青い帽子と躑躅の咲く庭で


<オープニング>


 竹柵で囲われた庭。遅咲きの躑躅の苗際にはドクダミの花が咲き、日本家屋の半分以上を裏の林が翳らせていた。
 もう誰も訪れなくなって久しい、鉄格子の様な門の錠を青い野球帽を被った少年が押し上げる。
「ふ〜ん……」
 玄関から左手の縁側に首を伸ばし、躑躅の前にぽっかりとした空間が出来ているのを見ると足元の小石を拾う。
 庭の片隅に――縁側から見える位置で、野球帽を被った少年は鼻歌交じりに絵を描き始めた。
「誰だい……?」
 腰から垂れる長い鎖を引き摺って一人の老婆が縁側に立つ。
「おばあちゃん」
 親しみの籠もった声音で少年は老婆を呼んだ。
「ボクがおばあちゃんの孫になってあげる。……だから、楽しい事、一杯しよっ?」
 帽子の下であどけなさを残す少年……美しい少女は、然う言って嗤った。

 夕日が臨む屋上で創良壬・天命(中学生運命予報士・bn0072)は能力者達を出迎えた。
「山に近い人里離れた家に老婆の地縛霊が出るんだ」
 緩やかな坂道を登っていくと林に隠された日本家屋が見えてくる。其処で孤独死したと思われる老婆が敷地に踏み込んだ者を襲っていると云うのだが――、
「麓の町の子供ばかり犠牲に為ってる。青い野球帽を被ったリリスが、幽霊が出るって噂をばら撒いてるんだ」
 老婆には息子夫婦と孫が居た。夫婦とは疎遠だったが孫の方は頻繁に老婆の家に遊びに来ていた。
 息子夫婦の、借金の肩代わりをする迄は。
「家から出られない老婆は子供、特に男の子を孫だと勘違いする。けど攻撃してこない訳じゃない……哀しい事にね」
 運命予報士は青い瞳を伏せさせる。
 家の玄関、各部屋への扉は引き戸で、一階全ての窓が吐き出し。台所の裏口正面に裏の林へ続く門が在り、表と裏門、躑躅と竹柵は一続きで庭を囲んでいる。
「家よりも庭の方が広い。囲いの高さは躑躅を入れても腰前後。老婆は家から出られなくても庭へは攻撃の手が届く」
 敷地には子供三体と犬のリビングデッドもいる。
「リリスは戦況を見守るタイプみたいだね。積極的に加わってこない分逃げるのにも躊躇いがないと思う」
 性質から云って余り逃がしたくはない。だが、広まった噂は子供達を惹き付けるだけの力を得てしまっている。
「霊は、放置出来ない。……理解してくれるね」
 確認する様に予報士は問うた。

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参加者
神元・道孝(事象を歪める者・b01249)
篠田・春一(空を見上げるワンコ・b01474)
和宮・優姫(ディバインメイデン・b14444)
西・竜彦(羅喉・b17290)
桐見・和也(空想と現実の狭間で・b17974)
椎名・悠(深緑のねぼすけ娘・b20132)
天津・蒼馬(恋の喜遊曲・b21874)
西森・未明(オルファクトグラム・b23045)
極楽院・清丸(仁義無きショタ・b26320)
烏森・メジロ(いつか月に行ってみたい・b26804)



<リプレイ>


 熱を孕んだ風が木立を薙いで行く。
 見遣る先、地平を作る坂の小道は緩く浅けれど、瓦の線は容易く見えない。
 人の気配も薄く、訪れる者など皆無であれば静寂の中死に逝く心は平穏なのか寂寥なのか。
 恐らく後者であろうと極楽院・清丸(仁義無きショタ・b26320)の短髪が風に嬲られ棘を増す。経緯を辿れば気は進まずとも、犠牲を阻むには力を行使せねばならない。話を聞いただけの身であれど、仁義に悖る者も居るのだなと落胆の様な思いが過ぎる。
「……偽りの孫であっても、自分のそばに居て欲しかったのかな」
 老婆の思いに馳せる様に目蓋を細めた椎名・悠(深緑のねぼすけ娘・b20132)の眼差しは坂の果ての日本家屋を見通そうとするかの如く遠い。寂しさを埋める事も、悲しみを癒す事も此の身に出来ぬと知っているから……守るべきは、今在る命と固めた決意は固い。
(「他の人を守る為にあなたの大事な物を奪う……だから、恨んでいいよ……あなたを殺します」)
 怖い物を見たいのは子供として当然なのです、と一際明るい声が響く。
 小さな両拳を握り締め、烏森・メジロ(いつか月に行ってみたい・b26804)は子供の特権を力強く主張する。ワクワクするのが楽しいから、怖いモノだって見てみたい。血も凍る真の恐怖とは無縁の幼さに幾人かは心が救われた心地に為る。背の高さに合わせて屈み込めば天津・蒼馬(恋の喜遊曲・b21874)が微笑んだ。
「これ以上おばあさんを利用させない様にしましょうね」
 皆に光の加護を、と囁いて振り仰いだ場所には戦いへ赴く者達の顔が在った。
「烏森さん、いざと為ったら清丸くんを盾にして良いからね」
 随分と下にある頭を桐見・和也(空想と現実の狭間で・b17974)がぽんぽんと叩く。
「ななな何をさらっと言っとるんじゃあ!!」
 二人の身長差は四十センチ余り。見上げる形で抗議すれば仲間達は皆納得の表情で苦笑いしている。
 小学生と中学生では中学生の清丸が身体を張らざるを得ない。
「……元よりそのつもりじゃ、心配要らん」
「ショタ好きさんの気持ちが今何となく解った気がする……」
 ぷいと顔を背ける素振りが無理に突っ張っている様に感じられて、余計に可愛らしさを感じる。聞き捨てならない発言にちょっぴり泣き顔に為った中学生が、喚き出す前に和也は解散を促した。
 眠そうな仕草に見えて頭ではリリスの動きに対する警戒が巡っている。
 巫山戯あった遣り取りも、仲間達の緊張を解す為だったかも知れない。


 足に絡まる雑草は手入れする者が居ない――行き届く筈のない現実を思い知らせている。
 西・竜彦(羅喉・b17290)は藪での行軍に愚痴を零しながらも、底の厚い靴と用意した鉈で草を払っていた。
 茂みを掻き分け、密やかに老婆の家へと歩む和宮・優姫(ディバインメイデン・b14444)が抱くのは苛立ち。リリスの目的が見えず事件に振り回されるだけの現状を思えば、腹立たしさにも似た感情は募るばかりだった。
 リリスに悟られぬ様、家屋から見られぬ様迂回すると為れば目指す家をも見失いそうになる。一方で、敷地である林には限りが在る。概ねの目安で進む一行の中、篠田・春一(空を見上げるワンコ・b01474)の心に落ちる翳は自らの祖母の事だった。
(「……俺もこの孫と同じ様なモン……か」)
 もう、随分と会っていない。
 朧気に思い出されるのは……どんな表情だっただろうか。
 光の薄い林を進む一行の前に、低い唸り声が届いた。
 予測し得た事態に西森・未明(オルファクトグラム・b23045)は他にも敵が居ないかと冷静に見極める。犬が戻ってこなければ不審に思われるかも知れないが時間を掛け過ぎて此方の存在を気取られては意味がない。
「この暑い中藪ン中巡りの次は犬の相手かい?」
 嘆息する竜彦は鉈を放って錫杖を構える。
 潜入する前に掛けた蟲の加護は解けてしまっていた。神元・道孝(事象を歪める者・b01249)は残りを使うか迷う。槌を握り締めた未明が走り出せば戦闘は始まった。

 凭れ掛かる様に指す影は朽ちて久しい日本家屋を不気味に寂しく演出させる。
 庭をぐるりと囲む、柵と躑躅を断ち切る門から侵入すれば、くるくるとした短い巻き毛に男の子の格好をしたメジロが無邪気に縁側に回り込む。それを目で追った蒼馬は玄関寄りの庭に青いスコップとバケツを見付けた。
 噂に乗った子供を演じる半ば、本心から弾む心は純粋に――餌に、見えた。
「誰だい……勝手にうちに入るのは」
「何か、いたですーーっ」
 転がる様に慌てて戻る少女を下がらせ、起動した一同は縁側の庭に回る。始めから出現済みだったのか気付いて現れたのか、準備の整う前に襲われなかった事は僥倖だっただろう。盾を呼び出し、剣を頭上で旋回させる悠達の合間に清丸が前に出る。老婆の手の届かぬ位置にと白い頭は考えるが、老婆が動けば庭の柵ぎりぎりに寄った所で攻撃の手は届く。
 予想通り標的にされるなら、仲間から気を逸らす為にも耐えなければならない。
 縁側からは老婆の立つ和室と、奥の廊下とを遮る襖、廊下には掃き出し窓と竹柵が覗いた。子供達のリビングデッドが裏門と玄関側から現れゆっくりと詰め寄って来る。
 囲まれる距離を縮めさせまいと蒼馬の念動剣が飛び、老婆は皺の付いた目尻を寄せると小柄な体に手を伸ばした。
「くぅっ……!」
 リリスは、未だ確認されない。だが、何処かで此の様子を見ている筈。
 魔法陣でも余る傷をメジロの祖霊降臨が補い癒す。リリスの注意を引き付ける為とは云え、防戦一方であってはいけない。悠は漆黒の剣で仲間と同じ敵を狙った。犬の姿が見えないと蒼馬は眼鏡の奥の目を細める。
「孫かい……? いやおかしいねぇ。孫の友達……?」
 老婆はエアシューズで蹴り付けてきたメジロを見て首を傾げる。男の子が二人。老婆には然う見えた。
 友達ならば、増やしてあげよう。
 枯れた腕が小さな体に掴み掛かる。体力も経験も浅い少女は危険を承知ながら強大な風を纏った。老婆の攻撃を受け止める覚悟で居た清丸も距離を詰めるには一歩足りない。エアシューズは老婆の躰に沈むかに見えた刹那、避けられた。メジロが離れるよりも、悠が癒しを紡ぐより早く、軽い体が地面へと押しつけられる。
 動かない体を見下ろして、老婆が能力者達を、庭を見つめる。其の目は友人か、孫を奪いに来た侵入者かの判断に迷い、排除の方法を思案している様だった。
「わぁ、オイシソウな人達が一杯♪」
 突然老婆の背から顔を見せた少年――少女は、笑みを浮かべて能力者達を出迎えた。
「なんか凄そうな技だったね〜。もう一回やって? ……無理か」
 惜しかったね、と健闘を称えるかの様な口ぶりで足元から視線を外して老婆の背後に留まる。青い野球帽を目元迄深く被り、短くふわりと広がる髪は首筋迄。小学生か中学生の容貌のリリスはTシャツにジーンズ姿で少年の様に見えた。
 待ち望んだ存在に蒼馬は力の限り笛を吹く。
 同時に天空に刻まれる文字――リリスは家の中。
 戦闘が激しくなれば消える虞もあるが、一瞬でも仲間が読み解けるなら其れで良い。リリスに遭遇しても、吹いて欲しいと優姫に頼まれていた。裏からでは戦闘の様子が目視出来ぬのではと懸念を示したのは竜彦。
「……何それ?」
 意味を量りかねたリリスが不思議そうに能力者を見る。
「生者だけでなく、死者まで弄ぶなんて……貴方達はどこまで歪んでいるんですか!? 覚悟しなさい!!」
 ――怒声と共に十字の槌が純白の軌跡を描いた。
「……挟み撃ち!? ずるい!」
 赤黒く染まったシャツを抑えてリリスは後退する。裏口から一直線にリリスの元へと駆けた優姫の後ろにも能力者が居る事を見て取ると庭と廊下を見比べた。
 縁側では苦戦を悟った道孝が蟲を子供達に喰らい付かせていた。裏門の扉は閉められ門寄りには徹底的にリリスを眠らせ様とする春一が居る。だが、家屋が障害物と為り、敵全てを眠らせるには門から完全に離れるか家の中に踏み込まねばならなかい。しかし、リリスを無力化する術を持ってきたのは彼だけではなかった。
 這う様に迫る蔓が少年の様な身体を拘束する。
「!!」
 藻掻くリリスの前で和也がゆったりと口を開いた。
「こんにちはお嬢さん。よければお名前を教えて頂けませんか?」
 名乗り、紳士的に問えばリリスは面白くないと云った口調で「名乗りたくない」と言った。どうやら機嫌を損ねたらしいと眠たげな眼差しがすっと鋭いものに変わる。「吸血鬼と協力しての牙道の里潰しはうまくいってないみたいだね」とブラフを掛ければ、少女はにこりと笑った。
「……然う云う事、喋っちゃって良いの?」
 深呼吸の様に息を吸う。
「おばーちゃん、助けて!!」
 叫び、拘束の解けたリリスは能力者達に背を向けた。
 逃亡を知らせる笛に未明が裏口への廊下を遮り、春一が裏門へ戻る。拘束が成功した事で地縛霊に光の槍を打ち込んだばかりの竜彦を避けて、リリスの進路を遮った優姫を、老婆の腕が横から壁に叩き付けた。
「孫を苛めるんじゃない、よ……!」
 手薄な玄関側に逃げると踏んでいた悠は隠していた眠りの歌を奏で様とするが、優姫が起き上がらない事に気付き地縛霊に専念する。戦えない者が二人以上出れば、リリスは諦める取り決め――……和也の蔓を躱したリリスは、縁側の射線を遮る為か襖を閉め、反対側の窓から出た。
「又会えたらもっと楽しい事一杯しよーねーっ!」
 バイバイ。と躑躅を蹴散らし、竹柵を飛び越えてリリスは嬉しそうに嗤った。


 残された老婆の霊は執拗に清丸を襲う。
 一体の子供の屍が唯の死体に還り、蛇の様に奔る鞭が腐敗の混じった子供を絡め取る。老婆が奪った命に道孝は鞭を繰る手に力を込める。輝く槍が弾ける様に散り、竜彦は地縛霊を見つめる。未明が振り抜いた槌は躑躅の茂みへ子供を押し込み、根本のドクダミが強い芳香を発した。
「借金背負わされ孫奪われ、辛かったんは分からんでも無い。じゃが、誰も孫の代わりにゃなれん。どんだけやってもお前さんが満たされる事ぁ無いんじゃ」
 枯れた腕が孫を求めて彷徨い動く。
 其の腕が闇を這わせた和也の斬馬刀に絶たれ、畳に転がった部分から消えていく。
「……お前迄、行って、しまうのかい……」
 孤独に満ちた声に……すまんの、と微かな声が見送った。

 道孝の気遣いで庭に子供達の遺体が埋められる。
「息子夫婦には、お母さんの優しさが解らなかったのかな……?」
 孫の面影を宿す物を添えてあげたいと蒼馬が家の中を見て回る。結局見付かったのは、表に在った汚れたスコップとバケツ――何時の物とも、本当に孫の物とも知れない品だけだった。
 竜彦が持参した花束を躑躅の根本に置いた。漂ってくるドクダミの馨り。
 和室から躑躅が老婆の為に咲いている様だと眺めれば彼女も同じ眺めを見ていたと気付く。
 躑躅に囲まれた庭で遊ぶ孫。
 それを見守る息子夫婦。
 ……老婆が満ち足りた姿を、和也は空想してみた。
(「下らん人間の勝手で苦しめられ、堕ちて尚其処から抜けれん奴が居る。じゃったら、ワシがこの手で解き放っちゃる」)
 どんな罪を犯していようと、然うする事が自分の仁義だと清丸は思う。
「おばあちゃん達、お休みなさい……」
 手を合わせるメジロの横で優姫はロザリオを握り締める。胸に湧いたリリスへの新たな怒りを秘めながら。
「居なくなって初めて解る大切さを息子夫婦が感じてくれるといい、な」
「……そう、だな……」
 目礼していた春一の呟きに親類の顔が浮かんだ。
 下った坂道の途中で未明は家を振り返る。
「生きてるうちに……叔母孝行……しておくか」


マスター:ナギ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2007/07/06
得票数:知的1  せつない12 
冒険結果:成功!
重傷者:和宮・優姫(ディバインメイデン・b14444)  烏森・メジロ(いつか月に行ってみたい・b26804) 
死亡者:なし
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