最早戻らざる少年達


<オープニング>


 小さな頃からレン兄は、俺の本当の兄みたいな人だった。
 キャッチボールは俺よりちょっと下手だけど、かっこよくて、女の子にモテて、頭がよくて、背が高くて、優しい兄。
「ケイ、ごめんな」
 今日も、勉強を教えてもらおうと思って、レン兄の住んでるアパートに行った。
 そして、いつもみたいに、俺はカッターナイフで手首を切った。
「ケイ……本当に、ごめんな」
 レン兄が、俺の手首を、舐めてる。
 床に零れた血を、舐めてる。
 そうだ、レン兄は、少しおかしくなってるだけなんだ。
 いつかは、いつもの、優しくてかっこいいレン兄に戻ってくれるはずなんだ……。
 
 
 
 夕日が落ちるのが、徐々に遅くなる。それは、春へと近付いているからだろうか。
 橙色の光に包まれた教室の中で、無言の皿谷・正悟(高校生運命予報士・bn0131)が能力者達を出迎えた。
「ここからそう遠くない住宅地の中、アパートの一室に、大学生のレンさんちゅーお兄さんが住んどるんじゃ。ある夜、運悪く通り魔に刺されてしもうたんじゃが……身寄りの無いレンさんにも、一人だけ、大切に思っている男の子がおったんじゃ」
 その子の事を思う余りに、リビングデッドになってしまったのだと正悟は言う。
「ケイさんちゅーんじゃけどな、今年の四月で高校二年になるんかのう。小さい頃からずーっと近所に住んどって、ケイさんはレンさんにお世話してもらっとった様じゃ」
 勉強、キャッチボール、ゲーム、漫画の貸し借り。
 ある時は先輩、ある時は友達として、物心付いた頃からずっと付き合ってきた仲。
 しかし今となっては、血を分け与え、或いは与えられるという関係が其処に存在している。
「ケイさんに見られん様に、レンさんを倒してきて欲しいんじゃ」
 重々しい沈黙の中、正悟は淡々と場所や状況の説明を始めた。
「運命予報では、レンさんが来る前にみんなが辿り着けるんじゃが、ケイさんが近所に住んでるちゅー事しか分からんかったけ、ケイさんを待ち伏せするしかないのう」
 アパートは二階建ての一階で、玄関から見て二つ目の102号室。両側を部屋に挟まれた場所だ。
「ケイさんが来るちゅー約束があるけ、鍵は空いとる。部屋に入ってしまえば、余程の事が無い限りは多少うるさくしても大丈夫じゃが、アパートの外では人目もあるけ、静かにした方がええわい」
 中に入ると、右側にユニットバス、短い廊下が奥へと続き、かなり広いワンルームとなっている。
「クローゼットとユニットバスから、男性のリビングデッドが一体ずつ現れるんじゃ。多分、レンさんの犠牲になったんじゃのう……。三人とも引っ掻いてくるばっかりじゃけど、レンさんに引っ掻かれると毒状態にかかるかも知れん。気をつけんさいの」
 レンにとっては、ケイより先にやって来る能力者達は明らかに敵。戦闘は免れないだろう。
 ただ、問題は、どのタイミングでケイがアパートにやって来るのかが分からないという点だ。
「少なくとも、皆さんが辿り着くタイミングで鉢合わせたりはせんじゃろうが……戦闘中、或いは戦闘後にケイさんが来る事になるじゃろなあ」
 恐らく、能力者達が中に突入した後は、内側から鍵を掛ける必要があるだろう。それに、ドアに近付けば、物音はどうしても聞こえてしまう。
「アパートの敷地の中へは、表側と裏側の二箇所から入れるけ、アパートのドアの前で待ち伏せでもええんじゃが、何とかしてドアの側に近付けない様にした方がええわい」
 一息ついて、正悟はペットボトルの中身を一口飲んでから、最後に向き直った。
「血の繋がりの無い人を兄として慕う気持ち……分からんでもないがの。でも、もう被害者が出てしもうとる。ケイさんには何事も悟られてはいかんのじゃ。どうか、二人を助けてつかあさい」

マスターからのコメントを見る

参加者
帆波・聖(曼珠沙華の泪・b00633)
浅葱・悠(黒夢の駆り手・b01115)
水瀬・夢美(明月の夢龍奏者・b04223)
牛沢・重光(泡沫夢幻・b04379)
加賀見・眠斗(天穹の魔導士・b16661)
渕埼・寅靖(燎乱のキマイラ・b20320)
ルリナ・ウェイトリィ(無情なる銀月・b22678)
柊・小雪(月長石・b27572)



<リプレイ>

●少年は駆ける
 雪がちらつく、曇天の下。
 やや重そうな鞄を抱える少年が一人、住宅街の中を駆けて行く。
 家を出て左。曲がり角を曲がり、二軒目を入ると、柵に囲まれたアパートがある。ケイという名のその少年の目的地は、そこだ。
「……あれ?」
 アパートの裏口は、少年にとっては近道。しかし、今日は立ち入り禁止の紙が張られ、ロープで封鎖されている。
「どうしたんですか?」
 少年が声を掛けた相手は、柵の向こうの牛沢・重光(泡沫夢幻・b04379)。
「ああ、えーと……壊れててな。固定しておかないと、蝶番が外れてしまうんだ。ここは通れないから、表口からアパートに行ってくれないか?」
 戸と柵をロープで固定しながら、仲間に言われた通りの言葉を並べ立ててみるが。
「……そっか」
 やや残念そうにしながらも、少年はどうやら納得したらしい。小首を傾げながら踵を返し、来た道を戻っていく。
「ふう……危なかった」
 食い下がられたらどうしようかと、内心では冷や汗をかきそうな程に緊張していた重光。
「表口には帆波がいるから、大丈夫だとは思うが……」
 誰にともなく、呟いた。

 それから、大体三分後ぐらいだろうか。
 表口にはポストが並んでいる。
 ケイの視界の中、ポストの前には花束を持った一人の少女が立っていた。帆波・聖(曼珠沙華の泪・b00633)だ。
 しかし、二人の視線が合ったのも束の間、次の瞬間にはすでに、彼の意識は白く塗り潰されていた。
「これで、一先ずは安心でしょうか」
 前のめりに倒れそうになったケイの身体を急いで抱き止める聖。少年の額には導眠符が張られている。
 無表情のまま目を閉じているケイを見て安堵したその数秒後に、重光が表口に到着し、二人は合流を果たす。
「牛沢先輩、裏口の封鎖と誘導、ありがとうございました」
「いや、礼はいい。それより、ケイを起こさない様に気をつけないとな……」
 呟き、重光は少年の肩を抱いて壁に凭れさせてやる。
 凍える程の風が、眠るままの彼の命を奪おうとしない様に。
 聖と重光は、心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。
 そしてその横には、六人の仲間達が控えている。

●扉の向こう側
 アパートの扉の前に集う、六人の能力者達。
「ルリナは身寄りがありません……兄弟……いたら、どういう気持ちになるものなのでしょうか……」
 ルリナ・ウェイトリィ(無情なる銀月・b22678)は、ドアの向こうに何を思ったのか。
 もし、血が通わないながらも、想いの通う親族が自分にも居たとしたら。
 或いは、その親族が死ぬのだとしたら。
 相手はゴーストとは言えど、その人を大切に思う人間が確かに居る。自分達は今から、その人を手に掛ける。
「私たちに出来るのは、一刻も早く倒す事だけです」
 それでも、戸惑い立ち止まるだけでは何も解決しない。柊・小雪(月長石・b27572)は、小さく頭を振った。
「真に想うのであれば、相手を殺しかねない仮初の生にしがみつく事も無いだろう……」
 そんな小雪に頷きながら、浅葱・悠(黒夢の駆り手・b01115)は詠唱兵器を握り締める。
 仮初の生。いつかは壊れてしまう、硝子の糸の様な繋がり。
 しかし、当人達には、それを断ち切る為の力が無い。或いは、それが脆い繋がりであるという事を知らない。
 能力者が力を持っているのは、未来の悲劇を断ち切る為。
「ケイさんの心には、良い思い出として残って欲しいですから……」
 これから先、会えなくなったとしても、二人の想いが繋がったままでいて欲しいと信じるしかない。
 水瀬・夢美(明月の夢龍奏者・b04223)は、壁に凭れ掛かったままのケイに視線を移す。
 良心が痛まないと言えば嘘だ。しかし、彼が眠っている間に事を為さなければならない。
「『兄』が『弟』を喰らうというなら、決して許すわけにはいかない……それだけだ」
 血の繋がらない弟が居る渕埼・寅靖(燎乱のキマイラ・b20320)。
 許せないからこそこの場に居る。それは、彼が『兄』であるが故。
「オレにも兄ちゃんがいるから、思わず重ねて考えちまうなぁ……」
 そう呟いた後、ドアに手を掛ける者が一人。
「お邪魔しますよ」
 加賀見・眠斗(天穹の魔導士・b16661)がゆっくりとアパートのドアを開けると、まずは床の血痕が目に入るだろうか。
「……苦しかったんだろうな」
 悠がくぐもった声で呟いたのは、口を押さえていたから。
 痛ましい程に続く、六滴の赤い雫。
 下足置き場に落ちているのは、血塗られたカッターナイフ。
 さらによく見れば、フローリングを何かで拭った様な、或いは舐め取った様な痕。
 そして廊下の奥、閉じられたカーテンの側でパソコンの前に座る青年が一人。
「……ケイじゃ、ないね?」
 ゆらりと立ち上がり、首を傾ける。
「何しに来たんだ……?」
 一歩ずつ、前に歩いてくる。
 恐らくは、彼がレン。最早戻らざる存在。
「一つ、聞かせてもらう」
 同じく、一歩ずつ前へ歩いていく寅靖。
「まだ、自分を兄と慕う者を、喰えるのか?」
 自らで言葉を噛み締める様に、問い掛けるが。
「もう、戻れないんだ、俺」
 その答えは、何故か空虚だった。
「一緒に、生きていたかった。でも、今の俺がケイと一緒に居るには、ケイを傷付けなくちゃいけない」
 レンの視線は、夢美が拾い上げたカッターナイフに向けられていた。
「これ以上ケイを苦しめるのは止めるんだ。自分だって苦しいんだろ?」
 かちり。
 ルリナがドアの鍵を掛けた音を確認し、眠斗がさらに言葉を掛ける。
「ケイと離れるのが怖い。もう一度死ぬのが怖い。ケイが死ぬのが怖い。ケイを傷付けるのが怖い」
 首を振りながら、レンは足を止めた。
 がたり、クローゼットの中で蠢くものがある。
 恐らくユニットバスがあるであろう扉の奥でも、ひたり、ひたりと足音がする。
「……ごめんなさい。私は強くなって大切な人たちを守りたい。その為にも……」
 夢美自らがクローゼットを開き、その中へと二条の布槍を奔らせた。
 その衝撃でよろめいた音と共に、一体のリビングデッドが部屋の中に入り込んできた。しかし慄きもせず、皆が皆、もう一度詠唱兵器を構え直す。
 一人一人が、別々の想いを抱いてこの場に居る。
 レンはただ一人、あらゆるものへの恐怖を抱いたまま、彼等を出迎えていたのだった。

●想うという事
 かちり。
 ドアの内側から、鍵が掛かった音がした。
 風は徐々に止んで、ゆっくりと小さな雪の欠片が舞い落ちてくる様に。
「血が繋がらない家族、彼ら二人の多く過ごして来た時が生んだ絆……」
 僅かに睫を震わせたケイの額に、聖は再び導眠符をひたりと貼り付けた。
「これも世界の為に必要な事だと割り切るしかない、か」
 重光の重苦しい溜息は、雪よりも白い。
 地面に力無く落とされたケイの手首には、真新しい傷跡がいくつもあった。

「お前達は、死んだ事があるか?」
 薄暗い部屋の中で、淡々と、漏らすかの様に零れるレンの言葉。
「もう一度会いたい、側に居てやりたい、俺が居なくなったらケイはどうするのだろう……俺が不安に思う事は、罪だろうか?」
 血で赤黒く染まったレンの爪先が、空を薙いだ。
「っ……!」
 青年の白い頬に、膝を付いた少女の鮮血が散る。
 右肩から左胸へと斜めに走る一条の爪痕。悠の顔色はみるみるうちに青褪めていく。
「貴方は、もう、私達にとっては倒すべき存在です」
 ルリナの言葉もまた、淡々と紡がれる。それは、彼女がこれを任務としてきちんと理解しているからだろうか。
 軽いステップの後に繰り出された細い踵は、ユニットバスから扉を開けて出てきたリビングデッドの鳩尾に食い込んだ。
「これ以上ケイさんを傷付け続けるのは、許せませんから」
 小雪の腕がふわりと広げられた。清浄なる祈りを捧げる、赦しの舞。
 折られていた膝を伸ばし、ゆっくりと悠が立ち上がる。
「相手を苦しめてまで見守る……貴様らの絆はその程度か?」
 報いんとばかりに、握られた剣がレンに振り下ろされる。左肩から真っ直ぐに斬り下ろされ、僅かに踏鞴を踏むも、彼の顔は苦痛に歪む事は無い。
「ケイにしがみつく自分が見苦しい存在だって、分かっている……でも」
 死にたくない。
 死ぬのが怖い。
 続く言葉は無かったが、恐らくはそういう意味だったのだろう。
 レンの僅かに口が動いたと同時に、腕を振り下ろしてくるリビングデッドが居る。相手は、寅靖。
 しかし、その腕を往なす人の腕と、レンの胸を貫く八本の蜘蛛の脚。
「まだ、想いを残しているなら。『兄』のままでいてやれ……最期まで!」
 この世界から自分が居なくなったら、ケイはどうするのだろう。
 相手を思う気持ちが、レンにはちゃんとある。
 それを知っているからこそ出た、寅靖の言葉。
「っかは……」
 上手く空気が吸えないのか、或いは。
 噎せた様な声が漏れる。
「戦うことは好きじゃないけど……誰かが傷つくところは……見たくないんです」
 きっと、夢美の目にも、ケイの手首の傷跡は映っていたのだろう。
 彼女の龍尾脚は、クローゼットから現れたリビングデッドの腹部に確かに入っていた。
 ずしゃりという音。一体が崩れ落ちた。
 続くは、言葉無く繰り出されるルリナのクレセントファング。
 もう一体も、床に倒れ伏した。
「『兄』って何だろうな……分からなく、なってきた」
 戯れに殺した二人の男の身体を見遣り、穿たれたまま、レンは小さく呟いた。
 ただただ、不安と恐怖を抱きながら血を啜り続けてきた自分。
「だけど……俺が、生きていてはいけないという事は、分かってきた」
 でも、彼の中では、答えは出たのかも知れない。
 頷きながら、何かを振り投げた少年が一人。
「解放の手伝い、してあげるよ。オレがケイさんの代わりに……救ってやるぜ!」
 決意と共に放たれる、眠斗の水刃手裏剣。
 首を深く掠める音がして、レンの身体は仰向けに倒れていった。
 僅かに口元に笑みを漏らしていた彼は、何から解放されたのだろうか。

●扉の外側には
 軽く部屋を整え、不本意ながらも頷いた重光。
 部屋を荒らした様な形跡を残しつつも、あまりにも多い足跡はさすがに消しておく事にしたのだった。
 ドアを閉じ、聖に目配せをする。
 そしてその二分程後、少年がゆっくりと瞳を開くと、心配そうに顔を覗き込む少年と少女の姿。重光と聖だ。
「……オレは?」
 どうしたのだろう。倒れたところまでは覚えている。しかし、ポストの前に誰が居たのかが思い出せない。
「いきなり、そこで倒れたんですよ」
 彼女が指差した先は、地面が白く染まったポストの前。
 確かに、雪に埋もれては凍えてしまっていただろう。
 そういえば、思い出してみれば、ポストの前に居たのは彼女だった気がする。
「話はそっちから聞いた。表口に人が居て助かったよ、介抱してくれてありがとう」
 重光は、他人を装う様に聖に礼を言っておく事にした。二人が知り合いでは、ケイに何かを疑われるかも知れないからだ。
「誰だか分からないけど……ありがと」
 ケイもまた、聖に礼を呟く。
「いいんですよ。私は、レンさんのバイト先の後輩で、最近顔を出さないレンさんをお見舞いに来たんです」
 地面に置いていた花束を手に取り、ケイに持たせてやる。
「インターホンを押しても反応が無くて……私の代わりに、渡してきてもらえませんか?」
「うん、分かった。何だ、鍵は開いてるから入れるのに」
 何も知らないケイは、ゆっくりと立ち上がり、花束を手にしたまま、ドアノブに手を掛ける。
「水仙の花言葉は……『優しい追憶』というんです」
 確かにそう、少女の声がした。
 ドアの中を確かめる前にケイが振り向いたが、しかし、二人の姿はすでに消えていた。

 追憶とは、過ぎた時間に思いを馳せる事。
 慕っていた人の死を受け入れたその瞬間から、少年の追憶が始まるのだろう。
 能力者に出来る事は、死者に引き摺られる生者を助ける手伝いをする事だけ。
 雪を踏み締める音を確かに聞きながら、彼等は白く染まった帰路を歩いていった。


マスター:内藤璃影 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/02/03
得票数:泣ける1  せつない26 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。