物語は、続いてく


       



<オープニング>


「私、漫画家になります!」
「「うん知ってる」」
 桃野・栞(乙女心は萌えに捧げました・bn0134)が二人の反応に思いっきり滑ってこけた。
「だって、栞さんが漫画家にならねだったら、何になるだ?」
「ほら、普通のOLとか、普通の主婦とか、普通の貴腐人とか……」
「んー、なんか『普通』ってのがピンと来ねだなぁ」
 島牧・こたん(やんちゃ忍びっ子・bn0275)がホットケーキをはぐはぐしながら首を傾げる。そんなー、とか割と大仰にショックを受けた様子で椅子から落ちる栞。まぁ見た目ほどダメージは負っていないだろう。
「まぁ、お前らは世界でも有数の実力を持つ能力者なわけであって……これから誰もが能力者になっていく中、普通ってわけにゃいかねえだろうな」
 冷蔵庫からジュースを取り出しながら、勇史が「俺もいつかはお前らの後輩だな」と笑みを浮かべて。
「ま、でも受験準備はしてるんだろ?」
「文学部志望です。真面目に授業さぼったりサークル活動したり恋愛したりしとかないと、漫画にリアリティ出ませんしね!」
「授業は出ろよ」
 思わずジト目でツッコミを入れる勇史。
「そう言う勇史さんは大丈夫なんですか?」
 ぽいっと勇史は一枚の紙を取り出した。
 某大学経済学部、A判定。
「うがあああああああ!」
 テーブルをばんばんする栞。にやりと笑う勇史。
 ちなみに実はヤマが当たっただけなので、今の所実は割とギリギリラインらしい。
「経済学部……勇史にい、社長にでもなるだか?」
 きょとんと首を傾げたこたんに、まさか、と勇史が首を振って。
「だが、将来的には能力者が集まるバーを開きたいと思っていてな。……イグニッションカードは世界結界崩壊後も使い続けるみたいだから、ノンアルコールカクテルが中心になりそうだが」
「あぁ、それで経済」
 栞がなるほどと頷く。調理師学校とは迷ったらしいのだが、二足のわらじで何とかなると踏んだと勇史は笑う。
「運命予報も、だんだん減っていくだろうし……ま、何かあったら頼むだろうけどな」
 しみじみと言った勇史に、こたんと栞が深刻な顔で頷いて。
「勇史さんのこと、私絶対に忘れませんから……」
「おら達、ずっと心の中で一緒だよ……」
「殺すな! なくなるのは運命予報だけだ、俺はなくならん!」
 思いっきりツッコミを入れた勇史に、てへぺろ、とこたんと栞は舌を出す。
「では、こたんさんはどうします? こたんさんはまだ高校1年ですけど……」
「んむー」
 はぐ、と大きな口を開けてホットケーキを食べきったこたんは、勇史におかわりを要求してから栞に振り向く。
「おらな、ここさ来ていろんなこといろんな人から教えてもらったから、これから能力者になるみんなに教え返してあげたいんだ」
 おお。
 まともだ。
「だったら、やっぱり大学に行って先生に……」
「だから高校卒業したら旅に出るよ!」
「「はい?」」
 目を点にした二人に、こたんはにぱっと笑顔を浮かべて。
「世界中で困ってるみんなさ助ける正義の忍者だよ!」
「……なる、ほど」
 一瞬驚いたが、それもまた必要な役目である。

「でも同窓会の時は戻ってきますよね?」
「ん! 日付決まったら連絡くれな!」
「ちゃんと海外でも通じる連絡手段作っとけよ」
 お互いの活動や活躍も知りたいだろうし、と三人は約束して。
「お前らも、教えてくれよ。同窓会の連絡も卒業式の祝いも、それに普段のお前らの様子も、教えて欲しいから、な」
 家庭科室から漂う甘い香りに誘われたのか、開いた扉の向こうの仲間に向けて勇史は笑って。
 差し出したカクテルは――大人の階段を昇る『シンデレラ』。
「聞かせてください、あなたの物語の、プロット」
「おら達、まだまだ未来ある若者だからな!」
 ――物語は、続いてく。

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参加者
土肥・水葉(魂のキッスをあなたに・b00190)
天見・日花(ソルカノン・b00210)
要・耕治(気骨稜稜の徒・b00625)
御厨・モニカ(真魔弾術士・b06381)
巽・誠一郎(柔らかい弾丸・b09486)
三笠・輪音(夕映比翼・b10867)
掛葉木・いちる(翔月六花・b17349)
足利・灯萌(奪ってもいいのよというか奪え・b32352)
稲垣・幻(ホワイトティーリーブス・b36617)
中茶屋・花子(クィーン矗フラワーチャイルド・b37343)
桃山・茄子(ナスじゃねーですよ・b39212)
紅・零(想いを力に思考を行動へ・b39910)
門丘・玄六(魄焔の武雷漢・b40739)
真神・智尋(此花咲耶姫・b41226)
佐々・ささら(双月周期の比翼流星・b46783)
冬木・誓護(曼珠沙華携えし渡し守・b47866)
七瀬・鏡華(古流武術継承候補者・b49180)
八重咲・凛々花(月夜に咲く桜花・b51904)
伊東・尚人(理の探求者・b52741)
秋月・那波(将来は伊東那波・b52976)
吹雪・瑞希(いつでもどこでも百合の迷い子・b53324)
新城・香澄(翠玉銀月・b54681)
浅神・鈴(秘水練武・b54869)
蒲生・灯雪(雪雅遊踏・b55309)
久留宮・沙希(紅の詠を紡ぐ者・b55661)
日永・かすみ(春風に君を感じて・b57103)
榛菜・織姫(勝利を照らす織女星・b57270)
朱桜・結華(白雪を知らぬ桜の精霊・b59637)
鈴鹿・小春(万彩の剣・b62229)
神薙・焔(ガトリングガンスリンガー・b62427)
有栖川・美津海(谷間に咲く一輪の白百合・b63023)
水原・風戯(禍福の風・b64135)
東雲・鋭角(濃緑玉髄・b64797)
乙・丶(アップセット・b65979)
国見・舞(真コミックマスターまいちゃん・b66712)
シーナ・ドルチェ(ネミの白魔女・b67352)
砂宮・佳乃都(朝焼けのねがい・b71138)
時渡・真夜依(見果てぬ夢のその先へ・b72995)
エリュシオネス・アンフィスバエナ(白にして暁光・b74146)
掛葉木・はたる(閃陽薔花・b75297)
湊月・灯也(穏やかに流れる碧風・b76628)
松永・小草(高校生真鋏角衆・b77892)
坂本・璃音(紅を奉る姫巫女・b77952)
夕凪・琥珀(ナンセンスコドン・b79282)
緋咲・小夜(三日月に舞う紅翼・b79554)
一二三四院・夢乃子(中学生書道使い・b80137)
東雲・鈴子(瞬く明星・b80370)
八幡・湊(小学生真ファンガスの巫女・b80450)
桜井・優樹(誰かの笑顔の為に・b80850)
一条・涼(ひたくだる水清らかに・b81384)
迦神・紅曜(紅ノ牙・b81415)
宿世・淡雪(春日の訪れ・b81824)
泉宮・夏姫(焦熱の瞳・b83796)
天河・蒼月(泡沫ノ蝶・b84028)
NPC:桃野・栞(乙女心は萌えに捧げました・bn0134)




<リプレイ>

●新たな日々の、始まり――2013年
「呆気無いと言うか、早過ぎると言うか」
 銀誓館学園の校舎へと振り返り、掛葉木・はたる(閃陽薔花・b75297)がそっと微笑む。その傍らでは、掛葉木・いちる(翔月六花・b17349)が同じように振り向いていて、やはり双子と思わず互いに納得する。
「私が此処へ来てもう3年が経ったんだわ。卒業式だから。……そういえば、いちとは初めて同じ場所での卒業式よね」
 ふとはたるがそう言って、そういえば、といちるが頷く。
「……俺は小6で編入したから最初から此処で卒業式だったっけ。それでも、あっという間だったな」
 いちるにとっては、6年と数か月。
 それでも、時の流れが早過ぎると思うのは、姉弟同じ。
「双子なのに18年目にして初なんて……面白いわ」
 ふわり、と風に二人の髪が揺れた。そして、手の中の花にも。
「……このテディベアにも、卒業生の花を……」
「……そっか。俺の狐ぐるみにも花がいるか」
 手の中に小さな重みを、そしてそれ以上の想い出の重みを乗せたぬいぐるみ達。
 少しの間だったけれど、大事な義弟で家族だった少年も。
 今頃新しい宇宙で日々を過ごしているはずの妹代わりだった少女も。
 今日、小学校を卒業したのだから。
 ――はるか遠くの宇宙へ、二人は思いを馳せる。

 式の間は厳粛に、けれど終わってからは友達やクラスメイトと目一杯はしゃいで。
 日永・かすみ(春風に君を感じて・b57103)の矢絣の着物の袖が、ひらひらと風に舞う。
 けれど。
「かすみ、泣きそうだよ?」
 友達に指摘されて、かすみは自分が寂しい顔をしていたことに気付く。
 宇宙に行ってしまった、あの子を思い出して。
「そりゃ、卒業式だもん。寂しくもなるよ」
 けれど一般人の友人にはそう言って、二次会を約束しながら校門へと歩き出す。
 ――――卒業、おめでとっ!
 聞こえた気がした声に振り向くと――やっぱり、金髪のあの子はいないけど。
 未来に向かって、歩き出す。
 楽しかったことも、嬉しかったことも、苦しかったことも、痛かったことも。
 ありがとう、銀誓館学園。

「栞も文学部に進学だそうだな」
「淡雪さんもですか?」
 ああ、と宿世・淡雪(春日の訪れ・b81824)は頷いて、「推薦入試に受かってな」と文学部に進む事を告げる。
「互いに励んでいこう」
「ええ。なんだかんだ言っても、新しい事学ぶのは楽しいことですしね」
 そう言って頷き合った所で、栞の背中にぬくもりと重みがとす、とかかる。
「しーおーりーん……卒業、おめでとう……」
 プレゼント、と差し出された雑誌には、新年から始まった和風のSF漫画。ホラーやお色気も、存分に盛り込んでいると噂で。
「なんというか、若干掲載誌の割にはストーリーもお色気シーンも大人向けな気がしますけど……話の流れとかキャラは好きですよ。この前の明らかに脇役の眼鏡マッチョ執事とかもう一回登場しませんかね」
「うん、描いてるのボク」
「そんなこっちゃないかと思ったんですよやーもー!」
 ぺしん、と花束が足利・灯萌(奪ってもいいのよというか奪え・b32352)の頭に当たりそうになって、ぽむ、と手で受け止めた。
「……あんまし暴力的だと……栞んのエロとか描くぞ……」
 むむ、と頬を膨らませた灯萌は、「せっかくの……制服だし」とニィと笑ってみせる。「風紀委員さーんこの人でーす」と言いかける栞の口はすかさず塞ぐ。
「……結局、灯萌さんは私より先に漫画家の夢を叶えちゃったわけですね」
 少しさみしそうに言ってから、負けてられません、と栞は笑って。
「ん……ま、一話完結で長編は描き下ろしでいろいろ……描いて……情報公開もあるから……能力者の漫画とかも、描きたいものは、全部描く……よ……」
 つられたように笑いながら、灯萌が考えるのは己の余命。
 ――あと何作、描けるだろうか。
 仲睦まじき光景に頬を緩めていた淡雪が、ゆっくりと校舎を振り返る。
「二年にも満たぬ、学び舎での暮らし。だがこれまでの生と大差ない……いや、それ以上に濃密な時間だった」
 そっと、目を閉じる。思い出すのは、学園に入ったきっかけ。そこでできた仲間達。思い出。
「哀しむことはない。能力者としてこれからも世話になる場所なのだから……だから涙よ、もういいだろう?」
 そっと、両手で顔を覆う。自分で制御できない感情に、つられたように栞と灯萌もそっと空を見上げた。

「大学には、行かないんだな」
「ええ、姉の活動のマネージャー業に入ります。プロダンサーですからね」
 クラスメイトだった勇史に、連絡先を交換しようと持ちかければもちろんと彼は頷いて。
「――あと何年、こうして連絡先を聞かれたら携帯電話を取り出す習慣は続くんだろうな」
 それは、遠回しに世界結界の崩壊を示唆した言葉。
 少しさみしげに言った勇史に、真神・智尋(此花咲耶姫・b41226)が提案したのは手紙であった。これなら、世界情勢の混乱さえ制御できれば、きっとまた手紙が届く。
「時々、手紙を交換しませんか」
「ああ、いいな。お互い、何をしてるかわかるもんな」
 約束と共に、見上げた空はどこまでも蒼い。

「ご卒業おめでとうございます!」
「あ……ありがとうございます……!」
 東雲・鈴子(瞬く明星・b80370)が差し出した花束を、一条・涼(ひたくだる水清らかに・b81384)は面映ゆげに受け取る。
「あの……それで、お話って?」
 卒業式の終わった後。そのタイミングでの涼からの呼び出しに、鈴子はそっと大好きな先輩の顔を見上げる。
「すみません、急に呼びつけてしまって」
 ちょっと困ったように微笑んでから、涼は大丈夫ですと首を振る鈴子に、そっと口を開いて。
「あの、僕、受かりました。第一志望の日本語専攻」
 そう告げた瞬間、ぱっと鈴子の表情が輝く。
「良かった! 合格おめでとうございます!」
 己も心から喜んでの、鈴子の祝いの言葉に礼を言ってから、少し言葉を選びながらも涼は決意を決め、一言ずつ告げる。
「……それで、大学、西の方なので、移らなきゃいけないんですよね、下宿」
 ぱちりと何度か瞬きした後で、言葉の意味を理解し、思わず鈴子の顔から笑みが消える。
「……え? ……そう……なんですか……」
 今までのように、毎日のように顔を見て、話すことが出来ない。
 思わず目を伏せる鈴子に、慌てて涼は言葉を添える。
「会えなくなる訳じゃないし、本当にそれだけなんですけれど」
 そう言ってから、涼は少し考え――素直に、今の気持ちを言葉に乗せた。
「どうしてかな。東雲さんには言わなきゃいけない気がして……そんな顔されたら、苦しいな」
 その言葉に、鈴子はぎゅっと拳を握る。
 悲しくて、けれどどこか嬉しくて、涙が零れそうで。
「いえ……話して頂いて、ありがとうございます。そうですよね、これっきりって訳じゃないですものね……」
 そう言って、鈴子は涙の溜まった目を涼へと向ける。
「あのっ、お手紙……書きますから! 頑張ってくださいね!」
「はい。手紙も出しますし、休みにはなるべく本屋にも帰ってきます……約束です」
 約束、の言葉をきっかけに、鈴子の涙腺は決壊した。
 ぽたり、ぽたりと落ちる涙が、頬を、制服を、石畳を濡らしていく。
「……ごめんなさい。いい事なのに、何だか……急に涙が出てきちゃって……ええ、お待ちしてますから」
 約束、と繰り返して、鈴子はぎゅ、と涙を拭いて。
 そして、今じゃなければ言えないと、心を決めた。
「あの……ご迷惑かもしれないけど、聞いて貰えませんか?」
 ――伝えると、決めたのだから。
 涼が頷いたのを確かめて、鈴子は静かに口を開く。
「ずっと直接伝える勇気が出せなかったけど、今言わなかったら、このまま言えなくなっちゃいそうな気がして……」
 大きく息を吐く。
 吸う。
 そして、ぎゅっと胸の前で拳を握って告げる。
「私……私っ……貴方が好きですっ……!」
「……え?」
 驚いた様子で、涼が目を見張る。
 二人の視線が絡み合い、時が止まったようにすら感じる。
 ようやくのことで瞬き一つ、心臓は跳ねたままだけどとりあえず心を落ち着かせ、涼は笑顔を浮かべる。
「……ありがとう」
 それは、自分が好きだと言ってくれる少女への素直な気持ち。
「……その、異性として好き……っていう気持ちがどんなものか、僕にはまだよく分からないんですけど……」
 その言葉に、鈴子は「さっきから私、涼さんを困らせてばっかりですね」とちょっと寂しげに笑う。
 その様子に目を奪われたから、正直に涼は伝えて。
「それでも、あなたが唯の友達以上に大切な人だっていう気持ちは確かにあります」
 うん、と鈴子が頷いた。
 そして、今度は寂しさと一緒ではない微笑みと共に口を開く。
「……もし良かったら……これからも貴方を、好きでいていいですか……?」
「良いですか、なんて聞かないで。僕なんかのこと、そんな風に思って頂けるだけで……本当に有難くて、幸せですから」
 こくり、こくりと頷きを返す鈴子の瞳から、雫がいくつも零れる。慌てて涼が差し出したハンカチを、涙と共に、けれど嬉しそうに受け取って。
「また泣いてしまってごめんなさい。貴方の言葉が、とても嬉しいんです」
 二つの影を、暖かく春になりかけた日差しが照らす。

 そして、幾か月かの時を数えた頃。
 下宿で差出人に『東雲・鈴子』と書かれた封筒を受け取り、涼は顔を綻ばせる。
 早速自室に帰って開いた手紙の優しい言葉が無性に懐かしくて、胸の奥が何だか疼く。
「返事……何書こうか」
 住む町のこと。
 勉強のこと。
 大学で籍を置くことになった多言語楽団のこと。
 聞きたいことだってたくさんある。そちらの様子は、学園の行事は、本屋『雨の雫』の調子は?
 和柄の便箋に細やかに書いても、想いも文字も溢れてとても足りないくらい。
 でも、最後に必ずこれだけは――そう思い、涼は微笑みと共に文を綴る。
「八月、夏休みには、きっと鎌倉に帰ります。
 会いに、行きます」

 時は少しだけ遡り、卒業式を終え新入生が入ってくる頃。
「わー、ししょ……もとい、日花ちゃ……しまった、えっと……」
 職員室での新任教師の紹介に、見知った顔を見つけた三笠・輪音(夕映比翼・b10867)は思わず声を上げてから、ついつい普段の口調で話してしまってあわわと慌てる。
 その新任教師であるところの天見・日花(ソルカノン・b00210)は、いつも通りに姉御と呼ぼうとした口を、周囲の教師達の視線を感じて慌てて閉じた。
(「人が先に間違えると心の余裕が生まれますな」)
 期せずして輪音は、どうやら新人教師の後輩を最初の失態から救ったようである。
 ふふ、と教師達の間に笑いの輪が広がる。まだまだ彼らの指導を受ける可愛い後輩の慌てぶりが微笑ましく、それに今年から後輩を迎えるようになった第一期卒業生教師達のちょっとしたドジとしては各キャンパスで頻発する事態でもあった。
「色々教えてくださいね、三笠センセイ」
 そんな先輩のおかげで何とか大人の対応で乗り切った日花であったが、高校時代に教わったり会ったりした先生がくすくす笑っている辺り、もう手遅れかもしれない。
「天見先生……か。何とも慣れなくて呼びづらいけど」
 自分が呼び間違えている間に涼しげに「三笠先生」と呼ばれた事に、(「こういうところは流石だわ師匠」)と心の中で感心する輪音。
 ――日花の葛藤は、当の本人にはわからない。
 なんだか長く感じた職員会議が終わって、それぞれクラスの朝礼に向かいながら輪音がちょっと考えてから笑顔で口を開く。
「えーと。一応先輩、になるので……わからないことがあったら聞いてね」
 一応先輩教師として、教えられることがあれば、と。
「主に膨大なテスト採点を効率よくさばくコツとか」
「うん……学生時代とは色々違うだろうし、主にテストの採点大変そうだったし」
 それでは、と日花は表情を改めて、最初の質問を口にする。
「あ、じゃあまずはキャンパス周辺の捕食ポイントを」
「……それは教師スキル関係ないでしょ、むしろ詳しいでしょ」
 真白燐蟲使い×真土蜘蛛の巫女の先輩に、本業カースブレイドの後輩は「……スミマセン冗談です」と頭をかいた。

 同じ教師となった者の中に、紅・零(想いを力に思考を行動へ・b39910)も様々な決意を込めて存在していた。
 教師としてのノウハウをすべて覚え、新人能力者には同じ能力者教師でなければ教える事の出来ない戦闘技術をしっかりと教え込む姿に、先輩教師達の信頼も厚い。
 その一方で、「戦うだけが能力者の仕事ではない。恋愛も大事な事である」と語る零は、生徒達の間でも話がわかり信頼できる教師と徐々に噂が広まりつつある――リア充爆発を信条とする者達の中では、第一目標(ただしパイ投げ)に設定されたりもしたけれど。
 もちろんゴースト退治もこなしている。教師生活と能力者生活、両方によって平和な日常を守るため。
 ――そして零は、一つの冊子を銀誓館の図書館に寄贈する。
 それは、今までに起こった戦いをまとめたもの。
「歴史は繰り返すと聞きます、対処策は教え込み後輩に任せよう」
 未来を創るのは、彼らでもあるのだから。

 大学に進んだ淡雪の心には、迷いが生じていた。
(「私には、栞たちのような明確な目標がない。ゴーストと戦うのではない、夢と呼べるものが」)
 それが、彼女の悩みであった。大学生活に慣れてきたからこその、未来を見つめる眼差しが、今、迷っている。
 気が付けば、銀誓館に足を運んでいた。
 日曜の銀誓館は普段に比べればずっと静かだけれど、グラウンドや体育館で活動する運動部は賑やかな声を上げ活気が感じられる。
 ふと淡雪が通りかかったのは、その中でも小さな武道場。
「ん、薙刀部……?」
 己の得物を使う者達の姿に、ふと引き寄せられて淡雪は道場に足を踏み入れる。
(「どれ……未熟だな」)
 ゴーストを倒すために鍛え上げられた淡雪の目には、それはひどく実用性を欠いた動きに見えて。
「そこのお前、貸してみろ」
「え……? あの、先輩、ですか?」
 戸惑いの声を上げる少女に、「私のことはいい」と首を振って彼女は叱るように口を開く。
「なんだ今の薙ぎは。そんな動きで敵を仕留められると……」
「あ、えっと、これ、組手の練習じゃないんです」
 にこりと少女は笑って、「演武の練習なんです」と淡雪の目をきらきら輝く瞳で見つめて告げる。
「……演武? なんだそれは」
 淡雪の前に、新たな未来が開かれようとしていた。

 そして、既に新たなる道を切り開いている少女が一人。
「きゃ〜ん♪ そんなのまいちゃん言えな〜い♪」
 国見・舞(真コミックマスターまいちゃん・b66712)がカメラの前で、ほっぺたを押さえていやんいやんポーズ。
 台本に書いてある台詞を、舞なりに理解して一番いいリアクションがもらえるように工夫していく。活動が認められ、テレビに出られるようになった舞の、トップアイドルへの道の第……何歩目か。
 まだ、単独の出番はないひな壇タレントだけれど。
(「もう少しでメジャー初シングル発売だから〜、きっともっと露出が増えると思うの〜♪」)
 歌って踊ってマンガも描けるアキバ系アイドルへの道を、舞は懸命に邁進していく。

 そして、遠く離れた地で。
「ここ、ですね。世界結界が出来て直後、ファンガスと人が争った場所は」
 古き戦場、そして今新たな戦場となるそこに、稲垣・幻(ホワイトティーリーブス・b36617)は立っていた。
 その戦場に残る残留思念。負の遺産と言えるそれを昇華することが、自分達の役目と信じて。
「始まりの共生者、柄鎖さんの為にも」
 モーラットのミージュの頭を一撫ですれば、もきゅ、と気合の入った声が返ってくる。 その様子に、そっと安堵と決意の微笑みを浮かべて。
「今回は大変だけど、絶対に成功させるよ」
 見上げた戦場に、詠唱銀が舞う。
 そして、戦いは――始まる。

 便箋にペンを走らせながら、ほう、と鈴子はため息をついた。
 本屋の皆のこと、学園のこと、鎌倉の秋のこと。そして自分のこと、本格的に始めた除霊建築学の勉強のこと。
 書きたいことがありすぎて、上手くまとめられないのがもどかしくて。
 ――夏休みの、愛する人との逢瀬。あれからまだ何カ月も経っていないのに、何年も会っていないような気がしてしまう。
 だから、また。会いたいと伝えよう。
「またお帰りになる日を楽しみにしています」
 そう結んだ便箋をそっと封筒に納め、そっと祈るように目を閉じてから、鈴子はゆっくりと封をした。

●何かが、生まれる日々――2014年
「中学を卒業した時は卒業したって、あまり実感が湧かなかったんだよね。僕が銀誓館に来たのは中学3年の冬だったから、すぐ卒業だったし」
 三年と少し通った学び舎を、その中でも今年一年通ったキャンパスを仰ぎ、緋咲・小夜(三日月に舞う紅翼・b79554)は卒業証書の筒を手にほっと溜息をつく。
「でも今回はああ、卒業しちゃうんだなって思って。きっとたくさんの思い出があったからなのかな」
 卒業の証と共に抱き締めるのは、たくさんの思い出。そして、一つの夢。
 ――できたら、作家になりたいと思うんだ。
 そう彼女がある人に語ったのは、もう卒業も間近だった頃。
「大学に行くのは、いろいろ学んで、作品に生かせるようにしたいからかな。もちろん、能力者の仕事は続けていくつもり」
 だからこれからも所属する学園に、けれど一つの区切りがつくのは確か。
 もう一度、小夜は校舎を見上げた。

 幾人かの女子生徒に囲まれていたエリュシオネス・アンフィスバエナ(白にして暁光・b74146)は、一言断って輪の中から抜け出した。
「わざわざお出迎えありがとうございます」
 ふわり、と清楚なセーラー服と黒髪が、春の風に揺れる。校門で待っていた泉宮・夏姫(焦熱の瞳・b83796)が、つられたように微笑んだ。
「卒業おめでとう、これからもよろしく。かな」
 そう笑みを浮かべて告げた夏姫に、エリュシオネスはゆっくりと頷いて。
「学園にはたくさん思い出が出来ましたわ……」
 懐かしげに呟いてから、何事か夏姫の耳元で囁くと。
「ま、前の事は仕方ないだろ……そういう習慣がなかったから……」
 慌てた様子で夏姫が言い募り、さっと頬に朱を走らせる。
 そんな彼女にお構いなく――実際は視線の端にそんな可愛い様子をしかと収めているのだけど――エリュシオネスは、夕食のリクエスト。
「今日のメニュー……う、うんやってみるよ……」
 のんびりと、二人で並んで歩く。普段は従者に頼むのだけれど、たまには一緒に買いに出かけるのも悪くないとエリュシオネスは思うのである。
「こうやってのんびり2人で歩くのは久しぶりかな。数少ない機会だから、大事にしないと」
 これから何回あるか分からないから、と本当に大切そうに言う夏姫を、エリュシオネスは愛しげに見つめて。
「あ、そうだ。これを渡そうと思ったんだ」
「何ですの?」
 尋ねるエリュシオネスに、そっと夏姫が懐から取り出したのは扇子。――詠唱兵器の。
「私にはもう必要のないものだから、持つべき人が持った方が良いと思う」
 美しい扇子をじっと見つめ、エリュシオネスはゆっくりと頷いた。
「卒業祝いにしてはいい物ですわね、ありがたく受け取りますわ」
 彼女が浮かべた微笑みを映したかのように、夏姫も笑顔を浮かべる。
「大事なものだけど、エリスが持っている方がきっと役に立つ。ちょっと古いけど、装飾は綺麗だから似合う気がするし」
「ええ」
 短い言葉に、けれどよっぽど大事なものだとわかっているから。
 丁重に、けれどよく使おうと――エリュシオネスは、そっと扇をカードへと納める。
 卒業しても彼女達の歩みは、少し違いながらも隣り合った道を続いていく。

 ――けれど、卒業を機にずっと変わってしまった少女もいる。
 恋人と共に歩むことを考えて進んだ、関西の大学の独文科だったのだけれど。
 学園の貴種ヴァンパイア達からの報告、英国の探偵達からの調査結果、さらには更生中の自称第三帝国の変態達からの手紙とラブレター、そのどれにも収穫がなかったことに、八重咲・凛々花(月夜に咲く桜花・b51904)は長い溜息をつく。
 ――卒業式の前、恋人からの別れの手紙が届いたのは、突然だった。納得など、できない……できるわけがない。
「帰ってくるって約束したやん。なにが『ゴメン』や」
 そっと、凛々花は手紙を畳む。手がかりを求めた結果虚しく終わった残骸だけは、もう引き出しを一杯にするほどになった。
「一度直に会わんと納得できんわ」
 もう一度、ドイツに行こう。
 そう決めて、彼女は長いこと天井の一点を睨んだまま、唇を噛み締めていた。
 ――彼女が恋人への想いを吹っ切るまでには、あと数年の歳月が必要であった。

 そして、それと同じ頃。
 やはり卒業直後の、一人の女性が進路を決めた。
 やりたい事がボンヤリとですが見えました、と、今年卒業を迎えた時渡・真夜依(見果てぬ夢のその先へ・b72995)は頷く。
 それは、競馬に関わりたいということ。もちろん、銀誓館学園で必要とされる戦闘や作戦には従事しつつ。
 厳格に己を育てた祖父は、競馬が大好きだった。だから――真夜依の頭の中には、往年の名馬達がしっかりと焼き付いている。
 たとえ、見た事すらなくても。
「それほど祖父の語りは迫真でした。――そういう、文が書けたら」
 私は口下手ですが、幸い文章はそうでない様子です、と真夜依は微笑む。
 ――彼女の挑戦は、ここから始まる。

 夏休みの宿題を片付けようと図書館に向かう湊月・灯也(穏やかに流れる碧風・b76628)は、高校二年生になっていた。
 将来についてそろそろ真面目に考えなければ、と思うけれど、まだ何がやりたいのかわからない――歴史という分野には、興味があるけれど、まだ道を決めるには至らない。
 そして……そんなことを考えながら歩いていたら、どうやら地理的な意味でも道に迷ってしまったようで。
「……あれ? ここ、どこだろう?」
 考え事をしているうちにまた道に迷ったのかな、と灯也は首を傾げて。
「……さすがにこの癖は直した方がいいよね」
 ともあれ、まずは正しい道に復帰すべく、灯也は頭を切り替えて歩き出す。

 同棲、ではなく共同生活、だそうである。
 伊東・尚人(理の探求者・b52741)曰く。秋月・那波(将来は伊東那波・b52976)に言わせれば、尚人の住まいに転がり込んでの同棲生活との事なのだが。
 未来の子育てに役立てるため教育学部に入学し、同居し、外堀を埋められつつあるがまだ尚人は陥落しない。
「お前何か企んでるだろう。ばればれだ」
「えー」
 なかなか陥落しない。
 那波が策を尽くし陰謀を企て既成事実を作ろうとしているのだが、陥落しない。
「できちゃった結婚だけは絶対に嫌だ! 結婚は社会に出て生活が安定してからだ!」
 尚人のもう数十度目……もしかしたら百を超えたかもしれない叫びに、那波はえー、と頬を膨らませて。
「思い立ったが吉日とよく言うじゃない」
 ――だけど、何だかんだで今が幸せだ。
「でもまっいいか」
 そして甘えモードになって普通にすり寄ってくる那波を受け止めながら……お互いの大切さを、役割分担を再認識できるこの生活はこれはこれで良いものだと、尚人も考えるのである。
 ……言ったら押し倒されるから言わないけど。

 いつもの通りボランティアに訪れた八幡・湊(小学生真ファンガスの巫女・b80450)と桜井・優樹(誰かの笑顔の為に・b80850)の目にも、能力に目覚めた子ども達の姿はよく見受けられるようになっていた。
「喧嘩しちゃめっ。怪我したら痛いんだよ?」
「こら、人に向かって力を使ったら駄目だよ。お兄さんとの約束だよ」
 はーい、と返事をする子ども達の何人かは、もう能力に目覚めている。まだ、一般人と喧嘩しても違いが目立つほどではないけれど――小学生になる頃には、銀誓館学園への案内書が届くだろう。
「湊ちゃんまたこの子達癒してあげてもらってもいいかな」
「うん! あは〜きのこさん治したげて?」
 痛いの痛いのとんでけ〜♪ と元気に飛ばしたファンガスに、「湊ちゃんすごい!」と子ども達から声が上がる。怪我した子も能力者で、あっという間に傷は塞がって。
「いつもありがとう」
「ど〜いたしまして!」
 胸を張る湊に、「湊ちゃんおねーちゃんみたい!」と手を叩く子ども達。
「ふふ〜5年生だからお姉さんだよ!」
「あはは、さすがお姉さんだね」
 両手を上げてはしゃぐ姿は、ちょっと幼くも見えるけど、それは立派な能力者の姿で。
 その傍らではケルベロスオメガのハガネが、思いっきりじゃれ付かれている。
「ってああ……ハガネが揉みくちゃに……」
 ぐるぐると唸ってじゃれ返すハガネ。背中の刃で人を傷つけぬよう、手加減を知らない子ども達に、彼なりにとても気を使っているのだ。
「ハガネちゃんもみんなと仲良しだね〜♪ 怖いゴーストさんばかりじゃないってみんながわかってくれると嬉しいね」
 ね〜、きのこさん? と楽しげにファンガスをつつく湊の言葉に、優樹はそっと頷いて。
「こうやってゴーストと一緒に歩める世界を……」
 きっとその時は、もうすぐ手の届く場所に近づいている。もしかしたら、もう――。

●戦い、日常、平穏、喧騒の日々――2015年
「こたんちゃーーん! 卒業、おめでとかなーーー!」
「佳乃都さんー! 卒業、おめでとうだよーー!」
 卒業証書の筒を手に駆け寄った二人が、ぎゅっと抱き合ったり手を取ってぴょんぴょん飛び跳ねたり、いえーいとハイタッチしてみたり。
 ようやく落ち着いて、校庭の隅のベンチで早春の風に吹かれながら二人は話し込む。
「やっぱりいろんなとこ回る旅出るの?」
 こくん、と砂宮・佳乃都(朝焼けのねがい・b71138)の言葉に、こたんは笑顔で頷いて。
「うん。おら、銀誓館さ来れたのも、北海道の里から出てふらふらしてたからだしな。ゴースト退治してたら、銀誓館から報酬貰えるから、金に困んねしってのもあるだけど……」
「何だかあたしにはスケール大きすぎな話かな……」
 感心したように、佳乃都がため息を吐く。それには、別れの寂しさも込められていた。
「危ないこときっといっぱいだろけど……無理しちゃダメだよ? こたんちゃんもあたしも仮にも女の子なんだからっ」
 手を握って必死に言う佳乃都に、こたんは今度は真剣な顔で頷いて。
「ん。大丈夫、危ないと思ったら逃げるし……誰か、連れて逃げちゃうかもしれねだけど……」
 そんな照れ笑いに、こたんちゃんらしい、と佳乃都も思わずくすり。
「でも大丈夫、絶対何度も戻って来るだよ! 気の向くままに旅してたら、絶対戻って来たくなるから!」
 ぎゅ、と佳乃都の手を握り返して、こたんが笑う。佳乃都も、しっかりと頷いて笑う。
 校門の前まで、二人で手をつないで歩いて。
「今度会えたら、また一緒に遊ぼうね? あたし地元の大学行ってるから、いつでも来て欲しいな」
「ん! したら、またたっくさん遊ぼうな!」
 ぎゅ、と握手を交わして、二人の手が離れる。
「したっけ、またねっ!」
「おー! したっけなー!」
 大好きな友達との約束を胸に、二人は手を振ってそれぞれの道を走り出す。

 一二三四院・夢乃子(中学生書道使い・b80137)の願いどおり、空は綺麗に晴れ渡っていた。
「卒業おめでとうございます」
 そう涙を浮かべながら夢乃子が差し出した花束を受け取り、「ありがとうございます」と東雲・鋭角(濃緑玉髄・b64797)は嬉しそうにはにかんだ。
 夢乃子から大事な話があると聞き、朝ご飯も三杯しか喉を通らず卒業式の間ずっとお腹が鳴っていたけれど。
「会えなくなるのは寂しくなりますわ」
 そう言って涙の下から必死に笑顔を浮かべる夢乃子を見つめ、鋭角は決意を固める。
 男、東雲鋭角。気になるあの人から何を言われようとこの身でドンと受けようじゃありませんか!
 ――幸い、受け止め甲斐のあるお腹である。
「それで、その、鋭角様」
 懸命に己を見上げる瞳に、鋭角は真摯に頷いて。
「鋭角様さえお嫌でなければ、どうかこの私と真剣にお付き合いさせて頂きませ!」
 ぺこり、と頭を下げる少女を、鋭角は打って変わって唖然として見つめた。
(「真剣なお付き合い? この私と……?」)
 沈黙。
 さらに沈黙。
 小鳥の声が春らしさを感じさせる。
 そして、夢乃子が顔を上げると――。
「こ、これからも私の朝ご飯を作って頂けませんでしょうか!?」
 いきなり手を取られ、明らかにプロポーズな文面に夢乃子は目を白黒。けれど――受け入れてもらえたことに気付いて、その顔が花のように綻ぶ。
 ……幸せと美味しい朝ご飯のおかげで、さらに包容力を増す未来が見えた気がした。

 そして、卒業式から数か月。
「っ――!」
 要・耕治(気骨稜稜の徒・b00625)の手から蒼の魔弾が次々に発射される。戦闘開始時に描いたはずの魔方陣は、既に敵の力によって消し飛ばされていた。
 巨大な筈の拳は、けれど驚異的な精度で
(「この石巨人はゴーストなのか……それとも、忘却期以前の兵器なのか!?」)
 この場所がミステリースポットとしても著名な遺跡であることからは、どちらの推測も当たっていそうである。
 だが、このままでは遺跡の情報をブックメイカー達への手土産に、どころか、自分の首が石巨人の手土産になりかねない――追撃を覚悟で逃げるか、倒せる可能性に賭けて突っ込むか、一瞬心が迷う。
 けれど迷いは、命とり――!
 迫った拳が、けれどいつまでも衝撃を与えないので、耕治は咄嗟に顔を庇った腕を外す。
「……危ないとこだったな! おらに任せて……あ、耕治さん!」
 明らかにこたんだった。
 めっちゃこたんだった。
 緑色の忍者服に身を包んで覆面とかしてるけどこたんだった。
 あとなんか髪型がポニーテールになってた。
「この踊って殴れる獣忍仮面に任せるだよ!」
 あ、歌はそんなに得意じゃないのか、と耕治は理解しながら「前は頼んだ」と声を張り上げる。こたん――獣忍仮面が頷いてから勢いよく、ギターマシンガンに獣の力を宿して飛びかかっていく。
 ――やがて。
「わ、耕治さんなんかかえって悪いだよ! こんななまら豪華なご飯奢ってもらっちゃって……」
「命を救われたのだからね。当然だよ」
 目をきらきらさせるこたんに、耕治はそっと眼鏡を上げながら頷く。
「追加注文も構わないよ」
「わぁっ、耕治さん太っ腹だよ!」
 いただきますっ、と元気よく手を合わせたこたんの口に、結構な勢いでテーブルいっぱいの料理が消えて行く。もちろん遺跡探索を終えた耕治も結構お腹が減っているし、目的の情報も手に入れたとあれば食も進むし財布の紐もちょっとばかり緩いというものだ。
 ちょっとした近況や、今後の目標、それから面白かったこと、危なかったこと、嬉しかったこと。追加注文をしながら話したのは、他愛もないけれど大事な話。
「あー、食べた食べた! ごちそうさまでしただよ!」
「こちらこそ、楽しい話をありがとう。それに、助けてもらったのも、本当にありがとうね」
 そしてレストランを出た二人は、手を振ってまた別々の道へと歩き出す。
 ――またいつか、交わるかもしれない道を。

 イギリスの卒業式は、夏。
 それから手続きを終えたりすれば、もう秋の声が聞こえる頃だ。
 とある有名な大学を卒業した中茶屋・花子(クィーン矗フラワーチャイルド・b37343)は、大企業グループの会長である祖父の補佐として、世界各地を飛び回っていた。
 全世界規模での見聞を広め知識を吸収し、また対外交渉のスキルを身に付けたり、礼儀作法を完璧にしたり――目標は、一つ。
 人狼十騎士の頂点を取ること。厳しい戒律を持つ人狼騎士団に生まれた彼女にとっては、それは見果てぬ夢であり――今となっては、実現可能かもしれない夢。
 それに向けて、彼女は己への厳しさを身に着けていく。
「初めまして、クィーン☆フラワーチャイルド一世ですわ」
 初代から一世へ。その称号の変化が何を意味するのか――それは、彼女だけが知っている。

 多忙な日々と言えば、それをとっても楽しんでいる少女がもう一人。
「まいちゃん大ブレイク〜♪」
 初シングル以来ランキングは上位で、「秋葉原の似合う芸能人ランキング」やらその他の調査でも登場するくらい、舞は今アイドルとして栄華を極めつつあった。
「このままトップアイドル街道を進みたい〜って思うの〜♪ いろんな有名な人とも話せるようになったし〜、まいちゃんってば最高なの〜♪」
 今日はテレビ、それからロケ、ドラマの仕事に歌の仕事、大忙しだけど毎日が楽しくて仕方ない。
 ――もちろんこれが有名人作戦の一環で、世界を救うためだとは、彼女自身が一番よくわかっている。
「ここまでの地位を築けたから、きっといろんなことができると思うの〜♪」
 そして今日も、彼女はお茶の間の誰もを魅了し続ける。

 ――対照的に、静かで平凡な日常を送る者達もいる。
「……やばい、宿題忘れた」
 中学三年になった夕凪・琥珀(ナンセンスコドン・b79282)は、授業開始5分前になって慌てて隣の少女へと手を合わせる。
「文織、お願い宿題写させて、後でジュース奢るから!」
「あらまぁ! 一体、今月何度目だと思ってますの?」
「駄目?」
「…………クリームたっぷりのカフェオレ。ちゃんと、喫茶店で」
「高っ」
「じゃあ見せませーん」
 ぷい、とそっぽを向いてノートを隠す少女に、ごめんごめんちゃんと奢るから、と琥珀の声が響く。
 ――彼が持ち歩いているお守り袋の中には、柔らかい筆跡で『文織』と書かれた半紙が入っている。
 そして今共に学園生活を送るのは――『文織』という名の少女。
 誰にもお守りの中身については話していないから、彼女自身もその偶然は知らない。そして琥珀自身、魂の行先なんて分からないけれど――。
(「これもまた運命の糸……なのかもしれないな」)
 ちょっとしたことで微笑み合い、時には喧嘩しすぐ仲直りし、ちょっと素直じゃない少年と本好きだけどどこか活発な少女に、クラスメイト達の温かな目が注がれる。

 涼やかな夜、鳴り響いた携帯電話のコール音。急いで取った向こうから聞こえた声は、疲れてはいるがやや元気を取り戻したようで。
「もしもし? ……父さん。久しぶりだね。今大学の課題をやっていたところだよ」
 話がある、と言われて尋ね返した小夜は、父の提案の軽く目を見張る。
「今度帰ってくる時に一緒にどこか行かないかって?」
 そう繰り返した後、小夜はそっと微笑んだ。
「……いいよ。というか安心した。母さんが死んでから父さんは悲しみを紛らわせるように働いていたから、心配していたんだ」
 僕はそれを言う余裕も勇気もなかったけど、と小夜は目を瞬かせる。
 大学に進学したばかりの小夜にとっても、その父にとっても、母本人にとっても早すぎた死は、遺された二人を強い悲しみに包んでいた。けれど、少しずつ彼らは立ち直っていくだろう。
 この電話は、きっとその第一歩。
 娘の思いに気付けなくてすまなかった、と謝る父の声に、小夜は見えぬと知っていながらも首を振って。
「謝るくらいなら、今度帰ってくる時に……」
 次の言葉を言う前に、自然に頬に朱が走る。
 こんなに大きくなってから、その言葉を言うにはちょっとばかり勇気がいるけれど。
「思い切り甘えさせてね」
 けれど今は、父と子に戻っても構わないだろう。
 真っ赤になった頬のまま、小夜は父と語り続ける。その空に、美しい月がかかっていた。

 ――そして、その月について話しながら、月へと旅立つ決意を固める者もいる。
「始まりと終わりの丘――そこから旅立っていったんだね」
 歴代の月帝姫が眠る『始まりと終わりの丘』の話を月帝姫達から聞きながら、佐々・ささら(双月周期の比翼流星・b46783)は感慨に満ちた声で呟いた。
 月帝姫の始まりの場所。そして、未来の世界結界崩壊とともに彼らが目覚める場所。
 それは月帝姫の力を目覚めさせたささらにとっても他人事ではない。――将来は、移住したいとも思っているのだから。
「だから当面の開発は厳禁! って伝えておかないと」
 眠る先達に、迷惑をかける訳には行かないから。
 2022年、月面に行く計画が既に立てられている。その宇宙飛行士の一人として、ささらは研究と訓練に明け暮れる。
 ――いつかは、みんなと、いっしょに。

 そして、その月の光に照らされて。
「誰だっ!?」
 旅人の外套をまとい、人には気付かれぬ筈と油断した男の前に、躍り出るは水原・風戯(禍福の風・b64135)とサキュバスの綾。
 二人の薄青の髪が、月光に照らされ煌めく。
 さらに風のように澄んだ音を立て引き抜いた刃が、その戦場に輝きを乗せる。
 数では倍以上も多い犯罪能力者集団に、けれど風戯と綾の頬から笑みが消える事はない。
 ――大学を卒業した風戯は、以前銀誓館学園で世界結界形成に『反対した者』としての責任を果たすべく、ゴーストや犯罪能力者と戦う専業能力者の道を選んだ。
 凶悪で理性を持たないゴーストとの死闘。犯罪能力者の捕縛。マヨイガに保護されるべきリリスを迎えに行ったらバッチリ魅了されてあとで綾に締められるなどの数々の戦いを繰り返し、幾分表情は野性味を増したけれど、彼の根本を成す性格と綾への愛は変わらない。
「俺は水原風戯、こっちは綾。さて……」
 ばっちりのコンビネーションで、二人は左右へと跳ぶ。
「そんじゃ、いってみよーか!」

「北国は牧場がいっぱいありますからね」
 そう言って北海道の大学に進み獣医学を専攻し始めた桃山・茄子(ナスじゃねーですよ・b39212)は、牧場めぐりをしているうちに誘われた牧場で競走馬の育成に関わっていた。
 もちろん、大学は続けながらである。
「いやぁ、しかしいい馬体っすね。この仔は活躍したら注目されそうっすね」
 尾花栗毛の四白流星。毛並みも美しく立派な馬体をも持つ仔馬が牧場を駆け巡る様を眺める茄子の隣に、吹雪・瑞希(いつでもどこでも百合の迷い子・b53324)がちょこんと柵に座って頷く。
 勉強嫌いだった彼女が変わったのは去年のこと。別に好きになったわけではないけれど目標のために必死に頑張って、今は茄子がいる牧場で世話になりながら中学校に通っている。
「この仔なんか、如何にも織姫お姉ちゃんが好きそうな仔よね♪」
 その口から出た懐かしい名前に、茄子は頷き微笑んで。
「立派な競走馬に育ってくれるといいのです」
 そしてふと、かつての仲間達に思いを馳せる。
「そういえば皆はどうしているんでしょーね」
「そいえば、ちゆお姉ちゃんはデビューしたし、織姫お姉ちゃんは競馬学校に入学したのよね」
 ふわりと風が二人の髪と仔馬のたてがみを揺らす。北海道の夏は遅く短いけれど、草原を走る風は涼しく爽やかだ。
「みんな元気かしらねぇ……」
 細めた目の先に映る仔馬は――やがて、離れた仲間達を結ぶことになる。

●日々、夢は生まれゆく――2016年
 ――そして、また卒業の日が巡ってくる。
「この景色を見ながら学校に通うのも、今日が最後になるんだね」
 そっと、灯也は通学路の景色を写真に収めた。
 形にも、心にも、焼きつけることが出来るように。
 やがて辿り着いた銀誓館学園を前に、灯也はそっと少しだけ寂しげな、けれど懐かしげな視線を向け。
「それにしても、本当にいろんなことがあったな。突然この学校に行けと言われてびっくりしたけど、今はとてもありがたいと思える」
 かけがえのない時間が過ごせたからね、とそっと灯也はシャッターを切る。
 大学で歴史について勉強しようという事は決めている。それが一番したい事だったから。
「その後の事はまた考えていくよ」
 そう言って、銀誓館学園での学生生活に別れを告げるべく、灯也は卒業式会場へと歩を進める。

 ――そして、春。
 有栖川・美津海(谷間に咲く一輪の白百合・b63023)は、銀誓館学園に教師として戻り、古典を教えていた。
 大学在籍中に着付けや書道、そして教員の免許を取っており、授業の合間には希望した生徒に日本舞踊や日本画を教えていく中、興味を持つ女の子達を中心に、美津海を慕う生徒達の輪は広がって行く。
 新たなる能力者の育成や保護にも携わって力を入れており、美津海の日々は大忙しだ。
「私達の世代の理念は、次世代に受け継がれなければなりませんわ。この世界があり続ける限り」
 そう言いながら様々な活動を繰り広げ、忙しく駆け回る彼女に、いつしか付いた愛称は。
 奇しくもその称号と同じ――『白百合先生』。

 大学を卒業した巽・誠一郎(柔らかい弾丸・b09486)は、在学中から始めていたライターの道を本格的に志すと決めた。
 普段書いているのは歴史関係のもの。けれど、学生時代に結社で思う存分話した競馬関連の記事も、ペンネームを変えて執筆することがある。
 そして、今日も日高のサラブレッドセールの記事の、資料を揃えた所で。
「この馬って確か……」
 ふと目を止めたのは、馬体のいい栗毛尾花の四白流星。
 サラブレッドセールに出る、ということは、まだ誰の馬でもないということ。
「……よし、ちょっとみんなに連絡を取ってみようか」
 携帯電話の番号を押しながら、くすりと誠一郎は微笑む。
「うまく行けば壮大ないたずらが出来るかもしれないね」
 彼らの青春の一頁である競馬トークをできる場所を、支え続けてくれた、彼女への。

 その頃、蒲生・灯雪(雪雅遊踏・b55309)は世界を巡り歩いていた。
 各地の能力者を探して過去と未来を伝えるため、そして――己の種族である雪女のルーツを探すため。時にはゴースト退治も請け負い、着物の背で守った人と結晶輪で銀へと還したゴーストの数は随分と増えつつある。
 そして、ついに目的を達成した彼女は――外国で、誠一郎からの電話を受け取った。
 互いの近状報告をしばし楽しんだ後、本題に入った話に灯雪は目を輝かせる。
「ふむふむ、気になる馬が……で……了解した」
 上手く行けばとてつもなく面白くなりそうですな、と灯雪は笑う。
 こんな人が幸せになるような悪戯は、大好きだ。
「それに、わたしも持ってみたかったし。資金はこちらで何とかするから、手続きは頼んだ」
 そう胸を叩いて請け負って、鼻歌でも歌いそうな勢いで灯雪は電話を置く。
「さて、我の目的、ルーツ探しは……見つける事は出来たし」
 もうそろそろ日本に戻るか、と灯雪は安宿のベッドから立ち上がる。
 壮大な悪戯の仕掛け人は、その結果を見ることこそが喜びで――それだけではなく、彼女の帰りを待つ人も確かに存在するのだから。

「うん、うん……わかった。後は誠一郎君に任せたよ」
 土肥・水葉(魂のキッスをあなたに・b00190)はそう言って、そっと電話を切る。
(「いよいよかぁ……」)
 最初に胸の中に広がったのは、学生時代の思い出だった。そして、感慨深さがその上に重なっていく。
 みんなで競走馬を買おう。
 最初に言いだしたときは、経済面の問題で本当に実現できるとは思っていなかったけれど、どうにか間に合わせる事ができた。
 一口乗った学生時代の仲間達の顔が、頭に浮かび――そして顔は、いつの間にか微笑を形作る。
 ――やがて、手続きも全て終わった頃。
「あら、この仔の馬主さん、決まりましたのですね」
 注目していた仔馬の情報を、乙・丶(アップセット・b65979)は確認して安堵したように頷いた。
 競馬学校を無事に卒業し、まだ順調とはいかないまでも、騎手としての新たな生活へ彼女はもう一歩踏み出している。
「でも、この馬主さんのお名前……あっ!」
 思わず目を見張る。ふと思い当たったのは、自分の卒業と入れ替わるように、競馬学校に入学してきた『あの子』。
 そして、その悪戯好きな仲間達。
「……ふふ。この血統、あの子が好きそうですものね」
『本気』を表す名を持ち、早くから活躍しながら何度も傷に悩み六歳で悲願をようやく遂げた父を持ち、反対にデビューから一気に活躍を見せれど怪我で涙を呑んで早期に引退した祖父を持つ、美しい尾花栗毛。
 くすりと微笑んで、丶はかつての仲間達に連絡を取る。

「さあ、始めよう。騎手になるという夢を追い続け、その階段を登り始めた仲間へ、最高のプレゼントを渡す計画を!」
 水葉の言葉と共に、彼らの歯車は回り出す――彼女に、向かって。

 彼らの中心たる牝馬が生まれ育った北海道に、やはり道産子として帰ってきた者もいる。
 田舎道で、道路から一気に崖下に佳乃都が身を躍らせる。エアライダーたる彼女にとって、今でもエアライディングは大切な日課。
「練習大事だし、それに……」
 次の瞬間、崖下で響く悲鳴。
「こういうとき備えてねっ!」
 崖を蹴って声の方向に着地し、走り出す。
 そして、逃げようとして転んだ女の子に襲い掛かろうとする妖獣に――背後から、一撃!
「こっちだよ、避けられるか……なっ!」
 ジャンプして蹴り飛ばし、一回転して再び爪先をえぐり込むサマーソルト。
 一撃が重いヒグマの妖獣に対してあくまで軽やかに、ひらりと攻撃をよけながら蹴りを重ねて――やがて、妖獣は地面に倒れ伏し消えて行く。
「だいじょぶ? ケガないかな?」
 ぽかんと口を開けたまま壮絶で華麗な戦いに見入っていた少女は、慌てて首を振る。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございました!」
「ん、なんもだよ」
 にっこり笑って、佳乃都は少女を助け起こす。すごかったですね、と興奮したように思わず笑みを浮かべる少女に、佳乃都はすごいっしょ、今の、と頷いて。
「あなたもきっとできるよ?」
「……え?」
 驚いたように目を見張る少女も、普通の人が来ない崖下に現れるという事は、きっと能力者で――佳乃都と同じ、エアライダーの力を持つはず。
「だからさ……追いついてごらん?」
 佳乃都が差し出した手を、一瞬迷ってから、けれどしっかりと少女は握り返した。

 その頃、鎌倉の一角には小さな飯店が出来ていた。
 和洋中、大体のメニューが揃っており、また安価で大盛りのコースもあって、学校帰りの学生たちの間では話題の隠れ買い食いスポットである。
 そして――店主は、鎌倉近辺の能力者やゴーストの情報を持つ情報屋でもあり、銀誓館学園の者達が立ち寄ったりするため、売り上げは悪くない。
 なお、辛さは三段階で調整可能。通常・辛目・激辛の三種は、唐辛子とラー油の分量でそれぞれに調味され、幅広いニーズに対応する……が、裏メニューとして『食べたが最後、ゴーストでも耐えられない極辛』なるコースがあるとまことしやかに噂されているのだが――。
 尋ねられた朱桜・結華(白雪を知らぬ桜の精霊・b59637)はただ艶然と微笑むのみ、裏メニューの存在は今日も神秘のベールに包まれている。

●誓い、約束、そして日々探求――2017年
 桜の木の下では、小さな同窓会が開かれていた。
「思えば毎年此処で花見したよな。……小さくもかけがえのない大切な時間だったぜ」
 そう懐かしげに言い、桜の幹に掌を当ててから微笑んで。
「よう皆の衆、今年も綺麗に咲いてくれたな。元気だったか?」
 久しぶりの仲間達の成長ぶりに、門丘・玄六(魄焔の武雷漢・b40739)は嬉しげに目を細めた。
「時は巡ってもここの桜は変わらないですね……」
 落ちてくる桜の花びらを掌で受けて、新城・香澄(翠玉銀月・b54681)が玄六の傍らで皆に微笑む。
 決して普通ではなく、戦いや様々な出来事に彩られた、恐ろしいほどに濃密だった時間を思って。
「昔ほど会えなくなったけど……やっぱりこうして出会えるのは嬉しいね」
 皆変わったりもしている。でも変わっていない所もある、それが嬉しいと冬木・誓護(曼珠沙華携えし渡し守・b47866)はゆるりと微笑んで。
「うん、僕も久しぶりにみんなと会えて嬉しいな♪」
 天河・蒼月(泡沫ノ蝶・b84028)が頷けば、シーナ・ドルチェ(ネミの白魔女・b67352)がそれでは早速、と大きな包みを取り出した。
「ふふ、私の力作、三段の和風お重ですーっ!」
 見事な料理を詰めたお重に、わっと歓声が上がる。控えめに微笑んで香澄が取りだしたお弁当も覗き込み、「わ、香澄さんのも手が込んでて美味しそう♪」とシーナは瞳を輝かせて。
「わ。シーナさんのお弁当も香澄さんのお弁当も、すごいすごい!」
 蒼月が大きく目を見張り、思わず手を叩く。
「さ、賑やかに参りましょう〜!」
 さまざまに取りそろえたお弁当も飲み物も、思い出話や近況報告と共にいただけば尚更美味しくて。
「玄六さんは教師、香澄さんは司書さんですか、お似合いな……」
 そうにこにこと言ったシーナは、「何年か前からマンションで同居を始めたんだ」と言う玄六と傍らで微笑む香澄に「って同居!? オトナです……!」と真っ赤になって頬を押さえる。
「誓護は医者になったか! 未来の名医に乾杯!」
「ありがとう、玄六さん。名医かどうかは、わからないけれど」
 杯を掲げて満面の笑みを浮かべる玄六に、誓護が頷いて己の杯を合わせる。
 そして、シーナへと向き直って。
「シーナさんは樹木医を目指しているんだね」
「ええ、樹木医さん志望ですっ♪ 農学部の一年生になりましたっ」
 ちょっとはにかんだシーナは、けれど自らの進路を誇り胸を張って。
「僕も病院で研修医をしている。挫折しそうにもなるけど、皆との絆があるから頑張っているよ……形は違えど、同じ医師と言う立場だから……大変だけどもお互いに頑張ろう」
「はいっ、誓護さん大切な生命、守って行けるよう頑張りましょうねっ!」
 そう誓いを交わし合って、杯を合わせる二人。
「お医者さんに、植物のお医者さんかぁ……すごいね!」
 蒼月が感激したようににこっと笑って――少しだけ、その表情を苦笑いに変える。
「大切な命を助けるお仕事だもん。僕みたいにただ戦うより、ずっとずっと大変なお仕事だと思う」
 その言葉の意味に思い至って、誓護がふと蒼月に尋ねる。
「蒼月さんは今も戦い続けているのか」
「うん、大学に行きながらね。呪剣である孤蝶を持つ限り、戦わずには生きていけないけど……孤蝶を呪いから解放してあげられるまで、手放す気もないから」
 避けられない戦いを背負う役目を、母や皆の大切な日常を守るために。
「将来的にも、IMSの構築で能力者の警察みたいなものが出来たなら、そこに入りたいって思ってるんだ」
 誰かを救うために命を助けるのと、誰かを救うために戦うのと。
 蒼月は己の戦いを卑下してしまっているけれど、それはどちらも尊いことであると、誓護は思う。
「僕は今の日常を護るのに精一杯だけど……それが君がやりたいと願った事ことなら、応援しているよ」
 よき青空を、と誓護が微笑めば、蒼月が嬉しそうに頷く。
「うん、でも僕も僕の道を頑張るよ。ありがとう、誓護さん」
 そんな彼らの遣り取りを、和やかに香澄は楽しむ。その傍らで、豪快に杯を空け笑う玄六。
「樹木医とは優しさあふれるシーナらしい道だし、蒼月のヤツはすっかり能力者として立派になりやがって……アニキ冥利に尽きるってモンだが、いざってときは頼れよな?」
「アニキも! その時は頼らせてもらうね♪」
 嬉しそうに、蒼月が笑みを浮かべる。シーナも、誓護も。
「ん……今年の桜も綺麗」
 そう呟いて、シーナがそっと頭上に広がる桜の天井を見上げる。
「咲いては散るこの花は、私に時が移ろう残酷さを教えてくれた。でも同時に……散っては咲くこの花は、どれだけ時を経ても連綿と続く物がある事も教えてくれた」
 そしてその下で、大切な仲間との再会という小さな時間をくれる……本当に素敵な花、とシーナは微笑みを浮かべて。
 そっと、玄六が深呼吸をした、この桜の下で育んできた最も大切な絆に思いを馳せ――今日この場で、それをまた一つ強い絆へとする決意を。
「香澄」
 名前を呼ばれた香澄は、ゆっくりと顔を上げる。何かの予感があったかのように、桜を見上げて、大切な人の言葉を待つ。
 そっと、仲間達の期待に満ちた沈黙がその場を包む。
 もう一度ゆっくりと息を吐き、吸い、そして愛する人の手を取って、玄六は想いを告げる。
「どれ程月日が流れても、お前に寄り添っていて欲しい。……結婚しよう」
 その言葉に、香澄の胸に宿り、顔に満面の笑みを浮かべるのは、この上ない幸せと喜びの気持ち。
 絢爛と咲き誇る桜に負けないよう、その幸せを噛み締めて。
「はい。ついていきます……どこまでも」
 ゆっくりと、香澄は頷いた。緊張を浮かべていた玄六の顔も、一気に喜びの笑顔で一杯になる。
「……きゃー、ナマぷろぽーずですー!?」
「って、わ! アニキがプロポーズ!?」
 シーナが一気に耳まで真っ赤になって、わたわたと、でもすごく嬉しそう。驚いた顔で、けれど蒼月も思いっきり大好きな二人の婚約を祝福する。
「まさかプロポーズをみることになるとは……でも、うん、二人ともお幸せに、だね」
「おめでとう、香澄さん、アニキ!! お幸せにー♪」
 同窓会の宴は、婚約祝いの宴へと続いて。
 桜の花びらが、祝福するように降り注いだ。

 そして、銀誓館学園にも桜が咲く頃に高校入学を機として水泳部に入部した七瀬・鏡華(古流武術継承候補者・b49180)は、TRPG同好会にもやはり籍を置いて。
 スポーツ万能で勉強もできる彼女にとっては、忙しさも楽しさのうちだ。
 能力者の仕事と新米能力者の育成も、そんな彼女の忙しい日常の一つ。
「そこっ! 気合を入れないとダメだよ! あと自分の力を過信し過ぎない事! いいね!」
「わぁ鏡華さんが大人っぽいだよ!」
「こたんさん!?」
 新米能力者と共に依頼に出ていた鏡華が振り向くと、にこにこ笑いながらぼさぼさポニーテールのこたんが手を振った。
「ゴーストさ出るって聞いてきたけど……鏡華さん達は銀誓館からだべか?」
「うん! この子達はボクの後輩達ね、最近能力者に目覚める子も増えてるから……」
 先輩らしく胸を張る鏡華に、見とれるように女生徒達が目を輝かせる。漢らしいところがあるせいか、鏡華は女生徒達の人気の的だ。
「じゃ、一緒に行く?」
「ん、喜んでだよ!」
 転がるように駆け出そうとするこたんは、もう二十歳になるかならずかなのにまだまだやんちゃ忍びっ子な様子。
 けれど鏡華が「お休みにはマヨイガでドイツのヤドリギの村で、彼氏さんと会うんだ」と打ち明けると……こたんの瞳は女の子らしく、恋バナの気配に輝いた。

 その頃、零は四年務めた銀誓館学校の教職を辞し、世界へ能力者探しの旅に出る。
 探偵騎士達の力を借り、探すのは新たな能力者集団。
「平和で住み易い世にするには、力と秩序が必要ですからね」
 新たに見つけ出した組織と友好を結び、ゴーストに襲われる人がいれば救出し、その顛末を銀誓館学園へと連絡する。 
 旅の空にいるうちに自然とチームを組んだ気が合う仲間達と、気の向くままに新しい発見を目指して。
「世界結界がなくなりつつある今、新たな存在が目覚める可能性もありますからね」
 そして今日も、彼はふらりと新たな噂の根拠を求めて歩き出す。

 大学を卒業し、旅に出たのは彼女も同じ。
「……ああ、ここでもやっぱりか」
 ポルトガルの街の影に潜む、幾多のゴースト達を発見して浅神・鈴(秘水練武・b54869)のはナイフに手をかけた。
 世界結界の崩壊は進んでいる。その事実を、零とは反対側から鈴は実感する。
「皆も頑張ってくれてるんだろうけどここには手が回ってないのかな」
 世界の全てを回るには、銀誓館学園の人数は決して多いことはない。
 もちろん、新たな能力者も生まれ、その規模は年々うなぎのぼりに増してはいるのだけれど。
「まあ、これもお役目ってことで」
 愛用のナイフを、すらりと抜いて構える。
「さ、さくっと片付けてあげよう」
 発生したばかりのゴースト達の中に、一気に鈴は切り込んでいった。

 そして、初夏。
 ある意味で戦場となった部屋では、二人の漫画家が大きなイベントに向けて、原稿にせっせと手を入れる。
 本業の雑誌掲載もサボるわけにいかないのが、本職漫画家の苦しみだ。
「冬だけど……うちのサークル……栞んに託して、いい?」
 突然の灯萌の言葉に、夏に向けての原稿を描いていた栞はがばりと顔を上げた。
「……そんなに、やばいんですか?」
「少なくとも……冬は自殺行為ゆえ、致し方なし……」
 元々弱い灯萌の体は、大量の作品を生み出すのと引き換えに、どんどん弱りつつある。
 間近で見て来てそれを感じてはいたけれど、それを実感として見せつけられた栞は、ぎゅ、と唇を噛んだ。
 本当は合併したいけど作品のジャンルが違うから、と続ける灯萌に、長い溜息をついてから栞はゆっくりと灯萌に向き直る。
「今年は、まだ出せそうです?」
「ん……作品自体は」
「ならわかりました。あーでも申込用紙は自分で書いてください。出してくるのは私がやるんで」
「ん」
 表情を変えぬまま、原稿用紙にペンを走らせたまま頷いた灯萌は、何でもない事のように再び口を開く。
「あと……同居しない?」
「ほへ?」
 今度は栞は割と間抜けな声を出した。
「体調的に……周りに、誰かいた方が……安心……」
「…………ま、それはわかるんですけど」
 こうやって泊まり込みで原稿やってるとか既にほぼ同居ですけどねぇ、と栞は肩をすくめて。
「男連れ込みたいなら……無理にとは……」
「誰のせいで男いないと思ってるんですかー」
 あれ、何この流れ。
 灯萌がようやく顔を上げると、今度は栞が机に突っ伏したような状態で必死にペン入れしまくっていた。
 耳が微妙に赤い。
「……ベッドが一つとかはないので残ね……安心」
「灯萌さん今残念って言ったの聞こえてます」
 油断も隙もないですよねぇ、と栞はようやく顔を上げて。
「……お茶に、しましょうか」
「ん」
 一度ペンを置いて、二人はダイニングテーブルに席を移した。

「……いろんなことが、あったんですね」
 勇史が弟子入りしたバーで、彼と向かい合いながら智尋はそっと微笑む。
「もう、5年も経つわけだからな。智尋も、忙しいんだろう?」
 シェイカーから注いで差し出すのは、桂花陳酒にサクラリキュール、レモンジュースにシュガーシロップをシェイクした『花物語』。
 二十歳を超えた者達が、一時の憩いとして楽しめるようになった『アルコール入りの』カクテルだ。
 舞台の花たる姉を支える智尋も、やはり花であろう、と。
「ええ、姉が世界にも進出するようになったので、マネージャー業も忙しくて。日本に帰って来たのも久しぶりです」
 そっとグラスを傾け――ふと気づいて取り出した土産を勇史に渡し、久しぶりの休息と智尋は息をつく。
 ――能力者達を取り巻く環境は、少しずつ、あるいは大きく、けれどいずれにせよ確実に、変わっていく。

●輝く栄光の始まりの日々――2018年
 組合名『ミルキーウェイ』。それが、夢をいっぱいに込めた馬を所有する馬主の名。
「え? あの子が中央で走るんですか?」
 ゴースト退治を掛け持ちしながら、小さな記事やエッセイを競馬新聞や雑誌の隅っこに乗せてもらえるようになっていた真夜依は、それを知って目を丸くした。
「しかも騎手は――!?」
 連絡を受け、胸がドキドキして心が躍る。すてき! と叫んだ彼女は、「これは何をさておき取材……いえ、応援に行かなくては!」と早速横断幕の材料を買いに走り出す。
 そう、あの尾花栗毛の流星を持つ美しい牝馬は、ナイトメアクロスの名を冠し、地方のレースから必死に這い上がり――ついに、東京競馬場のレースに出走することになった。
 もちろん『ミルキーウェイ』は、『銀誓館Horse Park』の仲間達だ。
「やっぱり持つべきものは友っすよね。頑張って売り込んだ甲斐があったのです」
 ナイトメアクロスが生まれた時からその成長を見て来た茄子が、胸を張る。真夜依が夜なべして横断幕を作り、他の仲間達も眠れぬ夜を過ごして――ついに、やって来た当日である。
「育て主としてはどんな感じだい?」
 灯雪が瞳を輝かせ、尋ねる。そうっすね、と茄子がにやりと笑ってから。
「なかなか勝ち上がることはできないけれど、この仔は遅咲きで、一人前になるにはまだこれからの馬っすよ。ともあれ中央のレースで走る事になるとは感慨深いのです」
 競馬新聞の評価に、茄子は満足げである。――実際の所最低人気だが、ここから勝つのが面白いってものではないか。
 クロスナイトメアの子どもの頃のエピソードを灯雪が尋ねたことで、しばし主役の登場を待つ彼らは盛り上がる。幼い頃から牧場を駆け回って疲れを見せなかったとか、うっかり牧場内で迷子になって必死にみんなで探したとか、見つけた茄子の焦りの表情を見て怒られると思ったのか慌ててすり寄って来たとか、なかなか可愛らしいやんちゃぶりを茄子と瑞希が話せば皆の笑いは途切れる事がない。真夜依がこのエピソードはいいものが書けると、笑いながら一生懸命メモを取る。
 そこに水葉がパドックから戻ってきて、すごく調子もよさそうで落ち着いていると話す。気性は荒くはないそうなので、落ち着いているのは良い要素だろう。
「しかも騎手は……これも何かの縁でしょーかね」
 そっと茄子が顔を上げ、馬場に向き直れば。
「レースと騎手に関して無理を聞いてくれた調教師の先生には感謝だね」
 誠一郎がゆっくりと客席のシートに身を預ける。賞金500万以下の馬が集まる条件戦、まだまだ誰でも知っている有名なレースではないけれど、人々の集まるダービーデーとなれば、彼女達コンビの東京初挑戦としては最高の舞台となるだろう。
「それにしても、本当にここまで来ちゃったのねぇ……」
 瑞希が感慨深げに呟く。彼女は畜産科のある高校の二年生――中退して騎手課程を目指すか、卒業まで我慢するか、もうしばらく修行させてもらって厩務員過程を目指すか、今からでも獣医を目指すか……勉強なんて大嫌いだった瑞希も、そうやって自分の将来を真剣に考える一人の高校生へと成長していた。
 ――でも、今はそれはそれとして。
「ミルキーウェイとかクロスナイトメアとか、流石に私たちだって気づかれちゃっているかしら?」
 瑞希が思わず首を傾げる。
 ここまで来て正体がバレてしまうのは避けたいけれど、出来る限りの応援をしたいと水葉が提案したのは、ナイトメアクロスと彼女の応援幕。
「……でも、織姫ちゃん可愛いから、応援幕いっぱいなんだよね」
 客席を見回し、くすりと水葉は笑顔を浮かべる。
 ――でも彼女なら、もう可愛いだけではない事を見せてくれるはずだ。
「人気は無いけれど能力的には他の馬に引けはとらないはず。後は騎手が馬の力を引き出してあげるだけ……」
 織姫さん。君なら出来るはずだろ?
 信頼の視線は、ついに馬場に現れる一人の少女に注がれる。
「あ、やっと見えてきた」
 灯雪が額に手をかざして首を伸ばし、その少女の姿を目に焼き付ける。
 そこに、ずべ、と気の抜ける音。
 皆が振り向くと、慌てて起き上がっているぼさぼさポニーテールの女性がいた。
「連絡ありがとな! アルゼンチンから飛んできただけど……パドック間に合わなかったー!」
「「「こたん(ちゃん)!」」」
 へろんと開いている席に座り込んで笑顔を浮かべるこたんに「間に合ってよかった!」と一同は安堵して馬場へと視線を戻す。
「彼女ならこの馬と共に全力で走ってくれるさ。だから、思いっきり走ってくれ」
 皆の視線が、『彼女』と『彼女』に集まる。
 ――『彼女』がクロスナイトメアとして一つの舞台に臨むまでを、見て来たから。
 少し、もう一人の彼女――榛菜・織姫(勝利を照らす織女星・b57270)がこの舞台に挑むまでを、見てみよう。

 銀誓館の中等部を卒業し、競馬学校の騎手課程に入って3年。今年の3月3日に中京競馬場でデビューして……およそ3カ月。
「もうダメかも……」
 織姫の心は絶望に染まりかけていた。
 まだ勝利も飾っておらず、騎乗馬も減って。最初に越える壁が、はるか天空までそびえて居る様にすら思えて――そんな時に来たのが、一通の騎乗依頼であった。
 奇妙に唇の端を笑いを堪えるように吊り上げた、所属する厩舎の調教師から、「これは地方からの依頼なんだが」と受け取った競走馬データを見た瞬間、全てに惹き付けられたと織姫は思った。
 年に一番大事なダービーデーの府中(東京競馬場)での、ただ一鞍の騎乗。まるで自分の為のような血統の仔――その名は、クロスナイトメア。
 初の中央挑戦だというその馬の馬主が、何故自分を指名してくれたかはわからないけれど、織姫は全力で心を決める。
(「今はこの仔の為、私の出来る精一杯を……!」)
 ――調教師が後ろ手に握っていた手紙の主は、言うまでもないだろう。
 そう――それは織姫への、三年越しのサプライズ。
 壮大な悪戯が成就するかどうかは――主役の手に、託された。

 そして、舞台にはもう一人。
『先生、この仔すごく賢くて、乗り味もよくて……きっと走りますよ!』
 走り込みを終え、丶は興奮した声を上げ目を輝かせる。
 最初の出会いから数年、事情を聴いた丶は時間を見つけてはクロスナイトメアの調教を手伝って来た。
 ――こんないい馬になるのは、正直彼女にとっても予想外だった。
「これなら中央でも……地方からの怪物再来、は言いすぎでしょうか」
 ぽん、と首元を叩いてやれば、すっかり懐いた彼女は丶に首をすり寄せる。
 丶としても、この馬には結構な愛着を抱いていた。かつての仲間達の馬でもあり、そして――。
「この仔の主戦はもう決まっているというのですから、ちょっぴり嫉妬してしまいますね」
 ヘルメットを脱いで仰いだ空は、どこまでも青い。
 ――そして、今府中に広がる空も。
 丶は織姫のライバルとして、一番人気の馬に跨り、同じ舞台に立っている。

 パドックには応援幕、観客席にもいくつもの応援幕や旗が揺れていたけれど、実績のないクロスナイトメアと織姫は見事に最低人気。
「地方から初挑戦で、下手っぴの私が乗ってちゃ仕方無いよね」
 ファンファーレが鳴り響く中肩をすくめてから、でも、と織姫は笑顔を見せ、首元をそっと叩く。
「でもならプレッシャーも無いし……とにかくこの仔の為に!」
 そして、きっと前を見据え――ゲートへと入る。
「……今日は勝ちなさいよ、何が何でも」
 隣のゲートに入った丶がそう言って見た少女は、立派なジョッキーの顔をしていて。一つ頷き、彼女も意識を騎乗に集中させ――ゲートが、開く。
 咄嗟に織姫は思いっきり押し、全力でクロスナイトメアを駆けさせた。見事にハナを奪った彼女達は、軽快に、軽快に逃げていく。風を切り、風となって、後続を突き放し差を広げ独走する!
 もはや前以外に、一人と一頭が見ているものはなかった。
 反対に後方から追い込みをかけた丶が、徐々に馬群を突っ切り距離を詰めていく。長い直線を全力で駆け抜けた二頭は、徐々に距離を縮めて行き――丶が捉えたかと思えば、織姫が突き放す。クロスナイトメアはその騎乗によく応え、抜かせない――首元まで迫られたところで、ゴール板の前を駆け抜け――クロスナイトメアが、逃げ切り勝利を決める!
 歓声。最後の直線ずっと祈っていた、ずっと彼女達を先頭で駆けさせてと親族を失ってから初めて真剣に祈った真夜依が思わずメモ帳を取り落として立ち上がり、慌てて拾う間も馬場の一人と一頭から目を離せない。「やった、勝った!」と灯雪が小さく、けれど全身から溢れ出るような喜びを込めてガッツポーズを握り、良い逃げ切りだったぞ、と何度も頷く。瑞希が跳び上がりすぎて前の席に落ちそうになり、こたんが支えてそのまま思いっきり抱き着く。水葉がほっと安堵と喜びの笑みと共に幸せな溜息をつき、誠一郎が立ち上がって拍手を送る。それに合わせて皆と一緒に拍手を送りながら、茄子がニヤリと笑って胸を張った。
「ふふん、まああれくらいは走って当然っすよね。アタシが育てた馬なんすから、勝てなかったら承知しなかったっすよ」
 その言葉は、一人と一頭の『彼女』への、信頼の証。
 轡を並べ賞賛の言葉を送ろうとした丶は、織姫の頬に輝く光に気が付く。
 織姫は、泣いていた。
「ありがとう……」と囁いて、クロスナイトメアの首筋を軽く叩いてやりながら泣いていた。
 馬首を返し、丶はそっと微笑む。
「いつか、もっと大きな舞台で、存分に競い合いましょう」
 先達として、ライバルとして、そして同じ騎手として、共に高みへ登って行こうと――独り言として、呟いた。

 そして拭っても拭っても溢れ出す涙と共にウィナーズサークルに向かった織姫は、そこで目を丸くすることになる。
「織姫、よくやってくれた」
「えへへ……おねーちゃんおめでとなの〜♪」
「え? ……え? え? みんな?」
 灯雪と瑞希の着物ポニテ(?)コンビに抱き着かれ、驚きで一気に涙も止まって目を白黒させる織姫。驚きながら見渡せば、そこにいるのはみな学生時代に思う存分競馬を語った仲間達ではないか。
「初勝利おめでとう、榛菜さん」
「織姫ちゃん、お疲れ様」
「通じてよか……いえ、これは榛菜さんとあの仔の力。おめでとうございます!」
「なまらいい逃げだっただよ! 凄すぎてどきどきした!」
 口々に、誠一郎や水葉、真夜依にこたんが祝いの言葉をかける。まだ馬上で、織姫はぽかんとして皆を見渡すばかりだ。
「ん、驚いたかな? この子は僕等みんなの馬なんだよ」
 三年かけた悪戯のネタばらしに、楽しげに誠一郎が笑みを浮かべて。灯雪がくすくす笑いながら、今までの話を順に話していく。
 そのうちに、織姫の表情がゆっくりと微笑みに変わっていく。話が終わった頃には、それは満面の笑みになって。
「そうなんだ……皆で育てた仔だったんだね……そんな大事な仔をわたしに預けてくれて……」
 何だかまるで物語みたい、と夢見るように織姫は瞳を輝かせる。
「なかなか勝てなくて大分悩んでいたというのは聞いていたし心配していたけど、今日のような騎乗が出来れば、きっとこれからも沢山の勝ち星を積み上げることが出来るはずさ」
「という事で織姫っちもようやくこれでスタートラインに立てたっすね」
 誠一郎の後ろから、茄子が顔を出してクロスナイトメアの首をぽんぽんと叩いてやって。
「織姫の今までのレース、楽しそうじゃなくて。でも、今日この馬との走りは良かった」
 灯雪が、反対側からたてがみを撫でながら、織姫の目を見つめて灯雪はそう話す。その瞳にまた少し涙が浮かんだけれど、顔いっぱいに幸せそうな笑みを浮かべているのを見て、これからもきっと大丈夫と灯雪は思う。
 織姫がひらりと降りた後も、クロスナイトメアが織姫に頬を擦り付けて離れないのは、生来の人懐こさ故か、それとも。
「この仔も織姫っちの事が気に入ったみたいですし、これからも一緒に勝ち上がると良いのです」
 そう、茄子は断言する。そして、にっこりと笑ってぽんと織姫の肩を叩いて。
「んで、アタシをG1馬の生産者として表彰台に上がらせるっすよ」
 こくん、と織姫が大きく頷く。その瞳には、これまで失いかけていた確かな自信が、息づき始めている。
「渡し、結希が湧いてきた! これからも頑張ろうって!」
 その決意表明に、大きな歓声と拍手が巻き起こる。
「あと、先月アメリカで2歳馬を買ったから、いずれこっちもお願いするつもりだよ」
 水葉にそっと耳打ちされ、織姫が「え!?」と目を丸くする。他のみんなには内緒の極秘情報だが、水葉がみんなに「勝手に手配してもー」と言われつつもその仔が彼らの大事な2頭目の持ち馬としてやはり織姫と共に活躍するのはもう少し先のお話。
 口取り式でカメラに向かった仲間達の笑顔は、輝かんばかりで。瞳に涙を再び浮かべて、けれど織姫は最高の笑顔をクロスナイトメアと共にこの瞬間に残す。
「離れても違う事をしていても、この仔と榛菜さん達と絆があるのが嬉しくてたまらないんですよ、私」
 真夜依がそう頷いて、織姫の手を取ってもう一度「おめでとうございます」と改めて口にする。織姫が両手でそれを握り返し、周りの仲間達も口々にまた祝福を述べて。
「ま、それはそうとしてこの後は祝勝会っすよね。積もる話もいっぱいしましょーか」
「積もる話は祝勝会で一杯するの〜♪」
「みんないろいろしてるから、なまらいっぱい話があるな!」
 茄子と瑞希とこたんが織姫を取り囲んできゃいきゃいとはしゃぐ間に、水葉が割り込みぽんと織姫の背を叩いて。
「さ、初勝利の後はインタビューがあるよ? 看板持ってる子も待ってるから、早く行ってあげてね?」
 はっとした顔で頷き、慌てて織姫が駆けて行く。その背を見ながら、水葉は一人ごちる。
 それは、きっとみんなの想い。
 ――私達の競馬の世界での大冒険は、まだまだ始まったばかりだ。

 ……そして。
 騎手2人の体験談を聞いた一人の少女が、まずは卒業するためにももっと一杯勉強して、そして騎手課程と獣医学部に一度だけ挑戦して、駄目でもこのまま修行を続け調教師を目指す。
 勉強なんて大嫌いだった彼女が、そう強く決意したのは、そのすぐ後のお話。

 ――そして、そのおよそ1か月半後。
 己の誕生日でもあり、尚人の誕生日でもある7月1日に、誕生日パーティを開くと呼び出されたこたんは、突然の華やかな様子に目を丸くして――やがてぱっとその瞳を輝かせることになる。
「わ……那波さん、なまら綺麗だよ! 尚人さんもカッコいい! ……そっか、結婚式かぁ!」
「ありがとう、島牧さん」
「こたんちゃんありがとー! 飛び回ってるって聞いたから来てくれて嬉しい!」
 同窓会のように集まった尚人と那波の知り合いたちに囲まれて、幸せそうに両名は微笑む。那波の誕生日である3月20日には入籍を済ませており、今回結婚式の仲人を務めるのは二人の親友である美津海。
「本来なら仲人などするガラでは無いのですが、お二人のご依頼を断るわけにはいきませんわ」
 そう言って、美津海は控えめに微笑む。彼女に付き添われ、主役とあって俄然元気なのは那波だ。
「私達の結婚、尚人やこたんちゃんの誕生日と皆の元気な姿を祝って乾杯!」
 カチン、とグラスが尚人のものとぶつかる。一気にそれを呷った那波は、けらけらと楽しげに仲間達の祝福を受けて。
 純白の裾の長いウェディングドレスと軽やかなベールは、髪を長く伸ばした那波によく似合う。けれどその花嫁は、高砂に座ってはいられない、活発でおてんばな永遠の乙女。
 ――ほら、転んだ。
 あうう、と思わぬ失敗に頬を赤らめる那波は、けれどこたんと美津海に助け起こされ、仲間達にからかわれたり慰められたりしているうちに、また元の明るさを取り戻す。
「そうそう、生まれてくる子どもの名前、美津海さんに相談したかったの!」
「仲人として、名付け親として、どうかお願いします」
 そう頭を下げた新郎新婦に、美津海は一生懸命考えた名前を美しい筆跡で書いて差し出す。
「そうですわね、男の子なら明彦、女の子なら聡美なんてどうでしょう?」
 このようになって欲しいと思いを込めた素敵な名前に、一同から歓声が上がる。
 那波のような明るい子か、それとも尚人のような聡い子か……「私聡くないんですかーもー!」と笑いながら言う那波とそれにくすりと笑みをこぼす尚人を中心に、幸せの輪が広がって。
「これだけの仲間に祝福されて、私達は倖せです。そして島牧さんは誕生日おめでとう!」
「ありがとな! でもって、尚人さんは誕生日、尚人さんと那波さんはご結婚おめでとうだよ!」
 ウェディングケーキを切り分ければ、宴の盛り上がりは止まるところを知らず。
 そして、また一組のカップルが新たな道を共に歩き始める。

 そして、新たな道を歩き始めたと言えば。
 花子――いや、クィーン☆フラワーチャイルド一世も、人狼十騎士となるための活動を本格化させていた。
 銀誓館に来るまでの騎士団の経験も活かし、大学で学んだ帝王学も合わせて。そのリーダーシップと持ち前のカリスマ……カリスマ? も合わさって、今日も彼女への人望は厚い。
「クィーン☆フラワーチャイルド一世、新たな人狼の集落が見つかったそうだが」
「すぐに使者を派遣……いえ、上の方に報告して、私が行きますわ。それが一番話が早そうですもの」
 彼女を支える心は、誰かを追い落としても這い上がろうとするものではなく、ただ自分の優れたところを評価してもらおうとする純粋な向上心。
「クイーン☆フラワーチャイルド一世、参りますわ!」
 そして今日も、彼女は世界を駆け巡る。

●日々、何かを作るということ――2019年
 そして今年も、卒業式の季節がやってくる。
「おめでとう、璃音」
「うん、ありがとう! 紅曜!」
 両手いっぱいの花束を受け取った坂本・璃音(紅を奉る姫巫女・b77952)は、迦神・紅曜(紅ノ牙・b81415)に満面の笑みを浮かべてみせた。
 保護者代わりであった義姉は検事に任官して遠方に配属されたため、代理で卒業式に参加してくれたのは紅曜だ。
 万事滞りなく式も終了し、抱えた花束の如く明るく顔を綻ばせ、大好きな紅曜と共に、新たな道へと進むべく校門を潜り抜ける。
 進路は都内の国立大の政治経済学部に決まっていた。先輩となる紅曜に少しでも近づけるよう、心機一転頑張ろうと心に誓い、青い青い空を見上げてから彼女は紅曜に向き直る。
「今日は来てくれてありがとう、紅曜」
「どういたしまして」
 そう笑顔を浮かべてもう一度おめでとう、と言う紅曜に、璃音は大きく頷いた。

 春の風が、カーテンを揺らして部屋の空気を柔らかに変える。原稿用紙が飛ばぬほどの、心地よい風。
 その中で、灯也はその原稿用紙にペンを走らせていた。
「えっと、ここはこうで……いや、この方がいいかな」
 大学で歴史について学んだ彼は、自分が学んだことを生かしていくにはどうすればいいかを考えていた。
 そして結論は、本にして他の人にも伝えて行くという事。
 もちろん歴史の研究は続けていくつもり――できるなら、本としてもより良い物を残したくもあるから。
「……あ、そろそろ依頼の時間かな、行かないと」
 そう言ってペンを置き、原稿用紙を丁寧にしまって灯也は立ち上がる。執筆と研究の傍ら、灯也は能力者としての活動も続けていた。
 誰かに大変ではないかと聞かれたら、彼は笑って答えるだろう。
「毎日が楽しいから、苦にはならないよ」
 そして、灯也はイグニッションカードを手に、もう一つの彼の人生の舞台へ走り出す。

 ――かつて友であった2人は、今は立場を違え対峙していた。
「……やあ、久しぶりだね桃野さん。まさか……こんな形で相対することになるとはね」
「ええ……お久しぶりです。驚きましたよ、耕治さんとここで相まみえるとは」
 耕治と栞が、互いを見つめ合い懐かしげに笑う。
 ――そこは、戦場であった。
「まぁ……互いに違う道を進んだんだ。こういう事だってあるだろうさ」
 僕も、今の自分には誇りを持っている。君だってそうだろう?
 そう微笑みと共に言った耕治に、栞はもちろん、と頷いた。
「ここまで来た自分を、後悔はしていませんよ」
 今度は耕治が、ゆっくりと頷く番。
「なら、この意外な出会いだって意味はあると思うよ」
 酷い喧騒を背に、2人の間には懐かしげな雰囲気が漂い――すぐに、引き締まる。
「……そろそろ、本題に入らせてもらおうか」
 耕治の手が、ゆるりと上がり――。
「……見本誌、回収させて貰って良いかな?」
「はーいお願いしますー。しかしスタッフになってらっしゃるとは……これでこれからもこのイベントは安心して参加できますね」
 その手に渡されたのは、数冊の同人誌。2サークルを掛け持ちしているので数は多め。
 ――2019年夏、とある同人誌即売会という名の戦場での出来事であった。

 ――ところで、その同人誌即売会の余波により、もう一つの出会いが生まれていた。
 かすみが大学在学中に始めた同人小説が謎のヒットを繰り返した挙句ビジュアライズ化し、ちょうどその即売会で再会した栞に仕事の依頼が出されたのである。
 というわけで、しばらく後。
 残暑から逃れた喫茶店で、かすみと栞は話に花を咲かせていた。
「いやー、懐かしいですねこれ読んでると。高校生の時でしたよね、あの駄洒落とか寒い事言うとヘコむ地縛霊倒しに行ったの」
「そうそう……いや、雪女だから駄洒落が寒くないわけじゃないというか、むしろブリザード吹き荒れてるというのにどうしてこうなった」
 肩を震わせている栞に首を傾げてから、かすみは手元の原作同人小説に目を落とす。
『飛車がひしゃげた!』
『角が隠れた!』
『王将とられてどおうしょう!』
「……ホントになんで売れたのかしら?」
 うん、正直、本当になんで売れたのかしら。
 しかもこれを文字媒体で売ったというところに、かすみの凄まじい非凡さを感じさせる。
「はー、笑ったー……うん、喜んで引き受けさせていただきますね、コミック化」
「あぁ、うん、ありがとう……」
 やっぱり何で売れたんだろうと思いながら、かすみは首を傾げる。
 けれど、これでかつての縁が、再び結ばれたのは確か。
 打ち合わせを交えながら語り合う中で、ふと栞が尋ねる。
「そういえば、同人で出してたんですよね? お仕事は何されてるんですか?」
「んー……」
 かすみが悪戯っぽく唇の端を吊り上げて、その前に指を立てる。
「ナイショ」
「えー!」
 ――そして、打ち合わせが終われば。
「お迎えに参りました」
「ん、ありがと。栞さん、それじゃ、これからもよろしくね」
「は、はははははい!? あ、えっと、はいよろしくお願いします……おおー……」
 栞がびっくりしつつ目を輝かせる前で、数人のSPに付き添われたかすみは黒塗りの車に乗り込み、手を振ってから走り去って行った。

●桜の咲く日々と学び舎の始まり――2020年
 美味しいものを追いかけて。
 鋭角は恋人に手紙と時折各地の美味しい食材を送りながら、さすらいの美食ハンターとなっていた。
「む……この河豚の子糠漬け……二年の歳月をかけてフグの卵巣から毒を抜いたその根性と深みを感じます。これでご飯が十杯はいけますね」
 そう言ったら十杯しっかり食べるのが鋭角である。
「ですが、そろそろ美食コメンテーターに転職したいものですね」
 特徴的なスリムな体型(たぷたぷたぽん)で現れ、全国で美味しいものを的確に見つけ出してはたっぷり食べて或る意味宣伝と売り上げに寄与する鋭角は、そろそろ有名人になりつつあった。
「自分で探し出すより、人に持ってきて貰った方が効率よく美味しいものが食べられますからね」
 やがて念願の転職を果たした鋭角が――もっと忙しくなった日々に追われつつ、持ち込まれる食の依頼の数々に嬉しい悲鳴を上げるのは、もう少し後の事である。

 そして季節は、桜舞い散る春。
「優樹せーんせ、ネクタイ曲がってるよ?」
 17歳、数日たてばもう18歳。
 すっかり大人びたけれど、まだ少女らしさを存分に残した湊が、優樹の顔を覗き込む。
「え、あ、本当?」
「あは、直してあげるね、初日だししっかりしてね」
「うん、湊ちゃん有り難う……あはは、湊ちゃんに先生って呼ばれると何だかくすぐったいね」
 そう微笑んで、服装とか変じゃないかな、と尋ねた優樹に、湊は頷いて「ふふ〜スーツ姿も格好いいよ?」とにこにこ笑う。
「今日から先生か、先生みたいな事は沢山やってきたけど、少し緊張するね」
 きゅ、とスーツの裾を軽く引っ張って伸ばし気合を入れてから、ふと優樹は思いついて笑顔で口を開く。
「僕も今日から学園通いだから、また一緒に登校できそうだね」
「一緒に登校……」
 言われた瞬間、ぽむっと湊の顔が赤くなって。
「だ、駄目! その……友達に見られたら誤解されるし……あ、でも嫌って訳じゃないけど……」
 ごにょごにょ、と誤魔化した湊は、「う〜もう私先に行ってるからね!」と鞄を引っ掴み玄関へと駆けだす。
「あ、あれ? あ、あはは、年頃の娘は難しいね」
 思わず頭を掻く優樹としては、湊はまだ可愛い妹分なのかもしれない。
 玄関の扉を開けようとした湊が、「あ、そうだ」と玄関から顔を出す。
「始業式終わったらマヨイガの勧誘行ってくるね。夕食は私が作るから楽しみにしてて〜!」
 ゴーストさん救助、頑張るよ! とぎゅっと拳を握った湊に、「うん、頑張って。夕食も有り難う、楽しみにしてる」と優樹は頷いて。
「子ども達が幸せに暮らせるように、偏見なく陣真共存が叶うように、教師として頑張らないとね」
 桜の花びらが、決意を励ますように彼らの通学路を飾る。

 そして、銀誓館から離れた者にも、桜の花びらは降り注ぐ。
 旅を終えて数年かけて奔走した零の新たな能力者養成学校は、最初の入学者を迎えていた。
「世界結界がなくなり、多くの人が能力を使えるようになった今、銀誓館だけでは収まりがつかないだろう」
 そう考えた零は設立者にして教師の一人として、学ぶ意欲がある者達を集め、様々な知識を教え込んでいく。
 力の使い方、この世界で起こったこと――新たな常識に触れた若者達の反応は様々だけれど、強くなり世界のために役立ちたいと思う心は本物であろう。
「世界結界が無くなりし今、どれだけ平和を保っていけるだろうか……」
 呟いた零の前で、終わりかけの桜がゆるりとその手のひらに乗る。
 ――そう。世界は、変わったのだ。
 そして、これからは神秘と共に歩む世界。それをしっかりと支える一つの柱に、零はなっている。

●銀の英雄輝く日々――2021年
 穂村・勇史がこのたび老マスターから譲り受け、新たに始めたバー『銀の英雄譚』。
 来客を告げる銀のベルが、凛と鳴り響く。
「こんばんは、勇史さん」
「ああ、こんばんは。久しいな」
 すっかり大人びて満ち足りた表情の智尋が、勇史と向かい合うカウンターに座る。
 ちょっとした世間話の後に、智尋は鞄から一枚の封筒を取り出した。
「こちら、姉の劇団の公演チケットです。どうぞ、見に来てくださいね」
「おお、ありがとうな。……姉弟、皆元気にしてるか?」
「ええ。とても、順調ですよ、みんな」
 智尋の姉はダンスチームの劇団を持つ身となり、智尋は経営を任されてさらに忙しいけれど。
 そろそろ前向きで元気いっぱいの恋人との婚約の話も出ており、本当に順調で。
「勇史さんは、そろそろ……」
「ああ、探偵騎士と猟理師の力が目覚めたみたいでな。ま、情報屋って言えば探偵だし、どれだけいい酒やシロップをどれだけ安く仕入れられるか探してるって意味では、猟って言えなくもない……のかね」
 けらりと笑う勇史に微笑んで、「身体の具合はどうですか」と智尋は尋ねる。悪くないぜ、と勇史は笑って頷いて。
「しかし、動きが速過ぎて頭が追いつかんな。こんな力を使いこなしてたんだから、能力者ってのはやっぱりすごいもんだ」
「慣れるものですよ。コツくらいなら、お教えできますけど」
 頼んだ、と頭を下げる勇史に、智尋はもう十年以上になる能力者生活からアドバイスをしていく。
 こいつは礼だ、とお題はなしで勇史が作ったカクテルは、やはり『花物語』であった。
 これからもまた、彼女の人生が咲き誇るように。

 熱帯夜の鎌倉に、軽く冷房を利かせた店内は心地良く、「まずは一杯」と差し出されたレモン水は水分を奪われた体に心地良い。
 いちるの待ち人はまだ現れないながら、しょうがないか、といちるは肩をすくめて。
「日本どころか世界中飛び回ってるから」
「今はもう、世界中に事件の種が育ってるからな」
 こくりといちるは頷いて、カクテルを注文しながら互いの近況報告をと口を開く。
「俺はと言えば今は銀誓館で小学部教師の日々だけど、もう数年したら非常勤に移って実家の近くに店を開こうかと」
 ほう、と勇史が頷いて、「そういえば、料理の依頼では活躍したもんな」と懐かしむように目を細める。同じく思い出したのか、くすといちるが笑って。
「だから、今日は半分敵情視察……なんてね」
 大丈夫ですよ、あの料理評論家に啖呵切っただけの事はしますから。
 そのいちるの自信に満ちた言葉に、これは手強いライバルになりそうだと勇史は笑みを浮かべる。では最初のサラダを兼ねて、と勇史が差し出したのは、ウォッカにトマトジュースを混ぜて味をつけ、細長い野菜のスティックを薄く剥いた人参をリボンにしてマドラー代わりに、レモンスライスを添えたブラッディ・メアリー。
 確かにこれはサラダで食前酒と笑ったいちるの耳に、銀のベルの鳴る音が響く。
「……あ、ようやく主役が来た」
 振り向いたいちると勇史の視線の先に、軽く手を振るはたるとその隣に――彼女より少し若く、背の高い男性。
「お待たせしちゃってごめんなさいね。こんばんは、御久し振りです、穂村さん」
 能力者と経営者の二足草鞋の日々は如何ですか? と尋ねたはたるに、「なかなか興味深いぜ。皆がどうやって何を思って戦って来たのか、少しずつわかってきた気がするからな」と勇史は頷いて2人の客に椅子を引く。礼を言ってから早速背の高い男性はいちると話を始め、それを見つめてからくすりとはたるが微笑んで。
「ではカクテルを御任せで――と言いたい所だけれど、今日の最初の一杯はもう決まっているの」
「ほほう……」
 面白そうに頷く勇史に、悪戯っぽくはたるは笑って。
「『ロイヤル・ブライド』。昔戴いた物。……ふふ、私の柄じゃないかしら?」
「……いや、むしろ興味があるね。つまり……」
「ええ、だって今の私にはその『権利』があるのだもの……」
 いちると談笑する男性を見やり、くすりと笑って。振り向いた男性が、優しい笑顔でこくりと頷く。
「――そう、漸く私も『花嫁』に。隣に立って寄り添う相手が出来たの」
 半分彼に絆された形だけど、と語るはたるの笑顔はとても幸せそうで。それに目を細めた勇史は、華麗に振ったシェイカーからウォッカにピーチブランデー、ピーチネクターに生クリームの甘い甘い『ロイヤル・ブライド』をカクテルグラスに注いで可愛らしく飾り付け。
 はたるの前に置いたそのグラスの横に、そして彼女の愛する人の前に、そっと干菓子を置いた。鶴と亀を象った、シンプルながら美しいものだ。
「ちょうど、最近仕入れ始めたんだが、俺からの祝いにさせてくれ。――本当に、おめでとう」
 礼を言う二人の声が重なって、今度は皆の笑い声が重なる。
「義兄は俺と音楽の好みが以外に似てて克己心が強くて……姉の夫だから年下でも義兄だよね」
 いちるがにこと笑って、同じ外交官同士で日々是特訓状態らしいと言えば、はたるが大きく頷いて。
「外交官仲間で後輩なんだけど前途有望よ。能力者としても」
「能力者に覚醒した当日に即実戦へ放り込まれたとかどうとか……」
「……こら、いちはある事無い事言わないで頂戴」
 確かに日々の業務で振り回してる事は否定できないけれどね、と呟いて顔を隠すようにカクテルグラスを傾けるはたる。そんな彼女を見つめ、微笑む青年の瞳からは、そんな彼女が大好きだという気持ちが溢れていて。
「ええもう姉が本当にご迷惑掛けっ放しですみませんいいんですかあの姉で」
「このはたるさんだから愛してるんです」
 そんな様子を、勇史はカクテルのお代わりを用意しながら微笑ましく見つめる。

 そして、冷房がいらぬほどの秋が過ぎて、そろそろ暖房を入れてもいいかと思う冬。
 雪の気配と共に、姿を現したのは白いスーツにタイトなスカート、美しい白髪の女性。
「少し遅れたが開店おめでとう」
 そう言って、彼女はカウンターに座り己の名と同じカクテルを注文する。
 すなわち――『淡雪』。
 ブルーベリーとヨーグルトのリキュールに、パイナップルジュースと卵白。仄かに色づいたその中にミントチェリーが眠るように沈み、ミントリーフとライムを飾ったグラスにはパウダーシュガーが降り注ぐ。
「お祝いありがとうな。今はどうしてるんだい?」
「国語科教師として銀誓館で教鞭をとっている。薙刀部の顧問だ」
 ゆるりとグラスに口をつけた淡雪は、そっと微笑んで。
「武だけではなく、美を競う演武が面白くてな。新鮮な日々を過ごせている」
 あの日、将来の道に迷いながら訪れた銀誓館で出会った『演武』は、確かに彼女に手を伸ばし、共に目指す道となり、今共に歩むものとなった。
 緩やかに頷く勇史に、淡雪はゆっくりと口を開く。
「私の夢は、あの子がいたこの世界を守ること。これもその夢に続いていると思うのだ」
「あの子……か。そうだな、武だけが世界を守るものじゃないさ、きっと」
 俺も能力者として力を手に入れたけどな、と勇史は笑って、けれどそれでもバーテンダーとしてシェイカーを振るのは彼なりの答えかもしれない。
 ゆっくりとカクテルを飲み干し、次のカクテルとつまみを注文した淡雪が、ふと勇史に尋ねた。
「お前は、まだ結婚しないのか?」
 はは、と笑って勇史は、「俺の所に来る女性は恋人連れが多くてな」と肩をすくめる。
「私も……まだ、だな」
 お互いもうしばらくは、独身生活が続きそうである。
「ま、焦るこたないさ……俺が言うまでもないとは思うが。お前さんは十分凛と強くて、とても魅力的な人だと俺は思うぜ」
 ありがとう、と淡雪は笑って。
 2人の話はまた近況報告へ、ちょっとした話へと移っていく。

 そして、時は移って同窓会。
 毎年の同窓会がまた開かれて、在校生も卒業生も入り混じって話の輪を作る。
「栞先輩に勇史先輩、久しぶりだね」
 そう言って軽く手を挙げた小夜の、繋ぐ手は。
「お久しぶりです! お坊ちゃんも初めまして!」
「おお、本当に久しぶりだな。……その子は、もしかして……」
 気が付いて駆け寄った2人に、小夜は手を繋いでいた2歳ほどの黒髪の男の子を抱き上げる。
「ああ、僕の子だよ。実は大学を卒業した後に結婚してね」
 そう語る小夜の顔は、若々しいけれど確かに妻の、母親の顔。
「今は旦那さんの喫茶店を手伝っているんだ。もし近くによったら立ち寄ってくれると嬉しいな」
 勇史先輩の店もできれば行ってみたいな、と小夜は笑って。「ノンアルコールもあって喫煙は断ってるから、もう一人生むんでも来て大丈夫だぜ?」と笑う勇史に、折を見て、と小夜は笑顔で頷く。
 そして、今度は栞に向き直って。
「栞先輩の作品は読ませてもらっているけど、本当にすごいね」
「わ、ありがとうございます! いつもみんなに締め切り間際まで待ってもらっちゃって、でもちゃんと発売日に本にしてもらえて、読んでもらえるのが本当にありがたくて……」
 照れて面白いポーズを取る栞に、笑い声が弾ける。
「僕も負けていられないな。作家になることはまだ諦めてないからね」
 そう息子の髪を撫でながら決意に満ちた笑みを浮かべる小夜に、2人は楽しみにしてる、と目を輝かせて。
 ――また、一年が過ぎていく。

●日々遊び、日々絆を強く――2022年
「や、久しぶりかなっ!」
「おー! お久しぶりだよ、佳乃都さん!」
 大きなケーキのショーケースを持つ、札幌の小さなカフェで、やってきたこたんに待っていた佳乃都がぶんぶんと手を振る。
「いやー、読んだらホント来たね……。結界ほとんどないだろけど、無事だった?」
「ん、いろいろあったけど、なまら元気だったよ!」
 にこにこと向かいに座って笑うこたんに、佳乃都も本当に元気そうだと笑って頷いてから、真面目な顔で切り出す。
「それで今日ね、のんびりお話したいなと。来年からここの大学院来るんだけど、思えばずっと研究携わってばっかだなって」
 走って来たのか一気に水を呷り、うんうんと頷きながら聞くこたんに、佳乃都は真剣な顔からぱっと笑顔を浮かべて。
「で、進路全然違うこたんちゃんの話聞いてみたいなと! こたんちゃんの大活躍、いっぱい聞かせて欲しいなっ!」
「おー! それだったら大歓迎だよ、聞いて欲しかった話、なまらあるから!」
 目をきらきら輝かせるこたんに、楽しみと頷いた佳乃都ははっとして、メニューを差し出して。
「そだ、ここのカフェ、ケーキ美味しくてね……」
「わぁ! 綺麗で美味しそうなのがいっぱいだなぁ……」
 ショーケースとメニューをこたんの目が行ったり来たりして、とりあえず分けて食べようと沢山のケーキが運ばれてくる。口を忙しくおしゃべりとおやつに交互に動かしながら、山奥で牙道忍者の少年を掘り出してしまった話とか、能力者犯罪集団が話してみたらイイヤツだったので銀誓館の願書渡したりとか、遺跡探索をしていたら奥底にいたリリスが寂しそうだったので悪路王の住所を紹介しておいたとか、そんな出会いの話が沢山。
「でもおら世界回って思ったけど、一か所で研究して、いろんなこと知って教えてくれて、こういう文明を作ってくれた人がいなかったら、おらも気軽に旅できないんだなって。だから、佳乃都さんが研究で頑張るなら、それはなまら応援したいだよ!」
 ケーキを頬張りながらにっこり笑うこたんに、佳乃都はやっぱりケーキの最後の一切れをぱくつきながら、笑顔で頷いた。

 子ども達と共に引っ越した玄六と香澄の新居には、今日は仲間達の笑い声が溢れている。
「わあ! 赤ちゃん、すっごく可愛い!」
 蒼月が目を輝かせておずおずと子ども達に手を伸ばせば、好奇心いっぱいの瞳がそれを追い、手が伸びる。
「ほーら、父ちゃんのダチが遊びに来てくれたぞー? 俺に似てカッコいい方が息子の直澄で、可愛い方が娘の六花だ!」
「ふふ、そっくりですからそれじゃわからないんじゃないでしょうか?」
 香澄があやすまだ小さな子ども達を示して玄六が胸を張る。歓声の中、香澄がくすくすと、幸せそうに笑う。
「わ、可愛い♪ お二人ともに似てますね♪」
 シーナがにこにこと二人の頭を撫でれば、蒼月が「香澄さん、なんだかすごく優しくて大人なお母さんの顔になってる……!」と思わずその優しげな表情に目を丸くする。
「二人ともすっかりお父さん、お母さんになってるし、子どもも二人によく似て可愛いね」
 誓護がゆっくりと頷くその五人揃った光景は、何だかあの日を思い出す。
「公園にいた頃みたいです」
 そう、懐かしげに香澄が言えば、皆が頷く。けれど皆が取り巻く環境は、いろいろと変化していて。
 もちろん玄六と香澄に愛する子どもが生まれたのも、その一つ。
「実は僕も結婚して、子どもが生まれたんだ」
 手を伸ばしてくる子ども達に指を握らせ握手しながら、誓護がにこりと微笑む。
「え? 誓護さんも奥さんと赤ちゃんいるんだ! 会ってみたい!」
「誓護さんも結婚してお子さんがっ!? はいー、ぜひ今度お会いしたいですーっ!」
 きゃいきゃいと蒼月と一緒にはしゃいで期待の目を向けていたシーナが、その蒼月に「そう言うシーナさんは?」と尋ねられ途端に顔を赤くする。
「……私も御相手さんはいますが、結婚はもう少し先、かな?」
 大学院に進学しつつ、樹木医として日本を巡る日々。そんな彼女を支えてくれたのは、銀誓館時代から共に歩んできた恋人。
「ってか何だよ誓護もシーナも水臭いじゃねぇかよ。近い内しこたま祝ってやっから覚悟しとけよな!」
 玄六がぱんと誓護の背中を叩いて笑いながら言えば、「今度会うときは奥さんも子どもも連れて来るよ」と頷いて。
「その時は僕も遊びに来てもいい?」
「勿論、蒼月さんにも、皆にも会って欲しいから」
 そう誓護に言われてぱっと顔を明るくした蒼月が、「勿論、シーナさんの結婚式も! 絶対お祝いするからね♪」ときらきら瞳を輝かせて。
「僕もシーナさんの結婚式には是非、足を運ばせてもらうね」
「えへへ……はいっ、私の結婚式には是非来て下さいっ」
 顔中真っ赤になってシーナが俯いて照れれば、誓護が頷いて言葉を添える。
「もちろん、シーナさんの結婚式にはお邪魔しますし、冬木さんの奥様やお子さんも大歓迎ですよ」
 そんな賑やかな仲間達を見渡して、双子が一緒に笑い声を立てる。
「あ、赤ちゃん私見て笑った♪ べろべろばー♪」
「あ、シーナさんずるい! 僕だって赤ちゃんに笑って貰うんだ、べろべろばー!」
 シーナと蒼月が一斉に面白い顔をして、双子をさらに笑わせる。一緒に香澄もくすりと笑って子ども達の頭を撫でる。
「子どもあやしてくれんのはいいが、将来『変な顔の蒼月おばちゃん』って懐かれても知らねぇぞ?」
 けらけらと玄六が笑い、誓護がその様子に目を細めて。
「今もこうして僕らの物語は続いている。それはきっとこれからも」
 香澄が、ゆっくりと頷く。そこに宿るのは、確かに母としての信頼、そして強さ。
「冬木さんのおっしゃる通り、私たちの物語は続きます。私たちの子や、その子たちが紡いでいってくれる。そう信じます」
 子ども達ごと、そんな香澄を玄六が抱き寄せて。
「幸せは今、この腕の中にあるさ」
 この腕の中にあり、そしてまた紡いでいく幸せ。

 長野でも、幸せな家庭を作る二人がいる。
 尚人と那波は、伊東家の武術の師である祖父の引退をきっかけに、長野の実家に戻っていた。
 明彦、聡美、と美津海が名付け親となって名付けられた息子と娘を育てながら、尚人は新たな能力者の育成や、ゴーストの保護、討伐を行っている。もちろん、そのパートナーは那波だ。
 そして那波は、実家の神社も忙しい日々を縫って手伝っている。「子ども達にお母さんかっこいい! と言われるまでは引退なんて絶対しないわよ!」が元気いっぱいの那波の口癖だ。
 ――そして、ふとした用事で上京した際は、2人で勇史のバーを訪れる。
「私も二児の母か。月日が経つのは早い早い」
「まぁ、俺は那波が肝っ玉かあちゃんになることを一筋も疑っていなかったがな」
 勇史の言葉に笑う那波は、少女の頃と同じ真っ直ぐさと、家族の存在で身に着けた守り手としての逞しさをその表情に同居させていて。
 そして那波と、若い頃からの実直さと共に、貫録を身に付けつつある尚人に、勇史が出したのは同じカクテル。
 ホワイトラムにパイナップルジュース、レモンジュースに卵黄を落としシェイクしたカクテル『ゴールド・タイム』。過ごしてきた月日も、これから家族とともに歩み、世界のために働く時間も、宝物たれと願いを込めて。
「時は動き続ける。今までも、そしてこれからも」
 瞳を見つめ、頷き合い――乾杯。

 そして年の瀬も近い頃、勇史の店には琥珀が文依頼を請けにやってくる。
「まぁ普通にバイトするよりは実入りは良いしな。別に人を助ける仕事がしたいとか、そういう訳じゃないからな?」
「はいはい素直じゃありませんのね」
 言い募る琥珀に、文織がやれやれと肩をすくめる。
「琥珀さんが優しくて照れ屋で非常に可愛らしいことは、私が一番知ってますのに」
 いつも隣にいた少女は、いつも隣にいる女性へと成長していた。けれどそんな二人の関係は、なかなか進展する様子を見せないな、と勇史は面白そうに見守る。
「えっと……今回は、リビングデッドの保護か。最近だと、遠距離恋愛くらいには、マヨイガでデートもできるしな」
「何とか説得して、マヨイガにご案内したいものですね」
「で、今回の彼らの家はここで、説得するなら上手く出会えるのは……」
 地図やスケジュールと睨み合い、三人は話し合いを続ける。
「随分手帳が埋まってるみたいだな」
 そうちらとスケジュールを見て言った勇史に、琥珀がうむと頷いて。
「年末は何かと忙しいのさね」
 そして肩を竦めて、「とはいえ浮いた話は一つも無し」と苦笑いで首を振る。文織と勇史が思わず顔を見合わせ、そしてにやりと笑いながら琥珀を見つめるが、当の本人は視線にしか気付かない。
「……悪かったな」
 差し出されたカクテルを飲み干して、「さて行くか、文織」と琥珀は腰を上げる。
「ええ、行きましょうか。それでは、吉報をお待ちくださいね」
 去っていく2人の姿に、勇史はくすと笑ってカクテルグラスを片付ける。
 綺麗に干されたそのカクテルは、オレンジジュースにミルク、フランボワーズシロップをシェイクしたコンクラーベ。
 なかなか素直に一致しない、2人の気持ちである事よ、と。

 そして同じ初冬の頃。
「璃音は政治家になると思ってたんだけどな」
 紅曜に驚いたように言われて、璃音は「ちょっと考えを変えたんだ」と首を振る。その手には、大学卒業後の進路として決めた、厚生労働省からの採用の内定。
「お義姉さんや美歌が、仕事をしながら子どもも沢山産んでるから、そういう人達の力になりたいと思って……」
 最後は少し照れたように、そっと璃音は頬を染める。そんな彼女を、愛しげに紅曜は見つめて。
 ――2人がついに人生を共にすると約し、婚約を結ぶのは、もうすぐ先の話。

 そして同窓会を前にして、今度は久留宮・沙希(紅の詠を紡ぐ者・b55661)が勇史のバーに行こうとこたんを誘っていた。
「勇史さんが格好よくなってるか気になるでしょ?」
「うんうん、なまら気になる!」
 長らく会っていなくても、仲の良かった2人の話は会った瞬間どんどん弾む。
「勇史さんのジョブは猟理人と見せかけて、ティーソムリエとかありそうだよね」
「ん、確かに! カクテルもだけど、お茶も結構出してたからなぁ……」
 歩きながら、勇史のジョブをいろいろ予想してみる沙希とこたん。やがて『銀の英雄譚』のドアを開けば、涼やかに銀のベルが鳴る。
「いらっしゃい……おお、沙希にこたんか。久しぶりだな」
 グラスを磨いていた勇史が、ドアの方に向き直り笑みを浮かべる。
「ご無沙汰してます、勇史さん」
「やっほー勇史にい! お久しぶりだよ!」
「はは、2人ともすっかる大人びちまって……」
 笑顔を浮かべた勇史が出したカクテルを、こたんと沙希は再会を祝して掲げて。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
 能力者でも気軽に飲めるよう、最初の乾杯はお任せならばノンアルコール。
 互いに近況を話した後、決意を決めて沙希は、口を開く。
「実はね……私、プロポーズされてるんだ」
 その言葉にこたんは目を丸くし、勇史は興味深げに笑みを浮かべて。
「おおお!? おめでとうだよ!」
「そりゃめでたいじゃないか。……だが、悩んでるみたいだな」
 勇史の言葉に沙希は頷き、そして口を開く。
 お相手は、一つ年上の英国の能力者。
 温かい家庭を持つことを望み、そして恐れ――。
 己の知らぬものであるがゆえの、2つの感情。
「アドバイス、もらえたら嬉しいな……」
「……そう、だな」
 真剣な顔で話を聞いていた勇史は、「俺にはまだ経験がないが」と前置きしてから。
「沙希本人がその人と、温かい家庭を持つことを望んでいるなら……そして、その不安を受け止めてくれる人なら、きっと大丈夫だと思うぜ」
 まずはゆっくり話し合うのがいいんじゃないかな、と勇史は言う。
「1人で抱えてても、こういうのはぎくしゃくしちまうもんさ。だったらどんな結果になるにせよ、話した方がいい」
 そっか、と沙希が考え込むように少し瞼を伏せる。
 そこに、口を挟んだのはこたん。
「んー、沙希さん、いろんなとこで友達作ったり優しい人に会ったりしてるし、TRPGしても素敵なキャラ作るし、ロールプレイの時も他の人の嫌がる事さしないし、あったかい人との関係っていうの、作れる人だとおらは思うだよ」
 そっと顔を上げた沙希に、こたんはにっこり笑って。
「それに、どうしたらいいのかわかんなくなったら、今みたいにみんなに聞けばいいだよ! わかんないことは、誰かに聞いちまうのが一番だべさ!」
 単純明快な解答。けれどそれに、勇史も頷いて。
「先に温かい家庭を築いてる仲間は、いっぱいいるだろうしな。アドバイスをもらったり、実際に遊びに行って見せてもらったりするの、悪くないと思うぜ」
「沙希さんならそうやって、あったかい家庭作れると思うだよ!」
 2人の言葉に、沙希はこくんと頷いて笑顔を浮かべた。
 何となく、答えが見えたような気がして。どうやって進めばいいのか、手がかりを得たような気がして。
「ありがとう、2人とも!」
 どういたしまして、と笑うこたん。同じく笑顔で頷いた勇史は、冷凍苺にバニラアイスにオレンジとパイナップルのジュース、ストロベリーシロップをミキサーにかけ、白い花を添えたカクテルを「餞別に」と差し出した。
 カクテルの名は――『一期一会』。
「あぁ、そうだ。俺のジョブだが……」
 そう言って勇史が、悪戯っぽく唇を吊り上げて。
「探偵騎士で、バイトが猟理師。どうやら運命はまだ、俺に予知してほしいみたいでね」
 これからも宜しくな、とサービスのおつまみを差し出す。

 そして――同窓会の、直前に。
「ふぅむ、この壁画の意味するところは……」
 人類の発祥の地アフリカにて、神薙・焔(ガトリングガンスリンガー・b62427)は考古学者として発掘調査に明け暮れていた。
「人類の魔術は先史文明の巨人族から伝えられたモノに思えるわね……教授はどう思います?」
「ふむ……巨人族の存在は、まだ学説として確立されていない。その説を採るなら、そちらの研究も進めていく必要がありそうだな」
 教授の言葉に頷いた焔は――時計に目を落とし、その時刻に気付いて慌てて顔を上げる。
「あ、いっけない、今日は同窓会の日だ。日本に帰らないと。教授、これ借ります!」
 おー気をつけてなー土産はインスタント味噌汁でいいぞーと手を振る教授に、手を振りかえして急いで焔は走り出す。
 ――能力者の技術と神秘の力により、世界は、幾分しっかりと繋がれるようになっていた。
 最短経路を通り、焔は日本にある同窓会の会場を目指す。

 同窓会会場の一部屋では、TRPG同好会の面々が揃って楽しげに談笑を繰り広げていた。
「わぁ……皆さんお久しぶりですっ。モニカですっ」
 部屋の扉を開けた、落ち着いたワンピース姿の御厨・モニカ(真魔弾術士・b06381)が、懐かしげに目を細めぺこりと頭を下げる。
「皆久しぶりー!」
 動きやすい服装で、一男一女を連れて現れたのはささら。いつも付けていた流星の髪飾りは、今は女の子の髪を飾っている。
「モニカさん、ささらさんお久しぶりです」
 身長は伸びたが、少し幼げなその雰囲気は、間違いなく稲垣・幻(ホワイトティーリーブス・b36617)。その肩にはおなじみのモーラットのミージュ、そして反対の肩にはふわふわと興味深そうに動く白い塊――ファンガスの姿が。
「ほら、ご挨拶」
 そう幻が言えば、ファンガスのファタは頭を下げるかのように、ちょこんと動く。
 そこに、再びドアが開いて――。
「皆さまお久しぶりです、TRPGは本当にお久しぶりでして」
 現れたのは、二十歳ほどの落ち着いた雰囲気の――大きなお腹の女性。
「……鏡華ちゃん!?」
 驚いて駆け寄る皆に、鏡華はゆったりと頷いて。
「今日は楽しませてもらいますね。お腹の子にTRPGの楽しさを教えてあげるつもりよ」
「おおおおお!」
「おめでとう! 生まれたら会わせてね!」
 そう仲間達から次々に祝いの言葉を受ける鏡華は、ボクっ子をすっかり卒業した鏡華は柔らかく笑う。
 卒業してから連絡を取れない人達もいるので、今日は昔に戻って楽しもうと。
「や、皆久しぶり」
 さらに鈴がびしっと着物で決めて現れる。28歳になり家業を継いだ彼女は、すらりと大人びた様子にどことなく箔を感じさせて。
「最近はこういうのはめっきり触れてないからね。本当に楽しみだよ」
 けれど「まあ、今日くらいは楽しんでもいいよね」という彼女は、もう学生時代の表情に戻っている。
「着物は戦闘服なの?」
「そういうわけじゃないんだけど……困ったな、この恰好は少しやりづらいかも。最近は和服ばかりだから洋服がないんだよね」
「……どんな家業なんだ?」
 けろりと笑って鈴は、机の上のダイスを落とさないように袖に気を付けながら座る。
「って、そこのファンガス君は、ファタ君なの?」
 満面の笑みを浮かべ、幻が頷く。
「世界結界が消えたので、本来の形を取れるようになったんです。流石に人型にはなれないみたいですけど……」
 掌の上のファタを撫でながら、幻は「今は北海道でお店をしています。ミージュは看板娘、ファタは看板ファンガスですよ」と頷いて。
「そっかー、少しずつ、動けるようになったんだね」
 鈴がそっとその頭らしきところを撫でれば、ふよふよと喜んでいるようにその手にファタがまとわりつく。
「私も改めて紹介するね。風太に、星ノ加」
 手紙を送った時はまだ双子の赤ちゃんだったけど、とささらは笑って。
「来年には2人とも銀誓館の一年生なんだよ」
 その言葉に、わっとおめでとうの渦ができる。
「お、お久しぶりです」
 ちょうど集合時間になる頃に、松永・小草(高校生真鋏角衆・b77892)がそっと顔を出した。急いで来たらしく、肩が軽く上下している。そしてあの時と同じ仲間達が揃っていることに、ほんのりと、微笑んだ。
 しばし歓談に明け暮れているうちに仲間達も揃って、そろそろ卓を始める時間。
「あ、GMは今年は誰がしますか?」
 幻が場をまとめるように尋ねれば、凛々花がさっと手を挙げて。
「フフフ、うちの本業能力を見せたるで」
 アナログゲームの会社に入社した凛々花が、新発売のシステムを手に立候補。
「社長が宣伝して来いってなぁ。個人的には、あれの第三版とかが今でも好きなんやけどねぇ」
 凛々花がくすと笑って肩をすくめる。もう一卓のマスターには、風戯が夜闇の魔法使いが活躍するゲームで立候補。この十年の間に出た、メジャーではないが自分一押しのシステムを小草が紹介すれば、負けじと風戯が十年の間の版上げを語り、そして一同しばしシステムトークに明け暮れる。
「最近は、父から継いだ会社で扱うボドゲばかりなんですけど……」
 久しぶりのTRPG、楽しみますっ、と、モニカは本当に嬉しそうにダイスケースや筆記道具を取り出して。
「ふふふ、私は英国で鍛えてきたからね。推理ものならお手のものよ?」
 沙希が大人びた物腰や服装のまま、若き日の自信ありげな口調でにやりと笑う。
「オンラインセッション環境も電子ルールやダイスも充実したが、やはり対面でダイスを自分で振るのは格別だ」
 焔が楽しげに頷き、愛用のダイスを取り出して試し振り。
「人間PCは何人までOKだべかー!」
「一体動物PC何匹やる気なん?」
 元気よく尋ねるこたんに、凛々花がジト目でツッコミ。
「なんだか本当に10年前に戻った気分だよね!」
「本当ですねっ。部室でダイス振ってた時を思い出しますっ」
 沙希の言葉に、本当にそうだとモニカが強く頷く。
「サプリはありあり?」
 落ち着いたと言ってもやっぱり和マンチ。「一応、用意はしてきましたよ?」と取り出した一式に、鏡華の瞳が輝く。
「……どうしましょう?」
「いいんじゃないですかね」
 だって久しぶりだし! 同窓会だし!
「版上げあったけど基本は変わらない、よね?」
 たすきで袖を上げてしまおうかな、と思いつつ、鈴がルールブックに目を通しながら手の中でダイスを転がす。
「ルルブとサプリは買ってるんですけど、ちゃんと目を通すのは久しぶりで……確か前の版と基本は同じはず」
 まだ真新しいルールブックと格闘しながら、皆と話しつつモニカはキャラクターシートにペンを走らせる。
「新しいルールはしっかり把握してきましたよ」
 初GMからほぼ10年。その間に、幻はしっかり経験を積んで来たようで、国内TRPGの現状に疎いこたんや、このシステムの経験の薄い小草にルールの要点をレクチャーしたり。
 休憩時間には、誰からともなく己の近況を話し出す。
 大学を卒業した6月に結婚した事、子どもがいる事、そして父の貿易商社を継いだ事……ボードゲームも扱っていますよ、とモニカは笑顔で語る。
「この子にもTRPGを教えたいんですけど、まだ小さいから、知育ボドゲがせいぜいで」
 そんな幸せな苦笑と共にみせた、やんちゃそうな銀髪の女の子の写真に、皆から「可愛い!」「よしぜひ引き込んでくれ」と声が上がる。
「皆さん、子どもにTRPG啓蒙する気満々ですね」
 人の事は言えないけれど、と机の上でるんるん動くファタを見て幻が笑って。
「こっちもTRPGの方はまだまだ、これから色々教えたいな」
 卓を覗き込み興味津々の子ども達を左右に座らせて、ささらが頷く。――PC名のところに自分の名前を書いて、こたんにツッコまれたりしているが。
「卒業後は忙しくってね。勉強に月移住計画の打ち合わせ、それに子育て……でも辛いけどそれなりに」
「おとーさんといってきますのちゅーしてげんきいっぱいだもんね!」
 ささらの言葉に、風太が目をきらきらさせて思いっきり言い放つ。
「ラブラブだなぁ……」
「って風太。出かける際のキスはね……」
 慌てて息子をたしなめ誤魔化そうとしたささらは――周りからの温かな視線に諦めて開き直る。
「はい、パパとは相変わらずです」
「ラブラブー!」
「ラブラブだー!」
 いやぁ愛っていいよねぇ。
「私も旦那さん一筋かな。能力者の仕事はこんな身体だから一時休業してるよ」
 ドイツにあるヤドリギの村で、旦那さんと一緒に暮らしている、と鏡華は頬を染めて。
「マヨイガで日本の大学に行っていたけれど、もう少ししたら休学して子育てに専念する予定よ」
 そっとお腹を撫でながら、満ち足りた微笑みを浮かべる。
「やー、ええねぇ。恋バナはやっぱりええもんやわ。うちもイイ人欲しくなるわぁ」
 凛々花がほんわりと笑みを浮かべる。彼の事はすっかり吹っ切れた。いないんだもん。
「で、鏡華ちゃん結婚式の様子は?」
「同好会の棚の中にそのビデオがあるよ……」
 沙希から思いっきり尋ねられて、鏡華はぱっと真っ赤に染まった頬に手を当てる。
「あ、もしかしてこれだべか?」
 ごそごそと鞄を漁り、借用書を挟んだままのDVDを取り出すこたん。声にならない悲鳴を上げる鏡華。
 誰かがプレイヤーを取り出して、当然の如く再生される。おお、とかほう、とか感心の声や、女の子達のわいわいとはしゃぐ声を背景に、鏡華は顔を真っ赤にして、でも幸せそう。
「鏡華ちゃん綺麗だね」
「ありがとうございます……ところで……沙希さん、彼氏います?」
 おっとここで鏡華が必死のカウンター!
「へへへ秘密だよ♪」
 そして沙希が必殺の受け流し!
 そっとその手が、首元にかかったロケットペンダントに触れる。
「ま、英国で教師をしながら、探偵騎士団と一緒に、犯罪能力者達や殺人ゴーストを追ってるよ」
 その隣に支えてくれる人がいたりすることは、まだ秘密。忙しいけど充実した日々かな、と沙希は楽しそうに頷く。
 恋愛話を眩しげな笑顔で聞いていた凛々花は、自分の学生時代をモデルにしたライトノベルで作家デビューを果たした後は、ドイツのゲームや小説の翻訳にも携わっていると己の近況を話しだす。
「一言で言うと物書き? あ、能力者稼業も継続中やで」
「あ、うんデビュー作買った」
「読んだらピンときたからやっぱりかと思いまして」
 そんな仲間達のコメントに、凛々花は作家の笑みでありがとうと頷く。サインいいべか? と本を差し出すこたんをきっかけに、しばし即興サイン会が始まったりして。
「デビュー作も佳境に入ってきてん。ヒロインと主人公はハッピーエンドで締めるで、当然」
 凛々花がそう言って胸を張る。とっくに自分の恋愛は吹っ切れたけど、自分の主人公は幸せにしたい。
「水原先輩はどうなん?」
「俺の方は……まぁ適当にやってるよ」
 ひょいと肩をすくめた風戯は、それなりの苦労もしてどことなく大人びてはいるが、まとう雰囲気は学生時代とあまり変わっていない。
 今は銀誓館からの仕事の依頼を多く受けてはいるものの、やや距離を置いた無所属の専業能力者として戦い続けている。要するにイリーガ……げふん。
 傍らの綾が、「この人は今も私がいないとダメなんですから」と言いたげな様子でにこりと笑って頷いている。――おおむね事実である。
「浅神さんはどうしてる?」
「私? そうだね……手のかかる子供が一度に何人もできた感じ」
 実家を継いでからは色々と、ね。
 そう言って鈴は貫録をつけた口元で笑みを形作る。
「毎日若い子の相手をしなきゃいけないから大変だよ。あの頃の私達みたいに皆元気いっぱいだしね」
 その瞳は、あの頃――死と隣り合わせだった青春を思い出して、懐かしげな色に染まる。
「小草さんも、忙しそうだなぁ」
「い、今は、妖狐の人達と通信系の術を構築する手伝い……というかデバッグのような事をしています」
 最近の大きな案件は、探偵騎士達が『推理』した情報を、迅速に伝えるための特別回線の構築だったと小草は語って。
「それは、実現したら被害に遭う人もゴーストもすごく減りそうだよね!」
「え、ええ。つ、土蜘蛛の人達と一緒に『巣』の中にいれば無休憩で徹夜仕事が出来ますから、土蜘蛛・鋏角衆はデスクワーク系で結構重宝されてますよ」
 誰もが能力者になった今、能力を生かせる鋏角衆達を出来そこないと言う人は、もう滅多にいない。
「皆も色々だね。結婚したり、冒険をしたり……」
「皆変わってないようでやっぱり変わったなぁ。ボクも、髪飾りあげちゃったしね」
 鈴とささらがかつての日々を懐かしむように、目を細めて微笑む。
「と言う訳で、ここでTRPGに興味を持ってもらうべくいい目が出ますように……」
 ころころころころ……こん。
 見事に1を並べるダイス達。
「ここでファンブったー!?」
 かつてこの世の権力者でも意のままにならなかったもの。
 その一つは、ダイス目であったと言う。
 ささらの子ども達が、興味いっぱいの瞳でダイスを手の中に集める焔を目で追う。「お、代わりにダイス振りたいのね」と気付いた焔が、風太と星ノ加を招きよせ、二つの塊に分けたダイスをそれぞれの手に握らせる。
「これ、クリティカルだよね!」
「クリティカル!」
「ううむ、英才教育……かわいいなぁ。あたしも子ども欲しいかも」
 まだ相手いないけどね、と焔が2人の頭を撫でながらちょっと羨ましげに笑う。
 そのままわいわいとセッションは終わって――ちなみに凛々花は凄まじい力技で怪しげなPC達と怪しげなNPC達をまとめ上げ、風戯は綾が掲げまくるNPC台詞のフリップとそれに乗りまくるPC達に翻弄されつつ結局綺麗に終わったりしたのだが。あと小草がちゃんとPC1を庇って何とか最後のダイスロールで帰ってきたりしたのだが。
「こ、これからは伝奇ロマンものは衰退するかもしれませんね。だ、だって、世界自体が『実は伝奇ロマンものでした』って状況ですから」
 小草の言葉に、確かに、と皆は頷いて。
「だったら、これからはファンタジーだとか?」
「むしろ忘却期を思い出させるシステムが流行るかもしれませんね」
「そ、その分ファンタジー系が活発になってくれたら嬉しいんですけど」
 けれど、しばらくは社会の再構築に近い事が続きそうだから、娯楽産業は停滞しそうとも小草は思う。
 ――でも、中心になっているのが銀誓館。
 遊び心いっぱいの彼らが頑張っているのなら、TRPGも忘れ去られることはないのかもしれない。

●惑いの日々、そして別れを見つめる者――2023年
「栞ん、栞ん」
 灯萌がくったりと安楽椅子に沈みながら、ひょいとフリップから顔を上げる。
 最近灯萌の体調があまり良くないので、栞が買った。リクライニング機能が付いているが、そのまま寝ようとしたら「なに寿命縮めてるんですか!」とめっちゃ怒られるので、灯萌の最近の生活は実は割と規則的だ。
「どうしました?」
 机の向こう端でかりかりとペン入れをしていた栞が、凝った肩をほぐしながら顔を上げる。どうやらギンギンカイザーXは使い切ったらしい。
「今まで描いてた、銀誓館風の学園ストーリー漫画……長編連載しようと思うんだけど……」
「体調、本当に大丈夫ですか?」
 栞が前髪の間から、ちょっと眉をひそめたのがわかる。
「……んむ。で、その事で……だ……」
 少しだけ、灯萌は迷った。
 幼い頃から、見つめてきた己の命の期限。それはもう、すぐ近くに迫りつつある。
 それに――栞を付き合わせていいのかな、と。
「変な遠慮はクーリングオフですよー」
 ……ま、いっか。
 軽いけど重い決断をさくっと心の中で済ませると、灯萌は口を開いた。
「最終回までのプロット……栞んに、頼みたいのだが……」
「……最終回まで、ですか」
 ゆっくりと栞が灯萌と視線を合わせ、続けてください、と告げる。
「栞んにしか……頼めないから……」
 何あるか、わかんないし。
 そう小さく言った灯萌を見つめてから――長い、溜息。そっと、栞は天井を見上げた。
 唇が、きゅっと引き締められれる。
「連載終了まで……ってことですか」
「……ん」
 言葉の先は、言わなくてもわかる。
 それまでは、生きられない可能性も、ある。
 突然、栞が立ち上がった。あっと言う間に灯萌のフリップとペンが奪われて、代わりに栞の体が飛び込んでくる。
「すいません。なんか原稿濡らしそうなんで。ごめんなさい」
 震える栞の体をどうしようもなくて、ぽん、と灯萌はその背中をゆっくりと叩く。
「なんか前からわかってたはずなんですけど、それでも一緒に過ごした時間が長すぎて、信じられないんです。いなくなるって。……いなく、なっちゃうって」
 何で。
 何で。
 何で灯萌さんが、なんですか。
 そっと、灯萌も栞の肩に顔を伏せる。
 あやすように背中を軽く叩く手は、止まらない。けれど灯萌の表情は、読み取ることができない。
 ――いつまで、そうしていただろうか。
 やがて上げた顔を、栞はぐいと袖で拭って。
「わかりました。引き受けますよ――プロットも、灯萌さんも、全部」
 最後にぎゅ、と抱きしめた後、その体が離れる。
「ああ――安心した」
「だからって明日冷たくなったりしないで下さいよ」
「……善処、する」
「あと相談には乗ってくださいよ。全部読んでますけど、やっぱり灯萌さんの意向を重視したいので」
「それは……もちろん」
「で、晩ご飯何にしましょうか」
 少しずつ、雰囲気がいつも通りに戻っていく。
 ――最期の、時に向けての日常へ。
「……栞んの、好きなもので頼む」
 二人の時は、刻まれていく。

 世界結界が崩壊して、ゴーストの存在が日常の一つになったとしても。
 ――失われるモノは、存在する。
「優樹さんお帰りー」
 そう玄関で優樹を迎えた湊が、「辛そうな顔してるけど……大丈夫?」と鞄を受け取りながら首を傾げる。
 彼らの活動は、主に意思あるリビングデッドのマヨイガへの勧誘。
 ――そして、不適な場合は家族とのカウンセリングと、引導。
「……ただいま。まだ『死にたくない』って言われたよ」
 苦笑いを浮かべ、優樹は靴を脱ぐ。
「ゴーストさんの介錯……辛くない?」
 その湊の言葉に、きゅ、と優樹は唇を引き締めて。
 何かを、耐えるかのように。
「大丈夫。辛いのは僕よりも、ゴーストになってしまった彼らだから」
 駄菓子屋のヨシキ君――あの日倒すしかなかったリビングデッドを見送った時のように、もう泣いたりしない。
「憎まれても良い。少しでも幸せに消えられるように力を尽くしたい」
 そう、扇子を握り締めて、優樹はゆっくりと、ぽつり、ぽつりと話していく。
 その背中に、ぎゅっと湊が抱き着いた。
「昔からずっとやさしい優樹さんの事を知ってる。助けられなかった時は、誰よりも心を痛めてるのを知ってる」
 囁くような言葉が、ゆっくりと優樹の心を慰撫していく。
「私はそんな優樹さんが好きだよ」
 背中から胸に回された手に、力がこもる。
「だから辛いときは言ってね。私で力になれるかどうかはわからないけど、優樹さんの支えになりたいよ」
 これからも、ずっと。
 優樹の顔に、苦笑いではない表情が浮かんで行く。
「有り難う。誰に言われるよりも嬉しいよ」
 頑張るよ、と頷いた優樹の背中で、ゆっくりと湊も頷いた。

●されど、物語は日々、続いてく――2024年
「人狼十騎士第8席、人狼女王クィーン☆フラワーチャイルド1世ですわ!」
 ヨーロッパという局地的な観点ではなく、グローバルな視点で行動し現地で対処に当たる行動派騎士。
 それが、今の花子……否、クィーン☆フラワーチャイルド1世を人が語る時の形容である。
 もはや彼女の本名を知る者の方が少ないかもしれないし、怒る癖も鳴りを潜めていた。立派な人狼十騎士の一人として、彼女は世界を駆け巡る。
 そしてその背景には、愛する人の存在が――家の執事の一人であって、今も彼女を支えてくれる人。
「参りましょう、世界をより良くするために! 人狼の誇りを魅せてあげましょう!」
 そして彼女の名乗りは、今日も世界のどこかで鳴り響く。

 ――所変わって、アフリカにて。
 通過儀礼を終えた焔は、黄龍拳士の一員となり、動物達や研究室のメンバーにも祝福されていた。
 そして彼女の傍らには、生涯を共にする者が存在する。
 別れる事となった使役ゴーストも、見守ってくれていると呪術師は語った。
 今の焔は、最も古い部族の一員であり、研究者でもある。
「いまだ謎の多い先史文明の調査も、結婚生活もこれからが本番か……」
 どちらもなかなか面白いことになりそうで――結果が出るのは、どちらももっと未来の話だろうけれど。
 そしてその数年後――黄龍拳士の子ども達の間にTRPGが流行するのは、また別のお話……。

 文化の守り手は、日本にももちろん存在する。
 高校の頃より親睦のあった男性と結婚し、それを機に銀誓館教師の職を辞した美津海は、養父母のいる実家へと戻っていた。
 華道、茶道、書道や着付けを教えながら、能力者の育成に携わって。
 そして同時に、彼女が賛同者と共に立ち上げたのは『未来に伝統芸能を残す会』。後継者不足に悩む伝統芸能を保護する活動を、始めたのだ。
 結果が出るのは、ずっとずっと未来の話だろうけれど。
「私はこの美しい国をこれからも守って生きたいですわ」 
 そう、彼女は凛と顔を上げる。誇り高く咲き誇る、白百合として。
 彼女が名付け親となった子ども達の成長も、美津海の楽しみの一つ。そして、その親である伊東夫妻との交流も。
 きっと、未来には、その活動も子ども達の未来も花開いていくのだろう。

 ――ちなみに日本の食文化と家族文化を堪能しつつ、思う存分ごろごろする鋭角も。
 日々ころころになりながら、文化の担い手として活躍していると言えるだろう。

 もちろん伝統芸能も文化なら、現代のアイドルやサブカルチャーだって文化である。
 トップアイドルという名の文化の担い手であった舞は――、
「みんな〜っ、まいちゃんの引退コンサートに来てくれて、ありがとうなの〜♪」
 大会場に集まってくれたファンに、大きく手を振っていた。
 引退コンサート、最後の舞台。ファンの中にはもはや号泣している者もいるし、最後に舞の姿を目に焼き付けるべく、必死に背伸びする者。最期の応援をと、うちわを思いっきり振る者。誰もが舞を惜しみ、舞を愛している。
「まいちゃん、今日で芸能界を引退するの〜」
 その言葉に、「止めないでー!」と悲痛な叫びが重なる。それを嬉しく思いながら、かき消されないように舞は声を張り上げて。
「でもでも〜、活動をやめるわけじゃないの〜。まいちゃんは次の活動場所、まんが業界に向けて〜、前に進むんだよ〜♪」
 そう。
 アイドルという一つの文化の担い手から、漫画というもう一つの文化の担い手へ。
 舞は、転身を遂げようとしている。
「歌ったり踊ったりはしばらく封印するの〜。そのかわり、まんがで世界を席巻するの〜♪」
 その宣言に、客席からは轟くような応援の声が舞まで届く。
「絶対買うぞー!」
「観賞用と布教用と保存用買うぞー!」
「サインしてねー!」
 そしてその声は、舞の名前を呼ぶ声へとなっていく。
「まいちゃんはまだまだ活躍するの〜♪」
 彼女の活躍は、まだまだ留まるところを知らない。

 文化を担う者がいるなら、文化を、そしてその作り手である人々を守る者も存在する。
 そのために、それなりの地位や立場は、すべて断って来た。
 風戯が選んだのは、最前線で戦い続ける事。
「その真紅のバンダナ……」
「サキュバスを連れた太刀使い……」
 閃かせた太刀、舞うように精気を貪るサキュバスに、犯罪能力者達が目を見張る。
「「「まさか!」」」
 ふ、と風戯の唇が、笑みを形作る。
「腕は立つのに私生活では使役ゴーストに頼り切り、普段から頭が上がらないというあの……!」
「違うわ!」
 思わず叫びながらそう言った男を斬り飛ばす風戯。大丈夫峰打ちだ。
「いや、必ずしも全て否定は出来ないが……俺は禍福の風・水原風戯だ!」
 戦いの日々は、風戯に剣技の非常な冴えと、綾との抜群すぎるほどのコンビネーションを与えていた。
 そして――彼の名もまた、一つの伝説となる。

 また、彼とは反対に、地位を得て人を治める者、その為に邁進する者もいる。
 エリュシオネスも、そのうちの一人だ。
 そしてお茶のセットをお盆に載せてエリュシオネスの執務室へと向かう夏姫は、彼女を支え続けている。
「エリス、ずっと仕事を続けていたら疲れてしまうよ」
「ああ、ありがとうございます、夏姫さん」
 そっとエリュシオネスは書類をテーブルの端に置き、ポットから注がれる紅茶とその湯気に目を細める。どうぞ休憩を、と言う夏姫に頷いて、エリュシオネスは紅茶に口をつけた。
「右も左もわからない頃は大変でしたわね、何かあるたびに泣きそうになったり、驚くようなことを知らなかったり」
 それは、もう10年以上も昔のこと。
 困ったような様子で、夏姫は頬をかいて。
「他の事を気に出来るほど私は屋敷内の事を早くこなせなかったから、エリスなら知っているかと思って……」
「そう、たしか一年目は……」
 なおも茶化すエリュシオネスに、本格的に夏姫は困った顔。
「ま、まあ最近は私もちゃんとできるけど……来た時は、その、知らなかったから……その時のことを言われるとちょっと困る……」
 くすり、とエリュシオネスが楽しげに笑う。欧州にある辺境の領土を治める為に勉強中で、最近は執務の量も増えて来て。
 父親の跡を継ぐ日も、遠くはないかもしれない。
 ま、時間だけはたっぷりありますし、とエリュシオネスは12年の歳月でも変わらぬ表情で頷く。
「学園から離れて早数年か……一体今はどうなっているんだろう」
 ふと、夏姫が呟く。エリュシオネスがそこで過ごした日々を、懐かしむように少し遠くを見つめて。
「どうせ世界に進出しているのでしょうし、出会う事もあるかもしれませんわ」

 その銀誓館近くのバー『銀の英雄譚』では、耕治が軽い酒を頼んで。
「自分の店を手に入れたんだね。おめでとう」
 そう言って、勇史にも自分の奢りで一杯の酒を振る舞う。ありがとうな、と勇史は嬉しそうにそれを受けて。
「……実は、僕も店主になってね。今日はその報告を君に……と言う訳さ」
「ほう。それはおめでとう。なら、つまみでも奢ろうか」
「いや、それはいいよ。……この店は、持ち込みは可能かい?」
 うるさい事を言うつもりはないぜ、と勇史は笑みを浮かべる。――その笑みは、直後に若干ひきつったけれど。
「……これはお気に召さなかったかな?」
 酢だこの和菓子を仕舞い込み、次に耕治が差し出したのは、某10円で売っているコーンスナック(明太子味)。
 勇史が、ふっと笑って映画か何かのバーテンダーっぽい顔を作る。
「お客さん……駄菓子屋、だね?」
「……なぜ、僕の店が駄菓子屋だと解ったんだい?」
 丸わかりじゃないか、という言葉を、勇史はそっと飲み込んであいまいな笑みを作った。
「ま、それじゃ……互いの店の繁栄を願って」
「ああ、そうだね」
「「乾杯」」
 二人の男の手の間で、グラスが軽い音を立てる。

 それから、少し後。
 今度は『虹の緑環』のメンバーが、『銀の英雄譚』で同窓会を開いていた。
「良い店知ってるね、姉御」
「ふふ、開店した時に人づてにお祝いさせてもらってからは、常連さんとしてお世話になってるの」
 白ワインに緑茶リキュール、クレームドペシェにレモンジュースをシェイクした『ディア・アゲイン』のグラスが配られ、一同は乾杯とグラスを掲げる。
 ごゆっくり、と勇史は笑って、軽いつまみを作り始める。そのいい香りの中、日花と輪音の話題は自然と家族の話へ。
「お子さん、日花ちゃんに似てるー♪」
 写真を覗き込んで輪音が嬉しそうに笑えば、日花はそれに礼を言って、今度は妹が最近能力者になったのだと話す。
「妹さんの本業能力とか気になるなぁ」
 そうわくわくと話を聞きだしてから、それにしても、と輪音はくすと笑みを浮かべて。
「話してたら久々って感じ、全然しないわね」
「語り出すとキリが無いね」
 ふふ、と頷いて互いに三十の齢を数えた二人は、微笑み合う。
「……とりまく環境は変わってるのに、変わらないなこの人。何歳だ」
 小さな呟きを聞きとって、輪音は「年齢? 知らないわねー♪」とにやり。
 既に『彼女』も……確か二児の『父』なはずなのだけれど。
「私も体外成長して無いけどさ。まだ制服着てもイケルんじゃね? と思ったけど『無理すんな』って言われた。意訳で。呪剣に」
 意訳だったのはもっとお説教されたのか、それとももっとすごい事を言われたのか。
「年齢詐称ズめ。もう卒業から随分経つから、軽いものを用意しようかと思ったんだけどな」
「大丈夫でーす!」
「どうせ栄養は呪剣から取るしなぁ」
 軽食の皿を置きに来た勇史に、容赦なくお代わりを注文する年齢詐称ズであった。

 巨大な会場を借りた大規模な同窓会では、あちらこちらで近況を報告するかつての仲間達の姿がある。
 結華もその一人であり、「折角の祝いに、店のメニューを幾つか包んで来ましたよ」と差し出した大きな包みがわっと歓声とともに受け取られる。
「結華さん、激辛はありますか?」
 かつての常連が尋ねたので、「流石に激辛はありませんよ、ピリ辛くらいです」と結華は笑って答える。彼は確か――裏メニューに挑戦したいと何度もねだってきた奴だ。
「勇史には毎度世話になってるけど、久しぶりな面子も多いな」
 すっかり大人びた琥珀が、勇史へと手を振る。馴染みの情報屋は、にやりと片手を上げて応えた。
「ファイナルバトルから12年か……12年前って俺小学生だよ、若っ!」
 その言葉に、文織がくすりと微笑む。彼女はファイナルバトルの後に目覚めた――戦争を、知らない世代だ。
「琥珀さんは、もう卒業だか?」
 尋ねたこたんに、琥珀は首を振って。
「オレはまだ学生だな……留年はしてないよ、大学院」
 文字の力の研究をつづけたくて、と言う彼の中には、確かに龍脈の中で出会った少女との記憶が息づいている。
「ほら、世界結界が無くなったから、大学での研究も本格化してるんだ」
 うんうん、と頷いて聞いていた鈴鹿・小春(万彩の剣・b62229)が、「で、ステキな話とかはないの?」と楽しそうに笑う。
 そんな彼は2020年に長女、2022年に長男が誕生し、大好きな家族のために日々検察官として、父として夫として頑張れる日々だ。
「結婚? ないない当分先だ。こればっかりは相手が必要だしな」
 文織を見つめ、溜息をつく琥珀に「どういう意味ですの」と肘鉄砲が飛んでくる。
 ふと、かすみが小さく口を開いた。隣にいる人だけに、聞こえるように。
「いつかわたし、宇宙にいくんだ」
 ディアボロスランサーを追いかける、と彼女は未来を見据えてそっと笑みを浮かべる。
「成功するかは運ね。理論は全く見つけられなかったけれど、現場のデータも合わせて、いつかは」
 全く見通しの立たぬ、不可能とすら思える研究に、けれど彼女は打ち込む。
 その瞳が誰を、あるいは何を見つめてのものなのかは――彼女だけが知っているのだけれど。
「大丈夫よ。私だって、銀誓館OGだもの」
 学生生活で、そして戦いで培った確かな自信は、揺らがない。
「……変わるもの、変わらないものが在るなかで、こうしてたまに出逢える友人達とのとりとめの無い会話は……えぇ、とても楽しいわね」
 ふふ、と結華が笑って、仲間達との談笑に移る。
 広い会場を、琥珀が文織と共に見渡して。
「紡がれた運命の糸、この先の未来も皆が幸せであることを願うよ」
 そう言って、極上の笑みを浮かべた。

 記念写真のシャッター音と共に、切り取られた時間。
 それを皆の思い出に残しながら――彼らの物語は、続いてく。


マスター:旅望かなた 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:54人
作成日:2012/12/19
得票数:楽しい7  泣ける1  ハートフル21  せつない3 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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