影絵織烏 暗


<オープニング>


 空、朱色。
 夕暮れ時に林を吹き抜ける冷風にも負けず、一日の別れを惜しむように、子等は遊び続けていた。
 両親が共働きで、家に早く帰っても、迎えてくれる家族が居ない子等ばかり。
 淋しい……。
 だから、もう少し遊ぼう。もう少しだけ。
 長い夜の間のお別れは辛いから。
 団栗を拾いながら唐松林を歩けば、瓦と土壁が剥脱した塀が囲む日本屋敷に出逢う。
 夕日を背にした屋敷の影がそのまま自分等を飲み込みそうな威圧感に、怖さと好奇心が混ざり合い、一人の足を進めさせる。
「勝手に入ったら怒られるよぅ」
「林のお屋敷には、誰も住んでないって大人達が云ってたもん。ちょっとだけ覗いてみよ」
 立て付けの悪い門戸を引くと、呆気ない程、すっと開いた。
「縁側に人が居るよ」
 正面奥に古い引き戸の玄関、飛び石の周辺は苔生した庭が広がっていて、左手の竹柵を越えると雨戸を開放した縁側と座敷がよく見えた。
 石と松のくすんだ緑青色の庭を覆う夕日影に、鮮烈な赫が花開く。
 縁側に座っていた着物の女の子が雨も降っていないのに、差した和傘の色だった。背後の座敷に着物を来た大人の顔が、こちらを向いている事に、子ども等は恐縮する。
「ごめんなさい。勝手に入って」
「気にせんでええよ。今、おじさんとウチらだけじゃ淋しい云うてたトコなんよ。な? おじさん」
 傘をくるりと回した女の子の声が、三人の緊張を解いた。
 おじさんと呼ばれた人が、静かに立ち上がって、こちらへおいでと手招きを始める。
 ──おいで、おいで、と。
 顔に、とても暗い影を落としながら……。


「以前にも出現したカナンって名乗るリリスが、地縛霊が居る古屋敷に三人の子ども達を誘い込んだ。地縛霊に子ども達を殺させ、地縛霊を強化させる為だ。皆は、それを阻止して、囚われた子ども達を救出して欲しい」
 小此木・エドワード(小学生運命予報士・bn0026)は、静かに屋敷の地図を示し、告げた。
「今回の特殊空間は、『影絵世界』なんだ」

「この地縛霊の特殊空間は、縦三、横三ずつの計九つの続き間。大体一部屋10m四方の畳部屋で、隣部屋とは障子戸で全て仕切られている。能力者なら自力で障子戸を開け放てるが、一般人には無理だ。三人の子ども達は中央の部屋に閉じこめられ、地縛霊達と『影遊び』させられてる」
 勿論、楽しい『遊び』ではない。
 子ども達は障子に映る身も毛もよだつ恐ろしい影絵に泣き叫び、怯えているのだ。
 地縛霊達は、そうして子ども達に恐怖を十分に植え付けた後に、殺すつもりなのだろう。

「カナンだけど……リリスは皆の来襲を関知する事が出来る。その為、皆が座敷に踏み込んだ時、地縛霊に特殊空間へ招き入れさせ、地縛霊と共に待構えてると思うから要注意だ」
 そして空間に入った時、能力者達は全員、中央部屋を囲む八つの部屋へ、バラバラに振り分けられてしまうと、エドは云った。
 更に敵は男の地縛霊一体に加え、もう二体、子どもの地縛霊が出現し、計三体に増える。
 そしてリリスが一体。
 この四体のゴースト達が八つの部屋の内、四つの角部屋に待構えているというのである。
「地縛霊は三体とも毒を孕んだ石を投げ、また攻撃をしながら体力の回復、回転しながらの攻撃」
 狙うは能力者なので、能力者の立ち回り次第で、中央の部屋へ危害が及ばずに済むだろう。

 リリスもまた同じく。
「子どもより能力者に狙い定めて戦いに来る。前回は高みの見物を決め込んで、地縛霊だけに戦わせてたのにな」
 今回は何でなんだろう……と、エドは空を見上げて呟いた。
 結局は、地縛霊達が劣勢に追い込まれた瞬間、いち早く逃げ出すとは思うけど。
「カナンの力は魅了に加え、獣の姿勢で重い打撃と、直線上の攻撃、広範囲の爆発」
 範囲系の技だけは、どれだけ被害を出さないよう注意しても、子ども達の部屋へ被害が及ぶ危険性が高い。能力者なら致命傷にならずとも、子ども達は、ほぼ即死だろう。
「爆発を使うのは、最後に逃亡を図る瞬間の一回きりだ」
 それまでに子ども達を保護し、カナンから完全に遠く引き離すか、カナンを倒すか二択になろう。

 ──ふと、足元に伸びる影を見つめると、しとしと、と。
 何故か雨音が耳朶に触れる。それは心に忍び寄る影の音に違いない。
 淋しいと泣き出す誰かの胸を、浸食する涙の音に違いない。
「夕暮れ時って云うのは、何か心細く……淋しい感じがするよな……」
 心がこれ程、埋め尽くされないまま、寂寥感が沸き起こるのは……何故だろうと、エドは呟きながら皆を見送った。

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参加者
藤宮・舞兎(うさぎちょこまんじぅ・b00381)
那須・聖(死の右腕・b02470)
加賀宮・蒼介(黒白の戯作師・b07536)
御角・心流(フライガールイズム・b08087)
五十嵐・雅人(刹那の悪夢・b18032)
神凪・円(守護の紅刃・b18168)
渕埼・寅靖(硬骨の虎狼・b20320)
支倉・紅(雪兎・b20932)



<リプレイ>

●影灯
 暗闇に置かれた気配が一つ……二つと在る。
 闇に一点、明りが灯り、武者鎧を纏う那須・聖(死の右腕・b02470)が目をこらした先に、女と影子が一人ずつ、障子戸に閉ざされた部屋の隅に立っていた。
 女の方は判った。神凪・円(守護の紅刃・b18168)の友人、鴬生・聖雪。
 互いを認めると、静かに安堵の息を漏らす彼女の仕草が、影となり、にゅるっと揺れた。坊主頭の影子の方は、影が集まり、顔を覆い隠しているかの様である。
 笑っているのか、泣いているのか。影が、にゅるにゅる二つ壁に伸びては揺れる。
 一人は味方、一人は敵。
 判っている。
 感じる。
 片方の殺意。影子の方から突き出された拳の中に石礫。
 ──待ッ…タ…殺ス。
「この時を待っていたのは、私も同じ」
 己が倒す敵の名を叫ぶ。回転動力炉が唸り、亡者を裁く夜摩来迎の長剣に、妖気の炎を宿し斬る事に迷いはなく。

●影檻
 夕暮れ時は怖かった。夕日影が人も林も屋敷も飲み込む時。
 だが、子等は一人ぼっちの家に帰ろうとはしなかった。

「日本屋敷に畳部屋……風情はありますけれど、浸っている余裕は無さそうですね…」
 帰らなかった三人の子は、地縛霊に囚われた。
 藤宮・舞兎(うさぎちょこまんじぅ・b00381)が鈍色の庭から奥を覗くと、開け放たれた破れ障子に荒れた畳の座敷が見えた。
「特殊空間へ入ると、俺達は八つの障子部屋へ各自放り込まれる。横三、縦三ずつの並び部屋に、敵が居るのは角部屋の四カ所。中央に囚われた子ども三人だ」
 渕埼・寅靖(硬骨の虎狼・b20320)の確認に、加賀宮・蒼介(黒白の戯作師・b07536)達、全員が起動を果たしながら頷いた。
「どの部屋に出るか、誰にも判らない…」
 支倉・紅(雪兎・b20932)が呟く。
「角部屋以外の者は周囲の確認後、一旦中央部屋を目指し状況把握。流茶野・影郎は子ども保護担当として中央へ頼む」
 作戦を通達する寅靖と、五十嵐・雅人(刹那の悪夢・b18032)が懐中電灯を体に括る様を、御角・心流(フライガールイズム・b08087)は、見ていた。空間内は行灯があるらしいが、それが失われた時の保険。

「さ、て…霊が出るか蛇が出るか……」
 準備を終えた舞兎達は、すっと縁側から屋敷へ上がり、座敷へ歩を進める。庭先の湿った空気が、彼女等の傍を吹き抜けた。
 淋しく哀愁漂う──誰そ彼時。
「光と闇が溶け合う刻。囚われた者と捕らえる者」
 ……我々は、どれだけの事が出来るだろうか。
 紅の瞳が、舞兎の視線と一瞬だけ絡み合う。互いの無機的な瞳は、少女特有の血を纏う艶さに何処か似ており、秘めた狂気を孕む。

●影凶
 ──影子!!
 疾き声が、雅人の耳朶を打った。
 障子に映る鳥獣の影に、目を細める。それに隣室の新たな影が重なり、武闘の踊りが巨大に伸びては縮みを繰り返す。
「那須と鴬生……か」
 四方の内、三方が障子戸で仕切られた様を見渡し。
「角部屋には当たらなかったか……」
 冷静に口元に手を遣り、一瞬考える。
 運命予報士は、『隣部屋とは』障子戸で全て仕切られていると云った。ならば残りは壁である。
 作戦通りに隣室の障子戸を蹴破る。破ったと同時に、中の影が溢れ出し、一気に雅人の居た隣部屋へと浸食して来る。畳を這い、そして障子を喰う。
 影子の顔が、ぐるりと自分の方を向いた気がした。蹴破る事で、敵に自分の身を晒し、注意を引く危険を肌で感じた。
 間一髪、「二人共、行って!」聖が顔を出した雅人、そして、もう一カ所の障子戸を破った寅靖に号令を発し、伸ばし掛けた影子の腕を剣で衝いた。

「次……」
 反対の障子戸を大鎌で破った時、蒼介と影男の姿を目視した。裾を割り、大股で踏み込む蒼介の鎌が男の身を袈裟斬りする。
 影男の顔が自分の方を向いた。手繰る石礫が踵を返した雅人の背に飛ばされ、受けた瞬間、身体が悲鳴をあげる邪な毒気に冒された。
 疎ましげに溜息を吐く。
 薙ぐ大鎌の切っ先を影男に突きつけた。
「後で相手してやる…」
 己は中央へ。後追いされる危険性もあった。だが蒼介が投げた鎖鎌で阻止した。
 閉めた障子戸は、凶を越えさせない境界線の如く。

●影戯
 四方、障子に囲まれた部屋に映る鳥獣の影。
 きっと襲う、其の孤独。
 きっと裂く、其の寂寥。
 もう啼いても良いかと、連なる烏の群れに問えば、否、と返る。
 啼くなら、深く恐怖に堕ちてから泣くが良いよと、影画の中を飛び回り、子等を失意の底へ落とし続けた。
 棍棒を持つ鬼と大蛇が襲い、山姥が峠を駆ける影が浮かんでは消えた。

 部屋に乱入して来た雅人、影郎や寅靖達に、悲鳴を上げた子ども達の頭の中には恐怖のみ。この異様な空間で夢か現か、その判別が出来ぬ故。
 待て待てーっ!
「僕らは戦士だ! 世界を平和にする義務がある戦士だっ!」
 ぽっかーん……恐慌状態だった子ども達の頭の中が、一瞬で真っ白になった。
「はい…これでも食べて下さい…」
 影郎の目の前で口を開けた子ども達に、舞兎が用意して来たチョコを食ませ、完全に落ち着かせた。
「早く、ほっとさせてあげたいところなんですがね…」
 この空間から脱出する迄、安全の道は無い。
 脅威なる敵は、全て滅してやらねば。
「支倉、那須が影子で対角部屋。御角がカナン、加賀宮が影男で対角だな」
 寅靖が各人の確認を取ると、集まった者達の脳裏に全員の初期配置図が浮かんだ。
 上一列、心流と影郎、円、紅。
 真ん中、寅靖、中央、舞兎。
 下一列、聖と聖雪、雅人、蒼介。

「待ってろ……。必ず助けてやるからな」
 円が子ども達の頭を撫でた。
 中央に集結し、申し送る事は、確実な状況把握の手段と云えたが、数分…いや数秒とて、その時間の消耗が、たった一人で残る角部屋の仲間達を危険に晒す事実を覚悟しない訳にはいかなかった。
 独りの戦いは、無謀過ぎる。仲間を失いたくなければ、走れ!
 舞兎と影郎を残し、散開する。

●影白
「……」
 囲みは破らぬ方が良い──今は、未だ。
 こくりと紅が頷いた。
 障子の隙間から様子を伺うだけに留めた舞兎が、影子に気付かれぬまま、角部屋から離れて行ったのは数分前。漆黒に炎が散る彼女の着流しが、瞼に焼き付いていた。

 紅の白髪が周囲に旋回する多角形な物体の流れに沿って、空気中を揺蕩う。耳障りな鎖が畳を這う音と共に、彼女を断ち切るように、石礫が傍を通り抜けた。
「まだ……倒れない…」
 仲間と合流を果たす迄。
 弟橘の扇を斜に構え、聖なる光芒を撃ち放つと、影子は童髪を散らし胸を貫かれた。返し、鎖を引きずり両手を挙げて、紅に抱きつき、石礫を捻り込む。
「ぐ……」
 紅の純白だった着物に、新たな血の染みが広がっていく。毒に冒され体力を奪われ、扇で影子の顎を打ち払えば、ぽろりと白い歯と一緒に影子の身体が畳の上へ転がった。
 ケタケタ。狂った笑いが影子の口から漏れ続ける様を、紅は肩で息をつきながら見下ろした。
 彼女の深淵の瞳は行灯の揺らめく朱光を映しながらも、冷たく仄暗い。毒気に奪われる意識に、ひたりと癒しの符が当てられる。
 紅炎に染まる刀を携え、円が紅の背を支え、同時に飛び込んだ寅靖の獣爪が狂った影子を引き裂いた。千々切れ身悶えて崩れ落ちる。影に飲まれて消える。

 嗚呼、脆い。仲間とさえ力合わせれば、矮小な敵如き、勝てるものを。

●影男
「…わ、我ながら畳の部屋に土足で上がるとは不作法の極みや!」
 ……なんてな。
「戦場のど真ん中で冗談かましてる余裕は無い、か♪」
 苦笑しつつも、蒼介は自身の霧影を嬲る敵を避ける。
 一見、文豪かと見紛う男の首より上は、やはり影に覆われ、得体の知れない。
 射撃を得意とする蒼介では、正直分が悪い。互いに武器を投擲し合えば、幾ら自分が中央部屋側を背にしなくとも、自身が中央部屋方向へ投げてしまうのだ。
「や〜れやれ。影は障子に映ってるからこそ風情なんやでぇ? ちょろちょろはみ出してくるのは無粋の極みや。とっとと袖に引っ込みなはれ♪」
 飄々とした声が虚ろに影に沈むのは、場が場であるからか、蒼介の水刃は影男の袂を裂いて潰える。
「避けはるんは無しやでぇ」
 苦笑混じる。
 じりと……互いに畳の目に逆らい、摺足で距離を取り、移動せざるを得ない。作戦では、影子、カナン、影男の順に倒す。故に牽制し続け、最終的には、カナンの元へ誘い出す手筈だが、やや疑問が残る。
 敵を集結させる事に、果たして利点はあるだろうか?
 もしも、敵が共闘を始めたら、危険が増すとは云えないか?
 影男が倒れ、空間が解かれた時、カナンの逃走確定だと、皆が判断した。
 何故、そう思う。
「何にしても一人は荷が重過ぎまっせ〜…なんて事は口が裂けても云えやしませんけどなぁ」
 霧影生み出す間もなく、羽織を破られ体力を吸われた。相棒の居場所すら、蒼介は未だ知らない。
「御角ちゃん。偶さかでも逢瀬を楽しむんは、もう無理やでぇ……」
 背を向けて走れば格好の的となり、倒される事も判る。
 今更ながら、効くかは判らぬが、眠りの符を携えなかった事を少々悔いる事になったかもしれぬ。
 ──♪ 御角さんは……加賀宮さんと対角の部屋に居ますよ…。
 その時、眠り歌に乗せ舞兎の伝言が、蒼介の元へ届いた。
 影男がコトリと糸が切れたように、暫し止る。
 中央部屋から20m届く範囲で舞兎が子達を影郎に任せ、歌を可能な限り有効利用する機転が蒼介を助ける。
 それは例え、眠りが瞬きの間になったとしても、その恩恵は果てしなく大きい。
 そして。
「待たせたわ」
「お前等が何を目的としてるかなんて知らねぇ。だからって関係のない奴まで巻き込まれちゃ困るんだよ」
 影子を倒し駆けつけた聖、雅人が血塗れの武器を携え、立っていた。

 …堕ちてけ。

●影堕
 言葉は滑りゆく。殺意を抱いた者に、挑発は歯止めにならず。閃く憂紗咫と共に放つ蹴りに、童女が四つん這いになり、心流の懐へ飛び込む。
「お嬢ちゃんは『絆』に興味があるらしいね」
 別に。
 ひたと、視線を不快そうに心流へ止めたまま、赤髪の童女は怒気を孕み、答える。
 リリス──自ら『カナン』と名乗る。以前に手にした本の登場人物の名が、転じて『禍難』だとは誰も知る由もなく。
 能力者の命を啜る罪業の記憶すら咎に思わぬ存在。
 腕を伸ばし、赫い和傘を畳の上で転がす。白い蛇の目の輪が回転する様を心流は見た。
「あんたは死んでるんだ。知る事も、楽しむ事も──やり直す事も、生きて出来る事。だからこそ、生とはかけがえの無いものなのさ」
 死んでるあんたが其れを出来たら……狡い、だろう?
 綴じた傘に衝撃を乗せ撃ち放ち、心流が布を巻き付け躱すと、返しに心流の片膝を低い姿勢から払い重心を崩す。二人の技は似ているが、力に格差がある。
「うちを死人呼ばわりか」
 滑稽の極み。
 母胎から生まれた者のみを生者と呼ぶならば、この髪、目、肉も血も何であろう。許せんのは人間如きに説教される事。

 ああ、好きや。
 人の血も恐怖も涙も好き。残虐を孕む快楽も好き。

 直線上の打突が行灯の框に張られた紙を破り、中の油皿をを灯火ごと破壊された先に、闇が影と混ざり視界を塞がれた心流の腹を抉った。隣室の行灯も破壊される。
「かはっ」
 俊敏な跳び。聖と別ち、応戦に来る聖雪へ攻撃が向く。
「カナン!」
 光源を携え駆けつけた寅靖、円と紅、聖雪の白燐光の挟撃に意表を突かれた。倒れた心流を飛び越え楯となり寅靖が、攻撃を仕掛ける。角と獣爪が肉を穿つ。
 くるりと傘が回った。
 魅了の標的は紅と円。二人が心流を癒す様を視野の端に入れた所為。己を癒す術を持たぬ故に。
 寅靖の衝いた疵が塞いでいく。紅が土蜘蛛の魂を呼び寄せ、円の符が、能力者ではなく、凶を癒し続ける。
「支倉っ神凪っ!」
 聖雪が吉兆の音色を響かせ、カナンは舌打ちする。
「リリスに回復手が付いたら、いつまでも倒せません」
 清涼な気の流れを放出し舞い踊る。魅了に囚われた二人の精神を、引き戻した。
「ほんまに…群れて鬱陶しい輩共やッ!」
 忌々しげに振り向き、ふと正面にいる者との邂逅に気付いた。
 円だ。
 何故、其処に居ると、金の双眸が見開かれ、憎しみが宿る。
「──っ」
 緩やかに疾風炎来の切っ先が、童女の喉元へ向けられた。
 けれど、その眼差し。
 何故、哀れむ。
「お前は、そんなにも哀しい子どもなのに」
 童女の眦に力が篭もる。
「独りの世界は虚無でしかない」
「!」
 円をなじる筈の口を塞いだのは、拳と共に寅靖から投げられた重き声。
「人恋しい者ほど裏切りを恐れ、人を拒む」

 いつしか視野内に影男達の闘いが押し寄せ、終止符が打たれようとしている。
 !!
 寅靖の意識が、傷つき蹌踉めくカナンの動作に惹き付けられた。
「流茶野! 藤宮! 子どもを護れっ!」
 反射で叫んだ刹那、全てを巻き込む爆炎が起こった。子等は影郎と舞兎が範囲外へ避難させた筈。カナンが空間の壁を傘の切っ先で抉る。
 だが、
「お、まえぇっ!?」
 思わぬ距離から、漆黒の鎧、那由他を信じ、爆ぜる炎の中で聖が突撃掛けて来た。炎の斬撃。
「グソーへ還りな!」
 肌を焦がす心流の渾身の青龍の気を込めた拳。二人の破滅に導く一撃が同時に身を屠った。
 命尽き、消えゆく童女。
「カナンっ」
 円は最期まで理解し合えなかった想いを、熱に変え癒してやりたかった。
 孤独な生にしがみつく執着を伝える物なのか。
 抱く腕に獣の如く噛み付いた。ほつれた紅の髪をなぞる影が童女の頬を悲壮に彩る様を、円は見る。ぷちぷちと皮膚を食い破る音がする。生々しい心の悲鳴が、軋む胸に突き刺さる。
 痛みは──感じなかった。

 この子が哀れだと思ったから。

 破れた赫い傘が転がる。
 陰の朽木。
「……」
 紅から癒しを、円は暫し拒む。開いたままの傷口から流れる血が、熱く滴り落ちる。
 命の涙だ……。
 そう思えばこそ。

●影無
 舞兎の吐く息が微かに白く、風に流れてゆく。
 聖と紅の手の中に子どもの小さな手。
 静寂の唐松林が子ども達を見守っている。淋しい風景だが、そうではない。
「いいわね。遅くても大切な人が帰って来る場所があるんだもの……」
 帰る場所もない者達も居る。
「近くまで送って行くか」
「だな…」
 蒼介に肩を貸して歩く心流の横で、寅靖が一人の子を肩車に、もう一人を雅人が背負い林の中を歩いていく。円は疲れ果て微睡む子達の背を撫で、見守る。
 振り向けば。
 西の茜色の残照に、童女の姿を見た気がした。この世界に存在する凶の中の小さき存在が一つ消えた。
 淋しい子ども……。
「昔の俺は人を拒み、心閉ざして生きて来た。巡り合えた者達との絆、それが今の俺の全て。楯となり、護っていく」
 絆こそが尊い。
 人は脆いからこそ、互いに求め合い、生きてゆく。
 愚かで弱いからこそ、互いを護り生きてゆく。人だから。
 ──違うのか。

 林に落ちる影が、しとしと…と。
 空の残照を見上げ、問うている。


マスター:ココロ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/12/14
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