<リプレイ>
●秋、実る時 秋の牧場は一面の緋色。サルビアの花の群れは儚くも優しげな秋の陽射しに揺れる。遠慮深げにつけられた小道の先には高い秋の空。たなびく雲までもが細く薄い空を小鳥の群れが横切っていく。夏鳥達が渡りの季節を迎える時、森も牧場もまた実りの季節を迎えるのだ。 牧草地の坂を登りきると小道は小さな森に入る。椎やクヌギの実を運ぶリス達が冬支度に忙しい。 「ボール拾いに似てるかも……」 野球部の練習を思い出しつつ、弥琴は現在、運動の秋と食欲の秋を満喫するべく木の実拾い。綺麗な木の葉は栞にしてもいいと思いながら、歩く道は心地よい風が吹いている。 「これって……掃除も兼ねているのですかね?」 成章の手には既にぎゅうぎゅうに詰まった落ち葉の袋。焼き芋の薪代わりなのか堆肥の材料なのか色々考える事はあれど、焼き芋と交換となれば楽しく作業もできるもの。おまけにハムまで待っている。尤も15キロもあるハムを想像するのは骨の折れる事ではあったのだけれど。 「でもハムはハムなんだぞっ」 自身よりも大きいかもしれない袋を背負い友明も笑う。秋っていい季節ですよね、と成章が言えば美味しいからな、と返す声。
「交換して欲しいんだ。ポティトォ! と」 菊一紋次朗は落ち葉をどさどさと落とす。友明も負けじと声を張り上げた。 「ポティトォ!」 幸いにして平仮名に聞こえると笑う人もなく、スイートポテトだとツッコミを受ける事もなく2人は無事に目的を果たす。 サルビアの見渡せる所で食べましょう、と礫が貰って来た焼き芋の袋を掲げて見せると法眼は彼女をひょいと肩に抱上げる。一瞬で開けた視界に赤い花の波が映る。この風景のどこを選ぼうか、迷ってしまう程の。 「バターをつけると美味しいって聞きますが……」 詩人は香り高いバターを引寄せたが、蛍は待ちきれなかったらしく。 「うーちゃん、はいっ、蛍とらぶ半分こっ」 ちょっぴり大きめの焼き芋を詩人に差しだ……否、ぐいぐいと押付けた。もう少し風情とかムードとかいうものはないものか……詩人の顔にはそう書いてあるのだが蛍はにこにこしているばかり。 どっちが多く団栗や落ち葉を拾えるか勝負、と宣言した割にちはやは兄の後ろにくっついたままだった。焼き芋を頬張っているその時も。 「少しは気にしてくれ……」 芋の欠片を一杯つけた妹の口元を拭ってやり、それをそのまま口に放り込み。ちはやの頬に朱が上る。これではまるで恋人同士みたいではないか……。 「こんなに食べたら太るかな?」 一杯貰ってしまったと味鈴は紙袋を開ける。焼き芋を割ってみれば秋の実りの色。団栗拾いで火照った頬を風が冷たく冷やしていく。気持ちのいい労働と引き換えの味覚、日常を忘れる時間。
●紅い花の小道 「やっぱ綺麗だよなぁ」 京斗が目をつけた馬は艶やかな黒い毛並。カッコいいですよねと花影も同じ馬の手綱を取ろうとして。 「ジャンケンです♪」 別に譲っても構わないんだけど。笑いつつそれでも勝負してしまうのは花が燃える様に赤いから? 一方心太郎は慎重に白い馬を選び出した。彼の背中からこわごわと海音が覗く。 「どした、怖いのか〜?」 そんな彼女を見ればからかいたい衝動も起きようというもの。 「こ、怖くなどちょっとしかないのだ!」 くすりと笑うと心太郎は海音を乗せてやり、2頭の馬は寄り添う様に歩き出す。 「暴れたりしては嫌ですよ?」 雹はそっと鬣を撫でた。こうすればこちらの気持ちも伝わっていく気がする。馬は雹を覗き込む様な仕草を見せると、ゆっくりと小道へと踏み出した。金色の陽射しが踊る中、舞を乗せたポニーはぽくぽくと歩む。大人しく首を振りながら歩く様が何とも可愛らしくて舞の頬が緩む。追いついてきた優は思わず馬を止めた。草の緑に空の青。埋め尽くす様な赤。見つめていれば元気が湧いてくる様で、舞も優もそのまま風景に溶込んでしまいたい思いを覚えた。 馬の円らな瞳は遠い故郷での日々を思い出させでもするのだろうか。大抵は早馬の様なものだったから……と語る忍の脇で乃得は馬を歩ませた。 「……綺麗だなあ」 普段口数の少ない彼女の話を聞くのは楽しかった。そして目に映る風景が奇跡の様に美しいのは、きっと忍がいるからなのだ。 「……わ、わわっ」 花々の中を馬で行くのは素敵だが、馬には雪那は悪戦苦闘。 「……徒歩での散策にした方が良かったのかしら」 すらりと背を伸ばして乗りこなす華凛が苦笑すれば、きっと私もと彼女は空よりも青い瞳で見返した。落ちやしないかと心配しつつ終凪はすぐ横に馬を寄せていたのだけれど、これには我知らず笑みがこぼれた。少しばかりムキになる雪那の頬は薄らと薔薇色に輝いていて。 「……な、何も言ってないぞ?」 彼女の横顔が自分の方に向けられたのを知ると、終凪の心も熱くなる。 はらはらという点では朔之助も負けてはいない。 「だ、大丈夫か……椿先輩?」 すぐに助けられるよう傍らにいた彼ではあるが、当の椿もだんだん慣れてきた模様。こちらに向けられる笑顔が殊の外眩しいのは陽射しのせいだけではあるまい。 「赤いサルビアの花言葉……知ってるか?」 椿は首を傾げる。彼女がその花言葉に出会うのはもう少し先の事。一番好きな人に贈る言葉――燃ゆる思い。
●空へ続く丘 昼下がり。休んでいる馬達に人参を与えながらレディは爽やかな空気を胸一杯に吸い込んだ。足元には兎や家鴨。羊達は思い思いに散らばって、緑の原は綿を置いた様にも見える。ふわふわの毛を撫でながらアリアは空を見上げた。空に浮かぶ白い羊も時を忘れたかの様にゆっくりで。ふと見ると今岡・治子(高校生運命予報士・bn0054)も羊に何やら擦り寄られている。 「……お前、現金ですね」 持っている包みがエサではないと判った途端、そっぽを向いた羊を治子はぽんと叩いた。 「羊、好きなのか?」 いつの間にやって来たのか暈人が問うと、治子は笑って頷いた。 「ふわふわの動物は大抵……声の良いのはもっと好きです」 何にしても躾とか厳しそうだな、と笑えば、今は1人だけで精一杯ですね、と治子は視線を移した。その先には山羊に遊ばれているのやら遊んでいるのやら判らない友明少年の姿が見える。更に向うには馬に跨った恭平が手を振っている。
普段とは違う高みから見る風景。花の絨毯は丘の裾まで続いている。景色を独占している様な気分で恭平は馬を歩ませる。あちこちにカップルらしき人がいるけれど今日は一向に気にならない。 「本当にありがとな……」 馬の揺れに体を預けながら碧は傍らの乙夜に声をかける。色々な事へのお礼と、そして自分の気持ちと。 「あたしは、乙夜のこと、好きだから」 聞こえた返事は決して色めいたものではなかったけれど、示して貰えた友情には素直に感謝できる。 「サルビアの花言葉はエネルギー、らしいですよ?」 もしかしたらその花言葉は彼女にこそ似合うものかもしれない。 一方馬にのめりこみ過ぎた、というかすっかり魅入られてしまったのが英士と緋晴の2人連れ。 「この子すげー可愛いんだけど!」 「見ろよこの艶やかな鬣を!!」 馬の褒めあい合戦にまでに発展し、景色どころではなくなってしまった人間達をよそに馬達は平和な道を闊歩する。 もっと近くに……互いがそう念じていたのを馬は敏感に感じ取ったものだろうか。是空と章人の馬は重なり合うかと思われる程に並び、互いの掌を打ち合う澄んだ音が秋の空へと飛んでいく。馬の散歩ももうゴールが近い。 「さあ、ゆんゆん……」 先に下りた章人が馬上の姫君に手を伸ばす。彼女は自分だけのお姫様だから……。一瞬宙に投げ出される様な感覚も彼が受け止めてくれるなら怖くない。彼女は一瞬も躊躇わない。不安の入込む隙間など髪一筋程もないのだから。
●緋色の大地 秋の訪れを空気はしみじみと感じ取りながら、丘を彷徨っていた。願わくばまた来年も……と。またここに来るとすればその時はそんな花が咲いているのだろう。祐司朗はそんな想像を巡らせながら花の合間を縫って歩く。春には馬上から見た丘を今度は自分の足で踏みしめて。 「あら、読書ですか?」 裕太がふと顔を上げるとイスカが小道から出てきた所だった。どんな歩き方をしたものか洋服にも髪にも赤い花がついている。立上がって礼を述べると、イスカはご縁ですからと微笑み返して。2人が小道を辿っていくった先では乱と友明が何やら話していた。 「……春は黄色で秋は赤……そうか。菜の花が赤く熟すとサルビアなのか!」 「え、同じ花なのか!」 サルビアは如何にして菜の花に取って代わったか。この命題に挑む2人を前に治子は無言でペットボトルの茶等飲んでいる。斬新な考えですね、とイスカは妙な褒め方をする。 「イスカねーちゃ……おうわっ」 花の波から突出たのは馬の頭。友明は思わず飛び退って身構え、治子は半ば石化して着ぐるみの円を凝視した。既に菜の花畑で免疫を得ていたイスカだけが個性的ですね、と微笑んで。修行が足りん様だな、と円は友明の額をつついた。 歩き回ればお腹も空くという訳で、聖雪は花を見下ろす丘で用意してきたお弁当を広げた。朔が卵焼きを口にすると、ふわりと甘い味が口に広がる。幸せを食べるとはこういう事なのだろうか。朔は姉が誇らしい。 「いつも元気をありがとう」 貴女は私の自慢の妹ですよ、と聖雪も膝枕の妹の髪をそっと撫でる。少しだけこのままで、天も地も赤く染まるまで。 赤い花の隙間に寝頃がって英二が空を見上げれば花は陽を透かして赤い。空は果てしなく高い筈なのに手を伸ばせば届きそうな程。 「……赤い色に吸い込まれちゃいそう」 けれど和沙が唇を寄せたのは赤い花ではなく。 「か、和沙ちゃん、不意打ちは卑怯だよ」 頬に血が上るのを英二は自覚する。慌てて半身を起こしてみれば、和沙の顔も花に照らされたかの如く。 「もうひとつ赤いのみつけちゃった」 涼やかな声が英二の耳を擽った。
「……何で逃げるの?」 紫空が手を振り払ったのを柾世は半ば強引に繋ぎ直す。 「別に……逃げた、わけじゃ……」 紫空の目に浮かぶ涙を見るとすぐに後悔してしまったのではあるが。とめどなく流れる涙にごめんと謝ってはみたけれど、彼女はただ手を握り返して頷くばかり。ただ伝えたい思いがあるだけなのに……何故と柾世は思う。 「…………」 紫空は彼の方へと視線を移す。包み込まれた手は暖かくて痛い程。こんなにも愛しくて、切なくて。こんな気持ちをどんな名前で呼べばいいのだろう。
「真っ赤な絨毯みたいだね」 龍麻が礼を述べると治子は頷いた。本当に素敵ですね、と雅はそっと花に顔を寄せた。甘い匂いが頭の芯まで染み通る。 「イスカさん、ありがとうございます!!」 勇は一気に言ってのけた。花言葉「燃ゆる思い」で自らを励まして。教室で話しかけてくれた事、湖で懐炉を貰った事……。私こそ、とイスカは呟く。 「皆さんが付き合ってくれるから、私はどんな所へも……」 また、いつか。また今度。そうして思い出は積み重なっていく。
●朱色の約束 「空も、地上も……見事なまでの赤ですね」 夏月が見上げた空は夕暮れの色。秋は夕暮れと言うけれど、今日はまた飲込まれそうな程の夕景。赤は崇高な色、炎も夕焼けも、そしてこの体を流れる命の水も。 (「……赤は昔を思い出しますね」) 神威は無言で赤く染まる大地と対峙する。だが彼の関心事は過去ではなく現在。長い黒髪の少女の姿を認めると彼は嬉しそうに走り出した。 「……」 燃上がる様な赤は炎を思わせて、紗々は思わず友環の手を握りしめた。空の赤も大地の朱も境さえはっきりしない様に思われて。友環はそんな義妹を体ごと抱き上げる。 「ほら……」 友環が指さした先にはまだ紅葉の始まらない山々。遠くを見ればこの地上は美しい。決して怖いだけではないのだと、どうやって伝えてやったらいいのだろう。 「春になったら一緒に来ようね?」 カメラ片手のかぐらが笑う。春もここで同じアングルの写真を撮ったのだという。次の菜の花は一緒に写りましょうね、と治子も微笑んだ。来年は卒業だがと八雲は呟く。菜の花は来年も咲くだろう、その時自分は何をしているだろうか。 「花を見に来ればいいじゃん!」 苦笑を湛えながら八雲は少年の肩をぽんと叩いた。 「……秋と比べてどっちの方が好み?」 私もここの春を見ていませんからね、と治子が返せば孔明も微笑む。サルビアのもう1つの花言葉は「不断の精力」。懸命な人達にはお似合いの花だよね、と呟く声も花に吸い込まれ。 「綺麗……」 我知らず微笑が浮かぶ。浮かぶのは連れて来てくれた亮二への感謝。見上げれば彼の顔も照り映えて。 (「共に立つのは戦場だけど……」) 亮二もレイナをちらりと眺めつつ思う。偶には花の中というのも良いだろう。 「ありがとう……ずっと傍にいてくれたから……」 頬の熱さを自覚しながらレイナは遠慮がちに亮二に寄り添った。
「うわぁー、真っ赤っ!」 今にも山の端にかかろうとする夕陽を前に遥姫と命は立ち尽くす。真っ赤なサルビアの大地と明日を約束する空の色。これを表すにはどんな言葉が、どんな絵がどれ程必要になるのだろう。 「ハル!」 命は友の名を呼ぶ。ここにまた来られた事、凄い光景に立ち会っている事……思いのたけをただ一言に込めて。 言葉に表せない思いは確かにあるのだと竜也も思う。だが彼には言葉以上の舞があった。瞳を閉じても花の香は彼を包み、夕陽は瞼を通してでさえ赤く冴える。大地への感謝を彼は自分だけの言葉で舞い続ける。それは過ぎ行く時へと捧げられる賛歌なのかもしれなかった。 「また遊びに来ましょうね」 ゼラシエルは無愛想を絵に描いた様なヨギに言葉をかける。夕焼けは明日の晴れを約束する色。未来を約束する色。2人はゆっくりと夕闇の小道を歩んでいく。 「……奢りなら、考えてあげても良いデスヨ」 ヨギは憎まれ口を叩いた。こういうのも悪くない、と思っている自分を自覚しつつも。 沈んでいく夕陽をさなえは惜しい様な気持ちで見送る。いつも仏頂面の幼馴染が時折見せる淋しげな笑顔をもう少し長く見ていたい気がして。 (「離れられないのは私の方……か」) 同じく騰蛇も隣にいる彼女をいつまでも見つめていたい気分だった。彼女が与えてくれる温もりを切り離す事などできそうもない。どんな安らぎになっているか、言葉にするのは恥ずかしい。騰蛇がさなえの黒髪を手に取ると口付けた。こうして気持ちを示してくれる彼が限りなく愛おしい……さなえは動く事もせず眼前の風景を眺めている。 時よ、疾く過ぎ行くな。いつまでも、いつまでも見つめていたい人がいる。天に星、地には花、木には風、人には和……。 東には欠ける所の無い月が昇り始めている。天を焼き大地を埋めた赤い色も今はしばしの眠りについたのだ。
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参加者:68人
作成日:2007/10/03
得票数:楽しい7
ハートフル25
ロマンティック8
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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