弱いから、そうなるの


<オープニング>


 学校の中は、もう真っ暗だった。
 月明かりで僅かに見える教室の時計に目をやると、もう夜の9時を回っている。部活の後、押し付けられた色々な雑用を済ませていたら、こんな時間になってしまった。
 見回りの教師に見付かる前に、さっさと帰らなくては。
 鞄の蓋を閉め、教室から出ようとした時、彼女は小さな鎖の音を聞いた。
 何気なく振り返ろうとした彼女が、その次に響いたチキチキという音を聞いたかどうか。月の光を反射して白く輝く刃は、悲鳴を上げる間も無く彼女の喉を切り裂いていた。
 後ろを振り向こうとした姿勢のまま、彼女の体が床に倒れる。
「弱い子だから……いけないのぉ……」
 窓から差し込む月明かりを背に、カッターナイフを持った女生徒がそれを見下ろしていた。
 腰に繋がれた、銀色の鎖を揺らしながら。

「皆様、お集まり頂きありがとうございます」
 集まった能力者達を見回し、運命予報士は軽く頭を下げた。
「向かって頂くのは、こちらの中学校です」
 地図を広げ、一点を指す。次いで、向かうべき教室のを告げた。
「夜の9時以降、教室に少女の地縛霊が出現します」
 地縛霊はかつて自殺した生徒で、生前の自分に似た気の弱い相手を殺し、残留思念を取り込もうとしているらしい。
「今はまだ事件は起きていませんが、クラスの女生徒が襲われるのが見えました。放置すれば、近い内に犠牲者が出るでしょう」
 その前に対処をお願いします、と予報士は地図を畳み、代わりに学校の見取り図を広げた。
「教室の位置は3階の突き当たり。夜の9時以降、気の弱そうな生徒が一人で残っていると現れます……気が弱そうに見えれば、実際は気弱でなくても構わないでしょう」
 中学校のセキュリティは低く、忍び込むのは容易い。学校に残っている教師の見回りはあるが、9時過ぎに一度行われるだけだという。
「少女の地縛霊を援護する存在として、男子生徒の地縛霊が3体出現します。強さはさほどではありませんが、少女の霊を守るように動きますので、注意が必要です」
 男子生徒の地縛霊は、遠距離から奇声を放ちこちらを混乱させる、白燐奏甲に似た能力を使い、少女の地縛霊の攻撃力を上げる、といった行動を取る。また、敵が近付くと、何処からかカッターナイフを取り出し、切り付けて来るらしい。
 少女の地縛霊は同じくカッターナイフでの近接攻撃の他、遠距離からは教室内の机や椅子を飛ばして攻撃して来る。
「この時間、学校内に生徒は残っていません。職員室は教室から離れているので、見回りの教師さえやり過ごしてしまえば、後は心配する事は無いでしょう」
 生前の自分に似た生徒を襲おうとしている地縛霊。彼女は生きていた頃、自分の事をどう思っていたのだろうか。
 それを知る術は、もう無い。
「あまり危険は無いと思いますが……どうかお気を付けて」

マスターからのコメントを見る

参加者
御堂・遥(銀の剣閃・b02015)
砕牙・伊吹(黒白ノ継想者・b07746)
神奈・環奈(高校生土蜘蛛・b09675)
瀧沢・沙泡(ブロークンエンジェル・b13504)
赤金・茜(巫女もどき・b13957)
狗山・愁邇(暴虐の獄炎・b23151)
桐生・三葉(トリガーハッピー・b23538)
緋欧月・槇名(小さな拳闘士・b31632)



<リプレイ>


 硬質的な靴音と共に、教師の持つ懐中電灯の光が遠ざかって行く。
 その背中が完全に見えなくなってしまうと、彼らは隠れていた場所からそっと廊下に出た。
 時刻は9時を少し回った頃。もう教師の見回りは無い。
「……夜の校舎って不気味ですね」
 辺りを見回し、緋欧月・槇名(小さな拳闘士・b31632)がぽつりと呟く。見回りの教師が行ってしまった今、ここには彼らの他には誰もいない。
 槇名はそのまま廊下を進み、教室の引き戸を開けた。続いて教室に入った御堂・遥(銀の剣閃・b02015)が、蛍光灯のスイッチを入れる。
「こんな時間から準備しなくちゃいけないの?」
 手近な机をひょいと持ち上げ、桐生・三葉(トリガーハッピー・b23538)は軽く唇を尖らせた。
「仕方ありませんよ。明日は朝からワックスがけなんですから」
 砕牙・伊吹(黒白ノ継想者・b07746)も近くの机に手を伸ばし、苦笑する。
 実際は戦場の確保と地縛霊の能力を封じるためだが、黙々と作業をしていれば相手に悟られるかもしれない。雑談を交わす程度の名目は必要だった。
「まあ、文句を言っていても始まるまい。早々に終わらせようぞ」
「そうですね」
 神奈・環奈(高校生土蜘蛛・b09675)と赤金・茜(巫女もどき・b13957)が、二人で教卓を運び始める。瀧沢・沙泡(ブロークンエンジェル・b13504)も、少し遅れて作業を開始した。
 適当な会話をしながらでも作業は着々と進み、始めてから十数分が経過する頃には、教室内の机と椅子は半分ほどが運び出されていた。
「……こんなクソウゼェ事やってられるか!」
 今まで黙って作業をしていた狗山・愁邇(暴虐の獄炎・b23151)が突然叫び、ふいと教室を出て行ってしまう。
「狗山さん、まだ終わっていませんよ」
「知るか! テメェラだけでやりやがれ!」
 遥が呼び止めるが、愁邇は振り向きもしない。
 更にいくつかの机を運び出した所で、今度は伊吹が申し訳無さそうな声を出す。
「すみません、用事があるのを忘れていました……皆さん、後はお願いします」
「あっ。私も忘れ物が……ごめんなさい、お先に失礼しますね」
 伊吹に続いて槇名も声を上げ、彼と共に教室を出て行った。残された5人だけで、作業を続ける。
「あー、疲れた。これだけ片付ければ、後は一人でも大丈夫でしょう? 宜しくねぇ」
 教室内の机が残り僅かになると、三葉は気だるげに溜め息を吐き、ひらひらと手を振った。愁邇や伊吹達と同じように、そのまま彼女も教室から出る。
「ごめんなさい、私も門限が近いので……」
 三葉の後を追うようにして、遥も背を向けた。
「桐生様の言う通り、後は一人でも大丈夫そうですね」
「そうじゃのう。妾もそろそろ帰らねばならぬし……沙泡、後は頼んだぞ」
 茜と環奈が示し合わせたように視線を交わし、沙泡へにっこりと微笑む。彼女一人を取り残して、二人も教室から出て行った。
「ああ……みんな、帰っちゃいましたね……」
 沙泡は困ったような顔で首を傾げ、残った机を持ち上げる。
 彼女を残して全員が出て行ったのは、地縛霊を誘い出すための方便だ。彼らは皆、隣の教室で待機している。
 気弱そうな外見の彼女が一人で取り残されているように見せかければ、少女の地縛霊は必ず現れる筈だ。
 一人で作業を続けていた沙泡が最後の机を運び出し終えた時、それは来た。
 小さな鎖の音。明らかに人ならざる者が近付いて来る気配。
 そして、カッターナイフの刃を出す、チキチキという音。
「あなたも……弱い子なのぉ……?」
 現れた地縛霊の持つ小さな刃は、迷い無く沙泡を狙っていた。
「イグニッション!」
 沙泡が叫ぶと同時に現れた二振りのチェーンソー剣が、けたたましい駆動音を響かせる。振り向いた彼女の顔には、先程までの大人しそうな少女の面影は無い。虚ろでありながらも、凄絶な笑みがそこに浮かんでいた。
「地縛霊相手じゃ、血飛沫とかは期待できそうにありまちぇんね……残念でちゅ」
 少女の地縛霊が繰り出したカッターナイフは、急所は逸れたものの、沙泡の右肩を切り裂いている。しかし、彼女の浮かべる笑みは怯まない。
 チェーンソー剣が唸りを上げ、少女の体を切り裂こうとする。避けて距離を取る少女の地縛霊を、沙泡は執拗に追った。
 カッターナイフの刃がチェーンソー剣に弾かれて、耳障りな音を立てる。
 地縛霊が苛立ちを表情に滲ませ、小さな鎖の音が三つ、沙泡の周りで響いた。


 チェーンソー剣の駆動音が、夜の校舎の静寂を破る。
「……来ました!」
 教室の入り口で辺りを窺っていた茜は、その音に素早く反応し仲間を振り返った。
 彼女を含めた全員が、既にイグニッションを済ませている。環奈は更に旋剣の構えを使い、自己強化を行っていた。
「行きましょう。地縛霊の鎖を断ち切りに」
 遥の言葉に皆が頷き、素早く廊下へ出た。チェーンソー剣の音が近くなる。
 隣の教室の扉を開け放つと、男子生徒の地縛霊のカッターナイフを懸命に避けている沙泡が見えた。
 環奈が真っ先に中へ飛び込み、炎を宿した赤手をその地縛霊へ叩き込む。よろけた男子生徒を押し退けて、少女の霊と相対する沙泡の隣へ並んだ。
「無事か? 沙泡」
「問題ありまちぇんよ。ギッタンギッタンでちゅ」
 言いながら沙泡は、片手のチェーンソー剣で少女のカッターナイフを受け止める。切り付けられた跡はいくつかあったが、自分で回復したのか傷は塞がっていた。
「木っ端の如く散り果てよ!」
 後退り距離を取る少女の地縛霊を追い詰め、環奈は再び紅蓮撃を使う。赤手が少女の腹部に打ち込まれようとした直前、先程押し退けた男子生徒の地縛霊が間に割り込んだ。
「そっち任せまちゅ」
 沙泡がロケットスマッシュで仲間の方へ男子生徒の霊を弾き飛ばす。
「誰かを傷つける事で強くなんてなれないのに……」
 伊吹は一瞬だけ少女の霊へ目を向け、茜と共に教室の一番奥にいる男子生徒の霊へ接近した。奇声を上げようとした所に、三日月の軌跡を描く蹴りが入る。
「援護なんてさせません!」
 怒りの形相と共に繰り出されたカッターナイフを受けながらも、茜は獣のオーラを宿した篭手を男子生徒に叩き付けた。
「……行きます!」
 槇名が別の男子生徒に突撃し、素早く蹴りを放つ。振り回されたカッターナイフの刃を、横から遥の剣が受け止めた。
 男子生徒の霊を少女に近付けなければ援護は行えず、また行おうとしても接近戦に持ち込んでいればすぐに止められる。彼らの判断は正しかった。
「悪いけど、貴方達に用は無いわ」
 前線より少し引いた場所から、三葉は男子生徒の霊に向けてバレットレインを何度も放つ。伊吹のクレセントファングと茜の獣撃拳を受けた男子生徒が、崩れ落ちるようにして消えた。
「死に絶えやがれ! クソ化け物が!」
 少女の元へ行こうとした愁邇の前に、残った男子生徒が立ち塞がる。愁邇は苛立ちと共に吼え、手にした戦斧を叩き付けた。後ろからまたバレットレインが飛んで来て、体勢を立て直そうとした男子生徒に当たる。
「このクソアマ、俺の邪魔するんじゃねぇぞ」
 三葉を睨め付けた愁邇を、男子生徒が切り付ける。きつい物言いには慣れているのか、彼女の方は動じた様子も無い。
「……っ!」
 カッターナイフの一撃を受けて、槇名が体勢を崩す。追い打ちをかけようとした男子生徒を、黒いオーラを纏った遥の剣が後ろから貫いた。
「緋欧月さん、大丈夫ですか?」
「……平気です」
 気遣う遥に頷いて見せ、槇名は教室内を見渡す。
 残っている男子生徒の地縛霊は、あと1体だ。
「加勢します」
 愁邇の相対している男子生徒へ、伊吹がアームブレードを振るう。押されていた愁邇に、間合いを取る余裕がそれで生まれる。
 遥と槇名も加わり、最後の男子生徒は間も無く崩れ落ちた。
「私だって、そんなに強い訳じゃない……人より、ほんの少しだけ……強いふりをするのが得意なだけなのよ」
 三葉は独りごつように呟いて、少女の地縛霊へダークハンドを撃つ。自らを援護する存在がいなくなった事に気付いたのか、少女は苛立ったように乱暴な動きでカッターナイフを振り回した。
 全ての机と椅子が運び出された状態では、物を飛ばして攻撃する事は出来ないらしい。
「弱い子がいけないのでしたら……貴女とて同じです」
 環奈に切り付けた弾みに隙の出来た少女へ、茜は篭手を嵌めた拳を打ち込む。怒りに歪んだ少女の顔がこちらを向いたと思った時には、既に彼女の肩に鋭い痛みが走っていた。
 嬉々として敵を刻んでいた沙泡がはっと我に返った顔になり、茜へ栄養ドリンクを投げた。
 距離を詰めた槇名の攻撃を防御し、少女は隣の伊吹にカッターナイフを振り下ろす。苦痛を堪えて放ったクレセントファングは、確実に少女の体力を奪っていた。遥が切り付けて追い打ちをかける。
 三葉のダークハンドが足を引き裂き、愁邇の戦斧が少女の動きを止めた。
 隙を逃さず環奈が紅蓮撃を打ち込み、少女の体が炎に包まれる。
「安らかに眠れ……来世は幸多からん事を」
 紅の炎は、少女の地縛霊と共にやがて崩れて消えて行った。


「……依頼も終わったことですし、机と椅子を教室に戻しましょう」
 地縛霊のいた場所に手を合わせ黙祷していた槇名は、そう言って皆を振り返り微笑んだ。
「戦闘の痕跡は、可能な限り隠しておかなければなりませんからね」
 伊吹が頷き、運び出した机を取りに教室から出る。遥と環奈もそれに続いた。
「あら。駄目よ、狗山君。ちゃんと後片付けしないと」
 帰ろうとした愁邇を三葉が引き止め、沙泡は槇名と共に廊下へ出る。
「弱いから、強くなろうとするし、強くなれる……」
 教室を出る直前、茜は先程までの戦場を振り返った。
 地縛霊の少女は強くなる事を諦めて、逃げてしまったのだろうか。そして、やがて生者に仇成す存在となってしまった。
 そうはなりたくない。
 茜はそう思う。
「……強く、なりたいな」
 茜は呟いて、仲間の後を追った。


マスター:牧瀬花奈女 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/11/17
得票数:笑える1  カッコいい1  せつない11 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。