟理師免許』は、IGCのような働きをするらしい。それゆえに、彼ら猟理師には「見えざる狂気」の影響が少ない。これは銀誓館が進めているIMS構築にも役立つだろう。 最初こそしくじったが、どうやら軌道に乗ってきたようだ。
● 龍陣忍者〜チベット
幻獣魔獣をともに狩って親交を深めることになった面々を残して、一行はさらに大陸東方へ向かった。 バスでは入れないけわしい山岳地帯を進みながら、チベット最奥地にいるという忍者集団の情報を確認してゆく。 「忍者といえば、日本のものだと思っていましたよ」 「もちろん、そうなんデスが。シカシ、わたしのようにアメリカンな忍者もタクサンいます」 「あ、ごめんなさい。失礼しました」 謝る晴恋菜に、かまいませン、とアリス・ワイズマン(龍の忍者見習い・b57734)は笑った。 「ヤハリ、日本にはニンジャの秘密がまだまだ眠っていまス。それを知りたくテ訪れた、とある古いお社の仕掛けを、タマタマ押したら、古い巻物を見つけましタ」 それは難解な暗号で記されていたが、アリスやヘイゼル・ローレンベルグ(静寂なる風の流れ・b54104)たちは挑むべき試練として受け止め、読み解いたという。 「何だか、古典の授業みたいだったね」 かくして存在を知られたのが「龍陣忍者」だ。 天と地に点在する龍脈を深く読み、儀式によりその力を操る術を会得していたらしい。 「晴恋菜君、それらしい伝承が当家にもある」 こう言ったのは、硬鎖禍・鴉皇(原始の闇を纏う存在・b15375)である。 「いわく『かつて天地の気の流れを読む者達あり。彼ら、儀式を用いてその太きを細め、細きを太め、もって天地の調和を保つ。また、その身を天地の気の流れと合一し、力山を抜き、技海を裂き、気天を割れり。これ、龍が化身と言得り』とな」 この伝承が龍陣忍者を指すなら、龍脈の力を吸い上げて、龍気を纏う技などを駆使するであろう。 「だが案じる必要はない。龍陣忍者がアリス君の見つけた巻物にある通りの者達なら、人々を思いやれる心を持つはずだ」 アリスやヘイゼルが解読した巻物には、龍陣忍者たちは、自らの力が余りに大きく、それが権力に取り込まれた時の危うさを憂えて、頭領は一族を解散させた。術を修めた達人たち、山を越え海も越え、世界に散ったという。 天地を安らがせるべく、世の影に忍びて働き、いつか相応しき者に全てをゆずらんと、巻物には記してあった。 「天と地の龍脈を読み、陣を描くことで力を操る。忍者とは言うけれど除霊建築士にも近い技術の使い手だったようね」 天鳥・てふてふ(真電脳魔女っ娘・b00248)が、知的にめがねを光らせ、アリスたちが得た古文書の解読内容を吟味する。 「ゴーストの発生場所をある程度誘導するような秘術についての記載も見つけたわ。敵を襲わせるための技として生み出されたものだったのでしょうけれど……」 途中で言葉がとぎれたのは、能力者といえどキツい崖を登っているさなかだったからだ。 眼下に高峰のいただきが広がり、吹きすさぶ寒風は零下に達する、チベットの奥も奥。常人は足を踏み入れることさえ考えられない、灰色の岩と白い雪の大地だ。 「……龍陣忍者の術があれば、今の私達なら、誘導した場所でゴーストと戦って倒すことで周囲を一度に守るといった使い方もできると思うの。龍陣の力を借りることが出来れば人々を守る手段をひとつ増やすことができるんじゃないかしら?」 そう思えば、この峻険を越える価値もあるというものだ。 「それと、頭から湯気出しつつ解読したことによると……」 暗号を解くのに参加した、御桜・八重(花手毬・b40444)も意見を述べる。 「どうも、龍脈の位置を感知することが出来るらしいの。だとすると、龍脈ゴーストの発生もわかるんじゃないかな?」 ようやく、はりだした岩棚にたどりつく。そこで、一休みすることになった。 「このへん、大陸妖狐の管轄じゃないかっていう気もするんだけど。龍脈をめぐって争ったりはなかったのかな。逃げる気になれば、むしろ簡単だったかもしれないけど」 讖在・瑠璃(科学人間・b11826)の少し不安そうな発言は、晴恋菜の笑顔に受け止められた。 「九尾さんとは、いろいろと話がついていますからだいじょうぶですよ。あの人たちは、運命の糸がつながらなかったか情報はないみたいでしたね。ウソではないでしょう」 微妙に、目が笑っていない。 のほほんとして見えても、やはり銀誓館の理事長。それなりに交渉経験はあるのだ。 「このへんに龍脈の交差があるというのは、じつは九尾さんからのネタでして。讖在さんのスーパーGPSがなければ迷っていたでしょう」 「そういうことでアイ・アンダースタンド。ウエルカム、みなの衆」 聞き覚えのない声が応じた。 狭い岩棚で車座になっていた十人と晴恋菜。その中にひとり、見たこともない若者が座っている。黒装束に、なぜか西洋の騎士兜。そこからはみ出た黄金の髪。 「おわっ?! いつのまに!」 銀誓館の能力者たちは、とっさに飛びのいた。晴恋菜をかかえて飛んだのは、面々中の黒一点。もしかして、これってオレのはーれむ? と調子にのりかけていたクラスター・ホール(赫色ヴァーミリオン・b41102)だ。 「すっげえ、完璧なニンジャだ」 クラスターが感動の声をあげる。 「ワレらまったく気づかせることなく入りこんでいたとは、恐るべきワザマエ。ニンジャ恐るべし」 アリスが、武器に手をかけたまま、慄然とつぶやく。だが、生粋の日本育ちである面々は、その言葉に微妙な表情である。 だって金髪に騎士の兜。 「サプライスさせて、ソーリー。しかしなれども、テイク・イット・イーズィ。拙者、バッドなものではなくそうろう。龍陣忍者、梟の五郎兵衛でござる」 「すっげえ日本人名前だ!」 とりあえず、そこからつっこんでみた。 「龍陣忍者は、父祖の地よりドリフトドリフトしてこのマウンテンズへ参って幾星霜。秘伝を残すため、人種はノープロブレムで弟子にしてきたのでござる。トルコ忍者、アメリカ忍者、カンボジア忍者、南極忍者と、さまざまなフレンドが、龍陣の里におる。オフコース、いちばんメニィいるのは、ジャパンの伝統を守る者たちだが。拙者、ステルスの術比べでナンバー1だったビコーズ、ここにいる。仲間たちは、アザーな術を得意にする」 「噂では、雨を降らせる術とか、そういうのだって聞いたけど?」 クラスターの言葉に、腕の中の晴恋菜が、はっと身じろぎをした。ストームブリンガーにとっては、相性のいい能力だろう。 「レインフォール。できなくはない。バット、それは武器の力が覚醒したタイムオンリー。我らのメインパワーは、龍脈をリード&クリアーすること。しかし、それによって世界結界の崩壊がニアレストとアイ・シンクしておった」 そう語る梟の五郎兵衛に、アリス・ワイズマンが進み出る。 「その術……未来の為、赤心にて求めに参りマシタ。如何様ニモお試し下さい」 だが、五郎兵衛は首を左右にふった。 「どうして?」 御桜・八重は手をさしだした。 「世のために、世界の影に住まうことを選択した人たち……。わたしたちと生きよう。この世界で。あなた達はもう孤独じゃない」 と、その目の前で、黒装束の忍者が突如として、巨大な龍に姿を変えた。能力者たちが息を呑む。 「どうだ……おそろしいだろう! おそろしければ立ち向かえ!」 脳裏に威圧的な声が響く。身を劈く様な一直線の衝撃が、みなを襲った。 だが、誰も攻撃はしない。 まず真っ先に、武器をおろしたのは、白鐘・北斗(高校生真カースブレイド・b83729)だった。 「さすが神秘的な力をふるう忍者さん……。世界結界が失われた後の世界は、大きく姿を変えることになると思います。その時のために、あなた達の力を貸していただけませんか?」 フィル・プルーフ(響葬曲・b43146)は、蜘蛛童・爆のリラの背をなでて、おちつかせた。 「名は体を表わすとは言ったものですね。そしていまこそ、臥龍が目覚め、咆哮なさるとき。これまでにも龍脈に関する様々な事件がございました。世界結界崩壊後には これまでとは比にならない数の力が目覚めるのではと危惧しております。どうかお力添えを願いたく」 その切々たる説得に、龍の姿は一瞬でかききえた。忍術による幻覚であったようだ。 「ふふ、これはソーリィ。やはり、テストなどノーニード」 兜に顔は隠されていても、微笑んでいるとわかる声だった。 「我が祖先がクリエイトした結界はイービルなハートをもつものは越えられぬ。ここにいる。それだけで、そなたらがハンドをたずさえるに足る証拠」 わあっと歓声があがった。 「このサミットに、我らのハイド・ビレッジがある。ウェルカムするでござる」 五郎兵衛に先導され、銀誓館の能力者たちは、ほぼ垂直の崖を登っていった。 シーナ・ドルチェ(ネミの白魔女・b67352)は、みんなから遅れた晴恋菜をサポートしようと近づいた。 「すいません。ちょっと胸がじゃまで……」 「……」 しばらく無言でゆく。 「記録で読みました。学園創設前に、晴恋菜さんと共に戦った方の中にも忍者さんいたのですよね。詳しくはわからなかったんですけど、晴恋菜さんにとってはどんな人だったですか?」 「……そうですね。いろんなことを教えてくれた先輩。……いえ、先生みたいなひとでした。ほんとうに、すべてをおそわりました」 風が、吹いた。吹き、過ぎて、そしてどこかへ。 シーナは、遥か頭上を見上げた。そこを目指してのぼってゆく場所を。深みのある青色の空が広がっている。 浮かんでいた雲が、どこからへと流れていった。消え去る。 (その姿が失われても、あなたがたの志だけは、私が、私達が受け継ぐから。……>嵐達よ、どうか見守って下さい、ね?) そして、シーナは、晴恋菜を支えて、力強く登りはじめた。
● ティーソムリエ スリランカ ●
ヒマラヤ山脈を下り、インドへと出る。その港で、スティーブが用意した豪華客船に迎えられ、能力者たちは海を渡った。彼らが向かうのは、スリランカ。インド洋の真珠と謳われるお茶の島だ。かつてはセイロン島と呼ばれていた。その名は、茶の品種にいまも残っている。 そこには、茶の効能を、人々の癒しに生かす能力者たちがいるのだという。 はじめにそのことを聞き込んできたのは、稲垣・幻(ホワイトティーリーブス・b36617)だった。 「ティーソムリエは『紅茶の父』と呼ばれるイギリス人を祖に持つ人々だそうです」 茶とその交易がもたらす利益は、さまざまな扮装で口実に使われてきた。アヘン戦争しかり、ボストンのティー騒動、近年でもスリランカにおけるテロの遠因にもなっている。 「そうした悲劇からの教訓と、お茶が持つ効能から、彼らはティータイムを護る存在として目覚めたんだそうです」 彼らについての情報は、茶と菓子を持つ文化、ティータイムを楽しむ人々の間でささやかれてきたという。 イギリス出身であるノエル・ローレンス(月夜のヴァンパイア・b47497)も、故国でその話を聞いたことがあるという。 「お茶のいい香りで……癒されそうです……。紅茶になじみがありますので……出会えたらいいな……と思います。スリランカの茶葉農園を拠点にすると……聞きました」 御鏡・幸四郎(菓子職人修行中・b30026)は、菓子修行でウィーンに留学中、マイスターからお茶を魔法の様に操る人々のことを耳にしたという。 「毒を抜いたり意識をクリアにする不思議なハーブティー。ティータイムを邪魔する不埒物を懲らしめる、熱い熱いお茶。何より彼らのお茶は安らぎと至福に満ちて心を癒してくれるとか。マイスターは御伽話と笑っていましたが、現実に会えるのなら素敵ですよね」 その人々に会える時にそなえて、幸四郎は手作りのスリランカ風ジンジャークッキーと英国風スコーンを用意していた。 「まずはお茶会を開きましょう」 スリランカの茶農園の一つにたどりついた時、晴恋菜は、まずそう宣言した。 「美味しいお茶とお菓子を広げていれば、たぶん向こうから来てくれます。……今回の旅は、そういうものになると、風が囁いてくれるのですよ」 晴恋菜がそう断言すれば、反対するものはいない。 気持ちのいい風が吹き渡る野原で、ティータイムの準備がみるみる整ってゆく。 「お茶好きな人に悪い人はいないと思うし、警戒の必要はないよねっ。私達もお茶への関心が深い事を示して仲良くなりたいねっ」 早見・恩(絆誓万劫シャレードガール・b72348)は、一口サイズのチーズケーキを用意している。 「未都お姉さんと一緒に理事長さんや皆の分も用意してきたよっ」 円・未都(藤風華想・b20117)は、この先世界結界が崩壊しても穏やかに過ごす時間を大事にしたいと思っていたそんなおりに、ティーソムリエ探索の話を聞きつけ、参加した。 (理事長さんも、旅の疲れを癒せる様な出逢いになるといいな<) そう思いつつ、稲垣・幻たちに、続き彩の茶葉を披露する。オリジナルブレンドだ。創作茶の愉しみには、無限の可能性が秘められている。そう思う未都は、茶に秘められた癒しの可能性が、運命の糸を結んでくれることを期待していた。 テーブルを運んできて、白いテーブルクロスをかける。それから、椅子も必要だ。 もちろん晴恋菜も楽しそうに準備を手伝っている。 茶には詳しくないからと、そういった準備に力をつくしていたテーオドリヒ・キムラ(風と共に在りし守護狼・b37116)は、自分が、理事長とふたりきりで、椅子を運んでいることに気がついた。 機会があれば言っておきたいと思っていたことがある。それを、晴恋菜に告げるチャンスだ。 「理事長。始まりに今を返すこと、俺、絶対諦めないから」 晴恋菜は、一瞬、なんのことだろうとテーオドリヒを見つめた。そして、それが『彼女の中にいる人と逢うために、努力を止めない』という意味だと気づいて、くしゃりと顔をゆがめ――しかし涙することなく笑った。 「でもね、わたし、これでけっこう幸せです。指先を触れ合ったり、瞳をあわせたりしなくても、いつでも一緒にいるって実感、ありますし。それはもちろんみなさんや世界が幸せになったら、いろいろお手伝いしてもらうのもいいんですけど」 そんな会話をしながら、ティータイムの準備が整った。そこで、晴恋菜が怪訝な顔になる。 「あれ? ひいふうみい……ずいぶんとテーブルの数が多くないですか?」 「それは、わたくしどもで用意させていただきました」 二十になるかならず、紅茶葉色の古風なデザインのスーツを、びしりと隙なくまとった人種不明の美青年が、優雅にお辞儀をした。西洋人とも東洋人ともつかないが、目鼻立ちは整っている。 「わざわざのご来訪、ありがとうございます。祖母の茶葉占いが、みなさまの目的とおいでになる時期を告げてくれましたのでお待ちしておりました。ティーソムリエにおいて、それを率いるマハラジャの称号を授かっております、セバスチャン・リプトワイニングと申します」 「紅茶の王……ですか」 呆然としていた稲垣・幻は、はっと我に返ると、あわてて返礼した。 そして、一杯の茶をさしだした。 「桜の花のフレーバーの紅茶を、今日の為にアレンジしてきました。きっと言葉よりもこの方が私達の事を分かってもらえるかと」 「それでは、遠慮なくいただきます」 カップを手にとった紅茶の騎士は、優雅な手つきで、まずその香りを愉しんだ。そして、一口、含む。 「ああ……これは……あなたがお茶を愛している気持ちがよく伝わってきます。そして、お茶が存在するこの世界を愛する気持ちも。まさしく、我らティーソムリエと同じもの。すばらしい」 紅茶の王が破顔する。それを受けて、幻もはにかんだように微笑んだ。 「では、我らのお茶も味わっていただきましょう」 紅茶の王が合図をすると、給仕服やウェイトレスの服に身をつつんだティーソムリエたちが、姿をあらわした。 人の背丈ほどの詠唱モートスプーンを手にしていた護衛たちもいたが、それはすぐに片付けられた。だが、茶葉を計る小さなスプーン『ドサール』や『ティーポット』、>茶葉を鑑定するときに使われる蓋つきの『テイスティングカップ』などの茶器も、回転動力炉がついている。 しかし、それらはすべて、戦い以前に、人を癒し愉しませることに使われていた。 「これも詠唱兵器なんですね……」 総六・逸(葉片風・b02316)は、そのシンプルで機能的な姿に、お茶を愛する一族の誇りを感じとった。 自分が用意してきた、お湯を注ぐと矢車菊や向日葵などの花が舞うセイロンティーをさしだす。まだ幼い少女のティーソムリエが、その可憐さを目にして、嬉しそうに笑った。 「世界には、信じらんないくらい苦いお茶や、谷底に咲くお茶も、あるそうです。出逢いませんか。………色々な出逢いに」 カップをかざして、ちんと触れ合わせた。 「いい香り……」 比企・古杜(蒼き月華ののばら・b58965)は、背の高い給仕服の青年がそそいでくれたお茶の香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。 「あれ、何だか……とっても眠くなってきたような……」 「OH! 小さなレディ、それはどこかに怪我か疲労が溜まっている証拠。このお茶の香りは、傷ついたものを癒しますが、眠らせてしまうのです」 それは単に長旅の疲れによるものだった。すぐに眠気はさめて、古杜は自作の、焙じ茶に桜茶、マンゴーのフレーバーティーを青年にさしだした。 「お茶がいつも傍らにあるように。この先私たちともっともっと楽しいことを一緒にしていきませんか?」 青年は、その言葉にうなずいてくれる。 三笠・輪音(夕映比翼・b10867)は、テイスティング用の茶器たちを眺め、つくづくと感じいっていた。 「やっぱり知識は一日にしてならず、なのねぇ」 女言葉に少し戸惑いつつ、落ち着いた年長の少女が、説明してくれる。彼女たちは、これらのテイスティングカップで、お茶の時間を妨害する悪と戦うのだ、と。 「そっか、テイスティングで選別する際に使うから。茶葉の特徴を際立たせられるし、何種類も同一条件で抽出できるから、戦闘時だと攻撃にも回復にも適切な効能のお茶をすぐに用意できそうね」 「茶の熱さも、悪を撃退する効果がありますしね」 そう言った年長の少女ティーソムリエは、輪音が用意したキンモクセイの花弁と香りのブレンドと、桜ほうじ茶を使ったシフォン生地のカップケーキに舌鼓を打つ。 それぞれのテーブルでなごやかな会話がくりひろげられていた。晴恋菜と、稲垣・幻そして菊咲・紅樹(小学生真サンダーバード・b74567)のテーブルには、紅茶の王と、その従者と名乗った少年がついている。 「お茶が好きなもの同士、仲良くなれたら良いなぁと思ってました。お茶の香りに、なんだか心がほんわかしてくるのです」 紅樹の言葉に、ティーソムリエたちむなずいた。 「わあ! 大きなモートスプーン! これも詠唱兵器? どれも可愛いのです!」 紅樹は、ナッツを混ぜたショートブレッドを作ってきていた。 「お茶とお菓子が繋いでくれたご縁が、もっともっと強く結ばれたら嬉しいのです」 「ええ、きっとそうなります」 セバスチャン・リプトワイニングは、紅茶そのもののように、身も心も温める微笑みを浮かべた。 彼らティーソムリエの茶は、見えざる狂気をもやわらげる、癒しの力を持つという。それは、これからの世界をおだかやかにするため、大きく貢献してくれるに違いない。
● ブックメイカー〜中東
銀誓館の旅は、きわめて順調だ。 ティーソムリエたちと、これまで以上になごやかに別れ(もちろん茶会をともにしたものたちは残っている)、晴恋菜は、銀誓館の能力者たちと一緒に、インド半島をぐるりとまわり、紅海に入った。 中東の砂漠にいるという、書籍にまつわる能力者集団と出会うためである。 ラクダを借りて、砂漠を旅しながら、その能力者集団についての情報が交換、検討されていった。 まず口を開いたのは、空存・永禄(天冲・b86171)である。 「北エジプトで駱駝に図書館船を引かせて遊牧している能力者組織があると聞きました。祭礼調整士という別名もあるということです」 「つまり、秘密の知識を蓄えている人たちなんでしょうか?」 晴恋菜の質問に、永禄は大きくうなずいた。 「古今東西多くの儀式の執行法を知っているとか」 その大半は、世に知らしめてはいけない危険な情報ということになるだろう。だからこそ、彼らは、誰にも捕らえられないよう放浪しているのか。 「私が聞いたのは、ちょっと違うかもしれない」 ラクダの乗り心地が悪そうなようで、そう言ったのは天見・日花(ソルカノン・b00210)だ。 「エジプトで戦った時に聞いたんだけど」 「ああ……あの時に」 晴恋菜にとっても、決して忘れることのできない戦いだ。あれも銀誓館の完勝に終わったが、敵味方が多数入れ乱れたため、さまざまな奇妙な目撃談が流れている。 「本の登場人物になりきる事で、自身の身体能力までそれに近づける戦闘技術、だったかな」 噂から聞いたスケッチを見せてくれた。美術を学んでいる者らしく、達者な絵だ。 「昔の記録が残ってるなら、相棒の由来も分かるのかしら。ねえ、オージェ?」 太陽の文様が刻まれた、愛用の魔剣に声をかける。 「私が知ってるいるのも、また少し違います」 おっとりのんびりした口調で、四辻・青葉(癒し手・b44486)が、祖母から聞いた昔話を披露した。 「本を作る魔法使いの話を聞いたことがありました。見たもの聞いたものを、綺麗な文字で、綺麗な装丁の本にするのが得意だったそうです」 「コミックマスターさんたちの、ゴーストライティングに似た本業能力かもしれませんねえ」 晴恋菜が首をかしげるのに、青葉は、のんびりとうなずいた。 「あらゆる文字の読み書きに精通していて、綺麗な字を書く人は尊敬の対象だそうです。綺麗な文字を書いたら好感を持ってもらえるかもしれません」 みんなが晴恋菜に期待の目を向ける。 「……そういうのは書道使いさんにお願いしたいと先生は思います。ほら、理事長だから板書はしなくていいですしね!」 何が言いたいのかは、おおよそみんな察しがついた。 器用そうな指をしているし、実際、料理なんかは得意らしいのであるが、人間、万能とはなかなかいかぬものだろう。 「僕も、エジプト神魔軍がカイロに攻めてきた時、見たって聞いたよ! 僕らと一緒に戦う派と様子見派で意見が分かれて議論してるのを聞いたって」 小さくて、ラクダをあやつるのが難しそうな静島・深夜(虹の手のひら・b84654)が言った。 「深夜くん、先生と一緒に乗りましょうか?」 「いや、だいじょうぶだよ、先生。ぼら、静夜。私と一緒に乗ろう」 静島・茅(紡ぎ手・b45688)が、よっこらしょと、深夜を自分のもとにひきとった。 「私が聞いた噂では、古代アレクサンドリアの図書館に起源を持つ能力者だと」 「忘却期の間に歪められましたけれど、大図書館は古今の情報をすべて集積するメガリスだったそうです」 魔法の時代について発掘を続けてきた晴恋菜は、それらについても知っていた。 「ほう? 図書館を擁していた王朝が滅んだ後は、蔵書の一部をメガリス『砂漠船』に移してサハラに消えていったそうだが。むしろ、図書館そのものが分割されたのだろうか」 今も砂漠の遊牧民の間で、何頭もの駱駝に引かせた図書館船の伝説が、まことしやかに語られているという。 彼らは、クレオパトラの美容法から、大根料理のレシピまで何でも知っている。 「みなさんが出会った知識を秘蔵せし書庫とも関係があるのかも」 「そうだな。私たちが出会ったと言ったらすごく羨ましがるだろうねぇ」 「銀誓館にも本はたくさんあるから一緒に行かないって、誘ってみればいいよ」 静島・茅にかかえられて、深夜が言う。 「僕、こないだ森で本を読んできたよ。面白かったー。ブックメイカーさんたちに会えたら、絵本をプレゼントするんだ」 リュックの中から、用意した絵本をとりだす深夜を、四辻・青葉も、ほっこりした表情で見つめていた。 「砂漠で読む本も楽しいでしょうね」 「ええと、じつは、こういう準備をしてきました」 ラクダを近づかせてきた日下部・真昼(織り手・b49306)が、すぐ脇を歩く、蜘蛛童の向日葵の背中を指差した。静島・茅が、その背中を見て、微笑みを浮かべる。 そこには、ブックカバーに『知識を秘蔵せし書庫』と書いた本がくくりつけてあったのだ。 「これは……素晴らしい工夫ですね……」 晴恋菜は、がんばって微笑んだ。ちょっと残念な子を見る目つきがまじってしまったのは、教育者としての彼女の未熟さゆえだろう。 「何か蜘蛛童にまつわるお話を知っていると良いなあと期待しているのです」 そういう真昼に、みんなが素直な笑みを向けた。 やがて砂漠に夕暮れがやってきた。本来なら、その時刻から旅立つべきだが、能力者たちならでは、昼の熱気にも耐えることができたのだ。 しかし、さすがに疲れて、みな口数が減っていた。 ちりぢりになりかけている中で、エドゥアルド・キサス(七月の三日月・b47389)は、晴恋菜と並んで、ラクダを歩ませた。 「理事長も大変だなぁ。もしかして、ブックメイカー、代償の解除方法を、教えてくれたりしないかな?」 「ううん、それは無理ではないでしょうか。それに、私は旅も好きですから。すっかりなれたので、代償がなくても旅を続ける気がします」 晴恋菜はにこりと笑った。ラクダがゆれて、肩がふれる。 そのぬくもりにふれて、エドゥアルドは、これを言っておこう、と思った。 「ねえ、先生。僕はもう両親が死んで長いけどさ。銀誓館に来てからは、みんな家族みたいで全然寂しくなかった」 晴恋菜が、真剣な顔で、エドゥアルドを見つめる。 「学園を作ってくれた理事長の事は、お母さんみたいに思ってる。本当に、ありがとう」 晴恋菜は、照れなかった。まっすぐに感謝を受け止め、そして感謝を返した。 「ありがとうございます。わたしも、みなさんのことを家族だと思っていますよ。いつまでも、どんなに世界が変わっても」 「うん。そして、そう思ってるのはきっと僕だけじゃないよ」 エドゥアルドは、晴恋菜の頭上の虚空を見つめて言葉を続けた。 「だから盾哉パパ、子供は数万人規模だから! みんな、親孝行頑張らないと、と思ってるんだ」 ものすごい突風が、エドゥアルドを無茶苦茶にした。髪もくしゃくしゃ、服も乱れている。まるで、強く抱きしめて、何度も頭をなでられたように。 その時、どこからか飛んできた紙飛行機が、こつんと晴恋菜の頭にぶつかった。 「あら、こんなものがどこから……」 それを開いてみて、晴恋菜は絶句した。 『やはやは! 銀誓館の人たちだね。うっふっふっふ、私たちの本にはなんでも書いてあるから、わかっちゃうんだぜええ! というわけで、どいてどいて、あっぶないよー!』 ざあああああと砂が盛り上がった。 「みなさん、離れて!」 晴恋菜の声に応じて、全員がラクダを走らせた。あやうく、砂の波に呑みこまれるところだった。小山のようなものが、砂の大地を割って、浮上してきたのだ。 石造りの船だ。オールのないガレー船のような形をしている。これは間違いなくメガリスだった。 と、その船腹が、ごごごごと音を立てて開いた。無数の本がおさめられた内部が、明らかになる。 そして、図書室の中央に、黒い布で目と手足の先以外を隠した女性がたたずんでいた。 ふっと、彼女のすぐそばに、白い大きな紙があらわれた。そこに、黒々した文字が、なんと日本語で書かれてゆく。 『自分さまは図書館船の船長にして館長だよーん! フミフミ・セシャトってゆーんだよーん。よろしくなのだーっ!』 こちらを見ている静かな瞳は、落ち着いた女性のものだ。そのものごしは優雅で、はっちゃけた文章とは、ギャップがあまりに大きかった。 「なんというか、画竜点睛を欠いて、美しいとは言い切れませんわね」 フランチェスカ・イノセンツィ(十一月の星・b47350)は戸惑っている。黒い女性、フミフミのまわりに、背負い袋や革鞄を持った青年たちがあらわれたのを見て、やっと落ち着いた。彼女が聞いた、放浪する賢者の憂さ輪と一致したからだ。 フランチェスカは、自分の名を告げ、使役ゴーストであるフランケンシュタインのヨアヒムにも挨拶させる。ヨアヒムは深くお辞儀をした。 「古代エジプト王朝の知識を伝承し、ミイラ作成の知恵によってフランケンが誕生するきっかけを与えたのはみなさんと聞きます。強化する方法も、ご存知かと」 『それを聞く? 聞いちゃう? うーん、知らないことはないけどね。けどもね、どうしようかな。知りたい?』 フミフミのかたわらに次の紙があらわれ、字が浮かんだ。 「ああ、素晴らしい」 感極まって、それまでのやりとりは無関係に、声をあげてしまったのは、ファリューシング・アットホーン(宙翔る双頭の鷲の子・b57658)だった。 「その大図書館に保管された書物は、年月を経ても風化する事なく最良の状態が保たれるのだとか。いま見たかぎり、それは事実のようだ。羨ましい!」 『いやー、そんなストレートに言われると照れるなあ』 と、文字では告げつつ、フミフミは静かにたたずむだけ。しかし、彼女をとりまくほかのブックメイカーたちは、プライドをくすぐられたのか、満足そうだ。 「でも、僕らの戦いの知識は、その図書館にはないのでは? そして、これからの世界のために、あなたたちの知識が必ず必要になると思う。一緒に来てくれないかい?」 ストレートなさそいだった。 あまりの本の多さに目を奪われていた、ルイーゼ・ハイベルク(赤袖を目指す者・b79708)も、はっと正気にもどった。 「沢山の本と共に各地を渡り歩く……凄く素敵です。訪れた土地の民に他国の知識や技術をもたらし、その土地の知識や風習を本として綴ることを繰り返して、各国の文化交流の手助けをしていたと聞きます。私たちとも交流してください。そういえばエジプト神魔のバステトさんはご存知ですか? あの方も、私たちのいる日本で暮しています」 『へええ、バステトたんが? あのひと、すぐ本にジャレついて破いちゃうから、こまるのよねー。彼女と一緒だっていうなら、どうしようかな』 ブックメイカーたちが、うなずきあう。本から文字を繰り出す「アンノウンワード」なる戦闘アビリティのかめをとったものもいた。 余計なことを口にしてしまったか? 銀誓館の能力者たちに緊張が走った、その時だった。 『ウッソぽよーん!』 わりと全員、その時はイラっとした。 『あ、ごめんね。わたしら、沈黙の誓いを立ててるもんで、初対面の人と会話するとテンションがおかしくなっちゃうの。なれたらふつうにもどるから』 銀誓館のイライラが顔に出たらしく、フミフミが、文章の調子をあらためた。 『……わたしたち、ブックメイカーは数千年にわたって、秘密の知識を守護してきました』 文字さえ重厚な雰囲気をまとう。 『観察したすべてを自動的に記録する能力を使い、あらゆる歴史を記述してきたのです。あなたたちのエジプトの戦いも。あの時は、古い慣習に縛られて、援助できませんでした、が。……いまは』 「いまは?」 空存・永禄が尋ね返す。 『あなたたちと行動をともにすることで、これからの歴史を、ダイレクトにダイナミックにしたためてゆくことになるでしょう。挿絵をお願いすることもできそうですし」 天見・日花が、まかせろとサムズアップした。この場のいる、ほかのコミックマスターたちもそうだ。銀誓館で待っているコミマスも同じ思いだろう。 「ブックメイカーさんも合流ですね」 晴恋菜は、ほっと胸をなでおろした。
● 黄龍拳士 アフリカ中央部
アフリカ! 人類の故郷ともされる、自然あふれる大地。むろん、さまざまな問題もかかえてはいるのだが、いまはそれに関わるのが本題ではない。いずれ。世界結界の崩壊による世界変容にともなって、いやでも関わることになるのだろうけれど。 いまは、独裁軍事政権などと遭遇して、めんどうなことにならないよう、潜行することに気を使わねばならない。 ほかのジョブを探し求めるものたちを、一旦、港に残し、黄龍拳士との手合わせを望む者たちは、大型バスで、大陸の中心部へ向かった。 現在の科学で、化石などから人類が産声をあげたとされる一帯だ。 「ここは、魔術考古学でも、人類がはじめて魔術師と呼べるレベルで、魔法を扱える者があらわれたとされています」 雄大な自然の中を旅しながら、晴恋菜の魔法史についての講義が続く。 もっとも、それをきちんと聞いている者はあまりいない。みんな、アフリカの自然を見ながら、まだ見ぬ黄龍拳士に思いをはせているのだ。 「獣の野生と人の知性を持ち合わせ、自然や動物と馴染み、その力とする。そんな能力者たちだろうか」 などと考えながら、窓の外を見ていた神薙・焔(ガトリングガンスリンガー・b62427)は、はっと目を見開いた。 草原を、象やキリン、シマウマといった草食獣、そしてライオンなどの肉食獣が併走している! 動物にかかわる仕事をしている焔には、通常ではありえない光景だとわかった。 「みんな!」 焔が声をあげた時には、みんなも気がついていた。 「人間もいるぞ!」 誰かがさけんだ。焔は、象の背中に腰に毛皮を巻いただけの男性が、すっくと立っているのを見た。 「考えていた通りの姿だ」 露出度が高いのは、ファイアフォックスには、なんら気になる点ではないが、同行している何人かは目をおおっている。 「どうやら、向こうからお出迎えくださったようですね」 晴恋菜が、バスを止めた。周囲は野生の動物に囲まれているが、銀誓館の能力者がその程度のものを恐れるはずもない。 バスをおりながら伊東・尚人(理の探求者・b52741)が「新たな流派に出会える事が嬉しいのは武道家の性なのでしょうね」と、武者震いしながら、つぶやいた。 大地におりたった、銀誓館の能力者たちは、それぞれに身構えた。ただし武器を手にしているものはいない。、 「あれ? あれ? みなさん、どうしてもうバトルの体勢なんですか?」 晴恋菜が、おろおろしている。 「我々の場合、真偽は拳で語るのが一番です」 尚人が、象の背からおりてきた男に、挑む視線を正面からぶつけながら言った。 「基本非暴力と行きたいですが、殴りあった方が手っ取り早いですよね」 秋月・那波(将来は伊東那波・b52976)が、尚人の言葉をさらにフォローする。 (パートナーのサポートに徹し点数を稼ぐ。これも花嫁修業の一つ) 「仲良きことは美しきかな。打算と見えて打算にあらず」 那波の内心の声を見ぬいたようなことを、黄龍拳士らしい男が言った。 「俺は遥か東方より来た拳士。この地で一番強い者との手合わせをお願いしたい」 緋勇・龍麻(龍の伝承者・b04047)もまた、武術を学ぶ者として、より強い者との戦いを望んでいる。更なる高みを目指すのは、あるいはエゴかもしれない。だが、その強き自我こそが、人類を旅立たせ、すべての幸せを追求させてきたのだ。 「うむ。その意気やよし」 アフリカの大地、そのもののように筋骨たくましい体躯の青年は、漆黒の肌をそなえていた。 「黄龍拳士第一師範、ダイヤモンド・ブルーストーク」 自然体で立ったまま、そう告げた。その立ち姿が、すでにかまえになっている。 「おまえたちの素性、語ってみせるがよい。ぞんぶんに聞いてやろう」 ダイヤモンドが、てのひらを開いたまま、腕を銀誓館の能力者たちに向けてくる。そのてのひらに、黄金色の光がともった。 「大自然の精気を、この身に宿して戦うのが黄龍拳士だ。我らにウソは通じない」 ダイヤモンドが、どんと足を踏みこんだ。黄金の光がほとばしり、まるで怒れる龍のごとく、尚人、那波、龍麻を襲う。防戦に徹した三人は、それをまずは受け流した。 「ほほう。我らの力を図ろうということかね? よほど自信があるようだ。なら、私ただ一人では失礼だな」 おうああああああああああああ! と、ダイヤモンドの喉から豊かな響きの咆哮がとどろいた。 すぐに地響きが轟き、象やキリンにまたがった、多くの黄龍拳士たちがやってくる。ダイヤモンドのような漆黒の肌だけではなく、あらゆる人種がいるようだった。 「我ら黄龍拳士は大地の声を聞くもの。この地を訪れ、地球の精気を感じたなら、出自は問わぬ。汝らも望むならくわわればよい」 「面白い!」 名乗りも忘れて、そのまま疾駆し、拳の技で語り掛けたのは、平良・虎信(荒野走駆・b15409)だ。 拳の連打、あるいは足技。時には絡めての投げ技もある。 それに応じた、小柄な黄龍拳士の技は、はじめは格闘技のようには思えなかった。黄金の光をはなち、ただ暴れているだけのようだ。しかし、見ているとそれがじつは、野性の動きをとりいれ、理にかなったものだとわかってくる。 小柄な拳士が、虎信のコンビネーション技をくらってふきとんだ。それを見て、満面の笑みをうかべた少女が、ライオンの背から一気に数メートルを跳躍してくる。 「実に楽しいぞ、なぁーっはっはっはっ! 何度でも何人でも、戦える限りは戦おうではないか! あァ理事長、おいそれと止めるなよ!」 晴恋菜は、苦笑して首を左右にふった。教師としては失格かもしれないが、これを制止するほど無粋ではない。 「魔術ありの異種格闘というのも、のってくれる人はいるかしら? 魔弾術士でも前衛はつとまるって見せてあげます」 掛葉木・はたる(閃陽薔花・b75297)が箒を手にして進みです。 それにドラミングで答えたのは、ゴリラに肩車してもらっていた少年だ。 「うほーっ!」 猿の動きでせまる少年に、はたるも引かずに駆け寄った。箒に宿した炎の魔弾を、零距離で叩きつける。だが、その魔弾は、腕に宿らせた黄金の光に受け止められた。箒をふりきったすきに、両足そろえてのゴリラキックが炸裂する。 すでに、乱戦の殴りあいだ。 庭井・よさみ(天を飛翔する大依羅の真龍帝・b03832)は、サイからおりてきた、大柄太りじしの青年と、たがいにひかぬ殴り合い。力まかせのぶつかりあいだが、地面に根をおろしたように互いに動かない。 「私も特戦隊のリーダーを張る者……退くわけにはいかん! 自分もええパンチしとるわ! しかし私も負けんで! 全力で行かせてもらうで!」 黄金の光と、黒燐をまとう炎の拳が激突する。 「タイマンとか泥臭いのは趣味ではないので、今日は保健の先生してるわね」 美咲・牡丹(緋牡丹・b05183)は、同期や後輩のなぐりあいを見守っている。ビーチパラソルとチェアで、簡易保健室というわけだ。 「怪我した人は、来て下さいね。シロちゃん、治してあげてね」 白燐蟲も待機中。だが、拳のぶつかりあいは、立てなような重傷の怪我人を生むことはなさそうだ。 「若輩者ですが、挑ませて貰います!」 礼儀正しく、輪廻・殺機(闇纏い生命輝く魔剣・b57185)は、第一師範であるダイヤモンド・ブルーストークに挑む。 殺機がはなつ、オーラをまとわせた拳を、ダイヤモンドはやすやすと受け止めた、ように見えた。だが、第一師範は、感嘆の表情だ。 足もとを見れば、数センチ、押しこまれている。大地の如き揺るがぬ芯を持つ黄龍拳士の第一師範たるものが……。 ダイヤモンドは、にやりと笑った。腰をおとし、象のごとくかまえた。黄金のオーラが、バトルモードにととのってゆく。 「お教え、いただきます」 決して臆することなく、殺機は、第一師範に挑んでいった。 黄龍拳士たちは、ほとんどが毛皮か布一枚をまとった程度。だが、銀誓館側にも同程度の露出度のものがいる。 たとえば山桜・麻里(花守くのいち・b35101)だ。 「くのいち麻里、参上です!」 彼女もまた、動物の力から学んだ『獣撃拳』で戦う。その攻撃力が高まると、たわわな胸が揺れ、すらりとのびた素足が舞う。 「あんた、きれいだな!」 いやらしさを感じない、さわやかな歓声を、対戦相手たる金髪碧眼の青年拳士があげた。 「きれいな相手と戦うのは楽しいぞ」 「えへへ♪ 私も楽しいです」 という言葉と同時に、互いの最後の技がすれ違った。紙一重の差で、麻里だけがふきとぶ。 ひきこしてくれた青年と、お互いを称え合うハグ。豊かな胸の感触に、青年が顔を赤らめていたが、それは麻里の視界の外のことだった。 「日本には、弓道という武術があってのう。こちらには弓を使うものはおられんか?」 佐川・鴻之介(湾曲男子・b20654)の呼びかけには、小柄な双子の少年が進み出てきた。 「弓は使わない。だが、我らのブーメランは、時には弓より早い」 「それは愉快な! ぜひ、わしと手合わせを願いたい。青葉、しばしおりておいてくれ」 鴻之介の肩に乗っていた、猫変身していた 倉澤・青葉(直線少女・b59474)が、ぽんと飛び降りた。本来の姿にもどって、地面におりたつ。 「あ、びっくりした?」 青葉が言うと、双子の一歩がうなった。 「うむ。姿を変えるとは、あやしい……」 「なら……」 青菜は、息を整え空手の型から拳を繰り出した。それに少年が応じる。 「うむ、このほうが我々黄龍拳士はわかりやすい」 「いざ勝負!」 青葉も少年も、動物の動きをとりいれた体術で戦う。 それを視野の隅におきつつ、鴻之介は、もうひとりの双子と、20mはなれて向き合った。 すばやく矢をつがえ、はなつ。同時に投げられるブーメラン。かかっと音がして、空中でぶつかりあって落ちた。 第二撃をはなつ機会を慎重にうかがう。 「ひとまず、そこまで!」 ダイヤモンド・ブルーストークの声が、大地に響きわたったのは、その時だった。 ケルベロスオメガのホロと呼吸をあわせ、姉弟の黄龍拳士とぶつかりあっていた四季・紗紅(白虎拳士・b59276)も、叩きこみかけていた白虎絶命拳を寸止めする。 「汝らの名は知らぬ。語られる言葉はこれから聞こう。だが、拳が告げた。汝ら、我らの友人にふさわしいと」 どどーっと動物たちが押し寄せて、ライオンがたてがみをこすりつけ、象がその鼻で銀誓館の能力者たちを持ち上げる。 こうして、黄龍拳士たちは、銀誓館と交流を持つことになった。 「良い勝負でした。ありがとうございました」 山吹・慧(想浄奏黒・b71495)は、自分と手をあわせた、白い髭の老師範に頭をさげた。 「ほかの拳士とも研鑽しているのかと思いましたが……」 「大地には朱雀青龍白虎玄武の四流があるそうじゃな。だが、我らは実はそれとは別の流れ。地溝帯の魔力によって見えざる狂気を防いでおるゆえ、交流しようにも出られなかったのじゃ」 やってくる拳士がいても、大地の黄金の気が感じられねば会えないのがさだめ。 「ですが、世界結界は崩壊しようとしています」 銀誓館の者たちは、かわるがわる現状を語った。 「なら、我々黄龍拳士も、外へ出るころあいということだな」 ダイヤモンドが、大きくうなずいた。 「銀誓館や中国大陸には、僕などより遥かに強い拳士がたくさんいます。 拳士の拳士による拳士のための武術大会など開ければうれしいですね」 若い黄龍拳士たちが、目を輝かせた。 「よろしければ、明日もまたこぶしをまじえよう。だが、いまは食事だ!」 黄龍拳士たちとここの動物は、大地からとれる不思議な果実、自然死した動物の肉を食べている。銀誓館の面々は、持ってきた食材で料理をふるまった。 中国拳法の六合八法拳をベースとした拳法で、これまで未知の黄龍の技と手をまじえたマオ・イェンフー(その漢トゥーハンド・b73520)は、汗を流した後、今度は中国料理の真髄を振舞うべく、包丁を手にした。 「さあ食ってくれよダチ公!これは俺からの礼だ!」 晴恋菜も、あれこれ指図している。戦っている時は、口数少なく淡々としており、しかしどこか楽しそうだった九頭龍・蓮汰(風の十二方位・b73547)は、てきぱきと動いている。 栗田・鈴霞(日次の木花・b85530)が、傷ついたものを癒すべく慈愛の舞を披露していた。彼女のあとを、なついたのか子供のライオンがついてまわっている。 食事の用意が出来るころには日が傾いて、夕食にちょうどいい時間だった。暗くなれば眠り、明るくなれば起きるのが黄龍拳士の暮らしだ。 「ふうむ、剣客とな?」 ダイヤモンドは、水原・風戯(禍福の風・b64135)の話を聞いて首をかしげた。 「大地溝帯から、めったに出られぬから世間にくわしくはないが……大昔、拳でなく剣をきわめようと、我らから離れた修行者がいたとか。あるいは、その流れを汲む一派かもしれぬ」 風戯は、自分の探索にもそれなりの光はあるのかもしれない、と思った。 「やれやれ、どうなることかと思いました。すっかり気づかれしちゃいましたけど、最後はよかったよかった」 「気の疲れを癒すには、気功法とかいいですよ、先生」 凪・龍一朗(写の位・b03508)が、晴恋菜に小周天法から大周天法までをレクチャーしてくれる。その合間に、龍一朗は言った。 「自分を見つめなおす、いい機会を与えてくださって感謝します、先生」 そして、ぽつりと続けた。 「絶対に失いたくなかった人を…残された世界に感じるのは。自己憐憫に過ぎますかね」 そんなことが言えたのは、今、彼の目に映るのが、地平線と夕日と晴恋菜だけだったからかもしれない。 晴恋菜は、龍一朗の目を見つめて、微笑んだ。 言葉で答えてもらう必要はなかった。
● 探偵騎士団〜ロンドン
黄龍拳士たちと共に、その身を鍛え続ける者らをアフリカに残して、晴恋菜たち銀誓館の能力者たちは、北上を開始した。 目指すはイギリスである。スエズ運河から地中海に入り、ジブラルタル海峡を抜けて、大西洋へ。クルーズは平穏で、船の中ではさまざまなゲームなどが行われて、みんなが親交を深めた。 晴恋菜は武内・恵太(真処刑人・b02430)がオススメの人狼ゲームに参加したが、誰かを告発したりするのが苦手で、戦績はさんざんだった。それでも、みんなとのやりとりは楽しかったようだ。進めた恵太は、ともすれば晴恋菜の眼鏡と胸に視線を奪われて、集中できなかったようだが。 (……三十路眼鏡巨乳とかマジ反則……) そんなこんなするうちに船は、イギリスの港に入った。上陸後は、列車で一路、ロンドンへ向かう。 霧の都にして、かつては魔術都市とも称されたこの大都会のいずこかに、探偵騎士を名乗る能力者たちがいるのだ。
移動の列車内でも、さまざまな意見交換が行われていた。 たとえばエルレイ・シルバーストーン(銀石の操霊士・b00312)は、探偵騎士の超予測能力について、こう推察していた。 「霊媒士の瞳が、ゴーストによる『過去』が見えるのでしょう。なら、探偵はゴーストによる『未来』が見えるのではないでしょうか」 探偵さんに出会ったら、イギリスらしくお茶会にさそってみたい、と彼女は言う。 相棒の黒ウサギぬいぐるみ、メビウスさんと一緒に美味しい紅茶とお菓子を楽しみながら今まで経験した密室殺人事件のことを話すのだ、と。 以前、神岡鉄道切雲谷駅で拾った推理小説を、こつこつ英訳してあるので、これがおみやげになるのではないだろうか。 列車で、たまたま隣の席になった綾之瀬・キッカ(エンジェルマヌーヴァ・b05633)が、その話を聞いてうなずいていた。ひごろひかえめな彼女が、つられたように内心を吐露し始める。 「私はぜひ、探偵騎士さんたちの能力を、運命予報士さん達に紹介したいんです。今までの、感謝を込めて、未来の選択肢を増やしてあげたい」 「それはすてきですね」 うさぎのぬいぐるみをだきしてめてエルレイがほほえんだ。 運命予報が失われ、運命予報士は一般人にもどり、そして人類全体と同じく能力者として目覚める。キッカは、その過程への不安をやわらげてあげたいのだ。 「……私の大好きな、尊敬する方が運命予報士なんです……彼もイギリス出身、なんですよ」 そこから二人の話題はイギリスのいいところあれこれ、に移った。 やがて、列車はロンドンに到着した。 駅におりたった能力者たちは、彼らを見つけるべく、ロンドンの街に散った。 卒業後は探偵をやるつもりという武内・恵太も、やっと巨乳眼鏡の呪縛をふりきって、探索に出かけた。 中茶屋・花子(クィーン矗フラワーチャイルド・b37343)は、運命の糸が繋がらなかったとは言え、育ってきたイギリスに面白い騎士団がいたとは、人狼騎士の一人として、出会いたいと、出かけていった。 「探偵とくれば俺達の出番!」 はりきっているのは、文月・裕也(太陽と月の着ぐるみ探偵・b33412)たち「文月探偵事務所」の面々だ。 ただし、その姿は探偵のそれではない。 赤いマフラーにをしたクロネコ着ぐるみだ。 着ぐるみ? 「今回は、俺たちが怪盗だ」 クロネコの着ぐるみは、怪盗としては目立ちすぎている気がするけれども、そこはあえて指摘すべきでないのだろう。 「私は、怪盗レッドキャットの格好でいきますよ」 緋薙・悠(緋月・b52942)は、マントに猫耳、体にフィットしたセクシーな黒の衣装だ。これも怪盗としては目立ちすぎ、いや目だってこその怪盗だから、これでいいのか。 彼らの作戦は、ロンドン名所の各地で、悪意の無い悪戯と共に暗号を残し、探偵騎士を誘導する、というもの。怪盗だけではなく、適宜、誘導できる証言を行って謎解きを手伝う「探偵班」もいる。 すでに犯行予告は、新聞に掲載済みである。「時は満ち大いなる歯車が動き出す」という暗号が示すのは、もちろん、ビッグベンと呼ばれる大いなる鐘である。 英文を暗号化したメモをたずさえて、すばやくのぼる。高所作業は危険だが、エアライドがあれば問題はない。 「世界結界ごめんね!」 ビッグ・ベンに、ピンクのリボンをかける。もちろん可愛く蝶々結び♪ それを終えた時点で、かつかつかつと靴音が響いた。 「え? まさか、もう気づかれた?」 ぴりぴりぴりっと、ロンドン警官の警笛が鳴り響く。 「ロンドンの探偵は、警察と協力するのが伝統ですわ」 さわやかな女性の声。 どうするべきか、裕也と悠は迷った。探偵騎士と接触するなら、あっさりつかまるべきか? 「あら、素直につかまるような怪盗さんは、長くおつきあいする価値があるのかしら?」 これは、挑戦されているのだ。 二人は、能力者としての力もフルにつかって、その場を逃げ出した。 そこに残したヒント「未来を見渡すこの地の瞳よ」が示すのは、大観覧車ロンドン・アイ。 さて、そのころ。 ビッグベンの下で、探偵を誘導しようと待ち構えていた、八幡・鋼鉄(心地よい住環境を貴方に・b80128)は、いささかあせっていた。予定していたより早く、警官隊が突入していたからだ。 「おやおや、ビックベンの上から飛び降りた黒猫がいますねえ」 鋼鉄が言うはずだったセリフを、すぐそばにいた丸々と太った神父に言われた。 「久々に歯ごたえのある相手ですかな、神父」 ちょびヒゲを生やした、やはり太った紳士。 「うちの村にも、着ぐるみが大好きな子がいましてねえ」 上品そうな老婦人が言う。 「警察の父に連絡しておきましょう。無駄な労力を費やさないように」 作家然とした青年が、帽子をもちあげて、鋼鉄に挨拶をした。 「もしかして、何か拾っておられませんか?」 鋼鉄は、あわててヒントのメモをさしだした。なんだか、すべて見透かされているようでシャクだが、呆然と見送ったりしたら、それこそ負けだ。 「僕も一緒に行ってええかな?」 「むろんです。我らは、本日はただの見物人」 そうでないと世界結界にひっかかりますから、と、ぽつりとつぶやかれた。 その真意を確かめる間もなく、ロンドン・アイをとりまく広場に。 ここで、鋼鉄を目印に、鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・b81451)と森之宮・竜胆(月陽炎の戦帝・b82506)が合流する予定だった。偶然に同じゴンドラに乗りこんだふりをするはずだったが、老婦人に『そちらの若い方もご一緒に』とさそわれてしまった。 ポアロ、マープルが登場する小説本を持ってきていた竜胆は、あわわわと本を取り出して、いまにもサインをねだりはじめそうだった。 「ちがいます。わたしたちは、ただの年寄りと、つきそいの若い人でロンドン見物」 老婦人に、やんわりと制止されてしまった。 さて、ロンドン・アイを水性ペイントでカラフルにした、悠ことレッドキャットと、クロネコこと裕太が、警官隊と追いかけっこをくりひろげている。 ここでは脇差が、ヒントつきの黒猫ぬいぐるみを落とす手はずだったが、その時間を与えてくれるように、乗り合わせた紳士たちは一斉に外を見た。 黒猫の暗号を見つけた、神父さまは、やさしい笑顔を三人に向けた。 「さて、どう思います?」 三人が、推理の手助けをしようと意見を出すと、老人と青年から、その斜め上の発想が飛んできた。 書いてる途中に飛んだソースのしみを竜胆が指摘し、こちら向きに進むという意味ではなどと言うと、大きな虫眼鏡をとりだした青年が「ここにごく小さな文字が」と言い出す始末。 充分に移動時間が稼げたくらいの頃合で、仕込まれた暗号「集え真実を求める探偵の館へ」が導き出された。 老人たちは、みんな楽しそうだ。鋼鉄、脇差、竜胆も、ワクワクしはじめている。 そして、最後にたどりついたのは、ベーカー街にある、ホームズ博物館だ。 「ここを、次に犯人が」 脇差が勢いよく扉を開ける。 ぶぎゅっと嫌な感触がした。 「……なに?」 恐る恐る裏側を覗くと、暗号紙片を持ったまま倒れている黒猫着ぐるみが。 「……見なかった事にしよう」 目を逸らしたら、ちょびヒゲの御仁と目があった。 「ムシュー? 我々も見ておりませんぞ」 「怪盗淑女参上!」 場の空気をなんとかしようと、レッドキャットがあらわれた! 無理がある! 「我々、探偵騎士団の本拠を襲うとは、勇気のある怪盗さんですわねえ」 ほほほと笑って、縦ロール金髪の美女が姿をあらわした。ビッグベンで聞こえた声のぬしだ。鳥打帽と、タバコの入ってない伊達パイプ、インバネスコートで男装している。 観光客のふりをして、仲間をサポートする予定だった木花・葬汰(孤高の羅刹・b83651)が、いそいで駆けつける。 「超予測能力で、事前に把握されていそうな気もしたが、やはりそうだったか」 「いえいえ、そう便利なものでもありません。新聞の予告のおかげです」 「久しぶりに楽しめた。ちかごろは殺伐とした事件が多くて」 「ええ、黄金時代のようでドキドキしましたわね。ありがとう、お若い方」 老人たちや青年が、口々に「文月探偵事務所」の面々に礼を言った。 「というわけで、探偵騎士倶楽部にようこそ。わたくし、お世話役をつとめております、シャーリィ・アドラーです」 縦ロールの美女が、一瞬でコートをぬいでドレス姿になり、一礼した。 ホームズ博物館の秘密の扉が開き、地下の倶楽部に、銀誓館の面々が招きいれられる。 他にもそれぞれの探索手段で、ここにたどりついた者たちがおり、そしてまだロンドンをさまよっていた晴恋菜たちにも連絡が飛んだ。ロンドンの地下鉄の、チケット自動販売機は、日本語表示もあるので使いやすい。続々と集まってきた。 天峯・叢(霧の騎士・b49920)は、ぶつかってきた「本を抱えた老人」が、探偵騎士の変装だと、以前読んでいた探偵小説をヒントに見破った。 「初めまして、名探偵。俺の名前は天峯叢。君のお目当ての……銀誓館の一員だ」 老人は、背をしゃんとのばして、にやりと笑ったという。 「銀誓館という謎に満ちた存在に、あなたがたが興味を惹かれない筈が無いと思っていた。まずは……『ベーカー街221B』に案内してくれないか?」 探偵騎士にも、少年探偵団的な存在がいるのではないか、と推測した掛葉木・いちる(翔月六花・b17349)は、日本の笛ガムや色変わりする飴、玩具入り煎餅で彼らと仲良くなり、日常の謎解きを手伝って、ここまで案内してもらったという。子供がはいれないお店に潜入するはめになって恥ずかしい目にもあったようだけど。子供目線のロンドンは、裏通りも楽しかったようだ。 いちばんシンプルだったのは賈・芳花(砂薔薇は雨に歌う・b51630)とシーナ・アルファッド(まだ遠い光・b58350)。 コートに帽子、虫眼鏡といった姿の相手を探したり、書店や駅で『探偵騎士団を探してる』とメッセージを残したりしていたが、結局は「なあ、シーナ。サーベルと思ってたけど、ロンドンの探偵はステッキかな?」と、よそ見したまま芳花が話しかけたら。 「わたしはパラソルを愛用しています」 と、若い夫婦の、奥さんのほうに答えられた。夫婦探偵だったのだ。 こうして、探偵騎士を見つけ、銀誓館の生徒たちは集まってきた。 「いろいろご教授願いたい!」 駆け出しの探偵である蓮見・永治(死なない青年・b01537)は、できることなら自分も探偵騎士になってみたいと思っているようだ。 「こちらもみなさんの興味をひけそうな謎を提供できればと思ってる。鉄道の時間が正確な日本特有の、時刻表トリックなんかどうだろう?」 「鉄道にまつわる事件は解いたことがありますけれど、日本の列車はそんなに正確なの?」 「雪で一日閉じこめられたりはなさそうですな」 老婦人と、卵みたいな頭のヒゲの紳士が興味を示した。 「日本の銀誓館学園から参りました。僕達の謎が、皆様のお眼鏡に適えば良いのですが」 天河・亜留(琥珀の真月・b82980)が、世界結界とその崩壊について語る。 「銀誓館学園は幾多の戦いを通じて、世界結界に隠された歴史を垣間見ました」 「アレキサンダー大王の遠征、日本の源平合戦、ジハード……その実像は、現代で知られているものとは異なります。どうでしょう、学園でそれらの戦いの記録を調べていただけませんか? そして隠された歴史のミステリーは、まだたくさんあるはずです」 亜留と同行していた長月・綾女(闇に満ちる月の姫・b82525)は、過去に対して未来を語ろうとする。 堂々胸を張って、というか堂々すぎてそりかえりぎみになりつつ、探偵騎士達に向い合う。 「妾、お主らに世界最大の謎を持って参ったのじゃ! 聞いての通り、世界を覆う帳は程無く崩れるのじゃ。その先、神秘の中で生命がどうなって行くか。そして、それに先駆者たる我々はいかに力を貸すべきか。お主らの謎を解く能力、未来の為にいかに役立つであろうか。…それが、我ら銀誓館がお主らに提示できる最大の謎なのじゃ!」 作家然とした青年が、綾女の言葉に微笑んだ。 「興味深いですね、レディ。もしかして、王族につらなる方ですか?」 誰でもわかりそうだが、それに綾女は感心した。 「さすが名探偵。いかにも! 月の貴族として、妾はこの世の安寧を願うのじゃ。名探偵よ、貴き務めに懸けて、如何にしてこの謎を解かれるか?」 「時をいただけますか、レディ。しかし、必ず」 その返答に、一気に場の空気がなごんだ。 ロンドンを訪れるのが、今年4度目になる東郷・緋邑(閻魔の使徒・b62361)は、まだまだ訪れる名所があったのかと、ワクワクしている。 「今までで一番の難解な事件ってどんな事件ですか? でれば事件のあった場所とか案内してほしいなあ」 「いいとも、あとでね。それより、きみの言う……シンラソウロテイ? のことを聞かせて欲しいね」 緋邑とペアを組んでいた舞城・弓矢(煉情・b57728)も、名探偵たちと、楽しげに話している。今までの事件の話を聞き、自分たちの能力を教えていた。黒燐蟲に驚きの声があがる。探偵のひとりが親切に申し出てくれた。 「後で、ロンドン事件現場巡りをしよう。記念写真もね。まずは、ここで」 騎士団の倶楽部、暖炉をそなえた談話室で、弓矢と緋邑で、ぱちりと一枚。思考する機械のような教授をはさみ、隅に老人がひとり映っている。 拠点には道場もあった。頭脳勝負の名探偵だが、肉弾戦もこなせる者は多い。 秋風・なつき(雲の絶え間より漏れ出づる月・b03469)は、バリツの型を見学して、感激していた。 「悲劇を阻止したいという想いは一緒のはず。私たちと手をたずさえてください」 久世・洋介(白燐蟲使い・b08285)は詠唱兵器をとりだし、それについて説明している。 探偵騎士にも、本業能力やアビリティはあるが、どうも詠唱兵器などは、あまり使っていなかったらしい。手にとってしげしげながめているが、説明するまでもなく理解はしたようだ。 「息抜きに1ゲームどうっすか?」 武藤・旅人(幻惑の微笑年調伏士・b11445)は、紅茶とお茶菓子をかたわらに、将棋盤を広げた。 「お相手しよう」 さすがに、運のからまないゲームとなると、名探偵は強い。だが、旅人も戦争の実戦経験がある。ゲーム経験より、精神の強さで、追いつめられてもあせらない。 「ふむ、なかなかの戦略眼だね。わたしは幽霊狩人と呼ばれたこともある。ゴースト絡みの謎解きが多くてね。聞きたいかね」 「ぜひ、お願いするっす!」 「妖怪博士、あなたの経験談も聞かせてあげてください」 遊戯といえば八重咲・凛々花(月夜に咲く桜花・b51904)は、これまで自作したTRPGシナリオで溜め込んだ、とっておきのリドルを次々に出題しては即答されている。 「……なん…やと…この前、これで1時間近く時間使って進行巻いたのヤツやのに……」 「リドルの扱いは難しいからコンベンションでは注意したいね」 テーブルトークRPGを遊んでいる探偵もいるようだ。 「流石やねぇ。ウンじゃ、こっちが本命な<。ウチの過去が謎やねん。どうにかして、調べられんかな? 出題者本人が答、分からんのやけどね」 苦笑する凛々花を、人の心を見抜くような目を持った男性が見つめた。 「手がかりなしには無理だ。けれど……世界には優しさゆえの謎もある、それは覚えておくといい」 談話室の壁によりかかって、氷采・陸(瑠璃色ニュートラル・b28712)は、世話役のシャーリィ・アドラーと話していた。完璧な英国英語だ。 「私は世話役ですの。探偵騎士団にリーダーはいませんわ。父さまをはじめ、他人の言うことを聞く人たちではないので」 「でも、この国は紳士の国ですものね?」 「それを言えば、なんとかしたがってくださるので、どうにかなっておりますの」 本名で呼ばれると怒る中茶屋・花子は、言わずとも「初代クィーン☆フラワーチャイルド」と呼びかける探偵の推理に感嘆している。 紅・零(想いを力に思考を行動へ・b39910)や真月・マサト(中学生月のエアライダー・b47415)らもそれぞれに、丁寧な自己紹介に続いて、これからの世界についての危惧を語って、協力を頼んでいた。 これからの世界で生まれる、新たな命と新しい謎を守るために、と頭をさげている。 成上・瑞羽(唄運ぶ藍風・b61342)は、日本古来のトンチで挑んで、探偵同士に『その解決はフェアかどうか」の論争を巻き起こしてしまっている。 なんとかおさめて『事件を未然に防ぐ力を、未来と言う謎を解くため貸してほしい』という本論を語ることができた。 椎名・悠(深緑のねぼすけ娘・b20132)は、銀誓館にはいろんな背景を持った、解きがいのある謎を持つ学生がたくさんいる、とさそっていた。妖獣相手の興味深い謎なんかなかったか、面白そうな話を聞いている。 人狼騎士であり、探偵に憧れる雹牙堂・カイナ(誇り高き守護騎士・b67028)は、ロンドン各地での探偵騎士団の戦いについて聞いていた。 探偵騎士に対抗する悪漢騎士もいて、首魁はモリアーティという名前だとか。ホワイトチャペルの一角には、凶悪な地縛霊ジャック・ザ・リッパーが今でも出現し、まだ決着がついていないとか。幽霊屋敷や呪いは、この大都市のあちこちにある。 まさにロンドンは、町全体がゴーストタウンといって過言ではない。それが大きな悲劇につながらなかったのは探偵騎士の活躍だ。 「イギリスで名探偵と言えば、いちばんに思い浮かぶ人がいるけれど。あの作者もやはり、騎士団の一員だったのかな……?」 レンフィート・ディアレスト(ノブリスエゴイズム・b69074)の質問に、シャーリィ・アドラーはあっさりこう答えた。 「あの人は、ただの一般人。父さまの記録を、あたりさわりのない形式にあらためて発表しただけです」 「あなたの、お父さん?!」 「ええ。父は見えざる狂気にとらわれて出奔してしまいましたが。探偵騎士がその呪縛を逃れられるのは、この倶楽部にいる間だけなのです」 老人が多いのに、探偵騎士たちが正気をたもっていたのは、そんな秘密があったのだ。そして、彼らの活動がロンドン近辺に限定されていたのも、それが理由だった。 「でも、みなさんの話を聞いて、わたくしたちが、世界に出る時だとわかりました。どうか、これから、よろしくお願いします」 探偵たちが、ノンアルコールドリンクや、ダミーのタバコで、乾杯する。 たまたまそのタイミングで、部屋の中央にいた敷島九十九式・新都(ロングショットオーディナンス・b81466)が、銀誓館を代表するようにそれに答えた。 「人一人では出来ることなんてせいぜい限られているが、多くの人々の力を借りることで大きな事が出来るはずだ、おっと、名乗るのを忘れてたな 俺は敷島九十九式・新都だ。よろしく頼むぜ!」 やがて、気のあった者同士、ロンドンの街へ出て観光することになった。 探偵騎士には、イギリス外からくわったものもいる。鳥辺・睦那(夢綱の操奏者・b36839)が、日本の方がいるなら、と言ったので、ぼさぼさ頭の日本人が、つきあってくれることになった。睦那がさしだしたお土産の寄木細工の小物入れを見て、なつかしそうに目を細める。 するすると50数手の手順を解いて、開けてしまった。 「いや、複雑な手順の事件を手がけたこともありましてね。水車を利用したトリックとか」 鷹峰・京護(国護りの影祓い・b04005)が、興味深そうにうなずいた。あまり探偵になじみがなく、この名探偵についても事前に簡単に調べた知識しかないが、そのぶん話が新鮮だったようだ。 「まずは腹ごしらえですかね」 もじゃもじゃ頭の探偵が言う。 「イギリスの料理は些か不安。おすすめものとかありますか?」 草薙・藤次郎(真水練忍者・b01852)が尋ねる。 「じつは、英語を身につけたのはロサンゼルス留学時代でロンドンは日が浅くて。しかし、パブでフィッシュ&チップスを頼めば外れるということはありません」 もちろんアルコールは抜きでだが、道中にあるミステリー小説によって結果の変わるゴーストタウンなどの話、鳳・流羽(門吏の符呪士・b03012)が提案した絵や文字の書かれた紙を他の人に見せ、もらったヒントで書かれたの内容を当てるゲームなどで、大いに盛り上がった。 そのパブには、別の組もいくつか訪れていた。 塩原・朱理(赤烏・b00975)が、オタク系知識の豊富な探偵たちと、それ系の話題で盛り上がっていたのだ。推理するまでもなく、お互い同類だとピンときたらしい。 飲み物を取りに席を立った朱理は、そこで晴恋菜にぶつかった。 「そういえば理事長。忍者の使役といえばカエルっていうのもメジャーなネタだと思うんですよ。今度お会いした時には、カエル妖獣を使役している忍者達の情報を持ち帰ってきていただければ、と思います」 アルコール抜きで、会話に酔って高揚している朱理が、口走った言葉に、晴恋菜は大真面目にうなずいたのだった。
● ティル・ナ・ノーグのクラウソラス〜アイルランド
探偵騎士たちと交流を深める面々を、ロンドンに残し、新たな能力者を求める者たちは、海峡を渡って、アイルランドへとたどりついた。 妖精たちの住まう伝承の地、ティル・ナ・ノーグ。ダーナ神族(トゥアハ・デ・ダナン)なる神々がすべる、神秘の地だ。 もちろん、神話のままに妖精や神々がいるわけではない。なんらかの能力者の存在が、忘却期に伝えられるうち、そういった神話に変化した可能性はある。 真妖狐の雪吹・玲螺(うちゅうもーらっとひろいん・b61805)は、忘却期以前、封印の眠りにつく前、それらしい存在について寝物語に聞いたことがあるという。 西の果ての英雄妖精は、妖精犬や妖精馬を従えており、それはそれは美しく優れた猟犬や騎馬なのだと。 「おそらくそれは、使役ゴーストではないです」 玲螺のモーラットヒーロー、しらたまに、よじのぼられながら、晴恋菜が言った。背中からよじよじして、肩から頭のてっぺんにとびのってきゅっきゅもふふ。この程度で動じるようで、銀誓館の理事長はつとまらない。 むしろ自分がもふっぷりを愉しんでいる晴恋菜である。 「おそらく、馬や犬は、何かの魔法で呼び出される仮想存在……彼らの本業能力で作り出される一時的なものじゃないでしょうか」 「俺が聞いた話では、彼らは四種の神器なるものを持っているそうだが……」 ティリオ・ウィスペランサ(黄泉路へ誘う者・b85353)の言葉にも、晴恋菜はうなずいた。 「ええ。ティリオさんの推測通り、それはメガリスだと思われます」 神話に登場する武具や魔法の道具は、太古のメガリスの記憶から生じていることが多い。『運命の石』や『無限の大釜』など、力となってくれそうな品もあるが、メガリスは便利だが危険なものでもある。 黒菱・涅雅(覇鬼・b62200)も、それらの神器について調べている。 「言ってみりゃ、連中は妖精騎士ってとこか? 神話に出てくる武器は、装備可能な武器に関係しているかもな。魔剣クラウソラスとかは長剣に相当するのか」 「それがですね」 晴恋菜は、めがねをくいっとあげた。 「ロンドンで入手した古文書に、アイルランドの妖精らしき来訪者の情報がありました。ただ、彼らは神ではなく、妖精でもなく、それらを守る刃を名乗っているのだとか」 ティル・ナ・ノーグのトゥアハ・デ・ダナンを求めてきた者たちが、少しざわついた。晴恋菜は、歴史の研究者でもある田中校長と相談して決めた名称を告げる。 「よろしいですか? 以降、アイルランドの来訪者はクラウソラスと呼ぶことになりました」 ということである。 名称はともあれ、彼らクラウソラスを見出すには、やはり伝承に従うのがよいだろうということになった。 アイルランドの都市を離れ、緑の丘をめぐる、徒歩の旅を行う。そして、妖精をひきつけるような行動をとろうというわけだ。 「世界結界で歪んでるとは言え、ケルト神話の元になった連中な訳でしょ? 楽しみね。他人とは思えない人物が多過ぎるのよ。喧嘩も歌も宴会も、私は大好きでね」 そう語るのは、先祖の故郷がアイルランドであるシンディ・ワイズマン(真夏の雪女・b60411)である。 なるほど、いかにもアイルランドの血が赴くままといったふぜいで、丘をめぐりつつ、素朴な音色のティン・ホイッスルを吹き鳴らし、歌い踊って、妖精たちの気をひこうとしている。 「あなたの集めた資料では、妖精たちは詩歌の力を使うのでしたね」 緑の丘の上で、晴恋菜に声をかけられ、シンディは踊りを一休みした。 「言葉と旋律の重なり合う所に生まれる力、らしいわね」 丘では出現しなかったので、そして古いお城とか遺跡とか湖底など、妖精のいそうなところを回ることにする。 穂村・耶子(橙色の金平糖・b84998)は、黄金と宴会が好きという妖精たちのため、山吹色のお菓子……いや山吹色の食べ物、稲荷寿司を用意していた。 「宴会をすれば出てこないかな?」 古い屋敷や城に入るのは、さすがに許可が出ない。出なくてもしのびこめるが、それは晴恋菜が、遠慮するようにとお願いしていた。 「猫変身で猫になって、どこかにもぐりこんだりするのもダメだからな」 月守・紅羽(高校生太陽のエアライダー・b67441)は、弟の黒須・烈人(にゃんこはかぶりものです・b64496)に厳しく言いつけた。 「下調べの時に色々勉強したからだいじょぶなのにー」 「クラウソラスに出会って、失礼なことをしたらどうする! 変なことしたら後でお仕置だからな!」 弟にはとても厳しい紅羽だ。晴恋菜は、ちょっと雰囲気をやわらげようと話しかけてみた。 「紅羽さんは、どこにクラウソラスさんたちがいると思います?」 「ケルトといえば、ドルイドだよな。ファンタジー小説やゲームでしか知らないんだけど、ドルイドっぽく、一般人が近づかない森の中の奥深くに拠点があったりとかしないかな」 弟の烈人も離しにくわわってくる。 「隠れ里を作ってたりするよね。妖精の輪とか、ストーンヘンジとか、レイラインとか、そんな感じのは除霊建築学の野外版みたいなので里を守ってる気もする」 「本業能力ではなく、何かのメガリスの効果かもしれませんね」 それらしい場所で、宴会や楽曲で妖精をさそう旅が続いた。長期間続く、ピクニックのようだ。 家事が得意なマキナ・エクセレスティ(マリオネットガール・b85415)は、宴会の準備をよく手伝っていた。 とある、湖のほとりにある古城にたどりついた時だ。彼女は、ティリオにたのんで、ハーモニカを吹いてもらいながら、持ち運び用テーブルを広げて、皿を並べていた。 「……あら?」 さっき並べた皿が、もうからっぽになっている。 マキナは、あたりをみまわした。ちょうど、ティリオの演奏が一曲、終わったところだ。 代わって、時渡・つかさ(六とひとつの花時計・b64658)が、湖岸の岩に腰をおろして、ケルティックハープを奏ではじめた。 冬のアイルランドは、厳しい環境だが、それでも美しい。 「……あ」 マキナは声をあげた。まだ、つかさは気がついていないが、鹿の角がついた兜を身につけた、まだ幼い少年が、彼女を背中合わせで地面にすわっている。さっきもりつけたばかりの、羊肉のあぶり焼きをかじっていた。 そこに、静かな歩調で鷹杜・春杜(鏡影の蜘蛛・b79656)がやってきた。 彼は、いきなり声をかけるのではなく、 つかさの曲にあわせて、歌い始めた。世界各地の歌をへて、やがてアイルランド民謡を唄う。 鹿の兜をゆらしていた6歳ほどの男の子が、にこりと笑って、春杜を見上げた。大きすぎる兜がずれて、首をひっぱる。それを直しながら男の子は言った。 「なかなか、いい歌だな。ぼくちんを感心させるとは、やるにゃ、おまえ」 「ま、一応世界巡ってるからね。ちょっとした歌ならいけるよ」 春杜が返事をすると、つかさがようやく鹿角兜の存在に気がついて、おどろきつつふりかえった。話しかけるチャンスをうかがっていたマキナやティリオ、シンディたちも気がついてやってくる。 「あたしたちは銀誓館学園。クラウソラスと友好を結ぶためにやってきた」 「ぼくちんは、133代目クー・フーリン。うまいごはんと、いい歌をきかせてくれた。おかえしするのが、クラウソラスの流儀。さあ、ついてこい」 湖面を割って、城が浮上する。そこから姿をあらわすのは、騎士と貴婦人。そして、無限の食べ物を供給する大釜だ。 「無限のご飯?! ……その、混ざっていい?」 「客人がまざってくれにゃいと、はじまらにゃい」 かくて、クラウソラスの居城へ、銀誓館の一行は招かれた。しかし、友誼を結べるかどうかは、これからだ。 なお、この探索行には、奉ずべき神と忠誠を捧げるべき者と守るべき徳目を自ら選び、決してその誓いを違えぬ剛の者、「宣誓の騎士」を探す、岩崎・弥太郎(志せしは覇道の主・b42534)もまじっていた。 また騎士系統の能力者として、アーサー王伝説やローランの歌に登場するような、聖剣使いの円卓騎士を探す木之花・さくら(混血種・b47400)も、ここにたどりついている。 クラウソラスたちにも、友誼を交わすにふさわしい騎士はいる。二人がそれぞれ求めてきた騎士が彼らなのか、それとも、ほかに存在するのかは、今後の交流で明らかにしてゆくしかないだろう。 それぞれが心を決めて、挑めばよいのだ。
● フリッカージョーカー
クラウソラスには、気難しい者が多かった。騎士というのは、おおむね、頑固なものだ。 彼らの心をとかすには、じっくりと時間をかける必要があるだろう。 その任をみずからになうことにした者たちをアイルランドに残し、ほかの者たちはアイルランドを出発して、大西洋をわたった。 目指すは北米大陸だ。今回はクルーズではなかった。ダブリン空港から、ジャンボジェットをチャーターして、フロリダにおりたのだ。 北米全土をさまよっているという、謎のカーニバルとサーカス団。それが、いまはフロリダ近辺にいるという。 霧のロンドン、冬のアイルランドとはうってかわった、暑いくらいの気候。 一大観光地であるフロリダ市を離れて、小さな街が点在するあたりへ、銀誓館の能力者たちは、バスをつらねて出かけた。 バスの中で、神崎・青藍(インコグニション・b53552)は、キーボードの練習をはじめている。 「バンド経験があるんですか?」 晴恋菜にきかれて、青藍はうなずいた。 「銀誓館で学生生活を送っていたころには、仲間とバンド活動をしていたんだ。マネジメント方面にも興味を持っていた」 「そうですか」 「フリッカーたちに比べたら、とても拙いかもしれないが、演奏を楽しんでいるという心だけでも伝えられたらいいと思っている」 「私もへたっぴですけど、唄ったりするのは大好きです」 青藍がそれに返事をする前に、晴恋菜はバスの前方に呼ばれて行ってしまった。 バスがたどりついたのは、農業祭を催している、人口千人ほどの町だ。あたりの農園からも、大勢が集まっている。 「ここで演奏してみましょうか」 バンド大会に大道芸大会なども、開かれているようなのだ。 舞台に飛び出し、三味線を構えて、ニヤリと笑うは敷島九十九式・秀都(エクストラエンフォースメント・b57363)。 「俺は、平和は乱すが正義は守るものっ 敷島九十九式・秀都ってもんだ。お呼びとあらば、即参上ってな。聴かせてやるよ、魂のサウンドを! 歌は心の叫び、魂の咆哮だ! 俺の音痴な歌を聴きやがれっ」 伝説のフリッカージョーカーへの期待に、わくわくが止まらない。その気持ちを歌に乗せている。観衆には大受けだ。 続いて「立湧家とソウルフルシスターズ」が、舞台に立った。 キーボード兼ボーカル担当は立湧・深冬(嵐を呼ぶかも知れない前向き娘・b07602)。それからギター担当のビート・サンダーボルト(ビートザスピリット・b83177)。三人めの永代・志緒美(不敗の月戦姫と呼ばれた少女・b82703)は琴と篠笛・尺八という和楽器を心得ており、それらを使い分ける。 最後にもうひとり。 「あの? 私はどうしてここにいるんでしょう? 晴恋菜がマイクを持っていた。 バスの中で深冬に声をかけられたのだ。 「下手とか関係ねぇよ。魂(ソウル)がありゃそれでいい」 ギターをチューニングしながら、ビートが言った。 晴恋菜の歌は、おせじにも上手いものではなかったが、四人になったソウルフルシスターズは、存分に演奏を楽しんだ。キーボードが駆け上がり、ギターが刻み、琴が跳ね回る。そこに晴恋菜の歌が乗る。 舞台をおりるとき、志緒美は晴恋菜に声をかけた。 「のぅ、末妹よ。世界結界が崩壊し、月にも魔力が供給されるじゃろう。結果として、月の民地球移民計画は意味を成さなかったわけじゃが…別に責めとるわけじゃない。そのおかげで色々な経験ができた。でも、もう一度月に戻りたいものよのぅ」 「大丈夫ですよ。だって私たちには……」 わあっという歓声が、会話をさえぎった。 真神・綾瀬(蒼風の舞姫・b39277)が、急ごしらえの舞台に飛び出してきたのだ。 そのダンスパフォーマンスを受け止めるため、舞台はぎしぎしゆれている。 妹の真神・智尋(此花咲耶姫・b41226)、弟の真神・瑞貴(氷の貴公子・b45562)が、プロとしてやっていくことを決めた姉の演技を見守っていた。 「瑞貴。踊ってるねーちゃんが一番綺麗 だよね? 輝いて見える」 「そうだね、チイねえさん。やっぱり踊っているアヤねえさんがキラキラして一番綺麗だね」 と、そこへ、ひとりのピエロが客席から飛び出してきた。 綾瀬のふりつけをコピーして、、ほとんど劣らないレベルでやってのける。 それに綾瀬が、より高等なパフォーマンスを返した。ピエロが、そこにオリジナルのステップを入れて返してくる。 真神三姉弟は、はっと気がついた。もしかして、この飛び入りこそは……。 万来の拍手に送られて、綾瀬が舞台をおりてくる。 「……ピエロさん、このふたりは妹と弟です。私のプロダンサーとしての活動をサポートしてくれます。ふたりにもプロとしての心構えを教えて頂けませんか?」 綾瀬の言葉に、ピエロは、ゆっくり首をかたむけた。 「教えていただきたいのです。姉を支えるすべを」 「教えて欲しいんだ。ねえさんたちを支える為に必要な事」 智尋と瑞貴も口々に言った。 「それなら、もうそなえておられるんじゃないですか?」 ピエロメイクの奥から聞こえてきたのは、以外にも若い女性のものだった。 「弟さんと妹さんは、誰よりもお姉さんの芸を楽しみ、信頼している。それこそが、マネジメントに必要なことです。観客よりもなお、パフォーマーの理解者であること」 仮面のようにメイクした顔を手でなでると、そこに平凡な若い女性の顔があらわれた。 「うたがわしそうでいらっしゃる。では、あたくしどもの信頼を見ていただきましょうかね。もうしおくれました。あたくし、オクトーバー一座にてピエロをあいつとめます、ハリー・クインと申します。あちらにおりますのは、相方のチクタクマンで」 ハリーが大げさに一礼すると、舞台袖の物陰から、道化師衣装のスケルトンがあらわれた。 「スケルトンなのに、衣装が?!」 「わたしどもの馬車はそういう能力のメガリスでして、そしてこれも力のひとつ」 ハリーとチクタクマンが、左右に分かれてお辞儀をする。そこにサーカステントの入り口があらわれて、にぎやかなジンタが響きはじめた。 その音楽に導かれて、銀誓館の能力者たちがやってくる。みんな、わくわくが抑えきれない気分だ。 不思議な入り口をくぐると、そこはもう、黄昏の国。 巡回カーニバルの中だった。 「い、移動遊園地ですか……。そ、そういうものがあると言うのは知ってはいましたが」 松永・小草(高校生真鋏角衆・b77892)は、あたりをくるくると見回した。 「実際に見るのは初めてですね。の、能力者であってもこれだけの設備を移動させるのは大変でしょうね……。あ、あれは人形か何かでしょうか? そ、それとも彼らの使役ゴースト?」 「使役ゴーストだよ。でも、この巡回カーニバルの中でだけ、メガリス〈黒い巡回馬車〉の効果を得て、彼らは違う見かけをとれるのさ。訪れるみんなを楽しませるために」 ハリーは、いつの間にかピエロのメイクに戻っていた。こうなると性別不詳。声まで違っている。 「お客さまも、もちろん仮装はご自由に」 ハリーに言われて、言乃葉・伝(元気印なたくあん娘・b02161)が、ファンガスのユキちゃんをキノコ形態にして、体にポンポンとはやしてみせる。 「おお、真っ白キノコ娘とはすばらしい。わたくしめにもおすそわけいただきたいもので」 「え、いいの?」 それではとばかり、伝は、なかよしファンガスをとばした。 もちろん、マインドトークで「ボクらと一緒に遊んでよ!」と伝えるためだ。 「みんな、なかよしになれたらいいね、鉄兄ちゃん、スケちゃん!」 そのスケちゃん、伝の覚醒スカルサムライは、ハリーのチクタクマンにふりまわされている。もしかして、ダンスしているのかも。 「よっしゃ、伝。俺もその気持ちを伝えてやるぜ!」 はしゃぐ妹分に目を細めながら、高屋敷・鉄平(マニアックシンガー・b21031)が、魂をこめた歌声、コトダマヴォイスを響かせる。 その声に、人々が集まってきた。 「ここには、みなさんと私たちフリッカージョーカー以外にも、心が傷ついたお客さまが大勢います。そういった方を癒せるのが、わたしどもの喜び」 ハリーのことばに、鉄平は自分もここで学ぶことが多くあると予感した。アメリカには両親もいるし、しばらく滞在するのもいいだろう。 「さあさあ、みなさま。わたくしどもの一座では、お客さまが互いに楽しませあうことも、オススメしておりますよ」 「わたくしもフリッカーのはしくれ。そう聞いては、じっとしているのも何ですし」 それまでは楽しませ方を学ぶ姿勢でいた、着物姿の深護・刹那(花誘う蝶・b71545)が、扇子を開いて日本舞踊をはじめた。客たちが自然を彼女を囲み、即席の円舞台ができあがってゆく。 そこへ、ジプシーダンスの踊り手があらわれ、日本舞踊にあわせてダンスをはじめた。 奇妙奇天烈な組み合わせなのに、そこにみごとな調和がある。ジプシーダンスに刺激を受けて、刹那も新たな地平にたどりつくかのようだ。 すぐ近くでは、マリア・コンテ(シビル・b58796)が、オリジナルのダンスを披露している。土蜘蛛の巫女の『赦しの舞』をアレンジしたふりつけで、まとっているの巫女風衣装のミニスカートが、ひらひらセクシーにひるがえる。 フリッカージョーカーのジャグラーが、彼女のステップにあわせてジャグリングを披露した。 ヤドリギ使いであるマリアは、ヤドリギで空中にハートマークを描いた。ヤドリギの祝福』のハートの間を、ジャグラーの投げるボールが何度もくぐる。やがてそれは、ハート型のクッションに入れ替わっていた。 マリアが、子供のような無邪気なはしゃぎ声をあげた。 子供のようといえば、子供じゃないからはしゃがない、と言っていた志緒美なんかもおおはしゃぎだ。 癒しのためにオクトーバー一座が招いた観客たちは、多くがアメリカ人で、英語しか理解しない。 「アイアム、ザパニーズ! アンドギンセイカーン! ライブ、ソング、バトル、おーけー?」 だけど言葉の壁なんてなかった。桐原・真夏(太陽のリズムで踊ろう・b50014)の「ぼでぃぼでぃらんげーじ」で充分だ。 もちろんカーニバルだから、ポップコーンやキャンディなんてお祭らしい食べ物も豊富である。 ハンバーガーなんて、人の頭くらいある。おなかをすかせた真夏は、晴恋菜をさそって両方からかぶりつき、そこへ水菜・渡里(フワモコがお友達・b27348)のグレートモーラットのシィまでかじりついて、みんなそろって顔をべとべとにしていた。 ダンスや歌以外を披露している、銀誓館の仲間もいる。 烏頭森・万葉(億千万の棘茨荊・b60331)のパフォーマンスは、操り人形のバフォメットくんと、破損したビスクドール首吊りちゃんの、ブラックユーモアな魔女の寸劇だ。 「陽気なバフォ君とヤンデレーな首吊りちゃん♪ 今日も元気にるんたったー。サバトに首吊りヨーロレヒー。バフォ君の一人サバト&首吊りちゃんの666回目の首吊り体験」 どん引きしているお客もいるけれど、 布をかぶって幽霊を演じている、お化け屋敷の担当ジョーカーなんかは、きゃあきゃあと喜んでいる。一緒にやろうよと、お化け屋敷へ万葉をひっぱっていこうとした。 「いいよ。お客さんが私に関心と、それから好意を持つように、貴方のマイクパフォーマンスで、上手く誘導してねー」 「そいつは私の担当かな」 お化け屋敷のダンディ吸血鬼が、優雅にお辞儀をした。 この移動カーニバルには、持ち運び可能とは思えないほどの、スリリングなジェットコースターやフリーフォールといった絶叫マシンも甘美だ。 ジャズにあわせ和の衣装でダンスしていた尭矧・珪騎(クォーツサクセシオ・b84373)が、そのジャズを演奏していたフリッカージョーカーの少女にさそわれて、一緒に急流くだりにチャレンジしている。 フリッカージョーカーには、いかにも見習いって感じで、広場でちょっとした軽業を見せているちっちゃな子供たちもいたりして、そんな子供たちとリグ・マルヴァス(眠り獅子・b84719)は、ブランコやシーソーといった遊具で仲良くしていた。 カーニバルのあちこちで、世界中の音楽が演奏されている。どれも楽しい、心がうきたつような曲だ。 ウィル・アルファード(お日さまフリッカー・b12971)は、これからの作曲の参考になると、一所懸命に耳をかたむけていた。 (今までウィルの面倒を見てきたけど、これが終わったら、本当に独り立ちしそうね〜) 弟のようすを見て、エリーゼ・アルファード(陽光のフリッカーハート・b70367)は感慨深げな表情を浮かべた。 「ねえ、ウィル。いままで、ずっとがんばってきたわね」 エリーゼは、ウィルをぎゅっとだきしめた。 「あんたも一人前。もうめんどうみなくていいわね。って言っても、戦いの時は、私のほうが足手まといだったけど」 「今日くらい、僕の方から抱きしめてあげたかったんだけどナ。いまからでも遅くない?」 ウィルが、姉を抱きしめかえす。 「今まで世話をしてくれて、ありがトウ。二人での最後の旅かもしれない、おどってよ、ねーちゃ!」 エリーザとウィル、ふたりがはじめたのは、四国南方に伝わる鳴子踊りだ。ウィルがクラシックギターで伴奏し、エリーザが、情熱的に、かつリズミカルに、腰を回して色っぽさも加味して、踊る。 あちらでは、水走・ハンナ(しがないアーケーダー吸血鬼・b46874)がダンスゲームで鍛えたステップを見せつけている。全身を大きく使ったダンスは衆目を集めていた。 晴恋菜の食べていた巨大ハンバーガーから戻ってきたグレートモーラットのシィとともに、水菜・渡里は、たくさんの使役ゴーストたちと輪になって踊っていた。このカーニバルの中でだけ、使役ゴーストたちは衣装の見かけだけ変えられる。 「たくさんのフリッカーさんたち、そのほかのパフォーマーさんたち。そのお力があれば、もっと多くの人を楽しませ、心を癒せます。どうか、わたくしどもと手をたずさえてくださいませ」 ハリー・クインが頭をさげる。 銀誓館のみんなは、それに歌で応じた。ますます盛り上がってゆく。 激しいロックを演奏していた瑞羽・湊(暴風恋歌ロックソング・b84526)は、ちょっと休みをとっていた。 そこに、晴恋菜が、両手にコーラを持ってやってきた。 「先生、いまの……私の人生最高のロックだった」 「はい、すばらしかったです」 にこにこ笑う晴恋菜を見つめて、湊は、マジメな顔になった。 「ねえ、理事長先生。大人になるってどういう事だろうか。働いて、稼いで、寝て……そうした毎日を送る事なんだろうか。時々思うんだ。いつまでも卒業せずに此処に居たいって。いつまでも皆と笑っていたいって。ああ、やっぱり卒業、したくないよ……先生。こんなに幸せな所、他にないよ……」 晴恋菜は、湊の頭をかかえて、その胸に抱きしめた。 「大人になるっていうことは、ひとりで立てる、っていうことです。ひとりで立って、そして必要な時は誰かを支えられるようになること。卒業はね、お別れじゃないのです。手を離しても立てるって証明すること。でも、その手は、のばせばいつだって、友だちに届きます。それが、死と隣り合わせの青春を、いいえ、隣りあわせでなくても青春をともにした絆。それを忘れないかぎり銀誓館で得た幸せが、あなたから去ることはありません」
● モーラット村 アラスカ ●
ずいぶんと多くの者たちを、出会った能力者たちのもとへ置いてきて、旅する人数は、すでにかなり減っている。 いくらか寂しいけれど、そのぶん、移動の手配は楽になっていた。 じつは北米大陸の深奥部に、時の歪みにまつわる能力者がいるという情報もあった。充分な情報が集まったと思えたのだが、いざ訪れてみると、そこにはただ暗い森が、時に鋭角を見せて広がるだけだった。 呼ぶことあたわざるおぞましきその名を連呼することは、時のさだめに反する行為だったのかもしれない。 ともあれ、彼らもまた望むなら探索を続け、望まないなら銀誓館へ帰還するように告げて、旅はさらに続いた。 銀誓館の一行は、中サイズの飛行機をチャーターして、アメリカを北へ向かった。 カナダを越えて、アラスカのアンカレッジ空港へ到着する。 そこからは寒冷地仕様の大型バスで、針葉樹林の奥へ入っていった。 アラスカの冬は厳しい。長い夜を、時にオーロラに照らされながら、進んでゆく。 この北の大地で探し求めているのは、仮称「モーラット村」だ。使役ゴースト、モーラットに関わるという能力者たちの村である。 使役されていない『野良モラ達を保護している村がある』という噂を聞きこんできた者たちがいたのが、発端だった。銀誓館学園でも、多くの野良モーラットが保護されている。そういった活動を行っているのは、銀誓館だけではないかもしれないと、何人が考えたのだ。 そして、モーラットの村を探し求める活動は、アラスカに始まったわけではなかった。 それこそ、世界をめぐるうちにも、野良モーラットとも出会っているし、学園にいる間も、保護された野良モーラットから情報収集を行っていたのだという。 龍宮寺・命(竜宮の小姫・b00182)の、ちょっとおバカな男の子のモーラットヒーロー、タマなどは『すげー美味いお菓子とか食べ放題な夢の場所があるんだ!』と野良モーラットにアピール。命のお菓子を勝手に食べてみせて、食べ放題なところを見せてまわっていたのだとか。 もっとも、モーラットが人間の言葉を正確に話せるわけではないので、そのへんは目と目で通じあって、たぶんそういうことを言っているのじゃないか、いや言っているはずだと、信じあうしかないのだが。世界の定めた法則的には。 かりかりかりかりかりかりかり。 「ええっと、アピール相手がいない時も、お菓子は食べているのでは。いまも?」 「理事長! それを指摘せぬのが優しさというものじゃ!」 噂を集めていたのは、もちろん他にも何人かいる。誰もがモーラット愛にあふれているのだ(ろう、たぶん)。 得意げに語りはじめたのは、叶・真(高校生ゴーストチェイサー・b15944)である。 「そもそもモーラットは、他の使役ゴーストと異なり、定期的に『発見&捕獲』されてきたのです。それ自体、不思議なことです」 本来ならば、使役ゴーストは使役者と絆を結ばなければ、ゴーストとして存在するのも難しいはずだ。 だが、モーラットに限っては「野良」が存在する。それは『モーラットたち共通の絆』が存在する可能性を示しているのではないか、というのが真の説だった。 修行を兼ねて、ずっと旅に同行する間も情報を集めてきた。 ほかのみんなも含めて、続けてきた地道な情報収集が、指し示したのがこの地だった。 黄金崎・燐(高校生ルナエンプレス・b55478)の調べによれば「北極海のあたりに真っ白もふもふの生き物とくらす人たちがいるとか。はシロクマの子ども、ではなくてきっとモーラット!」 こうして、バスをつらねてアラスカにやってきた面々は、白いモーラットを見つけるべく、真っ白な雪の中に、何度もおりたっていた。 おりたっては、寒さでもどってくる。 「うにゃー、結社の皆さんがもーらっとの村がーとか噂話してたのですけど、気が付いたらアラスカまで拉致られてましたー。どーしてこーなったーですぅ。すっごーく寒いーですぅ」 土方・伊織(にゃんこ先生のお弟子さん・b22693)が、バスのヒーターにあたりながら、寒さにふるえていた。 「もーらっとさんだーとか、なんかすっごいもーらっとに襲われないとも限らないのですぅ。そ、そんな時はけっとしーのにゃんこ先生の出番です。先生、もらなんてやっちゃって下さいですー」 伊織の真ケットシー・ガンナー、にゃんこ先生が、ぱっと立ち上がり。 (さむさむさむ) と、足もとで丸くなってしまった。 「……ぇ」 伊織が愕然としたそこへ、ほかのみんながもどってきて、連れていたモーラットたちがぶわーっと押し寄せる。 「……ああ、あたたかいのですぅ」 寒い外に出たくはないが、バスの中から真っ白に広がる雪原を見つめたり、鋭い剣のように突き立つ針葉樹の森をながめていても、モーラットの村が見つかるわけはない。 検討した結果、モーラット村を追い求める面々は、アラスカの町のひとつへやってきた。 「どうして、ここにモーラットがあらわれると?」 晴恋菜は、スケルトン系以外の使役ゴーストには、あまりくわしくない。野良モーラットの捕獲にかかわった者にとって常識的な知識にも欠けていた。 「野良モーラットはお菓子とか祭とかにもよく出るしさ、噂じゃあ、モーラット村の近くにある町で祭りとかあると、お菓子とか賑やかさをめたに現れるってさ。その後をコッソリ追跡っすっとたどり着けるんじゃね?」 晴恋菜にそう説明してくれたのは海老原・淳(ダーティでクールな男のネギ・b21845)だ。 「……それはわかりましたけど。……さかだった髪の毛を緑に染めて……箱の中に入って、髪の毛を外に突き出してるのはどうして?」 「俺の十八番、長ネギ入ダンボールに偽装だぜ。尾行するのに目だっちゃいけねだろ? 見つけたら清もモーラットと友だちになれるよなあ」 淳の相棒、ケルベロスベイビーの清春が、やっぱり寒さで丸まりつつ、いっしょに箱の中におさまっていた。 「あらわれるなら、はやく、あらわれてくれませんかねえ」 晴恋菜も、毛皮を着こんで寒さでもこもこになっている。 理事長のそんなようすを見かねて、波多野・師将(もろたかと一緒・b63996)が、湯気をたてているあったかいモラまん(モーラット村へのおみやげ用)を、渡してくれた。 「モーラット村のモーラットは、あんまり出てこないかもしれないです」 「そうなんれふか? (はふはふはふ)」 「野良モーラットがいたずら好きな子ばかりなのは、大人しかったりのんびりしていたり、シャイだったり人見知りしたりするモーラットさんはモーラット村に隠れていて出てきていないかららしいのです」 「(ごっくん)なるほど。でも、そういうモーラットさんを捕まえるのは、さらに大変ではないですか? モーラット村の人には、何か秘訣があるのでしょうか?」 晴恋菜の指摘に、師将は、うーんと首をかしげて考えこんだ。 その時だ。たったったと、晴恋菜目指して走ってくる小さな影があった。覚醒ケルベロスベビーのマトラだ。首のところに、手紙が結びつけられている。 「どうしたんですか? 読んでいいんですか? ……みなさーん! 集まってください」 その文面を読んで、あわてて晴恋菜はみんなを呼び集めた。 手紙を書いたのは、マトラのパートナーである柳谷・凪(お気楽極楽あーぱー猫娘・b69015)だ。 風は、この村に入らず、近くの雪原で、遭難したふりをしていた。彼女がつかんだ情報では、モーラット村に入るには、村に住むモーラットに案内されねば無理だという。 そこで、一計を案じ、マトラを抱いて暖をとりつつ、遭難したふりをして、救いの手というか救いのモラを待っていたというのだ。 あんまり期待はしていなかったが、そこに首筋にボトルならぬ薬瓶をつけた救助モーラットが出現した。一般人なら寒さで朦朧として幻覚を見たと思うところだが、もちろん能力者である風は、気付けの薬をボトルから与えて去ってゆくモーラットを尾行した。 「そして、モーラット村を見つけたそうです。マトラさんについていきましょう!」 「はいっっ!!!!!」 みんな、急いで雪原に走り出た。ずぼずぼと、ひざまで雪に埋まるが、そのくらいはなんのその。ふつうなら、本当に遭難してもおかしくない環境だが、さすがは能力者たちである。 「うおおおおお!!」 そして、たどりついたモーラット村で、彼らが見た光景とは! 驚愕の叫びはなぜあがったのか。 コマーシャル……には入らないで、さっそく描写しよう。 それは、一面のモフモフであった。それまで雪原であった場所が、モフモフに変わっていたのだ。 モラ、モラ、モラ。まさしくモーラットで埋まった、それは谷だった。モーラットの村は、アラスカのモーラット谷に存在したのだ! 銀誓館の一行は、わずかな時間、使命を忘れた。いや、使命に殉じた行動をとったと言えるかもしれない。先に、モフまみれになっていた風を追って、次々に谷からダ〜〜イブ。 「ええっ? みなさん?!」 晴恋菜の危惧は、幸い実現しなかった。モフモフであるモーラットたちは、フワフワでモコモコでもあった。谷底までのダイブも、やんわり受け止めてくれたのだ。まさしく、超巨大なモーラット風呂。 「モラ愛に溢れる私達なら、きっと見つけられますよ」 と信じていた黄金崎・燐は、さっそく、苺大福やお茶の用意をはじめている。 「誰かと仲良くなるには、おやつをご一緒するのが一番ですよね」 「もきゅ!」 苺とお菓子が大好きなモーラットの章姫が、用意されるおやつをぱくぱく食べては、まわりのモーラットに分け与えている。 これだけの数がいると大変そうだが、度がすぎて自分を押しつぶしそうなほどの準備を整えてきた緋島・了(通りすがりのモラりすと・b26806)の荷物からは、いくらでもおやつが出てきた。 「はいはい。こちらはチョコがお好きですか? ちょっと待ってください。……あああ、やけどするからポットにさわらないで! すぐに美味しいコーヒーが入ります。え? ホットミルクのほうがいいんですが? ミナ! 楽しいのはわかりますが、火花は遠慮して! お湯をわかすのに使ってください」 真モーラットヒーローのミナ、尻尾に結び付けられた白いリボンをふりながら、飛びまわっている。さっきまでしばみついていたカイロが、地面におちていた。 この谷は、アラスカとは思えないほど暖かい。 「ほかより暖かいのは、モフモフしたモラが集まってるからかなあ」 お日様みたいな笑顔で言った玉依・美琴(深淵を照らす陽光・b11621)のまわりにも、たくさんのモラが集まっている。 「日本のモラより、さらにモフモフですよぅ。でも、毛並の綺麗さは、うちのモコが一番です♪」 そのモコと手分けして、手作りのモラ型マカロンを配っている。受け取ったモラたちは大喜びだ。自分と同じ形をしていてもすぐにかじっている。王冠に王様マントのモコは、きゅうきゅうとモラたちに何かを語っていた。王様っぽい雰囲気である。 「捕獲の時に、こういうので気をひくからもってきてみましたけど、いまは遊んじゃえばいいですよねー」 ラジコンを取り出した琴月・ほのり(鳳翼の詠媛・b12735)は、それをきゅんきゅんと走らせた。村のモーラットたちが、我先に並んで走りはじめる。 もちろん、ほのりと一緒にやってきた、バステト勧誘の英雄ぱおにーも走っている。寒さしのぎの、うさぎのきぐるみをまとったままで。 谷のはしっこ、崖に一等でたどりついたのは、ぱおにーだった。岩の上にとびのって、ヒーローポーズをきめる。『どうだ、カッコイイだろ?』って雰囲気に自信満々だ。 だが、次々とそのまわりにモーラットたちが並んだ。そして、ぱおにーとは違う決めポーズをとる。マントがひるがえり、マフラーがたなびく。ほんのちょっとだが、姿が違うモーラットもいた。 「モーラットヒーローからさらに進化したモラもいるかもって聞いてたけど、もしかして?!」 ひごろおとなしい白咲・朝乃(キャストリンカー・b33560)も、さすがにどきどき興奮している。 「ぷいぷいも、遊んできていいんだよ?」 人なつっこいぷいぷいは、大勢の見知らぬモーラットにもおじけづかない。さっそく元気にとびだして、鬼ごっこをいどみはじめた。『銀誓館モラの力を見せてあげる!』って感じだ。 その姿を見守りながら、晴恋菜ともいっしょに、お土産のモラッフル(モーラット型ワッフル)で配る。たくさんいるので、大変だ。 どのくらい遊んでいただろう。気がつくと、夜もふけていた。 銀誓館のモーラットたちと、谷のモーラットたちは、みんなそろって眠りについてしまった。満腹になれば、次はおやすみだ。おみやげにもってきたお菓子はすっからかんになっていた。 朝日・遥日(光の皇子・b40908)は、眠ってしまったモーラットに、返事がないのは承知のうえで話しかけている。 「きみたちのめんどうを見ている人はいないのかな? ここで行方不明になっているモーラットはいませんか? 学園に保護したモーラットが沢山いるんです。もしかしたら、こちらの子がいるかもしれない。お家に帰って幸せに暮らして貰えたら嬉しいから……」 つんつんと、遥日の腰がつつかれた。 なんだか、少しようすの違う印象のモーラットが、遥日の後ろから近づいていたのだ。 どこが違うのだろうと、遥日は、いぶかしく思った。そうか。モーラットヒーローだけれど、赤くてひときわ長いマフラーをまいている。そして仕草がどことなく人間くさい。 ふと気がつくと、ほかのみんなのところにも、ひとりずつモーラットがついている。 そのモーラットたちは、銀誓館のみんなを、谷の奥へ導いていった。 氷河が刻んだ谷の奥に、一軒の巨大な屋敷がそびえていた。童話に出てくる家を、数倍にふくれあがらせたような家だ。 みんなを連れてきたモーラットのほかに、モーラットの姿もない。 若干の不安にかられながら、晴恋菜と銀誓館の能力者たちは、その不思議な屋敷に入っていった。 はいってすぐの広間に、ここまで案内してくれたモーラットたちがいる。 次の瞬間、一行は驚愕の声をあげた。 「エエエエエ!? モーラットが人間に化けちゃったああああああ?」 モーラットヒーローがいた場所に、銀色の髪をもった、凛々しい印象の青年が、赤いマフラーに白いスーツで、護身用の鞭を手にして立っていた。 「え? もしかして、蜘蛛童みたいに、人間の形に成長するの? モーラットも!?」 「いやいや、そうじゃない。私たちはモーラッター。モーラットに変身できる能力を持ってる。さあ、みんなも元に戻るんだ」 そう合図をすると、変身を解いたモーラッターが次々に、モーラットの間で立ち上がった。おおよそ二十のモーラットにひとりのわりあいでまじっていた。 「私の名は、モキュリアン・キュモー。モーラッターのリーダーをつとめている」 本来の強さに応じて、それに匹敵するモーラットの姿に変身できる能力者。それがモーラッターだという。 「じゃあ、モーラットと会話できたりとか?」 晴恋菜が、きらきらした目で問いかけると、モーラッターたちは、しょんぼりと肩を落とした。 「いや……会話どころか、ぼくらが近づくと、モーラットは……逃げる」 「えええええええ!?」 ふたたび、おどろきの叫び。今度は、落胆もまじっている。 「残念だけど、モーラットに変身する能力が、本物のモーラットの絆を断ち切ってしまう。使役ゴーストにするどころか、怖がられて近寄りさえできない」 かろうじて、変身している間は、同じモーラットとして扱ってもらえるが、モーラットの言葉が理解できるようになったりはしないので、やっぱりモラのうちでも異端者扱いなのだ。 「それでも……やはり、モーラットを守りたいという思いは断ちがたくてね」 こうして、モーラットの里を作ったのだという。何人か、モーラッターではない能力者たちも姿をあらわした。やはり霊媒士が多い。 モーラッターたちが野良モーラットを見つけ、彼らに保護してもらい、ここへつれて来る。そんな活動を続けてきたのだ。 「だが、そろそろ限界を感じていた。そこに、あなたたちがやってきたのだ」 ぜひ、銀誓館にみんなを保護してほしい。もちろん、モーラッターも合流して、世界のためにできることをしよう。モキュリアンはそう言った。 「もちろん、手伝わせてください」 何よりもモーラットを愛しながら、モーラットからふりむいてもらえない、悲しき能力者。モーラット村に待っていたのは、いささか残酷な真実だった。 みんなが、モーラッターとモーラットのために何かできないか、相談をはじめる。 釣・克乙(真ストームブリンガー・b52353)が、難しい顔で考え込み、みんなから少し離れていることに、晴恋菜は気がついた。 「どうかしました?」 「ああ、先生。……じつは、俺。願いをかなえる能力者がいるって聞いて、それを探していたんです」 モーラット使いと呼ばれた能力者がいて、妖獣の『痛みを消したい』の強い願いを叶えて、モーラットに変化させられる、とまことしやかにささやかれていたらしい。 「そうですか。でも、ちがっていましたね。残念です。でも、願いなら、ちゃんと自分の力でかなえられます。旅の間に、克乙さんが強い人なのを見てましたよ」 「……そうですね。雨堂さんを魔術体から戻せる願い、また別の方法を探します」 克乙の言葉に、晴恋菜は絶句し。 そして、ほんの一瞬の後に、感謝の気持ちを爆発させて、聖母のような胸に、ぎゅうっと強く彼を抱きしめた。克乙は目を白黒させた。真サキュバス・ドールの乙姫が割って入ろうとしたけれど、晴恋菜をとりまく風がやんわり彼女を止めた。 止めたのは10秒間だけで、あとは乙姫の好きにさせたけれども。
● 星のエアライダー〜北極海
悲しきモーラッターたちに手を貸して、モーラット谷のモーラットたちを銀誓館学園に保護するべく、モーラットを愛する能力者たちは、アラスカにとどまった。 「あやうくモーラットがゲシュタルト崩壊を起こすところでした」 晴恋菜は、後にそう語ったという。 残る探索対象はふたつ。銀誓館の能力者たちは、海へ出た。 目指すは北極海である。そのいずこかにあるという、幻の島に、星のエアライダーの拠点のひとつがあるというのだ。 季節は冬。一日の九割が夜となる季節である。 「いやあ、ぶっちゃけ、太陽が来たあとぐらいからずっと星のエアライダーが来たら良いなって思ってたんだ! 待ってた、ずっと待ってたんだよ!」 ずっと甲板から海を見張りっぱなしの榊・リク(ハンプティダンプティ・b08794)は、非常にテンションが高い。 「神秘系のエアライダーなんだよな、神秘だよな、神秘で良いんだよな? うん、そう仮定して話を進めよう。とにかく、俺は全力で星のエアライダーの面々を歓迎し……はっくしゅ!」 「リッくん、はやる気持ちは解るけど、まあまず落ち着いて」 ぽむ、と肩を叩いたのは腐れ縁というか、よく行動をともにする御門・儚(黄昏の梟・b41144)だ。 のんびりした態度の儚は、雪女なのでバナナで釘が打てる寒さでも平気だが、リクはそうもいかない。 「がくがくって、武者震いかい? あせらないあせらない。どんな時も常に余裕を持ってどっしり構えてだね……え? ただ寒いだけなのう?」 「わわわ、わかってて言ってるだろ!」 だが、肌を切り裂くような冷たい風の中、甲板から海を見つめているものは多かった。たいていは、リクとちがって防寒着にくるまっているが。 「それでも想像以上に寒い……! 小次郎……凍ってない?」 白雲・禅(緑トカゲと墓地の番人・b64366)は、いつも一緒にいる緑色のトカゲに声をかけた。トカゲも禅も、防寒対策は万全だ。 手には、お気に入りの空や星の写真集。 「写真と同じ……もっと綺麗な夜空だ」 彼が手にしている本のひとつに『夜になると、星の光を浴びて空を飛ぶ人達の国』が出てきた。その本には「星の鈴」という品を持ち、動物とも仲が良いと記されていたという。 「写真集を見て、と思っていたけど、星空を見て浪漫を語り合ったほうがいいかな」 それまでは、何日でも粘るつもりだ。 多くの者たちが、海を見つめているのだけど、甲板の一角で車座になって語り合ってる者たちもいる。晴恋菜を中心に、暖かいお茶を飲み、クッキーをつまんで、時には真剣に互いの悩みを聞き、時には笑いあっている。それぞれが理事長と話してみたいことをかかえていたので、いわば「理事長との星空女子会」状態になっているのだ。もちろん星のエアライダーについての話題も出ている。 「個人的には、星のエアライダーとヴァルキリーの伝承に関連があるんじゃないかと思っているんです」 と言った霧宮・凪乃(銀夜の騎士・b15075)は、自身も戦闘時のスタイルがヴァルキリーばりである。 「霧宮さんは、先生を目指しているんですってね。がんばってくださいね」 「はい、理事長。この旅で、いろいろな組織の訓練方法を目の当たりにできて参考になりました。理事長にも、教育者の心構えなんかを教わりたいと思っています」 「私は、みなさんを教えたことは、ほぼないですからねえ」 晴恋菜は、ちょっとさびしそうに言った。 「銀誓館を創った時は、ほんとうに無我夢中で。いま思い出しても、とにかく走りぬけたっていう印象ですね。でも、それでよかったんじゃないかと思います。最初の先生方を集め、最初の生徒さんたちを保護した時も、ただただ、能力に目覚めたみなさんが笑顔でいられる場があればいいってそれだけ思っていたので」 晴恋菜は、晴れ晴れと笑った。 「この旅でみなさんとこうして笑いあえるのが、心の底から嬉しいんですよ」 「おーい、クジラだぞ!」 甲板のひとりが声をあげて、わああっとみんながそちらに駆け寄った。 「ええと、船に負担がかかりますから、ほどほどでー」 そう言いながら、背伸びしている晴恋菜の隣に、芦夜・恋月(縛鎖の中で足掻く狗・b10866)がやってきた。 「理事長先生は……今、幸せなんですね?」 「みなさんがいます。そして……」 ふわりと風がふいた。暖かい風が。 「私は……男運は恵まれなかったと言うか、好きな人はいてもうまくいかなくて、でも、まぁ……それなりに幸せだったかな、って」 「恋愛に関しては、まだまだ、これからじゃないですか。私は成就しちゃいましたから、なんでもきいてください」 まるで子供みたいに、晴恋菜がえっへんと胸をはる。 「旅で知りあった友達が言ってました。恋は実っても破れても、人を綺麗にするって」 恋月の顔を、晴恋菜がのぞきこむ。 「芦夜さんはいまでもお綺麗です。もっと綺麗になりましょうね」 「はい。教師としてもがんばって、幸せになって、いい旦那さん、ゲットします」 恋月は、素直にうなずいた。 「仕事も、人を綺麗にします。まあ、私の場合、そう信じてないとやってられなかったですが」 恋月は、晴恋菜を見つめた。北極の星の輝きを浴びている、黒髪巨乳メガネの女性。 「先生は綺麗ですよ。星空も綺麗ですけど」 クジラは去り、女子会の面々がもどってきていて、彼女の言葉に空を見上げた。 「ほんとうに、星が恐ろしいほど美しく輝いております。この夜空を求めて駆けるえあらいだーさんのお気持ち、わたくしにも分かる気がいたします。どんなにか楽しいことでしょう」 氷桜・ひさめ(蒼銀珠・b56811)は、雪女だ。清々しい冷気は肌に心地よいほどで、ほかのみんなより薄着である。 「ほとんど日本しか知らぬ身には、この冷気は新鮮です。理事長さまは、長い間旅をなさっているとお聞きしました。わたくしは、広い世界よりもひとところに留まることを望んでおりましたが『世界』が変わってゆくように、己も変わらねばならぬ時が 来たように思えるのです」 ほほえんでいた顔に、ふと不安が浮かぶ。 「……変化は、恐ろしいのです。『変わること』を、理事長さまはどうお思いになられますか」 「怖いです。そして、ワクワクします」 「ワクワク?」 「ある時を境に、私の明日は、今日と同じであることがなくなりました。だからいつも、自分にできるせいいっぱいの力をつくすことを要求されます。失敗するのはこわいし、悪いほうに変わることもあります。でも、変わることを押し留めることはできません。なら、変わるのではなく『変える』ことを選んだんです」 晴恋菜は女子会の面々をぐるりと見回した。 「その選択の結果が、あなたたち」 照れくさそうに顔を伏せるもの、その笑顔を受け止めるもの、真剣にうなずくもの、反応はさまざまだ。 「なんだか話題が女子会らしくないですね。誰かコイバナとかないですか」 晴恋菜が言うと、ボーイッシュな神崎・結那(向日葵の君・b16506)が、そっぽを向いた。 「あー、なんかあるんだ?」 「言っちゃいなよー」 みんなにはやされて口を開く。 「あのね、理事長センセ。うちの相棒もね、センセと同じで、放浪癖あってさー。転校生属性、っていうか? 長いこと戻って来ないんだ」 あ、幸せ話ってわけじゃないのかと、みんな、なぐさめ顔になる。 「アイツ、全然、連絡もくれやしないんだよ。今頃、ドコほっつき歩いてんだか……」 さびしげになった結那は、はっと場の空気に気づいて、わたわたと手をふった。 「でもさ。旅人には、戻る場所が必要なのかもなーって思ってとりあえず、一方的にだけど、待ってようって決めたんだ。 そのうち、ふらっと戻ってくるかもしれないしね! 理事長……晴恋菜は、戻る場所って必要だと思う? ボク、空回りしてるのかな……?」 「してません」 晴恋菜は即座に断言した。 「さすらい人が何を探してさすらっているか、知っていますか?」 結那は首を左右にふった。 「帰る場所を探しているんです」 「でも、だったら……」 「もう、ここにあるのに? そうですね。でも、放浪する人にはそれを自分なりの手段で見つける必要があるんです。でも、どんなに時間がかかっても、必ず見つけてくれますよ。私も、見つけてもらいました」 理事長も長い長い間『待っていた』のだ。 それに気がついて、結那はヒマワリのように笑った。 女子会にすっかり時間をとられているうちにもエアライダーを探す多くの目が、海面を見つめていた。 最初にそれを見つけたのは御子柴・ひなた(星に寄り添う微笑み色の詠使い・b53125)だ。 『自分一人でも輝ける、星のような存在になりたい』 と、憧れ続けていた、その思いが成就したのだろう。また近づいてきたクジラの群れの中に、それを見つけたのだ。 「くじらさんと一緒に、海の上を走ってる人がいるっ」 その瞬間、水面すれすれにいたその人影が、空中に舞い上がった。人工の翼を身につけて、パラセーリングのように舞い上がった。クジラにひっぱられて加速している。もちろん、魔法的な手段で体重を軽減しているのだろう。 高く上がった時、夜空にオーロラがあらわれた。美しく空を彩る光のベールをくぐって、星のエアライダーが舞う。 「すごいすごいっ」 「海に飛びこんで、私もクジラさんと一緒に泳ぎたい……」 そばにいた釜崎・アイリーン(現役ホームレス中学生・b45268)のつぶやきに、え、それは、とひなたがふりむく。 「危険でしょうからやめますが。雪女は寒ければ寒い程生き生きするのです」 あの人々は、自然と文明のバランスを体現しているようです、とアイリーンは感じた。 「おーい!」 佐々・ささら(双月周期の比翼流星・b46783)が、大きく星のエアライダーに手をふった。 その時、ちょうど船の行く手に平らな氷床があらわれた。ささらは、船の甲板から飛び出した。 エアライドで、平らな氷にやんわりと着地する。 飛び降りる途中でイグニッション。防寒着はカードに収納されて、いつもの軽快な姿だ。 「ねえ、星のエアライダーさん。エアライダー同士、速さ比べしない? あの氷山まで駆けってって、先に着いた人数が多いほうが勝ち」 人数が多いほう? そう、ささらと同じく、氷床に飛び出した能力者たちがいる。 砂宮・佳乃都(朝焼けのねがい・b71138)は、大声で呼びかけた。 「ねえ、あなたたち、やっぱり太陽や月みたいな、敵がかわしにくい技を使えるの? アクロバティック、ダイナミックときたら……アーティスティックとか?」 それに答えて何人かの星のエアライダーが、空から舞い降りてきた。まるで螺旋のような軌跡を描き、着陸時に衝撃で氷がふっとんだ。 それが質問の答え。アーティスティックスパイラルだ。 負けていられないと鬼灯・遙(鬼ぃ様・b46409)も、甲板から飛び出した。 「遙さぁぁんっ!?」 レアーナ・ローズベルグ(心にいたみを刻む者・b44015)が驚きと不安の叫びをあげる。だが問題はなかった。遥は、くるっとジャンプ&ターン。ふわりと着地を決めた。 「こんばんは♪ 今夜はとても星が綺麗ですね」 星のエアライダーに挨拶を決める。 レアーナも、えっちらおっちらおりてきた。 「こんばんは。皆様が星と、海と共に在るという一族でしょうか? 北極と南極を渡り歩く貴方がたの旅にはクジラが同行する、と聞いたものですから。よろしければ一時でも、私たちも共に在れたら、とやってきました」 レアーナは、氷床の彼方を泳ぐ、クジラの姿に目を細めた。 星のエアライダーたちは、答えない。 「じゃあ、やっぱり勝負かな?」 遥が、ささらをちらりと見た。そして、ふたりそろって、視線を星のエアライダーに送る。中央に立っている、男性エアライダーがうなずいた。 「いこっか! 冷たい風が心地いいね♪」 遥の声を合図に、星のエアライダーたちが飛び出した。 「優れた身体能力て程でもないけどあたしの走り見せるかな!」 佳乃都は、フィギュアスケートのような、ステップジャンプを見せつけながら走る。ただの速度勝負でないことは伝わったようだ。 遥も、ささらも、そしてエアシューズのないレアーナもふつうのスケート靴で、スケート技術を尽くして走る。 星のエアライダーたちは、星座のように互いを助けあいながら、走る。芸術的な美しさだ。 そして、ほとんど同時に、全員がゴールにかけこんだ。 「楽しかった!」 ささらが、抱きつくように握手を求める。 ちょっとだけ迷って、相手も応じてくれた。 「ボクも、さっきの螺旋飛び降りのキック技、使ってみたい……へっ、へくし!」 しばらくして、船が追いついてきた。停泊し、氷床の上に、銀誓館の者たちがおりたつ。 「私は星のエアライダーの『先頭をゆくもの』。ハミルトン・ランドという」 ささらの握手を受けた、とがった鼻が特徴の、鋭い目つきの青年が言った。青年と言っても、まだ十代かもしれない。 星のエアライダーたちは、特に寒さに強い能力があるわけではないようで、特殊な防寒素材の、体にフィットした服をまとっている。 「あはは、寒いですわね。私は吸血鬼ですわよ。寒いのも平気な」 息を真っ白にしながら、ゴスロリ服のエリュシオネス・アンフィスバエナ(白にして暁光・b74146)は、余裕を見せて笑ってみせた。 「北極と南極を旅なさっているのですって? それも良いでしょう。けれど、旅を続ける環境を守るためにも私たちの話を聞いていただけませんでしょうか」 「寒くないのか……?」 星のエアライダーたちの疑問は、蒲生・灯雪(雪雅遊踏・b55309)にも向けられた。むしろ、ちょっと無理してる感が見えなくもないかなーというエリュシオネスより、灯雪は本当に寒くなさそうだ。着物風の、フィギュアスケート衣装だが、素材もごくふつうのものだ。 「雪女なのでな。雪女は、雪の中に住む種族だな。だから、こういう寒い所大好きだ」 「雪女、こっちもいるぞ」 銀誓館から薄着の雪女たちが出てくるのと同時に、クジラたちと一緒にいた他の星のエアライダーたちも駆けつけてきた。 氷室・まどか(中学生真雪女・b51391)は、学園の制服のままで、けろりとしている。もっともすぐ隣にいるパートナーの泉・星流(戦争で僕は伯爵に誤射をする・b51191)は、がくぶる震えているが。 「まったく……情けないですよ」 まどかは、ちょいちょいと手招きする、毛皮でもこもこした晴恋菜のもとへ歩みよった。 「ほら……あったかい物、貰ってきましたよ」 「お前、雪女だからな……そんな格好でも平然としてられるもんな」 星流は、ホットミルクを飲んで、ようやく人心地ついた。 (クジラにハングライダー……パラグライダーか? なんかを使っていたから星の力で本当に空を飛べるっていうのは誇張だったみたいだな。「生涯メイン魔弾術士」の誓いは揺らがずにすんだ) まどかが考えていたように『優れた身体能力を持つ者に敬意を持つ』星のエアライダーたちは、雪女たちの薄着に興味を持っている。 だが、彼らの視線の八割は安永・里音(素足のふんどし雪娘・b70110)に八割集中している。なんせ、この極地で、サラシを豊かな胸に巻き、腰には褌を締めただけで 後は一切、何も身に着けていないのだ。自慢の美脚も、素足である。 「来訪者『雪女』であるボクには本業能力『寒冷適応』があるからね♪ ボクたち雪女にとっては快適だよ♪」 豊かな胸を張っていた里音は、あまりに視線を集中されて、ついに、赤くなってもじもじしはじめた。 「……うらやましい」 星のエアライダーの女性がぽつりと言ったのは、どこを見てだろう。薄着? 胸? 脚? だが、その言葉にかすかな笑いがもれて、すこし空気がやわらいだ。にらみ合い、という雰囲気にくさびが打ち込まれた。 「星と風の名を持つ者が、星と風の守り手にお願いします――」 天川・そら(ダンスウィズミルキーウェイ・b71485)が、思い切って声をあげた。 その手は、恋人である風霧・來那(石段の先の護り人・b71827)の手を握り締めている。 「この先、僕たちと一緒に世界を……いや、この星、地球を守って行ってくれませんか」 來那は身をよせあい、真摯な態度で接したら想いも伝わると信じて声をあげた。 そして二人が空を見上げる。 「この美しい極地の空、もっと大きな守っていきませんか?」 「星は僕たちにとって、特別縁をつなぐものでもあるんです」 「我々は、あなたたちの文明を信じない」 ハミルトンが、きっぱりと言った。 「そう、自然を汚す現代文明とみなさんの相性は悪いでしょう」 御堂・遥(銀の剣閃・b02015)は、ある程度、こういった反応を想定していた。 「ですが、ゴーストは共通の敵です。捨て置けば生態系は酷く乱れることでしょう。それはみなさんも望まないはずです」 「だからといって共闘する必要があるか? それぞれの領域で戦えばいい」 「私の夢は宇宙に行くことです」 遥は、オーロラがゆらめく星空を見上げた。 「星の海の彼方に、膨大な未知が私たちを待っています。そこにたどりつくのは、単独の能力者にはできないことなのです。みなさんの力も、必要です」 「星へ行く……」 十三歳くらいだろうか。青い防寒スーツをまとった男の子が、ふらりと一歩、前に出た。 左右の星のエアライダーが、肩をつかんで止める。だが、その力はさほど強いものではない。 「実は星のエアライダーでも、海のエアライダーでもなく、星海(せいかい)のエアライダーと言う名前だったりしません? 自然を大事にし、空を飛べるエアライダー……スカイ……じゃなくて星海ライダー……」 ざわ。 「なぜ、その呼び名を。我らの友しか知らぬはずなのに……!」 まさかストライクだとは、言った矢坂・孔明(蒼穹を貫く一条の矢・b02493)も考えてもみなかっただろう。 「それはきっと、私たちが友になる宿命にあったから。だからとっさにひらめいたんですよ」 それこそとっさのひらめきで、孔明は言った。そして銀誓館のこれまでを、がんばって星のエアライダーに訴えた。もちろん、孔明だけではない。居合わせたみんなが、だ。 「自然を貴ぶ心を未来に伝えるためにも、あなたたちの力を貸して欲しいんです」 「……まだ、そうすべきかどうかわからん」 ハミルトンは、かたくなな口調で言った。 「だが、ここで完全に拒否する必要もなさそうだ。おまえたちのことを知りたくなった。おまえたちも、おれたちのことを知れ」 双方から、長い吐息がもれた。 今日は、この氷床にキャンプをはる。明日、拠点まで案内しよう、ということになった。 「じゃあ、ここで北極圏の天体観測とかガチでやっちゃっていいかな! 24時間星見放題の極夜とか、何その楽園!」 はりきりだした尭矧・彩晴(ベリルユピテル・b38169)を見て、スレンダーな星の少女がくすくす笑っている。 「あなたは、この人たちとちがって寒さに強いわけではないの?」 「おお、ゾンビハンターだからな。動いて体温保持しないと」 「じゃあ、あっちに星が見えやすいポイントがあるから……そこまで走れば温まるわよ?」 「極地限定星座とかご教授頂きたいとこやね。ぜひぜひ」 駆け出す少女を、望遠鏡をかついで彩晴が追いかける。 「北極南極往復じゃ、日本に立ち寄れてもかすめる程度か? 満開の桜とか真っ赤な紅葉とか一度見てもらいてえな」 「あなた、日本人ね。季節と自然の移り変わりを大事にしている島だって聞いているわ」 キャンプをはって食事の用意をはじめた星のエアライダーを、銀誓館のみなも手伝いはじめた。 瀬尾・アヤメ(だんまりの花・b76589)は、 一緒に料理をして、アザラシ肉なんかの極地料理をおそわって、おどろいている。合間には、銀誓館の在り方や、朝起きて夜眠る生活、樹や花の話をかたっていた。 憧れていた、自在に空が飛べる存在ではなかったけれど、今ある世界そのものを、もっと知りたいという願いはかなっていたようだ。 坂上・神薙(槍衾夜叉・b81165)は、彼らの狩りに同行した。狙いは白熊だという。 真ストームブリンガーの、天秤の加護があれば、そうそうエアライダーたちに負けはしない。 星のエアライダーの友人たるクジラたちは悠然と、近くの海を回遊している。 「理事長殿、フォエールウォッチングはいかがかな?」 封路・霧雨(高校生ストームブリンガー・b84240)は、晴恋菜をお姫様抱っこして、クジラの背中に飛び移った。 途端に風が、霧雨の髪をくしゃくしゃにした。 「ははははっ。まこと、好きでたまらぬのだの。盗りはせん、ちとからかってみただけぞ だが、理事長も大切に守りたい仲間の一人であることは変わらぬよ」 霧雨の腕の中で、晴恋菜が真っ赤になっていたのは、風のせいなのか、霧雨のせいか、さてどちらだったろう。
● 蓬莱島の仙女たち 日本近海
多くの友好組織を得て、そこに仲間たちが残った。 もう二十人に満たない人数になっている。いよいよ、最後の目的地が近づいてきた。 送ってきてくれたクジラたちが、潮を噴き上げている。 晴恋菜たちは、地球をぐるりと一周して、日本へと戻ってきた。 小笠原諸島のさらに果てにある小島が、最後の目的地だ。その名は蓬莱島。寒い北極から、亜熱帯の島へ。一気に薄着になった。 探す必要はなかった。かつて、放浪の旅の途上で、晴恋菜は島のそばを通り過ぎたことがあったから。 島は緑に覆われている。そして海から見ても、奇妙だとわかる特徴があった。島は森と竹林に覆われているのだが、その竹のなかに、高層ビルにも匹敵する巨大なものがあったのだ。 ルナエンプレスたちが、長い感慨の吐息を漏らす。間違いない。あれは、月へといたる、生体宇宙船になる巨大な竹だ。 いちおう、船着場らしいものがあるけれど、これほど大きな船では無理だろう。銀誓館の面々は、ボートにのりうつり、島に近づいた。 海岸で、多くの女性が、待ち構えている。多くの女性は、手足がむきだしになった貫頭衣のようなものをまとい、頭を結い上げている。だが、中心となっている十数人は、十二単衣のようなものもおり、鎌倉時代あたりの簡素な和服をまとっている人もおり、そして裾の長い、奈良時代の貴族のような衣装の女性もいた。 銀誓館のボートが到着すると、進み出てきたのは、結い上げた髪に丸い鏡をかざり、勾玉を胸にさげ、腰に直刀をたばさんだ、男装の麗人である。 「我はタマシロのツクメ。ツクメとしては238代目。月の姫さまがたより、この地のたばねをまかされておる。汝ら、なにものぞ!」 警戒の色があらわだ。 「おお、面妖な銀の怪物! 島のものを傷つけさせはせぬ!」 「おどろかせてすみません。ですが、我々が一般人でないのはわかってもらえましたね」 あらかじめイグニッションしていた如月・清和(魔導特捜ザンガイガー真・b00587)が、ふだんの姿にもどる。 蓬莱島の女性たちが、おおっとどよめいた。 「唐突な訪問失礼いたします。銀誓館という組織に所属する。姓を如月、名を清和と申します。もし叶うのならば、皆様にお話の機会を設けていただきたい」 礼儀正しくはあるが、へりくだらず堂々とした態度だ。 「地球の能力者たちか! ならぬならぬ。我らは月に従う者だ。たとえ長き時を経て、外の者どもが忘れても、時代が変わっても、我々月光の魔女は決して……」 「イグニッション!」 叫び声が、ツクメの演説をさえぎった。 女王のごとく注目を集める服……いささかサイケなデザインをアイドル服を瞬時にまとった淳・空(月に願いを・b82500)が、空に向かって、青白く輝く月光を射ちはなった。 蓬莱島の女性たちが、愕然とした顔になる。 「そ、それはまさか……月煌絶零?」 「私は月帝姫だ。……時代は三度変わったのだよ。私は長い時を地球との戦についやしていた。だが、いまは違う。どうか平和のため、共に歩んでほしい」 同じくルナエンプレスである菅井・レキナ(鳴神の月帝姫・b82451)も進み出た。 「世界は変わり、もうすぐ月は目覚めるわ。ねぇ、もう一度私達は手を取り合えないかしら。太古の時代に夢見た、地球と月がともに栄える時代が来ようとしているの」 「地球と月が、ですか……」 相手が月帝姫とわかり、ツクメたちの口調が、丁寧なものに変わっている。 「現代日本の文化、とてもいいものよ。ふふ、地球に降りてこの一年余りを現代日本の文化に馴染むための猛勉強に費やした、その成果をここに見せるわっ!」 いきなり荷物を開けたレキナは、付箋まみれの大量のファッション雑誌、化粧用品にヘアゴムやヘアワックスなどを大量にとりだした。 「さあ、色んな自分を試してみたくはなくて? お化粧の仕方も日本はちょっと違うのよ」 その言葉に、心がゆるがない女性は、やはり少数派だろう。 「わたしもルナエンプレスです。みなさんが新たな地に希望を持って行けるよう、わたしの知る精一杯を伝えましょう 暁星・琉海那(有明月の約束・b82553)は食文化を伝えた。 「こちら『けーき』と『ぷりん』です。どちらも牛乳という栄養価の高い飲み物と砂糖を多く使っているんですよ。最初は甘味が強すぎるように感じるかもしれませんが、今の世界ではこんな美味しい菓子があるんですよ」 「まて、まだ食べるな! いえその、姫さま方を疑うわけではないのですが……」 ツクメは、まだ警戒をといていない。 「わたしは、ずっとなよ竹の牢獄にいたんです、ツクメさん。ルナエンプレスのこともよく知らなくて……。ルナエンプレスについて知っている人がいたら、お話を聞かせていただきたいんですけれど」 プリズム・アストランティア(万色の光・b82909)が、リボンをゆらして進み出る。 「それは……我らは姫さま方と異なり不老不死ではないので……代を重ねて、月のことは口伝のみで……あの……本当に月と地球は?」 「はい」 プリズムはうなずいた。 「ここにいる、わたしたちの末妹、銀誓館の理事長さんが、月での眠りからさまして、閉ざされていた未来を開いてくれました。あらためて、ありがとう、末妹さん」 「うん、ありがとう、多くの運命の糸をつむいでくれて」 「これからも未来を開いていこう」 ルナエンプレスたち以外も、口々に晴恋菜に思いを伝えた。それらの言葉が終わったところで、プリズムはもう一度口を開いた。 「外の世界は知らない事が沢山あって世界が広がると思うよ。戸惑いはあると思うけれど、これから仲良くできると嬉しいな」 蓬莱島に住む、月光の魔女たちが、指導者であるツクメに『どうしましょう』という視線を、一斉に送った。 「……姫さま方が、月と地球の戦は終わり、手をたずさえる時というのなら、是非もなし。島を守る役目は捨てられぬが、外の世界を見てみたいと希望するものがいれば、面倒をみてもらうことは考えよう」 わあっと歓声があがった。 そこからはもう、ほぼパーティタイムである。外を見たいという希望者をつのるのが銀誓館の役目だ。 ちなみに、島の住人は九割までが女性だった。月光の魔女の力をそなえて生まれる男性も皆無ではないのだが、なぜか偏りが生じるらしい。 「正直な話、女性の数が多いというのは些か居心地が悪いな」 都筑・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・b08282)は助けを求めるように、幼なじみの黒桐・さなえ(甘党で乙女な符術使い・b20828)を見た。 いちおう、騰蛇は土産に花の種と、それが成長するとどのような花を咲かせるかの写真を持ってきている。不安だったが喜ばれた。 あとは、さなえに話してもらうことにする。生活様式なども興味深いが、その能力についても知りたかった。 未来の吉凶を占ったり、実体なきパワーを呼び覚ます。後の世に、陰陽道として伝わった魔術系統は、月光の魔女の術が基盤となっているのかもしれない。 「ああ、昔は配下だったかもしれないけど、今はそういうのじゃなくて。いろんな話をして友達になれたらいいなって」 手足がむきだし、ちょっと胸元もゆるい女の子たちに囲まれ、姫崎・夜羽(自由への旅路・b83020)ちょっと動揺した。 だが、がんばってチョコやポテチといったお菓子を広げ、相手の可愛いところを褒めながら、会話をつないでいる。月光の魔女たちは、好奇心いっぱいで純真だった。絶やさない笑顔が、どんどん心の底からのものになっていく。 「そんなに、パチパチシャッター押して、萩吾さん彼女さんは大丈夫?」 先輩のようすを見る余裕も出てきた。 「だ、ダイジョウブ彼女以外に靡かねぇっつうかコレ浮気じゃないから、断じて!」 写真家志望でカメラを手にしていた明空・萩吾(空の破片・b41799)が、むせこんだ。 「月文化の名残、古代日本さながらの生活…写真家魂が疼くんダヨ! それより忘れるトコだった。袋のまま広げるとかないダロ」 花やレースなんかが描かれた可愛い器をヨハネのお菓子を広げるために出してきた。 その間に、幼いこどもたちが、カメラのまわりによってくる。 「コレ? カメラはソコにある時間を切り取り、写真という記録として留める物ダよ。いいかナ? きみたちやおねぇさん達のステキな笑顔も残せるヨ。姿形だけでなく、楽しい時間の記憶も残されるんだ」 写真をはじめて見た蓬莱島の住人たちは、大騒ぎをしている。自分はこんなじゃない、いやこうだ、なんてかわいいケンカもはじまた。 ほかにも、さまざまな現代日本文化がもちこまれ、蓬莱島の住人たちの好奇心は刺激されまくりである。 高天崎・若菜(永遠と須臾の玄人・b19366)は、麻雀を教え込んでいた。年長の魔女たちが、興味深そうだ。どうも、この島にも竹素材を使ったよく似たゲームがあるらしい。麻雀は、創世の話を模したゲームだという。もしかすると、源流のひとつは月にあったのだろうか。ピンズのことを彼女たちは月目と呼んでいた。 もちろん、全員がうちとけてくれいるわけではない。中には近づこうとすると逃げる月光の魔女もいる。 ブラウスに編み上げコルセットスカート、ボレロという現代日本ファッションを披露しつつ、水田・えり子(スターライトティアラ・b02066)は、今の時代の歌を伝えようとした。歌は、時代を超えることができるだろうか。 優しい声で、コトダマヴォイスに想いをこめる。 どうかなかよくしてください、と。 キーボードから響く音に、貫頭衣の娘たちがおどろいて逃げ去り、でも、距離をとっておそるおそるえり子を見ている。 榊・くるみ(がんばる女の子・b79108)が、えり子にあわせて、歌いはじめた。とても綺麗なハーモニーだ。 『おともだちになってもらえると…うれしいな♪』 おずおずと近づいてきた娘が、くるみが着ている、フリフリのついた可愛らしいワンピーススカートを、あこがれの目で見つめている。 えり子のキーボードにあわせて、ギターを取り出し演奏をはじめた。 二人と同じ「内田オフィス同好会」の不利動・覚(マフィアと極道のダブル・b58239)は、伝承に思いをはせていた。『蓬莱』とは古代中国の言葉で、中国より見て東方の海にあるという仙境。日本がそれにあたると言われたこともある。日本列島の遥か東、小笠原のさらに東のここは、確かに『蓬莱』なのだろう。 「ボクからは一首…和歌を献じようか」 演奏の合間に、高らかに覚は詠った。 「富士の原 東の島に 光射し 集う月姫 歌を紡ぎて」 「西風に 吹き寄せられし きらめきが 明日を開きて いま舞い踊る」 さっきまで怯えていた娘が、つたないながら、とっさに返歌を詠んだ。そして、えり子とくるみの曲にあわせ、蓬莱の舞いをはじめる。 タンバリンを叩いて「内田オフィス同好会」の団長、内田・ゆりな(ブルースターオーシャン・b79935)が、さらに盛り上げる。 彼女の制服を、しげしげと見ている蓬莱島の娘たちもいた。ゆりなと同年代も、もっと大きな娘もいる。 「銀誓館の制服、可愛いでしょう? きっと気に入って下さると思ってました。プレゼントします〜♪」 小中高のそれぞれの制服を用意していたのだ。それをまとった月光の魔女たちと、ゆりながともに踊る。「ウィッシュダンス」が仲良くしたい気持ちを伝える。 「それにしても、日差しも強いのに、みなさま、すべすべのお肌ですね。噂通りお綺麗な方がたくさんいらっしゃいますのね。皆様はどのような手入れをなさってるのでしょう?」 「ええと、特別な竹があって、そのエキスを肌にぬると、日焼け止めになるんだ」 「まあ、すばらしい。ぜひ、それをみせていただけませんか? 私もスキンケアやネイルケアのグッズを持参しましたから。美容だけではなく、お互いの文化を学び。交流していきたいのです」 魔女たちが、顔を見合わせた。 「私は、玲音先生から音楽を教わっています。人として成長する為に、銀誓館で学んでおります。戦うためだけの組織ではないのです」 名を呼ばれた鈴宮・玲音(宵風を纏う黒蝶・b09851)は、コンビニスイーツをお土産に、ゆっくり時をかけて、打ち解けようとしている。 「銀誓館は生徒が自分の意志で行動し、成長してきたんだ。交流を通して互いに成長出来る関係になれれば良いと思う」 こうした地道な会話で、魔女たちの警戒心は、少しずつゆるんでいった。 「俺達銀誓館ってとこから来たんですけど……とって食わないから逃げないで! ほ、ほら土産持ってきたんですよ」 花時丸・圭吾(断撃トリックスター・b10125)は、地道にもらい集めてきた化粧品の試供品や、笛ガムにブーツ入りの菓子ツメアワセで、気をひこうとしている。 「えっ、なんスかジャトさん。その可哀想な子を見る目。試供品とか貰って歩くの結構大変だったのに……。 嘆く圭吾を『ちょっとどけ、ハナマル』と脇に移動させて、ジャト・オールグッド(レッドピリオド・b15477)は、蓬莱島の少女の目をのぞきこんだ。 「ホウライっていうくらいだしなまじな土地よりは精神的に満たされてんだろ」 ちょっとふくれっつらだった少女が、興味を持った表情になる。 「だけど、外の世界には俺やハナマルや他の仲間や、色んな人間も揃ってる。満たされた後は冒険にも出てみないか。勿論エスコートもさせてもらうぜ。ハナマルの持ってきたのよりもっと面白いものもあるしさ。これはお近づきの印に。美しさはきみに負けるけどな」 花束をさしだすジャトをみて、圭吾がおおっと目を見開いた。 「いきなり花束でまじナンパ?! 侮れない男っすね、ジャトさん……! あ、>こんないけいけな人ばっかりじゃないんで。これからも遊びに来たりこっちに来たりしませんか?」 なんせ、蓬莱の女の子たちは、男なれしていない。かといって、いわゆる傍若無人な女子高文化に偏ってもいなかった。ルナティックなパワーゆえだろうか。 暗都・魎夜(全てを壊し全てを繋ぐ・b42300)が、学園の楽しさを伝えるトークにも、わくわくと聞き入っている。 「戦いもあるけど、学園祭、ハロウィン、クリスマスとか楽しいこともある。でも臨海学校には気を付けてな」 少し戦いの話もした。彼女たちは、リング状の飛び道具「飛圏」や、なぜかよく折れる「七星剣」を使うのだそうだ。 邪悪なゴースト兵器「四凶」に関係しているという情報もあったが、これについては、名前は聞いたことはあるが、いまは伝承が失われている、という。 男子は、ついそういったほうに目を向けがちだが、女性同士は、いろいろ「可愛いもの」や「珍しいもの」「甘いもの」「楽しいもの」で盛り上がっている。 着物の生地を洋装に仕立てた珍しい服装の久賀・零亜(雪華の祈り巫女・b18403)は、某有名店の甘いショコラを手土産に、フォトホルダーに入れた遊園地やショッピングモール、水族館といった「楽しい場所」を案内している。 ユエ・レイン(白の翼と銀の尾と・b27417)は、同年代の子を見つけて、正面から「仲良くなりたいです」とぶつかった。 蓬莱の住人の多くは、一般的な日本人以上にシャイだったが、逃げはしなかった。 そしてどこでも恋の話はテッパンの話題だ。いろいろと盛り上がった。 海岸から、道がつながっており、そこに集落がある。宗方・一子(ベリーベリーストロベリー・b81121)と、九原・終(ナインライヴス・b73832)は、あちこちを探検していた。 何か神社のようなものが、あちこちにある。一子が、おみやげの香水をさしだして、番人のおばさんに聞いてみたところ、ここにみなを導いたツクヨミ将軍を祭るほこらだということだった。 一方、終は、勉学のために建てられた集会所を見つけた。っている集落を発見。 「ほほう、イチゴ、アレを見ろ。ここでも学校のようなものがあるのだな。さしずめ、蓬莱学……お、おい! やめろ、口をふさぐな!」 蓬莱にあるので『蓬莱学校』である。それなら何の問題もない。口をふさいだせいで、イチゴの手は真っ赤だ。終は、使い方を教えるため、口紅をたっぷり塗っていたので。 香水に口紅と、どちらもこの蓬莱島にはなかったようだ。 いままでなかったファッションで興味を引くため、妹出・織泉羅(傾国の陽麗姫・b70426)はあえてイグニッションした。 虹色の胸当てとサテンのビスチェドレスという、はじめて見る姿に、蓬莱の住人たちも集まってきた。 その彼女たちの髪に、織泉羅はサテンリボンを飾ったり、襟にレースやパールビーズを縫い付けてちょっとキラキラにしていった。 背負って来た姿見で、自分を見て、蓬莱の娘たちは大喜びしている。 「名付けて『キラキラしているのはいいことだ』作戦は大成功。理事長、人が着るのが最も見栄えがわかる。モデルを頼めませぬか?」 「へ、あの? 私がですか?」 「そう。理事長が最適なのだ」 (時には目いっぱい着飾った姿を、旦那に見せてやれ) という本音は隠し、勢いで押し切って、仙女の服に現代技術(キラキラ)をしっかり組み合わせた逸品を晴恋菜にまとわせる。 ますます、みんな集まってきた。 「これは、材料があれば容易に作れるのだ。ちょっと特別な自分になって、華やかな茶会を楽しもうではないか」 瀬河・苺子(絆に導かれて・b77693)が、手作りのクッキーをふるまい、買っておいたネックレスや髪飾りといったアクセサリをプレセントした。 「みなさんのところには仙鳥という使役ゴーストがいたと聞いたんですが……」 「大昔にはね。でも、いまは失われて久しい」 残念な答えがかえってきた。だが、世界が変われば、もどってくる可能性もある。 「ところで、食べすぎには気をつけださいね。甘いものは太りますから」 食べすぎ、という言葉に、蓬莱の住人たちは首をかしげた。 「食べ物は味を楽しむためのものじゃろ? 我らは朝日と夕日を浴びれば、食事しなくて平気じゃゆえ。いくら食うても栄養にならんので、太らん」 「う、うらやましいいいいい」 伝説の霞食いは本当だったのかと、いつのまにか会話に巻きこまれていた雹牙堂・寧(正義系女子・b81307)もまとめて、銀誓館の女の子たちが一斉に叫んだ。、 「でも、雨が続くととたんに動けなくなる。だから、うちらは嵐の王が苦手だったのじゃ」 まさか、月と地球の対立の一因だ、そんなところにもあったのだろうか? 「そういえば蓬莱島は、巨大な亀『霊亀』の甲羅の上にあるとも聞いたけど?」 寧が言うと、蓬莱島の娘たちは、そうした伝承は聞いたことがないらしく首を傾げた。『霊亀』といえば妖狐の持つ『永遠の災い』だが、あれは崑崙の中だ。 蓬莱島は、不思議な場所だった。まだまだロマンが眠っていそうだ。 だが、謎と神秘よりは、カラフルなマカロンと温かい紅茶、そしてローズやストロベリーなどのいい香りの各種コスメが優先されるのだった。 「ここには失われた月の神秘が残っているんですね」 きらきらとデコられたまま、晴恋菜は思いを馳せた。 桂・卯月(架空の樹・b82541)が、晴恋菜の言葉にうなずいた。 「どこか懐かしい光景だ……。地球に生を享けた末妹が……命がけで地球へ招いてくれたおかげで……今ここにいる。……俺にも似たような事が出来たら良い……」 考えながらつむがれる言葉を、晴恋菜はじっと聞いている。 「地球での暮らしに慣れるごとに、月への愛着が深くなった。俺自身、この土地に感じる懐かしさに、驚いている……何かを大切に思える者は、他の事も大切に出来るのだろう」 だからこそ、彼女たちと手をつなぎたいと、卯月は言う。 しみじみした二人の前を、ピンクの芋虫きぐるみという、インパクト満載で通り過ぎていったのは、河嶋・ほたる(月に咲く翅・b03676)だ。 あのピンクの芋虫は普段から装備しているキヨミちゃんEXらしい。防寒ばっちりなのだが、ここは常夏の蓬莱なので、めちゃくちゃ汗びっしょりである。 「うう、でも『うさぎさんジョブ』についての情報を得るまでは……月の都には兎がつきもの! というか兎がいなきゃ始まらない! 兎な民がいたはず! むっくむくぴょんぴょんの兎さん〜〜っ!」 こてん。 テンションがあがり、体温もあがって、ほたるは気絶してしまった。やっぱり、常夏の島で、芋虫着ぐるみは無理があったようだ。 「ほわー だいじょうぶ?」 佐原・あきら(花芯・b83026)が、かいがいしく手当てをはじめた。蓬莱の、月光の魔女たちも手伝って、まず着ぐるみを脱がせてくれる。 「島の奥にある白桃は、なんでも効果のある薬になるんだけど。年に数個しかとれないから、必要かな」 それはたぶん月にあったものだと、あきらは思った。ほかのルナエンプレスから聞いたことがある。 「だ、だいじょうぶ……ぜいぜい」 なんとか、ほたるは息を吹き返した。 あきらも、兎に関しては期待していたので、手伝ってくれた、中学生くらいのおねえさんにたずねみる。 「これ、このあいだ、ゆーえんちに行って来た時の写真です」 兎とふれあい広場だ。 「こんなふうに、みなさんとも遊んでみたい、なかよくなりたい。そして……兎さんも一緒だと、もっと嬉しい……」 「大きな兎は、月にはいたって聞いています。単なる動物の、ふつうの兎かもしれないですけど。月に帰れたら……見れますかね」 そして、その月光の魔女は、島の中央に伸びている、巨大な竹を見上げた。 「あれが育ちきれば、月に戻れます。育つのに千年かかる宇宙竹。太古は、魔法を使って一夜で育ったそうで、城砦竹や船舶竹なんていうので地球の連中と戦ったそうです。でも、いまは戻っても、月は灰色なんでしょうね」 見たことのない故郷に、彼女たちは憧れをいだいている。ルナエンプレスたちも、目覚めた時に見た、荒廃した月にはショックを受けたものだ。 「その昔話、もそっと聞かせてくれぬか。環の故郷を復活させる鍵もあるかもしれぬ」 有珠川・茉莉花(有珠川宮の揺れない震源地・b62582)は、会話にくわわった。 かかえてきたスイーツを、差し入れてくれる。 「現代の味じゃ。気に入ったのなら、いくらでも食べるがよいぞ♪ って、これはお土産なのじゃから、環がつまんでどうする」 「いえ、我ら月光の魔女ですから、姫さまたちが……」 ルナプリンセスに遠慮するところがあるようだ。だが、銀誓館学園では、個人的な関係をのぞけば貴種ヴァンパイアと従属種ヴァンパイアに優劣などない。ルナエンプレスたちも、月光の魔女を配下扱いするつもりなど、まったくなかった。 「月を復活させるために。もぐ。いろいろとお話しましょう。ぱく」 「環……」 「現代文化は驚きに満ち溢れてて、素晴らしい、です。特にスイーツは、甘くて美味しくて幸せ、です♪ 月の奥で眠っている人たちも、目覚めてほしい。一緒に、スイーツを食べたいです」 「あら、もうすぐ目覚めますよ?」 晴恋菜が、ひょいっと顔をだした。 「だって、月が岩だらけなのは世界結界が魔法を排除した結果ですから。世界結界がなくなれば、じっくりゆっくりですけど、緑は戻ってきます。私たちが努力すれば、もっと早くなるでしょうね」 そして月が緑の星に戻れば、人々も目覚める。今度は戦いを起こすことない、姉妹星としてともに栄えてゆければいい。 「おお、では、そのために月へ渡る手段を探さないとな」 「あの竹を育てるのがいいですかね?」 「メガリスを使うか?」 ルナエンプレスたちが、拳を握って誓いをかわす。月のために、その復活に、どんな困難があっても突き進もう、と。 「あー……。……決意を固めているところで、水をさすようで悪いが……鬼の手を使えばよくないか?」 さすが時を越えてきた茉莉花。 「あ」 みんな忘れていた。修学旅行に使えるくらいなのだから、月へ戻るのに使えないわけもない。所有する悪路王との話し合いは必要になるが、目覚めた月の民が復興までに宇宙ゴーストに殺されるような事態は悪路王も望むまい。 そう、月光の魔女たちと、ルナエンプレスが、月に戻ってその復興に力を尽くせるようになるのは、そう遠い未来ではないのだ。
こうして、晴恋菜による世界の能力者探訪ツアーは、終幕を迎えた。 十あまりもの組織と友誼を結ぶことができたことは、世界結界崩壊後の平和と安寧の可能性を大きく高めただろう。
夜が更けても、みんな、島のあちこちで、熱く未来を語りあっている。 銀誓館学園第1期卒業生、桐生・カタナ(修羅龍眼・b04195)は、蓬莱島の海岸を散歩していた。 と、誰もいないと思っていた海岸で、小さな男の子がランニングしているのを見つけた。小学校に入る直前、五つくらいだろう。 「おう、トレーニングか?」 声をかけると、立ち止まった男の子は、警戒している表情でうなずいた。 「ぼく……月光の魔女の力が発現しなかったんだ。男の子にはときどきあるんだけど……でも、くじけない。わるいちきゅうじんから、ままやともだちをまもるんだ」 カタナは、かすかに苦笑いした。 「地球人は、もう敵じゃあねえよ。だけど、悪いやつはつきないな」 カタナは、その子に近づくと、手持ちの刀を一本、渡した。 男の子は、けげんそうに刀を見上げている。 「そいつをくれてやる。…もう俺には不要の長物だしな」 徐々に移り往くこのセカイで、身を守る程度にはなるだろう事を祈って―― 「もし使いこなせたなら――その時は、共に肩を並べて歩もうじゃねーか」 銀誓館を去る者もいれば、訪れる者もいる。 世代は変わり、気持ちは脈々と受け継がれる。 願いと想い。それは、このようにして守られていくだろう。たとえ世界にどれほどの悪意があり、敵があっても、それに勝る友を、得ることがかなうのだ。
「銀誓館は、永遠です……ね、盾哉くん」 星を見上げる晴恋菜を、背中から、嵐の王がそっとそっと、優しく抱きしめた。 ……ぬくもりは、決して尽きることなく。
|
|
参加者:233人
作成日:2012/11/30
得票数:楽しい30
笑える1
泣ける2
ハートフル48
ロマンティック4
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
| |