お帰りなさいませ、お嬢様


<オープニング>


「……『お帰りなさいませ、お嬢様』」
 どういうわけか直立不動で恐ろしく真面目くさってそんなことを言ってのけた王子・団十郎(高校生運命予報士・bn0019)に、能力者たちは気味の悪いものを見る顔になった。
 さすがに少し気恥ずかしいのか、ゴホンと咳払いをしてから団十郎は机の上に資料を並べてゆく。
「……俺がこんなことを本気で言うわけないだろう。『執事喫茶』なる店を知っている者はいるか? まあそういうことだ」
 いわゆるメイドカフェを、メイドさんではなく執事さんにすげかえたものと思えばいい。
 その執事喫茶の周辺に猫のリビングデッドが5体、ネズミのリビングデッドが3体出現する。なにぶん話題を集めている店なので、今のうちにさくっと退治しておくべきだろう。雰囲気的にはもちろん、衛生的にもよろしくない。
 なお、リビングデッドはすでにかなり腐敗が進行しており恐れるような相手ではない。
「ちなみにこの執事喫茶、英国式アフタヌーンティーのセットが人気なんだが、そのほかにもスィーツがとにかく充実している。ケーキにはじまり各種のパフェ、タルトレットにパイ、サンドイッチやキッシュの軽食まで取り揃えているから、皆で楽しんでくるといい。こういうものもある事だしな」
 いつのまに取り出したのか、団十郎は『特別無料ご招待』とロゴがついた券を資料の上に並べていた。
 飲み物は各種ソフトドリンクはもちろん、コーヒーと紅茶の品揃えもかなりのものがあり、よほどマニアックな銘柄でないかぎり揃っていると思っていい。単品でのオーダーももちろん可能なのだが、『アフタヌーンティーセット』でオーダーすると好みの紅茶がポットで2つ、各種スコーン、サンドイッチ、プチケーキ類があの3段の銀製のケーキ皿でサービスされるため、よりお得だ。
 大人数で楽しむつもりなら、テーブル1つにアフタヌーンティーセットを1つ、個人で好みの品をそれぞれ1つか2つオーダーすると良いだろう。
「失敗することのほうが困難なくらいの依頼だが、それでも一般人には脅威であることに違いはない。頼んだぞ」
 それでは行ってらっしゃいませお嬢様方、とまた真面目くさった顔で団十郎は頭を下げた。

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参加者
高遠・深哲(青の棍士・b00053)
如月・弥生(高校生フリッカースペード・b00799)
言乃葉・伝(元気印なたくあん娘・b02161)
環薙・紅吏(夢見花の奏刃・b02220)
蓬莱・睦月(中学生符術士・b09576)
川原・世寿(本の都の女教皇・b20582)
十六夜・昴(氷の刃・b21033)
アウローラ・テレシネス(クイーンオブアイス・b23244)



<リプレイ>

●成仏なさいませ、生ける屍
 現場へとつながる道路を工事用標識とロープで封鎖してゆく。
 人影がすっかり絶えた早朝とは言え犬の散歩やランニング等で人が通りかかるかもしれないからだ。
 予報士はどのタイミングでどの道に出現するとは明言していなかったのだが、それだけの数の『かなり腐敗したモノ』が出現したとなれば嫌でも鼻がその存在を知らせてくれるだろう。
 それにリビングデッドをおびき出す『餌』の準備も完璧だ。
 十六夜・昴(氷の刃・b21033)は最後のロープを張りながら、封鎖地点をすべて回ったことを確認する。
「はぅ……眠い……」
 半分寝ぼけたままの川原・世寿(本の都の女教皇・b20582)がふらふらと環薙・紅吏(夢見花の奏刃・b02220)に手を引かれていた。
「力は微小なれどゴーストはゴースト。気を抜かず、確り片付けませんと」
 そんな光景に高遠・深哲(青の棍士・b00053)は思わず苦笑してしまう。
 封鎖が終わるまで今回の現場となる執事喫茶の裏手で待っていた言乃葉・伝(元気印なたくあん娘・b02161)が、準備を終えてきた能力者たちに大きく手を振った。
 それに気付いた蓬莱・睦月(中学生符術士・b09576)が応え、手を振り返す。
「なにぶん相手は小さいようですし、倒した数をカウントして、討ち漏らしの無いようにしませんと」
 三姉妹の次女である如月・弥生(高校生フリッカースペード・b00799)が目の高さへイグニッションカードをかざした。
 これが初めての依頼となるアウローラ・テレシネス(クイーンオブアイス・b23244)はあまり表情が豊かなほうではないが、いそがしく他の参加者たちの動きを目で追っている様子に多少の緊張が読み取れる。
 相棒のスカルサムライを見咎められぬための用心にぎりぎりまで伝はイグニッションを控えていたのだが、かすかな腐敗臭にふと眉をひそめた。
 なかば崩れかけた体を引きずるようにして歩くリビングデッド達の姿が朝もやの中に浮かびあがる。
 先手必勝とばかりに昴が光の十字架を放ち、それに畳み掛けるようにして紅吏のブラストヴォイスが襲いかかる。
 リビングデッドのほとんどはそれで倒れてしまったが、まだしぶとく立ち続けているものがいくらか残っていた。
「行きますえ」
 猫の爪を紙一重でかわし、至近距離から睦月は呪殺符で反撃する。
 削り切れなかったのか、たたらを踏むようによろめいたリビングデッドへアウローラの光の槍が引導を渡した。
 腐敗した猫たちを少々気持ち悪がりながらも、世寿は自分のやるべき事は見失わない。
 ショッキングビートで足止めした所を、終いとばかりに深哲の龍撃砲がリビングデッドの群れをなぎ払った。

●お帰りなさいませ、お嬢様
 今回は『執事喫茶』だが、いわゆる昨今流行りのメイドカフェなどは『主人の帰宅を出迎えるメイド』というシチュエーションでの演出となるので、定型の「いらっしゃいませ」という接客用語での出迎えはまず行われない。
 ……と言うことは、やはりここでも「お帰りなさいませお嬢様」なのだろうか、と深哲は考える。
 今回のメンバーは深哲と、昴の招待に応じた綾取槐をのぞくと全員が女性なため、男である自分はいったいどのような台詞での出迎えとなるのか興味があったのだ。
「執事喫茶って予約制で中々取れないって聞いたけど。王子先輩、何でこんなのを持ってるのかしら?」
 紅吏は重厚な造りの扉の横に設置されてあるインターホンを押しながら首をかしげる。
 他の利用客とはち合わせないための配慮なのか、1組ずつそれを押して中へ案内される仕組みのようだ。
「……はい、ご来館予定の方でいらっしゃいますね? お名前をお願いいたします」
 紅吏が名前を告げると少しの間があり、内側から扉が開かれた。
 思わず溜め息が漏れる。
 英国調の邸宅をイメージしていると思われる重厚な家具に豪奢なシャンデリア、カーテンやテーブルクロスはワインのような深い赤ブドウ色で統一され、主張しすぎない大きさに整えられたフラワーアレンジメントが館内に華をそえる。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お帰りをお待ちしておりました」 
 深々と頭を下げ、静かな微笑をたたえた燕尾服姿の執事がそこにいた。

●紅茶はいかがなさいますか、若旦那様
 雰囲気としては有名ホテルのティールームに近い。
 よく訓練されたホテルマンやウェイターがきびきびと、しかし優雅に立ち働く様子に少し似ている。
「わぁ……こんな、ところ、が……日本に、あった、ん、だぁ……」
 数名の副執事を従えて出迎えた白髪まじりの総執事に、世寿は少し落ち着かない。
「こちらがメニューでございます。お決まりになりましたらこちらのベルでお呼び下さいませ」
 豪奢なカーテンで仕切られたテーブルに着いたあと担当の執事からメニューを渡され、世寿はほっと息をついた。
 彼女の招待で参加した雪宮月姫は、さっそくメニューを手にとってお気に入りのガトー・ショコラがケーキの筆頭に挙がっていることに微笑む。
 耳を澄ませば、ごくごく低い音量でゆったりとした旋律のクラシックのBGMが流れていることに気付く。
 二人であれこれ相談して決まったオーダーは、飲み物がどちらもアッサム紅茶のミルクティー。
 世寿がそれに加えてシフォンケーキ、月姫がガトー・ショコラにムース・オ・フランボワーズとなった。
 そこから少し離れた、三方を低い壁で囲まれたブース席には深哲と彼に招待された深空悠花が座っていた。
「それにしても、若旦那様には驚きました」
 いったいどんな出迎えがなされるかと思いきや、彼にかけられた第一声は『お帰りなさいませ、若旦那様』だったのである。
 高校3年ともなればたしかに『お坊ちゃま』では違う気もするのでそれよりはマシと言えたが、悠花を伴った状態で若旦那様もなんだか微妙に意味深な気がしてかえって居心地が悪い。
「ところで、今日はどうして……?」
 すでにオーダーしてあったセイロンティーが白いポットで運ばれてくる。
 独特の雰囲気に気圧されているのか、緊張した様子ながらもにこりと笑って尋ねてくる悠花に一瞬、深哲はどきりとする。
「いえ、以前海に行こうと話しましたけど、結局行けず終いでしたから。お詫びも兼ねてということで」
 リラックスして楽しもう、という意図をこめて深哲が言うと悠花は多少安心したのか、表情を和らげた。
 ストレートティーに合うよう選んだ季節のフルーツのタルトは、ちょうど出回りはじめた巨峰がふんだんに使われ、ブドウの甘みと香りを生かした上品な品だった。
 もうすぐ夏休みも終わることやほぼ1ヶ月ぶりに再開される学校のこと、話題の題材には事欠かない。
 アールグレイのティージャムが添えられたスコーンの美味しさに感嘆の声をあげた悠花がそれを深哲へ薦める。
「悠花さん」
「え、……はい?」
 スコーンが載った皿を受け取りながら深哲は少し小声で囁いた。
「出掛けるの、楽しみにしてたんです。だから……本当は口実でした」
 悠花の耳にだけ届くように。

●レディのお勉強は大切でございます、お嬢様
 もともと料理が趣味であるアウローラは、定評があるというスィーツの味に興味津々だった。
 アウローラに伴われた御簾森藍李も、精巧な飾りつけがなされた焼き菓子が運ばれてくるのを見て思わず身を乗り出してしまう。
「お待たせいたしました、お嬢様。こちらがフレッシュフルーツロール、こちらが今年最初の収穫でとれた紅玉のアップルパイでございます。残りのフルーツポットパイは焼きたてをお持ちしますので、ご希望の時間の少し前になりましたらそちらのベルでお申し付けくださいませ」
 季節の色鮮やかな果物をクリームとともに包んだロールケーキは、くるりとした見た目も楽しく、スポンジの外側をクレープ生地でさらに巻いてある手間のかかったものだった。
 結社のことや黙示録など学園生活のこともさることながら、執事たちの立ち振る舞いも2人にとっては実に興味深い。
 姿勢の良さや短く切られた爪はもとより、糊のきいたシャツによく整えられた髪形。
 大きすぎず、かと言って聞き取りにくいほど低くもない静かな声は品格を表すためにも重要だ。
 膝を曲げずに颯爽と歩くさまは、たとえ礼儀作法を学ぶ目的でなくとも思わず目を奪われる。
 見た目の美しさとは、単に服装やアクセサリーではなく無駄のない立ち姿や動きが多大に貢献するものなのかもしれない、とアウローラは考えた。
 房飾りのついたクッションが並べられたボックス席では、風見莱花が伝にアフタヌーンティーセットを前にして令嬢としての言葉遣いやマナーを教授している。
「紅茶もお菓子も美味しいー♪ これ、たくあんにも合うかな?」
「さ、さあ?」
 たくあんは炊きたての白いご飯にこそふさわしいはずだが、いかんせん莱花は家が財閥で本物のお嬢様なので、スコーンやサンドイッチにたくあんが合うかどうかは実験したことがない。
 なにぶん小学4年という年齢ということもあり、こういった格調高い雰囲気やいわゆる行儀の良さが求められる場所が得意ではない。
 莱花は一生懸命、レディたるものの心得や所作などを教えこもうとするのだが、だんだん伝は飽きてきてしまったようだ。
「……ひつじさん、どこー?」
「伝ちゃん、ひつじさんじゃなくて、『しつじ』さん」
 ……そんなことを指摘する莱花自身、ふと白い羊が紅茶やケーキをかいがいしくサービスする姿を想像してしまい、小さく笑ってしまう。
「紅茶、おつぎしましょうか?」
 心得たタイミングで担当の執事がポットを手にする。
「お願いします」
「お願いしまーす!」
 元気よく手をあげて真似をする伝に、冷静沈着な執事も思わず苦笑した。

●こちらの茶葉は特別製でございます、お嬢様
 大きな油絵がかかった壁側のボックス席には、弥生をはじめとして長女の皐、末っ子の芙月が通されていた。
 英国式アフタヌーンティーと言えば、TVや雑誌などでよく目にする3段のケーキ皿を思い浮かべる者も多い。
 それを実際に目の前で、しかも銀製の豪奢なものを出された皐は思わず妄想の海に浸ってしまいそうになった。
 両手で包むようにカップを持ちあげた芙月も、憧れの目で執事の背中を追う。
「皆さん美形揃いで……」
 実を言うと執事をはじめ店内を総括する執事もとりたてて顔の造作が良いわけではなかったのだが、洗練された立ち振る舞いやきめ細やかなサービス、心遣いが彼らを美しく見せているのは事実だった。
 顔だけが美醜を決める基準ではないという事なのだろう、と弥生はカップを口元に運びながら考える。
 紅茶はダージリンのセカンドフラッシュとウバを選んだが、どちらも香りと水色、ともに極上だ。
 ケーキ皿に載せられたスコーンやプチケーキも、それぞれ紅茶によく合うものが選ばれており人気の高さもうなずける。
 弥生たちが座るテーブルのちょうど反対側には、睦月と彼女に招待された霜月紅葉がいる。
「紅茶の種類はようわからへんから、執事さんにお勧めの物を聞いて、それにしましょう」
 優雅に椅子をひかれて着席しメニューを開いてはみたものの、睦月はあまりスィーツや紅茶の種類に明るくはないので、担当の執事にあれこれアフタヌーンティーセットに合うお薦めの紅茶を相談しながらのオーダーとなった。
「今日はお誘いありがとう。紅茶もお菓子も、とてもおいしいです」
 にっこりと笑う紅葉は睦月よりもひとつ年上なのだが、高校生とは思えない小柄な体躯も手伝って非常に可愛らしい。
「なんや、ドキドキどすな」
「本当に」
 ゴースト退治という依頼に追われていると、こうして丁重に扱われ、優雅な気分に浸れる機会はとても少ない。
 しかも依頼には人の命が関わることも多い。
 時々はこうして羽根をのばす機会を持ったところでバチはあたらないはずだ。
「お待たせいたしました、お嬢様方。こちら、只今の季節にふさわしいシャルドネの香りをつけた大変珍しい紅茶にございます。ぜひストレートでお楽しみ下さいませ」

●そろそろ外出のお時間でございます、お嬢様
 無駄によく笑う相手だという認識はあったが、いくら何でも笑いすぎだと昴は思う。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
 女性の匂いに乏しいという自覚はあったし昴自身そのことは別に気にしてもいなかったのだが、開口一番に女であることを間違いなく指摘されることは非常に珍しかったのだ。
「そんなに笑わなくてもいいんじゃないかな」
「いや失礼」
 昴の所属結社の団長である槐は、それでも笑いの冷めやらぬ顔でオーダーしてあったオレンジペコを口元へ運ぶ。
「十六夜君にお嬢様、とはね。なかなか貴重な体験だよ」
「まぁね。でも僕たち、男同士のカップルと間違われているかも」
 ふふんと鼻で笑いながらせめてもの仕返しにと昴が紫色の瞳で見返してやると、さすがの槐も周囲に女性客が多いことに気付いたようだ。
 むしろ堂々とした昴の態度は、良い意味で『男らしい』と表現できる。
 執事は騙されなかったとはいえ、周囲の女性客もそうであるとは限らないのだ。
 むしろ何やらちらちらと盗み見る視線を感じる。
 それ見たことか、と昴は少し青くなった槐を一瞥して目の前のカフェオレとベイクドチーズケーキに取りかかった。
 店内のほぼ中央、開放感のあるテーブルに通された紅吏と草壁志津乃は、ドレスアップしていたことも手伝って重厚な雰囲気によくとけこんでいた。
 欧州で生活していたことがある志津乃は英国式のティータイムにも経験があるようで、サービスを受ける態度も堂に入っている。
 セイロン紅茶に合うお薦めのケーキをいくつかオーダーし、さらにアフタヌーンティーのセットも頼んであるためテーブルの上はまさしく午後の優雅なティータイムと表現するにふさわしい。
「どう? 執事喫茶のご感想は」
「そうですね……やはり欧州で招かれたお屋敷の仕組みとは少々違いますが、これはこれで良いのではないでしょうか」
 当初こそ執事喫茶という単語に首をかしげたものだったが、志津乃はこういう雰囲気を楽しむものとして素直に納得したようだ。
 当然のことながら客の多くは『お嬢様』でも『若旦那様』でもないが、少し現実から切り離された場所でこういう非日常を楽しむのも、たまには悪くない。
 ちょうど皿とポットが空になる頃には80分という時間制限も終わりに近づいていた。
「お嬢様。そろそろ外出のお時間でございます」
「あら、もうそんな時間?」
 即興劇を楽しむような気分で紅吏は席を立つ。
 クロークから荷物を出して受け渡しを行いながら執事が、お帰りは何時ごろになりますかと尋ねてくる。
 そう、ここは執事が待つ『お屋敷』なのだ。
「そうね、少し遅くなるかしら?」
 にっこりと悪戯な笑顔を浮かべた紅吏はあざやかにそんな台詞で切り返した。


マスター:佐伯都 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/08/29
得票数:楽しい12  ハートフル2  ロマンティック5 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
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