海、屍、


<オープニング>


 真夜中の海辺で女が男にしなだれ掛かる。
 久々の逢瀬は何より愛しく何より尊い。海岸には幾つものごつごつとした岩が転がり、空気は蒸し暑さに占領されていたが水着姿の男女には興味のない事だった。
 不意に海を眺めていた女がしなだれ掛かるのを止める。
 男も其れに気付き暗い海を見つめた。月明かりがあっても海面の様子は判然としない。よくよく目を凝らせば、何かが――、
「……アレ何かしら」
「何、って……」
 人の頭に見える。
 息を詰める合間にソレは近付き、岸に上がってくる。海草と塵に塗れた髪の長い女。ソレが二人へ向けて口を開いた。
『ネェ、アナタ達も、仲間にナラナイ?』
 声に為らずとも、女は然う言って近付いて来る。
 ――海岸に二人分の悲鳴が響いた。

「……次にリビングデッドが現れるのは更に東の同じ海岸、同じ時間帯。蟹のリビングデッドも海から引き連れる様に現れる」
 其の数五十。
 創良壬・天命(中学生運命予報士・bn0072)は説明を続ける。
 蟹は鋏で獲物を刻んで運び易くする。陸に上がった女は物凄い力で海に引き摺り込んで離さない。
「効率よく倒して貰いたい所だけど……然う上手くいかないかも知れない」
 運命予報士は僅かに眉を顰める。
 女と蟹の歩行速度は女の方が早く、蟹は遅い。群がるか拡がられるかした場合、混戦が予想される。
「蟹の方も獲物……ある程度体力の減った人を海に持ち帰ろうとするみたいだから……」
 海岸の岩は岸から離れるだけ数は減るが、波打ち際に獲物が居なくなると屍達は陸に上がってくる事はなくなってしまう。
「片付いた後なら自由にしてくれて構わない」
 其処で初めて予報士は表情を和らげた。

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参加者
姫川・芙美子(悠久の立読姫・b01058)
霧生・颯(双子の妖草使い〜兄〜・b01352)
松山・華蓮(高校生白燐蟲使い・b01498)
逢坂・真咲(朔月の葬狗・b02136)
福嶋・由希子(白衣の剣士・b05383)
雪・雹(名も無きタナシンのお嫁・b10523)
北脇・万里(元気印・b11701)
奈々希・亜子(ネームレスヴァーミリオン・b15095)
風早・新(巻き込まれるお節介・b18920)
五稜郭・雪巳(蜘蛛と戯れし巫女・b23480)



<リプレイ>

●夜
 漣が湿った空気を運んでいた。夜は知らず知らず、音も発さず深まっていく。
 暗く沈む色は月の光を受け入れず何処迄も深い。空の下を感じさせる逢坂・真咲(朔月の葬狗・b02136)が長い髪を揺らし、波間を見つめる。女性には魅力的でいて貰いたいと云う願いがあるが、其れも死者と成れば出来ぬ話なのだろう。
 夜の海は昼とは違った顔を見せる。
 松山・華蓮(高校生白燐蟲使い・b01498)の齎す蟲の光が女の来訪を待ち侘びていた。お互いの姿が視認できる程度に抑えられた光は女に警戒されぬ為。布陣は既に終えている。
 少女の様な外見の霧生・颯(双子の妖草使い〜兄〜・b01352)は薄明かりの中じっと海を見つめた。
 光は、死者を呼び寄せる為の目印。
 ――光こそが、浜に人が居る証と為る。

●屍
 一息に照らされた光は死者の姿を克明に曝け出す。
「いやぁ、ホンマ久々に依頼受けるわぁ」
 勘が鈍ってないか心配やけど、頑張るで、と続けて、華蓮は蟲笛に光を纏わせると岩浜を蹴った。
「こんな素敵な夏の夜に出会えた事は光栄だが、貴方のお誘いを受ける事は出来ないな」
 するりと抜いた刀を真咲は構え、頭上で旋回させる。屍の女は答える様ににぃと嗤うと先頭に立つ姫川・芙美子(悠久の立読姫・b01058)に向けて、奔った。
「くっ……」
 爪先を剣の柄で受け止め、布槍で弾き返す。
 女は躯に張り付いた長い髪をどかすと、張り合いのある獲物に表情を綻ばせる。其の顕わになった女に、溶けた様な、膨れ上がった顔を見付けて真咲は眉を顰めた。
 眼前に浮かぶ魔法陣を媒介にして体中に力が巡っていく。
「これからの季節海に来る方もたくさんいると思いますので……確実に殲滅! です」
 金髪に漆黒の瞳が闇から現れた女を見据える。雪・雹(名も無きタナシンのお嫁・b10523)は白い輝きを増したエアシューズを繰った。
 長剣に加速が足され、回転動力炉が唸りを上げる。福嶋・由希子(白衣の剣士・b05383)は浅い手応えに剣を引くと、吹き飛ばない事に「矢っ張り地道に削るしかないんやね」と肩を竦めた。
「良い月夜ですの」
 月の光を一身に浴びた、五稜郭・雪巳(蜘蛛と戯れし巫女・b23480)はたおやかに弓を抱え上げた。其の手で弦を爪弾くとびん、と音を奏で弓が応じる。
「それでは、参ると致しましょう」
 雪巳の雰囲気が変わった。
 しとやかさは形を潜め、弦の如く研ぎ澄まされた意識か雪巳を塗り替える。番え、真っ直ぐに飛来した矢は女の肩口に刺さった。
 雹に爪を伸ばそうとする死者を阻むのは芙美子からの直線の衝撃。
 貫通する波は女の後ろの海を裂き、波間に隠れる存在を見つけ出す。
 女が漂わせるのは潮の香り。
 ――死の匂い。
「貴女の仲間にはなれません。でも大丈夫、貴女を二度とそこへ戻すつもりはありません」
 女と蟹では女の方が足が速い。
 時間差を利用して雹は女に痛手を与えたいと考えていたが、後衛は屍を囲う為に移動を開始していた。拡がる屍に合わせて颯は位置を調整していく。女に捕まれば撃たれ弱いであろう自覚は事を慎重に運ばせる。
 同様に、其れ迄事態を見守っていた奈々希・亜子(ネームレスヴァーミリオン・b15095)も光の力を集める。足手纏いにならぬ様にと云う意志が、初仕事に緊張以外の感情を強いた。颯とは反対の場所で、光が炸裂する。限界の二文字はだが、未だ蟹全てを収めきっていない為か光の波を阻害する事は無い。
「さくっと片付けて気持ちの良い浜にしよか!」
「頼りにしとるで」
 飛ばずとも威力が削がれた訳ではない。改めて剣を握り直す由希子の肩に、そっと華蓮の力強い手が乗った。
 蟲笛から移る光は剣に纏い、力と加護を与える。海草が絡まり、潮で崩れた顔は、醜悪よりも哀れと云う感情を抱かせるが、生憎死者の仲間入りをする心算は無い。真咲は女に組み付かれぬ様注意を払った。
 白燐光で照らしきれぬ闇を二筋の光が行く。内一つを携える北脇・万里(元気印・b11701)は直接戦う者達を光の標で支える。
 撒かれた弾丸が岩をも削り、細かな破片が出鱈目に散らばる。波打ち際に雪巳が撒いた銃弾雨が蟹の本格上陸を察知させた。
「っけー、シュート!」
 一際明るい声と共に炎が夜を破く。風早・新(巻き込まれるお節介・b18920)の少年らしい快活さは小気味良い程に。後光を抱いた亜子は「……元気ですね」と己との覇気の違いを見比べた。だが、新の覇気が外に向けられる物なら亜子のは内に秘められし物。近付く群れは距離を詰め、波が及ばなくなる時が必ず来る。然う為る前に、出来るだけ数を減らす必要があった。
 何の飾り気もない杖に出現した魔力の弦は幼い少年の手で撓み、弾かれ、一般的な杖は価値ある楽器にも等しく滑らかな音色を紡ぎ出す。屍のみの聴衆は、其れでも巧みな技に魅せられ、動きを止めた。
 蟹ごと貫く力は余波を生み、海の波を割る。歩幅の狭い蟹は忙しなく。女に連れられる様に拡がり、或いは群れて。
「はわわっ」
 女の背後から現れた蟹は万里の足元に迄達しようとしていた。大好きだった祖母の名を冠したナイフが剣と為って万里の身を守る。足を裂いた鋏は小型と云えど、屍の物であるからには油断は出来まい。屍達が上陸し終えた事を確かめて、真咲の炎が蟹を灼いた。屍は半円を描く能力者を追う様に拡がり始める。
 一定の距離を保っていた雪巳もそろそろ視界に含める数が増えてきた。白に飛ぶ紅い雀で弧を退きながら女に力を注ぎ続けた雹にも蟹の鋏が迫る。
 一体一体の力は微々たる物でも、数の差は時に圧倒的な暴力に為る。
「足元、気を付けて下さい!」
 芙美子の喚起。群がる蟹に銃弾雨を降らせた由希子に機を得たとばかりに爪が伸びる。
 龍撃砲が蟹ごと女を巻き込み、雷が追い縋る。傷を負った由希子は刀を旋回させた。
 火球が亜子の光を浴びて弱わった屍を灼き焦がす。新が喝采を上げるのと、雪巳の銃弾の雨が蟹の外甲を剥がし、軟らかい腐肉に傷跡を残していくのはほぼ同時に行われた。戦場を行き交う華蓮が一人一人、加護を与えるだけ能力者達の攻撃の威力は高まっていく。
「万里っ、雪先輩を助けるですっ」
 射撃の合間に、指示を受けたモーラットは岩の間を飛び抜け、雹を舐めに行こうとした。が、
「……!」
 蟹に囲まれ右往左往する万里。
 白い物体VS屍の蟹。
 此処でも一つ、戦端が開かれようとしていた。
「女性を陸側へ引き付けます。少しでも足の遅い蟹から離しましょう!」
 岩の少ない方へ。意図を酌み取った雹が頷く。後退する能力者を追い掛ける女。しかし蟹の方は付いてこないばかりか、海へと戻り始めた。
「にげんなっ!」
 慌てて新の火球が蟹を追う。魔炎に包まれた一体は其の場で動かなくなるが、それで蟹の群れが止まるでもなく。
 麻痺したもの以外、漣の如く音を立てて退き始める。
 咄嗟に蟹の退路を防げまいかと交わされる視線。どうやら由希子も同じ様な事を考えていたらしく、
「逃げられたら困るんよ……!」
 膝の高さ程もあろうかと云う大岩を、投げた。
 ずずん、と水飛沫を上げて水際に次々と放り込まれる岩。モーラットを救い出した万里も、手近な岩を転がしていく。
「止まったか……!?」
 期待に注がれる視線の先で、明らかに岩に押し潰された蟹が、這い出てくる。
「……波打ち際から離れても来なくなるんやったね」
 予報士が言っていた事を思い出し由希子は腹を括った。前に出るも、岩の後ろに立つ事で来る蟹の数を減らそうとする。
 彼女に気付いた蟹達は戻るのを止めると。生前と同じ様に岩を登り、隙間からも出でて唯一の獲物に群がり始める。
 其れに気付き、全体に気を配っていた真咲が引き込ませまいと援護に向かった。華蓮から加護を受けた刀が其の役目の通り夜を払い、光の軌跡を描ききる。亜子の瞳が女を収めた。光と直列の衝撃が行き過ぎ、女は苦し紛れか、表情を歪ませると万里へと手を伸ばす。其処へ、颯の雷弾が女の動きを束縛した。
「それを私が許すと思いますか!」
 雹の、鋭い下からの蹴りが女の顎を突き上げる。
「ふー……、やっとうちの出番やね」
 仲間全ての得物に蟲を侍らせ終わった華蓮は距離を取って術扇で薙いだ。蟲の力は視認とは異なる。白い群れが手前の蟹を覆い隠し、硬い鋏も柔らかい身も蝕んでいく。
 一目で数えきれる程に減った蟹を仰ぐと、雪巳は強く弦を引いた。
「弓鳴りの響き、射るは雨ですの!」
 黒塗りの弓から放たれた力は弾丸に変じ、正しく雨として悉く貫いた。
 射線を妨げる岩陰に隠れた蟹は、予め華蓮の助言で颯が杖で殴り、新が燃やし尽くす。
 浜に砂を蹴る音が響いた。
「この海で貴女に何が起こったのか亜子には分かりませんし、自分と同じ、仲間が欲しいという気持ちは誰しも持つ物です」
(「ですが」)
 淡々とした口調が告げる。
「これ以上の苦しみを無くすことならできるのです」
 足元で呻く女は声を出さずに――元から上げられないのか――口を開いた。
『苦しんでいるように見えるの? ……やっと楽しみを得られたのに』
 裁きの光が女の顔を霞ませる。
 女の最後の表情は――亜子の胸だけに、秘められた。

●海
 引いては返すリズムは一定で波は絶えず浜を濡らしていた。
 海岸に座り込んだ芙美子は目を閉じ、死者の冥福を祈る。
 海の底はどんな暗闇が広がっているのだろう?
 ふと過ぎった考えに女の言葉が重なる。
 光も届かぬ海底の先は何かが潜む深淵に繋がっている。
 昼の海を見ただけでは想像も付かない、そんな発想に苦笑する。其れなのに、深夜の海に惹かれてしまうのは何故なのか。
「女性のお誘いをお断りするのは心苦しいが、夏の夜の海は戦いではなく風情を楽しむものだからな」
 真咲に同意し掛けて、気配を感じた芙美子は海を振り返る。
 ……波間から、女の手が伸びている気がした。
「漣聞くのは好きなんよ……」
 耳を澄ませる由希子の呟きに芙美子ははっとした。
 海の上には何も居ない。無論、海からやって来る死者も居ない。
 錯覚か、と安堵する背中に一筋の汗が伝い落ちる。
 ――夜の海は、昼とは違った顔を見せるから。
 モーラットと散策を終えた万里が戻って来ると颯が愛用リュックから花火を取り出してみせた。
「海に来たから泳ぎたいけど、夜の海は怖いからこれで遊びましょう♪」
 其の誘いに岩場でぐったりしていた新が一気に跳ね起きる。他にも、リュックから出てきたバケツを見ると一瞬驚いた顔をするが、真っ先に水汲みを引き受けた。打ち上げ花火もあると知ると、安全の為に年長の真咲に打ち上げて貰おうと二人掛かりで頼み込む。
 静かな海を満喫していた雪巳達も、賑やかになりそうだと近くにやって来る。
 線香花火の火花がぱちぱちと、岩だらけの海岸に華が生まれた。
「……今年も楽しい夏になるといいですね」
 波が応える様に打ち寄せた。


マスター:ナギ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2007/07/27
得票数:カッコいい16 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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