業深き虚に吼える影


<オープニング>


「よく来たね。――うん、今回はちょっと厄介かもしれないよ」
 貴水・昴(中学生運命予報士・bn0098)は目を細めながらそう、切り出した。
「既に聞いているとは思うけれど、長野県のとある市での出来事は知っているかな」
 そこでは残留思念を人工的に集め、地縛霊を作り出すような活動が行われていたらしい。
「放っておいたら大事になりかねないからね。今のうちに手を打ってきて欲しいんだ」
 つまり、残留思念を詠唱銀で強制的に地縛霊化させ、撃破しろということか。
 能力者達が向かう先は、事故が頻発したせいで建築が中止(事実上放棄)されたマンション建築現場である。戦前、そこには私設の難病療養所が建っていた。戦後まもなくして療養所が閉鎖され、その後は空き地として長い時を過ごしていたようだ。
「相当に業が深そうな場所ね。……で、どんな地縛霊が出るの?」
 教室の壁に背を預け、話を聞いていた神凪・刹菜(高校生フリッカースペード・bn0010)が問う。
「人間に近いけれど、人間と言うには少し語弊がある。そんな外見の地縛霊が、集団で出現するね」
 昴の説明は続く。曰く、灰色の固そうな体毛に鋭い牙、四足歩行と二足歩行を自在に切り替えられそうな長い手足。全身を覆う筋肉はまるで、鋼線を寄り合わせたかのよう。そして、前頭部には角状の突起が左右に1つずつある。
 出現するのは、体長3m近い個体が1体と、1m50cm程度の個体が4体。話を聞いた限りでは、どれも相当なタフネスと攻撃力を誇るタイプに思える。となれば、苦手分野も自ずと明らかになりそうではあるが……?
「……まあ、腕を試す機会ということにしておくわ。行って、地縛霊たちを倒せさえすれば一段落なんだろうし」
 そう結論付け、参加を表明する刹菜。
 それを受けた上で、昴は能力者達に釘を刺す。
「タイプはどうあれ、地縛霊の中ではかなり強力な相手であるのは確かだよ。それに、地縛霊達が作られようとした理由も目的も判らない。腕試しを兼ねて事に当たるのは構わないけれど、くれぐれも、気をつけて」

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参加者
風祭・愛美(魔斬剣匠・b00116)
氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)
桜神帝・華凛(隠者の小夜曲・b01875)
緋月・涙音(紅月ノ銀涙・b02972)
クロミツ・トリイ(装甲三年生・b03870)
如月・涼(女狂いのバーレスク・b08353)
楫・涼音(マグスのしっぽ・b11342)
パーン・イッツァーン(黒馬にのった王子様・b18241)
NPC:神凪・刹菜(高校生フリッカースペード・bn0010)




<リプレイ>

●虚塔に鬼は眠り
 師走前の風が、能力者達の肌を撫でて過ぎる。秋風と言うには冷たく、冬風と言うにはどこか暖かい。そんな風が、長野県は某市、とある廃棄された建築現場へと集った能力者達の髪を、服の裾を揺らす。
「アップ代わりになるかと思ったけど、そうでもねえな。暖まる前に冷えるわ」
「空はまあ、悪くないんだがな。……そいつ、そこに立てかけるぞ」
 如月・涼(女狂いのバーレスク・b08353)とパーン・イッツァーン(黒馬にのった王子様・b18241)が、二人がかりで投棄された建築資材を運んでいく。
「うむ、逆光を気にする必要がないで御座るな。曇り空なら。で、これはここで?」
 クロミツ・トリイ(装甲三年生・b03870)もまた、大きめの資材を運んでいった。向かった先は、足場の2階部分へと繋がる階段。そこを即席のバリケードで封鎖し、2階に陣取る後衛の安全を確保しようという案である。
「皆様、ぼやいてるんだか喜んでるんだか解らないこと言ってないでくださいよう。……あ、ええ、そこらへんでお願いします。がっちり固めちゃいましょう」
 楫・涼音(マグスのしっぽ・b11342)が、散乱した小物を一カ所に纏めながら指示を出す。即席とは言え、これだけ資材を集めれば、一瞬で破壊されると言うこともなかろう。そう、バリケードの出来上がりを自賛しながら。
「大人には大人なりの事情があんの。大人とはままならぬもの、ってね。……愛美ー、あらかた終わったぞー。そっちはどうだー?」
「配置は既に済んでいる。身体が冷え切る前に始めて欲しい、というのがボク達の総意だ」
 涼の呼びかけに風祭・愛美(魔斬剣匠・b00116)が応える。もっとも、愛美自身は山に親しいためか、強めの風が吹いても薄く目を細める程度ではあるのだが。
「それと、妾達は全員未成年じゃ。大人と言うには語弊があるのう? 如月殿」
 2階部分から声を投げかけるのは、緋月・涙音(紅月ノ銀涙・b02972)。既にイグニッションを済ませ、グレートモーラットのマロンを階下で遊ばせながら揚げ足を取り、悪戯めいた笑みを浮かべて如月の反応を楽しんでいる。
「はいはい、じゃれ合ってんのはそこまで。うちの歌姫も退屈してらっしゃるみたいだし、さっさと始めようぜ?」
「退屈してるんじゃないって言ってるでしょ。……いいから始めなさいよ、さっさと」
 神凪・刹菜(高校生フリッカースペード・bn0010)が、(最近の彼女にしては珍しく)無愛想な返事をパーンに返す。傍らに控えている桜神帝・華凛(隠者の小夜曲・b01875)が一瞬だけ気遣わしげな視線を向け、階下で前衛を務める氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)へと視線を移した。
「こちらは任せて、雪那。支えきるわ」
「うん。私達の背中と……刹菜さんをお願い。華凜」
 二人のやり取りが終わるのとほぼ同時に、クロミツが残留思念へと詠唱銀を振りかける。水を打ったような静寂の後に現れる姿は、この場の全てを震わせるかのような吼声を挙げ、
「ターリホーゥ!」
 能力者達の奇襲を、迎え撃つ!

●業鬼に人は挑み
「さァって、先制頂くぞ。……斬った上から毒入れりゃ鬼でも効くだろッ!!!」
 出現直後の奇襲で出来るだけ数を減らし、その勢いに乗って殲滅する。それが、今回能力者達が用意したプランだった。鬼達の咆吼に抗うかのように回転動力炉が高出力を吐き出し、能力者達の力と思いに応える。震脚と、あるいは突進と、またあるいは螺旋の如き身の捻りと共に放たれる斬閃が縦横無尽に走り、間髪入れずに呪符と魔炎が乱れ飛ぶ。舞い上がった砂埃が能力者達の視界を隠し、
「こいつで一体、……やったか!?」
「いや、まだじゃ! 妾が穿つから、その間に散開! 来るぞえ!」
 涙音が蛇鞭を限界まで伸ばし、先程集中攻撃を受けた小鬼を穿つ。穿たれた小鬼は光の塵と消え、
「出来るだけ止めてくれよ! 期待してるからなぁ!」
 残った鬼達が獲物を見定める。胡乱な瞳孔が絞られ、自分たちに最も近い能力者達を視界に捉えた。振り上げられた巨腕は鉄鎚に等しい。直撃を受ければ、容易に防具が機能を停止するだろう。
「解ってる! 止めてやるわよ、こんな鬼くらいっ!」
 刹菜の歌声が戦場に響く。単音で構成された、眠りを誘う音律。例え一瞬でも動きを止められたなら、直撃を回避することは出来るはず。そんな彼女の願いは叶ったのか、糸が切れたかのように小鬼達の動きが止まる。
 だが、大鬼は止まらない。その腕が空を裂き、拳が打つ先にいたのは……、
「雪那!?」
 小柄な身体が吹き飛んだ。死角を突かれたわけでも、防御の隙を潜られたわけでもない。単純に間に合わなかったのだ、防御が。その一撃は雪那の防具を容易に貫き、鈍い嫌な音と共に彼女を地面に叩き付けた。
「大丈夫。……大丈夫だよ、華凜。私、倒れてなんてないから!」
 唇の端から零れる熱い滴りを手の甲で拭い、長剣を杖代わりにして立ち上がる。脚の震えを気合の一声で抑え、大鬼を見据えた。
 能力者達が再度、動き出す。火力の集中による各個撃破という姿勢は変えずに、
「覇竜門・殲刀術・伍の太刀ノ弐『焔縄縛』。……駄目押しだ」
 愛美の放った炎の蔦が大鬼を絡め取った。火力を犠牲にして、搦め手で被ダメージを減少させる術を取ったのである。
 その隙にマロンが負傷した雪那の傷を舐め、華凜の呪符が防具の機能を復帰させる。パーンとクロミツが左右から同時に仕掛け、爆発的な加速を得た一刀を叩き付けた。
「いっけ〜っ、禍炎剣っ!」
 それでも吹き飛ばずに踏みとどまった小鬼を、涼音が追撃する。涙音による更なる追撃が、小鬼を塵へと還した。残り、3体。
 奇襲で流れを掴もうとした能力者達と、一撃で雪那を沈めかけた鬼。この戦の主導権を握ることが出来たのは、果たしてどちらなのか。
 その答えを知る者は、まだいない。

●鬼は猛り
 能力者達は善戦していた。純粋に力押しで攻めてくる鬼達をいなし、鍛えた技量で翻弄し、その隙に全力全開の一撃を叩き込む。大鬼の一撃が前衛を沈めようとすれば、後衛のサポートが間髪入れずに飛ぶ。
 1分経過した時点で、能力者9に対し、鬼達は残り2。優勢と言えるだろう。数の比率だけを見たならば。
 だが、この優勢は容易に維持できるものではないと、能力者達の誰もが気付いていた。
(「参ったね。気合とか根性とか振り絞って、やっとこんだけかよ」)
 涼は、二刀を振るう合間に鈍く痛む肋を意識してしまう。地縛霊には戦闘能力が高い個体が多いとは言え、これは随分と勝手が違う。もう駆け出しの頃とは違うのに、ただの一撃で倒されるようなことが何度も続くとは。
「中々しぶといで御座るなあ、パーン殿」
「ああ、随分と頑丈だ。……急がないとならないってのにお構いなしか」
 パーンもクロミツも、一刀を振るう腕が随分と重くなっている。爆発的な加速を活かした高出力・高威力の一撃をこれだけ連続で放ったのは、いつ以来だろうか。
「愚痴るな。魔が入り込むぞ、心に。……ボク達が全力を出さなきゃいけない強敵なんだ、こいつらは」
 愛用の一刀を振り上げ、愛美が一喝する。力と技の限りを尽くし、それでも勝てるか解らない相手なのだ。この鬼達は。傷の痛みなどに気を遣っている暇はない。
「うん。頑張ろ、皆。力を合わせればいけるよ、絶対!」
 雪那が、まだ傷が痛む身体を押して皆を励ます。
 だが。
 鬼達は数を減じて尚、戦意を低下させることがなかった。そもそも、胡乱な瞳には知性のかけらも見あたらない。言わば今の鬼達は、ただ戦闘を続けるだけの人形のようなものなのだ。策や技巧で能力者達を追い詰めることもない代わりに、戦意が崩壊して潰走することもない。
 故に、鬼達は能力者達を容赦なく打擲する。自らが朽ちるまで。
 能力者達は、時を追うごとに確実に追い詰められていたのだ。

●人は挫けず、されど鬼は……
 小鬼を撃破し、残るは大鬼のみとなった。だが、決して状況は好転した訳ではない。
「刹菜様、拙いですよっ!」
「解ってる。前線が……崩れる。このままだと」
「降りるかえ?」
「降りましょう、刹菜。下手をしたら、撤退すら……」
 後衛の面々が異口同音に、前線が崩壊しかねないという危惧を口に出しているのがその証拠である。元々この戦は、タイトロープを渡るようなものなのだ。
 そして今、前衛の面々の肉体は、強靱な精神力のみに依って立っている。凄まじいまでの精神力が肉体に限界を凌駕させ、戦闘行動を継続可能にしているのだ。
 研ぎ澄まされた精神は鉄鎚の如き一撃を見切り、渾身の力で反撃を叩き込むことを可能にしている。もし直撃しても、気力を振り絞って立ち上がることすら出来るのだ。強靱な精神力は、危難を突破するための武器となる。だが、それでも叶わぬ相手がいると知ったなら。全力を振り絞って抗い、それでもなお迫る存在に恐怖を感じてしまったなら。
 タイトロープから滑り落ちる瞬間が、訪れてしまう。
「行くわよ。飛び降りて前衛と合流、態勢を立て直すわ!」
 そう、それは今、この瞬間に訪れてしまった。
「きゃ……!?」
 雪那が倒れ、
「力及ばず、かよ……!」
 パーンが防御の上から叩き潰され、
「済まないで御座る。後は、どうか……」
 治癒を受けた直後のクロミツが、膝を屈する。
 回復が間に合う間に合わないの問題ではない。涼が攻撃の手を控え、支援に回っても手が足りないのだ。直撃すれば一撃で。そうでなくとも、連続で攻撃を受ければ倒されてしまうのだから。
 加えて、大鬼の無尽蔵にも感じられるスタミナが厄介である。ろくに防御態勢も取らずに攻撃を受け続けていると言うのに、未だ暴れ続けているのだ。時に、倒れ伏した能力者を踏み付けながら。
「退くことも考えねえと、ちょっと拙いな……」
 二刀を叩き込んだ後に、涼がぼやく。安全地帯から後衛が出てきてしまった今、誰が次の瞬間に倒されても不思議はなく。そして、誰かが力尽きてからでは遅いのだ。
 大鬼の動きが止まらないのもまた、拙い。もう、刹菜の眠りの唄では留めきれないのだ。愛美と同時に仕掛けてやっと、どちらかが大鬼の動きを制限できる程度。焦燥と不安が、彼女達の力を明らかに落としている。
 大鬼が炎の蔦を引きちぎり、能力者達の中心に踏み込んだ。黄色く濁った瞳が刹菜を捉え、巨腕が唸りを上げて走り、
「……こんな、ことって……!」
 刹菜を一撃の下に叩き伏せる。誰かの、声のない悲鳴が響いた。
「……撤退、ね」
 華凜が宣言し、雪那を抱え上げた。次いで、鋭い眼光で鬼を一瞥する。
 同じく、涼がクロミツを、涼音がパーンを引き摺りながら後退する。二人に続いて、涙音が撤退を開始する。
 殿を務めるのは愛美。片腕で刹菜を抱え、空いた腕で大鬼に牽制を続けながら味方の撤退完了まで支援し続けていた。
 能力者達が全員撤退した後、勝ちどきの如き咆吼が戦場に響く。
 この一件が、能力者達の心に少なからぬ傷を刻んだのは確かであった。


マスター:貴宮凜 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/11/23
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冒険結果:失敗…
重傷者:氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)  クロミツ・トリイ(装甲三年生・b03870)  パーン・イッツァーン(黒馬にのった王子様・b18241)  神凪・刹菜(高校生フリッカースペード・bn0010)(NPC) 
死亡者:なし
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