いつかの君に
<オープニング>
●変わる世界、変わらない景色
癒月・マヒロ(うっかりくノ一・bn0015)は、銀誓館学園に通っていた頃の道を歩いていた。
「変わりませんね、ここは」
土手から眺める川の流れや、古都鎌倉らしい、古式ゆかしい建物のある風景。
買い物やお菓子作りの材料調達に走り回った、活気のある商店街。
やがて見えてくる、学園の校門。
一時は戦いがここまで押し寄せてきたこともあったけれど、ここに集う能力者達にとっても大切な『日常』を過ごす場所だということは、今も変わらない。
それも、いずれ変わっていくのだろう。
失われゆく世界結界の影響によって、日常そのものが、変わっていく。
ゴーストを始め、今まで一般人が知ることのなかったものと隣り合わせの、真実の世界。
そこは、これまでの日常と異なることが沢山あって、それに出来るだけ混乱のないように人々を導いていくには、やるべきことも沢山あって。
これからもきっと、数多の大変なことがあるだろう。
山も谷も、苦難や悲しみも。
そんな思いはあるけれど、校舎を見上げるマヒロは、晴れやかな顔をしている。
「大丈夫。その為に、私が……私達が、いるんですから!」
●いつかの君に
「マヒロさん、いらっしゃると思っておりましたわ」
「撫子先輩!」
よく依頼の話を聞きに行っていた教室の前を歩いていると、中から澄江・撫子(運命予報士・bn0050)が声を掛けてきた。
特に事件がなくても、なんとなく来たくなっちゃう時があるんだよね、と一緒にいた秋海棠・博史(フリッカークラウン・bn0120)が笑う。
「撫子クンとね、将来の自分達はどうしてるかなって話をしていたんだ」
「今年ももうすぐおしまいですからね……来年のことを話すと鬼が笑う、とも言いますけれど」
くすりと笑う撫子の横で、博史がマヒロに椅子を勧める。
「世の中が大きく変化していく中で、私達も変わっていくのですもの。自らの未来を思い描いて、目標に向かって邁進していくことも大切ですわ」
「確かにそうですね……世界やみんなのことも大事ですけれど、ちゃんと自分をしっかり持っていないと、流されたり見失ってしまうこともあるかも」
深く頷いたマヒロは、先輩達に水を向ける。
「そういえば撫子先輩もヒロ先輩も、そろそろ進路や方向性をちゃんとお決めになる頃ですよね」
二人はのんびり視線を交わすと、撫子から口を開いた。
「私は教員免許を取って、銀誓館の活動に少しでも貢献し続けたいと思っておりますの」
「えっ、先生になるんですか?」
意外な返答にマヒロが目を丸くすると、撫子は眉を下げて微笑んだ。
「絵本作りはお仕事をしながらでも、出来ますもの。
いつまで運命予報を行えるかはわかりませんけれども、私もいつか能力者として目覚めます。
その時には、皆様と共に戦うことも出来るようになる筈ですわ」
そっと胸に手を置いて、撫子は答えた。
一般人として守られる側だった彼女の秘めた想いが、垣間見えた。
撫子クンらしいねと目を細めた博史は、フッとスカした笑みを作って腰に手を当てる。
「ボクは今までの目標通り、大人気アーティストとして一世を風靡するつもりさ」
「大人気……ですか」
自分で言っちゃう、というマヒロの視線が突き刺さるが、全く気にしない。
「図らずも、学園の方針のひとつと合致する部分もあるからねぇ。
音楽活動だけじゃなくて、色々なメディアに露出して、ピュアな人々を啓蒙していくことに積極的に協力していきたいと思っているんだ!
レギュラー番組に沢山出演して、ラジオのDJなんかもやっちゃったりしてね♪」
博史も博史なりに世界と人々のことについては考えているようだし、夢は果てしなく広がるようだが、とりあえず話の流れを変えないと延々と続きそうだ。
「んん、ん!」
マヒロはわざとらしく咳払いして、注目が集まったところで改めて口を開いた。
「私は世界を舞台に活動する刑事になって、これから起こるであろう事件を解決したり、未然に防いだりすることに尽力したいと思っています!」
「それ、やっぱり本気なんだね……」
今度は博史が突っ込みや合いの手を入れる番である。
撫子は、そんな二人をにこにこ見守っている。
「だって、私の魅力を一番活かせる職業って、やっぱりこれしかないと思うんです!
変装や囮捜査はお手の物ですしっ。
探偵もいいかな? なんて思ったりもしましたけれどね。
とにかく、これからの忍びはグローバルな視点でですね……」
窓から差し込む光に満ちた教室に、弾み続ける声は明るい。
自分達の将来も、世界の未来も、無限大の可能性を持っているのだから。
いつかの未来、君はどんな時を過ごしているのでしょう。
少しだけ、教えてくれませんか?
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参加者
御巫・終凪
(從冥入於冥・b00295)
久遠・彼方
(黄昏は愁橙を騙る・b00887)
氷室・雪那
(雪花の歌姫・b01253)
真咲・久遠
(螺旋の月・b01439)
馮河・鼎
(シロボシムシ・b02389)
那智・れいあ
(空翔ける銀獅子・b04219)
神崎・翔
(闇を背負いし青き瞳・b04754)
舞志野・美咲
(傀儡操師・b04977)
梶浦・暁
(焔の刀狼・b06293)
木村・小夜
(神様よりも大切なもの・b10537)
青井・海
(爆裂看護師・b11667)
青井・葵
(空と海との境界線・b11746)
ウィル・アルファード
(お日さまフリッカー・b12971)
陽桜祇・柚流
(華焔公・b21357)
黒瀬・和真
(黒のレガリス・b24533)
白夜・赤
(心燈と共に燃ゆ焔・b25774)
白夜・紅
(翔兎の煌月・b29688)
山桜・麻里
(花守くのいち・b35101)
ヴェティル・ソリクーン
(月想・b47842)
黒瀬・芙美
(シュテアネの花・b48231)
鈴鹿・小春
(万彩の剣・b62229)
青井・空
(どこまでも広がるその下で・b62412)
神山・太一
(穏やかなる若草・b63290)
マオ・イェンフー
(その漢トゥーハンド・b73520)
エコーズ・グレイゴースト
(暴力装置・b79320)
片折・らみか
(ナイトメア適合者ランページ改・b80677)
七峰・府坂
(法剣士・b80808)
久遠・莉緒
(たいやきと踊る娘・b84522)
NPC:
癒月・マヒロ
(うっかりくノ一・bn0015)
<リプレイ>
●2013年の日常
年が明け、1月。
成人式の会場は、今年新成人となった若者達でいっぱいだ。
その中に、華やかな振袖に身を包んだ青井・海(爆裂看護師・b11667)の姿もあった。
「馬子にも衣装……ではありませんよ」
何処か眠たげな目こそいつも通りだが、髪を結い上げた海はいつになく大人っぽく見える。
とはいえ、この日から急に何かが変わる訳ではない。
成人式記念と称してしこたま特別な青汁をこさえようとして、姉にぐりぐりとお仕置きされるのもまたいつも通りのことだった。
一日一日の繰り返しが、やがて道を作っていく。
白衣の天使となる為の勉強も、折り返し地点。
海はまた、新しい一歩を踏みしめて歩いていく。
「まずは府坂くんからだね! お誕生日おめでとう!」
パーンとクラッカーが鳴り、色とりどりの紙吹雪が舞う。
2月10日、14歳の誕生日を迎える七峰・府坂(法剣士・b80808)に、久遠・莉緒(たいやきと踊る娘・b84522)はお祝いの言葉を贈った。
因みに「府坂くんからだね」というのは、莉緒の誕生日が4日違いの14日だから。
お互い誕生日も近いので、府坂の誕生日に一緒に祝い合うことにしていたのだ。
祝福を受けて、莉緒とお揃いのパーティー帽を被った府坂はにっこり笑う。
「えぇ、ありがとうございます。そして、莉緒さんも」
「ありがとう!」
今度は府坂がクラッカーを鳴らした。
キラキラ煌く紙吹雪が、絨毯を彩る。
「気付けばもう一年……早いものですね。盛大に祝いましょう」
「うん!」
莉緒が頷くと、ツインテールが踊るように揺れた。
「では、ケーキの用意ですね。莉緒さんオペラは好きですか?
この前食べた時、美味しかったので買って来ました」
そう言って、府坂はケーキの箱を開けた。
出てきたのは、ガナッシュとクリームが層になっているチョコレートケーキ・オペラだ。
コーヒーの風味と上品な層が織り成す繊細な仕上がりは、ちょっと大人の味。
「美味しい」
「よかった」
取り分けられたオペラを一口、莉緒も府坂も楽しげな笑みを交し合う。
「えっと、プレゼントなんだけど……」
美味しいケーキとお茶でお喋りに花を咲かせた後、莉緒はちょっともじもじしながら綺麗にラッピングされた箱を取り出した。
「ありがとうございます」
「開けてみて」
嬉しそうに礼を言う府坂を、彼女は自分もわくわくしながら促す。
中に入っていたのは、腕時計。
「これからも二人で一緒の時を刻めますように、なんてね」
照れ隠しなのか少し軽めの語尾でそう言う莉緒に、府坂は更に相好を崩した。
4日後、今日は世間でもバレンタインで何かと賑やかな日だ。
二人が学校帰りに寄った公園にも、ちらほらデートの待ち合わせっぽい人影が見える。
「今日はバレンタインをお祝いしよ?」
冬の外気と胸の鼓動にほんのり頬を染めて、莉緒はチョコレートの包みを取り出した。
「最初のバレンタインだから、誕生日とバレンタインごっちゃにしてお祝いしたくないんだ」
受け取って包みを開けた府坂はにっこり。
「おぉ、手作りのトリュフですね。ありがとうございます」
早速一粒口に放り込んだトリュフチョコは、とろりと溶けて口の中を甘さと独特の風味で満たす。
「どうかな、美味しい?」
「ん、とても美味しいです」
頷く少年を見て嬉しそうに笑った莉緒は、「あ、さっき買ったたいやきも一緒に食べよう!」と紙袋からチョコクリームのたいやきを出して半分こする。
ほかほかと湯気を立てる温かなたいやきと、隣にある温もりと。
「ごっちゃにしたくない、とは聞きましたが……やっぱり」
「ん?」
府坂の呟きに、たいやきをもぐもぐしていた莉緒が顔を上げると、目の前に差し出されたのは小さな箱。
「その、誕生日の日に渡せなかったので」
「プレゼント?」
莉緒は目を丸くして、それから可愛いリボンと綺麗な包装を解いた。
中に入っていたのは、銀の猫の形をしたブローチだった。
「可愛い……ありがとう、府坂くん」
府坂はひとまず、ブローチを莉緒のマフラーに着けてあげた。
「似合っていますよ」
「えへへ……あ、もう一個たいやき食べよっか」
はにかみ笑いを浮かべた莉緒は、またたいやきを二人で食べることにした。
穏やかな春のある日のこと。
新たな門出を迎える二人を祝う、宴が開かれていた。
中国式の結婚式はちょっとアバウトな部分があって、初めて参加する人々は若干戸惑いながらも楽しんでいるようだ。
「鼎……」
入場の時を待つマオ・イェンフー(その漢トゥーハンド・b73520)は、傍らのパートナーをじっと見詰める。
煌びやかな民族衣装を纏った馮河・鼎(シロボシムシ・b02389)の姿は、息を呑むような美しさだ。
鼎は鼎で、緊張のせいかマオの視線の意味に気付いていないようだけれど。
肩を並べて結婚式兼披露宴会場に入ると、彼らに参列者の視線とフラッシュが降り注ぐ。
(「人に見られるってのは、パンダになった気分で居心地が悪いさ」)
祝福の言葉を受けながらも、マオはなんだか据わりの悪い感覚の中上座に向かう。
いつもは中華料理店のオーナーとして人に振舞う立場故、こうして一大イベントの主役になる機会もそうそうない。
(「こ、こうして皆に撮られる側になるんは、何かくすぐったいどす……!」)
カメラマンとして活躍する鼎も、謂わば裏方の仕事に慣れているせいか、思わず肩が強張ってしまう。
「マオはんは緊張してへん?」
司会者が色々と話をしている間に、鼎がマオにこっそり聞いてみると、彼は何処かほっとしたように眉を下げた。
「鼎もか? 一世一代の舞台だからかね、流石に緊張してるよ」
けれど浮かべる照れた笑みは、幸せそうだ。
司会の合図で、二人は向かい合う。
「ふふ、これでうちも虎宮鼎……かな?」
「ああ! ……これでずっといっしょだ」
鼎の言葉に強く頷くマオ。
目頭が熱くなる思いで、鼎は目を閉じる。
二人は誓いの口接けを交わした。
盛り上がる会場。
「……大好きやよ、マオはん。これからもずっとずっと隣に居てな」
祝福の嵐の中で、鼎は「愛しておす」とマオにぎゅっと抱きつく。
「俺も愛している」
妻となった女性を抱き留めて、マオは囁いた。
「お前を護る、そして必ず幸せにするぞ鼎。もうずっと離さないさ!」
力強い言葉と共に、マオの腕にも力が篭る。
温かな腕の中で、鼎はこの上ない幸せを噛み締めた。
教会の階段に、色とりどりの花のシャワーが舞う。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
多くの人々に祝福され、この日真咲・久遠(螺旋の月・b01439)と久遠・彼方(黄昏は愁橙を騙る・b00887)は夫婦になった。
いつか着た淡い橙色のウェディングドレスを纏った彼方は、その時よりももっと美しく輝いているようだ。
そんな彼女と腕を組み、花吹雪の中を一段一段降りていく。
階段の下でカメラを構えている人々の中には、その道のプロも混ざっていた。
久遠は芸術系の学校でピアノ講師をしながら、ファッションモデルとしても活躍している。
これも有名人活動の一環と、その伝できた取材の申し込みを受けていたのだ。
(「取材とか凄いなぁ……」)
彼方は思わず組んだ腕に力を込めた。
自分にとっては、ずっと前から隣にいるのが当たり前になっていた人なのに。
挙式前のインタビューでもそう言って、そんな人と出会えた素敵な学校をよろしく、なんてちゃっかり銀誓館の宣伝もしてみたりして。
久遠は久遠で、学園生活が楽しかったなぁ、なんてやんわりなことを言っていたけれど。
思い出した彼方は、久遠と視線を交わして笑い合った。
この笑顔があれば……この人がずっと共に歩いていってくれるなら。
「カナ、これからもずっと一緒だから。愛してる」
最愛の人となら、どんな運命が待っていても乗り越えられる。
愛を語る久遠の目には、強い想いが宿っていた。
見詰め合う彼方の瞳に、光るものが浮かぶ。
「明日も明後日も、歳をどれだけ重ねても。私の隣は、貴方だけ。
大好きよ……じゃ、足りないね。愛してる、私も」
何年先もこんな風に隣で、時に背中を預け合って生きていきたいと、心に誓うのだった。
鳴滝市にある瀟洒な洋館の前で、舞志野・美咲(傀儡操師・b04977)は木村・小夜(神様よりも大切なもの・b10537)を迎えた。
「小夜ちゃん、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「堂真先輩は、お出かけ中、なんですね……あ、お姉様も、堂間さん、でしたっけ」
小夜が姉と慕う美咲は既に結婚していて、彼女の旦那様のとも知人の間柄だ。
「生憎……残念だけど、彼と一緒に過ごすのはまた今度ね。さぁ、どうぞ」
美咲はエントランスへと通じる小道を案内し、扉を開いた。
「うわぁ、こんなに……」
小夜は感嘆の声を上げる。
エントランスに置かれている沢山の人形達が、彼女を歓迎してくれていた。
ここは人形館を営む美咲の実家で、世界中の様々な人形が展示されているのだ。
「人形たちも歓迎してくれています。よく来たねって」
可愛らしい人形、大人っぽい人形、ちょっと不思議な人形……友達だという大小様々な人形達と一緒に、美咲は歓迎の意を示す。
「こんにちは、皆さん」
ぺこりと頭を下げる小夜。
(「ようこそって、言ってくれてる、気がします」)
人形達は喋りはしないけれど、なんだか空気が暖かい気がして、小夜は嬉しくなった。
「お姉様の、お友達なら、私も、お友達に、なりたいです」
「ええ、きっとなれますよ」
小夜の素直な言葉に、美咲も微笑みを浮かべたまま頷く。
屋敷の奥には、入り口以上に沢山の人形達が待っている。
一通り人形達と会ったら、人形達に囲まれてティータイムを過ごそう。
楽しい時間への期待に、二人の足取りは軽い。
昼食時の学生食堂は賑やかだ。
黒瀬・和真(黒のレガリス・b24533)と黒瀬・芙美(シュテアネの花・b48231)の通う大学でも、多くの生徒達が食堂を利用していた。
味はなかなかだけれど、何年も通い続けると流石に定番のメニューにも慣れてしまうもので。
「とりあえず肉が食べたいな。ねーちゃんは?」
和真は券売機でチキンソテーのボタンを押す。
「私は野菜炒め定食かな」
対照的に、芙美はヘルシーなメニューを選んだ。
「ほら、家だとどうしても食が偏っちゃうし」
「色々考えてるんだ」
「和真さんはお肉が好きよね」
「本当は、焼肉とかがいいんだけどね」
軽く笑い合っていると、カウンターのおばちゃんがにこにことお互いの注文した定食を手早く出してくれた。
空いている席に座って談笑しながら食べる昼食も、楽しいものだ。
「和真さん、ちゃんと家でご飯食べてる?」
「ん? まぁ、家では適当だけどね」
お姉さんらしく弟の食生活を気に掛ける芙美に、和真は口をもぐもぐしながら答えた。
そういえば、銀誓館で過ごした頃にはよく焼肉を食べていたな、なんて結社の仲間達とのひと時を思い起こす。
「何にせよ、お互い食の好みなんてあんまり変わらないね」
「そうね。あ、ご飯粒付いてるわよ」
いつまでも変わらない関係と遣り取りが出来る、穏やかな日々が続く幸せを感じながら、高校時代を懐かしく思いながら。
芙美は和真が口許のご飯を取る姿に微笑んで、布巾を差し出すのだった。
「うわあ!」
腐臭漂うリビングデッドに、神山・太一(穏やかなる若草・b63290)は思わず身を竦める。
今日は地下道に蠢くゴースト達を掃討する依頼に参加していたのだが、太一の尋常じゃない反応に同行者達も「大丈夫?」と心配げだ。
「ご、ごめんね。うう、皆は全然怖がってないのに、なんだか恥ずかしいよ……」
ちょっと赤くなりながら肩を窄めるも、うぞうぞと寄ってくる亡者達に「く……来るなあ……!」と光の子安貝を投げつけた。
「神山君、大丈夫だから、今は回復に専念して」
「う、うん……」
隣のあまり年の変わらない少女に優しく宥められて、太一は祖霊を呼び寄せ前衛の仲間を回復させ始めた。
けれど、同時にこんな状態で将来も能力者をやってけるのかな、と不安になる。
ゴーストを退治し終えてマンホールから出た時には、もう日が暮れていた。
「わぁ……」
満天の星空が太一を迎えてくれる。
煌く星々を眺めていると、ディアボロスランサーと共に新たな宇宙へ旅立った兄のことが思い浮かぶ。
(「兄さんは、いつも、どんな時も恐れずゴーストと戦ってた……」)
自分を守る為に命懸けで戦っていた兄の背は、とても頼もしかった。
「兄さんは、いつもどんな気持ちで戦ってたの? 」
問い掛けに答えるものはないけれど、星々の輝きはただ優しく太一を包み込んでいた。
病院のエントランスを潜る御巫・終凪(從冥入於冥・b00295)の表情は、何処か張り詰めたものがあった。
今日は妻である氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)に頼まれ、彼女を病院に送った後自分達のバンド『Snow Drop』の次のライブの打ち合わせにひとりで向かい、出来るだけ手短に終わらせて貰って迎えに来たのだ。
待合室を覗くと、ベンチの片隅に雪那の姿を見付けた。
声を掛けるよりも先に、終凪の緋色の瞳と雪那の青い瞳がかち合って、彼女はふわりと微笑む。
「赤ちゃんが出来たの……って言ったら、喜んでくれる?」
待合室から出て、エントランスの片隅で告げられた言葉に、終凪は目を見開く。
二人は今年に入って結婚したばかり。
こんなに早く、新たな命が自分達のところに訪れてくれるとは。
たっぷり間を挟んで、静かに自分を見上げていた雪那を、彼は固まっていた間の勢いすら乗せるように思い切り抱き締めた。
「終――!?」
名を呼ぼうとした彼女の唇は、塞がれてしまう。
「……も、もう。ここ、病院よ」
「ああ、悪い……」
頬を火照らせながら、雪那は周囲を見回す。
幸い、人の出入りがない時で良かった。
終凪は終凪で、喜ばしい報告に気持ちが昂ぶりすぎて公共の場でしてしまったことに、心なしか所在無さげに見える。
「ここに、いるんだな……」
そっと掌を腹部に当てる終凪に、雪那は幸せそうに頷いた。
「俺達の間に子供が生まれるってことが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった……」
かつての経験により、己と関わった者との別れを恐れていた自分にも、絆を繋ぐ存在と出逢い、命を紡いでいける……それは、言葉に出来ないくらいの幸福感だった。
「私も嬉しいよ。でも、いずれ活動は休止しなきゃいけなくなるよね……」
寄り添う雪那も微笑みを浮かべていた。けれど、その瞳に一抹の寂しさが過ぎる。
彼らのバンド『Snow Drop』は、これまで順調な活動を続けファンを増やしてきた。
これから更なる飛躍を期待されているグループでもあった。
けれど、ヴォーカルである雪那を欠いては活動を続けてはいけない。
子供達には母親が必要だ、特に幼い時分には。
宿った命は、お互いにとって宝物のようなもので、その決断に是も非もない。
「俺も家業を継ぐ時なのかもな……」
終凪も、既に決意しているようだった。
この数ヵ月後、『Snow Drop』は活動を休止。
ファイナルのライヴでは詰め掛けたファン達に惜しまれつつも、二人はステージを後にした。
これからの夫婦としての暮らしや、生まれ来る子供達との触れ合いに想いを馳せながら。
●2014年の日常
久遠はその日、仕事の合間を縫って久方振りに生家を訪れていた。
家を継がぬまま出て行ってしまったことを、心の底ではずっと気に掛けていた。
けれど、このままほったらかしにしたままではいられない。
「今までの家業は……悪いが廃業だ」
家長と話をつけた久遠は、長年実家に仕えてくれていた執事にそう告げた。
老いても姿勢のいい執事は然程驚く様子もなく、穏やかに「左様でございますか」と応えた。
「これからは暗殺じゃなくて、ゴースト退治バックアップとフリーランスで請け負う会社ってのもいいだろ?」
新たな家の方向性については、もう考えていた。
久遠はそう言うと、肩を竦めて見せる。
「ただ、社長は年中留守だけどな。ってことで、悪いけど後は頼んだぜ♪」
ちょっと軽い調子で告げられた執事は、ここで久遠を引き止めてもムダだということも承知しているようだった。
その頃、彼方は自分の経営する塾にやって来た学生達を迎え入れているところだった。
「こないだ依頼行ったの、ここやってる時みたいでさー。その後が全然わかんなくって」
「あー、ここは大体テストに出るから、出来るようにしておかないとね」
彼方の塾は、能力者達の為に開かれたもので、依頼で出られなかった授業の分、勉強が遅れて困っている生徒達が集まっていた。
銀誓館でも熱心な先生が放課後に教えてくれたりはするが、それでもわからん! と頭を抱えてしまう子もいるようで、結構需要がある。
中には彼方の人柄のお陰か、そんなに勉強が出来ない訳でもないのに通っている子もいるけれど……。
「なぁ彼方先生、ゴーストタウンってどんなトコなんだ?」
「そっか、お前まだ行ったことないんだ」
「ゴーストがいっぱいいて怖いところなんでしょ?」
ひとりの生徒が言い出すと、周囲の子達も色々な反応を示す。
「俺行ってみたいな。先生が一緒なら大丈夫でしょ?」
「ん、最近行ってなかったしね。いいよ、引率してあげる」
さっきまで勉強してたのに、次は体動かすんだ、なんて笑いながらも、彼方は快く承諾した。
「やった、詠唱兵器準備しなきゃ」
「あ、でも次のテストで全教科平均越えなきゃ次はないからね」
「「えー!!」」
異口同音の声を上げるみんなに、ちょっと噴き出してしまう彼方。
「じゃ、いこっか」
●2015年の日常
夜に淡く浮かび上がる桜並木の下、梶浦・暁(焔の刀狼・b06293)と白夜・紅(翔兎の煌月・b29688)は手を繋いで歩いていた。
今日は紅の高校卒業と大学入学を祝ってのデートで、これからレストランで夕食を摂るところだ。
「えへへ……大学生活頑張って参ります、ね……♪」
席に着いた紅は嬉しそうに微笑むと、卒業が近い暁にもエールを送る。
たまの外食は楽しいものの、暁と向かい合ってテーブル越しの状態はなんだか寂しい紅だったりするけれど。
美味しい料理に舌鼓を打ってひと段落した後、暁は「そうだ」と小さな箱を取り出した。
「これ、お祝いとは別の個人的な贈り物なんだ」
「……別の贈り物?」
受け取って欲しいという彼にきょとんとしつつ、紅は箱を受け取った。
促されるまま開いたその中には、綺麗な指輪が入っていた。
「……!」
その指輪の意味を察した紅は、声もなく暁を見詰めた。
「ねえ、いつかの話覚えてる? 正直僕ね、自分は『変わった』と思うんだ。
だって前より今のが、君の事ずっと好きだよ」
紅の視線を優しく受け止めて彼が告白すると、みるみるうちに紅の瞳が潤む。
「うん……うん、あのね、わたしも好き。
いつでも毎日、『今日』のわたしが一番あなたを好き……!」
嬉しくて零れてしまいそうな涙を堪え、紅も彼の言葉に応えた。
自分の方こそ贈り物を貰ったように、暁は嬉しそうに、いとおしそうに笑う。
「『紅』、愛してる。
これからは奥さんとしてずっと傍で、もっと君を好きになってく僕を見ててくれる?」
プロポーズの言葉に、紅は「ええ、勿論」と頷く。
「いつまででも、旦那さんのあなたのお側に――愛しています、『暁さん』」
新たな思い出を刻んで、二人は共に歩む一歩を踏み出した。
「早いものですね……」
壁に掛けたカレンダーをめくりながら、神崎・翔(闇を背負いし青き瞳・b04754)は呟いた。
あの戦いから早2年。
銀誓館が今後に向けての活動を行い、世界に少しずつ影響を広めていく中で、翔は敦賀に構えた喫茶店のマスターを続ける傍ら、世界を回る何でも屋としての仕事もこなしていた。
今日は何でも屋家業で暫く空けていた喫茶店に戻ってきたところで、旅の途中で見付けて気に入ったアンティークのコーヒーミルを早速使ってみることにしたのだ。
翔の見立て通り、モダンな雰囲気の店内にもよく合っている。
綺麗に手入れを済ませ、コーヒー豆を入れてハンドルを回すと、独特の手応えが伝わってくる。
挽いた豆でコーヒーを淹れると、深みのある香ばしい香りが辺りを包んだ。
「……ん、これなら十分に使えそうですね」
味を確かめて満足げに頷く翔の耳に、カランカランとドアに取り付けられたベルの音が聞こえた。
「あ、やっぱり今日は開いてるみたい。こんにちはー」
入ってきたのは常連さん達だ。
「いらっしゃい、何にします?」
翔はカウンターに向かい、笑顔で迎え入れた。
店先に咲く花々が、季節の移り変わりを感じさせてくれる。
「ありがとう、ございました」
嬉しそうに花束を抱えて出て行くお客さんをお見送りして、小夜はぺこりと頭を下げた。
丁度その後ろ姿を見て、優しげな笑みを浮かべる女性がひとり。
「小夜ちゃん、こんにちは」
「あ……美咲お姉様っ」
声を掛けられて振り返った小夜は、フラワーコーディネーターとして働いている花屋に遊びに来てくれた美咲の姿を見るとぱたぱたと駆け寄った。
花屋の一角で、従業員さんが出してくれたハーブティーを楽しみながら、美咲は小夜の働きぶりを眺める。
小夜のコーディネートは結構評判がいいらしく、また花束の注文が入ったのだ。
(「お花に囲まれて、とても楽しそうね」)
微笑ましげに見守っていると、お客さんを見送った小夜が戻ってきた。
「お待たせ、しちゃいましたね」
「いいえ、大丈夫。人気があるんですね」
美咲の言葉に、小夜はちょっと照れる。
「フラワーアレンジメントで、人の心を、癒せたらって」
誰かを思って作った作品が励ましや慰めになるのなら、とても素敵なことだから……そんな想いでひとつひとつ心を込めて作られた作品は、彼女の人柄を表すように優しい雰囲気を感じさせる。
「お姉様に、ひとつ、アレンジメント、作らせて下さい」
小夜が瞳を輝かせて申し出るので、美咲はお願いすることにした。
ボリュームのある、八重咲きのピンク色のトルコキキョウに、大振りなオレンジのダリアを合わせ、メインの花々に調和するように数種類の花を飾り付けていく。
「素敵ですね……」
出来上がったアレンジメントに、美咲は思わずほぅと息を吐いた。
瑞々しく大きな花の美しさを引き出しながらも、思わず顔が綻ぶような、温もりが伝わってくるようだ。
「あったかい、お姉様、イメージしたんですよ」
「ありがとう、小夜ちゃん。でも作り手さんもあったかいこと、知ってますからね」
作品を挟んで、姉妹のような二人は微笑み合った。
季節は夏へと移り変わり、時を惜しむようにひっきりなしに鳴く蝉の声が聞こえてくる。
「うーん……」
眉間に皺を寄せたマオは、パソコンのモニターから顔を引き離した。
周囲には姓名判断とか『赤ちゃんの名前』とか、その手の本が何冊も積まれている。
「うーん……」
命名辞典と睨めっこしながら、鼎も唸っていた。
傍らのベビーベッドには、生まれて間もない男の赤ん坊がすやすやと眠っている。
母子共に健康な状態で、産院から退院してきたばかりだ。
「なかなか名前って思いつかんもんだな……親父になる初めての仕事が難題だぜ」
マオは自分の頭に手を置いて、ふぅと息を吐いた。
専門家にもお伺いを立てたものの、まだ迷っていて……二人して膝突き合わせて悩む時間は、もう暫く続いた。
「発音が日本名としても通るのがええやんな……」
中国名は響きのいいものが多いけれど、子育てするのは日本ということで、鼎は色々な兼ね合いも含めて文字を選んでいく。
やがて、マオが息子を抱いてあやすのも慣れてきた頃、彼女は「そうや!」と明るい顔をしてぱちんと手を叩いた。
「柳と書いてリュウはどうやろう?」
「柳か!響きも良いし、日本語でも読みやすいな!」
マオの表情も、一気に悩みが晴れたように清々しい。
「よし、この子は柳だ!」
「あー」
嬉しそうにマオが抱え上げた赤ん坊は、まだ意味がわからないせいかきょとんと母親である鼎の方を見ていた。
●2015年の卒業式
冬が過ぎ去り、春の息吹がそこかしこに窺える。
新たな旅立ちには、よい日だろう。
滞りなく卒業式を終えたエコーズ・グレイゴースト(暴力装置・b79320)は、今日まで通った学園の校舎を振り返った。
結社の引継ぎも済ませ、彼は少ない手荷物と共に欧州へ立ち戻ることを選んだ。
銀誓館では約4年の学生生活を送り、その間に自分は少し人間らしくなったかも知れない、と彼は思った。
彼が団長を勤めていた結社の、当時の団長。
彼女には、感謝の思いがある。
(「今後会うことがあるかは解らないが……。
だが、俺が暴力装置であることで救えるものもある」)
エコーズは思い出す。
あの、自分と同じ巡礼士の青年のことを。
あの、何処までも突き抜けるような真っ直ぐな瞳の持ち主を。
彼との約束を守る為に、刃を振るい続けると覚悟を抱いて。
学園を去ったエコーズは、再び欧州の巡礼士としての活動に身を投じた。
●2016年の日常
大学の卒業式は、高校の時とはまたちょっと違った趣があった。
外見的な部分を切り取ってみても、制服ではなくスーツだったり、女生徒は袴や着物姿の卒業生が多いからかも知れない。
「なんだかんだで高校から大学まで一緒だったな」
卒業証書の入った筒を手に、和真は芙美と並んで歩いていた。
ついに別れの時……なんていうのは大袈裟かも知れないけれど、高校時代から一緒だった同い年の姉とは、ここから別々の道を往くのだ。
「ねーちゃんは卒業したら何すんだっけ」
首を傾げる和真に、芙美は企業の販売の仕事に就くことを告げた。
「研究の方が興味あったんだけど、なかなか……ね」
「そうかぁ……」
かくいう和真は、市役所の職員として働くことが決まっている。
「ま、夢はないけど今の時代堅実だよね」
「公務員なら安泰じゃない、恋人さんと幸せになるんだよ!」
「ねーちゃん……」
思わず涙ぐむ芙美に、和真もちょっと釣られそうになってふいと顔を前に向けた。
「これから会う時間も遊ぶ時間も減るだろうけど、偶にはご飯したり遊んだり出来れば良いよね。積もる話もあるだろうし」
弟の言葉に芙美は頷いた。
離れていても、ずっと仲のいい姉弟でいよう。
「卒業おめでとう、和真さん」
「うん、ねーちゃんもおめでとう」
見事な三日月が天に輝く。
足場の不安定な竹林を、いくつもの影が駆け抜ける。
追われているのは、露出度の高いピンクの忍装束を着たくのいちの娘だ。
くのいちは姿を眩ませ、黒装束が周囲を探す中、場面は何処ぞの武家屋敷へと変わった。
「まだ見付からんのか!」
報告を受けた親玉らしき侍姿の男が、報告役の黒装束を叱り付けている。
そこに、バンという音が響いて向かいの屋根の上が照らし出された。
「闇の忍者軍団、覚悟です!」
そこに凛と立つのは、山桜・麻里(花守くのいち・b35101)。
有名人作戦により、『くのいちアイドル』として芸能界に参入した彼女は、主役として抜擢された忍者映画の撮影に勤しんでいた。
可愛らしい顔立ちとは裏腹の抜群のプロポーションが、特に男性ファンの心をぐっと掴む。
更に、本物の忍者として、能力者としても修練を積んだ彼女の身のこなしは、スタントや仕掛けを使わなくてもダイナミックな動きを表現出来ることもあって、指導役の評価も高い。
幼げな顔に真剣な表情を浮かべ、麻里は大きく回転しながら庭に飛び降りる。
親玉の声に続々と集まった黒装束達との激しい殺陣が始まった。
その中でも、麻里の動きは軽やかに黒装束達を翻弄していく。
衣装と結った黒髪を靡かせながら、手刀や蹴技で次々に敵を倒していき、最後に素早く忍者刀を鞘から抜くと、倒れ掛けている親玉の喉笛にその切っ先を突きつけた。
「お覚悟!」
『カットォ!!』
監督の叫ぶような声で、今日の撮影が終わった。
「いや〜、麻里ちゃん、凄かったよ。今日の殺陣のシーンは今までで一番だ」
上機嫌の監督に褒められていると、さっきまで周りで倒れていた黒装束役の人々が「お疲れ様で〜す」と挨拶しながら退場していく。
「汗かいちゃいました……帰ったらお風呂ですね♪」
アシスタントが持ってきてくれたタオルで汗を拭いながら、麻里は爽やかに笑った。
『さあ、次はデビューしたてホヤホヤのらみかちゃんです!』
わー、と客席から歓声が上がる。
「みんなー、来てくれてありが……きゃあっ」
フリフリドレスで元気よくステージに躍り出た片折・らみか(ナイトメア適合者ランページ改・b80677)は、ずべっと足を滑らせて転んだ。
「うおー、らみかちゃーん!」
「今日も素晴らしいドジっ子っぷりだ……!」
観客の一部が、なにやら感動に打ち震えている。
よくわからないが、ひょんなことからアイドルデビューしたらみかにも一定のファンが付いているようだった。
コンセプトはどじっ子魔法少女。
触れ込み通り、猪突猛進で思いっきりドジったりしながら、毎日有名人作戦の下地作りに頑張っているのだった。
コンサートのステージに登場したウィル・アルファード(お日さまフリッカー・b12971)は、内心緊張していた。
有名人作戦の為、クラシック界での活動に力を入れた彼は、もう一人前の演奏者として両親の楽団から独り立ちしていたものの、こういったソロの舞台というのはまだまだ場数を踏まなければモノにならないのかも知れない。
「そりゃ、緊張はするものだよ。誰かにプレゼントする時だって、ドキドキするだろう?
人に伝えたい、届けたいと思ったら、やっぱりねぇ。
だから、無理に緊張しないようにするより、緊張してる自分も認めてあげたらいいと思うよ。
ありのままのウィルクンが、ありのままの音を奏でる……素敵だと思わないかい?」
緊張を解すべく、本番前に博史に尋ねたところ、そんな答えが返ってきた。
若干求めていたものと違うけれど、他の人も緊張するんだ、それが普通なんだ、とわかったことは収穫なのかも知れない。
はっとした時には、ウィルが登場した際の拍手は鳴り止んでいた。
照明の落とされた客席は薄暗いけれど、観客の視線が自分に集中しているのは強く感じられる。
中央に置かれた椅子に掛けて、ギターを構えた。
(「ありのままか……」)
ウィルは思い切って、深く息を吸った。
弾き語りで、皆に世界を伝える為に。
「聴いて下さい――」
深みのあるギターの音色が、ホールに響き渡る。
●2017年の日常
那智・れいあ(空翔ける銀獅子・b04219)の大学卒業後、陽桜祇・柚流(華焔公・b21357)は彼女と結婚した。
柚流は宗家を継ぎ、舞踊教室を開きながらのんびりと趣味の陶芸を楽しむ日々を送っている。
れいあは当主となった彼を支えるべく専業主婦になり、双子の女の子の母親となっていた。
その影で、柚流は能力者として人々に害を及ぼすゴーストを退治したり、後進の育成に携わっている。
また、れいあは実家が家業としている忍者ネットワークの取り纏め、所謂情報屋の仕事を手伝っていた。
「李瑠も苺亜も、いつも一緒にいるとわからないけれど、日々成長していってるんですよね……」
縁側の猫だまりですやすやと昼寝中の娘達、李瑠(リル)と苺亜(マイア)の寝顔をカメラに写しながら、れいあは柚流の母と笑い合う。
夫婦仲は勿論らぶらぶだけれど、舅や姑とも仲良くやっている。
「今日は天気がいいから、眠くなっちゃうね」
陶芸で作った器を並べて干していた柚流もやって来て、可愛い寝顔を嬉しそうに眺めた。
起きてきた子供達と、のんびりおやつの時間。
「君達のおやつはこっちだよー」
れいあが猫用のおやつを運んでいくと、ぞろぞろ付いていく猫達の姿を眺めながら、柚流は膝に乗せた娘達と一緒にお菓子を食べていた。
娘達ももう3歳、随分しっかりとしてきた感じだ。
「もうひとり、子供欲しいね」
「そうだねぇ、次は男の子がいいな♪」
戻ってきたれいあの言葉に、柚流も頷いた。
子供達を挟んで、二人は今日もらぶらぶだ。
(「この辺りでしたね……」)
仕入れた情報を元に、翔は古い町並みと近代的なビルが混在したヨーロッパの街並を歩いていた。
足は人通りの少ない裏路地へと向かい、そして……。
「えっ、翔先輩!?」
いきなり脇の路地から声がして、さしもの翔も目を丸くする。
暗がりの物影に潜んでいたのは、ゆる巻きの髪にスカートスーツを着込んだ眼鏡の女性だった。
「?」
よく見ると、何処か見覚えがあるような。
やおら女性は翔を自分のいた路地に引っ張り込んで、「私です、私!」と眼鏡を取った。
どうやら巻き毛はカツラのようだ。
「……癒月さん?」
思わぬ場所での再会だった。
場所を移し、カフェの隅っこの席を陣取った翔とマヒロは、互いの経緯を話す。
能力者に目覚めた人々の中には、その力を悪事に利用する者もいて、裏社会の様相も変わってきているようだ。
「どうやら、ターゲットは同じようですね」
翔の今回の仕事は、能力者絡みの犯罪組織を潰すこと。それは、奇しくもマヒロが追っていた事件にも繋がっていたのだ。
「共同戦線といきますか? そっちの悪い様にはしませんよ」
という翔の申し出に、マヒロは携帯を操作して何処ぞに確認を取っているようだった。
「……ええ、よろしくお願いします」
頷いたマヒロの言うところによると、翔が銀誓館の頼りになる先輩であることを出したらすぐに協力を受けるようにと指示がきたという。
(「銀誓館の名も、水面下では随分浸透してきたということですかね……」)
その後、犯罪組織を一網打尽にした翔の許には、マヒロの勤める機関から事件解決に協力したという名目で感謝状が届いた。
「……飾る場所がありませんね」
あれからちょくちょくマヒロと仕事が重なることがあって、その度に貰ったものが溜まってきている。
「っと、そろそろですね」
帰国した折に遊びに来ると言っていたマヒロが、顔を出すという予定の時間が近付いていた。
「わぁ、お洒落なお店!」
バックヤードの扉を開いた翔の耳に、明るい声が飛び込んできた。
11月も後半に入ると、いよいよ冬本番といった寒い日が続く。
冬の空気は澄んでいて、天の暗幕に広がる星もよく見えるようだ。
仕事帰りの白夜・赤(心燈と共に燃ゆ焔・b25774)は、星空の下静かな住宅街の道を歩いていた。
「……おっ?」
視界にキラリとしたものが走った気がして、赤は空を見上げる。
流れ星はきちんと捉えられなかったけれど、彼の瞳には満天の星々が飛び込んできた。
(「なーんとなく、銀誓館を思い出すなぁ」)
今年26歳になった赤にとっては、もう随分前の懐かしい思い出が瞼に浮かんでくる。
「……そうだ」
そして、思いついた。
12月に入れば、すぐに大切な女性の誕生日だ。
今年の彼女の誕生日には、花の髪飾りを贈ろうかと彼は思いを巡らせた。
学園で出会ったあの頃のように。
(「俺の願いは、あの日から今も変わらないんだ……」)
そう思うと胸が温かくなって、冷える外気も気にならない。
もうすぐ、我が家の明かりも見える頃。
まずは今日の分の「ただいま」を伝えよう。
笑みを浮かべた赤の足取りは軽い。
彼を見下ろす星空も、あの頃と変わらず輝き続けている。
『君が明日も、沢山笑顔でありますように!』
●2017年の同窓会
カランカランとベルが鳴り、見慣れた姿が店内に入ってくる。
「あ、撫子さん!」
席を見回している撫子に、先に着いていた麻里は小さく手を振った。
「麻里さん、お久し振りです」
撫子は笑顔で頭を下げ、麻里と相向かいに座ると店員に飲み物を注文する。
久し振りに会った二人は他愛も無い話に花を咲かせ、お互いの近況等を報告し合う。
昨年撮影した忍者映画は、撫子も見に行ったとのことで、麻里は嬉しそうに目を輝かせた。
「見て貰えたんですか?」
「ええ、アクションに凄く迫力があって……お話も、先が気になって引き込まれてしまいましたね」
身体を張ったアクションには感動したけれど、お色気シーンはちょっと恥ずかしかったようだ。
麻里も照れた笑みを浮かべながら、こっそり告げる。
「お風呂シーンは、実は本当に裸だったんですよ♪」
「えっ……そうなんですか?」
目を丸くした撫子に、本気とも冗談ともつかない様子で麻里は「ふふっ」と笑った。
「撫子さんの方はどうですか?」
「私は……」
前の年に結婚した撫子は、時折個人的に絵本を出版しながら、変わらず銀誓館の教師として勤めている。
今は小学校のクラスの担任をしているらしい。
「ですが、もう少ししたらお休みを頂く予定なんです」
そう言って、お腹を撫でる撫子。
喜ばしいことでの休養だけれど、可愛い生徒達と離れるのは寂しいようだ。
「そうなんですか……」
熱心に聞いていた麻里がひとつ頷いて「お互い頑張りましょうね♪」と明るく笑うと、撫子も「はい、頑張りましょう」と微笑み返した。
●2017年の卒業式
ずっと仲睦まじい同級生として過ごしてきた府坂と莉緒にも、ついにこの時がきた。
銀誓館学園の高等部を卒業し、これからはそれぞれの道を往くことになる。
「今日で最後と思うと、名残惜しいですね」
卒業式が終わった後、3年間過ごした高校の校舎を見上げて府坂は呟いた。
学生らしく勉強をする傍ら、兄と特訓をしたり莉緒とデートを楽しんだり……特に凄いことがあった訳ではないけれど、充実した高校生活だった。
彼は大学に進学し、その後は兄と同じ企業に勤めることになる。
莉緒の方はといえば、高校時代から有名人作戦の一環としてダンサーとして活動していた。
他のフリッカーハート達と組んだり、ウィッシュダンスを活用して芸能人として活動する能力者達の好感度を上げることに貢献していた。
芸能活動はスケジュールが不安定だったけれど、府坂と過ごす時間は上手く作っていたし、卒業式にもちゃんと出席することが出来た。
ちらりと周囲を見回して、莉緒は同級生達が少し離れたところで記念撮影やお喋りに興じているのを確認すると、そっと府坂に声を掛けた。
「ね、卒業式といったらあれでしょ? 第二ボタン……あたしにくれないかな?」
府坂は一瞬きょとんとしたけれど、第二ボタンの話はこの時期よく出るので何の意味があるかは知っている。
「はい、では……」
何処かくすぐったい気持ちで、府坂は自分の胸からボタンを取った。
府坂は愛らしい手に渡ったボタンを眺めながら、口を開く。
「まだ、早いかもしれませんが……そう遠くない内に私から莉緒さんに……――」
言葉を紡ぐ間に、彼の顔はどんどん赤くなっていった。
真っ赤になりながら莉緒に告げた『ある言葉』。
それは、今は二人だけの秘密だ。
●2018年の日常
爽やかな朝の空気の中、小鳥達のさえずりが聞こえる。
「ほらほら、大地も翠もお兄ちゃんを困らせちゃダメよ」
高校制服を着た少年の足元で、双子の男の子と女の子がぐずっていた。
3歳になる、青井・葵(空と海との境界線・b11746)の子供達だ。
両親の八百屋を継いだ彼女は、25歳の時にお婿さんを迎えて店を切り盛りしている。
「だいち、ワガママいってるとおにいちゃんちこくしちゃう」
自分もしょんぼりしながら翠はそう言うけれど、大地はううんと首を振って嫌がった。
「帰って来たら遊ぼうね」
葵の弟、青井・空(どこまでも広がるその下で・b62412)が膝を折って頭を撫でると、漸く大地も頷く。
高校生になった空は背も伸び、口調や仕草も小学生の頃より大人びてきていた。
姉一家と同居という形で実家である青井青果店から学園に登校している。
通学に一番近いから、というのが主な理由ではあるけれど、自分を慕ってくれる甥と姪も可愛い。
「それじゃ姉さん、行って来ます」
「行ってらっしゃい」
姉と子供達に見送られ、空は学園に向かった。
「さぁ、お店の準備しないとね」
子供達を家に上がらせ、葵は届いていた野菜の確認と陳列を始める。
景気もあってか経営は厳しいところもあるが、彼女の毎日の頑張りで乗り切っていた。
「今日も頑張りましょう!」
清々しい空を見上げ、気合を入れる。
巡る季節の中、ふとした瞬間にかつての出来事を思い出し、懐かしむこともあるものだ。
ある休日に、終凪は大切にしまい込んでいたギターをなんとなく持ち出して来て、リビングで爪弾いてみた。
昔取った杵柄、幾度となく演奏したコード運びも指捌きも弾いているうちにどんどん蘇ってくる。
「パパ、それなぁに?」
4歳になる娘は、興味津々だ。
「ギターだよ」
「いろんなおとがするんだね。ふしぎ」
娘が振動するギターの木目を撫でながら旋律に耳を傾けていると、下の子を抱いた雪那もやって来た。
「なんだか懐かしいわ……そんなに昔のことじゃない筈なのに」
目を細めた雪那は、二人の子供を産んでも尚『Snow Drop』を休止する前と変わらない若々しい姿でいた。
元々纏っていた優しい雰囲気は、母親としての経験を経たからなのか、懐の深さを増したように見える。
妻と子供達を見る終凪の眼差しも優しげで、雪那が娘を挟んでソファに掛けると、彼はあの頃の定番だったナンバーのイントロを奏で始めた。
それに合わせて、雪那も歌い出す。
少しブランクはあったけれど、澄んだ伸びやかな歌声は変わっていない。
上の娘は心地よさげにそれを聴き、下の子は雪那の胸にぴったりくっ付いていた。
歌が終わり、ギターの音が余韻を残す中、雪那は娘の表情を眺めながら問い掛けた。
「歌ってるママは、好き?」
「うん! ママのおうた、ここがあったかくなるの。もっとうたって!」
娘は大きく頷くと、胸を押さえて瞳を輝かせた。
「雪那……」
終凪もそんな彼女達の様子を見詰めていた。
暫く離れていた音楽への思いと感覚が、二人の中で再び目を覚ましたように息づいている。
そして、雪那の中に、夫と子供達との穏やかな日々の中で蘇り掛けているもうひとつのもの。
志半ばで亡くなった、両親のこと。
記憶の欠片を思い出す度に悩んだ時期は過ぎ去ったけれど、やはり母が歩んできた道への想いは強く、それを自分が繋いでいくことが出来るのなら……。
「私は……やっぱり歌いたい。音楽と一緒に生きていたい」
妻の真っ直ぐな瞳に、終凪もしっかりと頷き返した。
日本に帰ってきていたマヒロと一緒に、麻里はゴーストと対峙していた。
世界結界の綻びをこじ開けるようにして姿を現した存在は、ちょっと手強い。
「マヒロさん、すごいです!」
取り巻きを往なして、激しい飛沫と共にリーダー格のゴーストを吹き飛ばしたマヒロに感心しつつ、「私だって負けませんよ!」と映画やドラマ等で鍛えた魅せる戦い方で鮮やかな獣爪の一撃を放つ麻里。
「か……格好いい!」
思わず呟いたマヒロに笑って、麻里は声を掛ける。
「最後は二人で決めましょう!」
「はいっ!」
麻里がゴーストを引き付けて牙道砲を放つと、そこへマヒロが水流渦巻く手裏剣を叩き込んだ。
あえなく崩れ去るゴースト。
「やった〜!」
「やりましたね♪」
周囲にたいした被害もなく掃討し終えたことに喜んで、二人はハイタッチを交わした。
その戦いは、街角で繰り広げられていた。
「おいおい、市街地で何やってんだよ?」
和真は怒気を秘めた声を発しながら、漆黒の刃を構えた。
「みんな、ひとまず遠くに離れて貰ったよ」
ゴースト達と対峙する和真の許へ、芙美が走り寄る。
突然現れて暴れ出した異形の者共に場は一時騒然としたものの、駆けつけた二人によって居合わせた一般人達は無事に避難出来たようだ。
「世界結界が消え掛けてるからか……」
若干深刻な呟きを漏らすも、和真は大鎌を構えた芙美に背を任せ、群れに突っ込んだ。
彼の両肘から生じた断罪の刃が、ゴースト達を切り刻んでいく。
「ねーちゃん、トドメは任せたよ!」
バタバタと取り巻きが倒れる中、飛び退った和真が叫ぶ。
「了解、私の番だね」
芙美の呼び出した鉄の処女が、リーダー格のゴーストを閉じ込めてトドメを刺した。
消え去っていく脅威の影に、ほっと胸を撫で下ろす。
「意外と腕は落ちないものなんだね」
社会人になって忙しくしてはいたけれど、能力者としての力は殆ど衰えていない。
それは弟も同じで、流石だな、と彼の強さを追い掛けた日々を思い出し、芙美は微笑んだ。
「久し振りだけど、ちゃんと合わせてくれて助かったよ」
そう言って歩み寄りながら、和真はプールで一緒に戦った時のことを思い出してしみじみとした顔をする。
あの時のことをちゃんと覚えているからこその連携だと、芙美も頷いた。
危険が去ったことで、通りに人々が戻ってくる。
中には、ゴーストと戦った彼らのことを覚えている人もいて……礼を言ってくる者もいた。
少しずつ、確実に、人々にも変化が起こっていた。
その変化が、世界とそこに暮らす人々にとって明るいものであるように。
「さて、きっちり一仕事終えたし、軽く食事でも行きますか?」
「いいね、私ラーメン食べたいな……」
和真と芙美は笑い合い、人波に混じって歩き出した。
●2018年の同窓会
同窓会の会場に、懐かしい顔触れが集まってきている。
「木村さんに舞志野さんじゃないですか。久し振りですね、元気でしたか?」
翔はかつて結社で一緒だった美咲と小夜の姿を見付けて、声を掛けた。
「神崎先輩、お久し振りです」
「あ、先輩達、こんにちは〜!」
挨拶を交わしていたら、マヒロもやって来た。
「お姉様、お友達の、癒月マヒロさんです。海外を、飛び回る、刑事さんなんですよ。
……おっちょこちょい、ですけど」
「え、ちょ、そこまで紹介しなくてもっ」
途中でマヒロが何か言っているけれど、小夜はにこにこと彼女と美咲を紹介し合う。
「ここで初めまして……というのもなんだか不思議ですね」
挨拶を交わして呟く美咲に、マヒロも「銀誓館は大所帯でしたからね……」となんだかしみじみ。
「私は最近、何かあると一緒に動いてることが多いですね」
「翔先輩にはすっごくお世話になってます」
翔がマヒロとの関わりを話すと、マヒロもうんうんと頷く。
暫く、最近の活動などについての話が続いた。
ゴーストや能力者絡みの事件ともなると、より複雑だったり大変なこともあるようだ。
「ええっ、そんなに、映画みたいなこと、するんですか?」
小夜が口に手を当てながら驚く。
「そうそう……あの時は、翔先輩の助け舟がなかったら危なかったですね」
「どうか、無茶なことだけはしないでくださいね」
心配そうな美咲に、翔はゆったり頷いた。
「えぇ、無理をする気はないです。やれる限り、この世界を守りたいですからね」
それから美咲の結婚を聞き、彼は「旦那さんも素敵な人なんでしょうね」と微笑んで、実は自分も結婚したのだと報告した。
「まあ、それはおめでとうございます」
「おめでとう、ございます」
「弟子となんて、ちょっと不思議な感じですけどね」
祝福を受けながら翔が呟くと、マヒロは「合縁奇縁ですね」と笑って小夜の方をちらり。
「そういえば……」
マヒロの意味ありげな視線に肩を竦め、小夜は苦笑を浮かべた。
「私は、その、いつか、風が吹けば、になりそうです」
それこそ風のように自由な青年をひとつところに留めるのは、なかなか難しいらしい。
「虫取り網でも持って、捕まえに行きましょうか」
「お姉様ったら……」
手伝いますよ、となんだか乗り気な美咲に、周囲も破顔した。
●2018年の卒業式
「神山太一君」
「はい!」
卒業証書の授与に、ついに太一の番がやってくる。
壇上でぴしっと背を伸ばし、校長先生から卒業証書を受け取った彼は、じっとその書面を見詰めた。
(「これで、僕の学生としての日常はおしまい」)
そんな思いが浮かぶけれど、能力者としてはまだまだ学園の活動に参加していくことになるのだ。
消えゆく世界結界に、能力者は増加の一途を辿っている。
卒業式を終えて戻った教室で、みんなで記念撮影をしたり、お喋りしていると。
「ねえ、神山君はこの後どうするの?」
将来の話になって、太一もクラスメイトに質問された。
「僕は能力者の先輩として、後輩を導いていきます」
「それって、先生になるってこと?」
と聞かれて、太一は大きく頷いた。
本当は、まだゴーストがちょっぴり怖いけれど、それは内緒。
自分の目指す将来の姿に向けて、太一は一歩、踏み出した。
●2019年の日常
5月12日、葵は30歳の誕生日を迎えた。
夫や子供達、妹に弟に囲まれて。
「「おめでとう!」」
……だけでなく、何故か近所の商店や住人の方々まで集まっている。
沢山の人達に祝われるのは、嬉しくも少し気恥ずかしい。
因みに妹の海は相変わらずで、「三十路おめでとう」なんて言ったものだからいつものぐりぐりの刑に処された。
「まったく、自分もいい年して……」
自分も妹達も、いつまでも変わらないということか。
変わらない部分もあるけれど、置かれている環境の変化は葵も感じ取っていた。
ご近所にもゴーストの影があって退治しにいったり、馴染みのお客さんがいつの間にか能力者になっていたり。
八百屋家業をぼちぼちと続けながら、久々にゴーストタウンに向かったりもしていた。
「ほわー、流石師匠の姉君様……」
昔取った杵柄、とばかりにバッタバッタとゴースト達を倒していく葵に、同行させて貰ったらみかはただただ見入っていた。
「らみかさん、ぼーっとしてると危ないわよ」
「……わっ」
らみかの横で、黒燐蟲達がぶわっと広がった。
いつの間にかリビングデッドに忍び寄られていたらしい。
しっかりして欲しい、と言いたげに、葵は溜息をつく。
「次はあなた達の時代なのだから」
そう諭されて、らみかは背筋をぴーんと伸ばした。
ぴーんと伸びた体勢のまま、緑色のぞうさんの如雨露を手に、新たに現れたゴーストと対峙するらみか。
(「姉君様のお言葉に、応えなければっ……!」)
つるっ。
「ぅあー!!」
床に足を滑らせたらみかは、顔面からダイブした。
「まだ難しいか……色々と」
葵はやれやれと肩を竦めた。
鈴鹿・小春(万彩の剣・b62229)は若手検察官として、忙しい日々を送っていた。
丸っこい容姿と雰囲気、はきはきと礼儀正しい態度は先輩うけがいいらしく、彼らに付いて貴重な経験を積ませて貰える機会も多いのだ。
「あ、はい……これから行きます!」
携帯電話の向こうの相手に話しながら、小春は廊下の角を折れ、人気がないのを確認して偽身符のストックを取り出した。
「今日は特に何もなくてよかった……」
仮初の自分となった符の後ろ姿を見送りってほっと息をつくと、検察庁を抜け出してもうひとつの顔――能力者としての仲間達の許へと向かった。
「お待たせ!」
「小春君! これでみんな揃いましたね」
彼の到着に、今日ゴースト退治の為に集まっていた仲間のひとり、マヒロが笑顔で迎える。
以前もこうして依頼の場で顔を合わせたことがあり、今では馴染みだ。
「今回のゴーストはちょっと厄介みたいですから、慎重にいきましょう」
「はい!」
マヒロの言葉に小春は真剣に頷くと呪剣の柄を握り締め、ゴーストが潜む洋館に乗り込んで行った。
「お加減いかがですかー」
「ああ、海ちゃん! この通りよ」
海が訪れた病室では、いつもよりちょっとおめかししたお婆さんが笑顔で待っていた。
看護大学を卒業した海は、目標通り看護師になって結構大きな病院に勤めている。
働き始めてから数年、もう新人を卒業していっぱしの看護師だ。
勤務態度は『結構てきとー』だけれど、そのユルさが周囲を和ませてくれるのか、担当することの多いお年寄りの患者さん達には評判がいい。
「今日は本当に楽しみだったの。昨夜はなかなか寝付けなかったわ」
「はは……」
興奮気味のお婆さんと談笑しながら、海は彼女を乗せた車椅子を押して病室を出ていく。
今日はこの病院で時折催している、院内コンサートの日なのだ。
窓の外では、萌える緑が揺れている。
渡り廊下を進んでレクリエーションルームに向かうと、やがてステージにデニムにシャツ等のラフな格好のバンドメンバーが現れた。
「こんにちはー、Heroでーす」
彼らを率いていたのは博史だった。
博史はひょんなことからバラエティ番組に出た時になにやらウケがよかったようで、面白キャラのタレントとしてお茶の間で一定の知名度を得ていた。今日はそのツテで組んだ即席バンドでの出演のようだ。
いつもTVで観ている顔触れの演奏やトークに、席に着いていた患者さん達も大いに盛り上がった。
「いやー、お忙しいのにこんなところへお招きして申し訳ない」
「ううん、海クンの頼みとあらばお安い御用さ! それに、ボクお年寄りや小さい子好きだし、こういう機会が貰えて嬉しいよ」
コンサートが終わった後、海は博史と中庭のベンチで語らった。
かつては濃かったメイクが段々さっぱりしてきていることに時の流れを感じつつ、海が「やはり自然が一番」とひとり納得しているのを見た博史は不思議そうな顔をする。
「そういえば、海クンがナースのお仕事してるところ見たのは初めてだけど、決まってるね」
「いやぁ……照れますな」
あまり変わらない表情で言いながら、海はごそごそと青汁を取り出した。
「ところで、久し振りにどうです? 青汁」
「はは……そこは変わりないんだね」
博史は懐かしさ混じりの苦笑を浮かべ、青汁を受け取った。
「じゃあ、今回はこの値で」
「有難い。色々付けて貰って……」
「なァに、ヴェッさんはお得意さんだからなァ」
目尻を下げて笑う鼻の赤い古物商の爺さんに、ヴェティル・ソリクーン(月想・b47842)は頭を下げる。
失われた記憶の手掛かりを求めがてら、彼は大学での勉強を活かしてアンティークや輸入雑貨のバイヤーをしていた。
日本人が滅多に訪れないような異国の地にも馴染みが出来、商売も順調……と言いたいところだが、当たり外れも多い商売柄、市場の波を乗りこなす難しさも味わっていた。
今日の仕入れは上々で、思わぬ掘り出し物もあった。
感じる手応えに期待を抱きつつ、昼食を済ませようと市場の露天に寄り道をする。
「うわぁ、美味しそう〜」
「……?」
嬉しそうに注文したものを手にしたショートカットの先客とすれ違い、ヴェティルは微かに目を見開く。
振り返っても、女性は既に市場の人混みの中に消えてしまっていたが。
(「今のは日本語だったような……それに、何処かで見たような……?」)
同時に、何故か母校のことを思い出していた。
懐かしい銀誓館、教室や結社に集まった仲間達……。
胸に迫るものを感じたヴェティルは、無性に日本に帰りたくなった。
(「久々に帰ろうか……日本に」)
「いやぁ、インディーズからの再開だってのにこの勢い……凄いですね」
密着取材を行っていた放送局のディレクターが、興奮気味に呟く。
約一年前の決意の後、ブランクを克服すべくトレーニングを重ね、再び始動した新生『Snow Drop』。
活動再開後に何度かライブハウスなどでの活動は行ったものの、ここまで大きな会場でのライブは本当に久し振りだ。
今日の舞台は、万の数を収容出来るアリーナだ。
にも関わらず、再開を待っていたファンや休止中に『Snow Drop』を好きになったという人々でチケットは早々に売り切れていた。
ライブの密着取材も有名人作戦の一環と、準備を進めながら彼らに応える終凪も、やや緊張した面持ちになってしまう。
(「今までの様々な戦いや、色々あった時に比べれば……」)
銀誓館学園での日々を思い出し、終凪は心を落ち着ける。
楽器のチューニングも万端、衣装や舞台用のメイクなども既に済ませている。
後は時が来るのを待つばかりだ。
「大丈夫か?」
傍らの雪那の緊張も感じ取っていた終凪は、舞台袖でそっと気遣う。
アリーナから聞こえるざわめき、今か今かと自分達が現れる時を待っている人々の熱気は、ともすれば呑み込まれてしまいそうな感覚すらある。
「ちょっと怖いよ。でもドキドキして、ワクワクする」
雪那はそれらの感覚を受け止めて、素直にそう言った。
そんな彼女を、終凪は抱き締めてキスを贈る。
微笑みを交わし、頷き合って光溢れるステージに飛び出した。
二人とバンドメンバーの姿に大きな歓声が渦を巻く中、一曲目の演奏が始まる。
心を込めて歌を紡ぎながら、雪那は思っていた。
音楽が人を、世界を優しくしていく様を、次の世代を担う娘達に見せてやりたいと。
母達が自分にそうしてくれたように――。
疾走感溢れる歌と手拍子とで、ステージと観客がひとつになる。
子供達はまだ小さいから、今回は連れて来られなかったけれど、いつかこの感覚を共有したい。
そして、今度は彼女達が次の代にそれを繋いでいくのだ。
そんないつかのことに胸を躍らせながら、終凪の奏でる旋律に合わせ、雪那は精一杯歌声を響かせた。
●2020年の日常
桜舞う、銀誓館学園の校門前。
「ちらほら知った顔がいるな」
校門を潜っていく人々を眺めながら、久遠は呟いた。
並び歩く大人達の間には、大きなランドセルを背負った子供達の姿が見える。
彼方と久遠もまた、自分の子供達と手を繋いで懐かしのキャンパスを望んだ。
男の子は凪、女の子はりね。
小学生の制服を着た可愛らしい双子は、まだ彼らには大きなランドセルを背負ってちょっと緊張しているようだった。
そんな二人の頭を、彼方は優しく撫でた。
「凪もりねも、お父さんお母さんちゃんと見てるからね」
「うん」
頷いた子供達は係の職員に預けられ、入学式の時間まで暫しの別れだ。
その間に、夫婦は母校のキャンパスを懐かしげに散歩する。
「時の流れってのは早いな……なんだか一気にタイムマシンでも使って未来に来ちまった気分だ」
「……そだね」
しみじみと呟く久遠に、彼方は言い得て妙だと同意する。
ちょっとぶらつくだけで、ここで過ごした頃の思い出や仲間達のことがすぐに思い出せるのも、不思議なものだ。
自分達がそうだったように、子供達にもこの学校で沢山の経験をして欲しい、とも願う。
「花園の友人達は相変わらず元気そうだったぜ。ほら、これ」
と久遠が出したのは、タイムカプセルを埋めに行った時の写真だった。
親しい人々の近況や、懐かしい写真に彼方が目を細めていると、久遠はなにやらにこにこ笑みを深めている。
「ま、俺の奥さんは相変わらず綺麗なんだけど」
「もうっ……」
相変わらず睦まじい二人だけれど、臆面もなく言われるとやっぱり照れ臭い。
「カナ、これからもよろしくな」
「勿論ですとも、私にとって最高最愛の旦那さま?」
お返しとばかりに、彼方は久遠の手を取った。
●2020年の同窓会
「マヒロちゃんヒロ先輩撫子さんお久しぶりー、元気してた?」
「わーい、お久し振りですっ」
まるで十代に戻ったかのようにきゃっきゃとはしゃぐれいあに、マヒロがハグをした。
その様子を、柚流もにこにこ「お久し振りだよ〜♪」と見守っている。
マヒロの仕事ぶりは、時折耳に入ってくる。
「何より、元気そうで安心したよ」
「ありがとうございます、柚流先輩とれいあ先輩の方は、相変わらずらぶらぶですねぇ……」
かつて仲がよかった者同士が集まると、時間があの頃に戻った気分になった。
「久し振りに会うってのも、なかなかいいねぇ」
「博史君も、芸能人がすっかり板についたよね♪」
「そうそう、よく見掛ける。頑張ってるなって」
しみじみ微笑む博史に柚流が声を掛けると、れいあもうんうんと頷いた。
「マヒロちゃんの刑事も、撫子さんの先生も似合ってる」
「そういえば、撫子ちゃんが能力者になったのは吃驚したなぁ」
柚流に話を振られると、撫子は運命予報が使えなくなった後も、役に立てて嬉しいと答える。
「それだけ世界結界の崩壊が進んだ、ということでもありますが……」
新たな時代に向けて、やるべきことはまだまだ多い。
「と、そうだ。れいあ先輩と柚流先輩のお子さんも、大きくなったでしょうね」
「うん、今6歳なんだよ」
マヒロに頷いて、れいあは子供達も写っている家族の写真を取り出した。
子供の写真は撫子も持ってきていて、楽しげに見せ合う姿に柚流も微笑む。
「娘達も、どちらかはれいあちゃんやまひろちゃん達みたいなシノビの道を志すかも。
その時は、まひろちゃんからも色々教えてやってね♪」
「そうなんですか? 次代の忍びか……楽しみですねぇ」
可愛い子達の将来を想像しているらしいマヒロに、れいあは「あ、そうだ」と名刺を差し出した。
「ボク、忍者用の情報屋やってるんだけどね」
こっそり、ご用命があったらよろしくねと伝えておく。
「へぇ〜、これは便利そうですね。れいあ先輩、奥さんになった後も頑張ってるんだ……」
関心を持ったらしいマヒロは、名刺入れにそれをしまった。
「ウィル君は、どうですか?」
笑みを浮かべてみんなの話を聞き、懐かしそうにしていたウィルはマヒロに聞かれて、ここ最近の活動について話した。
ウィル達が頑張っている有名人作戦は、概ね上手くいっているようだった。
「あ……話し方が」
成長とともに滑らかになった口調に気付いて、マヒロは目を瞬かせる。
学園を卒業してから早8年。
それぞれ、色々なことが変わるものだ。
(「学生の頃は仲のいい友達だったけど、卒業してからマヒロちゃんの活躍を聞いて、気になり出したんだよね……」)
そっとマヒロの笑顔を眺めながら、ウィルは自分の気持ちの移り変わりを考えていた。
それに。
「マヒロちゃん、随分大人っぽくなったよね」
「ウィル君は格好よくなりましたね……」
そう返すマヒロは、ちょっと赤くなっている。
これは、と思ったウィルは、「……ちょっと、いいかな?」とマヒロをテラスに連れ出した。
「今、誰とも付き合っていないなら……」
背後に賑やかさを感じながら、ウィルはマヒロに告白した。
「迷惑でなければ、友達からでも付き合って貰えないかな?」
そう告げられて、マヒロはぽかんとした。
「あれ、でも私達、ずっと昔からお友達ですよね?」
「……そ、そうだね」
はぁ、と息を吐くウィルの手に、マヒロがそっと手を重ねる。
視線を上げると、マヒロはにっこりと笑った。
「ですから、これからはお友達以上の関係で……よろしくお願いしますね」
師走の日暮れは早く、行き交う人々も急ぎ足で過ぎ去っていく。
駅前の居酒屋で、『刃牙』の仲間達は集まることにしていた。
「みんなもう来てるかな?」
梶浦家の大黒柱となった暁が、店の中を覗き込んだ後のんびりと入っていく。
「こういうのって久し振り、です……!」
後ろからひょこりと顔を出した紅は、ワクワクした様子で暖簾を潜った。
今日は懐かしい面々と賑やかに過ごすということで、暁との間に生まれた1歳の娘は母に預かって貰っている。
「いやはは久し振りだな、よく来てくれたぜ!」
店員さんに通された個室でどーんと待っていたのは、幹事の赤。
あまりのハイテンションっぷりに、皆さんお元気そうで、と言い掛けた暁が驚いて、ちょっと苦笑した。
「赤兄様、あまりはしゃぐとお店の方に迷惑が……」
紅も気が気ではないようだ。
「お連れ様、お見えになりました〜」
そこに、店員さんの案内でやって来たのはヴェティルだった。
「皆、久し振りだな」
「おー、ヴェティル……って若? つーか変わんねーな!?」
以前より自然な微笑を湛えたヴェティルの容姿に、赤は目を白黒させた。
ヴェティルの外見は昔と殆ど変わっておらず、自分と同じ29歳には見えない。
「本当にお変わりないですの〜」
紅も驚き気味に頷くと、「私は……どうなのかな」なんてこそりと呟く。
(「頼もしいお母さん、に近付けているといいな……なんて」)
そんな紅の視線の先では、暁がつやつやした顔で娘の写真を仲間達に見せていた。
「可愛いでしょう」
「おー、茜ももう1歳か……どれどれ」
姪っ子の写真を見せられて、赤の顔も綻ぶ。
ヴェティルも「ほう、可愛らしいな」と覗き込んで、口端を上げる。
「親馬鹿惚気いいぞ、もっと語れ」
「えっ、親ばかじゃ……ないです……」
みんなにつつかれて照れる暁の様子を紅が微笑ましげに見守っていると、呼ばれた店員さんが注文を取りに来た。
「俺、揚げチーズって正義だと思うんだ」
「注文しろよ……。唐揚げにレモンは邪道だが、異論は認める」
きりっと真顔で主張する赤に、ヴェティルが突っ込みを入れついでに自分の主張を述べる。
男性陣がバンバン注文を入れる中、居酒屋に慣れていない紅は、物珍しげにメニューをまじまじと眺めた。
「……えっ、こんなに色々あるもの、なの?」
「ゆっくりで大丈夫だよ」
「う、うん……とりあえず、お酒以外の飲み物を」
暁に言葉を掛けられ、紅は迷いながらソフトドリンクを選んだ。
程なくして、料理と飲み物が運ばれてくる。
なんやかんやあったけれど、名家の当主代行の貫禄で暁が場を収めてグラスを掲げた。
「今日も適度かつ適当に! 目一杯楽しみましょう!」
「かんぱーい!」
赤が陽気に音頭を取って、みんなで乾杯!
同窓会件忘年会のような集まりは、必要以上に賑やかだった。
「お、ありがとうな。そういや、最近はどんなことやってんだ?」
酌をして回るヴェティルに酒を告いで貰った赤は、彼にも近況を尋ねる。
「俺はアンティークや輸入雑貨のバイヤーをな。業績は……き、聞かないでくれ」
そっと目を逸らしたヴェティルに、赤は色々大変なんだなとグラスを傾けた。
「そういう赤はどうなんだ?」
「俺は変わらず内装業。趣味のアクセ作りも、もうちょっと頑張りたいけどな〜」
今の暮らしぶりを話す仲間達の声を聞きながら、暁は学生時代と随分変わったようで案外変わらないのかも知れない、と思った。
(「少なくとも、僕らの絆は確かにここにあるんだ」)
暁の視線に気付いたように、ヴェティルが微かな笑みを返す。
彼もまた、これからの皆の幸せを心から願いつつ、宴を満喫した。
●2021年の日常
「ただいま、じろさん」
部屋に帰ってきた空を、ケットシー・ワンダラーのじろさんが迎える。
銀誓館を卒業した空は、農業大学に進学して一人暮らしを始めた。
八百屋を引退して農業を始めた両親を手伝いたいという思いから、選んだ道だ。
高校までは賑やかな家にいたからちょっと寂しいけれど、ずっと一緒のじろさんがいてくれるので、帰りを待つ者がいる幸せを噛み締めている。
昨今では使役ゴーストの存在も、あまりイレギュラーではなくなってきたように感じられた。
世界結界が失われていくと共に、人とゴーストとの共存を目指す活動が実を結んできているということなのだろう。
そんな風に思いを巡らせていると、じろさんが着信を受けた電話の受話器を持ってきた。
「姉さんからだね、ありがとう」
笑顔で礼を言い、空は受話器を耳に当てる。
傍らで、じろさんはお茶を淹れ始めた。
「……うん、今帰ってきたところだよ。大丈夫だって。それで、今日はね……」
ほぼ毎日掛かってくる姉からの電話は、離れていても家族と繋がっていることを知らせてくれている。
世界結界は、最早風前の灯といった状態だった。
復活したゴーストの中には共存の余地がある者もいたが、それ以上に手の付けられない、凶悪な者達が人々を脅かす事件も増えていた。
人里離れた場所で、己のテリトリーから出ない者はまだいいが、人の暮らす領域にまで迫る者達に対しては迅速な対応が求められた。
エコーズの宝剣から放たれた強烈な光の波が暴れる妖獣を真っ二つに分断する。
「……被害は」
「村民に負傷者が出ていますが、幸い死者はいません」
救助に向かっていた同僚の巡礼士の返答に、彼は「そうか」と応えた。
住人がほぼ無事だったのはいいが、駆けつけたエコーズ達巡礼士の消耗は激しく、このままこういった事件が増えていけばジリ貧になるかも知れない、という危機感はあった。
銀誓館の能力者達も世界を飛び回っているとはいえ、全てに手を行き届かせるというのは難しい。
けれど、今まで一般人として暮らしてきた人々も、能力者として覚醒しつつあった。
尤も、特別な経験を積んでいない彼らは、それまでとあまり変わらない能力しか持ち合わせていないけれど……。
この村落にも、目覚めたばかりの能力者は複数見付かった。
エコーズは彼らに戦い方や世界の真実を教え、また必要に応じて銀誓館の存在を紹介し、彼らの選択肢を広げる役割も担うようになっていた。
舞い落ちる雪が、突然の風に煽られて吹雪く。
「ぐぁっ」
「こいつ……!」
悪条件の中、巡礼士の隊は苦戦を強いられていた。
また一体、封印の解けた強力なゴーストが野に放たれてしまったのだ。
それはまるで誘われるように、近くの村に向かっていた。
たまたま目撃者の通報が早く回ってきたお陰で、巡礼士達は村の手前の森で迎撃することが出来た、が。
「一旦退がれ」
エコーズは淡々と告げると幻影兵団を呼び出し、ゴーストに兵をぶつける。
「焼け石に水か……」
嘆息する彼に追い討ちを掛けるように、ゴーストは瘴気のようなブレスを巡礼士達に浴びせ掛けた。
負傷した仲間を担ぎ、じりじりと戦線は下っていく。
「このままでは村に……」
「……仕方ない」
彼らは苦渋の中、決断した。
12人の隊員のうち2人は救援を求めに、残りが力の限り足止めする。
エコーズも、足止め役としてその場に残った。
ゴーストの咆哮が、欧州の森を揺るがす。
「っ、させるか!」
窮地に陥った仲間の前に、エコーズは飛び出した。
脳裏に駆け巡った記憶、そして『あの時』の約束――。
駆けつけた増援の巡礼士達が見たのは、倒れた仲間達の中に佇む黒山のようなゴーストだった。
深手を負っていたそれは、呆気なく倒された。
「彼も……ダメか」
「おい、息があるぞ!」
命を取り留めた者、助からなかった者。倒れ伏した巡礼士達はひとりひとり確認され、運ばれて行った。
だが。
「1人足りない?」
増援部隊の隊長が怪訝に眉根を寄せていると、隊員が発見した宝剣の柄を持ってきた。
装飾の少ないシンプルな意匠のそれは、エコーズのものだった。
「消滅したゴーストの体内から、これが」
折れた刃の部分を持ってきた隊員が報告する。
「エコーズ……」
旧知の間柄だったらしい隊員が、微かに呟く。
結局、巡礼士達がいくら捜索しても、エコーズの姿は見付からなかった。
「吹雪が……もう限界だ」
「……エコーズッ!」
切々と降り積もる雪が、呼び声を吸い込んで掻き消してしまう。
こうして、『灰色の幽霊』と呼ばれた青年の行方は途絶えた。
●2022年の日常
成人の日を迎え、空もとうとう大人の仲間入りをした。
正装で臨んだ成人式の会場でお偉方が長々と話をしているのを、真面目な空はしっかり聞き入っている。
お決まりの文句も、世界結界が失われたせいか以前と比べてちょっと内容が違うようだ。
(「変化した世界で、どう生きていくか……か」)
世界の様子は、これまでも大分様変わりした。
そして、これからもっと変わっていくのだろうと予想は出来ても、それがどんなものかは見当がつかない。
道行きに若干の不安はないとは言わないけれど。
(「それでも、これからの人生に希望を持って頑張りたいな」)
幼い頃からの真っ直ぐさをそのままに、空は新たな決意を胸にするのだった。
「葵ちゃん、おはよう。今日は入学式かい?」
「おはようございます。ええ、なのでちょっとお店はお休みしますが……」
散歩中のお爺さんが、綺麗な格好をした葵に声を掛けてくる。
今日は双子の子供達が小学校に入る日。通う学校は勿論、銀誓館学園だ。
「忘れ物はないかい?」
子供達を連れた夫が、色々確認しながら出てきた。
大地も翠も、真新しい制服とランドセルを身に着けた姿はちょっと眩しい。
「それじゃ、行きましょうか」
「行ってらっしゃい」
お爺さんや近所の人に見送られ、青井一家は学園へ向かった。
入学式が始まり、父兄の席に座った葵は緊張しているらしい我が子達の背を見守っていた。
自分が学生だった頃から、世界はすっかり様変わりしてしまっている。
この子達は、この先どう生きていくのだろう?
『最終的に自分を守れるのは自分しかいない』
という祖父の言葉を胸に、子供達には数年前から能力者としての教育を施している。
今は自分達が守るべき小さく頼りない彼らも、いつかは成長し、守るものを見付けるのかも知れない。
その道程が、明るいものであればいい……小さな背中を眺めながら、葵は子供達の幸せを願うのだった。
天気は快晴、まさにフリーマーケット日和の休日。
「俺のブースはこっちか……って、ヴェティル!?」
「ん……? 赤じゃないか」
割り当てられた番号表を頼りに自分のブースを探していた赤は、場所を見付けると共に飛び込んできた旧友の姿に目を剥いた。
ヴェティルは既に出品する骨董品を並べ始めているところだった。
「え、隣、お前の店!?」
「どうやら、そのようだな」
奇妙な縁を感じつつ、赤も準備に取り掛かる。
広げられたのは、彼が日頃趣味で製作しているシルバーアクセサリーだ。
「な、なんつー奇妙な品揃え……」
が、やっぱりどうしてもお隣の陳列物は気になる。
「個性的だろう?」
まじまじと妙ちきりんな置物を凝視している赤に、ヴェティルはそのうちのひとつを手に取って見せた。
「これなんてどうだ?」
それは、日本ではそうそうお目に掛かれない、あまりにも斬新すぎる形状の置物だった。
「超! 欲しい!」
思わず衝撃のままに声を上げてしまったが、赤はその後で色々悩み始めた。
「家族に怒られっかな……いやでもかなりイカスだろこれは……」
「しかし、赤のアクセは見事なものだな……」
手先が不器用なヴェティルは、赤の手による細やかな細工に素直に尊敬の眼差しを送る。
「折角だからオーダーいいか?」
「俺に? 勿論!」
悶々としていた赤の顔が、ぱっと明るくなる。
「どんなのがいい?」
「刃と牙をモチーフに……」
皆と共に過ごしたあの頃を思い出せるように、いつも見に付けられるものをと希望を伝えるヴェティルに、赤はデザインを頭の中で練りながら一緒に『あの頃』を思い出していた。
じわりと胸が熱くなる。
(「腕が鳴るってもんだ……!」)
張り切りながら、彼はアクセサリー販売に精を出した。
「なあ、後で久々に飯食いに行こーぜ!」
「飯か、悪くない……」
赤の誘いに頷き、ヴェティルは奢れよ、なんて軽口も叩く。
今日の食事は、きっと積もる話で楽しいものになるだろう。
縁側の陽だまりで、今日も今日とて陽桜祇一家はのんびり過ごしていた。
「きょうやのおせわは、りるがするのー」
「まいあもー」
3年前に生まれた息子の杏哉(キョウヤ)の面倒を、最近おませになってきた上の二人娘が見ると言って聞かないので、れいあも柚流も見守ることにした。
「りるがお母さん、まいあがおねえちゃん、きょうやはおとうとね」
おままごとの配役を決めて遊び始めた3人だったけれど、段々雲行きが怪しくなる。
「りるばっかりズルい! まいあもお母さんがいい」
「じゃんけんで決めたでしょー」
「お、おねえちゃ……」
「にゃー」
喧嘩し始める姉達に、杏哉はおままごとの続きをしながらもオロオロ。
周囲にいる猫達も、何か物申したいのかにゃあにゃあ言っている。
そして傍で見守っている両親に、縋るような瞳を向けた。
「杏哉、頑張って……!」
ぐっと拳を握り締めるれいあの横で、柚流はにこにこと笑みを浮かべたままだ。
「男子たるもの、包容力と寛大さあってこそだよ。……なんて、子供達にはまだ難しいかな」
強く育っておくれ、という親心で見守る息子は、懸命に姉妹喧嘩の仲裁に入ろうとしている。
「けんか、ダメ……」
「なうー」「みー」「にゃーん」
「うーん……」
杏哉の懇願と猫の合唱に、李瑠が折れてくれたようだ。
順番だからねなんて言いながら、子供達がおままごとを再開するのを、夫婦は微笑ましく眺めていた。
「柚くん蜜柑どうぞ、はいあーん」
「あーん」
れいあが剥いた蜜柑を口に入れて貰い、柚流はご満悦だ。
「はい、きょうやもあーん」
「……もごもごもご」
杏哉の受難はまだ続きそう、かも。
●2022年の卒業式
桜の蕾もふっくらと膨らむ頃。
いよいよらみかも、高校を卒業する日が来た。
(「やっぱり緊張しちゃうなぁ……」)
アイドルとして芸能界で活躍しつつも、こういった場は勝手が違うのか、ぎくしゃくと身体を強張らせている。
後で絶対背中痛くなるよ、というくらい背筋を伸ばして卒業証書の授与に臨むらみか。
「片折らみかさん」
「は、はいっ!」
ぎくしゃくぎくしゃくぎくしゃく。
近くの席の生徒がクスクス笑っているけれど、らみか本人は自分の右手と右足が一緒に出ていることに気付かない。
「おめでとう」
優しい校長先生は特に指摘することもなく、卒業証書を渡してくれた。
(「後はつつがなく戻るだけ……ッ!?」)
ほっとしたのも束の間、らみかはステージから降りる階段の途中で足を踏み外した。
それはもう、見事な顔面着地だった……。
痛みと痺れと恥ずかしさで、らみかは暫く起き上がれなかった。
こうして、ドジっ子の歴史に新たな一ページが刻まれた。
●2023年の日常
「これで大丈夫。あまり痛みが酷い時は、また呼んで下さい」
「ああ……ありがとう」
「海さん、こっちもお願い!」
「はいはい、今行きますよ」
傷の手当てを施した患者に言葉を掛けている海に、他の看護師から助っ人を頼む声が掛かる。
今日の彼女の仕事場は忙しい。
この頃の海は、看護師として世界を飛び回るようになっていた。
戦場だろうが急に現れたゴーストに負傷させられた人々の前であろうが、彼女は持ち前のマイペースさでその場で与えられた役割をこなしていく。
その肝の据わった様が、患者を安心させたり取り乱しそうになった同僚を落ち着けたりする場合もあるようだ。
「海さんって若いのに、ベテラン並ね」
ふと、彼女の手際に感心した、ブロンドの巻き毛を結い上げた看護師が呟く。
「……もう三十路なんですけどね」
「えぇ!?」
「まだ十代かと思ってたわ!」
「いくら東洋人が若く見えるって言っても……まぁ確かに、若いよな」
その手の話に敏感な同僚達が、若さの秘訣を教えて貰おうと海を取り囲むのを見て、男性の看護師が肩を竦めている。
海は10年前と変わらぬ容姿と顔付きでふっと笑った。
「日々の青汁の賜物です」
「皆、前に教えたゴーストの特徴は覚えてる? ……そう、よく出来ました!」
太一は生徒達の答えに、満足げに頷いた。
今日は先生として、彼ら能力者の後輩達をゴーストタウンに引率しているのだ。
陰鬱な雰囲気の工場跡は、大きな機材を入れていたのか高い壁がそびえている。
何度かの戦闘を経て慎重に進んで来たが、突然脆くなっていたらしい壁を破って獰猛そうな妖獣が通路に飛び出してきた。
「わ……っと、退がって!」
太一は驚いたものの、以前のように過度に怖がることなく生徒達を後退させ、青白い月光を妖獣に放った。
突進しそうな勢いだった妖獣が、氷漬けになって藻掻いている。
「まったく、せめてドアをノックしてから入って来な……って、君にそんな頭脳は無いか」
余裕のある様子で肩を竦めた太一が妖獣にトドメを刺すと、生徒達からは歓声が上がった。
●2024年の日常
ウィルの反戦の魂を込めた歌声が、ゴースト達を掻き消していく。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう……」
たいした武器も力もなしに、果敢にゴーストと戦おうとしていた少年達は、助けてくれたウィルに頭を下げた。
有名人作戦の活動にも余裕が出来たウィルは、最近世界を巡る活動の方にも力を入れている。
世界結界が失われた今、有望ながら経験のない能力者を保護し、将来の為に育成するというのも世界を守っていく為には大切なことだ。
「……ギンセイカン?」
「そう、名前くらいは聞いたことある?」
ウィルが学園の名前を出すと、少年達は知っているようないないような、曖昧な反応を示しす。
日本の国土がいくつも入るような、だだっ広い国の片田舎ではまだ知られていなくても仕方がないのかも知れない。
「そこに行けば、強くなれるのか? みんなをあの化け物から守れるようになる?」
少年の必死の問い掛けに、ウィルは頷いた。
自分の仕事を終えたウィルが携帯電話を取り出すと、マヒロからのメールが届いていた。
『やっと立て込んでいたヤマが片付いて、纏まったお休みが貰えました! 今度のコンサート、楽しみにしてますね』
嬉しそうな絵文字が踊る文面に笑みつつ、ウィルは彼女との付き合いについて考えていた。
交際を始めてから4年。
そろそろ、世界の将来だけでなく、自分達の将来も考える時期だろうか。
「……博史君や撫子ちゃんにも、連絡してみようかな」
近況を聞く以外にも、色々と先人としてのアドバイスも貰えそうだし。
と、ウィルは一旦携帯電話をしまって歩き出した。
夏が過ぎ、季節はもう秋。
結婚6周年を迎えた暁と紅は、続々と集まる梶浦家の面々を迎えていた。
「まぁ、守ちゃんも大きくなって。茜ちゃんも立派なお姉さんねぇ」
親族の女性が福々しい笑みを浮かべて、きちんとお出迎えする子供達に目尻を下げている。
今日は息子の守の誕生日だ。
ご馳走の並ぶ卓を囲んで、賑やかなパーティーが始まる。
「「お誕生日、おめでとう!」」
誕生歌に楽しそうにしていた守が、皆に祝いの言葉を掛けられてきょとんとする。
そんな息子を優しく撫でて、暁は「ほら、火を消してごらん」とケーキに差した蝋燭の火を吹き消す仕草を見せた。
見よう見真似で守が3本の蝋燭を吹き消すと、皆が歓声や拍手で囃す。
「よく出来ました……ってこら、茜……」
5歳の娘、茜は待ちきれずにフォークでケーキを突いていた。
「フォークはまだよ、先にお皿に分けなくちゃ」
「ほら守、どの辺が食べたい?」
苦笑して娘を制止する紅と、涙目の息子をあやす暁。
一家の姿を見守っていた親族達も、賑やかな宴を再開した。
正座をした子供達のしっかりとした仕草に、紅の胸に熱いものが込み上げる。
ついこの間まで、自分の腕の中にいたような気がするのに。
「……背中を貸して、ね」
思わずぎゅっと縋り付く、暁の背中。
それに気付いて振り向き掛け、彼は「君が泣くの?」と小さく笑った。
妻の涙を見れば撫でてあげたくなってしまうけれど、今は我慢。
涙の理由はちゃんと、わかっている。
(「だから、子供達を二人一緒に抱き締めよう」)
そう、視線に込めた。
これこそが、彼らが勝ち取った未来の幸せの形。
強く噛み締めながら、賑やかで満ち足りた時は過ぎていく。
街にはクリスマスの華やかで煌びやかな飾りつけがされ、クリスマスソングが流れる中で帰路に就く人々も早足だ。
「「おかえりなさい!」」
「お帰りなさい、マオはん。準備出来ておす」
飯店を従業員に任せて帰宅したマオを、鼎と子供達が出迎えた。
夏(シア)と名付けた娘もすくすく成長しており、長男の柳もいいお兄ちゃんだ。
煌くツリーやオーナメント、ご馳走にクリスマスケーキ。
日本の一般家庭の、ごく当たり前のクリスマスの風景。
食事を済ませて美味しそうにケーキを食べたり、クリスマスソングを歌っている兄妹を見守りながら、鼎はマオの手をそっと握って微笑んだ。
「……うちにこんな素敵な家族をくれて、おおきに」
「ん? 俺は結婚式での約束を果たし続けてるだけだぞ?」
柔らかな手をしっかりと握り返し、マオは夫として、父親としての貫禄が窺える悠然とした笑みを浮かべる。
複雑な家庭環境で育ち、実の母とも確執があった鼎。
「うち分家やから本家さんと色々あって、普通の家庭は築けんと思うとったんよ。
でも、うちにはこの子らとマオはんが居る。
……せやから今、とても幸せどす 」
「俺も驚いてるよ。中国の貧民の子がこんな家庭を持てるなんてな」
マオの幼少期も、スラムで生き抜かなければならない厳しいものだった。
悪いこともしたし、大切な友や兄弟も失ったし、能力者としても死線を潜り抜けてきた。
「いつか野垂れ死ぬと思ってた。でも、今はお前の隣が俺の居場所だ」
「マオはん……」
鼎は胸がいっぱいだった。
いつの間にか、はしゃいでいた子供達も二人の傍に寄り添っている。
マオは子供達の頭を抱き寄せ、鼎に肩を寄せた。
「まだまだ幸せになって貰うぜ。この子達も、お前もな」
●2024年の同窓会
――7月20日。
銀誓館学園に、彼らは集まった。
「先輩、待ってたよ!」
「小春君、お久し振りです!」
校門で大きく手を振っている小春に、マヒロは笑顔で駆け寄る。
その様子をにこにこしながら歩いてくる撫子の姿もあった。
「ヒロ先輩はお仕事でちょっと遅れて来るそうですよ〜」
「それじゃ、先に中に入ってましょう」
そう言って、小春はマヒロ達を今日の会場へと案内していく。
今も明るく天真爛漫な雰囲気はそのままの小春だけれど、2019年に結婚してから翌年には長女、22年には長男が誕生してもう二児の父だ。
会場に入ると、既に集まっていた仲間達との再会を喜び合い、近況や思い出話に花を咲かせる。
「わぁ、可愛い! 小春君の娘さん?」
「えへへ……」
マヒロ達にちょこんとお辞儀をする娘の様子に、小春は目尻を下げた。
可愛い子供達に大切な妻、大好きな家族を思うと、忙しない日々も頑張れる。
「時間はとっても早く過ぎていきますけど、最近どうです?」
小春の問いに、マヒロは笑った。
「毎日充実してますよ! 世界結界はなくなってしまったし、相変わらずあっちこっち飛び回ってますが……ゆっくり羽休め出来る場所も、今はありますしね」
「私も子供達に囲まれて、穏やかな日々を過ごしておりますわ」
育児休暇中の撫子は、子供との触れ合いを大切にしながらも、銀誓館の職員に復帰する日も楽しみにしているようだ。
「小春君はどうです?」
皆が近況を伝え合う中で、マヒロは彼にも話を振る。
「僕はそれなりに……ううん、すっごく幸せに暮らせてますよ!」
小春は傍らの娘の頭を撫でながら、満面の笑みで答えた。
「っと、そろそろ記念写真の準備もしないと……」
娘を抱っこしながら機材を取りに小春が立ったところに、会場の入り口に新たな人影が現れた。
入り口近くにいた面々の挨拶の声に気付いたマヒロは振り向いて、嬉しそうに笑った。
「あなたも来て下さったんですね! さぁ、こちらへ――」
駆け抜けていく時は一瞬のようで、振り返ると宝石のようにいつまでも輝き続けている。
その光が、『今』という時代を精一杯生きる、いつかの君に届きますように。
マスター:
雪月花
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参加者:28人
作成日:2012/12/19
得票数:
ハートフル12
せつない1
冒険結果:成功!
重傷者:
なし
死亡者:
なし
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