無数の眼


<オープニング>


「今日は暇だなぁ……」
 宮野は職員室の窓から外を眺めて、ぽつりと呟いた。照りつける日差しと、蝉の鳴く声。周囲が林に囲まれているせいで、やぶ蚊が何匹も迷い込んでくる。
 今年彼が赴任してきた小学校は全児童合わせて50人にも満たない小さな学校だ。もともと村の人口からして少なく、この学校も数年以内の廃校を検討されている。教師の数も片手で足りるほど。
 4年生と5年生の合同クラスを担当している宮野は、夏休み中の持ち回り担当で今日は朝から出勤してきていた。
「ん……?」
 ふと、上の階でガラスが割れる音がした気がして宮野は顔をあげる。誰か児童が忍び込んでいるのだろうか。まったく、と宮野はため息をついて職員室を後にした。2階は現在使用されておらず、空き教室ばかりが並んでいる。
「な、なんだこれは?」
 階段を上がりきった宮野は、廊下にいた異形の生き物を見て息を呑んだ。
 姿は確かにとんぼだ。だが、その大きさは大型の鳥ほどもある。そして何より異様なのは、その腹にまで複眼のような物体が無数に並んでいるのだ。
 ぎょろり、とその全ての眼が宮野の方を向いた。
 彼の意識は、そこで途絶える。

「みんな、夏休みだというのによく集まってくれたな」
 全員が揃ったのを確認して、王子・団十郎(高校生運命予報士・bn0019)は癖のように頭をかきながら説明を始める。
「今回妖獣が現れたのは山間にある小さな小学校だ。夏休み中で人気のない校舎へと、とんぼのような姿をした妖獣が迷いこんでしまった」
 そして、宮野という若い男性教員がその犠牲となる……そんな光景を運命予報士は見たのだ。だが、これはまだ先のこと。急いで現場へ向かえば彼を助けることが出来るかもしれない。
「すぐに急行すれば、妖獣の出現より前に小学校へ辿り着くことができるだろう。校舎は木造2階建て、宮野のいる職員室は1階の東側になる。階段は東側に1つ、西側に1つ。妖獣は2階の廊下にある窓を破って校舎内へと侵入してくるはずだ」
 その数、全部で4体。
 全長50cmほどもあるとんぼで、腹の両脇に眼のような機関がずらりと並んでいる。攻撃方法はその複眼から発射される龍撃砲に似た光線だ。それは直線状の敵を容赦なく撃つ。
 廊下は2人が並べばいっぱいになってしまうが、すぐ横にある教室は机や椅子などが片付けられていて空の状態だ。うまく誘い込めば戦いやすい戦場として使えるだろう。

「もし討伐に失敗した場合、様子を見に来た他の教員や児童にまで被害が広がる可能性がある。油断せず、心して当たってくれよ」
 団十郎は念を押すように能力者達の顔を見渡して最後を結ぶ。
 焼けるような日差しは容赦なく教室内へと差し込んで、校庭からは蝉の声がひっきりなしに聞こえ続けていた。

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参加者
御東間・益零(スカベンジャー・b14954)
戸田・氷魚(象を目指す空想家・b23473)
高田・ちまり(風に遊べば・b24644)
沢井・ひのか(紫銀の猫・b27636)
御子柴・綾香(紅の御使い・b27682)
紅月・火煉(小学生魔剣士・b28734)
田所・ヒノエ(イオタ・b29398)
魔諭羅・夜魅(鬼獣の森の闇姫・b29795)



<リプレイ>

●夏休みの学校へ
 蝉が鳴いている。太陽の日差しはじりじりと照りつけて、アスファルトを、むき出しの腕を焼いていく。
「な、なにをしておるのじゃ夜魅! 女子がはしたないっ」
 ところは深い山に囲まれた山間の町。林の中にぽつんと存在する小学校の校門から足早に侵入を開始しながら、沢井・ひのか(紫銀の猫・b27636)は隣を行く魔諭羅・夜魅(鬼獣の森の闇姫・b29795)を叱りつける。
 暑い暑いと文句を言いながらシャツを脱ぎかけていた夜魅は、ちぇっと呟いてそれを止めた。そして次には、少し前を行くちまりを見上げて尋ねる。もちろん足は止めずにだ。
「そういや、なんでちまりは囮役やんないんだ?」
「どういう意味ですか?」
 それに、高田・ちまり(風に遊べば・b24644)はにっこりと笑って振り返る。彼らは職員室の前を屈んで通り過ぎ、開いていた通用口から校舎内にもぐりこんだ。
 妖獣は、間もなく2階の窓を突き破って現れる。彼らを隣の教室まで誘導するため、ひのかと紅月・火煉(小学生魔剣士・b28734)が囮役をかってでた。場所が小学校ということを考えれば妥当な人選である。
 夜魅は、ちまりの壮絶な笑顔にそれ以降の言葉を噤んだ。実は、高校生であるちまりは小学生である火煉よりも背が小さい……だが、それはここだけの話にしておこう。
 黙りこんだ夜魅の足元を、猫変身したひのかがすり抜けていく。彼女の後を追うようにして、夜魅達の他、御東間・益零(スカベンジャー・b14954)、戸田・氷魚(象を目指す空想家・b23473)御子柴・綾香(紅の御使い・b27682)と続く。6人はそのまま西側の階段を駆けのぼった。
「そんじゃ、先生の方はよろしくな」
「うん、出来るだけ早く駆けつけるね。そっちも頑張ってー」
 益零は職員室へと向かう田所・ヒノエ(イオタ・b29398)」と夜魅に親指を立ててみせ、ヒノエも同様の仕草と激励を送る。
「ええと、宮野さんは……」
 ヒノエは職員室の扉を少しだけ開けて中の様子を窺う。情報通り、宮野は一人きりで暇そうに外を眺めていた。出来るだけ物音を立てないように、導眠符の射程範囲まで擦り寄る。
(「えい!」)
 そうして指先に紡いだ導眠符を飛ばすと、宮野はあっけなく机につっぷして眠りについた。けれどそう長くは続かないだろうから、妖獣との戦闘を速攻で終わらせる必要がある。
「あれ、魔諭羅さん?」
「ああ、ちょっとやる事あるから先行ってて」
 辺りをきょろきょろと探すヒノエに、夜魅は近くにあった掃除用具入れから拝借したバケツを振りながら背を向ける。
 ヒノエは首を傾げつつも、先行した仲間達とは逆、東側の階段へと向かった。
 ガシャン、というガラスの割れる激しい音がしたのはその時である。

●襲撃
「どこの教室にする?」
 階段を上りきった益零は、まっすぐに続く廊下を見ながらちまりに尋ねる。
「職員室から遠い西側の教室でどうですか?」
「いいわね。それじゃ、この教室を使いましょう」
 ちまりが答え、綾香が頷く。
「私は向こうの教室に入り込まれないよう、扉が開いてないか見てくるわ」
「じゃー、ぼくはーこっちのー教室の扉ー開けるねー」
「では、私達は廊下の窓ですわね」
「了解じゃ」
 即時打ち合わせを済ませた仲間達は、手分けをして妖獣を迎え撃つ準備に取りかかる。
 階段をのぼりきった火煉は、息を切らせながら階段から一番近い教室の前まで走った。そして、ひのかとともにその真ん前に位置する廊下の窓を開け放つ。出来るだけ窓を破損させないよう、妖獣をおびき寄せるためだ。
 そしてそのまま彼女達は廊下に佇む。
 綾香と氷魚は追い込む予定の教室内へと滑り込み、死角となる廊下側の壁際に身を寄せた。ちまりは益零とともに階段へと舞い戻って、息を潜める。
 ここまでの準備が間に合ったのは、職員室直行組と2階直行組で完全に役割を分けたおかげだろう。遠くから飛来する羽音に気づいた火煉がひのかに注意を促すまで、1分と間をおかなかった。
「……来ますっ!!」
 そうして、異形の姿をしたトンボ達が窓際に立つ少女らめがけて突っ込んで来る。うち、2体は開いている窓からそのまま入ってきた。だが、3体目と並んで飛んで来た4体目の羽がその隣の窓にかかって窓枠ごと破壊する。窓を開けていなければあと1枚は余計に割れていただろう。
「き…きゃ、あーっ!!」
 おびえている様子を敵に伝えようと、火煉は慣れない悲鳴を上げる。その手を、ひのかの震える手が掴んだ。ぎろりと、数え切れないほどの眼が少女達を見た。ひのかと火煉は、手を取り合って事前に扉を開けておいた教室の中へと駆け込む。その後を、妖獣達は一直線になって追う。
「今だ!」
 全ての妖獣が教室内へと姿を消したのを見て、益零はちまりとともに階段脇から飛び出した。駆け込んだ教室内では、ぎりぎりまで引きつけるために窓際まで逃げた火煉とひのかが振り返ったところである。彼らが教室内へと飛び込んだ直後、壁際で待機していた綾香が間髪入れずにヒュプノヴォイスを奏でた。艶のある歌声が教室内に響き、3体の妖獣を眠りにつかせる。
「よーしー、戦闘開始ーなんだよー」
 鬨の声、というには少々のんびり過ぎる氷魚の声が合図。一瞬でアイコンタクトを済ませた彼らは、息を合わせて眠りにかからなかった1体めがけて攻撃を開始した。

●悪戯
「やっべ、間に合わなかった!」
 宮野が起きてしまった時のために少々小細工をしていた夜魅は、2階から聞こえてくる戦闘音に焦った声をあげる。階段を上りきった先にはヒノエがいて、夜魅に気づくなり早く早くと手招きした。
「ここからじゃ教室の中まで治癒符届かないの。私は万が一に備えて動けないから」
「ラジャ! ヒノエの分まで加勢に行って来るぜ」
 夜魅は調子よく敬礼して、戦場となっている教室へと走り去る。その後姿を見送ったヒノエは、焦れながらも階下への注意は怠らなかった。
 ……だが、しばらくしてどんがらがっしゃんという音が1階から聞こえてきてびくりと肩を震わせる。
「誰だ、扉の前なんかに水の入ったバケツ積んどいた奴は!?」
 普段なら引っかかるわけもない悪戯だが、上から聞こえる音に気を取られていた宮野はまんまと餌食になってしまったらしい。確かに、少しくらいの時間は稼げたはずだ。
「魔諭羅さんったら……」
 ヒイノは呆れつつも笑みを浮かべ、宮野が階段を上ってきた時のために導眠符を取り出した。

●続・戦闘
「遅れてごめんなっ!」
 そう言って夜魅が教室へと飛び込んできた時には、妖獣は残り3体にまで減っていた。夜魅はすぐさま森羅呼吸法を発動、態勢を整える。
「ダメよ、まだ眠っていて頂戴」
 眠りから覚めたトンボ妖獣がそちらへ向かおうとするのを、綾香の歌声が遮った。常に2体以上が眠りにつくよう、綾香の歌声はほとんど途切れることがない。耳に心地よいその歌を聞きながら、氷魚は箒をさかさかと動かして一番弱っている敵に遠距離からの破魔矢を放った。
「とんぼー♪ せっかくーおっーきーのにー、妖獣なのーざんねーんー」
 くるりと指先で箒を操りながら、明るい声でそんな事を言う。大きいものに憧れる少年である。大きければ大きいほどいい。
「包囲もーかんりょーだねー」
 氷魚は退路を断つように回り込み、残る妖獣の数を数えた。先ほどの破魔矢がとどめとなったので、後は2体である。
「あと半分、ファイトですね」
 ちまりは敵の眼前に迫り、小細工なしの接近戦を挑む。後衛と射線が被らないようこまめな移動を心がけながら、叩き込むのはクレセントファングだ。それは美しい軌跡を描いて妖獣を追い詰める。ダメージを受け、目を覚ました敵に向けて火煉が後方からガンナイフを放った。
「逃がしませんよ。ここで、消えて頂きます……」
 妖獣の腹に並んだ無数の眼が、火煉を捉える。だがその横合いから益零が突っ込んできた。スパナを振り回してロケットスマッシュをお見舞いする。相手の方が強いせいで、吹き飛ばしの効果は発動しない。だが、出足をくじくには充分なダメージだった。彼とタイミングを合わせたひのかが、間髪入れずに雷の魔弾を放つ。それはスパナの直撃を受けてのけぞった妖獣へと見事にヒットした。羽ばたきが止み、床へと落ちた妖獣はみるまにその姿を消す。
「あとー一体だよー」
「ええ、逃がさないわ。あなたで最後よ」
 氷魚の破魔矢が放たれ、黒い笑みを浮かべた綾香はヒュプノヴォイスの代わりに雷の魔弾を紡ぎだす。紅と銀の長杖が振るわれて、それは一直線に妖獣の頭を穿った。攻撃は止まず、強化された夜魅の爪と角が腹を突き破る。
「何とかしようとすれば、何とかなるもんだぞってな!」
 くるりとスパナを回転させて、益零は渾身の一撃を放つ。息の合った集中攻撃に妖獣はほとんど為すすべもなく、誰の犠牲も出さないままにその存在を抹消された。

●夏休みは続く
「これさ、片付けないで石ひとつ置いといた方じゃ自然じゃないか?」
 割れたガラス片を片付けようとする面々に、益零は拾ってポケットに忍ばせておいた石を取り出す。
「そうね。早く帰った方がいいでしょうし、そうしましょうか」
 綾香が頷き、それじゃあと益零は廊下にぽいと石を1つ投げ落とす。被害は窓ガラス一枚だけ。上々の出来と言えるだろう。
「うむ、それでは退散しようかの」
 ひのかが促して、彼らはヒノエが待つ東側の階段へと向かった。
「あ、お疲れ様ー。見てよ、魔諭羅さんのおかげで宮野さんびしょ濡れ」
 彼女が指差す踊り場には、濡れたズボンを履いた宮野が転がっている。彼を起こさないよう、仲間達は出来るだけ足音をたてずにそろそろと脇を通り過ぎた。ひのかは行きと同じく猫変身をしている。
 無事に校外へと辿り着いた後、彼らは互いにお疲れ様と言い合った。そこで、一人妖獣の姿を見ていないヒノエがちまりに尋ねる。
「で、やっぱりキモかったのかな? トンボの妖獣」
 それに、ちまりはうーんと首をひねりながら答える。それは彼女らしく、微妙にぼけた内容だった。
「ですね……眼が無数というのは多すぎでした……、せめて二十四……くらいにしておいて下さらないと?」


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/08/18
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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