次なる宇宙、人知れぬ神々の日常。


<オープニング>


 薄暗い部屋の中で、かりかりという何かを擦る音ばかりが響いていた。
 まるでそれ以外の行為は不要とばかりに、一心不乱に机に向かう男がひとり。
 ハッピに眼鏡、それ以外はほぼ半裸というちょっと外を歩くには辛そうな恰好をして、彼は手にしたペンを指の上でくるくると回した。
 ばしん、と握りしめる。
「執筆……完了!」
 机の上には原稿用紙。
 それも、漫画のラストシーンが描かれたものだった。
 彼は机の端に積まれた原稿用紙とそれを併せ、端から端まで凝視する。
 そして虚空に手を翳してかきまぜるようにした。
 するとなんということか。
 虚空から一冊の漫画本が生み出され、先刻まで彼が描いていた漫画が出版可能な形式に整って存在しているではないか。
「ふむ。ついにこの『理想郷』に来てから百冊目の同人誌が完成したでござる。皆の需要を叶えるのも、楽な仕事ではござらんな」
 彼はすっかり冷めた緑茶をいっきに飲み干してから、漫画の最終頁に自分の名前を刻み込んだ。
 その名は――『萌侍』。

 遡ること2012年7月。
 銀誓館学園能力者達は協力組織と共に異形との最終決戦を終えた。
 生命の敵『異形』。そのトップとも言える『二つの三日月』。
 ディアボロスランサーはかの中で密かに育てられていたという『次なる宇宙』へ旅立ったが、その際少なくない能力者達が付き添い、次なる宇宙へと飛んだのだった。
 この、萌侍こと草冠明もその一人。
 かくしてディアボロスランサーは千〇三三名の能力者たちと共に次の宇宙へと降り立ち、生命を蒔くという使命を遂行している。宇宙誕生から地球の生命が形をもって息づくのにかけた時間を思えば、それは気の遠くなるような年月をかけることになるだろうが……。

 萌侍は自室の扉を開けた。
 かつて住んでいたクッソボロいアパートを再現したもので、外装も微妙に似通ったものになっている。
 だが彼が暮らしていた鎌倉ではない。
 ディアボロスランサー内に形成された『理想郷』のひとつなのだ。
「アパートとその周辺をよく覚えていて良かったでござる。知っている場所が形だけでも残っていると言うのは、それはそれで良いものでござるな……」
 理想郷にいれば望むものを望む形で無限に作りだすことができるが、それはあくまで本人の記憶とディアボロスランサー内だけのもの。大図書館を作っても本人の覚えているおぼろげな文章しか反映されず、高機能な機械を作っても知らない中身は空っぽという有様だった。
 それゆえ、彼は能力者どうしで相談して決めた区画を使い、求められた漫画やコスプレ衣装を一から作り、それを増産する仕事を担っていた。種類は違えど似たようなことをしている者も少なくない。
 広大に広がる理想郷ながらも、それは下町人情のようなものでできている。そのギャップもまた、人間らしくてほろりと笑えた。

 さあ今日も、理想郷の一日が始まる。

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参加者
ティア・アルカーク(蒼穹の真霊媒士・b00342)
塗歩・蒼(冷たい炎・b00350)
長森・瑠那(緋色の追跡者・b00428)
紅十字・黒猫(骸装殲鬼・b01443)
松屋・楓(魔術サイドの自由人・b01790)
宇佐見・ぱん(赤熊猫・b01835)
宇佐見・たん(青熊猫・b01836)
マリールイーズ・ストラボ(フリッカースペード・b03637)
エル・フィーナ(健康優良撃走児童・b04472)
アラストール・セブンセントラル(高貴なる義務・b05350)
水澄・海琴(幻魔剣士・b05366)
朱鷺野・稔(スーパースター稔・b06116)
美沼・瑞穂(鮫牙忍者・b06580)
紫月・双牙(光焔真牙・b08033)
宮代・夏月(黒耀の使徒・b09502)
銀・狼貴(制止者・b10233)
漣・夜半(ユハンヌス・b11134)
天臥・月依(月詠の童女・b11870)
雨夜・銀(求道者・b12558)
外道院・黒荷架(悪意の魔女・b13869)
不利動・明(大一大万大吉・b14416)
都築・アキ(ターンコート・b16871)
四季光・鈴夏(それなりの踊り子・b17409)
セシェム・シストルム(超絶頂極重地獄大将・b17883)
乾・舞夢(肉じゃが悪魔・b18048)
リヴァル・ローレンス(白薔薇と白百合と・b18553)
織部・紗々(東雲の古歌・b19908)
足利・命(あまトラ・b20170)
真粛・洪海(紫の装丁・b22362)
リュクサーリヒト・ユーバー(夜想玉兎・b23319)
芥川・薫(ファイアフォックス・b24164)
朝燈那・藍夜(呪纏の槍使い・b24918)
彩島・亜璃砂(深紅・b28707)
伊勢・勝美(月夜ノ影姫・b28774)
香月・かぐや(盟約の体現者・b30832)
白銀山・丹羽(細蟹媛・b32117)
乗松・豊(攻撃的な銃後・b32724)
桜庭・柚樹(寒緋桜の雪夜叉・b32955)
遠峰・真彦(怪談ストーカー・b33555)
夕凪・真名深(白きコートの青汁刑事・b33573)
日芽・夏凛(綾取る夢・b36112)
祭屋・宴(ハイタカ・b38961)
白河・月(ブルームーンに微笑みを・b40042)
星枢・ざから(星辰に棲まうもの・b45001)
影太刀・シュリケン丸(ユートピアニンジャ・b45806)
スカーレット・オプスキュール(気怠き紅小曲・b46789)
若生・めぐみ(キノコの国のめぐみ姫・b47076)
文月・風華(暁天の巫女・b50869)
ファルシア・ミオゾーティデ(現世を彷徨う白姫の亡霊・b54307)
久我屋・明彦(蒼狗・b54539)
白蜘蛛・命(幻精界の姫君・b54871)
牧村・巽(ノートレヴェリー・b55031)
レモン・ブラムレオン(は小粒でもパタリと致死量・b55155)
霞谷・氷一(宇宙に隔離された論外裏商人・b55422)
雪乃城・あやめ(思い届け・b56494)
フィオ・リーヴィス(クリアザスカイ・b56822)
レニー・ネイムド(名無しではない・b57056)
アイシア・イシュテルテ(誓いを受けし桜ノ雷帝・b59612)
清滝・心結璃(魂鎮ノ舞ヲ奏上ス・b60741)
福田・真(不覚の淡光・b62135)
ペシェ・ヴァロア(白牡丹の幸・b62655)
神山・大地(小生意気な子狼・b63102)
花月・鏡(深海ディソナンズ・b63233)
土御門・雅連(虚空に煌めく祈望の灯火・b64610)
綾川・紗耶(青き薔薇の輝きを具現せし者・b64932)
アナ・ウンスー(只今実況中・b64948)
グラナート・クロイゼルング(氷華石の輪舞・b64988)
森永・聖歌(ココア・b67466)
藍染院・子夢(時の流れに潜みし猟犬・b69141)
八瀬・鷸(銀獅子の如く・b69774)
綾見・祐子(探究心旺盛な言霊使い・b70275)
桜庭・緋紗子(セラフィナイト・b70294)
ノーマ・イレイト(アンダークール・b70776)
ケインビー・ラグーネリア(餓え果ての虎・b71918)
樋口・智晴(モノクログラップラー・b72050)
カチューシャ・シュトゥルモヴィク(輝きの赤い星・b72632)
牙嶺・正行(月の揺りかご・b73836)
ドナテルロ・レディ(中学生クルースニク・b73956)
裏佐・朱鷺恵(白の拝み屋・b74082)
新田・しのぶ(すりーぴんぐふぉっくす・b74149)
須賀・サジ(ジョーカー・b75686)
ジークフリード・ポルタ(透き通った空の様に綺麗な青・b77237)
市原・雄太(高校生ゴーストチェイサー・b79016)
芦田・かごめ(星をみる蜘蛛・b79167)
天陽・朧(銀の毒蛇・b79302)
花霞風・雪朧(夢爛風・b79426)
限岬・小唄(片翼の涯て・b80901)
垰田・加衣(蝙蝠の翼・b81699)
掛葉木・稚都世(にぎほのひなぎつね・b82044)
真木・シオナ(ゼロとイチとアリガトウ・b82340)
四十万・奏女(月歌鳳蝶・b82478)
ルナ・ノクターン(月夜曲・b82520)
御狩・宙(紅白月・b82559)
桂城・臥待(望郷の月読宮・b82570)
小城・礼子(葬送ルナティック・b82656)
パール・ネロバレーナ(ミドガルドシュランゲ・b82670)
ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・b82686)
マーレ・オクタヴィア(豊饒の海・b82707)
音鳴・かなた(夜空の日溜り・b82714)
コーデリア・レスコット(小学生真ルナエンプレス・b82718)
久遠・冬夜(冬月の烏夜・b82761)
折紙・栞(ホワイトブックガール・b83046)
四御神・湊(炎雷の魔弾拳士・b83324)
高橋・弐一(アナザーインモラル・b83487)
黒須・竜司(乱気竜・b84355)

NPC:草冠・明(萌侍・bn0145)




<リプレイ>

●西暦20XX年改め――新宇宙世紀00XX年
「理想郷で創造できるものには限りがあるよね。あやふやな部分はあやふやなまま。でもそのあやふやさは、別のものに組み替えることだってできるんじゃないかなって思ったの」
 水澄・海琴(幻魔剣士・b05366)はテーブルに顎肘をついたまま、そんなふうに語った。
 向かい側で相槌をうつ長森・瑠那(緋色の追跡者・b00428)。
「なるほど、何でもできるわけじゃないと思ってましたけど、時間をかければ大抵のことはチューンナップできると」
「場合によっては他人に補ってもらうこともできるしね。最近は海の味を甘くしたり、バスケットボール大の惑星を作ったりしてるの。中に人魚の小人を住まわせてみたりね。意識から外れると環境設定が停まっちゃうのが最近の課題なんだけど」
「へえ……ちょっと想像できないかも」
 瑠那は紅いリボンを揺らしながらコーヒーを掻き雑ぜた。
 そんな二人のテーブルに、二皿のマドレーヌが置かれる。
 鼻をくすぐるいい香りに思わず目を細める。
 エプロンをつけた宮代・夏月(黒耀の使徒・b09502)がにこやかにはちみつの瓶を置いた。
「熱心ですね。甘いものでも如何です? 養蜂を始めて見たんです」
「おお……」
 ここは夏月が皆の為に解放している喫茶店だ。落ち着いた店内にはファンタジックな植物が並び、甘い香りがほんのりと漂っている。壁には沢山の写真が張り付けられており、これまで参加した様々なイベントの様子が写っていた。
「皆色んなことをしてるなあ。これだから退屈せずに済むんだよねえ」
 コーヒーにはちみつを入れつつ、はっとして振り返る瑠那。
「あ、そういえば萌侍氏! 今回の新作はどのようなものでゴザルか!?」
「歴史モノとゆるもえ系を同時進行って所でござるよ。今はその資料集めでござる」
 後ろでは、草冠・明(萌侍・bn0145)が若生・めぐみ(キノコの国のめぐみ姫・b47076)のメイドさんルックを高速スケッチしていた。
 めぐみの頭上には茸的なもの(シロちゃんという)が生え、周りをフレア(不滅の使者)がくるくると回っている。スケッチを覗き見る夏月たち。
「背面もスケッチするので回ってみてもらえるでござるか」
「こう?」
「ふむ……次は戦闘中の恰好を……銀誓館に来た当初の再現は?」
「できるかも、ちょっと待っててねー」
 首をひねりながら昔の衣装を構築していくめぐみ。
 自宅を温泉に作り替えて毎日のように露天風呂を堪能している彼女だが、時折こうして資料集めの手伝いなぞしているのだった。
 そうこうしていると、入り口の入店ベルが鳴る。
「いやー、今日も鍛えた鍛えた、っと」
 肩をぐるぐると回しながら椅子に腰かける市原・雄太(高校生ゴーストチェイサー・b79016)。コーヒーを注文しつつ、萌侍のスケッチを覗く。
「お、今日もやってる……というか、かなりリアルなスケッチですね」
「物体をイメージごと記録するにはこれが一番でござるからな。特に骨格表現は得意分野でござるよ」
「あ、じゃあ、今作ってる獣人のモデルを相談したいんですけど」
「承知」
 それまでの作業を止めて振り返る萌侍。
 雄太はなじみのスポーツジム結社を再現した上で好みの獣人種族を創造しているのだが、これまでの人脈が影響してかマッチョな男性獣人ばかりができてしまっているらしい。
「今度は女性型の獣人を作りたいんだけどイメージがちょっと……」
「ふむ。割合と獣化部位から決めるでござるか……」
 などとマニアックな相談していると。
「皆さん、ついにできましたよ銀誓館TRPG!」
 土御門・雅連(虚空に煌めく祈望の灯火・b64610)が扉を豪快に開いて飛び込んできた。
 やけに分厚い本をどすんとテーブルに置く。
 雅連は同好会の頃を思い出しつつ沢山のTRPGブックを再現してきたのだが、途中からだんだん飽きてきてじゃあイチから作ればいいじゃないという結論に至ったらしい。
「僕達の戦いをできるかぎり再現してみたんですよ。ダイスじゃなくてカードを回して強化したりして。あとですねえ、武器によって覚醒する……」
「ふむ、それ以上述べるのは大変危険……いや、雅連殿。ちょっとそのルールブック、一冊貰ってもいいでござるか?」
「ええ、どうぞどうぞ。萌侍さんもTRPGやるんですか?」
「というより資料目的でござるな。ちょっとこれに近いことを依頼されていたんでござるよ」
「ほう……? もしかしてお手伝いできそうですか?」
「それはもう」
 本をパラパラと捲っていると、ティア・アルカーク(蒼穹の真霊媒士・b00342)が大きな皿を運んできた。
「料理、できた……」
 二つの髪とかスカートの裾とかあと色々を揺らしつつ、テーブルに料理を置いていく。
 銀誓館学園を卒業してから諸国漫遊の旅に出たティアはそれぞれの国で様々な料理を学んで帰ってきた。最終的にはディアボロスランサーと共にこの新宇宙へやってきたのだが……。
「今はお料理屋さんを開いてるのよね?」
「……『アルカーク』」
 気候も土壌も自由自在な理想郷ならあらゆる食材を揃えることができる。
 だがティアはそのレベルに満足することなく、今もこうして他人の創造した新食材の調理にチャレンジしている次第である。
「さいころいちご……ステーキ」
「ステーキ!?」
「珍味キタ!?」
 大抵の欲求が叶ってしまうこの理想郷で価値を高めているのはもっぱら『自分の知らない何か』だった。
 海琴の研究しかり、雅連のゲームしかり、そしてティアの料理しかり。
 互いが互いを刺激し合い、新しいものを生みだし続けていく。
 その無限の連鎖。
 この世界は、まだまだ飽きる様子が無い。
「――おおっと、ここで纏められりゃ困るよ!」
 窓を突き破って(そして瞬時に修復して)ずざーっとスライディングする乾・舞夢(肉じゃが悪魔・b18048)。
 そして何処からともなく六ドア式冷蔵庫を取り出すと、虹色の渦巻きみたいなヤツを皿に乗っけて突き出してきた。
「私の肉じゃが、つまり望郷の味を忘れないでいてもらわないと!」
「ごめんそれ肉じゃがって言わらない」
「でもね、味はしっかりしてるの」
「本当だ死ぬほどウマイ!?」
「でも何の料理か割ららない!」
「だから肉じゃがだってば!」
 繰り返すが。
 この世界は、まだまだ飽きる様子が無い。

●二人の理想郷
 さて、『理想郷』と聞いて真っ先に『二人だけの世界』を思い浮かべる方も多いと思う。
 この新宇宙でも多聞に漏れず、何十組(もしくは何百組)もの能力者たちが永遠の家族生活、もしくは永遠の腐れ縁生活を送っていた。

 これは、理想郷の割り当て区域……の真ん中辺り。
 二人暮らしには広すぎず狭すぎない、ちょっぴり豪華なお家でのこと。
 綾川・紗耶(青き薔薇の輝きを具現せし者・b64932)はゆったりとバイオリンを奏でていた。
 ゆらゆらと空気を揺らす弦の音色。
 窓の外に広がる星空。
「不老長寿はいいですけど……身体が14歳から成長しないというのは困りますね。不老長寿は大人になってから、こう、胸とか……」
「では俺が大人にしてあげましょうか?」
 肩に手をかけ、耳元でささやく霞谷・氷一(宇宙に隔離された論外裏商人・b55422)。
 紗耶はびくりと肩を上げ、頬を赤らめてそっぽを向いた。
「……馬鹿」
「ふふ、冗談ですよ?」
「わたくしが大人になるのは貴方の前だけですわ」
「その返し方が十分大人なんですけどね?」
 からからと笑う氷一。窓に映る彼女の姿を横目に見た。
 紗耶の身体は確かに14歳のままだったが、内面は既に二十歳を越えている。
 大人の魅力を内に秘めた少女と、どこか年季を感じさせるバイオリン。
「それは、愛用していたバイオリンを再現したのですよね」
「ええ……音楽はわたくしの中にありますから。生み出して行けばいいと……」
「んー、いいですねえ。育ちの良さと言いますか……あれが出ていて」
「なんでしょう、氷一さんから邪心を感じますわ」
 振り向いて、にっこりと笑う紗耶。
 氷一はわざとらしく背伸びをした。
「そういえば、氷一さんが創ったのは摩天楼のビルでしたわね」
「エターナルで見せつけながら戦ったのが懐かしくて……ま、俺にはこれで充分ですけどね」
 氷一はそう言うと、紗耶にすれ違うような口付をした。
 離れ行く氷一の頭に手をかけ、目を細める紗耶。
「また、もう……続きはして下さいませんの、あなた?」
 微笑み合う二人。
 窓ガラスに映った二人の影が、ゆっくりと重なった。

 窓のずっとずっと向こうには、幻想的な光景があった。
 宝石のような森と、野を駆けるユニコーンや妖精といった幻想生物たち。
 そのすべてが大きな楽器であるかのように心地よい音楽を奏で、森の駐輪には虹色の月長石でできた大樹が聳え立っている。
 その内側に作られた巨大な空間では、四十万・奏女(月歌鳳蝶・b82478)が美しい声で木々へと歌いかけているという。
 森は彼女の歌を覚え、壮大な楽器として明けぬ夜空に響き続けるのだと。
「そんな、絵本で見たようなファンタジーがまさか実現するなんてな……」
 暫し歌い続ける奏女の背を眺めながら、黒須・竜司(乱気竜・b84355)はハンモックに横たわっていた。
「…………」
 奏女の歌声で目を覚まし、食事をして、彼女の歌を聞きながら過ごし、そしてまた眠る。
 そんな日々の繰り返しなのに、不思議と竜司は飽きることが無かった。
 奏女の歌が毎日変わるからというのも、確かにあるが……彼女の歌に耳を傾けていると、理想郷や外の世界が移ろいで行くさまを何となく感じることができるのだ。思い過ごしかも、しれないが。
「……」
 残してきた家族や仲間を思い出す。
 ここに来ることを選んだからには、後悔なく生きて行かなくては……。
「竜司、また昔を思い出してるのね」
「……分かるのか」
 歌を一通り歌い終え、奏女は彼へと振り返った。
「森の動物たちに滲み出ているから、分かるわ」
 そう言われて、竜司は頬を掻く。
「ねえ……私はずっと、歌うに値するものを歌い尽くすことで、我がものとしてきた……いいえ、したいと思っていたわ。でも、ただひとつ違う歌を見つけた」
 ゆっくりと歩み寄ってくる奏女。
「貴方よ、竜司」
「カナ……」
 息をのむ竜司。
 彼の頬に手が伸びた時。
「みー」
 何処からともなく寄って来たりあ(不滅の使者)が間にすっぽりと挟まった。
「あら……」
 奏女と竜司は、照れくさそうに微笑み合った。

 きらきらと歌う宝石の森。
 その中を二人の男女が歩いていた。
「森の出口が見えて来たよ。不思議な森だったねえ」
「そう、ですね」
 首からカメラを提げた四御神・湊(炎雷の魔弾拳士・b83324)と、その後ろをとてとてとついて行く折紙・栞(ホワイトブックガール・b83046)。
 彼等の旅は、湊のこんなセリフから始まった。
 『理想郷の管理区域をひとつひとつ回って行ったら、一生退屈しないんじゃないかなって思うんだ。でもそれなら二人でって思うんだけど……来て、くれるかな?』
 彼のどこか不安げな、それでいて信頼の籠った視線を受けて断れる栞ではない。のんびりほわほわな生活を一旦置いておいて、二人はその日から諸国漫遊ならぬ理想郷漫遊の旅に出たのだった。
 湊はその記録を本に認めたいと言うが……。
「本を作る……か」
 栞は胸に下げたペンダントを手に取り、ロケットを開いた。
 そこには、二人掛けのソファに並んで座る少女たちの姿が写っていた。
 本来写真に写る筈のない、在りし日の自分と『キリエ』。
 栞はそれを、大事そうに握って閉じた。
「ね、栞」
 湊が立ち止まって言う。
 背中にぶつかりそうになって、栞は足を止めた。
「こんな無茶についてきてくれてさ、ありがとうね」
「いえ、そんな……」
 振り向いて、湊は笑う。
「大好きだよ、栞」
 笑って、また前へ向き直った。
「…………」
「…………」
 数秒の沈黙。
 言葉の意味を理解して、栞は顔を真っ赤にした。
 俯きながら、もう一歩だけ前へ出る。
 二人の位置が横並びになる。
 そして指をちょこっとだけ絡めて、前を向いた。
 あの日、『彼女』が栞を食い散らかしてしまわなかった理由を、折紙栞は数年たって漸く、理解した気がした。
「気が遠くなるような未来でも、二人でなら、辛くもなんともないね」
「……はい」
「さ、次の区域に行こうか!」
 二人の前には、永い永い道が、続いている。

 湊たちが次の目的地としていたのは、うっそうとした森だった。
 宝石の森とは打って変わって現実的な、食物連鎖と生存競争の世界である。
 この森では様々な動物たちが互いの命のため種のために必死に生きては死んでいく。生命の強さが根ずく、そんな土地だ。
「しかし……女性人気のこのふわふわ素材が生の兎から剥いだものだと知ったらどう思われるのだろう……」
 須賀・サジ(ジョーカー・b75686)は猟銃と麻袋を手に山道を歩いていた。
 行先は桜庭・緋紗子(セラフィナイト・b70294)の幕屋だ。
 二人の管理区域をくっつけて、森と山脈を隣接させていたのだが、そのままひとつ屋根の下で暮らすうちに色々と混ざり合っていったのだった。
 二人ともリアルな自然会を再現していたために拒否反応は出なかったようだ。リアルでない部分があるとすれば、常に月が出ていることだろうか。
「まあ、あの月も天幕みたいなものだが……」
 日が暮れる頃(太陽もやはり天幕の一部だ)には家につき、その日に狩ってきた兎を保存する。
「おかえりなさい。ウサギ、とれましたか?」
「この通りだ」
 緋紗子は前日のうちにサジが狩ってきたウサギ肉をソテーにしたものを食卓に並べていく。
 理想郷内なので狩りをせずとも美味しいお肉が食べられるが、サジたちはこのやり方をいたく気に入っていた。
 人間の様に、生き物のように暮らすことを、彼らは楽しんでいるのだ。
 二人は食事をしながら何気ない会話をして、身を綺麗にして、ベッドについて誰かの書いた本を読む。
 普通ならば誰でも送れる筈の、ごくごく普通の生活。
 彼らが昔の彼等のままだったら送れなかったかもしれない、生活。
「さて、それじゃあサジさん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 二人は今日も日常を享受する。
 明日もまた。
 明後日も、また。

 緋紗子の山脈が日の出を迎えるころ、『鎮守の森』にも朝が訪れていた。
 その森から繋がる、もう一つの森。
 森の中にひっそりと建つ、和穂稲荷の御宮様。
 中には祭壇があり……。
「ふう、もう朝か」
 掛葉木・稚都世(にぎほのひなぎつね・b82044)は祭壇の隠し扉から顔を出した。
 花雹(モーラット)がぴょんぴょんと跳ねてやってくる。先に起きていたのだろうか。
「おはよう。早速魚釣りしましょうね」
 近くに流れる川へ行くと、彼の創造した生き物たちがどこからか寄って来た。
 翼兎さんに、炎猫さんに、霧鳥さん。
「そうだ、今日は臥待様のお屋敷にいきましょうか。お泊りの用意をしておかないと……あっ、その場で創ったらいいんですね、そう言えば」
 などと言いながら魚をとって、『鎮守の森』へ。
 広い田畑とお城があって、彼は迷いのない足取りで中へと入って行く。
「こんにちは。また来ちゃいました」
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
 畳敷きの広間の奥で、桂城・臥待(望郷の月読宮・b82570)がおっとりと面を上げた。
 彼女の頭上を灯結晶がふわふわと浮かぶ。
 窓から入る光と相まって、広間にはふんわりとした光が広がっていた。
「魚や木の実をとってきたんです。一緒にどうですか?」
「ええ。今日はそれをご飯にしましょうか」
 穏やかに微笑む臥待。
 二人は厨房に入って、一緒に料理を始めた。
「そう言えば、此処に在る限り臥待は幼い姿のままなのですね」
「オレも、臥待様より背が低いままですよ。もっと背が高くなりたかったのに」
「ええ、それは寂しきことにございます……けれど」
 臥待の手が、稚都世の手にそっと重なった。
「共に在れることこそが、最上の幸い」
「臥待様……」
「もう、ひとりにしないでくださいましね?」
 穏やかに笑う臥待。
 稚都世はほんのりと笑って、彼女の手を握った。

 臥待の城は月の都を再現したものだが、『鎮守の森』のすぐ隣にもまた、月の都を再現した風景が広がっていた。
 久遠・冬夜(冬月の烏夜・b82761)がかつて管理していた都を記憶を頼りに創ったものだが、やることと言えばお月見(月にて月見とはこれいかに)やお茶飲みくらいなもの。
 創造した物や生命は創造主の望まぬことをしないという法則があるので、管理の必要があまりないのだ。
 だから彼のもっぱらの役目は……。
「真、これが今日のレシピですか?」
「あ、冬夜様……」
 再現月都に隣接するように作られた学園前商店街。その先にある一軒家には福田・真(不覚の淡光・b62135)が日夜料理研究に励む大型厨房があった。
 もはや厨房のレベルが一軒家規模ではないのだが、そこは気分の問題というやつである。
 真はこの家で自分なりに料理を研究しては、近隣の仲間たちに振る舞ったりしているのだ。
 でもって、そのレシピを纏めて本にするのが冬夜のお仕事である。
 しかし……。
「で、こっちにあるのが……」
「はい、自信作のみつまめです!」
 真にとっては思い出深い、大事な大事なレシピだ。
「十三さんの大好物、でしたものね。ちょっと羨ましいですよ、あなたが何年もずっと覚えていてくれると言うのは。これだけは譲りませんものね」
「はい。忘れたくない人ですから」
「ふふ……」
 もう会えない人だから、覚えていたい。
 それは誰でも考える、当たり前のことだ。
「さて、それじゃあ出かけましょうか。例のイベントに遅れないようにしないと」
「あ、はい。すぐに参ります」
 真は大荷物を風呂敷に包んで、よろよろとしながら持ち上げた。
 それを後ろから支える冬夜。
「冬夜様、ありがとうございます……」
「いえ、このくらい別に」
「荷物の事じゃ、ないですよ」
 首をかしげる冬夜に、真はどこか照れた笑みを浮かべた。
 扉を開けて見上げた空には、大きな虹がかかっていた。

 空の虹がなくなることはない。
 何故なら、リヴァル・ローレンス(白薔薇と白百合と・b18553)の創ったものだからだ。
 虹の下には広大な土地が広がり、牧草地化したエリアのには洋服店が一軒。
 窓から中を覗けば、白い髪の人形が木製の椅子に乗っかっている。
 都築・アキ(ターンコート・b16871)は変わらぬ光景に微笑んで、家の扉をあけた。
「ただいま」
「おかえりなさい、アキ」
 ミシンに布を通しながら、リヴァルは横目でアキを迎えた。
 彼女はもとからだが、アキは随分自然と笑えるようになった気がする。
 何年も穏やかに暮らしていれば、人は変わるということだろうか。
 はじめは、己の出自からゴースト根絶を考えていたアキだったが、理想郷で長く暮らすうちに柔らかく、穏やかにシフトしていった。今では理不尽の無い世界を作ろうと、彼なりに尽力している。
 その一方で、リヴァルはアキの理想を手伝いながら洋服店を営んでいた。
「それにしても、人間って意外とやればできるものねー。使役ゴーストの服まで作れちゃうんだから」
「だね……」
 相槌を打った頃には、アキがお昼ごはんの支度を終えていた。
 ウッドテーブルに料理を並べて、椅子に腰かける。
「ご飯、出来たよ」
「ありがとー」
 食卓を挟んで、手を合わせる。
「そう言えばアキ、料理人になりたいって言ってなかった?」
「言ってた……けど、ここにはあまり客が来ないから。今のままでも、問題ないしね。ああ、でも……」
「でも?」
 ちらりとリヴァルを上目使いで見るアキ。
「温かい家庭が、欲しいな」
「私は子供がほしいな」
「…………」
 アキ、機能停止。
「なんて。私はね、限られた人と永遠に生きていくなかで、いつまで自分が必要とされるのかって、不安に思うことがあるの」
「あ、ああ、うん……」
 無意味のフォークをくるくると回すアキ。
「僕は……次の世界まで、ランサーを守る。僕の力の源は、キミの笑顔だから。僕は……」
 日の光を浴びて、アキは頬を赤くした。
「ありがとう、アキ」

 リヴァルの洋服店から届いたリボン包装の箱を、大量のうさぎたちが運んでいく。
 幾つかの部屋や通路を抜けて、たどり着いたのは妙な部屋。
「……んー」
 睡眠カプセルの蓋が開き、ペシェ・ヴァロア(白牡丹の幸・b62655)が起き上がった。
「おはようございます、ペシェさん。随分眠ってたようですね」
「あぁ、ごめん。おはようカチューシャ」
 同胞のカチューシャ・シュトゥルモヴィク(輝きの赤い星・b72632)に挨拶してから、ウサギたちに運搬されるが如く化粧台へ。
 歯磨きやらなにやらをウサギたちにやらせつつ、ペシェはぼんやりと語った。
「久しぶりに、すごくよく眠ってた気がするんだ……」
 遠い世界のパパやママのこと。
 楽しかった日常。
 頭の中でぱらぱらと想い出のページが捲られていく。
 服を着替えて部屋に戻ると、カチューシャはペンを手に作業台に向かっていた。
「今日も本を書くの?」
「あたしに課せられた使命ですからね。頭の中に刻み込まれた知識の継承。図書館に納めるに相応しい書物の作成です」
「なにもペンで書かなくてもいいのに」
「想像からダイレクトに印字すると……アレなんですよ。祖国のイメージがダイレクトに表れてしまうというか……」
「大変なんだね」
 割と他人事のように言いながら、ペシェはふわふわとあくびをする。
「まあ、でも、今日はこのくらいにしましょう。そろそろ出かけないと」
「何か用事?」
「イベントに御呼ばれしてますから。ペシェさんもでしょ?」
「あぁ、そうだったね。準備しよっか」
 あくびをしながら寝室に戻って行くペシェ。まさか寝なおすつもりではあるまいなと思いつつ、カチューシャは余所行きの服を手に取った。
「ま、こういう時くらいは顔を出さないとですしね」

 花月・鏡(深海ディソナンズ・b63233)には疑問がある。
 一人旅のつもりで新宇宙へ辿り着いた筈なのに……。
「鏡ぃーおなかすいたー」
 白河・月(ブルームーンに微笑みを・b40042)がフォークとナイフでお皿を鳴らしつつ呼びかけてくる。
「なんておれ、おまえの面倒見てるんだ……」
「いいだろう、自宅警備はちゃんとやっているぞ」
「おまえが創った妖精がだけどな」
 また優雅な自宅警備員もいたものである。
 月の創った常夜の館は広い。なので館の周りに広がる薔薇園や館内の雑用は皆その妖精にやらせているのだが、創造主の鏡はエンドレス食っちゃ寝生活をいつまでもやめずにいる。食事も何も妖精にやらせればいいと思わないでもないが、なぜか鏡は月の料理をえらく好んだ。
 なので、鏡の仕事はもっぱら月のお食事係である。たまに訊ねてきた客に『入館試験』をする以外は、暇な日々が続いている。
 けれど……。
「鏡ー、紅茶おかわりー」
「おまえ……ここに来てから随分だらけた性格になってないか? 全く……」
 マグカップを受けとり、厨房に入ってポットでお湯を沸かす。
 壁を一枚挟んで、二人は同時に目を閉じた。
「まあ、仕方ない」
「仕方ないから」
 二人は同時に、しかし顔を合わせずに、異口同音に言った。
「「ずっと傍に居てやるよ」」

 鏡の館から随分と離れた所に、その結社はある。
 名を『猫を始祖として崇める魔法結社』。
 ……正式名称はまだない。
 結社には自由に猫に変身できる魔術師が大勢所属しており、真面目な奴やスレた奴、過激な奴だの惚れっぽい奴だの何だのと色とりどりのメンバーで構成されているがやっぱり全員一致で猫狂いという、ある意味自給自足の整った組織体制が出来上がっていた。
 創始者……というか創造主は松屋・楓(魔術サイドの自由人・b01790)。
 毎日のように真粛・洪海(紫の装丁・b22362)にラブアピールをしてはクールにかわされるという日々を送っていた。
「と言うわけで今日もベッドで全裸待機していたわけですが」
「風邪ひきますよ……」
 ジト目で呟く洪海。
「千回やって千回とも風邪ひかなかったので大丈夫かなと」
「まあ、能力者ですしね」
 千回トライしている楓も凄いが、それを毎回スルーしたらしい洪海も凄い。
 鉄のスルースキルだ。
「まあ、千回目記念と言うことで……差し入れがあります」
「ほう……!」
 身を乗り出す楓。
 そんな彼女に、洪海はマフラーを一本差し出した。
 真顔で受け取る楓。
「手作り?」
「はい」
「私に?」
「はい」
「愛してる?」
「…………はい」
 次の瞬間、楓のルパンダイブが炸裂した。
 時が経てば、人の繋がりも変わるというものだ。

 『猫(中略)結社』のすぐ近くには、季節情緒豊かな土地がある。
 今は丁度、枝ばかりになった桜の樹が根元を雪に埋めている頃だ。リュクサーリヒト・ユーバー(夜想玉兎・b23319)は粉のような雪をさくさくと踏みしめ、長い石敷きの道を進んでいた。
 しばらく進めば海へと出る。
 規模としては巨大湖と言うべきなのだが、成分は海水のそれに酷似し、潮風と満ち引きする波が綺麗に再現されていた。
 本来なら桜が潮風にあてられて弱ってしまう所だが、そんな自然現象を無視できる所がこの理想郷らしさと言えるのかもしれない。
 リュクサーリヒトはその景色をほんの僅かな間楽しんだ後、殆ど迷いなく海へと入って行く。
 後ろ姿だけを見れば自死のそれに近い光景だが、彼にとってはそうではない。
 なぜならこの海は、呼吸を可能としているからだ。
 だからだろうか。声もどこか自然に通る。
「今日も逢いに来ましたよ。紗々さん」
 螺旋状に組み上がったサンゴ礁に腰掛けていた織部・紗々(東雲の古歌・b19908)が、振り向いて笑った。
「お待ちしてました、リヒターさん」
 二人は陸に上がり、綺麗に整えた岩のテーブルに腰掛けた。
 リュクサーリヒトが包みを開くと、雪華の簪と晶状の砂糖菓子を並べていく。
「海の中は日に日に美しくなっていきますね。龍宮のように幻想的で」
「人魚のような種族が生まれたとしたら、この海がきっと役に立つと思って……でも私は、四季の情緒も素敵だって、思いますよ。リヒターさんの写し絵のようで」
 リュクサーリヒトはそうですかと言って、広い海へと視線をやった。
 紗々は続ける。
「一緒に来れて、よかったです。もしひとりなら、帰りたくなっていたかもしれません」
「紗々さん……」
 リュクサーリヒトの向こうには、冬の森が広がっている。
「四季がこうして紡がれるのは、貴女がいてくれるから。私が飽くことなくいられるからです。貴女に出会えてよかった。そしてこれからも……」
「はい……」
 紗々の向こうには海が広がっている。
 森と海の境で、二人は手を取り合った。
「あなたに逢える幸せを」

●みんなの楽園
「お前らー、元気に育つんだぞー」
 ノーマ・イレイト(アンダークール・b70776)はニコニコしながら樹の手入れをしていた。
 時期としては収穫の季節にあるのか、慈しむように美しく実った果実をもいでは籠へと入れていく。
 ……っていうか、スパッツを籠に詰めていた。
「今日もスパッツのなる樹は元気だな!」
「ンな狂気の植物を俺んちで創んな!」
 高橋・弐一(アナザーインモラル・b83487)のドロップキックが炸裂。きりもみして吹っ飛ぶノーマ。
「何するんだ、この子に罪はない! 海苔味で食べれてその上履けるんだぞ! どうしても気に入らないというなら……コンソメパンチを作ってもいい……」
「味の評価を言ってんじゃねえ! っていうか食わせんな! もう一つ言うと俺はブルマ派だ!」
「突然のカミングアウト!?」
 ナイフとスパナでがしがしぶつかり合う弐一とノーマ。
 その様子を宇佐見・たん(青熊猫・b01836)と宇佐見・ぱん(赤熊猫・b01835)が茶ぁしばきながら傍観していた。
「うわーまた痴話喧嘩してるよあのホモ」
「しょっぱいなぁ……」
「しょっぱいって言うか、全面的にホモ臭い……」
 なんか黄色い生命体を大量に連れた真木・シオナ(ゼロとイチとアリガトウ・b82340)が二人の間に割って入った。
「あれ、野球してたんじゃなかったの?」
「うちのサワムラが腹減ったとぬかすから弐一の家に(勝手に)お邪魔して(勝手に)御馳走になろうかと」
「要するに略奪だね? 真の意味でのバイキングだね?」
「でもキモいから打ち殺しとくわ」
 そう言うと、シオナは弐一とノーマのスパッツ攻防戦に割り込んで二人とも脳天をぶち抜いた。
「スパッツ殺人事件。スパッツが引き起こした悲しい愛の物語。野球ボールが暴く黒いトリック。隠し味は海苔の味……」
「ぱんなに書いて――ぐえっ!?」
 どこからともなく飛んできた投げ縄がたんの首に括りつき、凄い力で引っ張られる。
「クソパシじゃないか。ショタ猫どもの土産にしてやるからついて来なよ」
 にやりと笑う塗歩・蒼(冷たい炎・b00350)。
「う、うぐげ……」
「そっかそっか、声にならないほど嬉しいか。じゃあ行くぞ、銀誓館」
「ぐげぎ……え、銀誓館!?」

 セシェム・シストルム(超絶頂極重地獄大将・b17883)と外道院・黒荷架(悪意の魔女・b13869)が銀誓館空き教室の真ん中で並んでいた。
 机は二つ。横には大量の本。
 ここは、銀誓館学園宇宙分校。色々と手分けして創った銀誓館のコピー校舎である。
 誰かが創った知識を収集して編纂、そして他の誰かへ知識を伝えるのを、彼らは目下の役目としていた。
「そっち終わった?」
「とっくに」
「むう……」
 黙々と作業を続ける黒荷架。セシェムは鼻頭を掻いた。
 二人ともノートに向かったまま、セシェムは呟く。
「バレンタインの時、超イラネーって言ったでしょ」
「…………」
「悪かったな。本当は欲しかったんだけど、恥ずかしくて」
「何年前の話をしてるんですか」
「それも恥ずかしくて」
「セェシム……」
 顔を合わせる。
 隣同士の机というのは、思った以上に近い距離だった。
「小学校の時から、ずっとだよな。オレさ、言えなかったことがあるんだ。オレ、クロニーのことがずっと――」
「僕も、セシェムがいるから――」
「クソパシミサイル」
「「ひゃびゅん!?」」
 黒荷架とセシェムへとたんが頭から突っ込んで行った。
 纏めて薙ぎ倒される二人。
「やっぱり邪魔するつもりだったんじゃん蒼ー!」
「ちぃ! まるで空気をよまんクソどもだ!」
「人権が無いとはいえクソ呼ばわりは歓迎しないね。やるかい?」
「これでも武闘派のはしくれ、応じますよ……」
「かつていじめられたボクらの力をうけてみろー!」
 この後、蒼と黒荷架のバトルに見せかけたセシェムいぢめや割かし引っ掻き回されたぱんたんコンビの苦難やら色々あったのだが……。
「何やってんだあいつら……」
「分校が機能しているとは思えない有様ですね……」
 教室に顔を出そうとした牧村・巽(ノートレヴェリー・b55031)とケインビー・ラグーネリア(餓え果ての虎・b71918)が『そっとしておこう』の表情で廊下へ戻って行った。
「これでは彼等はアテにできませんね。調べ物なら手伝いますけど?」
「いや、いい。今日は黄色生物と野球しに来ただけだから。完封勝利キメてやったぜ。そっちは?」
「バイクの機構とか、興味ありまして」
「ふうん……まあ、地球から資料持ちこんでるヤツもそれなりに居るから、探せば見つかるたぁ思うが……あの様子じゃ無理だな。この後ライブハイスでフェスやるんだが、一緒にどうだ」
「いえ……自治区に寄っていくつもりです」
「OK、それじゃまたな」
 巽と別れたケインビーは、その足で裏のライブハウスへと向かった。
「シオナさん!」
「遅い」
 ライブハウスでは既にフェスの準備が完了しつつあった。
 シオナは特に仕事している様子は無かったので、手伝いに来ていた森永・聖歌(ココア・b67466)が大半をやってくれたのだろう。流石に専門的な部分はシオナの手懸けになるが……。
「悪いな、こんなことまでやらせちまって」
 ダンボール箱を運ぶ聖歌に声をかけると、彼女はニッコリと笑って首をふった。
「ううん、お手伝いがあたしの趣味だし。『あたしの理想』を示すにはやっぱりコレしかないから」
 色々な所に出かけて巨大建築や自然創造を手伝ってきた聖歌と、知識編纂及び伝授を主とする銀誓館分校は行動範囲が被ることが多かった。新宇宙にきて銀誓館時代とはまた別の人脈が生まれた例と言えるだろう。

 ライブフェスはこれまで幾度か行われてきた新宇宙の音楽祭だ。
 過去には綾川紗耶や四十万奏女といった音楽を愛する能力者達が参加し、集まった幻想生物や黄色生命体たちに『このヒトら人間じゃねえ』と突っ込み待ちみたいなことを言わしめたイベントである。
「やっぱ、コレがないとな……」
 レニー・ネイムド(名無しではない・b57056)はパイプ椅子の上にあぐらをかいて、ライトいっぱいのステージを見やった。
「音楽は……私が人間として残した最後の部分だからな」
 などというレニーはチューブトップにハイレグジーンズのみという人間離れした格好をしているのだが、そこに突っ込みを入れる奴はいない。銀誓館で目を鍛えられた彼等はそのくらいじゃ驚かない。
 そうこうしていると、ステージがすっと暗くなった。
「お、始まるか……」
 まるで抑えられた欲望のように、静まり返る観客席。
 そんな中、一つのスポットライトがステージに下りた。
「待たせたな……!」
 なんか、朱鷺野・稔(スーパースター稔・b06116)がいた。
 流れ始めるピアノメロディ。
 手懸けているのはマリールイーズ・ストラボ(フリッカースペード・b03637)だ。彼女は理想郷に創造された様々なものを見ては音楽に変えていくと言う、四十万奏女を外向きにした感じの活動を続けていたが、今回は特別に稔とタッグを組んだのだった。
 でもって右側のスクリーンに流れる意味不明のシグナルの雨的なアレ。
「やあ、SUPER STAR 稔-MINORU-だ。地球から発ってどれほどの月日が流れただろうか。新しい宇宙…そして、このオレの新たな宇宙での人生は始まったばかりだ。この宇宙でオレのオンリーワンたる証を披露出来るのは、まだ相当長い年月が必要のようだ。幸い、このディアボロスランサーと共にあるオレ達は、永遠に歳をとる事はないそうだ……そう、つまり俺のオンリーワンも永遠だと言う事だ。永遠に終わる事のないオンリーワンを、同じく永遠に終わる事のない皆に届けよう…ディアボロスランサーと共にある理想郷という名のオンリーワンに集う皆の為に、たった一つのこの曲を……!」
 スーパースターMINORUのありがたい語りパートを漏らさぬためそのままの状態でお届けしております。
「さあ、始めようか!」
 スポットライトがステージ全体を照らし出し、いつのまにか配置されていたバックダンサーと共に微妙にキレるダンスをキメる稔。
「この大きな使命にオレ達を導いてくれた皆に感謝をこめて、このオンリーワンを捧げる……また会おうぜ!」
 沸き立つ観客。
 興奮冷めやらぬうちに、続いてのゲストがステージへと上がってくる。
 銀色の髪をした、どこか繊細な印象の男。グラナート・クロイゼルング(氷華石の輪舞・b64988)である。
 観客もそれまでとは打って変わって、クラシックを聞くようなしんとした空気を作っていた。
 目を伏せて、紡ぐように語るグラナート。
「最初は、自分のためにこのヴァイオリンを弾いていた。沢山の想い出を、楽しかった日々を、曲にしようと。今までの長い年月を音にしていくうち、友人たちや従姉妹や、大切な人々のことを想うようになった。その時の、思い出を乗せた曲を……」
 弦が揺れ始め、空気を伝う音がする。
 音はしんしんとライフハウスを流れ、やがては夜の空へと登って行った。その音が届くか届かないかの、ちいさなビル。
 弐一とノーマはお墓の前に立っていた。
「ずっと死者と団欒すんのは感心しないぜ、神様」
「死者を弔う神様がいたっていいだろ」
「いいけど、引きずられんなよ」
「わかってる……」
 ヴァイオリンの音が流れてくる。
 二人は目を瞑った。
「俺が、構ってやるからよ」
「ああ、大丈夫。嫁もできたしな」
「それ俺のことだったドン引きだぞ……」
「あと、スパッツ煮てあるぜ」
「すぐ捨てろ!」
「なんでだよ、コンソメパンチ味にしたんだぞ!」
「そんな要望出してねえ!」
 そしていつもの喧嘩が、始まった。

●ヴァルハラ
「本日モ、異常、ナシ。引キ続キ、ディアボロスランサー内ノ、警邏ヲ、続行……」
 全身をほぼ機械に埋め込んだパール・ネロバレーナ(ミドガルドシュランゲ・b82670)が、アイシールドに幾何学模様の光を走らせた。
 彼女の後ろには竜を模した装甲戦車のようなものが無数に連結されており、誰かの土地を傷付けぬよう、地上から微妙に距離をあけて移動している。
 彼女の警邏活動は理想郷ができてから始まり、徐々にその装備を増やしていき、いつしか天駆ける龍の如く空と大地を見守る機構へと昇華されていた。
 その途中、同じく理想郷の警備を行っていたジークフリード・ポルタ(透き通った空の様に綺麗な青・b77237)と迎合し、特殊車両内に彼とその機動隊をスリープ状態で保管する役目も担っていた。
 ……と言うところだけ語ると非常に無機質な話に聞こえるかもしれないが。
「安全に理想郷内を移動できる列車としての役割も担うとは……考えたものだな」
 パールのご厚意(?)で創られた客席車両の中で不利動・明(大一大万大吉・b14416)はどっしりと腕を組んでいた。
 理想郷内を右へ左へ旅する者達にとって移動手段はそれなりにネックだったりするもので、こちらが意識せずに一定ルートを巡回してくれるパールは何かと重宝されていた。
 そんな彼にお茶を淹れて差し出す紫月・双牙(光焔真牙・b08033)。
「明さんも、トラブル解決のお手伝いに?」
「そうだ、そろそろ呼ばれる時期だと思ってな。他に依頼もない分、こちらから出向くことにした」
 明は武道場を作って人に武術を教える仕事を主としているが、たまにこうして誰かの手助けをしようと乗り出してくることもある。
 一方で双牙は他人の手助けを主とし、それも森永聖歌とは別ベクトルのトラブル解決をメインに活動していた。自分に割り当てられた区域は必要ないとして他人に貸し出している。
「そう言えば今頃、銀誓館の皆さんは何をしているんでしょうね。何も言わずに来ちゃいましたから、怒られたり、悲しませたりしちゃってないかなぁ」
「さあな。通信手段どころか、様子を探る手立てもない以上、気をもんでも仕方あるまい」
「そういうものですかね?」
「……いや、訂正しよう。今の私があるのも、あの地球で義理と任侠を学んだからだ。あの日々を、忘れずにいるべきだろう」
「忘れずに……か。そうですね」
 お茶に口をつける双牙。
 すると、ジークフリードによる館内アナウンスが聞こえてきた。
「皆さん、そろそろ目的地に到着します。降下の準備をどうぞ」

 天をゆく装甲列車から、ふたつのパラシュートが開く。
 その頃地上では、雨夜・銀(求道者・b12558)とアラストール・セブンセントラル(高貴なる義務・b05350)が剣を打ち合せていた。
 常人では目に捉えることすらできないスピードで目まぐるしく駆け回り、無数の火花を散らせてはすれ違う。
 そんなやりとりが暫し続いた所で……。
「そろそろ、休憩にしましょう」
「OK……っぷはあ、やっぱ鍛えてる奴は鍛えてるね。もうジャックくらいはソロ狩りできるレベルに達したと思ったんだけど、強いなあ」
「いや、貴方もなかなかのものだ。僕はもっぱら自分のコピーを鍛錬相手にしているんだが。ボスクラスを相手に闘う練習もしておくべきかもしれないな」
「ボクからしたら自分のコピーと戦い続けるっていう発想がもう凄いけどね」
 即席で創造した切株に腰掛ける二人。
 そこへ、天臥・月依(月詠の童女・b11870)がティーセットをトレーごと持ってやってきた。
「お疲れ様です。お茶でも如何ですか?」
「ああ、すまない。折角訪ねて来られたのに」
「いいえ。相変わらずお忙しそうで……鍛錬は欠かしていないのですね」
 ティーカップを手に取るアラストール。
「如何にも。他にも庭園を造ったり、武器を製造したりしている。アイテムに特殊性質を付与するには限界があるようだが。そちらは何を?」
「同じようなことを。外界を眺める道具を作ろうとしているのですが、理想郷内のものを外に出すのは難しいようですね。生命を生命としてではなく物体の集合体として創造する実験の方が、実りがあるようです。化学反応と自律進化だけを繰り返せば意識を向けなくても自律的に繁栄する生命を創れる……かもしれませんので」
「それは収穫だね。どのくらいでできそうなの?」
「ざっと八〇〇〇〇〇〇〇〇年……かと」
「その前に新宇宙に生命が誕生してそうだね……」
「たまに忘れそうになるが、これでもディアボロスランサーの内部なんだな。ディアボロスランサーが地球に生命を齎したのが定説とすれば、地球のように生命が息づく惑星にいずれ下りることになるのか」
「その時こそ、今の研究や能力が役に立つでしょうね」
「神話の世界だなぁ……」
 銀はティーカップを切株に置いて……ふと異変を感じた。
「ん、これは?」
 僅かな振動。
 その直後、地面数ヶ所が一斉に爆発した。
「此れなるは魔、善き者が恐れ抗うべきモノ也」
 巨大な火オロチが地底より飛び出す。星枢・ざから(星辰に棲まうもの・b45001)が腕組みをしてその頭頂部に立っていた。
 続いてそこらじゅうから小型のオロチが飛び出してアラストールたちを囲む。
「我は禍津日、混沌を体現す。戦い抗え同胞!」
「って、また貴女かー!」
「相変わらずお忙しいようで……」
「オロチ戦か……確か十五回くらいやったかな。首が狙い目だね」
「不利動明、参上した! これより助太刀する!」
「同じく双牙です。お手伝いしますよ!」
 漸くパラシュートを切り離して着地してくる二人。
 そして始まる大激戦……を、パールとジークフリードは上空から眺めていた。
「助けに行かなくても?」
「問題無イ。今回デ百八十七回目ダ」
「飽きませんね……あの人達。私は少しお手伝いしてきます。他者の創造物も任意消去できるのに、あえて物理破壊だけに留める所からして本当の悪意はなさそうですし。おでこに『反省』って書く程度で済ませましょう。それじゃあ」
「了解」
 先頭車両から飛び立ち、自由落下するジークフリード。
 パールはそれまでの速度を落とすことなく、天を駆けてゆく。
「今日モ、異常ナシ」

●マレビト神のゆくえ
 森をゆく、ふたつの人影。
 ひとりは垰田・加衣(蝙蝠の翼・b81699)、十七歳少女。
 もうひとりは半猫半人の生命体だった。
 加衣はこの猫獣人ルイを『自ら学習する無垢な生命体』として創造し、旅の友とした。
「加衣、マッテ……」
 森の果実を興味深そうに眺めていたルイが、先をゆく加衣にてとてとと追いついてくる。果実を齧って、マズイと言った。
「知らない木の実を齧っちゃだめよ。この辺は、わたしもよく知らないんだから」
 加衣は自分に割り当てられた自然の土地を後にして、隣り合っていた別の森へと足を踏み入れていた。
 暫く歩いていくと音鳴・かなた(夜空の日溜り・b82714)が横たわっている。
「どうしたのこんな所で。自分の管理区域でしょ」
「うん? ああ、花を見てた……」
 かなたは頭のそばに咲いていた花を指先で撫でた。
「昔さ、これが沢山咲けば幼馴染の病気を治してやれると思って、すげー地球攻めたんだ」
 気付くと、地上いっぱいに同じ花が咲き乱れていた。
 かなたが創造したのだろう。
 その様子を、創造した本人はどこか懐かしそうに、そして悲しそうに見つめている。
 齧ってマズイと呟くルイ。それをとがめる加衣。
「なあ、他にも月の都を再現してるヤツ、いるんだろ」
「この向こうにも確かひとつ、あったわ」
「本当か? ちょっと見てみてーな」
 かなたはぴょんと跳ね起きて、加衣たちと共にコーデリア・レスコット(小学生真ルナエンプレス・b82718)の管理区域へと向かった。
 …………。
 ……。
 で。
「よくぞこの城を攻略し、小さなメダルを集めましたね。この女帝コーデリアが褒めて差し上げます!」
 コーデリア(身長124センチ半)が玉座の上でぱたぱたと手を振った。
「…………」
「…………」
「…………」
 うさぎ生命体が壁から顔をチラ見せしながら『ここはコーレの城だよ』とか『ここでそうびしていくかい?』とか言っていた。
 当のかなた達は量産型勇者の剣(コレのつるぎ)とやらを背負わされコレコーラと御餅を両手に持たされている状態である。
 ぐっと胸を張る女帝コーデリア。
「月の都を再現した。たしかこんな感じだった!」
「ンなわけあるかあ!」
 かなたの御餅が女帝コーデリア(外見年齢10歳)の顔面に直撃した。
 ……余談だが、月の都再現計画はこの後数年かけて(小規模ながら)実現するに至った。その時もコーデリアはこのスタイルを辞めなかったという。

 他者の管理区域へ遊びに行くのは神様業界(?)でのハイエンドな娯楽だ。
 アイシア・イシュテルテ(誓いを受けし桜ノ雷帝・b59612)もまた、古い和風の自宅をあとにして別の区域へと遊びに出かけていた。多くの者がそうしているように、目で見たものを日記に残し、少しずつ本ほ形に整える毎日だ。
「沙那くん、ずっと繋がっていますからね。どこにいたってずっと。……それじゃあ、行ってきます」
 今日もまた、桜の樹に語りかけてからお出かけをする。本日のスポットは羽のついたうさぎが飛び交う森だ。
 アイシアは適当に散歩しつつ、樹に実っているリンゴをとって齧ってみた。
「リンゴかぁ。いただきまー……はう!?」
 口を押えて悶絶するアイシア。
 そこへ花霞風・雪朧(夢爛風・b79426)が慌てた様子で駆けつけてきた。
「うわあああごめん! 寝ぼけちゃったみたいで味がキムチ鍋になっちゃってて!」
 創造主がねぼけると、リンゴはキムチ鍋の味になるという。
 誰が得をする神話なのか。
 ……だがよく考えてみると、水を葡萄酒に変えるのと大体同じような変化と言う気もする。発酵物つながりで。
「早急に作り直さなき……あ、でもなんか飽きてきた……」
「飽きるまで二秒もないですよ」
 アイシア。良く知らない人に本気ツッコミである。
 水飲もうとして葡萄酒飲まされた人もガチでつっこんだという説があるが、アイシアは新宇宙にきてその意味を理解した。
「この近くにうさぎ生命体と一緒に暮らしてる人がいるんだけどそこへ遊びにいきませんか?」
 などと言うので、アイシアと雪朧は連れ立ってマーレ・オクタヴィア(豊饒の海・b82707)のお屋敷へ。
 全体的に白を基調としたお屋敷には薔薇の庭が広がり、綺麗なチェアとテーブルが日差しのよい場所に置かれている。
 マーレはそこで、うさぎ生命体と一緒にティータイムを過ごしていた。
「あ、お客さんだ。いらっしゃーい!」
 同じテーブルを囲んでクッキーやアップルパイを頂く雪朧たち。
「これね、うさぎさんたちが焼いたんだよ。でも食いしん坊さんだから……あっ、また!」
 テーブルの上のクッキーを皿ごと奪って逃げていくうさぎさん。
 と、その首根っこを掴んで戻ってくる妖精さん。
「こういう風になるの」
「なるほど……」
 新宇宙にやってきたルナエンプレス率は意外と多い。その大半が月の都を懐かしんでうさぎ獣人を再現しようとするので、理想郷住民の半分くらいはうさぎ生命体で構成されたりしていた。
 新宇宙の始祖がうさぎになりそうな、そんな気配。(そして猫中略結社が奮起する、そんな気配)
 マーレとお喋りをしている間にあっというまに夜。
 この辺はマーレの気分で日が落ちる仕組みなので、多分マーレが話し疲れて眠くなったということなのだろう。
 彼女はあくびをしながら言った。
「もうお姉さまたちや皆にも会えないけど、みんなが元気ならマルは嬉しいんだ」
 マーレは夜が来るたびにふわふわのお布団に入って夜空を眺めると言う。
 双子の姉と、運命の糸越しに手をつなぐような、そんな気持ちになりながら。
 おやすみなさいを言うのだ。
 ――同刻。
 マーレの空に連動したわけではないが、偶然にも隣の区域の空は同じ色をしていた。
 限岬・小唄(片翼の涯て・b80901)の創った、『あるがままの空』だ。
「…………」
 小唄は顔の右半分をおさえて、空を見上げた。
 星々の間を抜けるように、一羽の小鳥が彼の肩にとまった。
 白い色をした鳥だ。小唄の顔を見て、首をかしげる。
 小唄は餌箱を創って、鳥をその上へ移してやる。
 暫し餌をついばんだ後で、鳥はまた小唄の顔を見た。
 小唄は小さく首を降って、指の上に鳥を乗せてやった。
「お行き」
 掲げた指から、鳥は羽ばたいてゆく。
 翼を広げて、空へと舞い上がる。
 『ありがとう、覚えていてくれるんだね』
 声が聞こえた気がして、小唄は目を閉じた。
 これで君も僕も、永遠に。
「一緒に、飛んで行けるね」

 夜が明け、ひとりの青年が山のふもとを歩いていた。
 登山用のリュックサックに、トレッキングシューズ。折り畳み式のステッキを片手に、山を見上げる。
 そうしていると、近隣の住民に声をかけられた。
「おぉい、今日も山ぁのぼるのかい」
「ええ。あ、そう言えば山の西側二合目で落石がありましたよ」
「そうかい。村の皆に知らせておくよ。いつもありがとうよ」
「お気になさらず」
 ぺこりと頭を下げる青年。
「ところで、今日の天気は?」
「ああ、よく晴れてるよ。山の神様の機嫌がいいのかもしれんねえ」
 …………。
 ……。
 青年が山頂へ辿り着いたのは、それから二分後だった。
 山が小さいのではない。慣れた近隣住民でさえ登頂までに五時間をかける山だ。
 なぜ彼だけが……?
 簡単な話だ。
「今日も元気そうですね、やまの神様」
 ビーチパラソルとデッキチェアを広げ全力でくつろぐ美沼・瑞穂(鮫牙忍者・b06580)が、ジュース片手に語りかけてきた。
 重ねて言うが、山頂である。
「そういうそちらも好調なようで、さめの神様」
 銀・狼貴(制止者・b10233)は片眉をあげて振り返った。
「わにの神様もいますよー」
 反対側でふわふわと手を振る四季光・鈴夏(それなりの踊り子・b17409)。
 三人は高い山から、鮫浦の池とわにジャングルを眺めた。
 瑞穂は何人かと協力してリアルなホオジロザメの創造を手懸け、最近では完成した鮫と一緒に泳いだり生肉投げて飛び付かせたりと遊びの域に達している。
 一方で鈴夏はわにの楽園と称して普通のジャングルを創造し、熱帯のジャングルを割とリアルに再現していた。
「今、幸せですか」
「どうでしょう『あちら』の人達と最後に言葉を交わしたのも、何年も前ですからね。でも、まあ……」
 三人は空を見上げた。
 いや、正確には……空の向こう、理想郷の壁の向こう、新宇宙の更に向う、彼らがかつていた宇宙の先の先の先にある、銀誓館学園へと、思いを馳せた。
「元気にやってますよ」

●エメラルドニューシティ
 まるで軍事基地のような巨大建築物の最上階。
 硬い窓ガラスで囲まれた部屋の中心で、フィオ・リーヴィス(クリアザスカイ・b56822)はごろんと寝転がっていた。
 白衣を身につけてはいるがもうおざなりで、周りにはダイヤル式電子レンジやパラボナアンテナといった若干レトロな電化製品がごろごろと転がっている。
 驚くべきことかもしれないが、このあたりはフィオの『お手製』である。
「もう無理です……脳が沸く……しんじゃう……」
「五年間も工作を続けていればそうなりますよ。と言うか、今までが大丈夫だったんですか?」
「気分的には残機が10機くらい死にましたね」
 アナ・ウンスー(只今実況中・b64948)からコーヒーを受け取って、フィオはむくりと起き上がった。
 マグカップと交換するかのように、一台のマイクを差し出す。
 脚からはコードが伸びていて、背後の冗談みたいに巨大な機械に繋がっている。
「『何か知らないけど音と電波に組み替えて発信する機械』です」
「まさか砂鉄からここまで組み上げるとは……根性の勝利と言うべきでしょうか」
「浪漫の勝利ですよ。といっても周波数が一個しか設定できませんし、伝達範囲もそんなに広くありません。事前に数個配ってある『何か知らないけど特定の電波を受信できる機械』でしか音に変えられませんからね」
「充分です。これぞ私がやりたかったこと……その第一歩です」
 アナは強く頷いて、フィオからマイクを受け取った。
 目尻に雫が浮かぶ。
 もしかしたら、始めてマイクというものを握った先人たちも同じ気持ちだったのかもしれない。
 完全にぶっ倒れてリトルグレイ的生命体に運ばれていくフィオを見送りつつ、アナはマイクを所定の位置にセットした。
「あー、あー……理想郷は本日も晴天なり! 皆さんお、元気ですか!?」

『今日も……気……頑張……しょう、ラ……オ体操第一ぃ!』
「おお、すごい。本当に聞こえた」
 朝燈那・藍夜(呪纏の槍使い・b24918)はビルの屋上で仰向けに寝そべっていた。
 周りにはコーラのペットボトルやポテトチップスの袋が置いてある。
 そよそよとした風が、藍夜の前髪をそっと撫でた。
「失礼? ここでラジオが聞けるって言うからお邪魔したんだけど」
 スチール扉を開いて祭屋・宴(ハイタカ・b38961)が現れる。
「どーぞー。散らかってるけど、お菓子でもどう?」
「ありがと。ご相伴になろっか、コノリ」
 腰を下す宴と、そのそばに寄り添うように座るコノリ(ケルベロスオメガ)。
 暫くすると、有翼生命体の子供たちが屋上へと降りてきた。片眉を上げる藍夜。
「大所帯だね」
「まあね。あたしって、戦場で死ぬんだって思ってたから、この子たちと居られるのが嬉しくて仕方ないんだ」
 宴は目を瞑り、理想郷内に作った日本家屋を思い出した。
 『凍滝』という表札のついた、すこし古びた家だ。まるでそこが魂の入れ物であるかのように、宴はすぐに創ることができた。今は、壁に仲間たちを思い出して創った写真やスケッチが並んでいる。
「皆は、元気にしてるかい……」
 何処へともなく語りかける。
 ノイズだらけのラジオミュージックが、そよ風に混じって聞こえた。

 日芽・夏凛(綾取る夢・b36112)が創ったお菓子の家には、今日もお客さんが訪れている。
 ビスケットのテーブルとロールケーキのソファ。
 チョコレートの床はぴかぴかで、文月・風華(暁天の巫女・b50869)は溶かしてしまわない物かと思いながらココアの湯気を吹き消していた。
「心配しなくても大丈夫なの。お菓子の家はとっても丈夫だから、壊れたり溶けたりしないの。こうして夏凛が割らない限り……」
 夏凛はにこにこと笑いながらテーブルのビスケットを一欠けら割って見せる。
「それに栄養満点で、とってもおいしいの!」
「女の子らしい発想ですね。そちらはどんな理想郷を?」
「私?」
 ファルシア・ミオゾーティデ(現世を彷徨う白姫の亡霊・b54307)は大きなビスケットをどう齧ったものか思案しながらくるくると回していたが、風華に問いかけられて顔を上げる。
「春夏秋冬の四つに区分された領域を作って、その真ん中で暮らしてるわ。四季の移ろいを再現してる人は多かったけど、一緒にするのは稀だってみたいね」
 色々と思案した末、ホットチョコレートに漬けてしみしみ食べることにしてみる。……あまい。
「私はね、銀誓館で覚えた『感動』って気持ちを、この宇宙に残したいの」
「ふむ……その気持ち、分かるでござるよ」
 腕組みしつつ渋茶を啜る萌侍。
「それはそうと、拙者だけが異様に浮いてはござらんか」
「大丈夫なの」
 すかさずワッフルで餌付けしてみる夏凛。
「所で、風華さんはこっちで何をしているの?」
「私は、いつも通りですよ」
 穏やかに目を細める風華。
「陽向神社をこっちにも作って、参拝客のお相手をしてます。最近は、今度のイベントにむけての準備ばかりですけど」
「あのイベントね。確かにぴったりだわ」
「巫女のお仕事が季節行事だけとは……平和ですねぇ」

 天陽・朧(銀の毒蛇・b79302)と樋口・智晴(モノクログラップラー・b72050)はお隣さん同士である。
 それも、広大な管理区域の中であえて部屋一個分しか作らなかったために殆どルームシェアのような状態になったという、かなり稀有なケースだ。こっちに来るまではさほど接点が無かった彼等も、(お互いの目的を邪魔しない存在だったので)なんとなく慣れ親しんだりもした。
 朧はこれまで収集し続けてきたゴーストの情報をもとに使役ゴーストのようなものを研究し続け、一方で智晴はよりよい眠りを追求するとか枕業界のようなことを言ってお日様の当たるベランダやお布団用の洗濯機(さりげにフィオが頑張った)などを創り、毎日ぐっすり眠って暮らしていた。
「でも最近になって気づいたんだ……」
「何を?」
「お布団や枕だけじゃなく……運動や勉強をしてから眠った方が、より快眠できるんだって……!」
「はあ……」
 無表情のまま拳を握って空を見上げる智晴に、朧は100パーの生返事をした。
「なので、レジャー施設に行ってくる。この辺にできたって聞いたから」
「はいはい、いってらっしゃい」
 ベランダから『とぅっ』とか言って飛び出していく智晴を見送ってから、朧はメモ帳だらけの部屋を改めて見回した。
「やー、書き溜めてるだけでこんなことになるとは。意外と捨てたもんじゃないね、俺の頭も」
 メモのひとつを取り上げてみると。ベランダから鳥形の生命体が入ってきた。
 現在改良を続けている試作型使役だ。
「んー、折角だから会話能力とかつけるかー。今までタブーぽかったしなここは大胆に手ぇ加えて……と」
 朧の研究は、いつまでも終る様子はない。

 彩島・亜璃砂(深紅・b28707)が大量の皿タワーに囲まれてぐったりしていた。
 背後では『100皿完食おめでとう』の久寿玉が割れ、裏佐・朱鷺恵(白の拝み屋・b74082)がおめでとうでござるーと言いながらカメラのシャッターをばしばし引いていた。
 カメラといってもピンホールカメラ。光の焼き付き現象を利用して作る手作りカメラである。レンズやシート、発行体の部分は割とラクく創造できたので、レトロな造りのわりにはしっかりカラー撮影ができたりする。こうした自力と理想実現力の併せ技は理想郷内で良く行われ、極端な所ではラジオ制作なんかに利用されている。人間、やればできるのだ。
「そう、フードファイトは誇り高く穢れなき競技であり、その上であえて作り上げる世界は超グルメワールドなのです……美味しいものを食べて怒る人は……いま……せん……けふ」
「そう言う話ではなかった気がするでござるが、まあよし! 見事な食べっぷりでござる!」
 朱鷺恵渾身の拍手。亜璃砂の食べっぷりを見ていた観客たち(主にウサギ獣人たち)もぱちぱちと拍手を送っていた。
 そんな中に、さりげに混じる夕凪・真名深(白きコートの青汁刑事・b33573)。
「こうしてみると、この辺も随分栄えたね。はい青汁」
「ありがとうござペギュン!?」
 うっかり吹き出しそうになって口を押える亜璃砂。
 原材料からしっかりと作られた真名深印の青汁は健康にいいが消化に悪いので大食いの後には絶対に飲まないようにしましょう。
「これでもまろやかで飲みやすい赤ラベルなんだけどね……」
「原材料を固定している限り青汁の本質からは逃れられないでござるよ……」
 ふう、と胸をなでおろす朱鷺恵。
 彼女達は複合観光地区を創造し、朱鷺恵の北陸日本海的風景を中心とした風光明媚な景色や、亜璃砂の食べ放題の夢を具現化したようなグルメワールドや、真名深のやけにデカい青汁製造工場が連立している。
 他の区域の住民たちが訪れては、ゆったり観光気分に浸って帰って行く毎日である。今日はそのプロモーションを兼ねた大食い大会だった。
「だとしても、凄い光景だな……」
 大窓を挟んだ外の通りで、久我屋・明彦(蒼狗・b54539)は紙袋から生えたフランスパンを一口千切った。
 そして改めて周りの風景を眺める。
 彼自身商店街を再現したりして自給自足を図っているが、たまに外に出てみると面白いものだ。
「あっちに居た時のままだ。安心する」
「安心するのはいいけど、少しは怪我を治療したらどうなんだい」
 後ろから声をかけられて、明彦は振り返った。
「八瀬か、よく会うな」
「よく会うなじゃない」
 八瀬・鷸(銀獅子の如く・b69774)は明彦の腕やひざにできた傷を見咎めて、小さくため息をついた。恐らく戦闘訓練中についた傷だろう。
 こまごました所は女子並に丁寧なくせに、自分の身体のこととなると大雑把になるのだ。
「まったく君は。人間が怪我を放置していたらどうなるか知らないの?」
「問題ない。放っておけばすぐに治る。能力者だからな」
「能力者でも傷痕は残るんだよ。ほら、消毒するからついておいで」
「……分かった」
 こうして鷸の診療所に連れて行かれ、軽い治療の後にコーヒーを飲み交わし、ついでに明彦が料理を振る舞って見たり……というのが、ここ数年のパターンだった。
「医学はいいよ、奥が深くて」
「能力者を相手にか?」
「なんだかんだいって能力者も人間だからね。目も霞めば頭痛もするさ。アビリティにばかり頼ればいいってものじゃない」
「そういうものか……」
 曖昧に頷いて見る晴彦。
 鷸は笑って、彼のフランスパンを一口分千切った。
「それに、人を見る楽しみがあるからね」

●神様は満足しない
「視えた――うおおおおおおおおおNINJAAAAAAHHHHHHHHHHッッ!!」
「甘い――DOSUKOOOOOOOOOOOOOOOOYッッ!!」
 影太刀・シュリケン丸(ユートピアニンジャ・b45806)の巨大手裏剣を、芥川・薫(ファイアフォックス・b24164)はガトリング張り手で跳ね退けた。明後日の方向へと飛んで行った手裏剣で山が一個無くなる。
「なるほど……いい刺激になった。これがユートピア忍法か」
「そちらもなかなかいい発想でござるぞ。相撲とガトリングガンを組み合わせた全く新しい格闘術……」
「これさえあればどんな強敵が現れても乗り越えられるに違いない」
「一体どういう発想なんだよそれは」
 周囲のビルの屋上から屋上へと飛び交っていた紅十字・黒猫(骸装殲鬼・b01443)が風を巻き込んで二人の間に着地した。
 ぐりぐりと首を捻る黒猫。
「んー、『強靭な魂』のヒントになると思って来てみたんだが、間違えたかな?」
「失敬な。忍道とはまこと奥深いもの。果ての果てまで極めても未だその最奥は遠く霞むものでござる」
 シュリケン丸は漫画で見たような倍重力空間を創り、自動て飛んでくる竹槍を避けたり荒波に向かって卓球を蹴ったりというちょっと人間じゃない感じの鍛錬を続けていた。
 名前こそエキセントリックだが、さりげに正統派の忍道を目指す彼である。
 そんな彼が創った訓練施設を、試しに黒猫の生み出した生命体に利用させてみたのだが、一時間も経たないうちに『ごめんなさいモード』に入っていた。
「肉体の鍛錬にとどまらず精神も鍛えようという発想。あっぱれでござる」
「まだまだだけどな。まあ、気長に行くかね」
 黒猫は背伸びをして、背後から飛んできた竹槍をひらりとかわした。

 一台の自動車が、でこぼことした道を進んで行く。
 漣・夜半(ユハンヌス・b11134)はゴトゴトと揺れる車内で、窓縁に腕をかけながら片手運転をしていた。
 後部座席には小城・礼子(葬送ルナティック・b82656)と足利・命(あまトラ・b20170)が並んで座っている。
 足元を見下す礼子。
「それにしても、大したものね。この自動車のエンジン、自分で作ったんでしょう?」
「この技術に至るまで三年って所ですかね……木を圧し折って束ねて斧作って、砂鉄を掘って窯で焼いて製鉄して……石油燃料を燃やして回転するエンジンです。やはり専門技術と違ってすぐ壊れる所が難点ですが、全ての技術を自力でできるようになりたかったので」
「自己鍛錬もそこまで行くと……」
 言葉もない、という風に首を降る命。
「壁に当たったり、悩んだりした時はいつでもいらしてくださいね」
「命さんのお仕事はカウンセラーでしたね。そちらは覚えるにしてもかなり後回しになるでしょうから……ええ、頼りにしています」
「なんなりと」
 穏やかに微笑む命。隣で礼子が自分の胸に手を当てた。
「でもって私が『しわよせ探偵』。理想郷の中でしわよせがあったら私に言ってちょうだい。事務所を見つけられたあなたなら、依頼を受けてあげる。そうでないときは……そうね、チェスの相手でもしようかしら」
「それはいいですね」
 くすくすと笑う夜半。
「さて、目的の会場まではあと数時間かかるでしょうから、眠っていていいですよ」
 シートベルトは閉めたままでねと、夜半は笑った。

●神様の想い出
 高い高い山の上で、ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・b82686)はギターを構えた。
「思い切り行くぜ! 銀河のみんな、俺は元気でやってるよっ!」
 ファルケは絶望的にハズした音程を恥じることなく、夜空へとまき散らしていく。
 たとえそれが人ひとりの声であっても、音の届かぬ宇宙の果てであっても、魂だけはきっと届く筈だと、ファルケは月に一度はこうしてひとりライブを開いていた。
「――てぇ、またやってんのかおまえ!」
 熱唱中のファルケを後ろからぶっ叩く御狩・宙(紅白月・b82559)。
「あ、ちわっす! 今日はハーレム連れて来てないのか?」
「ああ、ないすばでーの姉ちゃんたちな……」
 宙は以前、理想郷ならハーレムだって作り放題だヒャッホーウイとばかりに男の夢を次から次へと創造していったのだが……。
「飽きた」
「飽きた!?」
 宙は驚きに振り返るファルケをよそに、山頂から自分の区域を見下した。
 満開の桜と月の都が混ざり合ったような、妙な空間だ。
「……あいつらも、元気にやってっといいけどな」
「お! おまえも誰かにキモチを届けたくなったか!? そういう時は音楽だぜ! 歌おうぜ!」
「あら、にぎやかですね……」
 宙が『こいつもう一発殴ろうか?』と思って拳を握っていると、ふもとのほうから雪乃城・あやめ(思い届け・b56494)とドナテルロ・レディ(中学生クルースニク・b73956)がやってきた。
 ドナテルロは狼状態のままで、同じような狼が後をてくてくとついてきている。
「昔のことを、思い出していたんですね」
「……ああ、まあ」
「わかりますよ」
 あやめは胸に手をやって、夜空を見上げた。
 これまで何十冊にも渡って今までの経験を書き綴って来たが、そのたびに色んな思い出が蘇るのだった。それはドナテルロにも同じことで、狼の姿のまま木漏れ日を浴びて安らかに暮らす日々の中でも、学園での日々を忘れることはない。
「よし! それじゃあ皆の気持ちも乗せて、もう一曲いくぜ!」
 空に向けて叫ぶファルケ。
 もう止めまいと、宙たちは肩をすくめた。

 ファルケの音楽も届かぬほどの距離を挟んだ所に、ルナパレスがある。
 その名の通りと言うべきか、ルナ・ノクターン(月夜曲・b82520)が管理するお屋敷である。
 日本を良いトコ取りしたような過ごしやすい気候と、一生懸命奉仕する沢山のメイドたちによって、ルナパレスは今日も穏やかな日々が続いている。
 今日のお客様は新田・しのぶ(すりーぴんぐふぉっくす・b74149)と芦田・かごめ(星をみる蜘蛛・b79167)だ。
 今日のご招待テーマは雅な女性。無論、ルナ基準である。
 ……が。
「会話、弾んでないね」
「……」
 ぽつりとつぶやいたレモン・ブラムレオン(は小粒でもパタリと致死量・b55155)を、ルナがちくりと睨んだ。そっぽをむいて口笛を吹くレモン。
 ルナと同じく大量のメイドさんを創造してお世話をさせているのだが、自分で考えたメイドさんがマンネリ気味になるという問題に行きあたり、ならばとメイドさんレンタルサービスなるものを始めた。
 自分の意思に関わらずお世話をしてくれるメイドさんというのが、それはそれでウケている。(宙とかに)
「今日二人をお招きしたのは、種は違えど同じような目的を持っているって聞いたからよ。お互いがいい刺激になればいいと思って、こうして場を設けてみたの」
 その上で聴いてる自分が楽しければ尚よし、というのはあえて伏せて置くルナである。
 はたと顔をあげるしのぶ。
「種族……ですか? 私は、新しい世界に妖狐の種を根付かせようとしていますけど」
「私は、土蜘蛛の種族再興の方法を探っています」
 ぱちぱちと瞬きをしながら、二人は顔を見合わせる。
 土蜘蛛種族が実質上世界から滅亡してから十年近い月日が流れている。
 かつては日本中に根を張り、豪族として栄えていた土蜘蛛。それもかつての戦争で最後の女王を失い、最後に残った銀誓館所属の土蜘蛛と野良の土蜘蛛族のみを残すに至った。
 かごめの夢は、女王……とまでは行かなくとも、さりし日の土蜘蛛族を再び新宇宙に生み出すことなのだ。
「卵や種族を創造することはできます。ですが、来訪者としての特性までは生むに至りませんでした」
 聞けば、来訪者とはディアボロスランサーが地球に降り立つまでにつけた生命の足跡だという。
 ならばそのうち、この宇宙にも土蜘蛛と似た、もしくは土蜘蛛そのものの種が誕生することだって、あるかもしれない。
「それは、妖狐も同じことだと思います。もしその時は、九尾さんのポジションに立って導いて行ければな……なんて」
「そう、ですか」
 古い古い話を持ち出すならば、日本土蜘蛛と日本妖狐は互いを殺し合ってきた間柄だ。そんな二強種族の未来の神が、こうして向かい合っているというのは……なんとも……。
「もしかしてレモン、世界平和の切欠に立ち会っちゃってる?」
 なんだか壮大な話だなあと思いつつ、レモンは空を見上げた。

●君が知る新世界
 丘の上の学校は、ドワーフやエルフが通う小さな建物で、いくつかの村や集落の中心に建っている。
 たまに喧嘩したり仲直りしたり、楽しい事が合ったり大変な事があったり、穏やかだけどそれでいて平和な一日が今日も終わろうとしている。
 オレンジ色の夕焼けに染まる丘を、子供達が下りていく。
 その様子をスカーレット・オプスキュール(気怠き紅小曲・b46789)はのんびりと見つめていた。
「お姉さん、さようなら」
「ええ、さようなら」
 子供一人が手を振ってくるので、スカーレットは微笑んで手を振りかえした。
 丘を駆けていく子供。その背を見つめる彼女の横に、もこもこした生命体を抱えた白蜘蛛・命(幻精界の姫君・b54871)が並んだ。
「お姉さん、か。この丘もこの村も、全部キミが創造したものなのに、なんだかヘンな感じだね。そういうことは、教えなくていいの?」
「いいの。平穏に過ごす子供達がいる世界……それが私の理想郷なんだから」
「そっか」
 命はあしもとにふわもこ生命体をおろし、学校へと向かわせた。
 ふわもこが、子供がやんちゃをして壊してしまったという窓ガラスをてきぱきと嵌め直していく。
「あれだって創造の力を使えば一瞬なのに、どうして?」
「わかってるくせに」
 唇を尖らせる命。
「いつかボクたちの所に『誰か』が訪れるかもしれない。その誰かには深い事情があって、帰れないでいるかもしれない。そんな時、迎え入れてあげたいんだ。迎え入れて、癒してあげたい」
「素敵な考えね」
 後ろで声がして、命たちは振り返る。桜庭・柚樹(寒緋桜の雪夜叉・b32955)が花の鉢植えをもって立っていた。
「あっ、お花屋さんだ! 今日は何のお花を持ってきてくれたの!?」
 子供達が駆け寄り、柚樹を囲む。
「チューリップよ。大切に育ててね」
 柚樹は自分の区域で沢山の花を育て、その状態をあえて保存し続けていた。
 世界各国のあらゆる花が咲き乱れるその様は、見る者を魅了するという。
 柚樹はそんな中からいくつかの花を選んでは、人にあげるお花屋さんを営んでいる。
 自分の思い通りに咲く花よりも、自然のそれと同じように丁寧に育て、そしていつしか枯れる花が、柚樹は好きだった。
「いつもありがとう柚樹さん」
「気にしないで。よかったら、今度私のところに来てみない? 理想郷というだけあって、地球じゃありえないほどの光景になっているから」
「喜んで」
 三人は笑い合い、子供達が新しい花を土へ植える様を見守った。
 愛によって生命が息づく、そのさまを。

●新宇宙大図書館計画
 理想郷の中にはいくつもの図書館が存在している。
 銀誓館分校やレモン邸地下ライブラリーや巨大図書館ビルや……その他様々な形で創られた図書館はには、全て『あやふやな記憶』しか貯蔵されていない。
 なので全く役に立たないのだ。
 …………というのは、数年前までの話。
 理想郷を託された銀誓館元生徒たちの多くは『無いなら作ればいい』の精神で己の持つ知識の全てを本に刻み込み、その上で理想郷内で起きた出来語を彼らなりに観察し記録し、編纂された知識はそれぞれの図書館へと着実に貯蔵されていった。
 伊勢・勝美(月夜ノ影姫・b28774)もそんな活動をしている一人で、モーラット的生物たちと戯れるように修行を続けつつ、彼女が培ってきた修行法などを本にしては、図書館へと持ち込んでいた。ちなみにこの本は定期的に銀誓館分校で纏められ、各地の図書館へとフィードバックされている。
「う、うう……誰かの何かの足しになればと思いましたけど……そう考えると恥ずかしい……」
 温かい頬に手を当てて呟く勝美。
 そんな彼女の後ろから顔を覗かせる綾見・祐子(探究心旺盛な言霊使い・b70275)。
「どうしたの、もじもじしてるんだよ?」
「はうっ」
 勝美はびくっとして背筋を伸ばした。にっこりと笑う祐子。
「へへー、本を入れに行くんだ? ボクもなんだよ。いつかは『知識を秘蔵せし書庫』みたいにできたらいいんだよ! 一緒に行こう!」
「は、はい……」
 二人ならんで、ついでにモーラット的生命体をもこもこ連れ立って歩いていくと、途中の森に狼と狐がごろごろしていた。
 と言うか、神山・大地(小生意気な子狼・b63102)と牙嶺・正行(月の揺りかご・b73836)である。
 彼等もまた図書館計画に参加するメンバーだ。煮詰まった時や遊びたい時などはこうして獣の姿で森をふらつき、ごろごろしたりお昼寝したり駆けまわったりしている。
 二人は祐子を見とめると、変身を解いてちょこんと座った。
「よっと、うちの図書館来るんだろ。いつもありがとうな、案内するぜ」
「うん? お昼寝タイムおわり? 僕も行くー」
 首を鳴らして歩き出す大地と、目を擦ってついていく正行。
 大地は銀誓館でのことを思い出しては本にして図書館に納めている。色々と曖昧だったり、誤解が混じったりしているが、その辺は正行がしっかり添削作業をしてくれていた。
 ここで大事なのは、創造したものを他人が修正改変できるという所だ。
 ひとりでは曖昧になりがちな情報でも沢山の知識が集まれば充分なものになる。かつて地球のインターネット上で行われていた知識の相互補完が、今は理想郷の図書館で行われていた。
 もしかしたらこのサイクル自体が、いずれ紡ぎ出される世界に適用されるかもしれない。なんて思うと、ちょっとワクワクする。
 図書館につくと、藍染院・子夢(時の流れに潜みし猟犬・b69141)が図書館に集まった分身たちを纏めていた。
 子夢は自分の分身を沢山作って理想郷に散らせ、起きた出来事を事細かに記録させていた。どうしても記録者の主観が入ってしまい偏りが出るというのが最近の課題である。まあその辺は様々な記録者の内容を編纂していくことで解決を図っている。
「お疲れ様、今日はまた随分集まってるね」
「そうだな。パール便が近くを通ったから、一気に来たんだろう」
 子夢はそう言ってノートパソコンを閉じた。
 厳密にはパソコンの形をした『文章を蓄積する光の本』なのだが。
「いつかはコンピューター自体を作りたいものだな」
「やること多そうだね、どれだけのことが必要なんだろ」
「分からないが……それより、最近は例のイベントのことで持ちきりのようだぞ。私も行くつもりだが……キミは?」
「勿論!」
 大地は漫画本を棚に納め、しっかりと頷いた。
「お正月、だからな」

●人知れぬ神々の年月
「今日は……お正月ですよ!」
 香月・かぐや(盟約の体現者・b30832)は若干テンション高めに日めくりカレンダーを引っぺがした。
 この理想郷内で様々なものが創造されてきたが、彼女が創造したのは『時の移ろい』だった。
 勿論、何もしなくても時間は流れているし、宇宙も少しずつではあるが形を変えて行っている。
 では彼女は何を創造したのか。
「地球に合わせて365日プラスうるう年。これを一年として百年で一世紀……誰かがちゃんと数えていれば『今日は何々の日だね』って共有することができるわ。ちゃんと地球とリンクしてるかは、かなり自信ないけど」
 ちなみに、彼女がちゃんとこの概念を作って置かなかったら新世界の一日が1〜100時間とかカオスなことになっていたかもしれないので、実はすごい偉業である。
「そんなわけで、今日はお正月。丹羽さんも、この日の為に準備していたものね。数え続けた甲斐があったってものだわ」
 感慨深げに頷くかぐや。
 白銀山・丹羽(細蟹媛・b32117)は深く頭を下げた。
「まさかちゃんとした暦でできるとは思いませんでした」
 そう言って、お年玉と書かれたポチ袋を差し出す。
 白蛇模様のトンボ球が入っていた。
「ありがとう。でも、そろそろ旦那さんの所に戻ってあげたら。幹事は私がやっておくから」
 そう言って指をさした先には、乗松・豊(攻撃的な銃後・b32724)が萌侍から分厚い本を受け取っていた。
「依頼されていた戦争の記録でござる。拙者の主観だけでは不十分だった故、多くの人の手を借りて書き上げたものでござるよ。なので、これはその最後の一冊でござる」
「すまん……ここまでの完成度で創るとは思わなかったが……身体は大丈夫だったのか?」
「心配無用。貴殿らから頂いたお米が美味しかった分、頑張れたでござるよ。それにこの世界、持ちつ持たれつが基本でござろう」
「……頭が下がるな」
 『銀誓館学園史』と題を押された本をまじまじと見つめる豊。
「さて、そろそろ奥方のところへ行って差し上げたほうが良いのではござらんか?」
「ん……」
 萌侍に視線を向けられて、豊は丹羽と目が合った。
 気恥ずかしそうに俯く二人。
 そこへ清滝・心結璃(魂鎮ノ舞ヲ奏上ス・b60741)とエル・フィーナ(健康優良撃走児童・b04472)が御餅や煮しめを運んでくる。
「さあ皆、御餅がつけたぞ! ザニーがついた! ありがとうだぞザニー!」
「こちらは煮しめにすまし汁に栗きんとんに……お客様は沢山いらっしゃいますから、今日は豪華に色々作ってみました」
 彼らが用意したお料理はざっと千人分。
 口で言うなら軽い事だが、創造ではなくちゃんと手作りするとなればその苦労は計り知れないものがあった。
 そして、各管理区域から続々と訪れる来客たち。
 勿論能力者だけでなく各地の住民たちまでごっそりやってくるものだから、その規模は当初の予定をはるかに上回っていた。
 だが手が足りないということはなく……。
「さて、ちょっと琴でも弾いて見ましょうか……」
 マリールイーズが創造した琴でお正月らしい音色を奏でてみたり。
「食べるだけじゃ物足りないぞ! 凧揚げしよう! 独楽回そう!」
 エルがザニーと一緒に大空に凧を上げたり。
「永遠とも言える生命を得たからこそ、その中でも小さなこの一日を祝う事も大事だろう」
 不利動明が祝い酒を振る舞ったり。
「おめでとー、飛び入り参加でもいいかな?」
 藍夜が御饅頭を沢山持って来たり。
 真名深……の部下のうさぎたちが御餅をつき始めたり。
「さ、さぼってないよ!?」
 当の真名深はコタツでぬくぬくしていたり。
「デザートはやっぱりこれ、ですよね」
「それだけは絶対譲らないんですよね」
 福田真と冬夜が感慨深げにみつまめを(大量に)出して来たり。
「ん、ペシェも手伝う……行くよ、みんな。お仕事だ」
 ペシェがうさぎたちと一緒に配膳を手伝ったり。
「まあ、節目くらいは顔を出しませんとね」
 少し遅れてきたカチューシャがペシェを手伝い始めたり。
「森でできた大豆で作ったよ!」
 正行がおもち用のきなこを振る舞ったり。
「蕎麦は足りてる?」
 大晦日用……ではないが雄太がお蕎麦やみかんを持って現れたり。
「いいな、俺付くヤツやるぜ。御餅の!」
 宙が張り切って杵を振り上げたり。
「こういう節目は大切にしたいですからね」
 勝美が餅つきの水うちをし始めたり。
 何かが足りなければ誰かが動き、誰かが助けを求めれば誰かが補い、まるでこの理想郷の風景のように、お正月のイベントは大賑わいを見せていた。
 そんな巨大会場の片隅で……。
「平和ですねぇ……ヒヒヒ」
 遠峰・真彦(怪談ストーカー・b33555)は体育座りで薄笑いを浮かべていた。一応、幸せな感情表現である。
 管理区域を使役ゴーストにそっくりな生命体でいっぱいにして、彼は彼なりの楽園を作っていたのだが……。
「しかしながら、この世界では不思議なことが起きないですからねぇ……オカルトに触れられなくなってしまったのは、心残りですねぇ……」
 ふうと小さなため息をつく真彦。
 すると、もふもふ様(モーラット)が彼の膝をぽんぽんと叩いた。
「ん、何ですかもふもふ様……」
「もきゅ」
 彼の目の前に紙を敷いて、銅のコインをぺたんと置く。
 上の方に鳥居の形を書いて、ぺちぺちと叩いた。
「これは……コックリさん? 僕のためにわざわざ?」
「もきゅ!」
「も、もふもふ様あああああああああああ!」
 思いっきり抱き着き、頬擦りしまくる真彦。
「じゃ、じゃあ、早速やりましょうね! おいでませしましょうね!」
 真彦は残りの文字を紙に書き込んで、もふもふ様と一緒にコインへ指を乗せた。
「まずは何を訊ねましょうか。ええと……皆さん、訊ねたいことはありますか?」
 急に問いかけられ、傍にいた能力者たちは一斉に思案顔になった。
 だがそれも一秒足らず。
 皆が皆、同じように、ほとんど同じ質問をした。
 真彦は頷いて、どこかに向けて問いかける。

 世界を創る私達から、時代を創る君達へ。
 あなたは今、元気にしていますか?


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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:105人
作成日:2012/12/19
得票数:楽しい14  泣ける1  カッコいい2  ハートフル19  ロマンティック3  せつない3 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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