≪武道館「護」≫ささやかな結婚式


   



<オープニング>


 思う所があったのだろう、とシリルは思った。
 冷たい冬の風に吹かれながらも、じっと武道館『護』を外から眺め続けている陸井の姿は、優しくて愛おしそうな表情をしていたからである。
 ここは陸井が作り、皆で育てた場所……いわば、陸井の子供のようなものである。
「陸井さま、お風邪を召しませぬよう上着をお持ちしましょう」
 気を利かせたシリルが、そう声を掛けて中に入ろうとした。
 すると、その手を陸井が掴んで引き留めた。ふ、とシリルが何事かとゆるりと振り返ると、そこには何やら真剣な表情の陸井があった。
 決意の顔。
 シリルは返すように、優しく笑った。
「はい、陸井さま?」
「シリル……自分の気持ち、そしてその証をちゃんとお前に伝えておきたい。何度でも」
 それは、今だからである。
 少しずつ銀誓館も世界も変わる、その変革期だから。
 陸井はこの看板に多くのものをもらったし、多くの人に出会った。シリルのそのうちの一人であり、彼女はかけがえのない人になった。
「シリル、俺はお前が欲しい!」
 直情的な陸井の言葉を聞いて、シリルは少し顔を赤くしたが、すぐに笑顔を取り戻して頷いた。だが、不安も感じるシリルの様子。
 本当に分かって貰えただろうか。
 陸井が気を抜くと、シリルはこう口にした。
「ご所望とあらば、わたくし己におリボンを掛けて、何方かに梱包して戴く必要がありますわ」
「シリル、それは誰に聞いたんだ」
 いや、しかも陸井が言いたいのはそうじゃない。一つ溜息をつくと、くすりと笑った。シリルらしい発想といえばそうだが、ひとまずそこから離れてもらわねば。
 陸井が言うと、シリルは首をかしげた。
「そうではないと仰るのですか?」
 シリルは、その時ふと陸井の手が自分の左手を取っているのに気付いた。大切そうに握った陸井の手と自分の手を見てはじめて、陸井が伝えようとしている事を察したのである。
 初めて陸井に思いを告げられた時でも、こんなに狼狽しただろうか。シリルは顔を真っ赤にすると、俯いて口を閉ざした。
「俺と、結婚してくれ」
 はっきりと伝わった、その言葉。
 手を胸にやると、胸が高鳴っていた。
「陸井さま、何と言えばよいか分かりません」
 シリルが今どれだけ幸せなのか、どうやって陸井に伝えれば良いだろうか。じわりと涙が浮かぶ目でじっと陸井を見上げ、シリルは笑顔を浮かべた。
 シリルの心は、いつでも陸井とともに。
 彼女の笑顔は今、陸井ただ一人に向けられているのだから。

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参加者
凶月・陸井(我護る故に我在り・b12455)
シリルーン・アーンスランド(未来向く護り風・b32979)



<リプレイ>

 その日の朝、凶月・陸井(我護る故に我在り・b12455)はいつも通りの時間に目を覚ました。
 シリルーン・アーンスランド(未来向く護り風・b32979)の枕元に置かれたティーカップをそっと取り上げ、片付けてからカーテンを開ける。どうやら昨日飲ませた安眠茶が効いたらしく、シリルはよく眠っていた。
 緊張していたのは陸井もそうであったが、眠らなければならないなら眠る……それが自己鍛錬である。
 まだ外はようやく明けてきたばかりであったが、差し込む光に気付いてシリルが目を開いた。ぼんやりした顔でシリルは陸井に気付き、体を起こす。
「まあ陸井さま、お目覚めでしたら起こしてくだされば良うございましょう」
「気持ちよさそうに寝ていたから、もう少し寝顔を見ていようかと思ってね」
 くすりと陸井は笑った。
 意地悪な事を……と言いかけて、シリルは目を細めてカーテンに手をやった。今日は1日、良い天気になりそうである。
 カーディガンに袖を通し、側にあったティーカップが無いのに気付くシリル。自分が目を覚ます前に、すっかり陸井は片付けてくれていたようだ。
「お目覚めに、わたくしがお茶をお煎れしましょう。陸井さまがお茶をお飲みになってランニングからお帰りになる頃には、朝食もご用意出来ておりましょう」
 キッチンに向かったシリルは、すっかりリラックスした様子であった。
 昨日の夜の不安そうなシリルを思い出すと、お茶を煎れた効果があったと陸井は安堵した。寝不足のまま結婚式を向かえるのでは、シリルも喜んではくれまい。
 結婚式場をマヨイガにしたのは、ひとつは最近比較的銀誓館の生徒でよく使われているという事もある。また使役ゴーストも呼べるし、マヨイガに居るゴーストの知り合いなども呼ぶ事も出来る。むろん、結社の知り合いも呼ぶ事は出来る。
 陸井もシリルも、マヨイガには任務や私事で何度も足を運び知り合いも出来た。
 だからこそ、皆に見て欲しいという思いがある。
 結婚を決めたあの日、シリルを連れて式場を見に行った。白い可愛らしいチャペルは、周囲を林に囲まれた美しい景観の場所にあった。
「ドレスはわたくしが決めますから、陸井さまは当日まで内緒ですわ」
 シリルはそう言って、結局衣装合わせは一人で決めてしまった。和服ではなくドレスだというのは聞いて居るが、果たしてどんなドレスを選んだのか気になって仕方ない。
 色だけでも教えてくれないか、と陸井がお願いすると、シリルはくすりと笑って言った。
「それは綺麗な衣装ですわ。わたくし、オヘソをやりくりして奮発いたしましたのよ」
 澄ました顔でシリルがそう言ったもんだから、陸井はおかしくて笑い出してしまった。ランニング中、陸井はそのときの事を思い出して笑い出してしまった。
 ……周囲に誰も居なかったのが幸いで。
 再びランニングに戻ると、陸井は時間を確認した。
 あと4時間。
 待ち遠しくて、何度も時計を確認してしまう。
 ドアを開けると、奥からシリルの声が聞こえて来た。
「陸井さま、お食事出来ておりますから汗を流してから召し上がって下さい」
 誓いをたてる前の日も、そしてあとの日も……変わらずシリルの出してくれる朝食は陸井の心を奮い立たせてくれる。
 いつもと変わらぬ、朝。

 式場に到着すると、あまり手こずる事なく陸井はひとり燕尾服に着替えた。
 デザインは色々出してもらったが、色々出してもらえばもらう程どれも同じに見えてしまって困る。
 結局、悩んだ末シンプルに黒の燕尾服にした。
 早めに終わったからシリルの様子を見に行こうと控え室まで行ったが、ドアも開けてくれずに『もう少し待ってくださいませ!』と怒鳴られたので、仕方なく引き返す。
 そわそわしているのは、自分の方かもしれない。
 そっとドアの前の壁に背を預けると、ドアの隙間からふんわりと薔薇の香りが漂ってきた。
「シリル、香水を付けるのなんてめずらしいね」
 陸井が言うと、ドアの向こうから返事が返った。
「これは……式場の方が勧めて下さったんですわ。お嫌いでしたら、付けませんけれど……」
「そんな事ないよ、甘くていい香りだね」
 ドア越しに話すと、少しシリルの声が和らいだ。

 控え室に入ったシリルを待っていたのは、ふんわり優しい薔薇の香りであった。死人の多いマヨイガでは、こういった香水などを使う者も多いと聞く為、シリルに気を遣ってくれたのかも知れない。
 シリルが目を閉じて香りを楽しんでいると、シリルの支度に来てくれた女性がそっと香水の瓶を差しだしてくれた。
「もし薔薇がお嫌いでしたら、お取り替えしますので」
「いいえ、とても良い香りですわ。……薔薇、愛の言葉を持つ花ですもの」
 甘く、それでいてしつこくない薔薇は女性が最も好む香りである。
 ふ、とシリルはそれから顔をあげ、自余性を振り返る。
「あの、お化粧は結構ですわ。……髪結いだけお願いします」
 あとは口紅に、あの人の好きな薄紅色をとルージュを出す。素のままのシリルで、あの人に誓いをたてたい。
 だけどひとつだけ、許されるならあの人の好きな色を紅にして立とうとシリルは考えていた。
 緩やかに色移るシリルの藍の髪を結い上げてもらいいながら、鏡で紅を引くシリル。純白のレースのドレスに袖を通して鏡に視線をやると、シリルはじっと見つめた。
 レースが飾る白い首元は、緊張からかうっすら紅色になっていた。
「肌がお白いですから、お化粧をしなくてもルージュがとても映えておいでですね」
「そ、そうですの?」
 シリルは顔を赤くして俯いた。
 とたんにそわそわと歩き出し、シリルは身だしなみをチェックしはじめた。髪がほつれてないか、ヴェールは合っているか、ドレスは似合っているか……今になって気になりはじめた。
「もう皆さん集まっておいでなんですよね? ああ、どうしましょう……どこもおかしくないでしょうか?」
 愛する人に、一生で一番綺麗な自分で誓いを立てたい。
 今、シリルは一番綺麗でしょうか?
 鏡に向かって、シリルは不安そうに呟いた。
 先ほどまで陸井はドアの向こうに居たけれど、まだ居るのだろうか……シリルがこっそりドアを開けると、既に陸井はそこには居なかった。
「そろそろ時間ですよ」
「は、はい!」
 シリルは式場スタッフに答えると、ドアを開けた。
 そわそわと、陸井の姿を探してチャペルの方に歩くシリル。もう式場に入ってしまったんだろうか、それとも控え室に戻っているんだろうか。
 不安を感じながらシリルがチャペルの入り口に向かう廊下につくと、そこに背が見えた。
 かける言葉を失って立ち尽くすシリルの気配を感じたように、陸井がくるりと振り返る。いつもの優しい笑顔で、陸井が手をこちらにさしのべた。
「さっきの薔薇と、同じ香りが微かにしたから」
「陸井さまがおいでになりませんから、どこに行かれたのかと……探して……」
 顔を赤くして俯いていると、陸井が促すようにシリルの背に手を回した。
「シリル。本当に本当に、綺麗だ」
 誰の為でもなく、ただ陸井のために白いドレスで立つシリルの姿は目を奪われる程に美しく、そして愛おしい。
 だから、笑顔で居てくれシリル。
 陸井はシリルを安心させるように、笑った。
 恥じらうようにシリルは陸井の腕にそっと手を伸ばし、からめて組む。
「陸井さまも……素敵です」
 か細い声で、シリルは言った。

 光が差し込むステンドグラスの美しさも、パイプオルガンの音色も、夢心地で歩くシリルには全てが幻想のようであった。
 腕を引かれて歩くヴァージンロードと、祝福の声が現実ではないようなぼんやりとした心地で。
「シリル、大丈夫か?」
 さすがに緊張の色が隠せない陸井が、シリルに声を掛ける。だけどシリルは俯き加減でくりと頷き、口を閉ざしたままであった。
 どうやら、陸井以上に緊張しているようす。
 リングピローを持った毒島が神父に渡しても気付かぬ程、緊張と興奮がピークに達しているようだった。
 毒島が陸井に視線をやると、くすりと陸井は笑う。
「……見てなきゃ、終わっちまうぞ」
 ぽつりと毒島の声が聞こえ、シリルははっと顔をあげた。

 −汝、凶月陸井、あなたはシリルーン・アーンスランドを妻とし、健やかなる時も病める時も彼女を愛し、これを助け、生涯変わらず愛し続ける事を誓いますか−
「誓います。……一生、側に」
 燐とした陸井の顔が、シリルの目に映る。
 きっと、生涯忘れられない光景であろう。
 ただひとり、大切な陸井が自分に誓いをたててくれる姿と言葉を……シリルはずっと忘れない。ずっと、その言葉を受け止めて生きていこうと誓った。

 −汝、シリルーン・アーンスランド、あなたは凶月陸井を夫とし、健やかなる時も病める時も彼を愛し、これを助け、生涯変わらず愛し続ける事を誓いますか−
「ち、誓います! 永遠に、お傍で……」
 少しうわずったようなシリルの声は、まるで追いかけるように、遠くに行ってしまう人を追いかけるかのように慌てた様子であった。
 誓いの言葉も陸井も、どこにも行きはしないと陸井はシリルの手をそっと握る。
 そうするとシリルはほっとしたように、陸井の手を握りかえした。
 生涯、この手を取ってゆこうと陸井は誓う。

 銀色に輝く指輪をとった陸井は、シリルの手に左手を添える。細くて白いこの手が何度も武器を取り、自分の背を護ってくれた。
 その白い手で、自分の為に紅茶を入れてくれた。
「シリル……」
 きつく握って指輪をはめると、シリルの頬からぽろりと雫がこぼれ落ちた。驚いて陸井が見返すと、シリルは首をふるふると振る。
 右手で涙をぬぐい、シリルは笑顔を作ろうとした。
「違います。だって……」
 ただ一人、生涯傍にと陸井がシリルーン・アーンスランドの手を取ってくれている。シリルがほしかったのは他の誰でもなく、陸井ただ一人だった。
 こんな幸せな事が、他にあるだろうか。
 シリルは震える手で、陸手の指に指輪をはめる。繋がった心を確認するように、二人は指輪をじっと見つめた。
「陸井さま……幾久しく、お願いいたします……」
 涙声でシリルが言うと、陸井はシリルの唇を塞いだ。

 入場の時は、こんなに美しかっただろうか。
 チャペルの外に出たシリルと陸井に、優しく光が降り注ぐ。両手にしっかりとブーケを握ったシリルに陸井が促すと、シリルは気付いて周囲を見まわした。
 シリルの事だから、手加減なしで投げそうだと陸井は遠くを見やる。
「シリル、ブーケトスは優しくね」
「どなたでも受け取って戴けるようにブーケトスいたしますわよ」
 にこりと笑い、シリルはブーケを放った。
 二人が幸せを込めたブーケが、空に舞ってゆるりと華の香を撒く。
「この結婚式の未来が、別の人に繋がるんだ」
 ブーケが誰かに、未来を届けて下さいますようにと陸井が願いを込める。高く高く飛んだブーケは、やがて伸ばした参列者の手に届いた。
 幸せが、あなたに届きますように。
「幸せにな、陸井……シリル」
 毒島の声に、陸井は振り返るとこくりと頷いた。
 繋いだ手と絆は絶対に、手放しはしない。
 永遠に二人で、この未来を紡いでいくのだから……。


マスター:立川司郎 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:2人
作成日:2012/12/27
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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