金のハリネズミ


<オープニング>


 空気までもが眠りにつきそうな、冷えた夜だった。
 西に大きく傾いた月の投げかける光が、雪に閉ざされた森の中を青白く照らしている。
 黒々と聳える木々の間を、大きな影がゆっくりと移動していった。たまに若木や細い枝が巻き込まれ、バキバキと乾いた音を立てる。
 森を抜けて広い雪原に出ると、こんもりとした小山に幾千もの針――否、剣を突き立てたようなその姿が、月光の下に露わになった。身体の割にスマートな顔には愛嬌があるが、黒々とした瞳の奥には紅い光がチラチラと揺れている。
「キィ」
 影は頭を持ち上げて遠く見える明かりを確認すると、どこか嬉しげに声を上げた。
 背負った剣がざらりと蠢き、金色に煌いた。
 
 
「ようこそ、皆さん。今年も頑張りまょうね」
 新年の挨拶をするにはちょっと遅いでしょうか、と僅かに首を傾げて、羅久井・悠人(高校生運命予報士・bn0150)は微笑んだ。
「今回は雪原に現れる妖獣退治をお願いしたいのです。今は未だ被害は出ていませんが、進行方向に小さな村があります」
 妖獣が『そこ』を目指しているのかどうかは分からない。けれど、このまま進めば確実に到達し――、未来に起こることは火を見るより明らかだ。
 心得たとばかりに頷きを返した能力者たちに目を細め、悠人は机の上に地図を広げた。
 
「妖獣はこちらの山裾に広がる森を抜けて、この野原……今は雪が積もって雪原となっているわけですが、そうですね……この辺りに出てくるはずです」
 説明をしながら、赤ペンで地図に印を書き込んでいく。
 雪原はかなりの広さがあり、又、先の村とも離れているので迎え撃つに丁度良いだろう。夜ではあるが月光と、それを反射する雪明かりとで、戦うには問題ない程度の明るさもある。
 但し、心配なのは雪の状態――即ち、足元の確保だ。
「ちょっと前までは硬雪になってて歩くのに都合が良かったのですが……」
 言いさして、悠人は少し困ったように眉を下げた。
 溶けたり凍ったりを繰り返してガッチリと硬くなった雪の上に、30センチほどの新雪が積もっているらしい。ふんわり柔らかな感触は常時ならば楽しめるかも知れないが、如何せん非常時には……ちょっと邪魔。
「肝心の妖獣についてですが、姿は金色のハリネズミ……で、体長は3メートルほどあります」
 攻撃方法は鋭い剣のような針を飛ばす遠距離攻撃と、ボールのように丸まっての体当たりや噛み付きといった近接攻撃。オマケに、瞳から紅い光を発してマヒさせる能力もあるという。
 マヒは針に刺されると解けるようだが、同時にダメージを負うことになるので薦められない、と眉を寄せる運命予報士。
「それと、体当たりは一直線にしか進めないようですが、かなりのスピードと威力があります。一瞬の判断ミスが怪我に繋がるかも知れませんから、十分お気をつけて下さいね」
 
 依頼の説明が終わったと見るや、能力者たちは早速出発しようと踵を返しかけた。その背に、制止の声が掛かる。 
「あ、少しお待ちを。……宜しければこちらをお持ち下さい」
 そう言って悠人が取り出したのは、人数分の使い捨てカイロ。1人1人に手渡しながら、
「これはまぁ、焼け石に水かも知れませんけれど。妖獣退治の後に月光浴や雪遊びするのも良いと思いますが、防寒対策はきちんとして行って下さいね?」 
 にこりと笑う。
「くれぐれも油断はなさらないように。どうぞお気をつけて」
 小さな袋を手に教室から出て行く面々を見送って、運命予報士はゆっくりと頭を下げた。

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参加者
叢雲・識(蒼月斬姫・b02807)
ミリア・シルフィスト(ビーストガンナー・b05814)
犬彦・一樹(アンダードッグ・b12424)
天泉・五月(天牙・b23065)
百合野・月(夢さき案内人・b26289)
御鏡・幸四郎(姉はリボンの骨騎士・b30026)
花乃木・チロ(小学生ヘリオン・b31557)
霜薙・威吹(深遠の間合い・b35312)



<リプレイ>

●月光降る世界
 月と雪が照らす世界では、影さえも青味がかって見えた。
「ディック、僕の前はよろしくね」
 百合野・月(夢さき案内人・b26289)が傍らに立つフランケンシュタインに声を掛けた。頷いて歩き始めた巨体の首には、月とお揃いのマフラーが巻かれている。
 所によっては月の膝あたりまで積もった雪をものともせず、ディック――フランケンシュタインは歩を進めていく。踏み固め、或いは踏み崩された雪の跡を追うように月が、そして他の能力者たちも、雪原へと足を踏み入れる。
「移動は動きを1テンポ遅らせるつもりで。でないと顔から突っ込みますよ」
 雪国出身だという御鏡・幸四郎(姉はリボンの骨騎士・b30026)が、仲間たちに深雪の中での歩き方をアドバイスする。早く動こうとすればするほど上半身と下半身の重心にズレが生じるので、『急がば回れ』の精神が大事なのだ。
 同じく雪に慣れている叢雲・識(蒼月斬姫・b02807)だが、流石に雪中での戦闘はあまり経験がなかった。それでも、スキーウェアとスパイクで武装し運ぶ足取りに、危なげなところは全くない。
「凍ってる場所があったら滑って危ないしね?」
 気遣うように振り返った彼女の背後を歩くのは、ミリア・シルフィスト(ビーストガンナー・b05814)。
 彼女を含め、後ろに続く小柄な小学生組は特に歩き辛いに違いない。吐き出す息が一瞬、宙に白い雲を作っている。それでも、
「村になんて行っちゃったら大変だし、ここでちゃんと倒さなきゃ、だねっ!」
 拳を握る花乃木・チロ(小学生ヘリオン・b31557)に、うん、と頷きを返して、
「被害が出ないうちに倒さないとなのですよ!」
 と、ミリア。
 天泉・五月(天牙・b23065)も後に続きつつ、これから対峙するであろうゴーストの姿を思い描いて息を吐いた。即ち、今年の干支を意識したかのような『金色のハリネズミ』――。
(「縁起物とはいえないのが残念ですね」)
 置物ならば洒落で価値も出そうなものだが、残念ながら相手はゴースト。縁起も価値も、有り得ない。
 さく、さく、と雪を踏み分ける音と息遣いだけが響く中、不意にフッと笑う声。聞きつけた霜薙・威吹(深遠の間合い・b35312)が顔を上げると、
「こんな夜は月に吠えたくならねぇか?」
 今回の作戦でツーマンセルを組む相手、犬彦・一樹(アンダードッグ・b12424)が濃藍の空に浮かぶ銀を眩しげに見上げていた。――成る程、確かにそんな気持ちを抱かせるには十分な、見事な満月だ。
「雪も嫌いじゃねぇし……ついでにガチで闘れんだ、言うこたねぇな」
 ニヤリと不敵に笑む犬彦。
 威吹は前方に巨大な影となり立ちはだかる森へと視線を向けた。
 微かに空気を震わせる乾いた音――その元に、件の妖獣がいるはず。
「急ぎましょう」
 彼の声に促された能力者たちは可能な限りのスピードで、ペア同士が離れないよう4組に分かれて散開しながら、雪原を進んで行った。

●金のハリネズミ
 予報士がゴーストの出現場所として示したポイントに着くと、未だ起動していなかった者たちはイグニッションカードを掲げた。
 森から聞こえる木々の悲鳴は、かなりの近さに迫っている。足場を確保する余裕を許してはくれそうにはない。
 月が開放した夢の力が仲間たちを包み込むと同時に、森から分かれるように大きな影が飛び出して来た。中途半端に折られた若木が自らの重みに耐えられず、少し遅れて地面を揺るがせる。
 影――妖獣は、遠く見える村の灯火を遮るようにして佇む8つの人影に警戒したように、動きを止めた。咽喉の奥から絞り出される、低い唸り声。
「頼りにしてるぜ、兄弟!」
「その信頼に渾身で応えましょう。参るッ」
 信頼を載せた犬彦の声に笑みを返し、威吹は愛刀を掲げて構えを取った。
 犬彦の足元に落ちた影が鎌首をもたげ、腕を形作る。危険を察知して身体を丸めるようにしたゴーストへ襲い掛かると、月光を弾く背の針を数本折り取った。
「姉さん、行くよ!」
 幸四郎の呼びかけに応えたスカルサムライの姿が宙に解け、彼の体内へと消えた。その手にある得物へとチロがそっと手を翳し、白燐蟲を纏わせる。
「後ろはボクがいるから、回復は任せてくださいねーっ!」
 頼もしい少女の言葉に微笑みを零し、幸四郎は彼女を護るように一歩踏み出した。
 五月が森羅呼吸法、ミリアが白燐奏甲で各々を強化する中、識の静かな声が響く。
「魔手よ、貪れ」
 再び奔る、影。硬質な音を立てて折れた金の刃が、雪上に落ちる間もなく消える。
「ギィィッ!」
 怒りの声を上げて、妖獣が頭を上げた。黒々とした丸い目に紅い光が宿り、……放たれる。
「……っ!」
 向けられたのは、識とミリアのペア。たった今の攻撃のせいか、村への道を防ぐ位置にいたせいか――。
 ともかくも、光に込められた力は確かだ。
 識はなんとか免れたものの、ミリアの身体がマヒする。しかも、
「いけない! 体当たりが、」
 来ます、と言いかけた五月の声を遮るように、ボール状になったハリネズミが雪を蹴立てて転がってゆく。狙うは、動けないミリアと彼女を護るように前に立った識。
 犬彦と威吹のダークハンド、幸四郎の雑霊弾が止めようと追い縋るが間に合わず、手前の雪を吹き飛ばす。
 斬馬刀を構えた識は迫り来る金のボールを睨み据え、動かない。危険を承知で一刀両断を狙おうというのだ。
 ……けれど。

●白に散る
「っ、きゃあぁ!」
 スピードに乗った刃の塊は重い斬馬刀の一閃を簡単に弾き返し、識の細い体も飲み込んだ。ただ、そうしたことで軌道がいくらか反れ、真後ろに控えていたミリアには左の腕に切り傷を負わせただけで数メートルを通り過ぎ、止まる。
 再びハリネズミの姿に戻った妖獣の上に、暗黒の塊が落ちた。
「案内してあげるよ、夢に。それが僕のお仕事だから」
 月の呟きに誘われるように、ハリネズミの頭がグラリと揺れる。
 その隙に五月が、雪原に倒れたきりの識へ治癒の力を込めた符を飛ばした。
「叢雲先輩、しっかりして下さい……!」
 ようやく、といった様子で半身を起こした彼女に、自由を取り戻したミリアが駆け寄って白燐蟲たちを呼び出す。
「だ、大丈夫ですか!? 今、癒します」
「可愛い女の子を守るのは私の義務だからね」
 自分を庇ったせいで、と顔を歪める少女に、血色を取り戻した識が冗談めかせて笑って見せた。立ち上がった瞬間少しだけフラついたものの、戦うのに既に支障はない。目元に落ちてきた血をグイと手の甲で拭って、愛刀を構え直す。
 彼女の様子を伺っていた仲間たちの目に安堵が浮かび――、次の瞬間、ハッと妖獣に向けられる。
 その視線の先で、眠りに落ちていたハリネズミがゆっくりと目を……開いた。
 チロの放った光り輝く槍が宙を裂き、未だ意識を完全には取り戻していない妖獣の背――無数の剣がひしめき合う中に突き立つ。
 追い討ちをかけるように幸四郎の雑霊弾、五月とミリアの牙道砲が重なり、直撃を受けた妖獣は悲鳴を上げて雪原に転がった。遠く吹き飛ばされこそしなかったがかなりの衝撃を受けたのだろう、立ち上がった足がフラついている。
 それでも何とか踏ん張って、力を溜めるように身体を低くするハリネズミ。いち早く危険を察知した月が仕込み杖を振るい、叫ぶ。
「ディック、行くよ!」
 駆け出すフランケンシュタインを追い抜き、悪夢から呼び出されたナイトメアが疾走する。体当たりを受けて鼻白んだ妖獣に、フランケンシュタインの拳が叩き込まれた。
 たちまち満身創痍となったことで怯えたのか、ハリネズミの足がシリリと後退する……、が。
 突然空気を裂いた烈しい音色に、ハリネズミがゆるりと短い首を巡らせる。音の出所――長剣の刃に沿って現れたエネルギーの弦を掻き鳴らしているのは、犬彦だ。
「てめぇの相手は俺だぜ。かかってこいよ、派手なネズミ野郎!」
 挑発するように言い放った彼を燃える目で睨みつけ、妖獣が吠える。その背を埋め尽くした剣が蠢くたびにきらきらと煌く様を見つめ、威吹がぽつりと呟いた。
「雪原を馳す金色の暴君よ、その眼は何を見る」
 無論、答えが返るわけでも、又それを期待したわけでもない。ただ静かに、威吹は目の前のゴーストを見据える。
 怒りに我を忘れたハリネズミは最早ボール状に丸まることさえ忘れたらしい。各所に負った傷から血が噴出すのも構わず、一直線に犬彦を目指し……2人に向かって駆けた。
 噛み付こうと襲い掛かった妖獣の鼻面を犬彦の長剣が割り、惰性で目の前に迫った脇腹を威吹の日本刀が切り裂く。堪らず倒れ付した巨体に、識の影から伸び上がった腕が襲い掛かった。
 フッと輪郭を崩したハリネズミの姿は金の粒となり、月光に溶けるようにして消えた。散々踏み荒らした雪原と、能力者たちに戦いの残滓だけを残して……。
 ほっと息を吐いた幸四郎が、そっとポケットに手を入れる。
 出掛けに予報士がくれたカイロが、労うようにほんのりとした熱を伝えた。

●雪原に満ちる光
 静けさを取り戻した雪原に、蜂蜜の甘い香りが広がった。
 幸四郎が仲間たちに振舞った、ハニージンジャーティーのものだ。口に含めばピリリと舌を刺す生姜の刺激が、身体を中から温めてくれる。
「せっかくの月下のお茶会、戦闘の跡が無ければもっと風情があるんでしょうけどね」
 苦笑する彼に、違いない、と笑って、識もカップを傾けた。彼女が持参した米麹と米だけで作った飲み物はアルコール分がなく、ふんわりと優しい香りを湯気と共に立ち上らせている。
「……こんなに綺麗な月を見ていると、寒さも時間も忘れちゃうね」
 西の空に掛かる銀盤を見上げて呟いた彼女は、ふとそれまで隣で月光浴をしていたはずの少女がいないことに気づき、視線を巡らせた。
 探し人である少女――ミリアは、雪原に蹲ってせっせと雪を集めていた。
「かぁいい雪ウサギを作っちゃうのですよ♪」
 先の尖った楕円の小山が形作られていく様を見ていた五月の頭上を、何かが掠めていった。ハッと目で追った先に落ちたのは、白く丸い……雪玉。雪原に落ちた途端、ほろりと崩れるほどに柔らかな。
 その出先を振り向こうとした彼女の背に、小さな衝撃が当たる。
「えっ?」
「わっ、ごめんねーっ! 当たっちゃったっ!?」
 慌てた声でチロが謝る。いや別に痛くなかったし……、と五月は頷いた。
 安心したように笑ったチロが、
「結社の皆とも雪合戦したんだよねーっ」
 でもここの雪も綺麗、と嬉しげに再び雪を握る。と、その肩に、ポスッと軽い雪玉が当たった。
 投げたのは……、五月。
「……お返し、なのです」
 顔を見合わせた2人が、プッと噴き出す。えっ、なになに? と顔を上げる、ミリア。
 楽しそうな笑い声を上げている年少者たちに視線をやや和ませて、威吹は月を見上げた。
 妖獣とはいえ、ひとつの命――失われたそれの冥福を祈り、瞑目する。
 ……数十秒、否、数分も経っただろうか。ドサリと重い音と共に、
「寝転がると空が近ぇや。月に向かって落ちそうだぜ」
 楽しげな犬彦の声が横……それも足元から聞こえ、威吹は目を開けた。訝しげに向けた視線の先、冷たい雪の上に大の字に寝転んだ青年の姿に軽く眉を上げる。
 何をしてるのかと問えば、戦いに熱った身体を冷やすのに丁度良いとの応え。2人は低く笑い、再び月を見上げた。
 少し間を置いた位置でディックに肩車された月は、よく磨かれた銀貨のような月に触れようとするかのように手を伸ばす。届くはずもないけれど、そうしたくなるほどに綺麗な満月だった。
「今日は綺麗な夢が見れそうだね」
 にこりと微笑んだ月に、物言わぬフランケンシュタインも同意したようだった。


マスター:卯月瀬蓮 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/01/29
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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