男は過去を待ち続けた


<オープニング>


 月明かりが木々を照らす静かな夜。
 郊外の寂れた公園に、一人の女性が足を踏み入れた。
 待つために。男と交わした再会の約束を、果たすために。
 ……嘘。
 約束を交わしてからすでに、十年の月日が経った。
 十年前のあの日、男は来なかった。
 故に、すでに約束を守る事は目的ではなく……理由。男との想い出が詰った場所に足を踏み入れるための……。
 女性は毎年そうしているように、ベンチの傍へと歩いていく。そこが、約束の場所だから。
 ――近づいた後、女性は違和感に周囲を見回した。空気が、変わったような気がしたから。
「……気のせい、ね」
 首を振り、疑念を払った女性は、改めてベンチの方へと視線を向ける。
 ――ベンチには、男が居た。先ほどはいなかったはずの、男が。
 ……女性の待ち人では、ない。
「っ……」
 男が、眩い光を放った。
 浴びた女性は、その場に固まる。見えない力に、縛られたかのように。
 言い知れない恐怖を、感じながら……。

「幾星霜の時が流れても変わらない想いがある、といった所か」
 皆を見回しながら、秋月・善治(高校生運命予報士・bn0042)は呟く。続く説明の、前置きとして。
「事件が起きているのは、とある郊外にある公園。現れたのは地縛霊だ」
 今のところ被害者はゼロ。
 しかし当日、地縛霊の出現条件を満たす形で、冴原涼子という女性が公園へと赴く。また、場所の関係上、女性が地縛霊を出現させてしまうのを防ぐのは難しいという。
「恐らく、現場に到着するのは地縛霊出現の前後となるだろう。故に、守りながらの戦いとなる」
 その事を念頭に置いてくれと、善治は頭を下げた。
「それでは詳しい説明に入ろうか」
 善治は、目的地に印をつけた地図を渡す。
「件の公園、昼はそこそこ賑わうが、夜はほとんど人気の無い場所らしい。故に、目撃者などを気にする必要はないだろう」
 寂れた公園、との表現がピッタリな場所らしい。
 続いて語られるのは、地形に関する情報。
 戦場となるのは、地縛霊が座っているベンチを中心とした場所。ベンチの背面は、花々が生茂る花壇。正面は広場になっていて、特にオブジェクトなどは存在しない。
 また、足場は固いため、戦闘における有利不利は発生しないだろう。
「地形に関する説明は以上だ。続いて、地縛霊に関係することに移る」
 出現条件は、夜一人で件のベンチを訪れる事。
 もっとも、今回は守るべき女性が出現条件を満たしてくれるので、あまり深く考える必要は無い。
「次は戦闘能力だな。まず、常にベンチに座っている点が挙げられる」
 座ったまま、動く事はない。故に、自由な陣を組む事ができるだろう。
 攻撃方法は、遠近両用の衝撃波。
 加えて、麻痺とブレイクの効果を持つ眩い光。単体を対象とし、遠くまで放てるという。
「そして、一番厄介なのが……戦闘開始から約一分ごとに放ってくる、叫び声」
 威力は小さい。だが、周囲二十メートル全周に届く。……粉塵爆発のごとく。
「故に、叫び声が放たれる前に、女性を効果範囲外へ運ばなくてはならない。巻き込まれたらまず、助からないだろうからな」
 以上が戦いに関する情報だと、善治は一度言葉を切った。
 しばしの沈黙。後、一つだけ伝える事があると、善治は話す。
「件の場所。待ち人の来ない待合場所、と伝承されているらしい」
 数十年も昔の話。
 件の場所で待ち合わせをした、一組の男女が居た。
 女は貴族の娘で、男は平民の出自だった。
 出自から、女の親に結婚を許される筈もなく、ついに二人は駆け落ちを誓ったという。
「しかし、女は待ち合わせに来なかった。いや、行けなかった」
 女は、事故に合いそのまま命を失った。
 ――男の下に、その報が届けられる事は無かった。女の両親が、伝える事を禁じたから。
「男は、女が約束の日を間違えているのだろうと、待ち続けた。来るはずのない、恋人をな」
 ここで、善治の話は終わる。
 事実なのか、今になっては不明な、ただの伝承だと付け加えて。
 後、善治は話の締めくくりにかかる。
「何の因果かは分からないが、皆が救いに向かう女性もまた、誰かを待ち続ける者だ」
 もっとも、伝承とは決定的に異なる部分がある。
 女性は、待ち人が来ない事を、自覚している。
「故に……たとえ待ち人が来なくとも、彼女には伝承とは別の結末が待っている。そして、その結末が見せるのは、恐らく悲劇ではないはずだ。故に、確実に倒し、彼女の未来をつなげてくれ」

マスター:飛翔優 紹介ページ
 歴史は繰り返すといいますが、中身は全く別物であるものなのかもしれません。
 こんばんは、飛翔優です。

 この度お送りするのは、夜の公園に出現した地縛霊退治。
 成功条件は、地縛霊の討伐と女性の生還。
 地縛霊の戦闘能力、状況、及び打開策を考えるための情報はオープニングに含めましたので、色々と考えてみてください。

 皆さんのプレイング、楽しみに待ってます。

参加者
霧生・颯(双子の妖草使い〜兄〜・b01352)
十六夜・紫苑(古の水を湛えし水鏡・b03679)
泉野・終夜(死人だけがお友達・b12019)
平良・虎信(荒野走駆・b15409)
浦澤・まこと(パンニ仇ナス悪ヲ討ツ・b15519)
柊・刀(血まみれ抹茶アイス伝説・b17654)
麻田・駿喜(家出放浪娘・b23751)
軒猿・志摩(高校生牙道忍者・b29413)



<リプレイ>

●タイムリミット
 白い月の輝き、闇色に染まる空。
 星一つ見えない夜空の下、静寂漂う街の公園。
 静かな風が吹く広場で、眩い光を身に浴びた一人の女性……冴原涼子は動きを止めた。不可視の力に、縛られて。
 力を放ったのは、ベンチに俯き座る一人の男。……場所に、妄念に囚われた、地縛霊。
 ――様子は、遠目にも見えていた。
「守り抜いてみせる!」
 冴原と地縛霊が対峙する静止した広場に、いち早く到着した浦澤・まこと(パンニ仇ナス悪ヲ討ツ・b15519)。彼は二人の間に割って入り、コアを周囲に漂わせる。
「しばし、眠っていてください」
 まことが地縛霊を牽制する中、冴原に向かい十六夜・紫苑(古の水を湛えし水鏡・b03679)が導眠符を投げつける。
 体が麻痺し動けない冴原は、立ち止まった姿勢のまま眠りについた。
「出来れば暴れてくれるなよッ!」
 眠ったのを確認し、平良・虎信(荒野走駆・b15409)は冴原を軽々と担ぎ上げ、一目散に退散する。
 地縛霊が衝撃波を放つような素振りを見せたから。
 女性を傷つけさせるわけにはいかないから。
「確保したのなら長居は無用だ。退がれ」
 男の素振りはやはり、衝撃波を放つためのもの。白い能面で表情隠す軒猿・志摩(高校生牙道忍者・b29413)が射線に入り受け止めて、冴原の安全を一時的に確保する。
 全ては、無差別の破壊が繰り出されるまでに、女性を射程外に運ぶため。
「折角お出いただいたところ申し訳ござらぬが、しばしお相手願いたい」
 地縛霊に語りかけ、森の香がする装束をはためかせながら炎を生み出す柊・刀(血まみれ抹茶アイス伝説・b17654)。彼女は地縛霊を中心に、虎信とは反対側を陣取って、慣れた動作で魔弾を放つ。
 不運にも受け止められてしまったが……別に構わない。今は、こちらに注意を向けさせるのが重要だから。
 近くで雑霊集わせる泉野・終夜(死人だけがお友達・b12019)、及びフード付きのロングコートを身につけたスカルサムライも、今攻撃する理由は同じもの。力による衝撃が伝わる刹那に、スカルサムライの刀が地縛霊の体を薙ぐ。
 すべての攻撃音に重なるように、麻田・駿喜(家出放浪娘・b23751)は眠りの歌を奏でていく。
 攻撃を重ねる状況。すぐに目覚めてしまうけど、一瞬でも意識を飛ばせれば上々。その、思考の元。
 眠りについた地縛霊は、やはりすぐさま目覚めてしまう。しかし、しばしの時が稼げたなら……それは、冴原が安全圏へと運ばれる事を意味する。
「そろそろ、攻撃に移りましょうか……」
 冴原の警護をするために、近くで魔法陣を描く霧生・颯(双子の妖草使い〜兄〜・b01352)が地縛霊へと向き直り、宣言する。
 安全確保完了の旨を。本格的な戦いの、始まりを。

●慟哭
 風が止まった。男の心の動きを、写し取っているかのように。
 静寂が告げるのは、嵐の到来。月明かりが照らす広場の中心で、男が叫ぶ。
 叫びは怒りか哀しみか。湿った感情に満ちる音は力となり、周囲をなぎ払う。
(「同情してやりたいところだが……」)
 なぎ払われた志摩は、すぐさま体勢を立て直す。
(「生憎とそうもいかなくてね」)
 立て直しながら、深く深く息を吐く。自らの身を、癒すため。
 最中、駿喜の癒しの歌。彼女の心を写すのか、少し寂しげな悲しい歌が、聞こえてくる。
 後方からは、颯が魔法陣越しに雷を放つ。
 放った後、雷の行く先は気にせずに、すぐさま続く攻撃への準備入る。近くで眠る冴原に、常に気を配りながら。
 次いで男から放たれた眩い光は、終夜を麻痺させる。が、すぐさまスカルサムライが助けてくれた。
 動ける上、今は自分に注意が向いている。判断した終夜は、雑霊をたたきつけながら口を開く。
「女は、事故にあったらしい」
 淡々と語るのは、運命予報士から聞いた伝承。女が裏切ったわけではないとの、言葉を添えて。
「……」
 男の反応は無きに等しい。ただ、俯いた顔を上げ、姿勢を正している。そんな気がした。
 すでに一分半以上のときが立った今。女性は目覚めず、窮地に追い込まれるものもいない。
 故に、今は回復は必要ないと判断し、紫苑はグレートモーラットの円に攻撃の支持を飛ばす。指示された円は、小さな身から衝撃波を放った。
 お返しと言うわけではないだろうが、男は虎信へ向かい衝撃波を放つ。
 黒革のジャケットを着込む虎信はしっかりと受け止めて、流れに乗るまま得物を振るい、毒の力を送り込んだ。
 続くまことは光を集わせる。
 思い出は、明日の糧となるためのものだから。
 決して、縛るためのものじゃないから。
 光に込めるは解放の願い。願いは力となって男へ届き、身を確実に貫いた。
 願いに返されるは、叫び。
 声にならない想いは暴力に形を変えて、周囲の者を巻き込み消えていく。
 伝わるのは、悲痛な想い。
「貴殿の想い、分からなくはありませぬが……」
 目を細め、見据える刀。
「どうか御覚悟を」
 今はまだ、同情しない。
 思いの力を炎に変えて、放つ。
 炎は男だけを包み込み、焼いていく。
 虎信の、癒しをもたらす歌声が、広場に響き渡る。
 ある種場違いな、豪快な歌。彼自身、嫌そうな顔をされるかもしれないと苦笑いを浮かべていたが……否。
 広場に漂うは、過去に囚われ停滞した時の中を生きる、静寂の風。
 ならば騒がしい音色は未来へと進むための力を持った、突風。誰が、拒むことなど考えよう。
 十分に持ってきた回復。流石に麻痺の治療まで潤沢だったわけではないけれど……倒すのに十分すぎる戦力、作戦。
 アキレス腱だった冴原も確保済み。危険に晒さぬよう、颯が警戒し、起きたならば紫苑が眠らせる。
 ならば、危うき理由はどこにもなく……戦闘中放たれた炎が、毒が、常に地縛霊を蝕んで。
 苦しみ悶える中、放たれるは眩き光。
 志摩は意志の力で光を撥ね退け、勢いのまま龍の如き拳を叩き込む。
 死者を、ゴーストをできるだけ救える形で倒すのは、霊媒師の義務。思い、戦いに臨んだ終夜は、スカルサムライと呼吸を合わせて、得物による一撃を叩き込んだ。
(「恋人の下に送って差し上げるのが、せめてもの手向けでござろうか」)
 刀が、再び炎を燃え上がらせる。
 まことが放つ光が、駿喜の二対の刃が、誤る事無く男の体を貫いた。
 ――刃が引きぬかれた後、男がベンチにもたれかかったのは、滅びの合図だったのだろうか。
(「死後の世界等は信じておらん、が!」)
 心で呟く、想い。
 込める場所は、脚。
(「もしも会える可能性があるのならばそれも良かろう!」)
「向かわせてやる、新たな待ち合わせ場所になッ!」
 多くの者が考えた、地縛霊にとって最良の結末を導くため、激しい蹴りを叩き込む。
 叩き込まれた男は、出現してから初めてベンチから離れ……静かに消滅した。
 存在した痕跡すら、何も残さずに。

●未来の事は分からないけれど
 私がいたら怖がるかもしれないからと、僕が言うような事は無いよねと、志摩とまことが先に帰宅した公園。
 輝く月明かりの元、少し離れた場所で駿喜は歌う。明るい、歌詞にの裏に再会を隠した歌を。
 もう、待ち人が来ないなんて、悲しい事が起きないでほしいから。
「お姉さん……こんな所で寝ていると風邪を引いてしまいますよ?」
 彼女の歌を聴きながら、刀の黙祷が終わり人心地ついた頃。
 静かに、颯が冴原を起こす。事件はもう、終わったから。
「……ここは……私は一体……」
 目を擦りながら、周囲を見回す冴原。混乱している彼女に、颯は予め用意していた嘘を話す。
 数人の確証が含んだ言葉。特に不審がる様子もなく……代わりに、と言った様子で尋ねてきた。
 夜も深けようかと言うこの時間。一体何を、しているのかと。
「お兄ちゃんたちと一緒にお買い物に行く所です〜。ここは近道なんです。ちょっと怖いけど、お兄ちゃんたちと一緒なら平気です〜」
 虎信たちを視線で示し、ぬいぐるみを抱きながら明るく答える。
 可愛らしい様子に、冴原は小さく笑う。私のせいで時間をとらせちゃったみたいで、ごめんなさいと。
「一つ、尋ねても良いでござるか?」
 首をかしげながら切り出してきた、刀の言葉。時代がかった言葉遣いに微笑みながら、冴原は先を促した。
「貴殿は、ここで何をしているのでござるか?」
 あくまで自然に尋ねる刀。事情は、知っていたけれど、話す事で楽になれば、と。
「……ごめんなさい。人に、話すことじゃないから。それに……」
 寂しげに微笑みながら、冴原は言葉を紡いでいく。
「話したら、真実になっちゃいそうだから」

 ――いつの間にか、歌も風も止んでいた。
 寂しげに微笑む女性。かけるべき言葉が見つからない皆。
 時が動き出すにはきっかけが必要で、きっかけは他に頼るしかなくて……。
 空気が変化した事を感じた駿喜が、草の陰から姿を現した。
「みんな、遅いよ」
 おどけるように、かけられた言葉。契機となって、時は再び動き出す。
「いや、すまねえ。迎えに越させちまったな」
 頭をかきながら虎信は、駿喜が一緒に買い物をする仲間だと、冴原に示す。
 冴原はそうと、静かに笑った。
 ――次いで漂う空気は、別れを告げていた。
「お姉さん、さようなら」
「ふふ、さようなら」
 皆それぞれの形で別れを交わし、公園から離れてく。男を待ち続ける、冴原を一人残して。
「……ありがとう」
 風に運ばれた微かな声を、聞きながら。

 月明かりが照らす公園の、広場にあるベンチの話。
 男は過去を、決して訪れない事も知らぬままに待ち続け、朽ち果てた。
 女は過去を、決して訪れない事を知るままに、今もなお待ち続けている。
 楽しき日々を慈しみ、今を生きる糧とするために。
 ――時と共に想いは、事象は変わり行く。
 今宵出会った少年少女。彼らの心遣いは、心に一つの波紋を投げかけた。
 波紋がどんな形を作るかはわからないけど……きっと、未来という名を含んでる。
 ――次は良い夢が見られると良いですね。
 紫苑が別れ際に呟いた願いに、導かれるように――。


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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/11/11
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冒険結果:成功!
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