明日を想う、僕たちのお話
<オープニング>
明日、1年後、10年後……。
自分がどうなっているかなんて、想像もつかない。
学生食堂の丸いテーブルを囲んで、桜井・優希(少年魔弾術士・bn0005)も、スフレ・ペシェミニョン(ビターシュガー・bn0293)も、琴森・四葉(中学生運命予報士・bn0300)も今日はまったり。
果てしなく――いつも通り。
「10年後、かぁ」
ぽつり、優希は呟く。
『来たるべき未来について』。
そのアンケートの結果が出てから、皆がそのことについて口にしたり、考えたりすることが多くなった……ような気がする。
世界だけでなく、自分自身の未来のことを。
「優希先輩は将来、何がしたいんですか?」
いちごミルクのパックを握り締めたまま、四葉が訊ねる。
どんな仕事をしている?
どんな場所に住んでる?
――誰と、一緒に居る?
疑問に思うことは数あれど、それを明確なビジョンにするのは今はまだ、とても難しい。
「えーと、ね」
少し気恥ずかしそうに眉根を寄せた優希は意を決したように、はっきりと。
「先生に、なりたいかな」
ぱちくり、目を見合わせた四葉とスフレは、にっこりと微笑み合った。
「すごく優希先輩っぽいです」
「10年後は、スゥだって大学生よ。おねーさん、よ」
「大学生……」
「大学生のスゥちゃん……」
じ、と見詰める優希と四葉の、目。
なんとなく信じがたいと言いたげだったので、スフレはぶーと唇を尖らせた。
「四葉はどうなの?」
「わ、わたしですか? ……そうですね」
うーん、と唸る四葉。
「……トリマーさん、とか」
「なんか無難」
頬杖をついたスフレが一刀両断に切り捨てる。
「すっスゥちゃんのいじわるー」
今度は四葉が頬を膨らませる番だった。
そんな風に笑い合ってからかい合って……だけど、夢を語り合えば、一緒に居られる時間は長いようで、思ったよりも短いのだと思い知らされる。
「同窓会とか、絶対したいですよね」
四葉はふわりと呟いた。
またいつか、どこかで笑い合うことが出来るのならきっと、友達でいられるはずだ。
そう例え、離れ離れになっても。
「四葉ちゃん?」
「ご、ごめんなさい」
優希に顔を覗き込まれて、四葉は目を瞬かせた。
大切な誰かと同じ道を歩き、大好きな誰かとは違う道を歩く。
このいつも通りが、10年後まで続くことはありえない。
そんなこと、考えたら少し寂しくて涙も出そうになるけれど。
「大丈夫、ずっと友達だよ」
優希は笑む。
楽しいことを探す明日に、涙なんて似合わない。
「10年後は四葉の結婚式に呼ばれるのを楽しみにしてるわ」
「す、スゥちゃーん!!」
顔を真っ赤にする四葉に、したり顔のスフレ。くすくす笑う優希。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、今もとても楽しいけれど――、
今じゃなく、未来の話。
今の僕らの積み重ねが、きっと未来の僕らの力になる。
羽ばたく君の、僕の明日は――一体、どんな色なんだろう?
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参加者
天鳴・遊司
(凍て蝶の歌屑・b01110)
合瀬・瑠羽
(往きし黒に不敗の名を捧げ・b01219)
真咲・久遠
(螺旋の月・b01439)
岸納・春途
(真ゾンビハンター・b01898)
星宮・雪羽
(雪花猫の人形師・b04516)
陽山・日明
(ヒートハートビート・b05412)
桐嶋・夜雲
(花待雲・b14549)
葛原・彬
(月下香・b14663)
御嶺寺・結梨
(花祈譚・b15464)
西野・御子
(中学生真処刑人・b16555)
柊沢・華月
(蒼月の守護者・b17707)
佐川・鴻之介
(湾曲男子・b20654)
万木・沙耶
(獄狗の巫女・b23472)
ルシア・バークリー
(リトルウィッシュ・b28515)
陽桜祇・梨阿
(ヘクセンナハト・b29348)
桂木・司狼
(緋色の裁定者・b34341)
遠座・藍
(曖色絵草子・b37650)
メルディ・ファルス
(星空にキス・b38551)
志方・雪子
(友待・b43513)
水瀬・雪白
(六華繚乱・b46715)
宮原・瑞穂
(不羈奔放なる華・b47471)
冬木・誓護
(曼珠沙華携えし渡し守・b47866)
泉・星流
(戦争で僕は伯爵に誤射をする・b51191)
氷室・まどか
(中学生真雪女・b51391)
美堂・白髏
(白花大輪・b51491)
律秘・灰
(星謳・b52113)
香月・風音
(月光に踊る蒼・b52865)
那智・りおん
(イルカの夢・b53173)
榛菜・織姫
(勝利を照らす織女星・b57270)
リリアーヌ・ウィッティングトン
(シルフィドール・b59092)
鈴鹿・小春
(万彩の剣・b62229)
綾崎・夢見
(薙ギ払ウ三日月ノ巫女・b63910)
嘉凪・綾乃
(緋楼蘭・b65487)
響輝・鏡介
(剣聖を目指す者・b66613)
シーナ・ドルチェ
(ネミの白魔女・b67352)
彩樹・玲霞
(彩なす枝葉を護り抱く・b68645)
彩樹・玲斗
(お前もうちょっと忍べ・b68646)
彩樹・火煉
(バーニングサジタリアス・b68674)
彩樹・優哉
(彩樹院のマスコット・b68679)
彩樹・鏡花
(月映す鏡・b68684)
彩樹・風月
(花導く風・b68685)
彩樹・月夜
(月下陣風・b68731)
秋月・信乃
(朱瑞華に添う白狼・b71716)
紗白・想真
(クロスデザイアー・b72319)
久遠寺・タキ
(凍花相・b75212)
トウカ・ツヴァイ
(春色シュヴーア・b76414)
睦月・絵里
(ネバーエンディングストーリー・b80917)
成田・樹彦
(中学生真妖狐・b81217)
NPC:
桜井・優希
(少年魔弾術士・bn0005)
<リプレイ>
●2013年 卒業式
3月。
まだ、時には冷たい風の吹く、けれど確かに暖かな春を感じる季節。
終わりの日は、新たな始まりの日。
袖を通すのも最後になった銀誓館学園の制服の首元を軽くつまみ、響輝・鏡介(剣聖を目指す者・b66613)は卒業式を終え、名残惜しげに校舎を後にする仲間たちを見詰めて、吐息を漏らした。
「鏡介さん」
そこに、聞き慣れた声。
式には出られなくとも、卒業を祝おうとリリアーヌ・ウィッティングトン(シルフィドール・b59092)は待っていたのだ。
「御卒業、おめでとうございますわ」
改めて言われると、なんだか気恥ずかしい気がして鏡介はありがとう、と照れた笑みを浮かべた。
そして、並んで、校舎を見上げる。
「この学園に来て本当に色んなことがあったね、いろんな場所に行って、世界を救って……」
思い返せば、数えきれない思い出が甦る。
けれど、誰よりも、何よりも、一番幸せだったのは――、
「リルと出会って、沢山の思い出を作ることができて、良かった」
呟くように、けれどしっかりと、そう言った鏡介の顔をリリアーヌはハッと見上げた。
真っ直ぐに前を見詰める鏡介。
「学園での思い出はもう作れないけど、これからも沢山の二人の思い出を作っていこう」
これからの道も、二人より添って。
「ええ」
深い茶の瞳を嬉しそうに細め、リリアーヌは頷く。
「わたくし達の思い出をずっと、いつまでも増やしていきましょう」
歩き出す道は長く、果てしなく――それでも、きっと道の先には幸せが待っているはずだから。
●2013年 誰かの、ある日のこと
大人が抱えられる程度の荷物が3〜4個。
それが、彼の荷物の全て。
ポーランドの妖精郷にある小さな城。結社も兼ねていたその館に瑠羽が越して来た――ついにその日なのだ。
「無理はするなよ?」
「このくらいなら大丈夫です……きゃっ、わわわわっ……!」
玄関に重なった荷物を拾い上げようとして転びかけた星宮・雪羽(雪花猫の人形師・b04516)の身体を、合瀬・瑠羽(往きし黒に不敗の名を捧げ・b01219)の大きな手がそっと支えてくれる。大丈夫か、と問う穏やかな視線に、雪羽はこくりと恥ずかしそうに頷いた。
瑠羽は雪羽に怪我がないのを確かめて頷きを返すと、彼女が持ち上げようとした荷物を抱えて館の中に入っていく。
「(……今日から)」
その背中を見詰め、雪羽は改めて口にしていた。
彼がここに居るのは今までだって当たり前だったのに、今日からはずっと一緒に居ることになる……それだけで、何かが違う不思議な感じがする。
熱くなった頬を冷ますようにかぶりを振って、残っていた小さなカバンを持ち上げると慌てて彼の後を追った。
荷物運びで役に立てなかった分、お掃除などは積極的に。
とはいえ、雪羽がきちんとしている、瑠羽も勝手知ったる屋敷への引っ越しはあっという間だった。
「お茶を淹れますね」
雪羽の淹れる、温かな紅茶の香りが辺りに立ち込める。
カタン、と置かれるティーカップ。
それを礼を言って受け取り、一口飲んだ瑠羽は真っ直ぐに雪羽に向き直った。
雪羽もわたわたと居住まいを整えて、彼の顔を見詰め返す。
「改めてになるが、此処がこれからの俺の居場所だ」
真剣な面持ちの彼に、思わず雪羽の表情も強張る。けれど――、
「『此処を、雪羽を、永遠に守る』……この言葉を、今日からの俺の誓いとして、受け取って欲しい」
瞳を瞬き、そしてひとつひとつ、言葉の意味を噛み締めるようにした雪羽の頬が薔薇色に染まるのに、そう時間は掛からなかった。
「ありがとうございます……!」
瑠羽に今にも泣きそうな、けれど幸せそうな微笑みを向けて。
「私も、瑠羽さんとの居場所を守ります。ずっと」
きっと二人なら、幸せな未来を作っていけるはず。
3月31日。
結社『Grimore of Lemegeton』の礼拝堂。
ルシア・バークリー(リトルウィッシュ・b28515)は結社の仲間たちを前に、最後の挨拶を述べていた。
いつの間にか、みんなでお茶をする和やかな日々は楽しくて。
けれど、後継者に結社を引き継ぐのはそう、簡単なことではないから。
「本来うちは、先代『盟主』が卒業したときに解散しているべきところでした。私が無理に存続させてきましたが、ここまでです」
寂しい。
出来るのなら、続けていければいいのだけれど。
ルシアも卒業してしまえば維持していくのは難しい。
「せめて、皆さんの心に思い出として残りますよう」
ひとりひとりの顔を見詰め、すう、と息を吸い込んでから――ルシアは想いを込めて、丁寧に頭を下げる。
「皆さん、これまでありがとうございました」
あたたかな拍手に包まれて、結社『Grimore of Lemegeton』は幕を閉じた。
久々に実家へと帰った遠座・藍(曖色絵草子・b37650)は夕食までのわずかな時間、彼女を連れて懐かしい道を歩いていた。幼い頃から歩き、勝手知ったる道。時には仲間と、家族と――そして今は。
繋いだ指先の少女にそっと微笑み掛ける。
メルディ・ファルス(星空にキス・b38551)は零れるように微笑み返し、実感を込めてそっと言う。
「素敵なところね」
風の、花の香り。
――落ち着いた、田園の風景。
初めて訪れた彼の育った場所。水族館も、動物園ももちろん楽しかったけれど、でもそれ以上に……ここは静かで、優しい。
「何も無いけど、長年過ごした場所だからね。矢張りほっとするよ」
そう言う藍の表情は、いつも以上に気安く穏やか。
先輩はどうだろう? と、顔を覗きこまれてメルディは勿論よ、と柔らかく頷く。と、
「次は」
もっと、君を、知ることが出来るように。
「先輩の実家にお邪魔しても良いかな。噂のご両親にも挨拶したい」
訊ねる藍の声音は、期待に胸を膨らませるのと同時に、少し、ほんの少しだけ――不安も混じっているけれど。
ふふ、とメルディは少し悪戯っぽく笑って、藍の肩口へそっと額を寄せる。
「歓迎する様子に気圧されないか心配だわ」
電話する度、手紙を書く度、娘の恋人に会うことを楽しみにしている両親を思い出したメルディが肩を竦めて見せたから、藍もホッとしたように笑む。
ほんの少しの、静寂。
「……そろそろ夕飯の支度も出来る頃かな、帰ろうか」
「うん、帰りましょ」
やっぱり手を繋いで。
「……藍君のお母さまにお料理を教わろうかしら」
来た道を辿りながら、夕食の後には藍の小さな頃の話をたっぷり聞きたいわ、と楽しそうに話すメルディに目を細める藍。変な話を吹き込まれないように釘を刺しておかなくては、と内心に思ったのだけは――内緒。
12月24日。
大切な誰かと、賑やかに、厳かに、過ごす日。
美堂・白髏(白花大輪・b51491)と香月・風音(月光に踊る蒼・b52865)も例外ではなく、揃ってディナーを楽しみ、イルミネーションに彩られた街を揃って歩く。
どこに居ても、流れてくるのは聞き慣れたクリスマスソング。そんな風に歩いていると、思い出すのは初めて一緒に過ごしたクリスマスのこと。
「覚えてる?」
「はい、もちろん」
二人だけの思い出は、心に秘めて。
微笑み見交わせば、少し紅潮した頬は幸せな色。
公園の、ライトアップされた大きなツリーを前に、不意に押し黙った風音に白髏は不思議そうに瞳を瞬いた。――しばらく逡巡した後、ごそごそとポケットから小さな箱を取り出す。
どんな強敵との戦いよりもずっと、勇気が要る。
――一呼吸。
飾らない、シンプルな言葉で。
「白髏……結婚しよう」
風音の開いたケースの中には、小さな指輪がきらりと輝いていた。
そう言ってくれると信じていたけれど、――嬉しい。
しっかりと噛み締めて、抱き締めて、そして満面の笑顔を浮かべて白髏が告げる言葉はただひとつ。
「はい」
最初から、決まっていた答え。
強張っていた風音の表情が驚きから、喜びに変わっていくのがわかる。
「白髏!!」
「きゃあっ風音!? 苦しいです、苦しいったら!」
力強く抱き締められて、けれど白髏もまた幸せな表情を浮かべていた。
何事にも一所懸命な――そう、そんな風音が大好きだから。
●2013年 再会
「久しぶり……って程の時間じゃない気がするケドも」
桐嶋・夜雲(花待雲・b14549)集まった仲間たちの顔を見回す。
結社『花筐』の面々は、花園の樹の下に集まっていた。
タイムカプセルを埋めるため。
皆の環境もきっと変わっていく。
それでも、花園で結ばれた絆を、信頼を、忘れずにいたい。
絆を疑う訳ではないけれど――僅かでも、繋がりを残したいから。
葛原・彬(月下香・b14663)と御嶺寺・結梨(花祈譚・b15464)は瞳を見交わして、微笑み合う。
力仕事はお任せ、とばかりにざっくざっくと埋めるための穴を掘る夜雲。とはいえもちろん木の根は傷付けないように慎重に。
「こういうのってさ、ちゃんと地図作って、周囲の写真も撮影して場所しっかり記憶しておかないと後で以外と思い出せないもんだぜ」
傍らで、真咲・久遠(螺旋の月・b01439)が楽しげに言った。
大切に包んだ宝物たちを、しばらくの別れとばかりにそっと、入れ物の中に詰め込んで蓋をする――その前に。
「そうだ、埋める前に写真撮りましょう」
「写真か、いいな」
結梨がぱちん、と手の平を揃えて言うのに、彬を筆頭に皆頷いた。
タイマーを使って撮った写真には、4人で並んで、浮かべる笑顔。
「……相変わらず私だけ低い」
むぅ、と唇を尖らせる結梨にくっくと夜雲が笑う。
「いつでも結梨さんは可愛らしい」
「彬さんがそう仰ってくれるなら悪くないかもしれませんけれど」
かぶりを振って柔らかに笑む彬の言葉に、結梨はもう一度、写真を陽に透かして眺めるけれど……やっぱり少しだけ、納得はいかない。
「後でこれ見るとまた色んな再発見あるんだぜ、きっと」
久遠がぽん、と軽く結梨の背中を叩いて笑った。
そして、大切な写真もタイムカプセルへと閉じ込める。
また、会うことが出来るのは10年後。
「また笑顔で逢って話そう」
変わらない目線の高さで、変わらない笑顔で。
「楽しみだなぁ」
夜雲が土を戻しながら、軽やかに言った。
――中身は、掘り返すまで秘密。
●2014年 卒業式
そしてまた、3月。
まだ寒さの残る季節に、銀誓館学園の卒業式は行われる。
「ご卒業おめでとうございます、優希さん」
花束を渡されて、桜井・優希(少年魔弾術士・bn0005)は笑む。
その主はルシア。優しい金色の髪がその存在を教えてくれた。
「わざわざ? ありがとうルシアさん」
「はい、彼が優希さんと同い年ですから」
「……なんか、ものすごい、ついで感」
ぶー、と唇を尖らせた優希に、ルシアは「まあまあ」と笑う。
「お祝いにお店にご招待しますよ、美味しいスイーツ食べ放題ですから」
ルシアがサブマスターをするお店も、彼が卒業すれば他の団員に引き継ぐことになる。――発展していってくれればうれしいですけど、とルシアは笑った。
さあ行こう、と歩き出したルシアがポツリ、呟く。
「優希さんには色々お世話になりましたから、――ありがとうございます」
優希はぱちくりと瞳を瞬いてから、緩く笑った。
「ううん、こちらこそ楽しい時間をありがとう」
変わっていく日々に、そっとさよならを告げて。
●2014年 誰かの、ある日のこと
産院の一室、腕の中ですやすやと眠る生まれたばかりの我が子に、佐川・鴻之介(湾曲男子・b20654)は目を細めた。
小さな、けれど確かな……温もり。
「赤ん坊って、こんなに小さいんじゃなあ……」
鴻之介の言葉には納得せざるを得ない。
目を大きく見開いて、久遠寺・タキ(凍花相・b75212)は鴻之介と赤ん坊を交互に見つめていた。こんなに小さな命が、そう遠くない未来には話して、歩いて、大人になっていくだなんて。
「Vater達の子……俺の、妹」
「自分もきっとこんなじゃったぞ」
ぼんやりとしているタキに鴻之介は苦笑して、そして、大きな息子を真っ直ぐに見詰めた。
「のう、多喜。頼んでおいた話、考えてきてくれたか?」
とてもとても大切なことだから、大切な長男に任せたい。
「ン、考えたよ名前」
任された時は、自分がもともと呼ばれていたタキの名前を思って。――『他来』と漢字の当てられた、余所者の意味を思って緊張もしたけれど。
この子の一生に関わる大切なことと思えば、本当は何でもなかった。
「芽希」
ちゃんと、墨文字で書いた色紙も用意した。
『芽希』と書いて『いぶき』。
「そうか、いぶき……」
その名を噛み締めるように、数度口の中で繰り返して鴻之介は頷く。
「よい名だの」
何よりも嬉しいのは、タキがこの新しい家族を受け入れてくれたのが伝わったから。受け取って貰えれば、タキの頬にも自然と笑みが浮かんだ。
「芽希」
すやすやと寝息を立てる娘に、鴻之介は優しく、温かく呼び掛ける。
その、父親の横顔にタキも笑む。
きっとこの子は幸せになるだろう。
――何より、養子になった、息子になった、自分がそう思うのだから。
「すごーい! きれー!」
感嘆の吐息が漏れる。
背の高い杉の木に囲まれた石畳の参道の景色は素晴らしくて、足取りは軽く、声は楽しげな色を帯びて賑やか。
卒業したら、一緒に日本各地を巡る旅に出よう!
その約束が果たされて、だけど何より律秘・灰(星謳・b52113)が嬉しいのは、桂木・司狼(緋色の裁定者・b34341)と一緒に居られるから。
あまり表情を表に出すのが得意ではない司狼だって、気持ちは同じだ。
「熊野古道は古来、修験道の修行の地とされてきただけあって独特の雰囲気があるな」
言う司狼の言葉に灰もうんうんと頷く。
「お城もいっぱい、すごかったよね」
歴史の重みを感じる各地の城も――どれも、綺麗で。
でも、それと同時に感じるのは……、
「歴史は本当に戦の繰り返しだねー」
「人の営みと争いは切り離せない関係なのかもな……」
少し残念そうに言う灰に、今度は同調するのは司狼の番だった。
「それにしても、今のように重機もない時代に、あれだけの立派な建造物を作り上げるとは……」
「不思議だよねー」
モノは無くてもそれなりに工夫できることこそが、人間の強さ、なのかもしれない。そんな人たちが作ってきた歴史の、自分たちも流れのひとつ。
楽しそうにくるくると辺りを見回す灰の姿に司狼は笑みを零す。
「ね、手、繋ご?」
そんな司狼に、とんとんとん、と灰は軽やかな足取りで近付いて、ぎゅっとその手を握り締めた。その手が強く、握り返されるのに幸せを、感じて。
「日本縦断したらどこ行く? あ、外国とか!」
二人で過ごす時間はもっと長く、そして遠くへ――。
灰の提案に、司狼は確かに頷くのだった。
今治にあるカフェ、『月暈』。
夜主体の営業と言うこともだいぶ周知がされてきて、馴染みの客も付いて、つつがなく営業中。夕食の時間も過ぎて時の流れはまったり穏やか。
その厨房で、志方・雪子(友待・b43513)はコップを磨きながら満足げに吐息を漏らした。
軌道に乗せるまで、1年と少し。
長かったような短かったような時間は……けれど確かに過ぎていく。
「しかし」
客が居ない気安さのせいか、思わず声が漏れる。
自分で選んだこの仕事。
けれどまさか、こんな業種を選んで、こんな風にカウンターの内側で食器を片づけている姿を、いったい誰が想像しただろう?
(「学園に来る前には全く想像も付かなかったな」)
軽く、肩を竦める――そのとき。
カララン……!
ごく静かな、カウベルの音。
入ってきた客の姿に、雪子は緩やかに笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ、月暈にようこそ」
成田・樹彦(中学生真妖狐・b81217)は高校に入ってからも変わらない生活を送っていた。
即ち、学校に通いながらのゴースト退治の日々。
――2年前の夏まで、力の制御を覚えた樹彦は、だがそれ以上のことをしようと思っていなかった。死ぬかもしれない危険のある、その場所に飛び込んでいくだなんて考えただけでも恐ろしかったから。
そんな樹彦を変えたのは、『ラストバトル』と呼ばれるあの戦い。
このまま、何もしないまま――命を奪われるかもしれない危険に立ち向かいもせずにいることに疑問を持ち始めたのだ。
それ以来、様々な依頼をこなしてきたけれど、どれも満足な結果を残すことは出来なかった。
経験は時間とともに積み重ねていくもの。
それが足りない自分には、まだ足手まといにしかなっていない気がして……、
(「まだまだだな、……俺も」)
軽く、かぶりを振る。
それでも――負けられない。
悔しさをバネにして、樹彦は今日も戦い続ける――!
●2015年 卒業式
2015年。
銀誓館学園、中等部の卒業式――。
ほとんどの友達は一緒に高等部へ行くけれども、でも。
西野・御子(中学生真処刑人・b16555)はウェーブの掛かった優しい色の髪をちらり、見遣った。
大切な親友、榛菜・織姫(勝利を照らす織女星・b57270)はずっと騎手になりたいとそう言っていた。――もちろん、中学を卒業したらそのための学校へ行くとも。
だから、一緒に学校へ通うのはこれが最後。
未来への希望を、夢を追うことは素晴らしくて、だから応援すると、『行っちゃやだ』なんて我儘は言えないから、笑顔でと――決めていたけれど。
「「「僕たち」」」
「「「私達は」」」
声が震える。
応援したい気持ちは、ありったけ。
でもでも、やっぱり涙が止まらなくなる。
涙を拭う御子の姿に、織姫はきゅっと唇を引き結んだ。
その澄んだ瞳から、ボロボロと涙が零れるのは織姫も同じ。
「御子ちゃんっ」
「織姫ちゃん〜〜!」
式が終わるのと同時に二人はぎゅっと抱き締め合っていた。
「わたし、絶対3年後に戻ってくるからね。一緒に銀誓館を『卒業』するために。……約束だよ」
涙が零れるまま、それでも織姫は笑みを浮かべる。
きっと、友達のほとんどと別れることになる織姫の方が辛いはずだ。
……だから。
御子は頷く。
「3年後にまた戻ってくるの待ってるね。織姫ちゃんならきっと……ううん、絶対騎手になれるよ!」
指切りげんまん。
3年後の再会を約束して二人はそれぞれの道を歩き出す。
涙を、チカラに変えて――。
●2015年 誰かの、ある日のこと
寄り添う二人の影。
たくさんの人たちに祝福されて、幸福の絶頂のまま終わった結婚式を思うとまだ少し、頬も熱くなる。今日の昼間のことなのに、なんだかもうずいぶんと前のことのようだ。
そっとお腹に触れた陽山・日明(ヒートハートビート・b05412)の手に陽桜祇・梨阿(ヘクセンナハト・b29348)の指が重なって、二人はくすぐったそうに緩やかに微笑み合った。
それぞれの薬指には、指輪が輝く。
日明はプロサッカーリーグにチームを今はお休み中。
そして、梨阿は念願の警察官として自信がついたからこそ、やっと、挙式の日を迎えることが出来た。
「……随分長く待たせてすまない」
梨阿の言葉に、日明はふるり、首を横に振る。
「時間は、関係ない。こうやってずっと傍にいてくれたから」
何にも代え難い時間は確実に紡がれて、そして今日の日を迎えることが出来たから、それだけで幸せ。満足そうな日明の表情に梨阿の頬も綻び、今日の結婚式でした、誓いの言葉のように繰り返す。
「これからは、ずっと一緒だ…仕事で離れていても、きっとお前を想うから。もう一度言おう…陽桜祇梨阿は、日明を愛している」
その言葉を、ひとつも聞き逃すまいと日明の瞳が聞いている。
「俺はお前のものだ」
「私も……陽桜祇日明も梨阿を愛してる。ずっと、ずっと離さないで……」
――力強く抱き締める。その身体に宿る命ごと。
●2016年 卒業式
卒業式の帰り道。
やっぱりいつもの通りに、泉・星流(戦争で僕は伯爵に誤射をする・b51191)と氷室・まどか(中学生真雪女・b51391)は並んで歩いていた。
もう、こんな風に一緒に歩くのは何年越しになるだろう?
「大事な話があるんだけどさ」
そう言った、星流の口調はいつものトーン。
なあに、とまどかが首を傾げる。
「僕の……能力者としてじゃなくて、生涯のパートナーとして一緒になってくれるか?」
流れるように、けれどはっきりと。
ぱたり、まどかの歩調が止まって、少し先で星流が振り返る。
まどかの顔が――赤くなるのが確かに、見て取れた。
「あ……あなたって人はいつもいつも!!」
けれど、最初にまどかの口から零れたのは、怒りの言葉。
ムードも何もないこんな状態で、しかも、急になんて。
「そういう大事な事は……その、もっと雰囲気とか……わ、私だって……心の準備……ってもの……が」
けれどそう、口に出せば出すほど、言葉に変えれば変えるほど――想いは、恥ずかしさに、嬉しさに、変わっていく。
見交わす視線。
星流は真っ直ぐに、こちらを見詰めている。
答えを、それだけを……待って。
唇を引き結び、まどかは真っ直ぐに、星流を見詰め返した。
「私、あなたの事、幸せにしますから……私の事も幸せにしてくださいね」
星流の表情がわずかに、綻ぶ。
少し硬い表情が、星流も同じくらい緊張していたのだと教えてくれる。
「お前が僕を幸せにしてくれるなら、絶対に幸せにすると約束する」
歩む道は、一緒。
今までと――同じに。
●2016年 誰かの、ある日のこと
ザワザワと騒がしい駅構内。
新幹線を下りた岸納・春途(真ゾンビハンター・b01898)は軽くため息を零した。
「(……今回は、結構キツかったな)」
思わず、声も漏れる。
相変わらずのゴースト討伐の日々。
定期的に日本全国を巡る春途でも、慣れる、と言うのには程遠い。
話の分かるゴーストと対話する方針を、間違っているとは思わないけれど――それでも自分には、消滅させるしか。
そこまで考えて、首を横に振る。
今、考えても仕方がない。それよりも今は、待っていてくれる人に連絡しなければ。慣れない手つきでスマートフォンをいじくり、コールの音に耳を澄ませる。
(「……はー、何回目でもどきどきしちゃうなぁ」)
小さなライブハウスから出た天鳴・遊司(凍て蝶の歌屑・b01110)は紅潮した頬のまま溜め息をついた。
ほんの少し前までは、昔馴染みのバイト先のレストランで歌っていただけだったのに……口コミや動画サイトで出た人気はそれなりにあって、一年前にインディーズデビューしてからは、お客さんもじわじわと増えている。
(「マネージャーさんもいい人だし、嬉しいけど。電話まだかなぁ……あ」)
スマホが震える。表示される名前は、待っていた人。
わたわたと慌てて出ると、その名前を呼んだ。
「もしもし、春途君?」
『今、駅に着いた』
「うん!」
電話越しに聞こえる声に遊司は笑む。
高校時代から同棲中の二人。
だけど、恋人? と聞かれたらそれは少し違う気がして、戸惑う。
それでも――。
「……これ」
駅前で落ち合うなり、差し出されたお土産を覗き込んで遊司はうひゃあ、と声を上げた。地方でしか売ってない、キャラクターもののグッズの数々。
大人っぽくなる努力は欠かしていないのにと思わず渋い顔をして見せたけれど、春途は不思議そうに首をひねるだけ。そんな春途に、遊司はまあいいか、と笑って夜の道を歩き出した。
今日は、ご飯を一緒に食べて、久々に二人とも休みの明日には。
「どこか遊びに行きたいね」
「……遊司が行きたいところで」
いつも通りの返答。
ぷぅと頬を膨らませた遊司は、それから、あ、と気付いたように微笑んだ。
「春途君、おかえりなさい」
彼が『ここ』に帰って来てくれることが一番嬉しいから、遊司は笑う。
「……ただいま」
表情は変えず、春途は呟くような声で頷いた。
ゴーストが増えて、前よりもずっと全国へ出かけることが多くなったけれど、一緒に居られるときは一緒に居ようと思う。
ここが帰る場所なのだと、遊司の笑顔に――確かに、確信しながら。
「大事な話がある」
「あ、はい」
人形師として、大切に作った人形のひとつひとつをオンライン販売の為の箱に大事に眠らせていた雪羽は、瑠羽のいつになく真剣な声音に、瞳を瞬いた。
能力者の育成やゴースト退治を仕事にする瑠羽。
彼が時には家を離れ、その無事を心配することもあるけれど――それでも、二人が一緒に居ることが当たり前になった屋敷のソファに向い合せに腰を下ろす。
躊躇いがちに目を伏せる、瑠羽。
その瞳を覗き込むようにして、言葉を待つ雪羽。
「……共に過ごすようになって、長かったな」
「……はい」
彼がこの屋敷に越してきてからを噛み締めるように、雪羽は真剣に頷く。
その真っ直ぐな瞳に瑠羽は笑って、そっと天鵞絨の小さな小箱を取り出した。
思わず、雪羽が首を傾げる。
「長い間、戦ってばかりの俺を、お前の存在が助けてくれた。
だから、これはその礼と……これからも、俺を守って欲しいという、願いだ」
ひとつひとつの言葉をゆっくりと告げる瑠羽、その指先で開けた小箱の中には銀の指輪が穏やかな煌めきを湛えて鎮座していた。
一呼吸。
その間に雪羽の頬がみるみる赤くなり――涙の雫が零れ落ちた。
「わ、私でいいんですか……?」
胸が詰まる。
それでも、瑠羽が優しい微笑みを湛えて頷いてくれたから、伝えたい思いを、雪羽は紡ぐ。
「私、ずっとずっと瑠羽さんが好きで。大好きで。だから、これからも私の全部で守りたい……」
出来る限りの全てを以って。
「瑠羽さん……」
ふわりと触れる、唇の温もり。
もうそれ以上言葉は必要なかった。
「わーい! 日本脱出!」
降り立った大地を踏みしめて、灰は勢いよく背筋を伸ばした。
ヨーロッパは見て回る場所がたくさんあって迷ってしまうけれど……そんな二人が最初に選んだのはドイツだった。
「ドイツとかさ、お城とか宮殿とかっていっぱいあるよね」
「様々な名前のついた街道もあると聞くが」
「街道? 気になるー!」
司狼が片手にパラリとめくったパンフレットを横から覗き込んで、灰はわくわくと楽しげだ。
「司狼くん、バームクーヘンとかある!」
「ソーセージとハム……あとはチーズも有名だったか」
「チーズもだと! 本場! 最高だね!」
パンフレットのいかにも美味しそうな写真。
でもそれが、今はすぐ手の届くところにある!
これがわくわくせずにいられるだろうか。
「ドイツ語はさっぱりだが」
言語に不安を抱えつつ司狼はちらり、と灰を見る、と。
「言語の障害なんて美味しい物の前では問題ないよ多分!」
灰はそう言って笑った。
彼女がそう言うと本当に大丈夫な気がしてくるから、不思議だ。
まぁ、ジェスチャーを使えば何とかなるだろう。
行き当たりばったりの旅行も、それはそれで――楽しい。
時間が足りないとばかりに駆け出した灰に目を細め、司狼も歩き出した。
「ありがとう、白髏」
ベッドの上で、生まれたばかりの命を抱き締めて、優しく微笑む妻の頬に風音はそっと唇を寄せた。
さっきまでは元気よく泣いていた赤ん坊も、今はすやすやと心地よさそうに寝息を立てている。
「華音」
付けたばかりの名前で、娘の名前を呼べば――それだけで、天にも昇る幸せな気持ちになる。
「風音に良く似てますね」
「そうか?」
はい、と白髏が緩やかに微笑む。
きっと快活な風音によく似た元気な女の子に育つ――そんな気がする。
「あかちゃ?」
「白翔も今日からお兄さんだな」
ことりと首を傾げて小さな妹に手を伸ばす息子……そのおっとりした姿はあんまり白髏にそっくりで、思わず風音はくすりと笑った。
今日は初めて、家族4人が揃った記念日。
これからは4人で、歩いて行こう。
「「ええええええ〜〜っ!?」」
シーナ・ドルチェ(ネミの白魔女・b67352)と紗白・想真(クロスデザイアー・b72319)向い合せた二人はぱちくりと、目を見合わせた。
目の前にいる、確かに――。
「え、えっと……僕……?」
「私……?」
鏡に映したように目の前にある自分の顔。
でもお互いに、そうなのだとしたら。
「……私が想真くん!?」
「僕がしーちゃん!?」
すっかり見た目が入れ替わってしまった二人は右往左往して立ち上がった。
「はっ。お風呂どうしよう」
想真が目をつぶれば大丈夫かな、なんて首を傾げているから、シーナは顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を横に振った。
「きっ今日はお風呂禁止ですっ!」
……じゃあ、おトイレは?
「絶対にいやー!」
シーナの悲鳴が聞こえたとか、いないとか。
どたばたとしたけれど、次の日の朝にはすっかり元通り。
「……皆に、色々聞かれました」
「敵の幻覚だったみたいだね、次は……気をつけないと」
ぐったりと肩を落とすシーナと、肩を竦める想真。
もう二度と会いたくない敵だと二人は吐息を漏らすのだった。
桜のはらり、舞い散る4月の日。
法学部2回生の鈴鹿・小春(万彩の剣・b62229)は検察官を目指す勉強の気分転換も兼ねて、銀誓館学園を訪れていた。
入学式。
真新しい制服に身を包んだ学生たちが、賑やかに行き交うのに目を細める。
そんな時。
「小春?」
不意に呼ばれて、小春は振り返った。
やっぱり、真新しい中等部の制服に身を包んだ――長い金色の髪。
「スフレさん?」
「久しぶり、元気してた?」
「うん、スフレさん進級おめでとう!」
スフレ・ペシェミニョン(ビターシュガー・bn0293)は気恥ずかしそうにありがと、と笑って見せる。
「そいえば、四葉さんも卒業だったんだっけ?」
「そね、今年から短大生ー」
それぞれの道に進めば、こんな風に顔を合わせる機会も減るけれど――。
「もし四葉さんに会えたら小春が祝ってたって伝えて貰っていい?」
「別にかまわないけど」
ふふ、とスフレは笑って頷く。
「でも、会ってお祝いした方が、きっと四葉も喜ぶわよ」
「そうだね、会えるといいな」
――いつかきっと会いたいと願って。
●2017年 卒業式
「今日で銀誓館から卒業ですね」
この制服に袖を通すのも今日が最後。
感慨深い想いを抱いて、万木・沙耶(獄狗の巫女・b23472)はほう、と吐息を漏らした。三人でずっと一緒、そして卒業出来るだなんて。
二人の顔をまじまじと見詰めて、思い返す日々は楽しいことばかり。
「初等部からずっとだったから卒業っても変な感じだなぁ」
水瀬・雪白(六華繚乱・b46715)の軽やかな口調は、まだ卒業が信じられないと言いたげ。そんな二人を見詰め、すぅと一呼吸整えてから――那智・りおん(イルカの夢・b53173)は口を開いた。
「……卒業を期に改めて言いたい事があるんだけど」
「なんでしょう?」
「なんだよりおん、改まって」
首を傾げる沙耶と雪白の声が重なる。
じ、と真剣な眼差しで沙耶を見詰めたりおんの声が穏やかに告げる。
「沙耶ちゃん。好きだよ」
ぱちくりと瞳を瞬く沙耶。
「へ? え……ええー! ちょっ……駄目駄目駄目! 俺だって……っていうか俺のが沙耶ちゃん好きだもんねー!」
雪白が早口に捲し立てながら二人の沙耶とりおんの間に割って入る。
「え、あの。いきなり二人とも何言って……!?」
一拍置いてわたわたと慌てる沙耶と、雪白を見て、りおんがにやりと笑って――そして、告げる。
「雪白くん、大好きだよ」
楽しそうにそう言って、二人にそれぞれ花束を差し出した。
「二人ともこれからもずっと仲良しでいてね」
心からの友情と、信頼を込めて。
「……ホントにお前は性格悪いなもう」
頭をかいて花束を受け取った雪白は、くすぐったそうに笑ってから、ぎゅっと沙耶とりおん、二人まとめて力強く抱き締めた。
「……俺も皆大好き!」
そして、お返しとばかりに二人の頬にそれぞれ軽く口づける。
「えっ」
リオンの顔が赤くなる。
「むー……」
それと同時に、ずるい、とばかりに上目遣いに沙耶は二人を見上げた。
「もう、私だって雪白さんとりおんさん……ううん」
軽く首を横に振ると、滑らかな金の髪が優しく揺れる。
「雪白君とりおん君どちらとも大好きなんですからね!」
沙耶の軽やかな声が名前を呼んでくれるのに、雪白とりおんの表情が明るくなる。
ああ、確かに。
これからも、3人の友情は限りなく、続いていくんだ。
●2017年 誰かの、ある日のこと
知らず、呼吸が漏れた。
隣にそっと佇むケルベロスオメガ――レーヴェの鬣を撫でて、トウカ・ツヴァイ(春色シュヴーア・b76414)はもっともっと、遠くを見通したくて目を細める。
大切な人たちのため、何も残さないように、出来る限り消していた道。
それを拾い集めてみたい、そう願ったのは大学に入るよりももっと前、銀誓館学園に居たあの頃からだ。
それは、世界がこんな風に能力のことなんて考えなくて済むようになったからか、それとも。
(「学校で出会ったみんなのおかげ、かな」)
そんなこと、気恥ずかしくてとても口には出せないけれど。
それでも、あの笑顔たちを思い返せば自然と笑みが零れてくる。
「ねぇ、レーヴェ」
語り掛ければ、レーヴェは小首を傾げて真っ直ぐに、トウカを見詰めた。
「この旅が終わったら、そうしたら……もっと僕らも思い出刻んで行こうね!」
がう、とくすぐったそうにレーヴェが応える。
そこから、未来が始まる。――そんな気がする。
昼間は鎌倉で子育てをしつつ、夜営業の今治のカフェ『月暈』での店員もすっかり板についてきて、嘉凪・綾乃(緋楼蘭・b65487)は今日も華麗に接客中。
その正体が銀誓館学園OGの能力者だと誰が思うだろう?
「スフレちゃん、おまたせ」
「綾乃ありがと」
学校帰りにカフェのカウンターでほわほわしつつ、紅茶に舌鼓を打つのはスフレ。
「ひなー」
「きゅぴぴ!」
スタッフルームからは今年で2歳になる綾乃の愛娘優奈と、モーラットの雛が遊ぶ声が漏れ聞こえてくる声。
「優奈いくつだっけ?」
「今年で2歳よ。大きくなったらスフレちゃんみたいな、可愛いお姉さんになってほしいな」
ふふ、と娘の成長に思わずはにかむ綾乃があんまり可愛いから、スフレも思わず笑みが零れてしまう。
「きっとすぐに素敵なお姉さんになるわ、綾乃の娘だもの」
今はまだキュートだけと、と付け加えて。
玄関を開ければ、ほんのり甘いトマトの香り。
創作イタリアンの店で修業中の秋月・信乃(朱瑞華に添う白狼・b71716)だが、やっぱり誰かが、特に大切な人が作ってくれる料理が楽しみでないハズがない。
パフォーマンスバーで働く宮原・瑞穂(不羈奔放なる華・b47471)だけれど、家事も両立して頑張ってくれるしっかり者だ。
「ただいまー! 今日は凄く忙しくて……お腹すいちゃったよ」
「あ、信乃君お帰りなさいー。今日も頑張ってきた?」
その香りに、ボロネーゼ? と彼女の手元を覗き込めば、ふふと微笑みを浮かべた瑞穂は、もうちょっと待っててね、と視線を送る。
着替えてテーブルに着き、食事をわくわくと待つ信乃。
そんな彼に、背中越しに、瑞穂はあのね、と小さく切り出した。
「今日、ちょっと仕事で危なかったんだ。うっかり集中力切らして、怪我しかけちゃったんだわ」
「え?」
即座に信乃の顔色が変わる。
「怪我はしてないの? 本当?」
ふわり、肩に触れる信乃の指先。
「気をつけてよ……心配するじゃろ」
とがめるような口調が心に刺さる。
でも、その瞳があんまり真剣で、あんまり心配そうだから。
「ごめんなさい……風邪でも引いたのかな? 今日はちょっと早めに休むね、本当にごめんね」
上着を羽織り、ベッドの方へ行きかけて瑞穂はぎゅ、ともう一度、信乃の手を握った。
「瑞穂?」
「ね、信乃君。今日は一緒に寝よう」
いつも元気な瑞穂の、甘えたような声に――逆らえる、訳なんてなかった。
「さっきは怒り過ぎちゃったね、ごめんね」
ベッドの中で、ぎゅっと大切そうに瑞穂を抱き締めて、反省しきりの信乃の言葉に瑞穂はふるふると首を横に振る。
「狼変身して寝る?」
安心したように、ちょっと悪戯っぽく笑う瑞穂。
今度は、首を横に振るのは信乃の番だった。
「今日はこのままがいい」
だって、狼になったんじゃ、ハグもキスもできないから。
「あったかいね……気持ちいいや」
キスにくすぐったそうにして、瑞穂は吐息を漏らす。
温もりの中、眠りに落ちていくのはあっという間――。
こんなにも安心できるのは、貴方の傍しかないのだから。
――そんな風に、日常は過ぎていく。
やっぱり毎日、いつものように二人向かい合って、瑞穂の手料理に舌鼓を打つ日々。
「信乃君、ちょっと話あるんだけども、いいかな?」
もぐ、と口にサラダを押し込んだ信乃が首を傾げる。
「病院に行ってきたの。……風邪、じゃなかった。えーと……そのね」
なんだか頬が赤くなる。
真っ直ぐに見詰めてくれる目を見返すことが出来なくて、思わず目を逸らしながら、そっと告げる。
「2ヶ月。だって」
「2ヶ月……」
思わず瑞穂の言葉をそのまま繰り返し、そして。
瞳を見開いたのは、その意味が分かったから。
「本当に!? うわー! 嬉しいよ! ありがとう! おめでとう! やったーーー!」
思わず、ガッツポーズ。
捲し立てる言葉の半分以上、自分でも何を言っているかわからなかったけれど、嬉しそうににこにことしている彼女がそうしていてくれるなら、少しくらい大騒ぎしたって罰は当たらないハズだ。
「瑞穂も子供もずっと支えるからね。愛してる」
「こちらこそ、これからもよろしくね」
きっとこれから、微笑み零れる家族に慣れる。
約束ではなく、確信。
二人、いや――三人で一緒なら。
事務所から来た依頼のメモに目を通す――。
「(ゴーストに包囲されて、孤立した人々の救出、か)」
高校を卒業した樹彦はゴースト退治を生業とする道を選んだ。
これから先、世界がどんなふうに変わっても――ゴーストの被害がなくなることはなさそうだ、そう思ったからだった。
今は、同じ考えを持った先輩が開いた事務所で世話になっている。
学ぶことも多く、充実した日々だ。――戦うことを躊躇っていた昔の自分とは、ずいぶんと差があるなと苦笑することもあるけれど。
依頼書を折り畳んで、樹彦は顔を上げた。
その任務を、簡単だとは――言えない。
けれど、きっと大丈夫。すぐに終わらせることができるだろう。
●2018年 卒業式
2018年、高等部卒業式。
(「う〜緊張してきたよ〜 」)
中学の卒業式からさらに3年。
久しぶりの道を歩きながら、織姫は小さく呟いた。
夢の為に、競馬学校へ行くことを決意した織姫は、いっぱい泣いて、友達と別れて――そして、ちゃんと夢を叶えた。
だからこそ今日の日は、大好きな友達と迎えたい。
なによりも、3年前にそう、約束したんだから。
見えてきた校門、その前に――もっと見慣れた長いポニーテールを見付けて織姫はパッと顔を輝かせた。
きょろきょろと周囲を見回しているその姿は、確かに――。
「御子ちゃん!」
声を上げると同時に駆け出していた。
「わっ、織姫ちゃん! わ、わぁぁ!?」
満面の笑みを浮かべた御子に、織姫は勢いよく抱き付いていた。
ぎゅーっと抱き締め合う温もり。
「織姫ちゃん、おかえり!」
柔らかな笑みを浮かべる御子に、織姫も満面の笑みを返す。
「ただいま、御子ちゃん!」
久々の再開は、なんだか少し気恥ずかしくて、くすぐったい。
それでも、積もりに積もったお喋りに花を咲かせたら、あっという間にその溝は埋まっていく。
「卒業生なら、やっぱりこれがないとね」
御子が差し出したコサージュが、織姫の胸元に輝く。
誇らしげに胸を張って、織姫は御子の顔を覗き込んだ。
あのね、と問い掛ければ御子も微笑みを浮かべる。
「御子ちゃん、出会ってから9年……これまで本当にいっぱいいっぱいありがとう! これからも……私達、ず〜っと心友だからね!」
言葉にすれば、叶う気がして。
そんな織姫の手をぎゅっと握り返して、御子も言う。
「ボクも沢山感謝しきれないくらいだよ、ありがとう! 勿論これからも心友だよ♪」
長く通った学び舎に別れを告げる。
ずっと通い続けた学校とは、これでお別れ。
それはとてもとても寂しいけれど、新しい未来への道筋は確かに、自分たちの前にある。
心繋がる親友がいるのなら、どんな道も乗り越えていけるはずだから!
●2018年 誰かの、ある日のこと
二人並んで腰を下ろして、ただ景色を見詰めていた。
ずっと遠い山の向こう側に、夕日が落ちていく。
「旅に出てもう四年も経つのか」
司狼がぽつりと呟く。
その言葉に、灰はこくりと小さく頷いて、口元に笑みを浮かべた。
「すごくすごく、楽しかった。まるで夢みたいな時間だったよ」
日本各地からヨーロッパ、二人で世界を巡り巡る時間は、長かったようで、短かったようで……けれど確かに、確実に、思い出として積み重ねられて――二人、それぞれの胸の中にそっと、思い出として閉じ込められている。
「司狼くん、これからどうする?」
それは、6年前にも交わした質問。
まるであの頃に戻ったような、不思議な感覚に陥りながら……、
「これからか……」
司狼は吐息と共に、考えていた想いを口にする。
「俺は能力者として各地を放浪するつもりだ。ひと所に長く留まる事もない」
それは、ずっと胸の内にあったこと。
けれどそれは、危険と隣り合わせの日々でもある。
だから。
夕日を見詰めたままの灰を見詰め、司狼はけれど意を決して言う。
「それでも、共にいてくれるというのならば……それは、とても嬉しいと、思う」
司狼の言葉を噛み締めるように、すぅと息を吸い込んでから、灰はぎゅ、と彼の腕に腕を絡ませた。
「灰?」
「私、一緒に居たいよ」
司狼のように目的がある訳ではない。
けれど、でも、灰が一番、そうであって欲しいと思うのは――。
「きみの隣が私の居場所にさせて欲しい」
そっと額を肩に寄せる。体温を、感じたくて。
「……ほんとにいいなら、ぎゅってして、ほしい」
微かな懇願の声音が、問い掛ける。
信じている。けれど、もしも、万が一、拒絶されたらと思うと怖くて。
永遠にも思える時間は、ふわりと触れた温かい指先に抱き寄せられて、終わりを告げた。
司狼の腕が、小柄な身体を抱き締める力は優しくて。
灰はそっと、その腕に身体を預けた。
また、二人一緒の日々が始まる幸せを――想って。
研修医として、充実した生活を送る冬木・誓護(曼珠沙華携えし渡し守・b47866)。
実家の神社の巫女を恙なく務める綾崎・夢見(薙ギ払ウ三日月ノ巫女・b63910)。
大学を卒業し、それぞれの道を進みながらも、数少ない休みの合う日にはデートを重ねて、愛を温めていた。
「綺麗……」
高台の公園から眺める夜景。
幸せそうに目を細めている夢見を、誓護は少しだけ、緊張気味に見詰めた。
「夢見さん」
「はい?」
優しい声に名を呼ばれ、夢見は振り返る。
自分を見詰める真剣な眼差し。それは、ほんの少し――幸せの予感。
「その……僕の方も色々と安定してきたから」
緊張気味に言葉を繋ぎ、懐から取り出した小箱を開けた。
きらりと輝く銀の指輪。
夢見は思わず口元を抑えて、彼を見詰め返す。
言葉を、ゆっくりと――待つ。
「僕と結婚してほしい。これまでそうしてきてくれたように、この先もずっと一緒に、共に歩んでほしい」
望んでいた言葉。
わかっていて、それなのに、あんまり嬉しくて、幸せで、涙が零れる。
「ゆ、夢見さん?」
「嬉しいです、誓護様」
誓護が心配そうに顔を覗きこんだから、ふるりとその黒く長い髪を揺らしてから夢見は満面の笑みを浮かべた。
「はい、わたくしでよければ、幾久しくお供いたします」
そして、そっと手を差し出す。
誓護もホッとしたように微笑みを浮かべ、そして頷くとその白く細い指に指輪を填める。
薬指に光る指輪。
それは永遠を紡ぐための一歩、そんな――気がした。
リーンゴーン!
教会の鐘の音が響く。
晴れやかな6月のチャペルは、幸せに満ち満ちていた。
滑らかな金色の髪に、ふわふわと飾られたプリンセスラインのドレスにヴェールの裾を引いて、歩いてくる妻を見詰めて鏡介は息を呑んだ。
あまりにも、美しいから。
一歩、また一歩とゆっくりと近付いてくるその姿。
祭壇に立って待つ彼を見詰めて、リリアーヌもまた幸せな気持ちでいっぱいだった。
最愛の人のすぐ傍らへ。
「とても綺麗だよ、リル」
「ありがとうございます」
つながる指先があたたかい。
見詰め合えば、幸せいっぱいで胸がはち切れてしまいそう。
神父が告げる誓いの言葉をなぞるように、二人の声が重なる。
「「私達は、今日この時より夫婦となり、常に互いを愛し、健やかなるときも、病めるときも、死が二人を分かつまで、命の続く限り、共に在り続けることを、ここに誓います」 」
指輪をそれぞれの指に填める。
ひとつひとつの誓いが、二人の新しい門出を確かなものにしてくれる。
そして、誓いの口づけ。
ヴェールを上げればリリアーヌの顔はすぐ目の前。
鏡介はそっと顔を寄せ、囁く。
「少し時間が掛かったけど、改めて僕を好きになってくれてありがとう。
僕は今、とても幸せだよ……」
「それは、わたくしの方こそが、言うことですわ。
鏡介さんから、始まったのですから」
優しい色の瞳。
その色を見詰め合って――そっと瞳を閉じたなら、誓いの口づけが交わされる。祝福の拍手に、包まれて。
腕を組み、退場するバージンロードは二人の生活の新しい一歩。
「これからもずっと、リルの事を幸せにする。世界で一番、リルを愛しているよ」
「ええ、共に幸せになりましょう。わたくしも、鏡介さんを愛しておりますわ、世界中の何よりも」
組んだ腕を握る力を強め、二人は優しく微笑み合うのだった。
世界結界の崩壊、そしてゴーストたちとの戦いが表沙汰になることは、睦月家にもちょっとした騒動を巻き起こしていた。
――それもそのはず、愛娘が(人々を救うためとはいえ)危険を犯していると知って躊躇わない、親はいない。
それでも、睦月・絵里(ネバーエンディングストーリー・b80917)は誇らしげだ。
自分のしてきたことに、間違いなど無いと信じているから。
「ねっ、お婆ちゃんの魔法は本当だったでしょ?」
そして何より、大好きな祖母から聞いていた魔法の物語が本当で、それを誰かの役に立てることが出来るのなら、こんなにも素晴らしいことはない。
「あ、ああ……」
「でも絵里……ずっとあんな事をしてたの?」
それでも、両親は心配そうに視線を向ける。
そんな危険、させたくないのが親心。
「う、うん……大丈夫、私強いんだから! 心配いらないって!」
それでも、両親の不安は簡単には拭えない。
大切な大切な娘を心配するその気持ちを、捨てることなんてできない。
まして、両親は魔法の世界なんて信じていなかったのだから。
その擦れ違いを埋めるのは――そう簡単ではないだろう。
「と言う訳でして……どうすればいいでしょうね? 勿論今までみたいな活動をやめる心算は全然無いんですけど、心配を減らしてあげられないかと」
数日後のカフェ、コップのストローをくるりんと回して絵里は溜め息をついた。
「そう、ですね……」
琴森・四葉(中学生運命予報士・bn0300)も同じようにくるくるとコップの中の氷をかき混ぜて、うーん、と唸る。
危険な仕事をする人の、親や家族の心配は――そう簡単に拭うことは出来ない。
「やっぱりこまめに連絡を取る……とか?」
大切に思う、その結び付きに甘えてしまわないで、きっと言葉を交わし続けたらいつか分かってもらえる、そんな気がするから。
「そう、ですよね」
「先生方にも相談してみると、いいかもしれません」
きっと、銀誓館の先生方の方が、そういうことに慣れているだろうから。
頑張って下さいね、と四葉はふわり微笑みを向けた。
●2019年 誰かの、ある日のこと
ステンドグラスが優しい陽光を透かして落ちる、チャペル。
厳かな雰囲気に包まれて――パイプオルガンの音色にひとつ、ふたつ、緩やかな足取りを心がけ、父親のエスコートに身を委ねながらメルディは真っ直ぐに、バージンロードの向こうで待つ彼を見詰めた。
切れ長な、その瞳の色はまるで吸い込まれそうなほど――優しい色。
祭壇の先から、伸べられる彼の手。
それを取る、ほんの一瞬前にメルディはふわりと柔らかな視線を養父に向けた。
涙しながら、けれど確かに喜んで、微笑んでくれる父の顔。
感謝を込めた涙が一筋、零れた。
その様子に、藍も微かに笑みを浮かべて嫋やかに会釈する。
牧師の前に二人並んで。
復唱する誓いの言葉のひとつひとつに、思い出が込み上げてくる。
そして、ここからは二人で重ねる道。
「誓います」
藍が述べる、凛とした誓い。
「――誓います」
メルディの声が震えるのは、あまりにも幸せだったから。
静かに輝きを湛える銀の指輪をそれぞれの指に填めて、メルディを包むヴェールがそっと上げられる。
すぐ傍にある新婦の顔を真っ直ぐに見詰めて、藍はそっと囁いた。
出会えたこと、愛してくれたこと。
その全てが複雑に絡み合い、けれど言葉になるのは。
「メルディさん、……有難う。愛しているよ」
前とは違う、呼び名。
それは少しくすぐったくて、けれど嬉しくて。
彼の澄んだ瞳を愛おしげに見詰め、そして――誓いを封じ込めるためのキス。
想いを込め、誓いを込めて、この日、二人は晴れて夫婦になったのだった。
「見てるかーママはやったぞー!」
歓声。
サッカースタジアムは勝敗を決するその1点に沸いていた。
その中心に居るのは日明。
試合序盤から大張り切りで、的確な指示――そして、ついにはゴールまでを決めて、観客席の一点へ、日明は大袈裟なまでのガッツポーズを向ける。
「ママ?」
「どうだ、日明はカッコイイだろう?」
観客席からその様子をじっと見つめる愛娘・凛胡にまで梨阿は惚気ていた。
試合の後は家族水入らずで食事。
「ママ、カッコよかった!」
父親の受け売りそのままに、ガタンガタンと興奮気味に食事のテーブルを揺らす娘に、ありがとう、と日明は笑みを零す。
「お前も、もう少し落ち着いてくれればいいんだけどな」
元気いっぱい男勝りな凛胡。けれどそんな風に元気に育ってくれれば何よりも嬉しい。
娘の母譲りの艶やかな黒い髪を撫でて、梨阿も笑む。
「下に妹や弟が出来れば凛胡も良い姉になるさ」
それは、面倒見のいい日明のように。
「そうだな」
幸せそうに目を細めた日明も、確かにとそう応じるのだった。
綾崎神社。
夢見の実家では、神前式の晴れやかな席が設けられていた。
両親、親族、気心の知れた人たちが滞りなく式を進めてくれる――一方で、夢見自身も慣れたその場が、やはり自分のものなのだと思うと幸せな気持ちが満ちてくる。
「固くならなくても大丈夫ですよ」
「うん、ありがとう」
傍らで、緊張の面持ちを浮かべている誓護にそっと優しく微笑み掛けると、彼も小さく頷いて、正面を向き直した。
決して、不安が無いわけではない。
してあげたい、こうなりたい、想う気持ちは溢れんばかりで、止めることは出来そうにもないけれど――。
ちらり、綿帽子の向こう側の柔らかく微笑み返してくれる、彼女となら。
――きっと大丈夫。
これから先、どんなことがあろうとも……そう、強く想うことが出来るから。
お互いに愛し合い、想い合うことができるから。
もう迷わない、誓護の誓いの言葉は凛と強く、晴れやかに通る。
「必ず幸せになります」
涙ながらに、けれど娘の幸せを願って送り出してくれる両親に、夢見は深々と頭を下げてから、夫を見た。
こくり、力強く頷いてくれる彼と歩いて行こう、どこまでも――ずっと。
●2020年 誰かの、ある日のこと
「もきゅ!」
「きゅっぴー!」
本日、モーラットカフェ開店。
喫茶『月暈』でモラずデビューの日だ。
「猫カフェもいいと思うけど、時代はモラカフェだと思うのです!」
「そーだそーだ!」
「題して、月暈モフモフ計画!」
力強く宣言する綾乃に、せっかくの日だからと現れたスフレも同調する。
どこか、店主よりも力が入っている不思議。
モーラットのすずと雛も元気いっぱいにポーズを決めると、お客さんが来るのを今か今かと待っているようだ。
意外と出たがりさんなんだね、みんな。
その時、ちょうどカウベルの音。
「それじゃすず、いっておいで」
「きゅぴん!」
ぴしり、敬礼ポーズを取ったすずはぴょんぴょんぴょんっと入ってきた客に元気よく鳴いて見せた。
ちなみにふよふよ、おしぼりを配る雛は結構気配りさん。
「うわー、2人が戯れる姿が可愛くて写真撮りたくなってくる……」
スタッフのはずなのに。
「いっそカフェの専属カメラマンにでもなろうかな?」
「……そういや今なら使役って映るのか?」
ウズウズする綾乃に、伸びた髪をいじりながら雪子が苦笑する。
「試してみる!」
ばっちりお母さんをしている綾乃も、無邪気にしていると可愛い姿にスフレは笑みを深くする。
「楽しくなりそうね」
「きゅぴ」
ぽて、とカウンターのいつもの場所に座って満足げなスフレのモーラットましゅまろはすっかりお客さん気分でカウンター上に陣取っている。
「まあ、最初の内は説明も兼ねて私も表出ずっぱりにしているから」
もし、何か問題が起こった時に灯台代わりになれればいい。
ここは、誰ものためのカフェなのだから。
銀誓館を卒業して以来、ふらりとどこかへ行ってしまった大好きなお兄ちゃん。彼を探すため、日夜各地を放浪していた彩樹・火煉(バーニングサジタリアス・b68674)は久々に家に帰ってきていた。
「ただいまー」
たまたま。
本当にたまたま、帰ってくると――机の上に白の二つ折りハガキ。
「招待状?」
まじまじと眺め、表面に踊る『Happy Wedding♪』の文字を見つけると、火煉はパッと顔を輝かせた。
でも、誰と、誰が?
「私はお兄ちゃんと結婚したい! あ、血縁だった。駄目だ」
自己ツッコミも晴れやかに冴えわたる。
自分はダメでも、兄弟の幸せはばっちりしっかり祝わなくては!
久しぶりに皆に逢える幸せに、火煉の心も踊る。
「ねーふづきちゃん、変じゃない?」
高校まではサイドテールにしていた髪を、今は解いてすっかりストレート。
可愛らしいワンピースに合わせて整えた髪型を見詰め、鏡と睨めっこしていた彩樹・鏡花(月映す鏡・b68684)は、双子の妹を振り返った。
高校を出て以来、『彩樹院』を出て二人暮らし。
仕送りは欠かしていないし、時々様子を見に行ったりもしていたけれど、久々に会う家族だから――おめかしをして出かけたい。
短く切り揃えた自分の髪に軽く触れた彩樹・風月(花導く風・b68685)は、大丈夫よ、と軽く口元だけで笑う。
「さ、出かけよ」
風月の声に、誘われるように笑顔になって、鏡花は隣に並ぶ。
血の繋がりがあっても、無くても、大好きで大切な家族。
まさか結婚する人が出るだなんて思いもしなかったけれど――それもまた、幸せの形だろうから。
手作りの結婚式場は、可愛らしく飾り付けられて華やか。
それぞれのテーブルについて、花婿と花嫁の登場を待つ。
「皆久しぶりだね、元気だった?」
見慣れた顔が並んでいて、なんだかホッとする、と風月は思う。
「顔が見られて嬉しいわ」
彩樹・玲霞(彩なす枝葉を護り抱く・b68645)も集まった弟妹たちの顔をひとりひとりじっくりと眺めて、口元を綻ばせる。長年の生活で浸み付いた『長女』的気質はそう簡単には抜けそうにない。
ましてや、彩樹院をきちんとした童養護施設にするために、やるべきことは山ほどあるから――その気質が抜ける、と言う方が無理と言うものかもしれない。
なんだかもう、既にまったり幸せな空気に包まれる、その時。
どたどたどた、と大袈裟な足音がして――部屋に飛び込んできたのは。
「玲斗!」
彩樹・玲斗(お前もうちょっと忍べ・b68646)、血の繋がった弟の登場に、玲霞は思わず立ち上がって――頭を抱えた。
いくら内々の式だからと言って、ギリギリ到着、しかも普段着だなんて。
「玲斗……ちゃんと生きてたんだね」
風習や民話の研究をしながら全国を回り――ついでに遭遇したゴースト退治も請け負う玲斗の仕事は、決して安全だとは言えないから。
風月がホッとしたように微笑を浮かべて玲斗を見、その風月を鏡花が逼迫した表情で見詰めてはいるが、それには誰にも気付かない。
「ああ」
そんな心配げな風月に玲斗は軽やかに応じて、そしてニッと笑う。
「まさか結婚式だなんてな、まったく気付かなかった」
土産な、とどさどさと紙袋をその場において、玲斗も席に着くと同時に――会場の大きな扉にスポットライトが当てられた。
イメージ通りの行進曲。
ゆっくりと開けられたドアの向こう側から歩いてくる新郎新婦――。
「!?」
「……」
「…………?」
その姿に、全員が息を呑んだ。
キリリと凛々しいタキシードは、彩樹・月夜(月下陣風・b68731)(女)が。
ふんわり美しいウェディングドレスは、彩樹・優哉(彩樹院のマスコット・b68679)(男)が。
「うぅ、やっぱり恥ずかしいよ…」
衣装が逆だから恥ずかしいのか、そもそもこの注目される状況自体が恥ずかしいのか、それは良く分からないけれど、顔を真っ赤にして、優哉はちらりと月夜を見た。
月夜は涼しい顔をしているが、本当はやっぱりちょっぴり恥ずかしがっているのを優哉はちゃんと知っている。
――時間は少し、遡る。
新郎新婦の控室で二人は息を呑んでいた。
「えっと……」
「これは……」
声も重なる。
用意された衣装は、明らかに月夜にタキシード、優哉にウェディングドレス。
思わず手に取って、二人は顔を見合わせた。
「何かの間違い、ってわけじゃないんだよね、多分」
「そもそも間違えたのならばサイズが合わない筈だろう」
いくら中性的な顔立ちの優哉、凛々しい月夜とはいえ、身長は優哉の方が高いのだから……間違えれば、着られる訳がない。
心情的には間違えたのだろうと思いたい部分はあるが。
しばらくの沈黙、切り出したのは月夜だった。
「よし、このまま着るぞ、優哉」
「え? う、うん……」
「どうせ身内だけの式だ。堅苦しくなるよりはドタバタした方が此処らしい」
少し戸惑い気味の優哉に、月夜は柔らかく微笑み掛けた。
賑やかに、面白がる家族たちの笑顔。
「うん、せっかくの式だもんね。楽しくいこうよ」
優哉も頷く。
それもまた、彩樹院らしくて楽しいように、想えたから。
それぞれの衣装に身を包み、向かい合って、月夜はさらりと言ってのける。
「それに……本当の晴れ姿は2人だけの時に、というのも悪くはないだろう?」
「……うん! 月夜お姉ちゃんのウェディングドレス楽しみにしてるよ」
パッと瞳を輝かせ、優哉は月夜へと手を差し出した。
――そして、今現在。披露宴会場。
「……マジボケなの?」
風月が思わず呟く。
「なるほど、最近は花婿がウェディングドレスで花嫁がタキシードなのか」
「納得してる場合じゃないでしょ!」
良く似合っている、どこに出しても恥ずかしくない、と微笑む玲斗。そんな弟がこの辺の歴史の変遷も研究対象になるかもしれない、などど思いっ切り納得しているものだから、玲霞のツッコミも追い付きそうにない。
ああ確かに、確かに良く似合ってはいる。
二人ともとても可愛くてカッコいいの、だけれども。
思わず弟妹たちの顔をもう一度見回した玲霞は、
「あははははははは」
爆笑している火煉を見付けてまったく、と腰に手を当てた。
「……火煉、あんたでしょ? 全く、仕方ないんだから」
諦めたように緩く笑んでから、玲霞はもう一度、新郎新婦を見詰めた。
やっぱり、可愛い。
最高の弟と妹だ。
「ああもうっ! 二人ともとっても可愛いっ」
「わぷ、玲霞お姉ちゃん、落ち着いてー!」
「この年になってまで抱きしめるのはやめろ!?」
可愛いんだから仕方ないでしょ、と玲霞はやめるつもりは毛頭なさそうだ。
「いや、二人とも似合ってるよ」
火煉は相変わらず、笑いをこらえる気もなく腹を抱えているけれど。
「そうだね……二人ともよく似合ってる」
問題ないよね、と鏡花がこくりと頷いた。
ぷ、と風月が噴き出す。
この家族らしい、賑やかさと明るさで。
笑顔で二人の門出を祝わないと。
「でも、やっぱりウェディングドレスって綺麗だねー」
着ているのが男でなかったらもっと感慨深いのだろうけど、と前置いて風月はチラリと鏡花を見る。
「鏡花は、やっぱり憧れる?」
「うん、憧れるなぁ」
自分よりも女の子らしい鏡花なら、きっとそう言うと思っていた。
「鏡花がお嫁に行く時はわたしも泣くかもね」
大事な大事な、お姉ちゃん。
離れ離れになる、その時を思ったら少し、切ない気持ちにもなったけれど――。
「私が? 着る機会なんてないない」
返ってきた鏡花の答えに、風月はきょとんと首を傾げる羽目になった。
「あー、思いっきり笑い倒した所でお腹が空いた。なんか食わせろ―!」
ひとしきり皆で笑った後、そう言った火煉の落ち着きのない一言で食事が始まる。
「それにしても、結婚かあ……あたしそんなの、考えた事もなかったな」
まじまじと優哉と月夜を見詰め、玲霞が呟く。
弟妹たちの面倒を見ることばかり考えていたから、今日はなんだか母親の気分――感無量だ。
「風月たちもいつかは、な」
月夜は風月に視線を送りれば。
「わたし? ……当分ないなぁ、今は仕事が楽しいよ」
風月はばっちりしっかり私服参加の上に食事を美味しく頂いている玲斗を見遣る。
「そうそう、ふづきちゃんの結婚式はないない」
うふふ、とさえぎるように言う鏡花に月夜は少し困ったように視線を向けて、呟く。
「……風月の結婚式は即日相手の葬式になりそうで不安ではあるが」
「……? なんで結婚式が葬式になるの?」
また、首を傾げた風月の隣で、鏡花がふふふと笑う。
「(ふづきちゃんはずっと私と一緒にいるんだから誰の元にも行かないよ私から離れるなんてありえないそう決まっているのうふふふ)」
ぶつぶつと小さく呟いた言葉は、誰にも聞こえていない。たぶん。
そして、ブーケトス。
女の子いっぱいの彩樹院では、ある意味メイン。
並ぶ姉妹たちを前に、放り投げようとした優哉を月夜が止める。
微笑んでブーケを受け取る月夜に、納得したようにうんうんと頷く玲霞。
さらにその背後から風月がブーケを取ってしまうんじゃないかとハラハラおろおろしている鏡花。
ああでも、自分が横から奪う訳にもいかないのだ。
なんというジレンマ!
「女の子には憧れなんだろうけどね」
火煉は一人、気にも留めずに椅子に座ったままその様子を眺めている。
だって、お兄ちゃんを探し出さないと――否。
「あ、結局結婚できないじゃん!」
まあ、それは、それで。
そうこうしているうちに月夜の手元から放物線を描いて飛ぶブーケは風月の方へ――思わず、身構える風月。
と、ひらり。
ぽす。
……。
………。
……………。
ふわりとなぜか方向を変えたブーケは、玲斗の腕の中にすっぽりと収まった。
「お前達何故そんなに非難めいた目で見る……」
女性陣の非難がましい、目、目、目。
「……待て、何故お前がとる!?」
「あんたは空気読みなさいっ!?」
(「玲斗お兄ちゃんGJ、空気読まない能力さすが」)
「僕が言えたことじゃないかもしれないけど、ダメだよ玲斗お兄ちゃん」
思わず溜め息を零す月夜。
開口一番、弟の後頭部をはたいたのは玲霞。
一人小さくガッツポーズしているのは、鏡花。
優哉にまで言われたら、なんだかちょっと切なさすら込み上げてくる気がする。
「……必要ないでしょ!?」
そう、おまじないみたいなものだけれど、取れないなら取れないでなんだか悔しい。風月までついつい恨み言のひとつも言いたくなる。
「つーか普段着! その普段着!! 日取りわかってるんだからちゃんと段取りしてしっかりした格好しなさい全くもう!!」
黙っていた鬱憤までばっちりしっかりぶちまけて、玲霞のお説教が始まってしまった。
ひとしきり、お説教が終わって玲斗は苦笑いを浮かべる。
「悪い、悪い。すまなかった。ほら風月、……俺から貰っても嬉しくないだろうが」
「あ……ありがと」
玲斗が差し出したブーケを受け取って、風月はぎゅっと抱き締めた。
「ねえ」
背の高い、玲斗を見上げる。
ん? と首を傾げる兄に、風月はそっと、尋ねた。
「玲斗は今彼女とかいるの?」
「あ? いや」
「じゃあ、わたしずっと立候補しているから覚えておいてね」
「なんだ、なかなか嬉しい事を言うな、風月」
わしゃ、と髪を撫でられて風月は小さく頷いた。
そうやって見詰めてくれる玲斗の目は、異性と言うよりは可愛い娘を見詰める父親の目だったけれど、今は、まだそれだって風月は構わない。
いつか夢が叶うのなら。
それを、鏡月が聞き逃すはずもない。
(「玲斗お兄ちゃんまさか私からふづきちゃん取らないよねそもそも言葉の意味にも気付いていないよねそのまま何も気付かないでいてねじゃないといくらお兄ちゃんでも私……うふふふふ」)
その黒いオーラを、玲霞は見なかったことにした。うん。
賑やかな、いつも通りの場所。
「月夜お姉ちゃん、これからもよろしくね」
幸せを感じながら、えへへ、と嬉しそうに笑う優哉に、月夜はぱちんと瞳を瞬いた。
「お姉ちゃん、はおかしくないか?」
これからは、姉弟ではなく夫婦だから――。
「えっと、じゃあ……月夜?」
しばし見詰め合う、二人。
「な、なんか慣れないね。やっぱりお姉ちゃんがいいな」
「仕方ないな」
微笑する月夜。
ごめんね、と笑んだ優哉が、兄弟たちを見詰めながら朗らかに言う。
「次は……誰かな? 火煉お姉ちゃん? 風月ちゃんかな?
みんな幸せに過ごせるといいな」
優哉の腕をぎゅっと強く握り締めて、月夜も普段は無表情なその瞳に笑みを浮かべていた。
天涯孤独だと思っていた自分に出来た、大切な家族。
それが一歩になって、また新しい家庭を築いていくことが出来る。
血が繋がっていても、いなくても――それはきっと、彩樹院みんなの想い。
大切な、家族。
……今までありがとう、そして――これからも、宜しく!
●2020年 再会
今日は銀誓館の結社メンバーとプチ同窓会。
アイドル家業の合間を縫って連絡を取っている気心の知れたメンバーと、面と向かって話が出来る――それだけで、心踊る。
忙しい日々は、ルシアを銀誓館学園からは遠ざけてしまうから。
約束のカフェの戸をくぐり、ルシアは辺りを見回した。
端の予約席で、会いたかった顔が並んで、手を振る姿にルシアは微笑みを浮かべる。
「お久しぶりです! 皆さん最近はどうですか?」
輪に加われば、あっという間に学生時代にタイムスリップ。
ルシアは幸せそうに笑みを零すのだった。
●2021年 誰かの、ある日のこと
「ふー……」
仕事終わり、ロッカーに白衣を片付けながらタキは吐息を漏らした。
2年前に獣医師国家資格を取得してからは、産業獣医師として徳島県内の動物病院で働いている。
仕事を変え、養父の家を出てからも――名札の『佐川』の文字はまじまじと見ればやっぱり幸せで、笑みが零れるのは変わらない。
その時、ぷるる、と携帯が震えた。
「よ、お疲れさん。最近どうじゃ」
「お疲れ様、父さん。うん、そろそろ仕事あがる所……」
決して家が遠くなった訳ではないけれど、そう簡単には会わなくなった鴻之介の笑い声が、心穏やかにしてくれる。
「たまにはこっちに寄れ、飯を一緒に食おう。皆もわしより多喜に会いたがってうるさい」
鴻之介、その奥さんは3人目がお腹に居る。それから――タキの少し不思議な立場を、厭うことなくごく自然に受け入れていくれた鴻之介の祖父。
その温かい家庭は、やっぱりタキの家で。
「行くよ。皆にも会いたいし」
知らず笑みが零れていた。
「相変わらず家族馬鹿だな」
「……まあね、じゃ」
そわそわと鴻之介の車を待っていると、同僚がにやにやと楽しそうに笑う。
そんなからかいにタキは嬉しそうにひらりと手を振って、車に飛び乗った。
今治のマヨイガ経由で銀誓館学園に通い、教師を務める鴻之介も、軽く手を上げてタキを迎える。
「学校はどう?」
「相変わらず賑やかじゃ」
病院から家へは目と鼻の先。
「よう来た、ちょうど飯を作りすぎたんじゃ」
「お会いしたかったです、御祖父様」
家に入ると、目を細めた祖父が笑顔満面に迎えてくれた。
ホッとする、温かな匂い。
子供たちと奥さんは既に眠っているらしく、家の中は少し静かすぎるくらいだった。
食卓を囲み、話題になるのはやはり子供たちのこと。
「芽希が反抗期?」
あんまり切なそうに鴻之介が言うので、タキは思わず吹き出すのをこらえるのに苦労した。
7歳になった長女は、どうやら自己主張がはっきりした子らしい。
「こないだなんか、ちっと注意したら『お父さん嫌い』と来た。おまけに『多喜とケッコンする!』じゃと」
「俺と?」
小さな妹がそう言っている様子を想像するだけで、知らず、笑みが零れる。
そっか、と小さく呟いてタキは言う。
「父さんは俺の酷い反抗期乗り越えたんだから大丈夫」
あの日が無ければ、今日も無かった。
「うん、確かに、多喜のを思えばなんでもないな!」
ははは、と鴻之介も豪快に――笑った。
「獅之も元気? 甘やかしたいな」
「元気じゃ、休みが合えばよいんじゃがのう」
6歳の獅之介も、きっと同じようにタキに逢える日を心待ちにしているだろう。
「うまい」
昔は酷い偏食で箸もつけなかった野菜を、今はしっかり完食。
久々のお腹に優しい家庭料理にホッと一息ついてから、タキは真っ直ぐに父親を見詰めた。
「俺さ、動物園勤務決まったよ。3人目が生まれたら招待するね」
行けなかった結婚式の祝いの代わりに。
「動物園? そりゃいい、青葉が誰より喜ぶ」
タキの言葉に、子供たちよりもさらに動物が好きな妻を思い浮かべて鴻之介は頷いた。
その時。
ふすまの向こう側から、ごそごそと小さな音。
ひょい、と覗き込んだ隙間から可愛らしい二組の目がぱちぱちと瞬いて――。
「……おっと、起こしてしまったか」
「あ、多喜だー」
「多喜おかえりなさい!」
芽希と獅之介が揃って我先にとタキに抱き付くのをしっかりと受け止めて、二人の頭をよしよしと撫でてやる。
「芽希、獅之、ただいま」
「なんじゃ、2人揃って多喜が先か」
唇を尖らせる鴻之介。
けれどその瞳は温かく、三人の子供たちを愛おしげに見詰めていた。
これからも続いていく家族。
さらに人数も増えて、もっともっと――賑やかになるだろう。
「星司君も氷女ちゃんも可愛い……双子ちゃんいいですね」
可愛らしい子供たちの姿が映った写真に四葉はほわっと笑みを浮かべた。
街のカフェで。
子供たちを旦那さんに預けて、久々のお喋りは楽しい。
「自分の中で『命』が創られていくって感覚に、自分が『女』だってすごく実感して、何か幸せな気分でしたね」
「そういうものですか」
思い出しながら記憶をたどるまどかの表情に、四葉はきょとん。
小さな子は可愛くて大好き。甥っ子にもメロメロだけれど、親になる気持ちを理解するのはまだ難しい気がする。
「四葉さんも子供が出来たら分かりますよ」
それはきっと、体験しなければわからないことだから。
「きっと四葉さん、すごくのろけちゃってるような気がしますよ」
「のろけてるのはまどかちゃんじゃないですかー」
にこにこ笑顔のまどかに、四葉はぶーと唇を尖らせる。
それでも口元に笑みが浮かぶのは、まどかが幸せそうで嬉しいから。
●2021年 再会
それぞれが大学生になって。
それでも、この時期には絶対に会おうと決めた――その日は、確実にやってくる。
嬉しくもあり、喜びでもあり、そして。
フラフラの足取りで現れたりおんに、沙耶も雪白も思わず目を丸くしていた。
「卒論? りおんは大変だな……」
「……大丈夫、もうすぐ終わるよ」
卒論真っ最中。
幸いにも就職先が決まっているとはいえ、卒論が出来なければ卒業は無し。つまり、就職も無し。当たり前と言えば当たり前のことが、どうしてこんなにも大変なことに思えるのだろう。
それでもつい、雪白には強がってしまうのはりおんの癖だ。
「雪白くんも同じ状態?」
「俺は卒論ないから……教授は鬼だけど」
余裕で笑う雪白も、だがしかし。
今まで誤魔化していたレポート提出の数々は山のように積み重なり――やっぱり逃げられたりはしないのである。なむ。
「二人とも無理はしないようにしてくださいね?」
心配げだった沙耶は軽口をたたき合う二人に柔らかく笑みを浮かべて、りおんにもメニュー表を差し出した。
「沙耶ちゃんは余裕そうだね、流石」
「いえ、医学部は6年制ですから。卒論なくて試験ですし」
それでも医学生の毎日は忙しく、世間で言われる大学生の余裕さとは無縁の日々を過ごしているけれど。
「でも、りおんくんや沙耶ちゃんや皆の顔が見れて元気出た」
「私もです」
「僕も」
メニューに目を通しながら朗らかに笑う雪白に、沙耶とりおんも同調する。
懐かしい顔。
それだけだって、元気をくれる。
昔みたいに学校に行けば会える、そんな風ではなくなってしまったけれど、だからこそ――こうやって、時間を割くことに意味がある。
今に、昔に、花を咲かせれば、きっとまた明日から頑張ることができるから。
「よっし、美味しい物を食べて元気出そう」
「いっぱい食べるぞー」
一層気合を入れてメニューを覗く二人に、沙耶はふふと笑む。
ほんの少しのタイムトラベル。
大切な繋がりを――また、強めるために。
●2022年 卒業式
「スフレさん、卒業おめでとう」
「誓護! 来てくれたの?」
着古された高等部制服に最後に袖を通す日。
久しぶりに見る、その姿を見付けてスフレは思わず駆け寄った。
長い金色の髪はそのまま――けれど、少しだけ背は伸びて。
「大きくなったね。昔はあんなに小さかったのに」
「目標には全然足らないの」
昔のように撫でられることに、何の抵抗も感じずにスフレは肩を竦めた。
それから、彼の後ろで邪魔にならないように待つ人影にちらりと視線を遣って――誓護を上目遣いに見る。「紹介して」と言うように。
誓護はああ、と頷いてそっと妻を手招いた。
「家族を紹介するね。僕の奥さんの夢見さんと、子供の敬助と美森だよ」
「はじめまして。家内の夢見と申します」
丁寧にこうべを垂れる夢見に、スフレもぺこりんとお辞儀を返す。
「はじめまして、スフレよ。お噂はかねがね」
どんな噂でしょう、と気恥ずかしそうに夢見は笑って、それから、
「ほら、二人とも、お父様のお友達ですよ。ご挨拶しなさいね」
小さな二人の背中を優しく押した。
少し人見知りがちに顔を見合わせ、それからスフレを見た双子の兄妹の前に屈み込んで笑む。
「敬助と美森ね。何歳?」
「「2歳!」」
スフレの問い掛けに、もう誕生日から何度も聞かれて、何度も練習したであろう台詞に合わせて、双子は指を二本揃えてスフレの前に出す。
「2歳。立派なお兄さんとお姉さんね」
スフレが褒めると、双子も母とよく似た笑顔で嬉しそうに笑う。
「なんだか、楽しそうね」
幸せそうな家族の情景は、スフレのことも幸せな気持ちにさせてくれる。
「毎日が幸せな日々だよ」
何よりも、愛する妻と、子供たちと一緒だから。
「今度、よかったらスフレさんにも家に遊びに来てほしいな。どうかな、夢見さん?」
「お邪魔じゃないかしら?」
誓護の問い。
それに重ねて、夢見に問い掛けるスフレの瞳は――多分に期待の色を含んで。
「ええ。是非いらしてください。歓迎いたしますわ」
一人より、二人より、笑顔が増えるのは何よりの喜びだから。
●2022年 誰かの、ある日のこと
「スフレちゃん、銀誓館学園卒業おめでとう!」
「きゅっぴー!」
銀誓館卒業式のその日は、カフェ『月暈』もお祝いムード。
「わ、ありがと」
大きな花束。
それから、モーラットのすずが差し出した一輪を受け取って、スフレも満面の笑みを浮かべる。
「小学生だったスフレちゃんがこんなに素敵で可愛いお姉さんになるとか、想像できてたけど、いざとなると感慨深いなぁ……」
ちまちまと歩く、小学生にしてもあんまり小さかった女の子は、けれど今はこうして高校すらも卒業して――新しい世界に羽ばたこうとしている。
「確かに、想像はしてたけど……綺麗になったよ」
その成長を見守るのは、母、の気持ちにすら近いかもしれない。
そんな風に思えて、雪子は思わずかぶりを振った。
「……おばさんぽいとか言うなよ? 最近気になるから」
「あら、綾乃は可愛いお母さんだし、雪子は素敵よ?」
そう言いながら、すぅと息を吸い込む。
優しい花の香りが、鼻をくすぐる。
「……雪子はそんなこと無いって言うかもしれないけど、私、雪子みたいにカッコよくなりたかったの。身長だって、雪子も綾乃も追い抜いちゃうつもりだったんだから」
身長は――さすがに、この年ではもう大きくなることは望めないけれど。
やっぱり、昔の通りに雪子を見上げて、スフレは笑った。
「時間が流れるのは、早いな」
自分が銀誓館学園に通ったのは、高校からだったせいかもしれないが――。
「スゥはどう?」
「そうね……私は長かった。いっぱいいろいろ詰まってた気がするわ」
修学旅行に行けないとぶーたれていたあの日々すらも、卒業してしまえば懐かしい。どれも、これも、楽しい思い出ばかり。
「忘れないで覚えている事だね、いつか寄る辺になるから」
辛い時や、苦しい時に、きっと力を与えてくれるから。
「さ、スフレちゃん何食べたい?」
そんな、少ししんみりした空気を吹き飛ばすように綾乃が声を張った。
「お祝いごとだとやっぱりケーキとか?」
「ケーキ! 食べるわ」
「きゅぴ!」
「もきゅ!」
「もきゅう!」
きゅぴんと聞き逃さずにカウンターのいつもの席に着いたスフレにならって、モーラット×3、のすず、雛、ましゅまろも飛び跳ねる。
「10年も前はこうしてまろもすずちゃんも雛も一緒に、堂々とスフレちゃんのお祝いをできるなんて思ってもいなかったね」
はいはい、とそんな1人+3匹に笑って、綾乃がケーキを取りに行く。
「それじゃ私はお茶を淹れようか」
苦笑を浮かべって、雪子が手際よく茶葉を取る。
いつも通り。
こんな日常もいつか、素晴らしい思い出のひとつになるだろう。
休日のある日。
司法修習生を経、就職してまだ1年。仕事もまだまだ勉強の日々の藍にとっては、親子三人で過ごす時間こそが、何にも代えがたい幸せとなっていた。
「ぱー?」
大好きなママの膝の上で、大好きなパパへ手を伸ばす杏。
やっと一つを数えた天使は、その面立ちも、ふわふわと柔らかい髪もメルディに良く似ていて、けれどその澄んだ瞳だけは確かに藍と同じ色を映していた。
「やっぱりパパと一日一緒だと嬉しいのね? 妬けちゃうわ」
ご機嫌ににこにこ笑顔の小さな小さなお姫様。
メルディの頬にも、自然と溢れんばかりの笑みが零れる。
「……妬けるのは御互い様」
そんな天使にご執心な妻に、藍はそっと頬を寄せた。
世界は緩やかに、けれど確実に変わっていく――秩序や審判を求める声は少なくなく、藍もそれに応えたいと日々必死になるけれど。
それは、全て大切な二人の宝物のため。
能力者としてではなく、違う形でこの世界を守って行きたい……大切なモノのためながら、メルディはすぐに飛び出して行ってしまうだろうから。
そんなところも、愛おしいのだけれど。
その微笑みの意味が分かるから――メルディも、小さくて大切なお姫様を優しく、けれど強く抱き締める。
ありったけの、愛を込めて。
隣に寄り添ってくれる藍には永遠の恋を込めて、そっと、口づけを送る。
変わらない幸せを、そっと願って――。
白い吐息が漏れる――そんな季節。
念願の検察官になった小春は、通り掛かりのトリミングの美容室も兼ねた小さな動物病院の大きな窓に映った姿に、小春は思わず声を上げた。
「わー四葉さんだ!」
小さなダックスフントにドライヤーを掛けているトリマーは――確かに四葉。
ぱちくり、瞳を見開いた四葉はその姿を見付けてパッと顔を輝かせる。
「小春先輩?」
その唇がちょっと待っててください、と動いて、少しの間。
病院を出てきた四葉は久しぶりの再会に興奮気味だ。
「ここで働いてたんだねぇ」
「父の病院です、わたしはまだまだお手伝いですけど」
「時間大丈夫?」
「はい、小春先輩は?」
「もちろん」
のんびりと、変わらない鎌倉の街を歩きながら、ほんの少しのお喋り。
「えっと、奥さまはお元気です?」
「えへへ、この間二人目がわかって、さ」
幸せいっぱいの小春の笑顔。
その幸せが嬉しくて、四葉も思わず笑顔になる。
「おめでとうございます……!」
「能力者のお仕事の方はどう?」
優しげな微笑みの小春に、四葉はあ、と軽く吐息を漏らした。
運命予報士から能力者へ――当てて見せよっか、と笑った小春は少しだけうーんと唸ってから。
「ティーソムリエとか?」
「当たりです」
戦うのはあんまり得意じゃないですけど、と少し恥ずかしそうに四葉は笑う。
「でも、ケルベロスのユーリが頑張ってくれます」
「ハサミ的に従属種とか適合者も思ったけど、あんまりイメージじゃないもんね」
「わたしも何とか、訓練は欠かさないようにって思って」
戦うことは得意じゃなくて――それを積極的にすることもできないけれど、今でも銀誓館学園に時々通うことだけは忘れないように。
そっか、とスーツ姿の小春は柔らかく笑った。
それぞれの形でこの大切な人が居る世界を、守りたい。
そして、頑張ってくれる皆を思うから、自分たちも頑張れる。
「小春先輩も、お仕事頑張って下さいね」
「うん、四葉さんもね!」
束の間の再開。
その後ろ姿に手を振って、四葉はそっと笑みを浮かべるのだった。
パソコンの画面と睨めっこ。
大学を卒業した柊沢・華月(蒼月の守護者・b17707)はITの会社に就職し、ソフトウェア開発部に所属していた。
つい、前のめりになって画面に集中してしまうせいで、目薬は手放せない。
チーム単位で開発を行い、企画が通れば臨時ボーナスが出るので社内の熱の入り方はちょっと異常なくらいだ。だが、気の合う仲間たちと、ひとつの目標に向かうこの仕事を、華月は気に入っていた。
ぶるる、胸ポケットの携帯が震えて、華月はハッと我に返る。
つい、集中してしまうから、アラームをセットしておいてよかった。
休日を返上することもざらだが――今日の予定だけは絶対に外せない。
「柊沢、帰るのか?」
「ああ、今日は大事な約束があるんだ」
消耗気味の仲間に見送られ、会社を後にする。
懐かしい顔に、出会うために。
●2022年 再会
「あ、見ーつけた♪」
「うひゃあ、久しぶり……!」
レストランの扉をくぐり、辺りを見回したトウカは、席へ案内しようと歩み出たウエイトレスを手で制して、揃った顔ぶれに手を振った。
久しぶり。
――10年ぶり。
ほんの少し、わからなかったらどうしようかと不安にもなったけれど、やっぱり何の心配もなく、一発でその顔を見分けることが出来た。
ぶんぶんと手を振り返す遊司に、相変わらずだなぁとトウカが笑う。
「トウカ、はやくはやくー」
手招きをするスフレ、柔らかく笑みを浮かべる華月。
それぞれの顔を見回すようにしながら、トウカは慌てて席に着いた。
「トウカ君もすっかりカッコよくなったな」
華月が感心したように、笑い。
「スゥちゃん、本当に大きくなっちゃって……背も、僕より……」
まじまじとスフレを見た遊司は、それ以上の言葉をつぐんだ。
うん、それはさすがに大きくなってないね、なってない。
「今なら遊司の気持ちが良く分かるわ」
外国人は日本人より背が伸びやすいんじゃなかったんだろうか、食生活のせいか、とぶつぶつ言うスフレだが、そんなことより。
「でも、何だろ、みんな、良い年の積み重ねだったみたいだね」
仲間たちの顔をまじまじと見て、トウカはへらりと笑った。
顔を見れば、それは良く分かる。
「なんだかずるいな」
華月も釣られて、楽しそうに笑って。
ああでも、そんな変わらない部分に安堵したりして。
10年前にタイムスリップしたような気になるな、と目を細めた。
「乾杯しよう、乾杯! なに飲む?」
べらりと広げた、ドリンクメニューを遊司が覗き込む。
「私、お酒まだダメだから」
「スゥちゃんまだ未成年!? 若っ」
「でも、スフレも大学生とか感慨深いねぇ、将来は何やるの?」
「うーん、あんまり考えてない。専攻はフランス語だけど」
フランス人が日本で日本語でフランス語学ぶ。
よくよく考えたら意味の分からないこの状況。
「遊司は? 歌ってるんでしょ?」
「まだちっちゃいライブハウスで、くらいだけどね」
「わ、行きたい。チケット取れる?」
「うん、じゃあ今度の時ね」
ライブハウスは行ったことない、とスフレはわくわく楽しげで。
「華月さんは? お仕事どうです?」
「うん? 楽しいよ。なかなか休みは取れないけどね」
かなりのハードスケジュール。
職場の仲間たちは今日もデスクで煮えている頃だろう。
「トウカ君は?」
「僕? 僕はねーレーヴェと旅してるんだー」
そう言って、トウカは少しだけ声のトーンを下げる。
「思い出探し? 作り? みたいなね!」
曖昧にぼかしたのは、なんだか少し、気恥ずかしかったから。
でも、こんな風に思い出を辿り――思い出を作ろうと思えたのは、皆が居たから。皆に出会うことが出来たから。
面と向かって言うのは恥ずかしいけれど、だからこそそっと、ありがとう、と心の中で呟く。
「でもこうしてると」
言い掛けた華月。
「まるで学生時代に戻ったような気分だ……な」
途中で止め掛けて、やっぱり言ってしまった華月はなんとなく落ち込んだ。すごく、年を感じる台詞を思わず口走ってしまった……気がする。
それでも、何年経っても変わらないこの友情に素直に感謝したい。
宴もたけなわ。
「そうそう、これこれ」
遊司は思い出したように、鞄からCDを取り出して皆に一枚ずつ配った。
ジャケットには、ふわふわくるりの緑色の髪をした可愛らしい女の子。
「かわいいわ、遊司が作ったの?」
「うん、皆をイメージした曲が1曲ずつ入ってるの」
「あの子たちの分も?」
ここにはいない、仲間たちの分。
トウカの問いに、遊司は頷いた。
会えなくても、形に残れば確かな絆が感じられる気がする。
「へえ、楽しみだな」
照れたように笑う遊司に、それぞれに、礼を述べて――。
「そうだ、写真を撮らないか?」
「撮る撮る、撮りたいー」
華月の提案で、四つの笑顔が並ぶ。
今日の日の記念に。
そして――またいつか会う、その日の約束に。
●2023年 誰かの、ある日のこと
「なんでこんなときにまどかは買い物に行っているんだっ!!!」
飛び交う炎、雷、そして――激しい吹雪。
目の前の敵。
今までに経験したことのない圧力に星流はぎゅっと唇を噛み締めた。
握り締める箒。
一人なら、怯むことなど無いけれど――。
「おとうさん!」
「星司! 氷女!! ……頼むから大人しくしてくれっ!!!」
星流の癇癪気味にの声に、双子の子供たちはびくっと肩を震わせる。
怯える子供たちに一瞬視線を動かした、その瞬間――敵の炎が辺りを包み込む。
「くっ」
耐えきれない――!
「う、うわぁぁぁぁっ」
薄れゆく意識の中で、星流は子供たちの声を聞いた、気がした。
日常の中に溶け込み始めたゴーストたち。
ゴーストという存在が当たり前になり、能力者と言う存在が受け入れられてきた中で――だからこそ、能力者やゴーストの絡む事件も増えてくる。
警察官として、そう言った事件に相対することも多くなった梨阿は、奔走する日々を送っていた。
「己を利する為だけに振う力は、いずれお前自身に反る。今からでも遅くは無い……力の使い道を間違えるな」
時には犯罪を犯す能力者を教え諭すこともあり、
「挫折を味合わねば、反省も無い、か。いいだろう、先達としての義務だ、教育してやるよ」
時には後輩たちを指導して。
その貫録を帯びた横顔は――確かに信頼に値する。
泣き虫だった幼い頃の面影など、もはや微塵も感じられることは無かった。
「おかあさん、おとうさんはー?」
じゅう、と野菜の炒められるいい匂い。
フライパンに向かう日明を、凛胡が見上げる。その傍らには、まだまだ小さな末っ子が姉の真似をしてやっぱり母親を見詰めていた。
忙しく働く夫を支え、サッカーのチームでは今までつちかった豊富な経験と運動量を武器にキャプテンを務め――そして、家に帰れば優しいお母さん。
「どうした? 寂しいのか?」
娘の大きな瞳に合わせるようにしゃがみ込むと、少女はこくりと頷く。
「りんご、もっとおとうさんとあそびたい!」
「そっか」
そう思っているのはきっと梨阿も同じだろうな、と日明は笑って。
それでも今は、待っていることしかできないから――。
「いいかー二人とも」
ピシリ、腰に手を当てて胸を張って、日明は宣言する。
「お父さんはとても忙しいけど、今も頑張ってこの世界を守るために頑張ってる正義の味方なんだ」
「せいぎのみかた?」
「そう」
それは、事実。
梨阿が頑張っていることを、子供たちにもちゃんと知っておいて欲しい。
「今度作文で書いて皆を羨ましがらせてやればいい。カッコいいだろーってね」
わかった、と凛胡は頷いて、リビングのソファへと戻っていく。
頑張る君の、背中は私が守る。
でも時々は、家族で過ごす時間も大事にしよう、と日明は心の中で梨阿に語り掛けるのだった。
「スゥちゃんも大学生かー」
ここ10年、相変わらず、SSS団で出掛けることもちょくちょく。
SS団のお邪魔をするのはちょっと気が引ける――とかは言わないのがスフレのいいところ。たぶん。きっと。もちろん、自分からのこのことデートに押し掛けたりはしないけれど、呼ばれればホイホイついて行く。
「もうっ感無量です!」
スフレのお姉さん気分のシーナは、にこにこ笑顔。
「フランス行くことにならなくてホッとしましたしっ」
「おじいちゃまはおかんむりだけど」
中、高、大と進む度、祖父の大反対をさらりとスルーしながら日本で進学してきたスフレは――まぁ、その後はフランスに帰るのもありかな、とちょっぴり思ったりもしている。
農学系大学院で研究をしながら樹木医としても働くシーナ。想真は大学を出てから学校の先生、能力者の訓練組織にも協力というハードスケジュールぶりだ。
「でもあまり身長伸びてないよね?」
だから、たまのお休みくらい軽口が叩きたくなっても仕方ない。
「むぐ。小学校の頃に比べたらまろ分くらいは伸びてるわ」
目標170cm! には遥かに届かないが。
ストローのジュースを吸いながらもごもごと言うスフレの足元で、モーラットのましゅまろがもきゅっと鳴く。そのどや顔は明らかに想真に同意していたので、スフレはさらに唇を尖らせることになった。
「まろは相変わらず30cmだね。ヒーロー度上がったんじゃない?」
「もきゅきゅぴ!」
と、ヒーローポーズ。
「スゥちゃんに彼氏出来たら僕に挨拶に来させないと」
想真はふふ、と笑ってから、もうばっちりきっぱり、兄どころか父親気分でそんなことを言う想真の言葉に、
「大学で悪い男に引っ掛かっちゃダメですよ?」
シーナお姉ちゃんの声が重ねられる。相変わらずサラサラ髪のまるで人形のような、口さえ開かなければ美人の妹を心配しているわけです。
「特にこういう意地悪さんには要注意っ」
つんつん、とシーナの指先が想真をつつく。
「そうそう、僕みたいな意地悪……って悪くないよ!」
ぱちくり瞳を瞬いた想真はむむぅ、と頬を膨らませてから、あ、と気付いたようにスフレを見た。
「そうだ、スゥちゃんと僕が付き合うってどう?」
どうしよっかな〜、と肩を竦めるスフレより先に。
「スゥちゃんは想真くんなんかにあげませんっ!?」
ばっしばっしと想真の胸元を叩きながら、シーナは唇を尖らせた。
「もうほんとに意地悪〜!」
でも、みんなが知っている。
想真がシーナを誰にも渡すつもりがないことも、
シーナが想真を誰にも渡せないことも。
「シーナがどんどん綺麗になるのは想真のお陰かしら」
「きゅぴ!」
二人のやり取りを黙って眺めていたスフレが、ニヤリと笑って、ましゅまろがこくこくと頷く。
「「スゥちゃん!!」」
相変わらず息ぴったりの二人がおんなじ顔をしてこちらを見たから、スフレは思わず吹き出すことになるのだった。
●2024年 誰かの、ある日のこと
庭を駆ける三人の子供たち。
その姿に目を細めて瑠羽はホッと溜め息をついた。
傍らには、変わらない雪羽の姿。
雪羽はことあるごとに、「奇跡みたい」と口にする。
自分が、夫や我が子に恵まれて――こんな幸せな日々を過ごすなんて思ってもいなかったから。
だからこそ、瑠羽は時々不安になる。
「共に居ることを、後悔したことはなかったか?」
不安を払いたくて、瑠羽はその問いを口にした。
本当は分かっている、雪羽がその不安を取り除いてくれることを。
柔らかな金髪を揺らして、雪羽はそっと笑みを浮かべる。
「瑠羽さんと一緒にいられて、私は世界で一番幸せです」
そのたった一言に、不安はすぐに消え去って。
そして、それと同じだけ――彼女に伝えたい気持ちを口にする。
「俺は、お前と出会えて、共に居られて、今までも、今も、これからも、幸せだ」
変わらない想いを、何度でも伝えよう。
「ありがとうございます……」
幸せそうに微笑みを浮かべて、雪羽は彼の肩に顔を埋めた。
「(あのね)」
そして囁く。
それは、子供たちにさえ内緒にしたい、大切な――大切な秘密。
「(私、瑠羽さんが初恋なんですよ?)」
瑠羽は少し驚いたように目を見張って、そして嬉しそうに雪羽の肩を抱き寄せた。
「これからも、ずっと一緒に……」
歌うような雪羽の言葉が零れる。
口にすれば、願いは叶うから。
カララン。
グラスが重なって音を立てる。
久しぶりの再会。
必ず会おうと、約束した日。
「雪白君もりおん君もすっかり成長した感じですね」
モデルらしくばっちりと決めた雪白、スーツを着こなすりおんの姿をまじまじと見詰めて、沙耶は感慨深げに呟いた。
既にしっかりと仕事をこなす二人は、医者の道を歩き出したばかりの沙耶には少し眩しくさえ感じられる。
「沙耶ちゃんこそ、お医者さん凄いよ」
「綺麗になった沙耶ちゃん見てるとちょっと焦るなぁ」
男性陣二人に褒められて、そんな、と沙耶はかぶりを振る。
「嬉しいです……見た目だけでも二人に置いていかれていなくて良かった」
まさか、と二人は笑う。
ずっとずっと昔から、沙耶は二人の憧れだった――それは、優しさに加えてその美貌も十分すぎるほどの要素だったというのに。
そんな、控えめな沙耶だからこそ好きなのだけれど。
「雪白君はモデルの方は順調?」
「うん、司法書士試験も頑張ってる」
仕事しながらの試験はなかなかに厳しく2浪中だが、それでへこたれる雪白ではない。
能力者としての仕事からはずいぶんと離れてしまった二人からすれば、能力者組織の一員として飛び回るりおんこそ、興味の的だった。
「りおんのスーツ姿も板についてきたよな。やっぱ人間、着実な仕事が一番かな」
「裏方だけどね」
表に立つのは性に合わないからとりおんは笑うけれど、その裏方が何より大切なのを、沙耶も雪白も良く分かっている。
最近は家業を継げと祖母や姉がうるさいのも困りものだとりおんはほんの少しだけ愚痴って。
「よーし、もう一回乾杯だ」
学生を卒業して、三人の未来はまだ始まったばかり。
「「かんぱーい!」」
カララン。
擦れ合うガラスの音が、道行を祝福しているようだった。
「……なんていうか、変な気分だな……」
「多分、私もあなたと同じ気分だと思うわ」
銀誓館学園の制服に身を包んだ子供たち。
それが、なんだか自分たちの小学生時代と重なって見えて――星流とまどかは思わず肩を竦めた。
まるで、タイムスリップをした気分。
いつの間にやら学生時代の話に花を咲かせる両親に、星司はふぅとため息をついた。
「お父さん達、また僕等の事ほっといている」
「しょうがないじゃない、二人とも相思相愛ですし……私達の事なんて」
わかってないわね、と言いたげな氷女の言葉に、聞きづてならないと言うように両親が振り返った。
「何を言ってるんだよ」
「そうよ?」
おいで、と両親に手招きされ、星司と氷女は顔を見合わせる。
その、温かい膝の誘惑にはとても敵いそうもない。
星司は父の、氷女は母の、膝の上によじ登って顔を見上げた。
「お前たちはお父さんとお母さんの、大事な宝物なんだから」
星流とまどかの声が重なる。
それは、温かくて優しい響き。
確かに、愛されていると実感できる優しさを帯びていた。
あの大切な日。
想いを告げ、心を通わせた10年前と同じ大きな大きな樫の木の前で、想真はシーナを待っていた。
たくさんの参列客を迎え、盛大に執り行われる二人の結婚式。
「……き、緊張してきた」
がっちがちの想真。
あの日の思い出が、走馬灯のように蘇えり――。
けれど、それもほんの一瞬。
ウエディングドレス姿のシーナが姿を現せば、そんな緊張もあっという間に吹き飛んでしまう。
シーナの白い指先を誘うように、自分の傍へ引き寄せて。
「良く似合ってるよ。10年前の何倍も」
そっとその耳に囁き掛けると、シーナも少し赤らんだ頬を綻ばせて真っ直ぐに想真を見上げた。
「想真くんも、10年前の何倍も凛々しくなりましたよ……」
永遠の愛を誓う言葉。
それすらも、二人には長く――長く感じられる。
「宿木の祝福が、二人を繋ぎますように……」
そっと呟くシーナのヴェールをふわりと持ち上げて、想真はその顔を見詰めた。
あの日と同じように、そっと目を閉じて想真を待つシーナの顔。
変わらない、ずっと一緒に居てくれる、ただそれだけで嬉しい。
「二人の絆を守ることを誓います」
宣言した想真は、優しくシーナの唇に口づけを落とした。
何度やっても、やっぱりこの瞬間は、恥ずかしくて――緊張する。
やっぱり赤い頬のまま、シーナが笑む。
今日から、今この時から。
シーナ・ドルチェは紗白しいなに。
と。
イグニッション!
お色直し――と、衣装を変えた二人はやっぱりいつでも白と黒。
「さ、想真くん、新生SS団の門出なのです♪」
「それじゃ新生SS団、出動!」
差し出された吸血鬼の手を、白魔女はそっと取って。
微笑み合って駆け出す。
その先は、もっともっと、遥か遠く未来へ。
『今回の発見は、未熟な私を少しずつ育てて一人前にして下さった方々のお陰です』
ニュースから流れてくる自分の声に、絵里はどうしても視線を向けてしまう。
それはもちろん、白の遺失呪文を再生することができた、その誇らしさもあるけれど、それ以上に――昔の仲間たちに、銀誓館の友達に聞いて欲しい。そう思うからだ。
『……銀誓館の皆、見てますか? 私、あの眩しい時代を絶対忘れません。距離は離れていても、大切な一人一人と私いつでも繋がってます』
そっと、画面の中の絵里が手を振る。
どうか、この想いが――大切な人に、届いていますように。
絵里はそっと画面に微笑みを向けて、テレビの電源を落とした。
裏稼業に入ってから7年。
その時間を思って樹彦はかぶりを振った。
先輩の事務所からも独立して、今ではフリーで仕事をこなしている。
銀誓館学園が様々に対策をこなし、けれどそれでもゴーストの被害が無くなることは無く、自分のような存在も必要とされていた。
先輩の事務所からの依頼、銀誓館からの依頼、街で受ける依頼。
それは、簡単に途切れることは無い。
(「10年以上前の俺では考えられなかった未来だな」)
鏡の中を覗き込み、樹彦は薄く自嘲気味に笑った。
戦いに、死に赴くことに恐怖すら覚えていた自分はもはや、いない。
それでもある充実感を携えて――樹彦は今日もゴースト退治に赴くのだった。
●2024年 再会
小春の日々は忙しい、検察官の仕事は相変わらず。
奥さんと、3歳の娘、1歳の息子の為に仕事には熱心に、ゴースト退治もきっちりとこなす万能パパだ。
「忙しそうだね」
すっかり先生が板についた優希の姿に、小春もにやにやと笑顔を浮かべる。
「優希センパイはさすが、先生って感じですね」
「いえいえ、小春君ほどでは」
「なになにー何の話?」
笑う二人の顔を覗きこむようにして、スフレと四葉が顔を出す。
「こんにちは、スフレさん。ましゅまろは元気?」
「まろはいつでも元気いっぱいよ」
「四葉さん、結婚式には誘ってね」
「もー……小春先輩はいじわるです」
ぱちくり瞳を瞬いた四葉は、頬を赤くして、そう言うのはセクハラですよー、と笑う。
何気ないこと。
でもそれが、きっと一番、幸せな時間なのだ。
再会に、心躍るのは誰も同じ。
「彬さん!」
開口一番、現れた彬にぎゅっと抱き付いてはしゃぐ結梨。
きゃいきゃいと賑やかな女性陣を温かな視線で見守りながら、
「変わりなさそうで何より」
「なんか……久しぶりじゃない感じもする、不思議感覚」
久遠と夜雲も不思議な違和感を抱えて微笑んでいた。
「直ぐに昔に帰れるのはあの頃が充実してたってことだよな」
「リア充だったから」
確かにそうかもと頷く彬に、くす、と笑った結梨が使う言葉は、なんだか懐かしい響き。
「さて、タイムカプセル掘り出しだな」
「どこだっけ?」
気合を入れる久遠に、ことりと夜雲が首を傾げる。
「この辺りでしたっけ……?」
倣って小首を傾ける結梨に、任せろ、とばかりに久遠が取り出したのは少し古びて紙が茶を帯びた花園の地図だった。ちゃんと、大きな木の下に丸印。
おおー、さすがと、どよめきが起こる。どよどよ。
「掘り出したらお茶にしようぜ、ケーキも焼いてきたから」
いつものことだから、と悪戯っぽく笑う久遠。
「よっし。代わりに掘るのは俺、頑張るから」
スコップをぶん、と振り回して夜雲はニッと笑た。
掘り出した缶は、土まみれで年代を感じさせるデザイン。
だけど、確かに見覚えがある。
蓋を開けた一番最初に目に飛び込んできたのは、10年前、カプセルを埋めた日に皆で撮って並んだ記念写真だった。
「おおー、若いなぁ」
10年――正確には、12年。
その月日が全員をあの頃よりもっとずっと、大人に変えた。
「これは、彬だな」
久遠が嬉しそうに取り出した、鍵と万年日記帳。
結社で作った品だから、確かに久遠にも見覚えがある。
「……解りやすいだろう?」
見透かしたような微笑みが少しくすぐったくて、彬はそれを受け取って微笑み返した。ああでも確かに、あの頃は結社と、結社の皆が大好きだったんだと思い出す。
「あ、ふふ、やっぱりリボン」
見覚えのあるリボンを取り出して、結梨ははい、と夜雲に渡す。
結社で作った、あの日、あの時。
どんなにか、楽しい日々だったんだろう。
「真咲さんはハーモニカなんだ」
「何からしいよね、折角だからそのハーモニカで一曲どうよ?」
銀色に光る宝物。期待を込めた桐嶋夫妻の眼差しに、そうだな、と久遠は少し思案してから、唇をハーモニカに当てた。
もうずっと、長いこと手入れされていなかったとは思えない優しい音色が風に乗って流れていく。
思い返せば、すぐにでも過去に戻れてしまう不思議な魔法。
あの頃の自分たちがあるからこその、今。
その幸せをそっと――噛み締めて。
ごりごりごり、と珈琲豆の削れる音。そしていい香り。
「淹れるのは任せた」
そして、丸投げる珈琲担当。
「あはは、相変わらず私と結梨さんは食べる専門だよ」
甲斐甲斐しく世話を焼く久遠がやっぱりか、ととあんまり素直に受け入れたので、彬と結梨はぷっと吹き出して立ち上がった。
「やった、久遠さんのケーキ!」
皿の上でキラキラ輝いているような綺麗なケーキに、結梨の頬も輝く。
皆で動けば、あっという間にテーブルの上は整って――そして改めて、古びた写真を覗き込むことになった。
あの日、2013年に撮った写真。
そして、結梨が入れたもっと昔の写真。
「皆、幼いですよね」
あの頃は、もうずいぶん大人になったと思っていたけれど、今から思い返せばまだまだ幼かったのだと思わざるを得ない。
「沢山、出かけたなあ。皆とも」
大勢で結社でワイワイ話すのも、それぞれと、二人で出掛けたのも数えきれないほど。花を追い駆けて、物を作って、皆それが大好きだったのだと改めて彬は思う。
過去を振り返れば、そっと今にも、未来にも触れたくなる。
「私は小さな教室を開いて、お家の1階は友人の画廊で時々教室お手伝いもして貰ってるのです」
「お陰さんで、子供も生まれて元気に転げ回ってるよ」
な、と夜雲が妻に同意を求めれば、結梨はこくんと頷いた。
「彬さんは?」
「私の今かい? 元気に独身を謳歌中」
調律師とオルゴール職人の二足の鞋。
好きなことが出来て幸せだ、と彬が笑うから、仲間たちも自然と笑顔になる。
「兄さんはどう? 奥さんと子供たちは元気?」
「ああ」
ピアノの講師、モデルの仕事、ついでに数年前に始めた実家のゴースト退治バックアップとフリーランスで請け負う会社と大忙しだが――。
「社長はこの通りだし」
久遠は胸をぽん、と叩いた。
それぞれの道。
それはもう、複雑に交わることは難しいけれど――。
何度でも、会って、話して笑い合えればいい。
夜雲がカプセルに詰めたリボンに込めた願いは、確かに叶ったのだ。
そして、また、必ず会おうと約束を交わして。
それぞれの道へ、歩いていく。
子育ては苦労の連続だった。
けれど、それは確かに幸せな時間でもあったと思う。
根っこの部分で負けず嫌いな両親の血をしっかりと受け継いで、白翔と華音は確かに、確実に――成長していた。
いつもは仲がいいくせに、ケンカを始めてはお互いに一歩も引かない。
久しぶりの懐かしい顔を見に訪れた同窓会には、今では銀誓館小等部に通う白翔と華音の姿もちゃっかりとあった。
やっぱり頑固な二人は付いてくると言って聞かなかったのだ。
物珍しそうにしている子供たちに、白髏と風音は顔を見合わせて微笑み合う。
「でも幸せ、なんだよな」
そんな風に振り回されることすらも。
感慨深げに、風音が言う。
「本当ですね」
クラウソラスの白翔、星のエアライダーの華音。
能力者として頑張る子供たちには、いい機会にもなるだろうから。
懐かしい仲間たちと、そして一方的に知っていたり知られていたりした人たちと、言葉を交わせばまるで学生時代に戻ったようで。
自分たちが選んだ世界で、今も、確かに運命の糸が繋がって伸びていくのを実感する。
「凄い事だよね、本当に」
「大げさですけどこの世界に生まれてこれて、わたしは幸せです」
風音にそっと寄り添って白髏は柔らかな笑みを浮かべた。
願わくば、次の世代を担う、子供たちが幸せでありますように。
その未来を、築けますようにと心から、願って。
未来は続いていく、確かに。
それは、僕たちひとりひとりの力で作り出した物語なんだ――。
マスター:
有栖りの
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作成日:2012/12/19
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