魔の樹海


<オープニング>


 自殺の名所。
 ある夜、ひとりの女性がそう呼ばれる樹海へと足を踏み入れた。
 手にはロープ。
 長い黒髪から覗く横顔は美しく、唇は血を吸ったかのように赤い。
「……あなた、死ぬの?」
 女が適当な木の枝にロープを下げた時、背後から聞こえる声があった。それと同時に、まるでナイフのような形をした刃物が投擲される。
 放ったのは、ロープを手にした女とは対照的に色あせた茶髪をした痩せぎすの女だった。
「あら……?」
 だが、刃物は女の背に刺さることなく地へと落とされた。よく見ると、女の履いたスカートの間から蛇が頭をちらつかせている。
「……ねえ、取引しましょうよ」
 蛇を身に纏った女は妖艶に微笑んで、自殺志願者を見つけては殺して来た地縛霊を振り返った。

「自殺の名所に現れる地縛霊。それが、今回退治をお願いしたいゴーストです」
 藤崎・志穂(高校生運命予報士・bn0020)は地図を広げながら説明を始めた。
 地縛霊が現れるのは、自殺の名所として有名なとある樹海である。この樹海で無理心中に巻き込まれた女性の残留思念がゴースト化して、自分を殺した相手と同じような理由でここを訪れる人を襲っているのだ。
 だが、志穂の話によるとそこにいるのは地縛霊だけではないらしい。樹海を訪れた人間をわざわざ地縛霊の元まで案内する、水先案内人がいるというのだ。
「地縛霊が出るのは、樹海のこの辺り。そして、傍にはリリスの存在が確認されています」
 志穂の言葉に、能力者達は自然と身を引き締める。彼女は少し間を置いてから、地縛霊の性質を語った。

「地縛霊は、自殺しようとしている人を狙って姿を現します。ですからまずは、誰かが囮となって地縛霊を誘って下さい。リリスは戦闘になれば必ず姿を現すはずです」
 地縛霊の武器は手にしたナイフ状の刃物であり、これは投げることで射撃攻撃にもなる。
 また、戦闘開始とともに彼女の犠牲となったリビングデッドが3体、どこからか姿を現す。1体は手にしたロープで絞め殺そうと、残り2体は石を持って殴り殺そうとしてくるだろうと志穂は言った。
「地縛霊が現れるのは夜だけです。あと、場所が樹海ですから非常に見通しが悪いのでその点にも気をつけて下さい。木々が障害物になって攻撃が阻害される恐れがあります」
 それは同時に、どこかに隠れて様子を窺っているリリスに有利な状況であることも意味する。木陰や樹上に身を潜ませたリリスが奇襲を行ってくる危険性も考慮しておいた方がいいだろう。

「いつもであれば地縛霊の元まで案内するリリスですが、相手が能力者となれば警戒して先に姿を現したりはしないでしょう。そして、いざとなれば地縛霊を見捨てて逃げる可能性が高いです。深追いして、危険な事にならないようにして下さいね」
 リリスは死人嗅ぎのような能力を持っており、近くに能力者がいればそれを察知することが出来る。また、このリリスはマヒ効果のある光弾を飛ばす事で攻撃してくるため、常に距離を取って戦うだろう事が予測された。
 志穂は慎重な面持ちで能力者達を見渡し、激励の言葉を述べる。
「リリスと地縛霊……少し危険な相手ですが、皆さんなら大丈夫だと信じています。頑張ってきてくださいね」

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参加者
メグミ・ベネポーチット(舞刃・b09432)
神楽坂・勇気(海が大好き超大好き・b10493)
東宮・夏樹(高校生魔剣士兼執事・b16208)
加賀見・眠斗(天穹の魔導士・b16661)
白咲・まりえ(深緋の忘れ形見・b23061)
清里・ユウリ(蜘蛛の護り手・b23555)
リラ・リエンダ(誘惑の踊り手・b28374)
ベイル・クラスター(双銃の魔砲遣い・b28440)
仙風・彰人(中学生青龍拳士・b28844)




<リプレイ>

●樹海にて
 夜の樹海は光1つない。ただでさえ足の竦むような暗闇と、ここが自殺の名所であるという付加要素が余計に神経を張り詰めさせる。
「それでは、ここで別れましょうか」
 手に懐中電灯とロープを携えた東宮・夏樹(高校生魔剣士兼執事・b16208)は、そう言って仲間達から離れていく。
「気をつけてねっ」
 神楽坂・勇気(海が大好き超大好き・b10493)がその背中に応援を送ると、夏樹は軽く手を上げて答えた。
 樹海に現れるという地縛霊が求めるのは、自分を無理心中に巻き込んだ相手と同じ目的を持つ人間。囮役として自殺志願者を演じる夏樹からつかず離れずの位置で、残りの者達は更に二手に分かれる手はずとなっている。
「じゃあ、ボク達も行こうか。……眠斗くん、大丈夫?」
 猫変身して遊撃部隊を組む予定のベイル・クラスター(双銃の魔砲遣い・b28440)は、自分の袖を掴んだまま離さない加賀見・眠斗(天穹の魔導士・b16661)に尋ねる。眠斗がびくびくと辺りを見回しているのを見て、リラ・リエンダ(誘惑の踊り手・b28374)がくすりと笑みをもらした。
「なんだ、怖いのかい?」
「こ、怖くなんかないよっ」
 リラの問いにわざと明るく答えた眠斗は、真っ白な猫へと瞬時に変身する。続いてベイルと凪が猫になり、樹木をすり抜けてリリス探索へと向かった。
「うまく行くと、よいですけど……」
 一際茂った草木の陰に身を潜ませた白咲・まりえ(深緋の忘れ形見・b23061)は、祈るように手を組み合わせた。少し離れた場所では、夏樹が木に懐中電灯をくくりつけている。
「ボクもリリスは初めてだから、ちょっとどきどきするねっ」
「あっしは2回目でやんすが……まったく、面倒な相手でやんす」
 これが初依頼だというまりえに、勇気とメグミ・ベネポーチット(舞刃・b09432)が相次いで頷く。地縛霊を利用するリリス、その存在はひどくやっかいだ。
「まあ、どの位色っぺーのかちっと楽しみだったりするな!」
 だが、仙風・彰人(中学生青龍拳士・b28844)だけは楽しそうな顔でそんな台詞をのたまった。
「おやおや。色仕掛けにはひっかからないどくれよ」
 苦笑するリラに、彰人は任せておけと胸を叩く。
 小声でやりとりしながら、けれど彼らは周囲への注意を怠らない。夏樹がいよいよ木にロープをひっかけようとしているのを見て、全員が息を潜めた。清里・ユウリ(蜘蛛の護り手・b23555)は木陰からちらちらと周囲に視線を配る。だが、目で見る限りではリリスの存在は確認できない。
 既に奇襲の機会を狙っているのか、それとも地縛霊が出現するまで姿を現す気はないのか……。そして、遊撃に回った仲間達は無事リリスを見つけることが出来たのか。
 彼らが見守る中、夏樹は思いつめた顔でロープに首をかけようとした。
「最早あの失態は、死をもってしか償えません……」
 妙に実感のこもった台詞は、地縛霊を誘うに充分なものだったろう。彼が呟いた瞬間、明らかにその場に空気が変わった。

●開戦、遊撃、包囲
「……なんで、自分から死のうとするの、かしら……」
 掠れた女の声が聞こえた瞬間、夏樹は振り返るよりも先にイグニッションを完了させた。そして振り向きざま、サタニックビートを発動させる。地縛霊のくぐもった悲鳴。駆けつける複数の足音。
「やぁぁぁってやるぜぇぇ!」
 木陰から飛び出した彰人は、その勢いのまま視界を遮る小枝を払い落とした。その脇からメグミが駆けつけて、まずはと先手必勝クレセントファングをお見舞いする。
「きゃあ、あ……」
 うめいた地縛霊は、手にした刃物を狂ったような動きで夏樹に向けて放った。だが、白燐光を操るまりえが夏樹の受けたダメージをすぐさま癒す。
「大丈夫、ですか」
「ありがとうございます」
 そして自らも旋剣の構えで回復し、態勢を万全へと戻した。
「っと、残りも来たみたいだぜ!」
 周囲に注意を払っていた彰人が、右手からリビングデッドが現れたことを皆に知らせる。
「蟲共、私に力を貸しな!」
 自らに白燐奏甲をかけながら、リラはリリスの存在を窺い続けた。だが、樹海は見通しが悪すぎる。
「いくでやんす!」
 迫り来る3体のリビングデッドへ向けて、メグミがサタニックビートをかき鳴らした。敵が増えたことで前衛の注意がそちらを向く。その瞬間を狙って、左手から何か光る物体が飛来した。
「危ないっ!」
 後衛の位置から全体を見渡していた勇気が、いち早くそれに気がついた。はっとして振り返ったメグミは間一髪で光弾を避ける。
「あら、残念」
 樹上から、蛇を身にまとった美女が姿を現した。木の幹に背を預け、あでやかな笑みを浮かべている。
「ねえ、早く倒してくれないと私、我慢できないわ。あなただって早く殺したいでしょう?」
 リリスにけしかけられて、地縛霊は何事かを叫んだ。それは獣の咆哮にも似て、言葉としては聞き取れない。地縛霊はまっすぐに夏樹へと飛びかかり、胸に刃物を突き立てようとする。
「くっ……」
「大丈夫っ?」
 だが、今回の作戦において回復役はむしろ余るほどだ。勇気の治癒符が飛んで夏樹の傷を癒した。彼女の他にも、リラ、ユウリ、まりえ、彰人が各々白燐奏甲や治癒符といった回復手段をいつでも発動できるようにしている。いささか攻撃の手が足りないが、今回の作戦的には仕方がないといったところ。
 彼らの援護を受けて、メグミと夏樹が敵の攻撃を引き付ける。夏樹は更にサタニックビートを奏で、幾度目かのそれがリリスを捉えた。それまで余裕めいていたリリスの表情が険しくなる。
「ちっ……」
 美しい唇が舌打ちをして、夏樹へ向けてすらりとした腕を差し伸ばした。
 そのタイミングで、彼女の後方を囲むようにして3匹の猫が現れる。それらは瞬時に人の姿へと戻り、イグニッションを完了させた。
「なんですって!?」
「なんとか間に合ったね」
 ベイルは二丁の詠唱銃を構えて凪、眠斗と頷きあう。樹上に隠れていたリリスを見つけるのは困難を極め、結局戦闘が始まるまでその姿は発見できなかったのだ。だが、他に遊撃部隊がいると知らずに姿を現したリリスの背後を取る事は、猫の姿をした彼らにとって難しくなかった。
 予想外の包囲を受けたリリスは、体力も充分な今なら逃げられそうだと考える。しかし、それを上回る怒りの感情でもって彼女は夏樹に攻撃せざるを得なかった。リリスの背後を取った眠斗はその指先で魔方陣を描き、攻撃力を上げる。ベイルの詠唱銃に凪の白燐蟲が力を与えた。
「これでどうかな……っ」
 ベイルが激しくショッキングビートを奏で、リリスと地縛霊の動きを問答無用で封じる。その隙をついて、それまで防戦に回っていた夏樹が攻撃へと転じた。長剣が女地縛霊の胴体を斬り裂き、屠る。
「味噌汁で顔洗って出直して来い!」
 その反対側からは蟲笛を振りかざした彰人が、思い切り地縛霊の横っ面を殴りつけた。地縛霊は悲鳴をあげて倒れこむ。麻痺が切れて再び立ち上がるが、彼女の耳を再びつんざくような音楽が見舞った。
「あ……う……」
 肩越しに振り返る先では、鎌のような刃のついたマジカルロッドを構えた眠斗が笑みを浮かべている。その眼前に、リビングデッドの攻撃を引き付けていたメグミがエアシューズで滑り込んだ。クレセントファングの軌跡が地縛霊を断つ。間髪入れずユウリの水刃手裏剣がその胸に突き刺さり、恨み言のひとつも言わせる暇なく打倒した。

●完遂
「くっ……」
 地縛霊が呆気なく倒されたのを見て、リリスは麻痺が解けるなり戦場から離脱しようとする。だが、その前を眠斗とベイルが塞いだ。
「どきなさい!」
 リリスの手から光弾が発射される。それは眠斗の行動を封じたが、メグミにサタニックビートを奏でさせる猶予を与えるには充分だった。仮にそれを回避したとしても、ベイルのショッキングビートが彼女を襲ったであろう。
「まりえも、頑張ります」
 後半戦へ向けて、まりえは最も消耗が激しいメグミへと治癒符を飛ばした。長くてさらさらとした髪をなびかせて、その指先が符を紡ぐ。勇気の指示によって無駄な回復をしないよう気をつけていたおかげで、回数にはまだ余裕がある。
「あとすこしだねっ、ファイト!」
 暗い樹海にあっても、勇気の明るさは変わらない。彼女は赦しの舞で眠斗の麻痺を解こうとするが、こちらは叶わなかった。
 だがもう1人、聖職服の袖をひらめかせて舞い踊る者がいる。
「彼のものに赦しを……」
 神木を用い、宝玉で飾られた箒がユウリの手に操られて軌跡を描く。それによって麻痺から立ち直った眠斗は、今度こそその杖に炎を生み出した。「焼き尽くせ!」という裂帛の気合とともに魔弾を撃ち出す。
「きゃああああ!!」
 放たれた魔炎はリリスを包み、その肌を、蛇の鱗を焼いた。
「うう、さすがにきつくなって来たでやんすね……」
「なに言ってんだい、しゃんとしな!」
 一方で、サタニックビートを使い果たしたメグミは疲労に汗をぬぐう。そんな彼女の肩を鼓舞するように叩くのはリラだ。彼女はほぼずっとメグミの傍について、その傷を癒し続けていた。
「牙道忍者としては、一族を襲ってくれた礼が出来るまたとない機会だしね」
 リリスを倒すまであと一押し。深追いをする気はないが、みすみす逃す気もない。リラは勇ましく笑って再びメグミの傷を癒した。
「そろそろお終いにしましょう」
「ああ、それなりに楽しませてもらったぜっ!」
 彰人の白燐蟲をまとわせた夏樹の剣先が、まっすぐにリリスの胸へと食い込んだ。
「じゃあね」
 ベイルが宣告し、放たれた銃弾がリリスの命を絶つ。
「そ、んな……」
 そこからはほとんど時間を要しなかった。全員の集中攻撃を受けて、リビングデッドは腐敗した肉を散らし、膝を折る。
「最後まで、気、抜きません」
 まりえは味方が傷を負えば目ざとく気づいて治癒符を使う。勇気やユウリによる赦しの舞が全員の傷を優しく癒し、リラや彰人は機動力を生かして前衛のすぐ後ろから攻撃を支援した。
 1体、2体とその数が減り、遂には3体全てのリビングデッドが大地へと沈む。
「これで、全部っ。お疲れ様だねっ」
 戦場全体を見渡していた勇気は、全てのゴーストが鎮圧されたのを確認して労いの声をあげた。囮として敵の攻撃を受け続けたメグミはへろへろと座り込み、夏樹は根性でそれを我慢する。

 戦いが終わり、ユウリはここで命を絶った全ての者達へと祈りを捧げた。リラは線香に火をつけ、心中に巻き込まれてしまったという女性の身の上を思う。
「あんた、誰にも供養してもらえなくて寂しかったんだよな。今度こそ、ゆっくり休みな……」
 樹海は未だ薄気味悪く、眠斗は戦闘が終わるなりおずおずと隣にいた彰人の服の裾を掴んでいる。
 けれど確かに、ほんの少しだけ。
 その場に流れる空気が爽やかなものになったような、そんな気がした。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2007/08/10
得票数:カッコいい13  知的1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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