母を求むる泣き声


<オープニング>


 あーん、あーん……。
 古びた洋館。青白い月明かりが差し込む廊下。
 そこに、小さな少女の泣き声が響いていた。
 やっと年齢から『つ』が取れた程度の幼い少女は、小さな体に余る程の大きな人形を半ば引き摺りながら、はだしで廊下を歩いていく。
「ママ、どこ……ママぁー……」
 涙を流し、しゃくりあげた声で彼女は母を呼び、一つ一つ扉を開いて探して行く。
 けれど、見つからない。彼女のママは、何処にもいない。
「ママ、わたしのそばにいて……、ママ、わたしをなでて……、ママ、わたしをだきしめて……、ママ、わたしをあいして……、ママぁ……!」
 一際大きく泣き声をあげ、引き摺っていたぬいぐるみを床に叩き付ける。
 ばんっ!! と大きな破裂音を立て、ぬいぐるみはバラバラに粉砕した。
 それと全く気にも留めず、少女はまた悲しげな声で泣き出し……また、廊下を歩いて一つ一つ扉を開けてママを探す。
 何度も何度も、館中を探し回る。


「……ある寂れた洋館に、少女の地縛霊が出現しました」
 ちょっと困ったような、悲しそうな微笑を浮かべて、久遠寺・鞠耶(中学生運命予報士・bn0154)は集まった能力者達に切り出した。
「その洋館は山奥にあって、滅多に人が訪れない場所です。……多分、昔お金持ちの方の別荘だったのだと思います」
 使われなくなって久しいだろうその洋館の中を、小さな少女は一人、延々と泣きながら彷徨っている。
 滅多に人が訪れないと言っても、時には迷い込んだり、その存在を知る若者が肝試しに……などと踏み込む事もあるだろう。現に、これまでにも何人かが行方不明となっているようだ。
「少女は月が出ている夜の間中、洋館を『ママ』を探して彷徨っていますが、館の中に踏み入ればすぐに寄ってくるでしょう」
 そして、自分よりも年上の女性……複数居れば、一番年上の女性を優先的に『ママ』と思い、泣きながら抱きついてくる。
 抱き付かれてもダメージを受ける事はないが、抱きつかれた相手は少女を護らなければという強い思いに駆られる。つまり、他の仲間に対して攻撃行動を取る可能性が非常に高い。
 たとえ少女とその魅了効果を振り払っても、他に女性が居ればまた彼女は抱きつこうと試みるだろう。ただし、一度拒絶されたと感じれば、もう少女は抱きついてこない。
 対して、男性には何故かかなりの敵対心を見せる。
 手にしたぬいぐるみは、投げ付けられると勢い良く破裂する。その衝撃は一発でどうこうというものではないが、何度でもぬいぐるみは彼女の手に復活するので、連続で投げられれば危険だろう。
 ぬいぐるみには何種類かあるようで、小さい物は単体、大きいものは爆発も大きく、何人かを巻き込むだろう。
 そして、戦闘になると同時に、これまでの犠牲者だろうか。女性が一体、男性が三体、計四体の腐り果てたリビングデッドが出現する。
 手にバットや椅子の足など、簡単な鈍器で武装しているが、こいつらは大した相手ではないだろう。
 それよりも、リビングデッドに気を取られた隙に少女に抱きつかれる……という事態の方が、より深刻となる事は言うまでもない。

「母を求める子供……とても、悲しい物です。……どうか、一刻も早く、彼女を静かに眠らせて上げて下さい」
 よろしくお願いします。と、鞠耶は大きく頭を下げた。

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参加者
マリア・ヴァレンタイン(劫火の蕾・b00654)
此花・縁樹(砂の薔薇・b01304)
藤枝・優美奈(語部綺媛・b02996)
楊・梨花(寄り添う影・b03763)
鈴下・茉莉(乙女心もめがとん級・b19668)
魔憑・真白(コドクノ蟲・b26434)
ルシア・バークリー(リトルウィッシュ・b28515)
神武・遙夏(オルフェウス・b32369)



<リプレイ>


 そこは、森に囲まれた屋敷であった。
 壁には蔓が這い、寂れた雰囲気を強調する。半開きになった扉が風に揺れ、キィ、ときしんだ音を立てた。
 8人の能力者達がそこへ集まった時、既に中天には美しい満月がかかっていた。
 青白い光が、森と館と、少年少女達を照らす。
 ……事前に藤枝・優美奈(語部綺媛・b02996)がネット等で調べた所、この館は随分昔の資産家の別荘だったのだと解った。ここでその資産家一家の殺人事件があった……そんな理由で買い手もなく、朽ちるままになっていたらしい。
 今もこの館の中では、小さな少女……少女の自爆霊が、泣きながら見つかる筈のない母親を求めて彷徨っているのだろう。
(「ママ……母さま……」)
 亡き母を求める気持ちは、魔憑・真白(コドクノ蟲・b26434)には痛い程解る。思わず震える肩に、そっと優美奈が触れた。
 実の姉弟も同然の彼女の暖かい手に、真白の心が少し落ち着く。
「……早く母の元へと還してあげましょう」
 悲しく彷徨う時間は、少しでも短い方がいい。
 此花・縁樹(砂の薔薇・b01304)の言葉に、一同は頷き、未だ風に揺れる扉を開く。
 大きな扉の先は、広い広いホールになっていた。
 放置されて久しいのだろう、埃っぽい、カビくさい匂いが微かに鼻につく。
「……蟲たちよ……蠢け」
 真白と鈴下・茉莉(乙女心もめがとん級・b19668)の二人の白燐光が、薄暗かった室内を明るく照らし出す。
 光を生み出す二人に縁樹は感謝を述べ、改めて扉の先を見渡す。
 館の中は、耳が痛い程の静寂に包まれていた。
 だが、ここに地縛霊がいる事は間違いの無い事柄であり。運命予報の通りに、少女はすぐ傍に居る筈なのだ。
 警戒を緩めないまま、一同はイグニッションカードを掲げる。
 一斉に起動をかけた、そのすぐ後だった。
「ママ……、……ママ…?」
 涙でしゃくりあげた、あどけない少女の声。
 大きなうさぎのぬいぐるみを引き摺りながら、縋るような視線を能力者達に向ける女の子の姿が、其処にあった。
 悲しみと寂しさを全身に纏う幼いその姿は、倒すべき地縛霊とは解っていても、余りにも同情と哀れみを誘う。
「もう、泣かないでください。私たちが迎えに来ましたから」
 胸に走る痛みを抑えながら、けれども優しい声色で、ルシア・バークリー(リトルウィッシュ・b28515)が少女に囁く。
 それは、彼女が真に望んだ『優しい母親』としての迎えではない。
 けれど今そこに居る少女は、生前の想いの凝ったものに過ぎず。あるべき場所へ還す事こそが彼女の為であり、能力者たる自らの役目なのだから。


 未だ少女には、敵意の色は見られない。
 けれど、予報された通りの四体のリビングデッドがどこからか現れ、蟲達が発する光に照らされ姿を晒す。
「ママぁ……やっと、きてくれた……!」
 ぽろぽろと涙を零しながら、少女が両手を広げて近付いてくる。
 まるで少女の道筋を作るかのように、4対のリビングデッド達も距離を詰めてくる。
 地縛霊の能力は、解っている。警戒を強める女性達に……一人だけ。少女に応えるかのように、両手を開いた人物がいた。楊・梨花(寄り添う影・b03763)だ。
「おいで……あなたのママは、ここですよ」
 優しい声。柔らかな微笑み。きっと、生前から少女は望んでいたのだろう……梨花の声に、少女の地縛霊は迷いなくその腕に飛び込んだ。
 ぎゅぅ、と抱き合う二人の姿。その途端に、梨花の心には少女に対する強い強い慈しみ……庇護の心が生まれる。
 けれどそれは、作戦のうち。
 母親に甘えるようにしがみつく少女の直ぐ傍で、神武・遙夏(オルフェウス・b32369)の悪夢爆弾が炸裂する。
「暫くの間、大人しくねんねしててくれよ」
 少女の地縛霊の瞳が閉じられるのを確認してから、遙夏は迫り来るリビングデッドへと向き直る。
 梨花の使役するシャーマンズゴーストへの懸念もあったが、先んじて正気を失っている間の命令をしていたのが功を副うし、噴き出した炎が一体のリビングデッドの皮膚を焼く。
「さぁ、気を引き締めて参りましょうか」
 先ずは元犠牲者であろう、迫り来るリビングデッド四体。縁樹は手にしたナイフ『ローダンテの誇』を翻し、魔弾のエネルギーによる魔方陣を生成する。
 同じく魔弾の射手を起動するマリア・ヴァレンタイン(劫火の蕾・b00654)の心中は、他の皆と同じく……もしかしたら、もっと複雑に絡まっていた。
 地縛霊の少女よりも更に幼いマリアにも、母に関する辛い思い出がある。果たして、それと同じなのか。それとも、もっと違う何かなのか。
(「父役を用意した方が、彼女を知れたのかしら…?」)
 そんな事を思いながら、けれどマリアは迷いなく炎の魔弾をリビングデッドへと撃ち出す。
 二度炎に焼かれたリビングデッドは、ルシアの光の十字架によって打ち倒され、遙夏の呼び出したナイトメアは二体のリビングデッドを巻き込み疾走する。
 間近まで近寄ってきた一体が腕を振り上げる。狙われた茉莉の周囲を飛ぶリフレクトコアがぼろぼろの椅子の足を握るリビングデッドの手を弾き返し、その脇を優美奈の龍尾脚が激しく何度も打ち付け、倒れこんだ所を茉莉は光の槍で止めを刺した。
「………ま、ま…?」
 か細い声。眠りから醒めた少女が、次の瞬間にはハっとしたように目を見開く。
 梨花の腕に抱きしめられたまま振り返った先には、7人の能力者達と、既に壊滅しようとしているリビングデッド達の姿。
 少女にとっては、自分と母を脅かす存在に思えたか。それとも、遙夏や真白に強い憎悪を覚えたのか。あどけない大きな瞳に、強い敵意が宿る。
「きらい……きらい、みんなきらいっ! パパなんてきらい、大っきらい!!」
 手にしていたおおきなうさぎのぬいぐるみが、宙に放られ……地面に辿り着いた瞬間、大きな炸裂音と共に派手に爆発した。


「ママ……、ママがいれば良いの。ずっとだきしめてて、どこにもいかないで……」
「ええ…、私があなたのママになって、あなたを撫でて、抱き締めて、愛してあげます」
 優しく少女を撫でる梨花は、少女に魅了されたままなのか、否か。傍目では、よく解らない。
 それでも、ママの優しさを求めていた少女にとっては至福であろう。再び投げようとしていたぬいぐるみは、彼女の手の中に生み出されたままに留まる。
「かあさま……かあさま……」
 盲目的に母のぬくもりを求める姿に、落ち着いていた筈の真白の心が再び波打つ。
 震える体で、唇を噛み締めて、真白は赦しの舞を舞う。ぬいぐるみ爆弾で傷ついた仲間達を癒し、……梨花の魅了も、解けた筈だが、その腕が緩む気配はない。
 けれどそのお陰で、少女はこちらを振り向かない。残った二体のリビングデッドも、優美奈の呪殺符と縁樹のスピードスケッチで生み出されたキャラクターの攻撃により、その動きを完全に止める。
 残ったのは、少女の地縛霊ただ一体、のみ。
「ねぇ、ママと一緒に、広いお外で遊びましょう?」
 梨花の魅了は、既に解けていた。けれど彼女は自らの意思で、少女の母を演じ続ける。
 悲しい幼い女の子を、この地縛から解いてあげたい……その強い思いが、梨花を駆り立てていた。
「おそと、おそとはだめ、いっちゃだめ! いっしょにいて、ここにいて、どこにもいかないで……!」
 外、というフレーズは、少女にとっては禁忌であるかのように、激しく頭を振る。
 そして、自らの梨花の間に、小さなくまのぬいぐるみを生み出した。
「ねえ、ずっといっしょにいて、だきしめて……わたしをあいして、ずっとずっと、もうどこにもいかないで……!」
 その言葉の意味する所は、つまり……
「っ……だめだよ!! ママはもういないから!!」
 それ以上は危険過ぎる。そして、彼女にこれ以上罪を重ねさせるわけにはいかない。何よりも……これ以上は、真白には見ている事が、耐えられない。
「もう!! 殺さないでーーーーーー!!!」
 真白の叫びと共に破魔矢が撃ち出されるのと、小さなぬいぐるみが梨花の至近距離で爆発するのは、ほぼ同時だった。
 衝撃で後ろへ飛ばされる梨花と、その腕から離された少女も身に走った痛みに悲鳴を上げる。
「じゃましないで……っ! きらい、あなたたちなんてきらい! ママじゃないのは、みんなきらいーーーっ!!」
 両手一杯に、ぬいぐるみが生み出された。
 それはどれも可愛らしいつくりの動物のぬいぐるみで、彼女のあどけなさを象徴しているかの様。
「どれだけ願っても、貴女の望む人はここには来ません。あるべきところへ、還りましょう?」
 その人は本当のママではないの、と諭してみても、少女の敵意は治まらない。
 もう少女は、梨花以外は全て敵とみなし、その梨花でさえも傍に居る為にと殺めようとしている。これ以上は、会話をする事すら困難だろう。
 乱れ飛ぶぬいぐるみ達。少女が泣き叫んでいる影響なのか、投げ付けられるそのぬいぐるみ達は微妙に的を外す。
 けれど、至近距離で喰らい未だ倒れ伏す梨花は動けないのか。その姿に危険を感じたルシアが癒しを与えに傍に寄る。
「哀しみと憎しみで、道連れを作ったって、負の連鎖が広がるだけじゃねぇか……」
 相手を殺して地縛霊としても、望んだ母の温もりとなる訳ではないのに。
 そんな理屈は、理性を失った地縛霊……それ以前にこんな小さな子供では、解らないのかもしれない。妙に高い頻度で自らを襲うぬいぐるみを、遙夏は手にした羊さんの枕を盾にし耐える。
「どうして……そんなに母親のみを求めるのですの? どうしてそんなに皆を嫌いますの…っ?!」
 強い敵意と殺意に煽られ、彼女が錯乱しているのはわかっている。けれど、マリアは聞かずには居れなかった。
「きらい、きらいっ! わたしをころす人はきらい! ママをころすパパも、だいきらいっ!」
 それは、問いに対する答えであったのか。
 少女の手に、小さな体に余るほどの大きなぬいぐるみが生み出される。
「もう泣かないで……きっとまた、ママに逢えるから…」
 優美奈の導眠符が飛ぶ。大きなぬいぐるみを掲げたポーズのまま少女は再び瞳を閉じ、くらりとその体が揺れる。
 せめて、死の苦しみを二度も味わう事のないように。それは、優美奈の優しさだった。
「今、眠らせてあげます」
 縁樹のナイフが、小さな少女の胸を貫く。
 安らかな眠りに包まれたまま、母を求め泣き続けていた地縛霊は……消え去った。


 静まり返る館の内部。戦闘後、最初に能力者達の耳に届いたのは、真白が床に膝をついた音。そして、小さな嗚咽だった。
「きみの……気持ち……いたいほど…わかる、よ…」
 優しかった両親を失った心の痛みが、真白の胸を締め付ける。
 もっと母に抱きしめて貰いたかった。一緒に居たかった。けれど二度と叶わぬその願いは、少女と何ら変わる所はない。
 慰めるように、支えるように優美奈が震えるましろに寄り添い、少女へと手を合わせる。その瞳にも、美しい雫が光っていた。
 茉莉も静かに瞳を閉じ、悲しい少女が本当のママの元へ逝けるようにと祈りを捧げる。
 手酷い傷を負っていた梨花も、ルシアの白燐奏甲のお陰で立ち上がる。自らの傍らに立つシャーマンズゴーストの様に解放する事は出来なかったけれど、ひと時の幸福だけでも与えられただろうか。
 少しでも、報われぬ魂に救いを与えられたのだと、今は信じるしかない。

 ……時刻は、もう遅い。
 この場にもまだ年端の行かない能力者が二人も居る。けれど、撤収する前に少しだけ、と彼らは屋敷の中を探索した。
 二階の廊下の奥に、子供部屋を発見した。
 中は少女が生み出し投げていたものとそっくりなぬいぐるみ達が、たくさん、たくさん並べられていた。その一つ一つに、手書きのカードが添えられている。
 『お誕生日おめでとう―――ママより』
 『一人にしてごめんね』『愛しているわ』『大好きな――ちゃんへ』
 随分と古いもののようで、残念ながら少女の名は読み取れなかったが、全ては母から娘へ贈られたものだった。
 多忙な母からの精一杯の愛情表現だろうか? けれど少女はぬいぐるみよりも、母が抱き締めてくれる事を願っていたのに。
 又、テーブルの上に置き去りにされた手紙には……もう文字も随分掠れていたけれど、『今度は小さなおうちに住む事になるけれど、ずっと一緒に居られるわ』とあった。消印は、優美奈が調べたこの一家の殺人事件の前日。
 資産家が事業の失敗で没落したのか。そして、少女の最後の叫びから察するに、父親がママと少女を殺し、自らも命を絶ったのでは……?
 全ては集めたピースからの憶測に過ぎないが。もうすぐ帰ってくると言うママをただ待ち続けて、少女はずっと屋敷を彷徨っていたのかもしれない……

「生きてるときにたくさん笑ってて欲しかったな」
 こういう形でしか、彼らには少女を救う事は出来ないけれど。
 寂れた館を後にする前に、遙夏はもう一度館を見上げて呟いた。
 少女は、本当の優しいママに逢う事が出来ただろうか?
 願わくば次に生まれ来る時こそ、本当に幸せに笑える日々が訪れるように。


マスター:神兎 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/02/01
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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