兄弟


<オープニング>


「兄さん、夏休みの宿題……ちょっとだけ見て欲しいんだけど」
 崇文はノートと問題集を抱えて兄の部屋をノックした。兄は現在高校二年生。中一の崇文とは4つ年が離れている。
「あら、ダメよ。お兄ちゃんはお勉強中なんだから」
 だが、そこへ昼食を用意した母が現れる。崇文は罰が悪そうな顔でたたらを踏んだ。そんな息子を、母は邪魔だと言いたげな眼差しで見る。
 出来の良い兄と比べて、平々凡々とした崇文はいつも疎外感を覚えていた。母や父は兄ばかり構いたがり、たまに崇文がテストでいい点を取っても「あら、そうなの」で済まされる。
 容姿もよく、なにをやらせても完璧にこなす兄は崇文の憧れだった。母や父と同じで、兄も崇文のことをあまりよく思っていないことは知っている。それでも崇文は兄が好きだったから、認められようと、好かれようと必死で努力した。
「……別にいいよ。入っておいで、崇文」
 だが、母が崇文を追い払う前に部屋の中から聞こえてくる声がある。少し驚いた顔をする母に、崇文は得意げな笑みを浮かべた。
 最近、兄は人が変わったように崇文と遊んでくれるようになった。ただし、それにはひとつだけ条件がある。
「僕が運ぶよ」
 そう言って、崇文は昼食を持って兄の部屋へと入り込む。以前は綺麗に片付けられていたはずの部屋は、最近やけに散らかり気味だ。
「……宿題、見て欲しいんだろう?」
 椅子にかけたまま振り返る兄の顔色は、電灯の下という事を差し引いても青白い。崇文はうん、と頷くと昼食をテーブルの上に置いてからポケットをまさぐった。
 最近はいつも身につけているカッターナイフを取り出して、刃を露にする。
「数学教えて欲しいんだ。代わりに血、あげればいいんだよね?」

「兄を慕う弟……。その好意を利用して、リビングデッドとなった少年は腐敗を留め、生き延びている」
 王子・団十郎(高校生運命予報士・bn0019)は頭をがしがしとかきながら、集まった能力者達を見渡した。
 リビングデッドとなってしまったのは、高校二年生になる一人の少年である。彼は勉強のためと部屋に閉じこもり、最近では家族以外の前に出ることはない。そして、彼に生き血を与えているのが崇文という実の弟だった。
「だが、生き血を与え続けても腐敗を完全に押し留めることは出来ない。いつかは理性を失い、自分を愛してくれる者すら手にかける。その前に終わりにしてやって欲しい」
 団十郎の説明は淡々としている。
 最近態度のおかしい兄に対して不思議に思うこそすれ、まさか既に人でなくなっているとは家族の誰一人として思いもしないだろう。
 今ならまだ間に合う、と団十郎は言う。
「この一家が住むのは、三階建ての大きな一軒家だ。家の周りは高い塀で囲まれていて、正面に門とカメラ付きのインターホンがある。そこから庭を15mほど歩いた先が玄関だ」
 裕福な家庭なのだろう。家の内部もかなり広く、1階に居間とダイニングホール。2階に書斎と両親の寝室、3階に子ども達それぞれの寝室といった造りになっている。
 父親は仕事で忙しく、平日の帰りは夜中の10時過ぎ。母親はほとんど家にいて家事をしている。兄は自分の部屋に閉じこもり、崇文はそれに付き合って1日の大半を兄の部屋で過ごしている……というのが現状だ。
「リビングデッドがいる部屋は普通の部屋よりは広めだから、5、6人くらいなら戦うのに支障はないだろう。それと、この家で飼われている3匹の猫もリビングデッド化している。戦いが始まれば主人を助けようと動くだろうから、忘れないよう心に留めておいてくれ」
 なお、リビングデッドである少年の攻撃方法は視界内への全体攻撃である。シンプルな分、威力は高めだ。

「弟は兄が心を許してくれたと思って喜んでいる。だが、それは仮初めの幸福だ。それを終わらせるためにお前達がいる。……頼んだぞ」
 団十郎は強い眼差しで能力者達を見つめ、そして見送った。

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参加者
秋霧・宗慈(白月倭音・b03084)
高崎・優一(魂のボーカリスト・b24417)
ジェシー・ドレイク(始終アノニマス・b24913)
伊波・琴音(狐碧ノ巫女・b26789)
御子柴・鞠也(深淵の騎士・b27247)
楊・緋龍(高校生月のエアライダー・b27673)
漣・玲音(高校生魔弾術士・b29153)
皐条院・水流(貪狼ドゥーベ・b29797)



<リプレイ>

●訪問
「ごめんくださーい」
 秋霧・宗慈(白月倭音・b03084)は精一杯のにへら笑いを浮かべて、そびえたつ豪邸のインターホンを押した。「はぁい」と高い声がインターホンから聞こえてくる。
「すいません、崇文くんいらっしゃいますか? 学校が始まる前に渡しておかなきゃならないものがあって」
 こっちは学校の先輩です、と宗慈は隣に立つ高崎・優一(魂のボーカリスト・b24417)を指で示す。紹介された優一はインターホンのカメラに向かってぺこりと頭をさげた。
「そうなの? わざわざごめんなさいね。玄関へどうぞ」
 最後に崇文を呼ぶ声が遠く聞こえて、インターホンが切れる。宗慈と優一は門を開けて玄関へと向かった。その後を、導眠符が使える楊・緋龍(高校生月のエアライダー・b27673)が続く。
 玄関の前で彼らが少し待っていると、かちゃりと扉が開かれて線の細い少年が姿を現した。
「えっと……え? 誰?」
 3階から降りてきた崇文は、見たこともない少年達を前に驚いた声をあげる。だが、すぐさま歌われた優一のヒュプノヴォイスが彼を深い眠りへと誘った。宗慈がその体を抱きとめて、後ろに待機していた緋龍は玄関の中へと踏み込む。
「この時間だとキッチンかな……」
 父親が帰ってくる前に済ませるべきだとして、決行は夜の7時と決められた。つまり夕飯時である。ダイニングキッチンの入り口から中を伺った緋龍は、鍋をかき混ぜている母親の背中に導眠符を放った。コンロの火を止めて、意識のない母親をかついで居間まで運ぶ。
「すぐ終わるからね」
 同じく弟を運んできた優一は2人にそう告げて、静かに居間の扉を閉めた。その頃、宗慈は玄関の外まで戻って、門の外で待つ仲間に作戦の成功を伝える。
「それじゃ、行きましょう」
 宗慈が手で「マル」と作ってみせるのを見て、漣・玲音(高校生魔弾術士・b29153)は眼鏡を指先で押し上げた。
「great! おかげで3階からのダイビングはお預けだぜ」
 門の中へと駆け込みながらおどけてみせるのは、ジェシー・ドレイク(始終アノニマス・b24913)だ。彼はきょろきょろと窓の位置や塀の高さを気にしていた。こそ泥体質を持つ彼としては、趣味と実益を兼ねた観察である。彼の後に御子柴・鞠也(深淵の騎士・b27247)が続き、最後尾を伊波・琴音(狐碧ノ巫女・b26789)と皐条院・水流(貪狼ドゥーベ・b29797)がついていく。
「……むー……」
 事前に聞いている兄弟の間柄を思い返して、琴音は気乗りしなさそうな呟きをもらした。戦うのが嫌というわけではない、ただ気が滅入るのだ。
 優秀な長男ばかりに愛情をそそぐ母親。それを当然と受け入れていた兄。彼に憧れる弟。それでもひとつの家庭を形成していた彼らの関係は、兄がリビングデッドとなってしまった事で崩されようとしている。
 複雑そうな琴音を見上げて、水流がぽつりと言った。
「わしには兄弟がいないからよくわからんが……例えそれが仮初のものであっても、当人たちにとって見れば大切な物なのであろうな」
「うん……」
 琴音は寂しそうに頷く。
 仲間の後を追って玄関から家内へと侵入を果たしながら、水流は「しかし」と続けた。階段を駆け上り、兄のいる3階の私室を目指す。
「……自分に好意を寄せている者の気持ちを汲まずに行なうその所業だけは、許すことなど出来はせん」

●断罪
「? なんだか騒がしいな……」
 部屋でいつものように机に向かっていた少年は、階下から聞こえてくる複数の足音に怪訝な顔をする。弟の友達とやらが上がりこんでいるのだろうか。彼の膝の上で丸まっていた白猫が一声鳴いて、ひらりと床の上に降り立った。
 その直後、激しい音を立てて部屋のドアが開かれる。
「Hi! ちょっくら引導渡しに来たぜ!!」
 ドアを豪快に蹴り開けて、ジェシーはまず魔弾の射手を発動させる。
「ちょっと、後ろが詰まってるわ」
「Oops! すまねえ!」
「ていうか、誰も中入らないんですか? むしろ廊下が狭いような……」
「ううむ、わしは後方から水刃手裏剣で攻撃するつもりじゃったのだがのう」
「任せろ、兄貴は俺がボコってやるぜ!」
 廊下で位置取りに苦しむ味方の間をすり抜けて、緋龍が少年の前に躍り出た。繰り出された攻撃を受けた少年の顔が歪む。足元にいた白猫が、主人の危機を察して緋龍の足に噛み付いた。
「いてっ!」
 するとドア付近に陣取った琴音が、祖霊降臨でそれを癒す。
「と……りゃー……!」
「よし、とりあえず俺は猫をおびき出すぜ」
 少し変な掛け声と、ジェシーの言葉が被って大混線。炎の魔弾を撃たれた白猫は牙をむいて廊下にいるジェシーへと踊りかかる。
「くそっ……」
 未だ状況を理解出来ていない少年だが、この侵入者達が自分を害しようとしている事だけは悟ったらしい。彼が腕を大きく振るうと、衝撃派が発生して目の前にいた全員をなぎ払った。
「みすみす殺されてたまるかよ……!」
 必死の形相を浮かべる少年に、玲音は凛として言い放つ。
「ごめんなさいね。仮初めの幸福が最悪の結末を迎える前に、食い止めてみせるわ」
 そして激しく奏でられるはショッキングビート。少年はなんとかそれを回避するが、すぐに次の攻撃が放たれる。
「実は、もう1人いるんですよね」
 どことなく緊張感のない声とともに、2発目のショッキングビートが演奏された。最近人気の、哀愁漂う楽曲が辺りに響く。それは少年にマヒを与えて行動を不能にさせた。
「よし、それじゃあ姉さんは皆の盾になって下さい。大丈夫、一回死んでるならば仲間の為にボコられるのなんて、へっちゃらですね!」
 宗慈は自分のスカルサムライに向けてにこりと微笑み、いそいそと後ろに下がる。
 何か軽い足音が階段を上ってきたのはその時だった。残り2匹の猫リビングデッドである。
「音量は、控えめに……」
 出来るだけ階段の近くにいた優一は、囁くようなブラストヴォイスを歌う。ダメージを受けた猫は一瞬ひるむも、けれど少年の傍へたどり着くために階段を上りきった。
「うー……しっ、しっ……!」
 それに気づいた琴音は、挟み撃ちにされないよう少しだけ立ち位置を変えた。けれど部屋の中にいる緋龍にも回復が届くように、離れすぎないよう気をつける。
 玲音のショッキングビートが再び轟いて、白猫とぶち猫の動きを止めた。ジェシーの炎の魔弾が白猫を捉え、魔炎に包む。
「安らかにな。good night」
 あるべき姿を取り戻した猫に一言手向けの言葉を贈り、ジェシーはその原因となった少年へと視線を戻す。彼の斜め前には水流が立ちふさがって、その手に水刃手裏剣を生み出した。
 これだけの人数を前に、逃げ場などどこにもない。悔しげに顔を歪める少年に、水流は甘えなど許さない眼差しで告げた。
「安心しろ、お前に明日はない。わしはお前のような人の好意をとって自身の物にしかしないやつは嫌いなんだ」
「……何言ってんだよ。俺は別に強制なんかしちゃいない。あいつが、自分からいいよって言ったんだ。俺が血をすするとさ、あいつ嬉しそうな顔するんだぜ。笑っちまうよな」
「……っ!!」
 少年の言い様に、水流は吐き気に近いものを覚える。そしてためらいなく手にした水刃手裏剣を少年めがけて放った。それは彼の胸に吸い込まれるようにして食い込み、血しぶきをあげる。
「あなた、最悪ね」
 冷たく呟いたのはスラッシュギターを構えた玲音だ。彼女は想うがままにギターを奏で、その音色は少年を捕らえる。
「くっ……」
「偽りの生はもう、終わりよ」
 動きを止めた少年に、黒いスラッシュギターを振りかざした鞠也が迫った。彼を助けようとしていた猫達は既にジェシーと優一によって倒されている。ジェシーは少年へと照準を合わせ、残る魔弾を容赦なく撃ち出した。
「……誰か……いる、の……?」
 だが、戦闘音にまぎれて階下から女の声がする。起きてしまった母親だろう。少年は声をはりあげて助けを求めた。
「母さん、助け……!!」
「っ、させるか!!」
 だが、それを緋龍が体ごとつっこんで止める。階段の傍にいた優一がヒュプノヴォイスを歌い、母を再び眠りにつかせた。
 緋龍は少年を間近から睨み、渾身の力で攻撃を繰り出す。
「少しぐらい早く生まれたからってなあ、威張るんじゃねーよっ!」
 拳に乗せられるのは目の前にいる少年への憤りだけではない。兄を慕っていたという弟に自分を重ね合わせた緋龍は、あふれ出す激情に身を任せた。
「ちょっとくらいできがいいからってつけあがるんじゃねーよっ。俺はあんたなんか、キライなんだよっっ!!」
「がっ……」
 決定的なダメージを受けて、少年はゆらりと体を傾がせた。これで最後、と仲間達は攻撃を集中させる。
「観念なさい」
 玲音の言葉は彼に届いたかどうか。攻撃がやんだ後、少年はもはや指一本動かすことはなかった。

●兄弟
「だいたいなあ、兄なんてのは基本的に倒して、乗り越えてなんぼなんだ」
 足早に玄関へと向かいながら、緋龍は思わずといった様子でぼやいた。媚びる必要なんてない。ただ、自分にしか出来ないことを見つけて見返してやればよかったのだ。
「ああっ、姉さんごめんなさい! 許してくださいっ」
「宗慈くん、イグニッション早く解いて解いて。急いで退散するよ」
「は、はいっ」
 家の外は既に真っ暗で、街頭の灯りとそれぞれの家からもれる光ばかりが明るい。
 優一は軽い黙祷をして、玲音も静かに一度だけ振り返る。
「あるべき家庭に戻るといいな……」
「ええ。時間はかかるかもしれないけど、きっと乗り越えられるわ」
 呟くジェシーに頷いて、玲音はそれきり背を向けて歩き出す。
「皮肉なものだな……」
 兄の言っていた通り、弟が喜んで血を与えていたという事だけは真実なのだろう。
 水流は呟き、やがて皆の後を追って家を離れた。これからも起きるだろう似たような事件と、けれど迷わずそれを打ち破らんとする決意をその胸に秘めて。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/08/24
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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