天と地の星鏡


<オープニング>


「うわ……」
 もう何度見に来たかわからないくらいだった。にもかかわらずその女性は感嘆の声をあげずにはいられない。そこは小さな白い花が群生するところだった。もう麓も遠くないというのに高山植物の花畑は続いている。夕暮れに近づきつつある優しい光は、足元の白い花だけでなく、様々な色の花を映し出している。そしてその向うには皿のように丸い湖が深い藍をたたえている。
「……あら」
 珍しい……と女性は口の中で呟いた。湖のふちには人が1人座り込んでいる。登山者風でも地元の人のようでもない長い髪の少女。声をかけようかと近寄っとき、少女はすっと立ち上がった。
『…………』
「え?」
 少女が何を言ったのか、女性には聞き取れなかった。けれど首に巻きつくそれがどんどんしまっていくのはよくわかる。
『どうして……ころすの……?』
 殺す? 私が……? 女性の脳裏に問いが回る。
(「逆でしょう。殺されるのは私の方ではないの……?」)
 ボキリと鈍い音がする。それが首の折れた音だと認識する人はもういない。
 ――そう。殺されたのは女性の方。冷たくなっていくその体に夏の星明りが降り注ぐ。湖にいちめんの星が輝いている。

「ようこそお集まり下さいました。皆さん」
 今岡・治子(高校生運命予報士・bn0054)教室に入ってくると集っている面々を静かに見つめ返した。
「行っていただくのは山の中腹にある湖です」
 高山植物の咲き乱れる美しい山にある小さな湖は、ほぼ円形をしていて直径は40メートルよりも少し大きい。池と呼ぶ方が相応しいのかもしれないが、地元の人々は『鏡湖』と呼んでいる。
「七夕には、そこでちょっとした儀式というか、おまじないみたいなものが行われるらしいんです」
 七夕伝説の片割れである織姫は、その名が示すとおり布を織る天人。裁縫に縁が深い。この日の星明りで糸に針を通すと裁縫が上達するという言い伝えがこの地方には残されていた。
「湖に映る星明かりで針に糸を通すんだそうですけど……」
 似たような伝承はあちこちにあるようだが、この地域では湖に映った星明りでそれを行うということになっているようだ。
「でも、ちょっと厄介なことがありまして……」
 治子はそっと目を伏せた。最近ここには招かれざる客がいる。能力者達はしっかりと頷いた。運命予報士が持ってくる話の大半はゴーストがらみなのだから。

「ゴーストは少女の地縛霊。それとリビングデッドです」
 地縛霊は水に濡れたような長い髪の持ち主で、どういう事情かはわからないがこの湖に現れるようになった。
「なぜここなのか、いつ亡くなったのか、詳しいことはわかりませんが……」
 地縛霊は湖に近づく者を無差別に襲うらしい。出現時間は夕方から宵にかけてで、不幸にもこの時間に湖付近に立ち入ってしまった人が被害にあっている。
「地縛霊の武器は糸のようなもの。もしかしたら髪なのかもしれませんけど……」
 鋭い飛び糸は針のように人の体を貫くし、輪のように絡められればすっぱりと切れてしまうほど。さらには気弾のようなものを飛ばしてくることもできるという。広い範囲に届き、鋭い針のようでもあり、矢のようでもあるそれは恐ろしい攻撃になるだろう。
「もう1つ厄介なことに……回復、するみたいなんですよね」
 糸が淡く光る時、ゴーストは与えたダメージを取り戻す。のみならずその力も高まってしまうという。
「この力は地縛霊が自らの危険を感じると使うようですけど……リビングデッドに及ぼすこともできるようですよ。1度に全員に、というわけにはいかないみたいですけど」
 リビングデッドは2体いて、こちらはどうやら以前被害にあった登山者らしい。腐敗はほとんど進んでいないようで武器は持っていない。だが、辺りにある岩やら石やらを投げ飛ばしてくるらしい。もちろん単純に殴ったり体当りしたりということもできる。
「リビングデッドの方は息もぴったりみたいですから、同時攻撃もありえますよ」
 治子は一通りの説明を終えると、ぱたんとファイルを閉じた。
「今はお裁縫の上達を願うというのもピンと来なくなっているのか、水鏡の行事も廃れがちですけれど……」
 それでも当日は何人かの地元の人が湖を訪れる可能性は高いという。ゴースト達が出現する頃は現場に人影はないようだが、戦闘が長引けば湖に人がやってきてしまう。効率よく戦う必要があるだろう。

「ゴーストさえいなくなれば、当日は満天の星空……」
 ちょうど天の川が湖に映る時刻になるだろう。
「天の星と水の星と……なかなか素敵なことになると思いますよ」
 よろしくお願いします、と治子は深く頭を下げた。

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参加者
セリス・ゼグラット(蒼い鳳雛・b00958)
氷霄・かぐら(高校生魔剣士・b07636)
火守・聖音(空舞い唄う紫胡蝶・b15023)
波多野・のぞみ(高校生白燐蟲使い・b16535)
佑月・隼瀬(静寂を渡る風・b21459)
リューン・クリコット(記憶を求め悠久の旅するわんこ・b22495)
幸田・泉水(怜悧たる静謐・b22961)
五百頭旗・羽琉姫(その身に眠るは鬼神か堕天使か・b23347)



<リプレイ>

●逢魔 〜ゴーストに出会う時
 ふもとは梅雨の湿り気に悩まされる日々が続いても山へ登る一足ごとに空気は乾いて澄んでくる。吹きおろす風は中腹辺りでその勢いを弱め、やさしく白い花を揺らす。雪と氷に閉ざされる長い冬が終わると、湖一帯は一気に花の絨毯に覆われるのだ。
「明るい内に来ても……美しい処ですね」
 佑月・隼瀬(静寂を渡る風・b21459)は小さな湖のほとりに佇んだ。そっと浸した指の先からと小さな波紋が広がっていく。湖は今はまだアップルグリーンに染まる夕暮れの空の色をたたえていた。
「はぁ、こんな綺麗な場所でも出る時は出るものなのね……」
 氷霄・かぐら(高校生魔剣士・b07636)は深い深いため息をつく。足元の黒い猫がそれを肯定するかのように大きく伸びをした。セリス・ゼグラット(蒼い鳳雛・b00958)の変化した姿である。
「この光景に心を残してしまったんでしょうか」
 この絵のような風景の中にゴーストだけが異質。それを消しに来たはずなのに、重いため息が出るのは毎度のこと。
「あまりの絶景に迷い出てきたのかもしれません」
 この湖に星が映れば、それは幻想的という言葉の見本となることだろう。水鏡とはよく言うものと幸田・泉水(怜悧たる静謐・b22961)は改めて、今はまだ空を映している鏡湖を見つめた。
「……何かしら強い思いが残ってるって事よね」
 哀れよね、と付け加えたのは火守・聖音(空舞い唄う紫胡蝶・b15023)。だが、哀れであることとゴーストになって人を襲ってよいということは、決して両立しない命題であることを彼は充分に知っている。
「これ以上被害者が出ないように頑張りますにゅ」
 リューン・クリコット(記憶を求め悠久の旅するわんこ・b22495)はランタンに火を入れると小さな岩の上にことんと置いた。呼応するように波多野・のぞみ(高校生白燐蟲使い・b16535)はうっすらと白燐光をともす。その周りには輝くコアがまわっている。魔に出逢う時間は刻一刻と近づいて来ていた。そろそろ1番星も姿を見せる頃であろうか。
「では皆さん、力を合わせて頑張りましょう」
 ゴーストが現れるのももうそれほど遠いことではない。

●星行 〜流れ星のように早く
 のぞみのリフレクトコアがふっと消えた。リフレクトコアが効力を失う時、それは戦闘に『区切り』がついたときである。この場合の区切りと言えば、それはゴーストの出現を意味した。
「来たのね」
 半ば嬉々とした声音を響かせながら五百頭旗・羽琉姫(その身に眠るは鬼神か堕天使か・b23347)の攻撃が真っ直ぐに湖へ飛んでいく。射撃はリビングデッドの体の上で霧消してしまったが、能力者達は3体のゴーストをはっきりと視界にとらえることができた。
「こちらは既に戦闘準備OKですよ、いつでもどうぞ!」
 のぞみが再びリフレクトコアを輝かせるとリューンもそれに倣った。
「さて、いきましょうか」
 かぐらの頭上に長剣がひらめく。星明かりを受けてそれは銀色の残光を描いた。
『……ころ……すの?』
 濡れ羽色の黒髪がばさりと揺れた。搾り出されたようなその声は誰への問いかけなのだろう。答える者がいなくとも地縛霊の言葉は気弾となって降り注ぐ。貫き通すような痛みをもって能力者達に……。
「……空に還すわ。あなたはすでに犠牲者を出してしまったから」
 痛みを懸命にこらえつつ聖音の日本刀『黒紫刃』がその名の通り黒い闇を纏う。聞く者の迷いの一切を捨てさせてしまうほどの意志の強さで、それはリビングデッドへと吸い込まれていく。ゴーストを倒すことが救いになる……それが本当なのかどうか確かめる術はない。けれど、能力者が迷えば犠牲者が増えてしまうのだ。
 飛び交う導眠符をはねのけて、リビングデッド達も行動を開始した。生きているといってもいいほどの体を持ちながら、やはりそれはゴーストとしか呼べない。その瞳のあまりの昏さゆえに。
『……どうして……』
「その髪……あなたの体は……」
 少女の髪が真っ直ぐに隼瀬に飛んでくる。糸とも髪ともつかないそれは水に濡れたような輝きを示して隼瀬の肩を突き抜ける。
「今癒しますにゅ」
 巫女は祖霊を癒しに使うという。かぐらの治癒の符と供に飛んできたそれは、隼瀬の肩から吹き出す血をあっけないくらいの早さでとめた。
「鏡湖が呑み込んだ秘密、かもしれません。でも……」
 続きを彼女は言わなかった。その代わりに閃いたのは優美なほどに長い脚。三日月のように描かれた弧ははめ込んだかのように少女の首に決まった。
(「私は能力者で、貴方はゴースト……」)
 闘いにそれ以上の理由は必要ない。

「あなたの相手は後ほどして差し上げますので、お待ちくださいね」
 泉水の眠りの符に片方のリビングデッドが膝をつく。
「さーて、ちゃっちゃといきますかー」
 続いてセリスももう片方のリビングデッドを深い眠りに突き落としたところだった。リビングデッドに手をかけずに済むうちにできうる限り地縛霊を叩く。それが彼らの作戦だった。かぐら、聖音、隼瀬の前衛3名は淡い輝きがほどこされた武器を携えてリビングデッドの脇をすり抜けていく。
『!!!』
 少女の気弾は前衛陣と導眠符のために前進していた泉水らを痛めつけたが、些少なことにかまけている余裕はない。いざとなれば回復は十二分に用意してあるのだ。闇の剣戟が左右から、その中央を三日月の蹴りが飛ぶ。背後ではリビングデッド達がただの屍に戻ってしまったかのように動かない。

●群雲 〜光を妨げるもの
「起こさないで!!」
 喉も裂けよとばかりのその声は泉水のもの。驚いてセリスが振り返ってみれば羽琉姫の射撃がリビングデッドの片割れにはじけたところだった。
「せっかく寝てるのを!」
 攻撃を受けた相手はゆらりと立ち上がった。羽琉姫の送り込んだ毒が回っているのか、動きは緩慢だったけれども、その眼は少女に対峙している聖音の背に向けられている。再び眠りの符が飛ばされたが、リビングデッドはうるさそうにそれを振り払う。前衛はリビングデッドと少女を分断する位置を取っていた。けれどゴースト達を完全に引き離すには至っていない。つまり、挟撃される危険の高い布陣になってしまったのだ。
 少女の飛び糸とリビングデッドの投擲が聖音を襲う。ひどく強い衝撃に聖音の体がぐらりと揺れた。かぐらの癒しの符が飛ばなかったら、そのまま膝をついてしまったかもしれない。前門の虎後門の狼といった状況にあっても前衛陣の士気は衰えを見せなかった。泉水の癒しの舞に力を取り戻し、リューンの呼び出した祖霊も彼の力を増幅させる。

「……奏甲?」
 のぞみが喉の奥で呟く。少女の飛ばす糸がつややかな黒から鮮やかな光の糸の変化したのだ。同時に少女自身に刻み込まれた刀傷も見る見る薄くなっていく。その糸は回復のために攻撃範囲内に立ち入っていたリューンを正確にとらえた。
「……にゅ?!」
 先程までの攻撃とは明らかに重さが違う。リューンの顔には受けた衝撃の深さがありありと表れていた。能力者達は悟る。やはりこの能力は早めに叩いてしまうに限る、と。少女の体力を削りきれぬままにしてしまえばいたずらに長引いてしまう。
「……回復手段があってもこれなら!」
 白い蟲達が解き放たれる。のぞみの蟲達は綺麗に散開すると、主の敵を自らの敵として喰らいつく。その隙をついて泉水とセリスはもう何枚目かわからない眠りの符をリビングデッドに投げつける。どのような力も万全とはいかないように彼女達の眠りも百中というわけにはいかなかったが、それでも片方は再び眠らせることに成功する。
 その間も少女の飛び糸はかぐら、聖音ら前衛を容赦なく襲い、現実の世に残されたリビングデッドは羽琉姫に決定的な一撃を放っていた。

「……眠った」
 大きく息をつく音が能力者の間から漏れた。長い長い時間をかけてようやく邪魔者の沈黙を得たのだ。後は力のすべてを地縛霊に叩きつけるだけ。

●星芒 〜命尽きる時
 それは消えそうなほどに細い光の糸だった。にも関わらずリューンの小さな体はその衝撃を受け止めきることができなかった。
「……にゅぅ」
 ぱたりと落ちた手は大地に接したまま。少女はさらにとどめを刺そうとゆらりとリューンに向って一歩を記した。
「そう易々とはいきませんよ」
 地縛霊の脚を止めたのは眠りの符。少女を眠らせることに関しては一通りではない苦戦を強いられていた能力者であったけれども、この眠りの意味は大きい。だらりと引きずられた糸が輝きを失い、リューンへの更なる攻撃を阻止せしめたのだから。
「……速さは負けないです」
 隼瀬の脚が白銀の弧を描く。目覚めた少女は再び自らを癒そうと試みたようだが、再び少女が光を纏うことはなかった。聖音の闇色の剣戟が灯りかけた光をきっぱりと撃ち払うと、かぐらもその長剣に真の闇をまとわせる。
「せめてこれから先安らかな眠りがある事を願います……」
 その言葉は少女の耳に届いたことだろうか。確かめる術はもはやない……。

 すでに戦いは掃討の段階に入っていた。回復手及び範囲攻撃を封じてしまえばリビングデッドは烏合の衆にも等しい。
「片方ずつ、片付けましょう」
 隼瀬は確かにそう言った。そして有言実行、言葉通りに技を見舞う。が、何の皮肉だろう羽琉姫の射撃も残る片方を起こしてしまったのだ。作戦の齟齬といえば齟齬、確認の不足といえば不足。舌打ちしそうな勢いでセリスは残り少ない眠りの符を飛ばす。
「もう少し眠ってて!」
 それがが功を奏して、隼瀬の獲物は再び眠らされたが、残されたリビングデッドは逆上したように羽琉姫に牙をむく。
「…………!」
 水辺の石は白く光る石だった。西洋の童話ならば夜道の目印にも使えそうな。体中を巡る痛みと供にそんな場違いな思いを羽琉姫は一瞬抱いた。本当に瞬きする間もないほどの時間。遠のいていく意識の端で彼女は漆黒の髪の巫女が舞ってくれているのが見えた。もう、立ち上がることは無理だったけれど。

 攻め手を2人欠きはしたが、能力者達は『終わり』もまたしっかりと見すえていた。補佐・回復にまわっていた泉水とセリスも攻撃に加わり文字通りの総力戦である。
「……束縛からの解放を……空に昇れますように……」
 黒影剣はとっくに使い果たしていたが聖音の日本刀はその輝きを失わない。能力者達の攻撃は時に祈りにも似て美しく切実だ。闇を纏う剣戟も銀色の軌跡を残す激しい足技も。すべては残された思いへのレクイエムにもなる。
 歯軋りの音を残してリビングデッドは倒れた。そうできるだけの歯も感情もまだ、残していたのかと思えばいっそう悲しい。けれど、悲しみをゴーストに向けてやるわけにはいかないのだ。残る1体のリビングデッドは倒れた仲間のすぐ脇に立つ。連携する相手を失ったリビングデッドは哀れにさえ見えた。
「けれど、同情はできません」
 それは、数々の能力者達の結論。そういって彼らと彼らの仲間達は哀しいゴースト達を葬ってきたのだ。
「ただ、それだけのこと……」
 あまりにも小さく、あまりにも悲痛に紡ぎだされた泉水の言葉は、射撃のかすかな振動の中に消えた。草の上に2体の屍が重なり合う。その上の空には銀漢が走っていた。

●天と地の……
「これが水鏡っていうのね……」
 聖音の声で、一同は陽がすっかり落ちていることに気づいた。のぞみが白燐光を消すと湖はちらちらとかすかな光を放ち始めた。闇に包まれるはずのその湖面を今は一面の星座が飾っているのだ。空を映す鏡。今は天空の星々をひっそりと映しこんでいる。
「……人が来ます」
 セリスが素早く猫に変じ、ふもとへ通じる道の方へ走っていく。足止めをしてくれるつもりなのだろうか。
「とりあえず、藪にでも……」
 幸いリビングデッドは腐敗が進んでいない。目立たぬようにさえしておけば当座のごまかしは効くだろう。
「……晴れてよかったねー」
 女の子の歓声が間近に聞こえた時には、能力者達はなんとか偶然行き会った者同士の挨拶を交わすことに成功していた。

「どうか……安息が彼女達を包み、安らかに眠れますように……」
 聖音が小声で祈りを捧げた。彼のそれは決して短冊に書くことはできないものだけれど。
「せめて、この星明かりの下で安らかに眠ってください」
 のぞみも呟くように黙祷する。隼瀬もそっと頭を垂れた。眼前の湖面にはちりばめたような星の影。省みるべき点はあるにもせよ、ともあれ人の間に災いは振らなかったのだから。
 できるなら湖を浚って地縛霊の体を探し出してやりたいとも思うけれど、どうやらそれは能力者達の手に余ることのようだ。満足げな喉の音をさせながら黒い猫が戻ってくる。
「星空を撮るのって難しいのよね〜」
 かぐらは早速三脚を据え、カメラの設定をいじり始めている。この風景を見せたい人は両手の指だけでは足りないほどだ。
「そばに愛しい方でもいればなお良いのでしょうが……」
 そのような殿方がいないのは残念ですね、と泉水は苦笑する。ここにくれば誰もがそういう気持ちになるのかもしれない。誰か大切な人と分かち合いたくなるような……。
「……実は、ソーイングセットを持参しました」
 伝承を体験する良い機会ですね、と隼瀬が微笑んだ。手には持参のソーイングセット。取り出した針がきらりと光る。
「……明かりを全部消しましょう」
 向うで誰から叫んでいる。能力者達も持ってきたライトの類をすべて消した。
「針に糸を通すんだっけ?とりあえずやっとくと何かご利益ありそうだよねー」
 闇の中で人に戻ったセリスもそっと針と糸を借り受ける。光の粒をはね返す水のほとりは優しい闇に包まれる。本物の夜の中で暗いのは天ではなくて地上なのだと能力者達は実感する。天上に瞬く星の群れは、水鏡の上にだけその恩恵は注がれる。
「……通りました!!」
 あちこちで喜びのざわめきが流れる中、隼瀬はそっと糸の通った針を湖に浮かべる。水を送ってやればそれはゆらゆらと流れていき、やがてふっと沈んだ。それは湖の底にいるかもしれない少女への祈り。

 星の明かりはそれ1つでははなはだ心許無い。けれど満天の星ならば、天へと送ったゴースト達の道しるべになるのかもしれない。そんな気持ちのわく、夜はさらに、さらに深くなっていく――。


マスター:矢野梓 紹介ページ
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いまいち
参加者:8人
作成日:2007/07/08
得票数:せつない13 
冒険結果:成功!
重傷者:リューン・クリコット(記憶を求め悠久の旅するわんこ・b22495)  五百頭旗・羽琉姫(その身に眠るは鬼神か堕天使か・b23347) 
死亡者:なし
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