遙か未来に綴る道


     



<オープニング>


●エピローグ 毒島サイド〜紡ぐ未来
 師走。
 銀誓館は、世界結界が消えた後の為慌ただしく国内各地で活動を続けていた。
 学園の教師として着任した毒島・修二もまた例外ではなく、新たに入学した能力者の教育や学園の教師としての教務に追われる日々。
「……ああ、扇か。何してんだ今」
 暗い夜道を歩きながら、毒島はふらりと扇の所に電話を掛けていた。どことなく落ち着かない様子なのは、扇も気付いたらしい。
 現在、扇は大和座改築の相談や志方グループの志方氏とともに銀誓館の芸能科設立の為の準備を行っていた。
『まぁ、後は年末年始の舞台。……元々私は西の役者じゃないから、何でお前が出張ってきたんだって煩くて……それで、毒島は何の用なの』
「ああ……まぁ」
 ぴたりと足を止めると、口籠もった。
 言いにくい。
 特に扇には言いにくい。
 だが、散々あちこち電話して結局たらい回しになって、最後に扇しか居なかった訳である。小声でなにやら言う毒島の声を黙って聞いていた扇であったが、やがて声をあげた。
『……なんなの? 毒島修二ともあろう人が、ゴニョゴニョ小声で言わない』
「い……今、志穂の親父さんが帰ってきてんだよ。次出航したら、またいつ戻るか知れねぇ」
 藤崎志穂の父は、護衛艦勤務の士官である。毒島の父は藤崎の部下という話しだが、志穂の父親は温和な人柄であると扇は聞いている。
 ははぁ、と扇は一言で察して溜息をついた。
『そういうの、他人に聞いてもしょーがない。当たって砕けろだ』
「お前、気の利いた台詞知ってるだろ!!」
『そもそも君は、気の利いた言葉言うタイプじゃないじゃん』
 かくして毒島は、そわそわと帰りを待っていた志穂とともに、藤崎家にお邪魔したのである。何となく察しては居ても、何もなかった顔をするのが親。
 緊張の中、毒島はでかい図体を縮こまらせて頭をさげたのだった。
「……娘さんと結婚させてください!」
 一息置いて、父。
「駄目」
 ……。
「……って言ったらどうするの?」
 藤崎父は、首をかしげて聞いた。
 毒島、しばし硬直す。

●エピローグ ローザサイド〜はるか海の向こうへ
 高校3年もあとわずか。
 毒島の件については電話で報告を受けたものの、毒島とはキャンパスが違えばあまり顔を合わせる機会も無かった。
 扇を介して聞いたかぎり、父親が多忙の為式は身内だけでという事である。しかし扇はお祝いくらいしてあげたいと画策しているらしい。
「それでしたら、ちょうど来年あたり何か出来るといいですわね」
 そう電話で話した後、ローザはふと溜息を一つもらした。
 銀誓館が戦いに明け暮れていた時、たしかに戦いが嫌だと思う事もあった。だけどその間、皆一つ所で団結して頑張っていたのである。
 いつでも側に仲間や友達が居て、それが当たり前であった。
 ……でも、これからはバラバラ。
 嫌でもその事を、痛感してしまい寂しさがこみ上げる。
 銀誓館で毒島に顔を合わせると、さっそく憂鬱加減を見抜かれた。
「何だ、海外留学は楽しみじゃねえのか?」
「……そうじゃありませんけど」
 既に、母方の親戚がいる英国の大学へ行く事にしているローザは、春から親戚の屋敷に住む事になっていた。
 春になると、イギリスに渡ってしまうのである。
 能力者としての力を英国でどう使うか、どう過ごすかも考えておかねばならない事。毒島は銀誓館を離れる事を不安に感じるローザに、言った。
「お前の他にも海外に向かう連中は沢山いる。向こうでも、たまに顔を合わりゃ、寂しくないさ。それに、新らしい出会いをおざなりにして後ろばっか見るんじゃねえ」
 毒島はぽんとローザの頭に手をやると、そう言ってふと笑った。

●エピローグ 扇サイド〜観た道、行く道
 ここ最近、運命予報をする力が弱まった気がする。
 実際自分達がどのように能力者として開眼するのか、運命予報はどのように失っていくのか……運命予報士である自分達にも、分からなかった。
 しかしそんな事に気を構っている余裕などなく、世の中は慌ただしく動いていく。
『清四郎君、新春は関東に居るのかね?』
「新春公演がありますからね。大和座の打ち合わせになかなか出られなくて、ごめんなさい。そうそう、この間のオーディションどうでした? 誰か銀誓館の子でいい子いました?」
 志方からの電話に、扇は明るく答えた。
 西日本の拠点の一つとなる大和座、そして芸能科の設立。元来前向きな扇は、自分の力がなくなる事よりも新しい事が沢山待ち受けている……その事の方がずっと気になっていた。
 毒島は『能力者になったら、ジョブどうすんだ』などと聞いたが、今の所余り何も考えていない。
 しいていえば、また未来を観ていたいと思う位である。
「なんかこの間理事長が面白そうな能力者と遭遇したって言うじゃない? またこのまま観ていられるなら、そっちが性に合ってるかな」
『……お前、いつも舞台で観られる側なのに事件だと観ている方がいいのか?』
 毒島が聞いた。
 町の雑踏を歩きながら、扇は電話口に笑い声をたてる。心地よい晩秋の風が、鎌倉に吹いていた。
「いつも観られてるから、観る方がいいんじゃないの」
 これから何が起こるか、扇にも分からない。
 それでも常に未来の欠片を観ていられるなら、それが一番自分に合っていると思う。

 1年後、5年後……。
 10年後。
 その先を、観ていたい。

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参加者
比良木・征司(ユニコーンギャロップ・b00148)
遠座・繭(蝶を追う指先・b01015)
真咲・久遠(螺旋の月・b01439)
御堂・遥(銀の剣閃・b02015)
白瀬・友紀(蒼の浄巫女・b03507)
遠岐斯・空汰(黒い森の若長・b04669)
深田瀬・せり(伽藍の洞・b04819)
嘉納・武道(柔道先生・b04863)
美坂・真也(ナイトブレイカー・b06015)
小金井・馨(は最大の幸せ者です・b06722)
束原・キリヱ(クルエラ・b07703)
御角・心流(フライガールイズム・b08087)
森野・えり(ヨモギ猫娘・b08410)
関・銀麗(天華青龍・b08780)
芦夜・恋月(縛鎖の中で足掻く狗・b10866)
凶月・陸井(我護る故に我在り・b12455)
櫻田・優(未確認暴走生物・b12514)
立湧・治秋(寡黙な剣士・b14010)
焔・美鈴(落ち焼き払う星の魔弾・b15397)
朱残・誄火(灰紅葉・b18864)
水野・亀吉(ニューディスコノヴァ・b19642)
佐川・鴻之介(湾曲男子・b20654)
高屋敷・鉄平(マニアックシンガー・b21031)
橘・恭介(仮面ライダー恭子・b23336)
霧峰・灰十(深淵に咲く光華・b26171)
水菜・渡里(フワモコがお友達・b27348)
葛城・時人(光望青風・b30572)
黒咲・香折(瑠璃薊・b30867)
白咲・朝乃(キャストリンカー・b33560)
草壁・桐子(灰猫・b36730)
対馬・藤十郎(今弁天・b38735)
南・奏子(高校生アーケードゲーマー・b39257)
倉澤・青葉(直線少女・b59474)
鈴鹿・小春(万彩の剣・b62229)
沢北・夜水(沢北家の魔女・b62531)
佐々木・乙女(はゲーマー・b74755)
佐々木・オトメン(は男の娘・b77241)
一二三四院・夢乃子(中学生書道使い・b80137)
鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・b81451)
氷山・美冬(小学生真雪女・b82043)
五六七八院・現子(魔法少女と呼ばないで・b83917)

NPC:毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)




<リプレイ>

●永遠の始まり〜2013
 あの大戦のあとの、はじめての卒業式。
 ごったがえしたキャンパスの中を、白咲・朝乃(キャストリンカー・b33560)は携帯電話を手に友を探していた。通り過ぎていく結社の仲間や、手を振ってくるクラスメイト。
 繋いだ絆の大きさを思い、朝乃は卒業の悲しみをいっそう深く感じ取っていた。
「今校門の前……あ、いた!」
 朝乃は声を上げると、手を振っているローザに駆け寄った。
 これまで我慢していた涙が、どっと溢れて視界を曇らせる。ぎゅっと抱きついた朝乃の背に、ローザも手を回して顔を埋める。
「何で行っちゃうの、ローザちゃんの意地悪!」
 大切な親友が、遠いイギリスに行ってしまう。
 涙に暮れる朝乃の気持ちは、ローザも同じであった。
「絶対に遊びに行くから! メールもするからね!」
「うん。……そうしたら、ロンドンで食べ歩きをするんですわよ」
 この長居年月の間に朝乃が築いた絆は、深くて大きかった。心を閉ざしていた自分に繋がってくれた、大切な絆である。
 依頼や結社で知り合った仲間、そしてクラスメイトたち。
 それでも、絆は途切れた訳ではないのだから。
 春から中学2年になる遠岐斯・空汰(黒い森の若長・b04669)も、高校を卒業すればドイツに向かう予定になっていた。
 ちょっと見ない間にデカくなったな、と修二に言われて空汰は嬉しそうに笑った。
「頑張って牛乳飲んで、背もおっきくなりはじめたよ」
 自分よりじゃぽの方が大きくなったけど、というのは隠しておいた。
 じゃぽと一緒に牛乳飲んで鍛錬も積んで、空汰なりに一生懸命頑張ってきたのである。桜塚先輩や修二のように、でっかい男になりたいから。
「いっぱい泳げるようにもなったよ!」
「……ほんとか?」
 修二がじゃぽを見ると、じゃぽは大きくこくりと頷いた。
 泳ぎの特訓を、じゃぽも手伝ってくれたのだ。
「それにしても、何でドイツに行くんだ?」
 修二に聞かれて、空汰は祖母のあとを継ぐ為だと話した。
 卒業していく先輩達を見ていた空汰が、未来を見つめた結果であった。
 それが、じゃぽとの契約。

 変わらず、ゴーストに関わり続けた人間も居る。
 自らチーム『夜屋』を率いて、美坂・真也(ナイトブレイカー・b06015)はゴーストに関する情報収集を始めていた。運命予報士がその力を失った時の為、ゴースト事件に関する情報を提供するのが目的であった。
 彼が修二の話しを聞いたのは、そんな時である。
 電話をすると、元気そうな修二の声が聞こえて来た。
「うん、結婚パーティーの招待状来たよ。大丈夫、予定空けておくから」
 結婚の話しから、とりとめもない真也の話しなどをする。背後から動物の鳴き声が聞こえるのに気付いた修二が、それについて突っ込んだ。
 ふふ、と笑って真也が返す。
「今トリマーの修行中なの。毎日ワンコだらけの生活してます」
 そういえば修二は猫派だっけ、と考えながら真也は話した。
 一方鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・b81451)は、山口県は彦島に来ていた。
 かつて竜宮の玉手箱のメガリスを所持していたメガリスアクティブの平家登喜子に会うためであった。
 他のメガリス所有者は記憶がない者も殆どだ。登喜子も……と、不安があった。しかし他のメガリスと違い大量のゴーストを召喚して使役した登喜子は、あのあと能力者に覚醒した可能性もあるし、あまりにゴーストを知りすぎた。
「夢であるかもしれないと思っていたわ」
 登喜子はぽつりとそう言うと、笑った。
 彼女の神社から、あの海を見ながら脇差は今までの話しを彼女にした。悪路王の話や、世界結界の崩壊など。
「登喜子、人が人を、魔が魔を制すると言ったお前の言葉を忘れたことはない。お前にもう一度、協力してほしい」
「それが定め……なのかもしれないわね」
 登喜子はうっすらと笑った。
 人を護る……という立場ではあるが、違う道を辿ったのは御堂・遥(銀の剣閃・b02015)であった。
「日本国民であり、法に服する義務があります」
 と、模範的な言葉を言って遙は進んで自衛隊に入隊した。
 将来的にもっと広い活動が出来る軍隊に行きたいとは考えているが、正規に国連軍が出来でもしないかぎり遙は今の所自衛隊を辞めるつもりはなかった。
 もっと効率的な対ゴースト兵器、敵対組織や脅威を駆逐する為の方法を模索し、戦うのが遙の選んだ進路である。
 戦いの中、すり減っていくのは身を着飾るという心。
 だけど、遙は前を見続ける。
 仲間の進路や結婚の報告に、つかの間の平穏を感じて遙は目を細めた。
「結婚……ですか」
 その一報に、ほっと息をついた。

 5月31日。
 入籍した日から1年が経ち、同じ日に佐川・鴻之介(湾曲男子・b20654)と倉澤・青葉(直線少女・b59474)は挙式した。
 挨拶をしどろもどろで話していた父勝二の様子にハラハラしていた青葉であったが、泣き出す事なくじっと堪えている勝二の様子に、逆にじんときた。
「青葉、お前が幸せならそれが一番嬉しい」
 勝二は最後に、そう言った。
 その様子は、青葉の心にずっと残った。
 結婚の話しをしに来た時既に肩をふるわせていたのに、結婚式は堪えていた。そして、自分の幸せを誰より願ってくれているという事が分かったからである。
 青葉は泣き出しそうなのを我慢し、テーブルの下でぎゅっと鴻之介の手を握りしめた。
「うちの爺の方が我慢出来んようじゃ」
 小声で鴻之介が囁く。
 善之介が、今日は声を押し殺して泣いていた。
 いつだって笑っていた善之介の姿に、鴻之介も動揺が隠せずに居る。祖父は泣いているし、涙を堪えているドレス姿の青葉は見とれる程綺麗だし、視線が泳ぐ鴻之介を青葉が肘で突くまで鴻之介は誓いの言葉の時が来たとすっかり気付かなかった。
 とりあえず段取りが入らず、はいとだけ答えた鴻之介の様子を見た青葉が少し笑う。その顔がまた素敵で、鴻之介は顔を赤くして俯いた。
 式が終わってからも、これで終わってしまうのが名残惜しくて引き留めてしまった。
「……もう少しだけ、こうしていていいか」
 もう少し。
 まだ、ドレス姿の青葉が見ていたいから。
 鴻之介が聞くと、青葉は頷いた。
 白いドレスに包まれている事、その幸せを実感して青葉の目に涙が溢れる。それをそっと拭うと鴻之介は青葉の両手を握った。

 修二と志穂の結婚パーティー前夜。
 真也は強引に修二を呼び出していた。
「何の用だ。何処行くんだ」
「バチェラーパーティーですよ、しゅーちゃん」
「?」
 バチェラーパーティーって何だ。
 そう聞く修二に答えず、真也は引きずっていった。
 バチェラーパーティーとは、いわゆる独身さよならパーティーである。真也は真也なりに気持ちがつのっての事だが、こういう時じゃないと行かないだろうと連れ出したのが夜の街で。
「ここ知り合いのママの店なんだ」
「行かねえ絶対!」
「もう電話しておいたし」
 日付が変わる頃、ようやく事情を聞いて駆けつけた芦夜・恋月(縛鎖の中で足掻く狗・b10866)の交渉でパーティーは解散と相成った。溜息まじりで、恋月が座り込んだ修二を見下ろす。
 まあ、ゆっくり話しが出来るのは都合が良い。
 恋月は横に座ると、視線を空に向けた。
「一つ、ちゃんと言っておこうかと思って」
 好きだったよ。
 恋月はそう言うと、すうっと笑った。
 自分の方が相応しいのにとか、そういう事は言うつもりはない。
「結婚おめでとう」
 笑って恋月は、言った。
 でも、浮気なら相談に乗るよー。
 どっちが本心かというと、どっちも本心。だが黙って幸せを祈り、恋月は手を振って見送るだろう。
「それでも、お前への友情は無くしはしない」
 修二の言葉に、恋月は俯いた。
 受け止めるには、今は重い言葉だったのに違いない。

 対馬・藤十郎(今弁天・b38735)の手伝いもあって、修二の結婚パーティーはホテルのパーティー会場を使って行われた。料理など最低限のもの以外は自分達で用意した為、毒島と志穂の和装も結局の所清四郎と藤十郎が行う事となった。
 最初に和装、そのあとドレスという流れで会場前に二人は各部屋を慌ただしく行き来した。
「志穂先輩は小柄だから白無垢が似合いますぜ」
 藤十郎に着付けを手伝ってもらっていた志穂は、それを聞いて微笑む。かつらと着替え、化粧と二人はホテルのスタッフも驚く速さで終えてしまった。
 式が始まってから、改めて藤十郎は二人に挨拶をした。
「ご結婚おめでとうございます。末永く、お幸せに」
 そして、にんまり笑って藤十郎は封筒を差し出した。
「ご祝儀代わりと言っちゃなんですが、今度の俺の公演のチケットです。結構いい役もらえたんですよ」
「ぜひ二人で見させてもらいますね」
 受け取った封筒に入っていたチラシを、志穂は嬉しそうに受け取った。
 ウエディングドレスに着替えた志穂は、いつも二つに結んでいる髪を後ろでふわりと一つにまとめている。
 プリンセスラインのシンプルなドレスがよく似合っていた。
「はー、ウエディングドレス着ると志穂も一気に大人の女って感じだね」
 浅葱色のドレスを着て参列した黒咲・香折(瑠璃薊・b30867)は、溜息をついて志穂の姿を見つめる。ウットリと花嫁姿に見とれていた遠座・繭(蝶を追う指先・b01015)は、こくりと頷く。
 花嫁衣装は、やっぱり憧れだ。
 ワインを味わっている草壁・桐子(灰猫・b36730)は、二人の様子を知ってか知らずか切り返した。
「凄いなぁ、毒島は。そんだけ一緒に居たい人と出会えるとか、奇跡なんじゃないの。すごいよ、僕なんか結婚とか考えた事もないんだけど」
 桐子の言葉に、香折は違う意味で深々と溜息をつく。
 桐子の論法でいくと、超一途な片思いを何年もしている自分もミラクルガールの仲間入りという事になってしまう。
 生暖かい笑いを浮かべてワインをぐいぐい飲む桐子の様子を見て、繭がふるふると首を振った。
「ミラクルガール……かどうか分かりません、けれど…一途な香折さんのお気持ち、素敵」
 いつか花嫁姿が見て見たいと笑顔を浮かべた繭に心温まった香折であったが、桐子はさらりと聞き流す訳で。
「繭は優しいなあ、想い合わないとか……それ、ただのストーカーじゃん」
 ストーカー扱いされた香折は、ぐっと拳を固め笑いを浮かべる。
「桐子、その借り物のスーツ赤く染めたいのか、おうこら!」
「あ、この料理美味しいね。繭、食べてみなよ」
 聞く気があるのか無いのか、桐子はパクリと白身魚を口に入れた。
 こうなったら、桐子抜きで話しを進めるべきである。
 香折も花嫁衣装が見たいし、着てみたい。
「よし、こうなったら二人で花嫁衣装を着よう。結婚しようか繭」
「二人で、はなよめさん……!」
 嬉しそうに声をあげた繭であったが、ふと思い出す。
 そういえば、香折の一途な想いはどこにいったのだろう?
 ご祝儀は盛大に、とあとで二人が驚く額を持参した遙は、久しぶりに見た学園の仲間の姿に一時落ち着いた時間を過ごしていた。
 自分がお金を持っていても仕方ないから、と遙はそう二人に後で話している。それでも、ここに居る間の遙は笑顔であった。
 毒島への結婚報告をする仲間の話を聞くと、遙も日常に戻った気がしていた。
「しゅう兄ぃ結婚おめでとう!」
 お祝いに来てくれた空汰も、もう中学2年。
 日に日に大きくなるな、と言われて嬉しそうに空汰は笑った。確かに、最初に修二に会った頃はまだ空汰も小学生だったのである。
 懐かしそうに話しながら、空汰の目に涙が浮かんでいた。
「おいどうした?」
 修二が顔をのぞき込むと、ふるふると空汰は首を振った。
 だって、こんなに立派なしゅう兄の姿を見たら嬉しくなって……なんて言ったらきっと、照れてしまうだろうから。
「俺も近いうちに式をやる予定なんだ」
「それはめでたい。おめでとう」
 真咲・久遠(螺旋の月・b01439)の結婚報告に、清四郎が驚いて言った。
 むろん、結婚式の招待は清四郎にも修二にも送るつもりである。しかし、清四郎が何もしなければいいが……不安を覚え、そしてそれが清四郎のいつも通りであると納得する。
 不安といえば、修二の結婚式も何も企んでないか、不安であるが。
「今日はめでたい席だもんな。毒島、今日は一段と格好いいぞ」
 肩を叩き、久遠は笑顔を浮かべた。
 ピアノに着いた久遠から、二人へ祝いの音楽が奏でられる。ゆったりとした音楽は、彼からの贈り物であった。
 奏でる音色の優しさに、遙が目を細める。
「良い物ですね。……こうして銀誓館の仲間の新たな道をこうして聞くというのは」
「御堂、おまえはどうなんだ」
 修二に聞かれ、遙はただ目を閉じる。
 自分も、選んだ道を進んでいる。その行く先が戦いであったとしても、これは遙の選んだ道であった。
「こうやってみんな、どんどん結婚していくんだなー。俺には…あー、そういう人いねーなー」
 橘・恭介(仮面ライダー恭子・b23336)は修二に祝いの言葉を送ってから、ずーんと沈み込む。
 そういう時は、これだ。
 関・銀麗(天華青龍・b08780)が、恭介にぐっと拳を握ってみせる。
「な、何するんだ」
「とりあえず……一発殴らせてもらうのよ」
 銀麗は、フルパワーで殴る気満々である。
 慌てて恭介が後ろから羽交い締めにするが、銀麗の目はマジだった。ひとしきり揉めた後、銀麗は咳払いを一つして拳を収めた。
「言いたいのはひとつ。……志穂を泣かせように」
 むろん、泣かせる心配なんか無いと思っているけれど。幸せそうにしている修二を見られただけで、銀麗はあとはもう言う事などなかった。
 恭介はぐるりと見まわし、修二の回りに人を集める。
「それじゃあ毒島先生、ぶっちゃけて話しをしよう。……馴れそめは?」
「な、馴れそめ? 家が隣だって言ってんじゃねーか!」
 顔を赤くして怒鳴った修二に、そういえば子供の頃の話しとか色々聞いた事がないよねと銀麗が言う。
 その辺りの話しが聞きたい、恭介。
 にこりと笑って、朱残・誄火(灰紅葉・b18864)が更に突っ込んだ。
「どういう経緯でお隣さんになったんですか? 初対面はどうでした?」
「……あー……まあ」
 口籠もる修二に替わり、志穂が答えた。
 そもそも二人の両親は現在同じ護衛艦に勤務しており、昔からの知り合いであった。そこで志穂の一家が隣に引っ越してきたという訳である。
「修二君は喧嘩ばかりしてました」
「さもありなん」
 誄火ははっきりと、その光景が思い浮かべられた。
 それでは、今度は自分と勝負をしてみませんかと誄火が話した。いつも喧嘩や戦闘に明け暮れている様子は、学園の生活でも垣間見る事が出来た。
 今度は、自分と一対一で。
「護る者を得たあなたは、きっとより強くなっているでしょうから」
 護るべき者が居るのは、誄火も同じであったが。
 ふふ、と笑って誄火は楽しそうに約束するのであった。

 久しぶりに、会場で脇差は白瀬・友紀(蒼の浄巫女・b03507)と会った。
 登喜子と会ったのだと脇差が話すと、友紀は一つ一つ丁寧に返事を返しながら聞いていた。脇差がそうして登喜子と向き合っている事に、友紀は尊敬すら覚える。
「……まだ、私は笑顔で会う事が出来ませんから」
 抱いた思いは、脇差と同じ。
 それでもまだ友紀の目指す道は遠い。
 修二を振り返り、友紀は笑顔を浮かべる。ひとまずは、修二を祝うべきで在ろうと友紀が言うと、脇差もふと笑った。
「そうだな、プロポーズの言葉のひとつでも暴露してもらわん事には場も収まらんしな」
 幼なじみという事は、初恋?
 友紀が修二に聞くと、修二は無言を貫いた。
「違うの?」
「いや……違わない…けど、な」
 志穂の静かな質問に、修二は低い声で答えた。
 初恋は実らないというが、こうして成就する恋もあるのだ。脇差にプロポーズの言葉を聞き出されている修二を、友紀は笑顔は笑顔で見守った。
 ご結婚、おめでとうございます。
 友紀は脇差と修二の横で、こっそりと志穂にプレゼントを手渡した。包みの中は、小さなクマのぬいぐるみである。
「将来のお子さんへのプレゼントでもいいですよ」
「そうですね」
 笑顔の志穂の意味を、友紀も何となく察して二度祝いの言葉を口にしたのであった。
 それを聞きつけたのは、束原・キリヱ(クルエラ・b07703)である。いや聞きつけたというより、察したと言うべきかもしれない。
 修二にローキックをかましながら、逃げを許さぬキリヱの尋問。
「ねえ、言う事あるでしょ? プロポーズもだけどさ、その前に言うことありますよね毒島」
 結婚だけじゃなくて、言う事あるでしょうとキリヱがキック。
 ひたすらキック。
「あたしの毒島が……思い起こせば高二のある日。その毒島が、よもや出来こ……」
「まて、ちょっとまて!」
 後ろから手でキリヱの口を塞いだが、後の祭りである。
 ぱあっと満面の笑顔で、御角・心流(フライガールイズム・b08087)が寄った。
「そうなんですか? おめでとうございます。何時出産予定? お子様はあと何人くらいお考えなんですか?」
「何でそんなに嬉しそうなんだ」
「だって、あの硬派がリボガンつけて歩いてるような人が結婚なんて……」
 おまけに今年度内に出産予定だなんて。
 そりゃあ、心流もにやにやする訳である。
 もうどうにでもなれ、という風に脇差はクラッカーを鳴らしているし、キリヱは皆に結婚報告を聞いているし。
 なるほど、そういう事情なら結婚話も緊張したはずだ。
 修二の話しを聞いて、治秋は苦笑した。
「しかし、それで済んで良かったな。うちの春姉が結婚する時は、うちの親父が凄い剣幕だったらしいからな。春姉は親父をぶん投げるし、大騒動だったとあとで聞いた」
 立湧・治秋(寡黙な剣士・b14010)の家は治秋の家で、また大変そうである。
 しかしどうやら修二も父にぶん投げられたというから、修二の父と治秋の父もさして変わりはしないのかもしれない。
「ところで、毒島先輩と藤崎先輩のお父さんは護衛艦勤務だそうだな。……いずれお会い出来るといいが」
 ぽつりと、治秋が幹部候補生学校に通っている事を話した。
 会わねえ方がいい、と修二は手を振ったが治秋はその時を楽しみにしていた。そうすれば、彼らから修二の結婚話しが聞けるだろうか。
 さて、どうやらキリヱも結婚したらしいと騒動の中で聞いた修二は『そいつは目出度てえな!』と、笑顔でローキックをくれた。
 どうやらさっきのお返しらしい。
「みんなも報告あったら言ってよね」
 水野・亀吉(ニューディスコノヴァ・b19642)と心流に視線を向けると、二人は同時に首を振った。
 残念ながら、結婚報告とかは無い。
「今あたし、大事な時期だから。取材が来たり、もっと大きな仕事もらえそうなの」
 映像制作のノウハウがあるフリーのダンサーとして、心流は今インディーズで活動している。
 浮いた話は無いのかよ、と言いたい所だが心流は仕事に熱中しているのだからそれはそれで良い報告である。
「仕事が恋人なの」
「オレは生涯独り身じゃないと、ファンが泣いちゃうんでー」
 亀吉はクラッカーの紐を弄りながら、一応デモテープを送った会社と契約した事を話した。現在はライブ活動であちこち飛び回っている。
 ライブと聞いては、黙っていられないキリヱ。
「ライブかー、行くよ」
「来るなら今だよ。そのうち売れちゃうから オレ、本気出して売れちゃうからね。お茶の間とか出ちゃうよ」
 続く亀吉の話しを聞いて、心流は笑顔で返した。
「仕事が恋人なのよね」
 何故か妙な所で、意見が一致したようである。
 仕事をしている二人が楽しそうなのは嬉しいが、浮いた話を聞けなかったというのもちょっぴりキリヱとしては残念だったかもしれない。

 かつてクリスマスに、ちょっとした冗談から毒島にパンチを喰らう羽目になった小金井・馨(は最大の幸せ者です・b06722)としては、小金井家を挙げて祝いに向かわねばなるまい。
 妻と子を呼び出し、そう告げたのであった。
 しかも当日。
「誰が誰と?」
「毒島さんと藤崎さんがだ。支度しろ、全力でお祝いに行くぞ!」
「「おーっ!」」
 櫻田・優(未確認暴走生物・b12514)と氷山・美冬(小学生真雪女・b82043)……もとい、小金井優と美冬は、手を挙げて馨に応えた。
 小金井家はその勢いのまま会場に乗り込み、既に色々とインタビューされまくってカオス状態の修二の元へと駆けつけた。
「結婚おめでとう、毒島さーん!」
「お、久しぶりだな。……仲良くしてるか」
 修二が言うのも、無理はない。
 まあ、クリスマスがクリスマスであったから。
 しかし、小金井家はこれ程の団結力を見せる程幸せ家族なのである。優が笑顔で応えると、ほっとしたように修二も笑い返した。
「こっちは娘の美冬です」
 馨が紹介すると、美冬はふんわりと笑ってお辞儀をした。
 パパとママの友達だって聞いていたから、今日はお祝いに来たのだと美冬が話す。のんびりと家族について話す美冬の話は、馨の惚気話以上に優を赤面させた。
「私もパパとママに家族の良さを教えてもらったから、毒島さんもきっと素敵な家庭が築けると想う。だって、パパとママの友達だし良い人だもの」
 出来た娘だ。
 修二の言葉に、赤面しつつ優も頷いた。

 志穂と修二の結婚式の様子を、嘉納・武道(柔道先生・b04863)と焔・美鈴(落ち焼き払う星の魔弾・b15397)も揃って見守っていた。
 来るまでは美鈴は『和装にするべきか洋装にするべきか』と悩んでいたのだが、結局一緒に行く武道がスーツを選ばないかぎり美鈴が洋装を選ぶのは不自然であると気づき、和装で臨んだ。
「ご結婚おめでとうございます。確り尻に敷かれてますか」
「それは、まるで私が敷いているような言い方だな」
 背後から聞こえた美鈴の言葉に、武道はしどろもどろで反論した。
 いや、自分達はその位で丁度良いのだと。
「どの位だ?」
「いえ……」
 どう言葉を返しても、恐らく帰ってからが怖い。
 美鈴は溜息をつくと、ふと表情を和らげた。自分が道を見つけた時、修二は見ていてくれた。そしてまた、彼らも道を見つけたのだと美鈴はようやく安堵の息を漏らした。
「二人の道のりに幸運を」
「武道も、あまり一人で突っ走るなよ」
 修二が武道に言うと、美鈴はくすりと笑った。その忠告は無駄に終わるであろう事は美鈴が一番知っているし、とうに覚悟している。
「そっちこそ、妻にはあまり心配を掛けるなよ。……二人とも似ている所があるからな」
「耳が痛い言葉だ」
 修二は笑って言い返した。
 武道は来たるべき未来の為、柔道界にも協力を求めるべきだと考えていた。その為、教職を辞して柔道界に復帰する事を決めていた。
 いずれは、国際柔道連盟の力を借りた世界規模での活動拠点の確保まで視野に入れている。
 どこまでやれるか、分からない。
 だが、武道の背中は美鈴が護ってくれていると信じていた。

 二次会もそろそろ仕舞いに近づいた。
 ようやく肩の荷が下りた、という様子の修二にお疲れさんとグラスを合わせたのは葛城・時人(光望青風・b30572)と凶月・陸井(我護る故に我在り・b12455)の二人であった。
 ライスシャワーや花びら撒きなど、進んでやってくれた時人と、はしゃいでいる時人と一緒に花を撒いてくれ、鯛を持ってきてくれた陸井。
「ありがとう」
 ぽつりと修二に言われて、陸井は首を振った。
 礼を言われるまでもない、仲間なのだから。
 ぽんと時人は、修二の前にプレゼントを差し出した。式の途中に渡そうと思っていたが、結局慌ただしくて手渡せなかったものである。
「絶対喜んでくれるよ」
 時人の笑顔に一抹の不安を感じながら修二が開けると、中は沢山の猫、猫、猫。猫グッズだらけであった。
 絶句する修二に、時人は一つずつ説明していく。
「これは毒島の猫用、これは毒島に……」
「分かったよ、使わせて貰う」
 さすがの修二も、笑い出した。
 それからぽつりぽつりと、三人で色んな話しをした。陸井の結婚の話しや、シリルが会いたがっていたという話し。
「今が大事な時だから、来られなくて悪いな」
「謝る必要はねえよ陸井、お前達の幸せは護全員の幸せだ。仲間の幸せは皆の幸せ、そうじゃないか」
 仲間の幸せ……。
 陸井は、その幸せをたくさん感じ取っていた。皆から送られた祝福や、自分が送った祝福……それら沢山の心が、幸せをくれたのだから。
 さて、ここで聞いておかねばなるまい。
 陸井は、顔を寄せて真剣な表情で聞いた。
「……二人とも……相手のどこが好きなの」
 唐突に話を振られて、先に帰り支度をしていた志穂が驚いて振り返った。ああ、真っ赤になった志穂というのは初めて見るかもしれない。
 新鮮だ。
「意識したのっていつ?」
 さらに時人が質問を切り出す。
 どうやってコクったの?
 内緒にするから教えて!
「ああ、分かるぜ。結社以外に内緒って事だな」
「だって毒島、仲間だよな」
 時人は笑顔で言った。
 喋らないなら、と陸井がアルバムを取り出す。シリルから預かっていた写真で、結社での様子や今まで撮りためたものが入っている。
「まて、どんな写真だ」
「シリル秘蔵の写真だよ」
 陸井はそう言うと、アルバムを志穂の方に差しだしながら開いた。学園祭の話し、結社で鍛錬している写真、登山の時の写真、時人や陸井の話しを志穂は楽しそうに聞いていた。
「毒島。……実はね」
 ずっとGTに入り浸っていた番人の修二に、憧れていた事。
 陸井は語ってくれた。
 それが友達になって、そして手の届く所にいる……ごく普通の猫好きのお兄さんだと分かった。陸井の言葉に、修二は照れたようにありがとうと応えた。

 結婚式から一ヶ月。
 偶々休日に鎌倉市内の本屋に来ていた鈴鹿・小春(万彩の剣・b62229)は、修二と志穂の姿を目撃した。法学部を目指して勉強していた小春は、学内で毒島が結婚するという噂(というか校内放送だが)を聞いていたが、日時までは把握していなかった。
 参考書を買ったあとでふと視線をやると、二人の姿が。
「あ、せんぱーい!」
 小春が声を掛けると、不自然な挙動で修二が振り返った。
 笑顔で会釈をした志穂の手に、指輪が光っていたのを小春は見逃さない。
「ご結婚おめでとうございますよー」
 幼なじみとついに結ばれるって、ロマンチックですねと小春がにこにこ笑顔で話す。言う程ロマンチックじゃないですよと返す志穂も、何となく落ち着いた雰囲気に見えた。

●進むべき道〜2014
 翌、2014年。
 森野・えり(ヨモギ猫娘・b08410)と二人で久しぶりに銀誓館を訪れた比良木・征司(ユニコーンギャロップ・b00148)は、職員室で修二に会った。面識は無いが、ある意味修二はよく噂に上る人であったから征司も話しには聞いている。
「ご結婚されたそうですね」
 征司が言うと、どこかから『子供も居るぞ』と返事が返った。
 写真を見せて貰うと、にっこりと笑った愛想の良い男の子が写っていた。……どうやら性格は母親似であるらしい。
 思わずえりの顔も綻ぶ。
 えりにも、女心がある訳で。
「正直、意外でした。噂も色々お聞きしましたし……その、大変でしたね」
「意外? でも二人ともお似合いだったよ」
 えりが征司にそう、言い返した。
 にっこりと笑い、えりは写真を見つめる。卒業後美大を出たえりは、画材店に就職していた。プロの道には進まなかった、とえりは話した。
「それで、お前達はどうするんだ」
 どう、というのが二人の関係である事が分かり、征司は慌てて視線を泳がせた。
「つ、付き合うって……その、なんです。まだ、早いというか……」
「……物事、勢いが大事だぞ」
 修二にその台詞を言われるとは。
 よくよく、その言葉を考えて欲しいと後々までえりは思う事になる。

 大学卒業後一年間幹部候補生学校に通った末、治秋は無事希望であった海上勤務に就く事が出来た。
 実際防衛大から幹部候補生学校に行く場合、どこに回されるか分からないと脅されていたが、治秋の希望は艦隊勤務であったから念願通りで幸運だったと言える。
 任官後、護衛艦艦長の言葉は『物好きだね』だった。
 そうなのか、物好きなのか。
 治秋が黙っていると、彼は少し間を置いて口を開いた。
「……君は銀誓館の卒業生だったね」
「はい。毒島先輩や藤崎さんには何度かお世話になりました」
 治秋の言葉に、艦長はようやく表情を和らげた。少しぼんやりした所があるけど、人が良い……そう、毒島から着任前に聞いている。
 そう。彼は、藤崎志穂の父親であった。
 お互い共通した知り合いが居る事もあり、その後も比較的藤崎艦長とは仲良くする事が出来た。
 そっと見せてくれた、孫の写真。
 笑顔の志穂と、照れた様子の修二が一緒に写っていた。
「結婚式の時にはもうお腹に居たからね。だからしばらく毒島が艦内で僕に顔を合わせなかったよ。……申し訳なかったのかもしれない」
 藤崎艦長はそう言って、笑った。
 噂に聞いた毒島の父は機関科だったので少し顔を合わせて話したが、剛胆だが話しやすい性格であった。
「休みも無え護衛艦勤務なんざ、どうしてやりたかったんだ。うちなんか、孫が出来たって話しを艦長経由で聞いたぜ」
 毒島父が、当時を思い返しながら話してくれた。
 別段とくに護衛艦を希望していた訳ではないが、藤崎と毒島の話は聞いていたから興味はあった。
 そして希望者が少なかったから回された。
 多分それだけである。
「護りたかったから……だと思います」
 銀誓館での事を振り返りながら、治秋はそう答えた。
 その頃、遙もまた戦場に出ていた。
 ある意味自業自得ともいえるゴーストの脅威に対し、最大限の防衛を行い打ち払う。それが、世界結界という揺り籠を消滅する道を選んだ、自分達の義務であると考えていた。
 ここから先、軍がどこまでゴーストに関わってくるのか分からない。
 しかし、遙はこの先の道が世界を護る道に繋がるように戦い続ける。
 携帯電話で聞く友人達の近況に平穏な日常がある事を確認し、遙は息をつく。
「久しぶりに銀誓館に戻りましょうか」
 母校の進む道を確認し、ふたたび戦場に戻る為に。
 遙は厳しい表情で、歩き続ける。

 芸能科設立の為、藤十郎も動き出していた。
 比較的扇とは会いやすい為、彼からちょいちょい話しは聞いている。自分も役者だから、銀誓館につながりを残しておきたいというのも本音。
 そう言うと、扇が志方氏の電話番号を渡してくれた。ここ経由なら、誰説得するにしてもすんなり行くだろうと扇は言う。
「とりあえずね、今のところ日舞の師範ってほとんど私と君しかいないから」
「でもまだ俺もぺーぺーだしなぁ。扇先輩の方がツテあるでしょ」
「んな事ないよ。所詮私の所は、きみの家に比べるまでもない家柄だもの。うちは日舞でも、元々振付師だって知ってるでしょ」
「歌舞伎や日舞で家柄出しちゃ駄目ですぜ」
 ため息まじりに言うと、藤十郎は立ち上がった。
 こうなったら、いけ好かないが父に頼んでみるしかない。
「悔しいが、名前とキャリアと人脈はそこそこですから」
 そこそこって何言ってんの、お父さん今度の東西顔見世出るんじゃない。一階席取りましたから見に行きますよーと扇が言うと、藤十郎は仏頂面をした。
「そのうち越えてやる」
「私も、あと30年経ったら父を越えるぞ」
「……もっとこう、夢持ちましょうや先輩…」
 やれやれ、と藤十郎はため息をついた。

●スターへの道〜2015
 年が変わった2015年。
 大学卒業を間近に控えた高屋敷・鉄平(マニアックシンガー・b21031)が南・奏子(高校生アーケードゲーマー・b39257)を連れ出したのは、1月の事であった。何か話したい事があるらしいとは、奏子も彼の雰囲気から察していた。
 ふ、と笑みを浮かべて奏子は鉄平の腕に自分の右手をするりと通す。コートに首をすくめるようにして、白い息を吐いた。
「……それで?」
「うん……」
 鉄平は、真剣な表情で口を開いた。
 在学中ずっと考えていた、鉄平の思いが吐露される。
「実は……俺、一年ほどアメリカに行こうと思うんだ」
 アメリカにはフリッカージョーカーも居るし、そこでいろんな音楽と出会っていろんなリズムを感じたい。
 新天地を思うとわくわくしてくるが、しかしその間奏子を置いていかなければならなくなる。
「奏子はまだ在学中だから、連れて行く訳にもいかないし」
 ……待っててくれるだろうか。
 二人の間に、しんと沈黙が流れる。
 間を待ちきれず、鉄平がちらりと奏子に視線をやった。彼女はじっと考えていたが、しばらくしてふうっと息をついた。
「……大丈夫。だって、初めて会ってから告白されるまで3年も待ったんだよ? この際、1年くらいどうって事ないし」
 そう言うと、奏子はにっこりと笑った。
 『音楽は人を救う』を、頑張って実戦してくるといい。奏子の返事を聞いて、鉄平は肩の力を抜いた。
 むしろ、奏子の不安はアメリカに渡っている間、アニメを撮りだめしなきゃならない事である。
 眉間に眉を寄せた奏子は、そうむくれて見せた。
「必ず、帰ってくる」
 そう約束し、二人は指切りをした。

 残留思念自体は元の存在とは別。
 それは脇差にも分かって居たが、実際あれから封印された平家のゴーストなどはあまり見かける事は無かった。
 見かければ悪路王側に知らせる事にしていたし、銀誓館側の約束としても登喜子の望みとしてもそれが最善であると脇差も思っている。
 ただ、いつか道綱を呼び起こしてやりたい。
 そうずっと、思っていた。
「平家の一員だった道綱とともに、人魔共存の道を辿りたい」
 彦島中を探し回って、ようやく見つけたかつての仲魔。
 殆どの当時のゴーストは残留思念から出来た、欠片でしかない。記憶は持ち合わせてはいないし、呼び覚ましても源平合戦時の彼らとは別の存在である。
 ただ、過去の記憶や鵺に関する記憶も持っていた道綱は、封印されていた存在だと脇差は思っていたから、あのあと残留思念に戻らず自ら眠りについたんじゃないかと考えていた。
「竜宮の力で呼び覚まされたゴーストは多すぎました。道綱も彼らを宥める為、自らそれを選んだのでしょう」
「しかし、俺はあいつと進みたい。人魔共存の道を」
 目を覚ました彼に、何と声を掛けよう。
 ひとまず脇差は、手を差しだした。
 おかえり……。

 芸能科設立に尽力する他の仲間に混じって、朝乃は親族の協力を得て芸能科の講師となってくれる人や協力者捜しをしていた。
 朝乃もまた、芸能科で子供達に教えたりする立場を希望していた。
 久しぶりにローザを呼び出したのは、そんな芸能科設立後の春の事であった。
 校門前に現れたローザは、卒業式の時より少し背が高くなったように見える。耐えきれずに飛び出したぷいぷいがぴょんとローザに飛びつくと、ローザは嬉しそうに笑って抱きしめた。
「朝乃ちゃん、元気そうで嬉しいですわ」
「ふふ、今は芸能科のお仕事を手伝わせてもらってるの。色んな人に知り合ったし、これから色んな子に会って教えたりするのすごく楽しみなんだ」
 だからその前に、ローザに自分の日舞を見てもらいたいと思っていた。
 あれから成長した自分、自信が出来た自分の踊りを。その姿は、ローザも見とれる程にキラキラと輝いていた。

 そして芸能科設立を目前にした3月。
 久遠が顔を覗かせると、扇が最後のチェックを行っていた。手を挙げて、手の中にある袋を振ってみせる久遠。
 その紙袋に書かれた銘柄に気付いた扇が、ぱあっと笑顔になって飛びついてきた。
「さすが好物の効果てきめんだな」
「くず餅に黒蜜たっぷり……久遠愛してる」
「お断りです」
 笑顔できっぱり言い返すと、久遠はいつもより多めの和菓子を扇に土産として手渡した。
 来月から芸能科のキャンパスになる場所は、校舎も真新しくて設備も芸能に特化している。そこには、新学期から芸能科の教師として移動する事となった恋月や、校舎を見に来た水菜・渡里(フワモコがお友達・b27348)がいた。
 広いレッスン場や、防音設備の整ったレッスン室、そして舞台設備などを見せてもらいながら、久遠は感嘆の声をあげる。
「へー、これは凄いな。さすがそうそうたる面々が協力しただけは在るわ。何か、俺にも手伝える事があればいいんだけど」
 久遠が聞くと、扇が応えるより先に恋月が口を開いた。
「講師」
「……うん、講師かな」
 扇が続けて言う。
 さすがに講師は難しい!
 だが、たまに特別講師として来る位は出来るかもしれない。
 その時は発声練習とか、教えてくれるとうれしいです……と渡里がほんのり笑ってお願いした。4月から2年として転化するが、今からもう新学期が楽しみで仕方ない。
「何を目指してるの?」
 久遠が聞くと、渡里がアクション女優だと応えた。
 芸能科が設立してもらえると聞いたあの、四国での戦いのあと渡里はずっとこの時を待っていた。共に芸能科設立に協力しあった恋月も講師として来ると聞き、不安も少し解消していた。
「あれが無ければ、芸能科設立に尽力しようだなんて思わなかったもの。……渡里も頑張ったしね」
 恋月がぽんと肩を叩くと、渡里は嬉しそうに笑った。
 何でも自分で出来る女優になりたいし、その為に殺陣はもっともっと今より上手くなりたい。
「攻撃には耐性がありますから!」
「お、その調子! いいよ、いつでも恋月姉さんがお相手してあげる」
 その替わりといっては何だが、芸能界についてレクチャーして欲しい。手を合わせてお願いポーズする恋月に、渡里は腕を腰に当てて澄ました。
「分かりました」
 少しずつ笑う事に慣れてきた、渡里。
 こうして芸能科でも大切な仲間が出来た事を、恋月は実感していた。渡里が言うように、恋月もあの四国の件がなければ此処に居なかったであろう。
「色々、ありがとね戦友」
 この二年間……扇や皆と走り回った事は忘れない。

 芸能科が設立されて半年。
 沢北・夜水(沢北家の魔女・b62531)は、美大で絵の勉強をしながら書店でアルバイトをしていた。芸能科の話も、書店に来ていた銀誓館の人に聞いた話である。
 今まででも十分銀誓館はいろんな人たちが居たが、芸能科が設立されてからいっそう華やかな人が増えてきた気がする。
 母校の変化に、夜水も嬉しく思い懐かしさがこみ上げた。
 修二と志穂を見かけたのは、そんな秋の日の事であった。志穂が選んでいたのは、絵本である。
 あまり話したことはないけれど、少しだけお話ししてもいいだろうか。
 夜水は迷った末、レジで二人に声を掛けた。
「お幸せそうで、何よりです」
 夜水は志穂の結婚後の話しを聞きながら、自分の未来について考える。少しずつ変わる銀誓館、そして自分もその周りも変化していく。
 能力者が増えていくこの世界で、自分は何をしていけばいいのか……と。

 この年を選んだのは、芸能科が設立される事にも関わっていたかもしれない……と、あとでそう雑誌が書いているのを見た。
 走り続けた『エレメント☆フォース』が解散を宣言したのは、2015年3月の事であった。
 プロデュースしてくれた志方には、佐々木・乙女(はゲーマー・b74755)が他の四人を連れて直々に挨拶を行った。ぺこりと頭を下げ、乙女が丁寧な言葉でお礼を言うと志方は意外そうにしていた。
「……約束を守ってくれて、感謝してます。今まで楽しかったですから」
「それで、解散してから君達はどうするんだい?」
 志方の問いに、乙女が振り返った。
 仲間はそれぞれ、多分……。
 最後のステージでは、乙女も佐々木・オトメン(は男の娘・b77241)も五六七八院・現子(魔法少女と呼ばないで・b83917)も、そして一二三四院・夢乃子(中学生書道使い・b80137)もいつも以上に舞台を跳ね回った。最初に乙女が『それじゃあみんな、行くっすよ!』と声を掛けると、それを合図に四人がイグニッション。
 彼女達の舞台は、いつでもこうして能力を隠さずに居た。
 残留思念との戦いや、強力なゴーストとの戦いを演じたバトルアクションは子供に人気であったし、そうする事で能力を持たない人々にゴーストとの戦いや世界の真実について教える事が出来る。
「リリカル☆サンダー参上だよ! 僕の魔法で、悪い奴をやっつける!」
 イグニッションした乙女に続き、めんどくさそうにしながらオトメンが変身。何だかんだで姉に振り回されてきたオトメンであったが、最後まで姉とともにエレメント☆フォースで在り続けた。
 変身したオトメンが、すうっと背筋を伸ばす。
「オッホホホ! ラジカル☆ウィーター只今参上ですわ! 最後のお勤め、皆様がんばりましょう!」
 最後?
 という声が、客席が聞こえてくる。
 子ども達に混じった大きなお友達は、既に情報を得ているのか動揺が無い。
「もう、最初に言っちや駄目って言ったのに…」
 呟きながら、現子がカードを手にする。
 高校生活最後まで、結局魔法少女で始まって魔法少女で終わってしまった。何か悲しい、現子であった。
「よっしゃー!マジカル☆ファイアー爆誕!頑張っていこうぜー!」
 しかし、始まってしまえば現子はパワー全開のマジカル☆ファイアーである。オトメンを押し退ける程の勢いで、飛び出す。
 最後に静かに頭を下げ、夢乃子がカードを出した。
「誠心誠意、頑張りますわ」
 カードが輝くと、夢乃子はフィジカル☆アースと変身した。
「よし、皆の者足を引っ張るでないぞ!」
「あら、フィジカル☆アースさんの方こそ足をひっぱっているんじゃなくて?」
 ころころと笑い、ラジカル☆ウィーターが言う。
 二人の喧嘩から始まり、今日は吸血鬼戦を演じて一時的に四人がピンチに追いやられた。ひとまず追い返した四人が、帰路につく。
 その時、オトメンが沈んだ様子で舞台の真ん中に立った。周囲を鎮め、夢乃子が声をあげる。彼女の制止で、しんと客席が静まりかえった。
「皆の者、しばしの間話しを聞いてくれ」
「……大事なお話がございますの」
 オトメンは、視線を落としたまま言う。
 ちらりと姉に視線をやると、彼女は大きく息を吸うと客席に向けて思い切り叫んだ。
「僕達、エレメント☆フォースは今日で解散します!」
 子どもや大人まで、色んな人に伝えてきた。
 彼女達なりに分かりやすい方法で、これからの世界に備え得てきたつもりであった。乙女は、ざわめく客席の様子を見て、ぐっと拳を握りしめる。
 まだ泣いちゃ駄目だ。
「今まであんがとな、楽しかったぜ!」
 現子が手を振ると、別れを惜しむ声が響いた。
 大切なファン、大切な観客。
 いつまでもこうしていたい。
 ……けれど。
 そしてそれから一月、舞台を降りた乙女は実家に戻って来ていた。ずかずかと弟の部屋に足を踏み入れると、強引に首根っこを掴む。
「なんだよ、ちょ……痛い痛い!」
「うるさいッス。さっさと来るッス!」
 何時までも実家でゴロゴロさせておく、乙女ではない。乙女は、目的があったのだから。エレメント☆フォースは情報発信の場だった。
 そのあとは、今度はそれを見てくれた若い世代に繋ぐ必要がある。
「……芸能科の先生が足りないって、扇さん達に言われてるッスよ。事務仕事とか雑用くらい、出来るッスね?」
「……めんどくさ」
「駄目、もう決めたッス」
 アイドルから先生に。
 乙女の道は、これから先にずっと繋がっていく。
 そして現子は、大学生に戻ると一足先に芸能科の教師に着任していた。若い生徒達からアイドル時代の話しを聞かれ、現子はそのたびに芸能活動で楽しかった事や、それによって得たものがどれほど大きかったのか語る。
 その成果が、ここにいる芸能科の生徒達なのであった。
「……早くおいでよ、芸能科でたくさん生徒が待っているよ」
 電話口で現子が乙女に言うと、彼女も待ち遠しそうに現子の話しに耳を傾けていた。オトメンが嫌々連れてこられそうだという話しには、現子も笑うしかなかったが。

●進むべき道〜2016
 嘉納接骨院は、今日も休業。
 能力者としての力を封じて柔道66kg以下級の日本代表として五輪出場を果たして武道は、なかなか自宅に帰る事も出来ずにひたすら柔道のトレーニングに励んでいた。
「必ずオリンピックに連れて行きます」
 約束は守れると、美鈴は信じて接骨院と学園を守りつづけた。教師としての仕事に加えて、休日は接骨院を開く日々。
 娘やわらも生まれ、写真を武道に送ると帰りたそうにしていた。
「今、やわらがテレビを見て喜んでいる」
「やわらはきっと、良い柔道家になるでしょう」
「姿は私に似た美人になるに違いない」
 二人はそう話し、じっと父武道の試合を見ているやわらを見つめるのであった。試合には娘を連れ、美鈴も顔を覗かせた。
 無理に連れてくる事は望まなかったが、美鈴は『側で応援したい』とリオまで娘を連れて来た。
 父の勇姿を、娘はずっと覚えてくれているに違いない。
 金メダルを掲げて見せた武道に、美鈴はやわらを抱え上げながら応えた。嫁さんが美人だと新聞にこっそり写真が載ったりしたが、武道はむしろ誇らしく思ってスクラップしておいたり。
「……約束を守ってくれたな」
 美鈴の笑顔に、武道はうなずく。
 それが、かけがえのない人美鈴との約束であったから。
 そしてその翌年、世界選手権での優勝を最後に現役を引退、表舞台から消えたのであった。武道がどうして引退したのか、テレビを見ていた人々には分からなかった。
 まことしやかにその背後について噂されたが、その真相は闇の中である。
 そして2018年。
「……それじゃあ行ってきます」
 武道は娘の頭を撫でると、美鈴に出立を告げた。
 どこまでも進んでいくと良い。美鈴はそう、武道を送り出してくれた。自分の思うように、武道は進んでいくといい。
 その背中を見つめて、いつまでも美鈴はここで待っている。
 ようやく柔道界での協力を得て、武道は世界結界が崩壊していく世界を旅して廻っていた。
 先々で、様々な人に出会った。
 覚醒した能力者、そしてゴースト。
 こまめに家族に連絡を入れながら、武道は世界の状況について語った。
「そうやってどんどん進んでいく背中が、好きだ」
 美鈴はぽつりと、武道に言った。
 だから今でも、武道は進んでいける。

 突然の帰還は、約束した通りに。
 桜が咲く頃、からりと入り口のドアを開けて奏子は外に視線をやった。ちらりと降る桜の花びらは、奏子の側に舞い落ちて花色の影を地面に残す。
 そろそろ、花見の季節。
 実家のとんかつ屋で鉄平の帰りを待つ奏子は、ドアを締めるとため息をついた。一年過ぎた時から、毎日いつかいつかと待つ日が続く。
 必ずと約束したのだから、今日なのか明日なのかとその日が待ち遠しくて。短大を卒業した後、奏子は子供英会話教室で先生をしていた。
「お父さん、そろそろお店開けて……」
 言いかけた奏子の背後で、ドアが開く音が聞こえた。振り返ると同時に、誰かがふわりと抱きつく。
 驚き、そして懐かしい温もり。
「ただいま奏子!」
「あ……い、いきなり抱きついて何なの!」
 顔を真っ赤にして、奏子は力一杯どつく。息を切らせてながら駆け込んだ鉄平は、水を一杯飲み干すと今までの話しをたくさんはじめた。
 アメリカで出会った人や、出来事。
「あのな。俺、音楽教師になるよ」
「教師?」
 驚く奏子に、鉄平は大きくうなずいた。
 鉄平は音楽に救われた、だからその力を子供達に教えていきたいと考えていた。アメリカでの経験や出会いで、それは鉄平の中で強くなっていた。
「一応大学ん時に教免取ってたし……あれ、言ってなかったか?」
「……ん、分かった」
 反論の言葉を飲み込み、奏子は笑った。
 鉄平の選んだ道は、とても鉄平らしくて奏子にもすんなりと流れてくる。教師……きっと、良い先生になるに違いない。
 さらにもう一つ、奏子への報告がある。
 深呼吸を一つして、鉄平が身を乗り出した。
「この先も俺と一緒にだな、ええとその……結婚、してくれないか」
「駄目」
 真剣な顔でそう言ったあと、奏子はぺろりと舌を出した。
 ……なんて、そんな事言う訳がない。
「あのね、ここで言わなくてもいいじゃない! ……みんなに聞こえちゃったし」
 奏子の家族の視線がじっと向けられている事に気づき、鉄平は肩をすくめてうつむいた。それからようやく顔を上げ、改めて向き直る。
 結婚させてください。
 力強い、鉄平の言葉が店内に響いた。

●選ぶべき岐路の先〜2017
 芸能科を卒業した渡里は、その後アクション女優として活動を始めた。
 実際は学園にいた頃から、学内放送の為の出演や学内で流れたミニドラマ、テレビで定期的に流れていた銀誓館キャンパスの番組などでちょくちょく出演している。
 芸能科でのレッスンは厳しかったが、他の学科よりも芸能活動に関するレッスンが多く取り入れられていたし、仕事で授業を抜ける際も話しを通しやすかった。
 シィを抱いた渡里が、人の行き交う撮影所を抜けていく。挨拶を交わしながら、普段使われていない第四撮影所へと入っていった。
 懐中電灯で、撮影所の壁が照らし出される。
 その片隅に残留思念があるのを確認し、渡里はポケットから袋を取り出した。コツコツ、と足音だけが響き渡る。
 シィも渡里も、無言で残留思念の前に立った。
「シィ、猫をお願いね。あたしは女の子を倒すから」
 そう指示をし、銀を振りまく。
 さらりと暗闇を流れ落ちる銀が思念にかかると、そこからゴーストが二体出現した。ひっ、と引きつったような声がどこかから聞こえたが、シィも渡里も慌てずに戦闘にかかる。
 まずはシィが猫のゴーストに飛びかかり、渡里はあっという間に接近して蛇鞭を叩き込む。苦戦する事もなく、二分とかからず撮影所は再び静寂を取り戻した。
 そっと、視線を片隅に向ける渡里。
「……もう大丈夫」
 手を差しだした先に、震える少年がいた。
 その腕の中に、小さなモーラットが抱かれている。彼もまた、覚醒したばかりの能力者であった。渡里は、笑顔で彼を助け起こす。
「あたしの子はシィって言うの。仲良くしてね」
 これから沢山教えてあげなくちゃ。
 銀誓館の事、能力者の事を。

 大学を卒業した後、征司は総合格闘技界でプロになっていた。普段は冷静で落ち着いた様子の征司であったが、戦いに於いては常に前向きであった。
 そのギャップがまた、客を惹きつける魅力でもある。
 国内、国外ともに試合をこなして名声を得ると、各地で貪欲に新たな武道を取り入れていった。様々な格闘技を身につける事で、更に征司は強くなっていく。
 久しぶりに日本に帰ってきた征司は、えりに連絡を取ってみた。親しく連絡を取ってはいたが、えりにそれ以上の言葉を伝える事は出来なかったしえりも何も言わなかった。
「国際試合の審判の資格を取ろうと思っているんだ」
 征司が話すと、頑張ってというえりの声が返ってきた。変わった所が無い、元気なえりの声。それでも、結局征司の中には修二に言われた言葉が残っていた。
 ……まだ早い。
 それは、自分の中でまだやりたい事、やっておかねばならない事があったのもある。たぶん、結局言い出せない自分にも……原因がある。
 溜息をつくと、征司は携帯電話を収めた。
 えりへの言葉。
 それを飲み込んだまま、征司は再び戦いへと戻っていった。

 一人、ひっそりと戦い続けていたのは恭介もそうであった。
 大学を出たあと、恭介は消防士に就いた。都会から田舎へ配属されてから、そこでもゴースト事件が増え始めていた。
「……こんな所にも……」
 残留思念があまり発生しないと思っていた田舎の片隅で、ゴーストを発見していた。これ自体は、恭介一人で片付けられる程のものだ。
 倒し終えたあとで周囲を確認したが、これ一体のみで他には居ない様子。
 消防士の立場である事を利用し、日頃から市民の話に耳を傾けている。街に溢れる噂は、ゴースト事件をいち早く知る手がかりにもなる。
「あーあ、やっぱり一足遅かったか」
 学園から来たと思われる学生が、恭介の背後から声を掛けてきた。3人しか居なかったが、制服からして高校生だろうか。
 恭介が自分の事を話すと、彼らは了承してると頷いた。
「居るだろうとは聞いてましたから。……そんじゃ俺達帰ります。お疲れさーん!」
 生徒達を見送り、恭介は踵を返した。
 消防士としても能力者としても、今は充実している。しかしこの様子では、いずれ能力者による事件や恭介では対処しきれない事件が起こるだろう。
「こっそりゴーストを処理するのも、楽じゃねえな」
 一人愚痴ると、恭介は署へと戻っていった。

 戦いを続けた者もいれば、離れた者もいる。
 真也はその後、絶縁状態であった両親と和解していた。その間には紆余曲折あったが、その事についてあまり誰かに話す事は無かった。
 ともかくも、両親の支援を受けてペット美容室を開業する事が出来たのである。
「よろしく頼むぜ」
 開業と聞いて、修二がケージをどんと二つ抱えてやってきた。一匹はふわっふわヒマラヤン。もう一匹は、ペルシャであった。
 以前の猫もまだ元気にしているらしいが、一体これで何匹目だ?
「まあいいですけどね、しゅーちゃん。しっかり預かりますよと」
 ケージを抱えて奥に入りながら、真也は近況について聞いた。修二が学園で頑張っているのは知っているが、ここ最近真也も夜屋を後任に任せてしまったから、とんとそういう話しが入ってこなくなっていた。
 しかし、ペット美容院はしっかり『使役対応』である。
「……あいつらの毛って刈れるのか?」
 疑問を投げる修二。
 テレビに出てから、真也のペット美容室も次第に人気が出ているようだった。その事に安堵したのか、修二が笑った。
「それで、浮いた話しはねえのか?」
「世界の中からたった一人なんて選べないもの!」
 真也は笑い飛ばすと、毒島の猫を撫でた。

●華やかに艶やかに〜2018
 書店で働いていながら、まだ公に並ぶ事のない雑誌がある。銀誓館や卒業生達が発行している能力者向けの本などは時期を見計らっている為、夜水のいる書店で見かける事はない。
 今日は、渡里が『次の映画のキャストに決まった』と脚本を持ってきてくれた。中を見ると、夜水も話しに聞いて知っている平家との戦争を元にした映画であった。
「これ……ほんとうにあった銀誓館の……?」
「そう。私墨枝さんを支えて銀誓館側との間に立つ書道使いとして、出してもらえる事になったの」
 決まった時は嬉しくて、シィを思わず強く抱きしめてしまった程である。
 少しずつ動いていく世界。
 渡里が雑誌を受け取って去って行くと、夜水は彼女に渡した能力者用の冊子を手に取った。
 本の奥付をそっと開き、そこに自分の名前が記されているのを見て夜水は嬉しそうにため息をつく。
 ここ最近、こうして少しずつ絵の仕事が増えている。
 能力者をこうして支援出来る事、絵の仕事が増えてきた事。いくつも重なった幸せをかみしめ、夜は本を閉じて胸に押し当てた。
 ちらりと書店の入り口を見ると、あの人が待ってくれている。
「それじゃあ店長、お先に失礼します」
 ぺこりと頭を下げると、夜水は婚約者の元へと駆け寄った。書店で紡いだ縁により、夜水は結婚する。
 横浜の球団の中継ぎ投手で、環という人であった。
 夜水の姓も、環に変わる。
 2015年に夜水に訪れた、大きな変化である。
 冊子を受け取ったあと、渡里もまた鞄にそれを押し込むと自宅に向けて歩き出した。こうした冊子が助かっているのは、渡里も同じである。
 渡里の役は決して主要キャラという訳ではないが、ストーリー上大切な役であった。感情の起伏が激しいこの役を、上手くこなせるだろうかと不安はある。
 また、当日までに書道使いにジョブチェンジする必要があるだろうか……など色んな事を考えると、それからしばらくは寝付けなくなった。
 不安を抱えて、扇や恋月に電話をした事もある。
「シィ……」
 手を伸ばすと、シィは黙って胸にすり寄ってきた。
 ふわりと柔らかいシィの毛に、渡里の心の不安がほぐれる。いつかこれが本当にあった事だと言える時まで、みんなが能力者として覚醒する時まで、渡里はずっとこうして皆に伝え続ける。
 シィと一緒に。

 久しぶりに銀誓館に来ると、毒島が出迎えてくれた。芸能科で講師になったOBも多く、芸能科のキャンパスに行くと見知った顔もちらほらと見えた。
 ここに定期的に顔を出すのは、見所のある役者が居ないか探す為であった。
「どいつもこいつも忙しいから、用事がある奴がいるなら連絡した方がいい」
「扇先輩は芸能科の方が楽しいンでしょうねえ」
 何度か扇には連絡を取ったし、元々あまり無関係ではない職業同士であるから、仕事で顔を合わせる事もたまにある。
 ここ最近、藤十郎は歌舞伎役者の新鋭として、若手の公演グループの立ち上げを予定していた。
 派閥や年齢を気にせずに若手が出られる場所がほしい、と考えている。銀誓館の近くに新しい歌舞伎座があるのを知っていたから、そこを使うのもいい。
「俺、楽しみなんですよ。次は何をどうやってやろう、何が見せられるんだろうってね。伝統は伝統として、世の中が変わりゃ俺らの芸も変化を迫られると思うんです」
 藤十郎の話しを聞いて、ふと毒島は笑った。
「扇はこう言ってたぜ。いつまでも古いものが好きでたまらねぇから、自分は取り残される側でもいいってさ」
「だから扇先輩は誘いませんでした。……あの人、過去が目に焼き付いて仕方ネェんですわ」
 藤十郎は、先を向いて歩く。
 すべては手探りだが、見物してくれている人々に喝采が貰えるように、ただひたすらに精進し続けるだろう。

 大学卒業後、ある目的の為に誄火は学園を訪れていた。扇が芸能科で、日舞の臨時講師をやっていると聞いたからであった。
 久しぶりに見た扇は、元気そうにしていた。
「それで、そっちはどう?」
 扇が控え室にしている日舞練習場横の準備室で、お茶を煎れてもらいながら誄火は最近の話しを語り始めた。
 ここ最近随分能力者が増えて、自分も忙しくなってきた事などを話すと、やはり学園の生徒も増えてきたと扇も答えた。
 むろん、これ位で弱音を吐く誄火ではない。
「卒業生としての自負がありますから」
 ついては、扇に一つ頼みがある。
 真剣な表情で、誄火は話しを切り出した。それはずっとずっと昔の話し……扇は頼まれていた書類を引っ張り出すと、その後の追跡調査について答えた。
「……妖狐・蛟。たしか、酷い目にあわされた依頼だったね」
 さらりと聞き流しにくい事を、扇が言った。
 返す言葉も無い。
 誄火が彼女を探したかったのは、ある言葉が伝えたかったからである。実は扇の調査でも、その後の彼女について探るのは難しかったようである。
「あのあと、百鬼夜行戦でリベンジして確保しちゃったからねえ。学園側に居るかと思ったんだけど、今は居場所が掴めない。もしかすると妖狐側に戻っているかもしれないから、連絡取って見て」
「……分かりました、有り難うございます」
 どうしても、どうしても会いたかった。
 何故なら、あの戦いで燐に出会えたのだから。撤収の指示にも踏みとどまって昏倒した彼女を、誄火は抱えて撤収した。
 あの時のぞっとする、蛟の視線と……腕の中で震えていた彼女。
 妖狐の戦いを点々と渡り歩いた誄火が彼女にようやく会ったのは、その年の冬の事であった。冷たい風に晒されながら、彼女の視線はそれよりも更に冷たく凍り付くようだった。
 ああ、ようやく会えた。
 誄火はほっと息をつくと、一歩前に進み出た。
 白拍子はどうしている?
 今どうしている。
 誄火の問いに、彼女は笑った。
「負けておめおめと敵の手に渡った私が、百鬼夜行を連れる事が出来ると思うか。……だが、いずれまた強うなる」
「そうか。なら、その時又会いましょう」
 燐を護る者として、全力で彼女と戦いたい。今の彼女では無く、百鬼夜行を連れた妖狐である蛟と。
 あなたに感謝している。
 それと同時に、あなたと戦いたい。
 誄火は蛟にそう言うと、踵を返した。再び相まみえる時の為、誄火は戦場に身を投じるのであった。

 ぽつり、と影が落ちていた。
 いつものあの場所の教室で、深田瀬・せり(伽藍の洞・b04819)はこちらに背を向けて立っている。窓から差し込む夕日が、赤赤として綺麗だ。
 さわさわと風に流れる髪は、白く輝いている。
 すうっと振り返ったせりの目が、霧峰・灰十(深淵に咲く光華・b26171)とぴたりと合う。全て決意した彼女の瞳は、あまりに真っ直ぐで灰十の心を見透かすようだった。
「留学、決まってよかったな」
 ぽつりと灰十が言うと、せりは目を細めた。
 もうじき、行かねばならない。
 せりは告げた。
「まずフランスに。そのあとは……世界をこの目で、見てこようと思います。だからしばらくは会えないのだけど……」
 寂しくなるな、と灰十が言ってはじめてせりの瞳が揺れた。
 寂しいという気持ちを押し殺しての出発であった。寂しい……だけど、会って起きたかった。だから灰十に一番最後に、挨拶をしようと思ったのである。
 その手を灰十に伸ばしては、きっと旅立つ事が出来なくなる。拳をぎゅっと握り締め、手を収めた。
「せり、受け取ってくれ」
 灰十は袋に収めていた刀を、おもむろに取り出してせりに差しだした。
 それは灰十が持っていた刀であった。両手で受け取り、せりはじっとそれを見下ろした。零れる涙を、どうやって抑えればいいだろう。
「俺のお下がりで悪いが、一緒に行って護ってやる事はもう出来ないから……だから、代わりに持って行ってくれ」
「お下がりだ……なんて…」
 嬉しいに決まっている。
 これ以上に心強い贈り物なんか、ありはしなかった。大切そうに抱きしめ、せりはこくりと頷いた。
 今のままでは、成長できないから。
 旅立たなければならないと、感じたから。
 学園に来てから、せりは彼から沢山のものを貰った。恋をして、人間らしい感情をもらった。大切な仲間にも出会えた。
 だから、これからは自立していかなければならない。もっともっと成長して、彼と一緒に歩いて行きたいから、その為の決意であった。
「もっとたくさん、世界を知ってきます」
 今はまだ甘えてばかりの子どもだけれど、せりはいつか帰ってくると約束した。いつか、灰十を振り向かせるくらいに魅力的な女性になって。
 前へと歩き出したせりの出立つを、灰十は優しく笑顔を浮かべて見送る。せりは、そんな彼の笑顔を見て自分の胸元から虎猫のぬいぐるみを差しだした。
 この刀はせりが大切に持って行くから、そのかわりに灰十はこの猫を護ってほしいと。いつでもせりが肌身離さず持っていた猫が、灰十の手に渡る。
「……必ず、貴方の元へ帰るから、それまで預かっていて」
「分かった。なずなさんは、せりの大切なお姉さんだもんな」
 そう、大切な半身は貴方だから預けるの。
 なずなとともに、せりの心も預けていくのだ。
「俺はいつでもせりの味方だ。それは忘れないでくれ」
 いってらっしゃい、せり。
 彼の言葉に、せりは淡く微笑んだ。
 胸にしっかりと彼の心を抱きしめ、歩き出す。
 振り向かず、せりは教室をあとにした。見送った彼の顔を見ると、寂しさがこみ上げてきそうだったから。
 行ってきます、灰十。
 せりは、小さく呟いた。

●家族のひととき〜2019
 あの小さかった美冬が、卒業の日を迎えた。
 受け取った卒業証書に詰まった想い出は、美冬が今まで過ごしてきた家族との思い出でもあった。行動の外で話しをしているクラスメイト達は、泣いていた。
 美冬も、涙をじっと堪えている。
 笑顔で左手を振る、優の手は馨の手にしっかりと握られている。大切な両親は、卒業をを向かえた美冬を暖かく祝福してくれている。
 涙がこらえきれない優は、馨の服で涙を拭いて言い合いをしたりしていたけど、馨も実は涙が零れそうになっていた。
「早いもんだな……」
「あんなに小さかったのにね」
 しみじみと、優が呟く。
 ……あの、ひとりぼっちだった頃、美冬の手を取ってくれた人。
 はじめて、パパとママに囲まれて眠った……あの安堵感。落ち込んでいた時に慰めてくれた妹や弟。みんなでお祝いした誕生日や、数々の想い出。
 証書に書かれた小金井美冬の文字は、暖かい手で包んでくれた二人が愛してくれた証であった。
「パパ……ママ、ありがとうね」
 笑顔で言うつもりが、いつのまにか視界が滲んでいる。
 思わず飛びつくと、優がそっと抱き返してくれた。
「おめでとう美冬ちゃん。……おめでとう、俺達の大切な娘」
 わんわん声を上げて泣く美冬の事を、小さな妹たちはじっと見上げている。馨はひょいと妹達も抱え上げると、一緒に美冬に抱きついた。
 暖かい家族に祝福され、想い出を育んできた学園を旅立つ。
 それでも、これからも一緒だ。
「これからも…よろしくね、パパとママ」
「当たり前だろ、こちらこそよろしくな!」
 馨は笑って言うと、ぎゅっと美冬の手を握った。左手で妹の手を握り、美冬は弟の手を握る。みんなで手を握って、家に帰ろう。

 いつもならお代わりをする所なのに、奏子がコーヒーをお代わりしない。ふとそんな小さな事が気になり、鉄平は顔を上げた。
 外食に出たら、奏子はコーヒーお代わり無料の所で必ず二杯目を頼む。久しぶりに食事に出たのに、奏子はお代わりをする様子が無かった。
 お代わりしないの?
 と聞く鉄平に、うん……と奏子は返事をしてカップを置く。顔をのぞき込むようにして、鉄平は奏子が体調不良なんじゃないかとか、何か嫌な事があったのかと聞いた。
 ……そんな事は、ない。
「むしろその逆」
「逆?」
 鉄平が聞くと、ちらりと奏子が顔を上げて座り直した。
 そっと手で、お腹のあたりを撫でる。
「あたし……お母さんに転職と相成りまして。……それで、二杯目は控えようかなぁと」
「おか……お母さん?」
 かしゃん、とコーヒーカップが落ちる。零れたコーヒーを奏子はこくりと頷きつつ、きちんとふきんで拭いておいた。
「それって、俺がお父さんにジョブチェンジしたって事か?」
「そういう事です」
 思いも寄らぬ報告に、鉄平は動揺が隠せなかった。こんな食事の場で、オロオロして、ドキドキして、そして嬉しそうに小さくガッツポーズを取る鉄平。
 それなら、こんな外食の場じゃなくて出かける前に言ってくれれば鉄平だって配慮したというものだ。
 すると奏子は、ふるふると首を振った。
「だって、判明したの昨日だし、それに昨日は昨日で帰るなり布団に直行されて言う余裕なかったし!」
「こんな所でそういうこと言うな」
 赤面しつつ、鉄平は深呼吸を一つした。
 新たな家族の誕生におめでとう。
 そして。
「ありがとうな。これからもよろしく」
 大切な妻へ鉄平が言葉を贈ると、奏子は笑顔を浮かべた。

 2019年冬。
 久しぶりに行きつけのライブハウスを借りて同窓会と聞いて、亀吉は扉を開いた。顔を合わせるのが難しい仲間も居るが、会える仲間だけでも話しが出来るのはなによりの楽しみである。
 扉を開いて階段を降りると、既に残りの4人が揃っていた。
「えー、オレ最後?」
 メンツを見ると、心流にキリヱに鴻之介に、そして鴻之介の奥さんの青葉。横には、ちんまりと二人子どもが座っていた。
 一人ずつ頭を撫でながら、鴻之介が紹介する。
「こっちが長女の芽希(いぶき)、5才じゃ。そしてこっちは長男の獅之介(しのすけ)」
 獅之介は4才だと鴻之介が話してくれた。現在鴻之介は、実家のある徳島からマヨイガで鎌倉まで通勤しているのだという。
 おいおいラブラブ夫婦め、見せつけんな! と亀吉は言いつつもきちんと挨拶してくれた二人の子どもの頭をがしがし撫でる。
 悔しいが可愛い。
「姐さん所はどうなんじゃ」
 鴻之介が聞くと、キリヱは足を組んで椅子の背にもたれ掛かった。結婚報告は聞いたが、おそらくその後の話しは聞いて居るまい。
「今2人目がお腹に居るよ」
「は? え? ちょっとまって、いきなり話しが飛んだよ」
「飛んでねえよ、二人目だって言ってんじゃん」
「いやいや……」
 亀吉はぶんぶん手を顔の前で振ると、話しを飲み込もうとした。
 が、もう一度整理しようか。
 キリヱ姐さんは今、子どもがいる。
 二人目はお腹の中。
「……えっと……ちゃんと育ててんのか? 旦那に任せっぱなしじゃねえのかよ! 子守に行った方が良い?」
「おい殴っていい?」
 ひとまず殴りたい所だが、今は体が大事だから拳を収めることにした。心流はキリヱの子ども話しを聞いて、深く溜息をつく。
 そりゃあ最近日本に居なかったけど、キリヱに二人目が出来たとは初耳である。
「なんかさー、年々こう周回遅れ感を味あわされてるっていうか」
 カラカラと氷の溶けかかったグラスを振り、心流はがっくりと肩を落とした。もうこうなれば、残った亀吉と抱き合って泣くしかない。
 抱きつこうとした心流をひょいと避け、目の前に亀吉は何かを差しだした。じっと見つめると、ライブの文字がチラシに見える。
 とたんに表情が変わった。
「え? ライブ?」
「そ、今度熱海でライブやるんだよ。ドリンク代は払ってね」
「何言ってんの、チケットくらい買うわよ!」
 さっそくライブに行く仲間を集め始めた心流と亀吉を見て、キリヱは静かに振り返る。そっと鴻之介の子どもを撫で、こんな大人にはなるなよと言い聞かせるのであった。
 キリヱもそろそろ棧穣が家を継ぐため、その準備に追われているという。
「落ち着いたら、ぜひうちに皆さんで遊びに来て下さい。田舎で何もない所ですけど、空気と御飯は美味しいですから!」
 青葉が言うと、キリヱは大きく頷いた。
 もちろん、絶対行く。
「……熱海に徳島、ぜってー行くからな」
 三杯目のグラスを掲げて言ったキリヱの手を、鴻之介が止める。
 鴻之介のグラスも置かれていた。
「あの、姐さんこのへんにしておきましょう。わしも止めておきますから」
 鴻之介の背後では、にこにこと笑いながら青葉が見ている。しっかりと、子どもを連れて来たのは鴻之介の酒を監視する為であったかもしれない。
 ……子どものためなら、仕方ない。
 コトリ、とキリヱは杯を置いた。

●次なる世代へ〜2020
 入学式目前の3月、陸井と時人は子どもを連れて銀誓館に来ていた。春から入学する学校を、見ておく為であった。
 同じようにキャンパス見学に来た親子連れが、ちらほら見える。
 あの頃から変わったのは、芸能科のキャンパスを含めてあちこち拡張されている事だろう。
 向かえてくれた修二に手を振ると、陸井は子どもの背を押した。見た所、時人の子はもう少し小さいようだ。
「俺の子じゃないんだけど、訳ありでね」
 そう言いながら、時人は優しく頭を撫でた。
 今年は陸井の子、来年は時人の子が入学する事になる。修二の子も今年入ると聞いて居たから、陸井は楽しみにしていた。
「毒島の所は三人目だって?」
 くすくすと笑って陸井が言うと、修二は頭を掻いて口を閉ざした。修二の長男は、どちらかというと志穂に似ているという。
「どうやら青龍だ。……でもアイツ大人しいから、やめてけって言ってるんだけどな」
「まずはとことんさせて見るのがいいんじゃないかな。……うちも側で育ててやりたいけど、親元から少し離そうと思ってる」
 陸井の子は、シリルによく似た男の子である。シリルの顔に似ているが、性格も彼女に似て優しいそうに見えた。
 信じた仲間に次世代の子を預け、陸井と時人は未来について話す。
 近い未来、自分達がそうであったように子ども達も絆を結び、そして戦いに赴くに違いない。
 

 2020年、銀誓館。
 入学式の日を迎えた銀誓館は、人、人、人。
 大渋滞の大混雑のまっただ中にあった。
 久しぶりのキャンパスに、若干迷い気味の久遠。子ども二人の手を引きながら、知り合いが居ないかと探していた。
 同じ日に修二の子が入学と聞いて居た久遠は、絶対一目顔を見なければ思っていたのである。
 人混みの中に、一際大きな背のおとこが。
「あ、居た!」
 遠目に見る修二の側には、似たような赤毛の男の子が立っていた。柔らかな表情から察するに、志穂似であろう。
 ほっと息をつくと、久遠は子どもを振り返った。
「ほら、ここがお父さんとお母さんが初めて会った場所だよ」
 この広い学園の中で、二人は出会った。
 きっとこの子達も、ここに来て絆を結び成長していくのだろう。多くの久遠の仲間に見守られ、この子は多くの戦いに飲み込まれていく。
「それでも、学園生活を楽しむのは忘れるな」
 ここで過ごした思い出は、きっと永遠となるから。
 育っていった子ども達がいつか自分を越えてくれる日を願い、久遠は修二の方へと歩き出す。
 今期入学したのは、他にも武道と美鈴の子などが居た。
 すっかり武道に似てしまった、と美鈴は言うが見た目は美鈴似の可愛らしい少女である。
「ぶすじま・せいじです」
 ぺこりと頭をさげる誠志であったが、やわらはじーっと修二や父を繰り返し見上げる。美鈴が背中を突くと、やわらは頭を下げて名前を言った。
「……すまない、気の強い子なんだ。だが素敵な女の子だぞ」
「ああ、それ位うちのも気が強ければ良かったのだが」
 残念ながら、下の女の子はやわらにかなり近い。
 というか、プチ毒島である。
「きっと可愛い子に違いないな」
 笑顔の美鈴は、本気で言ってくれたのかそれとも女の子が強いのはお互い様だという思いが込められていたのか……美鈴の事だから、前者に違いないが。
 割とよく旅に出る武道は、やわらにとって寂しい事に違いない。武道が帰ると稽古にあけくれるのは、それもあるからであろう。
「すみません、美鈴さん」
「私は待てる女だ、それは気にするな。だがなるべく顔は出してくれ……やわらが寂しがる」
 やわらの頭に手を乗せ、美鈴は言った。
 懐かしむ話しは、尽きず。
 話し込む彼らを見上げて、やわらは首をかしげた。
「おとうさんと戦った事があるの? どっちがつよい?」
「俺だ」
 間髪入れずに言った武道に、美鈴は溜息をついた。
 小さな娘が、強い弱いで相手を見るとは……しかも父は即答とか、先が思いやられる。

 彼らから少し離れたキャンパスで、馨に優、そして美冬は次女を連れて入学式に参列していた。妹の入学時だというのに、美冬は自分の事のようにドキドキしている。
 銀誓館の教師である馨は、一足先に学校に着いて待ってくれていた。
 久しぶりに、子どもの頃のように優に手を引かれながら美冬は歩いている。
「昨日、よく眠れなかった…から…」
「偉い人のお話だけ聞かなきゃ、眠くなったりしないよ」
 優は笑顔で、美冬を励ました。
 優と馨が居て。
 そして、美冬という娘が出来た。
 そして香、勝、友香と生まれていつしか小金井家は大家族になった。
「しっかり写真撮ってくれよ、お姉ちゃん」
 馨にカメラを手渡され、美冬はしっかりチェック。
 妹の入学式は一度きりなんだから、美冬がしっかり撮らなきゃと意気込む美冬の視線の先で、妹は周囲にたくさん居る同年代の子どもをじっと見ていた。
「いい人たちがいっぱいだから、楽しい想い出を作ってね」
 姉の言葉を聞いて、妹は笑顔で返した。
「ありがとう」
 小さく、優が馨に言う。
 記憶も何もなくて、自分がだれなのかも分からずに来た優が、ここで馨と過ごした日々。そして美冬と出会ったあの日。
 ひとりぼっちじゃない、と言った美冬の言葉は、深く優の心にも残っていた。
「銀誓館には感謝しなきゃな」
「うん」
 優は、馨と一緒に校舎を見上げた。
「これからもよろしく、銀誓館」
 ここから始まって、たくさんの想い出をくれた銀誓館……それが、どうか妹や弟たちにも幸せをくれますように。

 いつしか、あの時の理事長と同じ三十路に足を踏み入れていた。
 恋月は入学式でごったがえすキャンパスを渡り歩き、久しぶりに修二と顔を合わせた。今日は修二の子供が入学する聞いていたから、一目見ておきたかった。
「なーんせ毒島くんの子供だもんね。で、奥さんは?」
「下の子が4つでな……手が掛かるから志穂は来なかったんだ」
 上の子が今年7つ。
 その下が今年5つ。
「まだ下がいるの?!」
「一番下は2さいだ。……うちは志穂も一人っ子だからな、生む時は三人と決めてたんだよ」
 実は恋月も、子供が一人居る。
 今2つだというから、修二の一番下の子と同じ年という事になるだろうか。22の時、実は宗主と話をしていた。
 貴女の人生だから、好きにしなさい。
 そう言われたから恋月はこれまで、精一杯やりたいようにしてきた。ただ、子供は産むというのが条件だったから。
 ……そういう事、と恋月はぽつりと言った。
「気にすんな、あの子は大事な私の子だ。入学したら、そっちの子共々かわいがるからよろしく」
 そうあっけらかんと言うと、恋月は修二の横にちょこんと立った少年を見つめた。
 視線を合わせると、ふんわりと笑う。
 あ、嫁似だ。
「名前は何て言うの?」
「……ぶすじま、せいじ」
 誠に、志穂の志の字。
「ようこそ、銀誓館学園へ」
 恋月は、手を差しだした。
 恋月がずっとずっと、そうしてきたように。

 ざわざわと、終了したばかりの入学式の人混みに紛れて一人立っていた。
 ……。
 無言で見つめる修二と、にっと笑うキリヱ。
「いやー忙しかったんだけどさ、ちょっと子どもの散歩のついでに」
「ついで? そんな赤子抱えてか」
 3歳児を連れ、赤ちゃんの乗ったベビーカーとフル装備でキリヱは立っていた。
 どんだけ歩いてきたんだよと修二が突っ込むと、キリヱはきょろきょろと周囲を見まわした。近くに居るはずの、捜し物。
「入学式ですよね毒島」
「くっそ、みんな顔見に来やがる……」
 しぶしぶ修二は、後ろを振り返って手招きした。銀誓館の制服に身を包み、ちょっと赤毛の男の子が駆け寄る。
 くるくるとした目でキリヱを見上げると、ぺこりとお辞儀をした。
「ぶすじま・せいじです」
「かーわーいーいー! ちゃんとお辞儀出来るんだ偉いな」
 頭を撫で、キリヱは校舎を見上げた。
 そのうち世界結界がなくなってしまって、そして自分達の子どもが新たな能力者世代となる。ただ無事に生きてくれれば良いと、母は願う。
 その時、自分達は何を伝えられるのだろうかと考えた。
「センセ、そのうちうちの子も入学するからよろしくね」
「ああ、ガッツリ鍛えてやるから」
 にんまりと修二は笑った。
 小春も、修二の子どもを拝みに来た口である。修二に会うのは、恐らくたまたま町中で会って以来であろう。
 あまり顔を合わせる事が無かったが、あれから小春も結婚して今年娘が生まれた。
「おめでとう。大きくなったら銀誓館に来いよ」
「そうですね、考えておきます」
 小春はくすりと笑ってそう言った。
 修二にはGTに行ったり色んな所に出かけたり、学園に居た頃の想い出が沢山あった。一つ一つ話してやりたい所だが、そういえば……。
「この子は能力者に覚醒してるんですか?」
「青龍だ」
 短く言ったのは、修二があまり気が進まないからだった。まあ、父を参考にするなら青龍はたしかにこの子には向いていないだろうが。
「今度一緒にGTにいこうよ。……扇さんもみんなも誘ってね」
 小春が言うと、修二の子は笑顔で頷いた。

 職員室の片隅で、すやすやと少年が寝入っていた。
 どうやら父は、入学式の片付けで戻ってこられないようだ。毛布を持ってきて、銀麗はそっと彼にかけてやる。
「お父さんによく似た子だね」
 座り込んで、じっと銀麗は見つめる。
 青龍だと聞いて居たから、ますます銀麗はこの子に期待をしていた。
 修二はこの子を『青龍はやめろ』と言っていたが、銀麗はそうは思わない。
 戦いについての訓練、基本的な動きや構え、どちらかというと修二よりもバランスの取れた体をしている誠志を見ていると、より青龍に向いている気がする。
「どうやって育てようか」
 第二世代の成長を思案し、銀麗は薄く笑った。

 久しぶりに空汰が銀誓館に顔を出すと、学園はすっかり様変わりしていた。修二が結婚して子どもが出来た事は知っていたが、学園内の変化については驚く事が多い。
「うちに来い、飯でも食っていけ」
 修二に言われ、空汰は修二と帰路についた。
 ともかくも学園では知人に会う事が多く、また知り合いや友人の子に出くわす事が頻繁だと修二は話す。
 それはそれで、すごく楽しそうな学園生活だと空汰は笑った。
「しかしお前も随分背が伸びたな」
「うん、最近は蒼流兄ぃに似てきたって言われます。性格も似てるって言われるんだど……そんなにお気楽に見えるのかな」
 空汰は首をかしげて、考える。
 あまり日本に帰ってこられないが、こうして親しい人と会えるのは空汰の楽しみ。
「しゅう兄ぃの子とお話ししてもいいかな?」
 たくさん、しゅう兄ぃの話しをしてあげたい。
 今日だけは、ゆっくりと語り合おう。

 散りゆく桜を見ながら、友紀は新たな活動へ向けて動き出していた。大学院を卒業した後、友紀は資格を取ってカウンセラーとしての活動を始めている。
 友紀がカウンセラーになったという話しを聞いて何故と聞いた仲間に、友紀はこう答えていた。
「能力者やゴースト、来訪者専門のカウンセラーになりたいんです。人魔共存の為、もっとゴーストたちと対話がしたい」
 活動しはじめてから、友紀はこうした動きがもっと銀誓館にあればいいのにと感じていた。
 早くに芸能科設立されて芸能界での活動も活発になったが、医療部門ではまだまだ十分とは言えない。
 特に、友紀のように心を通わせる事においては。
 自分はかつて、ゴースト事件で深い心の傷を負った経験があった。その時友紀の痛みや悲しみを理解してくれた、大切な人がいる。
 あの人がしてくれたように、今度は自分が多くの人に返したい。
 久しぶりに鎌倉市内で会った扇にそう話すと、彼から登喜子達の活動について少しだけ聞く事が出来た。
 毒島の結婚式でその話しを聞いたのは、もう7年も前になるのか。友紀は左手に右手をかぶせると、ふと笑った。
「私ももう、一人じゃありません。だから、きっと何だって出来るはず」
「……それじゃあ、これ」
 扇は、友紀に登喜子の電話番号を渡してくれた。
 世界結界が無くなった後の世界を見据え、人魔共存の道を模索する友紀がいつか笑顔で再会出来るように、そのきっかけとして。
 約束は果たせそう?
 そう聞いた扇に、友紀はこくりとうなずいた。
「必ず」
 力強く、呟いて答えた。

 鎌倉に寒風が吹く頃、恭介は人づてに学園の話しをちらほらと聞いていた。
 世界に飛び出していった者、学園内での業務に携わっている者、ゴースト達に深く関わっている者。
 銀誓館から離れた恭介にとって、一人でゴーストと戦い続ける事は決して楽ではなかった。
 ……今になって、運命予報士や依頼で戦った仲間が恋しくなるとはな。
 強力なバックアップなくして、ゴースト……そして覚醒能力者とは戦えぬ。学園外で活動する仲間とのコンタクトも必要かもしれない。
 恭介がそう考え始めていた時であった。
 消防署に入った知らせから、ゴーストによる火災事件が発生した事を知った。真っ先に駆けつけた恭介は、そこに巨大な影を見る。
「息子と娘がまだ中に……」
 すがりついてきた母親は、服が焦げて顔も煤だらけであった。近づくと、炎の向こうに妹を護る兄と、恐怖に怯える妹の姿があった。
 覚醒しているのか?
 ……いや、とうてい勝てる相手じゃない。
 本当の炎で燃えている部分はわずかで、見えている周辺の炎はゴーストが使っている力だ。
「鞠絵……」
 恭介はあの幼い兄妹の姿に、どうしても思いが押さえきれなかった。ここで逃げれば、自分は死んだも同然だ。
 大切な妹や家族、そして学園で出会った仲間の顔が脳裏に浮かぶ。
 カードを取り出すと、恭介はそれを掲げた。
「イグニッション!」
 幼い兄妹を護る為、ただ一人恭介は火の中に飛び込んでいった。

●未来に進む道〜2022
 前年、世界的歌手のバックダンサーとして世界を飛び回っていた心流は、久しぶりに帰ってきた学園の校舎に足を踏み入れて感嘆の声をあげた。
 芸能科が出来たと聞いて居たが、確かにあの頃にはこんな設備は無かった!
「すごい! 何で昔は無かったの!」
 これから客員講師として使えるなら、むしろこの設備を最大限に活用しない手は無い。
 懐かしい校舎や新しい芸能科の校舎を廻る心流回りでは、学祭で沸き立つ生徒達の姿があった。当時を思いだし、心流もついじんと胸が熱くなってしまった。
 ああ、学校の変わっていくのね……と。
 しかし、変わらないものが耳に入る。
「どうも、negapojimusicaでーっす!」
 大音量のマイクから零れる声は、確かに聞き覚えのあるものである。心流が声の聞こえる方に向かっていくと、屋外ステージの上に亀吉が立っていた。
 しかも、その横で困ったような顔をした学生が立っている。
「何やってんの亀ちーセンパイ」
 そこそこ売れちゃってたのに!
 フェスとかも呼ばれちゃったりして、もうプロなのに!
「あー知らねえの、あっそ」
 どうやら知らない人が多かったらしい。
 しかしガッカリする事なく、亀吉はマイクを握り続ける。第二世代とか、芸能科が出来たとか、そんな話しを聞いて居ると益々第一世代の底力を見せたくなる。
「おら声出せ若者−!」
 亀吉に答えて、声をあげる心流。
 自分のやりたかったものが此処に居ると感じ、心流は飛び出していた。今やりたいのは、芸能科の講師じゃない。
 亀吉の元に駆け寄る心流。
 もう一度、あの頃のようにユニットを組もう。
「センパイ!」
 まだまだ、心流と亀吉の熱い青春は続いていく。

 喫茶店で待ち合わせをして、繭と香折、桐子は久しぶりに顔を合わせていた。珈琲にベリータルトは、繭の話の仲間にピッタリである。
 甘い物を口にしながら、繭は香折の差しだしたデジカメをのぞき込む。そこには、学芸会らしき様子と女の子の姿が映っていた。
「こないだあった、薊の学芸会の写真なんだ。カッワイイでしょ〜」
 学芸会の練習を見に行った時の話しや、同年齢の友達の話。確かに可愛いと桐子からもお褒めの言葉があり、香折は益々薊の話で盛り上がる。
 繭の子ももう3つになり、繭が見せてくれた写真にはふんわりとした笑顔の子が写っていた。
「すごくおっとりした子で、わたしの話をちゃんとじっと聞いてくれるんです」
 この年の子は聞き分けがないって言いますけどね、と繭は笑って言う。
「可愛い盛りだね。この子もやっぱり、音楽家になるの?」
 桐子が聞くと、繭は少し考え込んだ。
 特に英才教育とか音楽を押しつけるような事はしていないが、おもちゃのピアノで遊ぶのは大好きなのだと言う。
「でも、なりたいものを聞いたら毎回違う答えが返るんですよ」
「そうなんだ。でもまあ、思春期になったら変わるんじゃないかな。今はまだ3才なんだしさ、血ってそういうもんじゃない?」
 桐子にそう言われて、繭はふふっと笑った。
 たしかに、今焦らなくてもいずれ自分で決める時が来る。ただ幸せに生きてくれれば、それが一番だった。
「ところで、香折さん……あの、その後あの方とは……」
 言いにくい話であったが、繭が恐る恐る切り出した。
 香折は珈琲を飲みながら、けろりとした様子で答える。
「うん、相変わらず音信不通。でも、とりあえず薊の事は父親だって話を通しておいた!」
「そう……ですか」
 困惑したように、繭がこくりと頷く。
 うん、会うことがあったらそういう話にしておく。
 桐子は相変わらずねと言ったが、どうやらそれで丸くまとまっているらしいので、それも使える一手かもしれないと桐子は心に留めておいた。
 香折は溜息をつき、桐子の顔を見つめる。
「だけどさ、桐子もいい加減浮いた話がないの?」
「んー。フラれた」
「誰に!」
「誰って、繭に」
 よりによって繭だとは。
 声を荒げ、繭の家庭を崩壊させる気かと叫ぶ香折の、激しい怒りの鉄拳が桐子に降り注ぐのであった。
 零れた珈琲を拭きながら、桐子は鉄拳を甘んじて受ける。
「そんなつもりはないよ。……ただ、言っとかないとって思っただけだよ。僕も、自分の気持ちにきちんとケリをつけておきたかったって言うか」
 ゆるーく生まれた狂い咲きの恋の花であったが、桐子の心にもほんのり色づいた花があったらしく。
 桐子はそれ以上、責める事はしなかった。
「結局みんな、繭が大好きって事か」
 二人の視線を受けて、繭は少し恥ずかしそうに微笑んだ。

●夢の在処〜2023
 仕事帰りに打った通帳を、えりは開いてじっと見つめた。そこにあった数字を見て、嬉しそうにえりは振り返る。
 ケットシーのあんこは、じっとえりを見上げていた。そのえりの顔がきらきら輝いているのに気づき、あんこも少し笑う。
「うん。これならお店が出せそう!」
 こつこつと一人で頑張ってきた、えりの夢。
 ずっと気になっていた空き店舗が、契約されてしまう前に手に入りそうだ。あんこを連れてえりは、急いで不動産屋に向かう。
 ここ最近はあんこを連れていても不自然に思わない人が多い為、よくえりはあんこを連れて歩いている。
 店舗を出した時も、出す前もあんこと一緒に頑張る。
 後ろをついて走るあんこを気にしながら、えりは不動産屋に駆け込んだ。
「あの……ここにある小さい店舗、まだ契約決まってませんよね!」
 小さな店舗は、えりの夢見た文具と雑貨のお店に変わる。夕暮れ時の街を歩きながら、えりはあんこに話した。
 お店の内装や、名前。
「看板ケットシーはあんこだからね」
 えりの言葉を聞いて、あんこは『もちろん』と言うようにうなずいた。だけど本当は、えりはもう一人、すぐ側で祝ってほしい人が居たのである。
 携帯電話をじっと見つめながら、少し眉は表情を曇らせた。

●続いていく道〜2024
 その年、鴻之介の祖父善之介が亡くなった。
 喪主として葬儀を執り行わなければならない鴻之介であったが、彼の憔悴ぶりは青葉も不安に思う程であった。
 幸い、青葉の母が随分助けてくれた為、通夜を無事終える事が出来た。
 場所は、徳島の家であった。祖父が暮らしたこの家で、最後まで見送りたいという思いがあり、通夜も葬儀もここで行うと鴻之介が話したのである。
 しんと静まりかえった家に、ぽつんと置かれた柩。
 祭壇に置かれた遺影は、笑っていた。
 まだまだずっと長生きしてくれると思っていたから、青葉も突然の出来事にショックを受けていた。柩の上に、ぽつんと置かれた小さな和菓子は……父が善之介の口に合うようにと作ってくれた、和菓子であった。
「鴻さん……」
 柩の前に座り込んでいる鴻之介に、青葉が声を掛けた。
 ずっと我慢していたのは、知っている。爺が笑っているんだからと、我慢していた……子どもの前だからと耐えていた。
「もう大丈夫だよ」
 子どもも寝静まっている。
 鴻さん、鴻さんが泣けないからあたしが泣く。小さくそう伝えると、鴻之介が振り返って青葉にしがみついた。
 泣いてもいい。
 鴻之介に、青葉は言って抱きしめた。
「鴻さん……泣いてもいいんだよ」
 善之介が使った釣り具や弓、色んなものが祭壇に置かれている。色んな人が、顔を見せてくれた。……色んな話を、みんなから沢山聞いた。
 鴻之介が知らなかった祖父の話や、改めて思い出した想い出。
「笑ってなど話せんよ青葉……わしは、爺のように笑えんよ……」
「おじいさんだって、きっと一杯泣いたんだよ。鴻さん、だから一杯泣こうよ」
 抱き抱えるようにした鴻之介の肩は、震えていた。声をあげて泣いた鴻之介の悲痛の声に、青葉は唇をかみしめる。
 側でこうして抱いていてあげる事だけが、今の青葉に出来る精一杯であった。

 格闘界を引退した征司が、久しぶりにえりに会ったのは2024年の事であった。電話では話していたが、ここ最近多忙にしていた征司はえりに会う機会が無かった。
 国際的な審判の資格を得た征司は、能力者達が不正を働かないように監視に努めていた。他にも格闘界で活動する仲間は居たが、あくまでも征司の目的は監視である。
 その為、銀誓館に連絡するなど横の繋がりも無視はしていない。
「若い世代の育成も、出来ればいいんだけど」
 征司の言葉を黙って聞いていたえりであったが、ついに動いた。
 果たし状、と書かれた手紙を送ったのである。
 手紙は、ハートのシールで可愛く止めてあった。面食らいつつ征司が手紙を開くと、そこには夕方の河原で待つとだけ書かれていた。
 果たし状?
 何故えりから果たし状をもらわねばならないのか、征司には心当たりが無い。ドキドキしながら向かうと、えりがそこで待っていた。
「ロマンチックでしょ?」
 夕日が河でキラキラ光ってて、すごくロマンチックな光景よね。うっとりと見つめるえりの言葉に、いぶかしみながら頷く征司。
 ……それで、用事は。
 小さな声で征司が言うと、えりがスタスタと征司の前に進み出た。視線を泳がせ、えりが溜息をひとつついて俯く。
「……あのさ。私達、知り合って付き合いずいぶん長いよね。この間、お店……開いたんだよ」
「そうなんだ。おめでとうえり」
「そうじゃなくてさ。その年月の長さをひしひしと感じないの? ……私達、ずっとこのままなの?」
 征司、すでに三十路に足を踏み入れていた。
 ぐっと拳を握り、今まで耐えてきた思いをえりが叩き込む。めいっぱいの一撃は、今までのどのゴーストとの戦いよりも強力だったに違いない。
 そのえりの目に、うっすら涙が浮かんでいたような気がした。
「はっきりせんか〜パンチ!」
 地面に叩きつけた拳を収めると、えりは肩で息をした。
 こういう事は、勢いが大事。
「先輩も言ってたでしょ!」
「はい」
「だったらどうしたいのか、はっきりしてよ!」
「えり、愛してる。結婚してください!」
 畳みかけるような言葉の応戦の後、えりは静かに征司の頬に手を触れた。じんじんと熱くなった頬が、赤らんでいる。
 本当に、長居間待たせてくれちゃって。
 えりは顔を近づけると、征司にキスをした。
 翌日、えりと征司は入籍していた。
 この間の流れは、ついに本人に聞いても判然としなかったのであった。

 四年生になった修二の長男誠志は、おとなしくて温和な性格であった。
 芸能科で働く朝乃はあまり顔を合わせる事はなかったが、その下の長女藤香はフリッカーハートであった為芸能科に入学してきている。
 これがまた、豪快な性格である。
「名前はひかり、って言うの。仲良くしてあげてね」
 一年生で入学してきた子供を、朝乃は藤香に紹介してみた。どちらも芸能科だから、一年年上の藤香が仲良くしてくれればと思っていた。
 踊っている時は機嫌がいいが、それ以外はそっけない藤香。
「うん。……ゴースト退治くらいなら連れてってあげるよ」
「ありがとうお姉ちゃん。これからよろしくおねがいします。趣味は仲良くすることです」
 目をしっかり見て、ひかりは挨拶した。
 腕には、ぎゅっとモーラットが抱えられていた。ちらりと藤香の視線が、モーラットに向いたのを朝乃は見逃さない。
 多分……この子もまた、もふもふ可愛いもの大好きなんだ。
 くすりと笑って、朝乃は視線を藤香とあわせる。
「この子の事もよろしくね」
「ま、まあそれもひかりとワンセットだから……仲良く…する…よ」
 モーラットを撫でて言うと、藤香は顔を赤くしてそっぽを向いた。

 同窓会に参加したのは、何年ぶりだろうか。
 子供を姉に預けた夜水は、久しぶりに銀誓館の校門をくぐった。実際、姉も自分の子供が居るというのにそのパワフルさには驚かされる。
 支度をしていて白髪を見つけ、少しショック。
 同窓会の会場に来たら、料理も参加者も豪華でまたショックである。立食形式であったが、チキンソテーの味がまろやかで美味しかった。
 ……これも誰か銀誓館のOBが作ったのかな、と夜水は考えながら修二と志穂に声を掛けてみた。
「藤崎……いえ志穂先輩はお子さんは?」
「上の子が四年生、下が二年生、一番下はまだ保育園なんです。上の子は青龍に覚醒したんだけど、修二くんは『お前には向いてないからバイトと変えろ』って」
 若い世代が覚醒している昨今、夜水の子も再来年になったら入学である。その時能力者となった子をどう育てていくか、そして銀誓館での学生生活で知っておくべき事はあるかと夜水は志穂に相談した。
 自分も居た学校であるが、我が子となると別である。
 こうして、志穂に話しを聞く事が出来るのは心強い。
 すっかり主婦の会話を話し込んでいる志穂をちらりと見て、小春は修二の姿を探した。彼らと会うのは、二年前に銀誓館に来て以来だろうか。
 三〇代も半ばにさしかかった修二であったが、依然としてそのパワーは衰えず。
「お子さん、今年で十才かぁ。四年前に見たっきりだけど、あれからどう?」
「一番下が幼稚園だ。……三人産むってのは最初から決めてたが、さすがに三人居ると家ん中が収拾つかねぇな。ウチの母ちゃんや志穂の母さんがすぐ近くに住んでるから、手伝いには困らねえが」
 志穂も一人っこだったから、子供はたくさん居る方がいい。そう二人で話した結果であるという。
 小春の方は、2022年に長男が生まれていた。今日は一家で来ていたが、子供が手のかかる歳だからと少し離れていた。
 皆の顔を見て、小春は懐かしそうに目を細める。
「また……おじいちゃんになっても集まる事が出来たらいいね」
 年月を経てもこうしてつながる事の出来る縁を、小春は感謝している。その縁が、いつまでもずっと続けばいいと思っていた。
 十年後も、二十年後も……ずうっと歳をとってしまった時にも。
 その時もまた、銀誓館でと願うのであった。


マスター:立川司郎 紹介ページ
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いまいち
参加者:41人
作成日:2012/12/20
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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