義理に限りなく近く、果てしなく遠いチョコレート


<オープニング>


 ――バレンタイン。それは好きな人に、プレゼントを渡す日。
 様々な恋物語が紡がれ、生まれ行くこの日。素直に渡せるのなら、どれだけ良い事かと、お思いの方もいるでしょう。今更渡すのが、照れくさい方もいるでしょう。
 あるいは大好きであるが故に一歩を踏み出せず、大切であるが故に、動く事で関係が壊れてしまうかもしれない……そんな事を恐れてしまう方も、いるでしょう。
 ……ならば、紛れ込ませてはいかがでしょう? 義理の中に、一欠けらの本命を。
 ともすれば気付いてもらえないかもしれませんが……それでも、特別な想いを伝えたという事実は残り、次への原動力となってくれるはずですから。
 さて、それではこの度は家庭科室を借りて、義理に限りなく近く、果てしなく遠いチョコレートを作成いたしましょう。

 作成方法はいたって簡単。
 市販のチョコレートを細かく砕いて湯煎で溶かす。
 溶かした後、好みに合わせてナッツなどを投入。
 そして、アルミホイルを切り、形を整えて型を作成。
 チョコを流し込んだなら、冷蔵庫に入れて固まるのを待ちましょう。
 ……と、ここまでが義理チョコの作り方。
 本命にはもう少し手間を加えて。
 例えばナッツの代わりにドライフルーツなどを投入したり、他とは少々違う型を使ったり。
 はたまた、スプレーチョコで飾り付けしたりするのも良いかもしれません。
 この辺りは、皆様の個性の見せ所です。

 そして完成したならば、包装するのが良いでしょう。
 こちらは義理チョコに紛れ込ませるため、無個性なものを選ぶのがポイントかもしれません。

 さて、無事に義理と特別なチョコレートが作成できましたなら……余った材料や作成に少々失敗してしまったチョコレートを用いて、お茶会としゃれ込みましょう。
 話題としては……やはり、来るバレンタインへの期待。即ち、恋する相手への想い等が、適当ではないでしょうか。
 大丈夫です。このような催し物で語られたエピソードは、例外なく秘められるのがお約束なのですから……たぶん。

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<リプレイ>

 穏やかな陽が射し込む、冬の昼下がり。
 銀誓館学園の一角、家庭科室。
 そこは、甘い匂いが香ってくる、賑やかなざわめきに満ち溢れる場所……。

「さーて、張り切ってチョコ菓子作っちゃおー」
 たった今家庭科室に到着し、調理を開始する緋野・珠代。
「とりあえずでっかく義理って書いといてやろ……」
 隣では、完成図を思い浮かべながらアルミを成形している五十嵐・のり子。ちょっと力を入れすぎて、アルミが歪んでしまっていたりとか。
 一方、アルミの星型を完成させた八神・宗。彼はドライフルーツを取り出しつつ、チョコレートを溶かし始めていた。
「あっ」
 そんな折、小さな悲鳴をあげたのは板倉・佳奈芽。
(「と、とりあえず、甘すぎないように仕上げれば大丈夫……だよね。多分」)
 本人に、好みの味を聞き忘れたとか。
 その横には、いち早くチョコレートを冷やし終えた異空・千夜呼。彼女はこれから、自分自身をモデルとしたマンガ肉を咥えて嬉しそうに笑う猫の形に削るのだとか。
 一心不乱に削る横では、別の形で趣向を凝らす織田・夏姫。十二粒の型のうち一つに、おまじないのキスをしたアメジストを埋め込んで。
 無茶ばかりする彼が、無事にあるようにと。
 向かい側では、白玉を仕込み終えた斉藤・夏輝。
 用意した可愛らしい和紙を横目に冷蔵庫へと足を運ぶ途中には、しばし周囲を見回していた柏木・隼人。
 男であるのに、違和感なく溶け込んでいる自分。
「……こうしていると俺、女に生まれてた方が違和感なかったかもな……これがな」
「そうでもないと思うよ」
 否の答えを返す、風見・玲樹。
「イギリスでは、男女関係なくバレンタインには贈り物をしたりするから」
 隼人に微笑みかけながら、ナッツをそっとつまみ食い。
 そんな男二人の近くでは……手馴れた様子で、趣向を凝らす緋勇・龍麻。
 及び……今の自分に戸惑いつつ、型に流し込んでいる香澄・綾女。
 男としてか女としてか。堂々巡りしてしまい、結論へは辿り着かない気持ちを、今も胸の内に問いかけている。
 もし周囲を見回す余裕があったなら……姿形だけは彼女と真反対かもしれない三笠・輪音が、気合たっぷりに作っていたりするのに。
 輪音曰く、市販のものより不恰好になることもあるけど……その分、暖かい感じがする。だから、個人的にはとっても好きだし……何より、大切な人に渡したいから。
 そんな後ろを、お盆を両手で持って通り抜ける御鏡・幸四郎。
 後は冷蔵庫で冷やすだけの彼。いつも以上に張っていた気を少しだけ緩め、歩いていた。
 冷蔵庫まで辿り着けば、一番近いテーブルで作業している源真・神那。
 義理の中に本命を混ぜる。その意図にロシアンルーレットを連想した彼女。何より配る相手が多いため、数を作っていたから。
 そんな中、何となく異彩を放っている宵・月亮。
 手際よく作成しているのだが、違和感を感じるのは……誰かが呟いたら微笑み殺しで返してあげようと自覚していた……魔女にみえるからか。あるいは、目的が少々異なるからか。
 ともあれ、隣では気にせず試行錯誤を繰り返している柳・深龍。
 料理人を志す彼だが、あいにくお菓子方面にはあまり関心がなかった。だが、最近期待される事がままあるため、作ってみようかなと。
 彼が生クリームをかき混ぜる近くでは、後は固めるだけとなった水斗・華音亜。
 彼女はひとまず額の汗を拭い、お盆を抱えながら冷蔵庫へと歩き出す。
 それを追い越すように通り過ぎたのは、琴之音・琴子。曰く、手ごわいものにチャレンジして成功したのが嬉しいのだとか。
 当初の目的を忘れていそうなのはさておいて。
 そんな彼女が後ろを通り過ぎたのも、ひたすら一生懸命につくっている草剪・ひかりは気付かない。
 ちょっと不器用で、少しでも気を抜くと失敗してしまいそうだったから……。
 ……ともあれ、時間はゆっくりと過ぎていく。さすれば、完成する者もちらほらと。
「……こんな、ものかな」
 初めての体験だった神薙・紅葉もその一人。
 彼女が作りし逸品は、紅葉が舞い散る姿が描かれていて……。
「完成なのー。やだー私って天才っ」
 楽しげに宣言するのは如月・果楠。
 形がちょっとあれな気もするが、それはきっと愛嬌な逸品。後は、ピンクの包装用紙で可愛く包むだけである。
 隣では、ほっとした様子で完成品を見つめる紫雨・未玲。
「上手くできた……と、思う。喜んでくれるといいな」
 変な所はないかなと何度も確認する様子は、端からみていて初々しく可愛らしい。
 無論、集った皆の表情は、概ねそんな初々しくて可愛らしい表情を浮かべていたのだが。

 ……ともあれ、作成の時間は過ぎ行きて、皆で安らぐ時がやってくる。
 それは……作成とはまた別種の、楽しみの始まりで……。

 ガスコンロから火の気が止み、換気扇の音も聞こえなくなった家庭科室。
 静かな時が流れるこの場所で、大きなテーブルを囲む少年少女たち。
 様子を眺め微笑むのは紅葉。
 熱い想いを語っているはずなのに微笑ましいこの空気が、とても心地よかったから……。
「バレンタイン。今まで毎年渡してきたんやけどな……」
 のり子が語る、今までの思い出。
 押せ押せだったから、一旦引いてみようかなと。義理って書いてある様子に、彼は焦るかなと。
 自分の事を、少しは女として意識してくれているのか……それを、知りたいから。
「っと、ウチの話はこれでしまいや」
 そこまで話した後、のり子は照れたように笑う。それを隠すように、天井を見つめていた視線を月亮に移した。
「な、な、月亮ちゃんの好きな人ってどんな人? おせーて!」
「私? 私は……そうね。好きとはまた、違うと思うけど」
 ティーカップを置いて彼女が語るのは、一人の馬鹿の事。曰く、今年もお返し三倍を狙うのだと。
 彼以外を釣る予定はまだ無いと含ませてはいたが……まだ、にアクセントがついていたのは、一体どういう意味だったろう。
 ともあれ、語り終えた月亮は深龍にお鉢を回した。
「ん、俺? 俺は恋愛とか関係なく、結社の年齢低めの子たちのために作りに来たんだが……そうだ、源真は誰にあげるんだ?」
 しかし、彼自身に語るような事柄は特に無い。
 故に、無意識の内に知り合いである神那に話を振る。
「うちは卒業する先輩方への餞別とか……後は……」
 呟いた後、首を捻る。
 記憶に残るとはいえ、なぜあいつに渡す気になったのか。特別な想いがあるわけではないのに。
 そんな彼女の様子に、深龍が心の中であいつに向けて合掌していたのはさておいて……。
「ん……ちょっと、難しい……」
 最中、月亮の語りを聞いた時から首を捻っていた華音亜が呟いた。
「みんな、義理チョコ、とか……本命とか、言うね……りぁ、そういうの……わかんないの……」
 幼い声音で、紡がれていく疑問。
 耳を傾ける、集った皆。
「でも、……気持ちだけは、いっぱい込めたいなって……思うよ……。だってだって、……大切な、お友達、だもの……」
 不安げだった華音亜。けれど、最後の言葉はとても嬉しそうで……背中を押されたのか、果楠がそっと呟いた。
「……そうだね。大切な想いを込めたんだもん」
 本命も義理も、愛があるか無いかの違いだけど……一生懸命に作れば、伝わるはず。
 宙を見上げながら呟いた彼女は、一息ついた後失敗作を一つ口にした。
「……うえー……」
 その失敗作は不味かったのか、それとも言葉が恥かしくておどけたのか。
 様子は皆に、華音亜を見守っていた時とは別種の、しかし暖かい笑いで満たされる。
 最中、一人視線を彷徨わせているのは幸四郎。
「……愛、ですか」
 呟きは誰にも聞こえる事は無く、彼の心に秘められる。
 それは、姉の事。姉が失敗といって、誰かには渡さなかったチョコレート。
 色々あって、彼は毎年そのチョコレートを完成させようとしてきた。
 完成の目処は未だに見えないけれど……今までのやり取り。そしてこれからのやり取りに、取っ掛かりを得られるかもしれない……そんな、気がしていた。
「……みんな、暖かいです」
 そんな折、千夜呼がポツリと呟き、寂しげな様子に視線が集う。
「チャコ、何もしてあげられないけど、返せないけど……」
 求めているのに。あの人と一緒にいられる事を、願っているのに。
 いつか失ってしまうのではないかと恐怖し、踏み出せない。
 相反する想いに縛られ、ネガティブになってしまう自分……。
「そんなことありません!」
 吹き飛ばすように、夏輝が叫ぶ。
 彼女は自分の想いを言葉に変え、伝えるために紡ぎだす。
「わたくしは、ちょっと正面きって愛を伝えるにははばかられる年齢で……」
 手元には、沢山のネコが描かれた渡せないカード。渡したい、伝えたい想いの形。
 ぼそっと、ロリコンって言葉作った奴許すまじとか、物騒な事をはさみつつ。
「けど、伝えたい想いがあるから……だから、伝えるんです。込める意味に、気付いてくれるはずだから……」
 伝えたいのに、年齢が邪魔をする。
 だから言いませんとの意味も込めたけど……そんな、もどかしい想い。
 彼女の様子は皆に伝播し……各々、自らの想い人との関係を頭にめぐらせて……。
「……私も、まだまだ子ども扱いされちゃうんですよね」
 もっとも、そこまで深刻なものじゃないですけど……と前置きし、空気を引き継ぐひかり。
「だから、早くもっと大人になって、素敵な女性として認められなくちゃ……って、思ってるんですよ」
 私が彼を大好きなように、彼も私の事を大事にしてくれるから……浮かべる表情は、他人にも幸せを分け与えてしまいそうなほど誇らしく……。
「そういえば、琴子さんはどうなんですか?」
 そんな表情を浮かべたまま、ひかりは琴子に話を振る。
 琴子はいきなりの事に驚きつつ、自分に言い聞かせるように語り始めた。
「んー、カレシにお願いされたから……いやいや、これじゃあ……」
 どちらかといえば、独り言に近いだろうか。
 ともあれ、相手が立たないと頭を振って打ち消して、強い意志を込めた瞳を皆に見せた。
「いや、キョーミあるんだ。相手がどんな気持ちで受け取ってくれるのか、とかな」
 それはきっと嬉しい反応。
 笑顔からは、そう読み取れて……。
 広がる笑顔。まだまだ恋人関係ではない者も多いけど、それでも幸せな者たち。
 様子に、夏姫は自分の想いを見つめなおす。
 以前は逆恨みしていたけれど……色々あって、今はわからない相手。
 だから……ちょうど妹が世話になっていることだしと、チョコレートをあげる事にした。
 そんな動機付けしたけれど……やっぱり気になる、相手の反応。
 思い浮かべながら視線を移せば……すでに話題は移り行き、語っていたのは未玲で……。
「実はね、これは恋人に渡すものじゃないんだよー」
 明るい口調に、照れたような笑み。元気な声音で、言葉は紡がれる。
「お世話になった先輩にね……女の人だけど……今年で卒業しちゃうから、今までの恩返しも兼ねて、ね」
 言葉の最後は、やはり微笑みで。
 ついでとばかりに、佳奈芽にも話を振って。
「……えっと、まだ、これが恋なのか、よくわかっていないのですけど……」
 フォークダンスを踊ったり、クリスマスプレゼントを交換したり、初詣に二人で行ったりはしたけれど……けど、恋人ではない関係。
 自分でもよくわからないけど……でも、チョコレートを渡したい相手。
 つかめない、自分の気持ち。
 珠代もまた、そんな心を持て余していて……。
「ほんとの所は、どう思ってるんだろうね……」
 問うたのは、自分の心。
 相手の気持ちは知りたいからと、作ったこのチョコレート。
 告白される可能性は考慮の外だったけど……否。考慮外という特別に配置するほどには、期待しているのかもしれないけど……。
 もどかしい想いを抱える少女たち。
 綾女もまた、別種だけど、自分の気持ちを持て余している。
 色々とお世話になっていて、そのお礼として作りたいと言い聞かせてきたが……やはり沸いてくる、一つの疑問。
(「私は……男女どちらのつもりで接しているのだろう」)
 男のつもりで生きている彼女。しかし、彼の前では本当にそうなのだろうかと……答えが、見つかる日は来るのだろうか……。
「っと、次は俺か」
 続いて話を振られていたのは、宗。
 少し前に出会ったばかりの相手。一目惚れとか、そういう感情だと彼は語る。
「これを送って、気持ちが届けばいいんだが……やはり、緊張するな」
「……そうだね」
 照れくさそうに頬かく宗に、龍麻が相槌を打つ。
 可能性がゼロに限りなく近くても、渡せる機会があるなら渡したいと。龍麻は想いを込めてチョコレートを作成した。
 けれども、もしかしたら無駄なのかもしれないと……弱気になる時もある。
 だから……そう続けようとした時、隼人が言葉を滑り込ませてきた。
「ぶっちゃけ伝えたのだがね。去年」
 二人を見かねたからなのか、自分の経験を語る隼人。
 去年渡した時は、友人関係のまま現状維持となってしまった彼女との関係。
 彼女も結構鈍いし、性質の悪い事に現状がひどく心地よい。
 けれどもすっきりさせたいジレンマ……結局伝えたならば、後は待つしかないのは解っているけど……。
「だから、とりあえず伝えて、後の事は後で考えた方がいいと思うぞ」
「そうかもね……僕も、大切な女性にあげるんだ。そして、もう少し大人になったら迎えにいくと約束するんだ。……まあ、今はまだ、その言葉も言う事は出来ないけれど……」
 他の皆と同様に、玲樹も伝える為にチョコレートを渡す。
 言葉にできない想いも、きっと伝わってくれるから。読み取ってくれると、信じているから……。
 ……チョコレートの欠片に、込められた想い。
 様々な想いが広がって、心に染み入る午後のお茶会は、まだまだ続いていく。
 輪に加わりながら、様子を眺める輪音。彼は暖かな紅茶で喉を潤わせた後、感慨深く呟いた。
「心に抱く想いの欠片と、渡した相手が幸せでありますようにって願う気持ち。ちょっとでも、チョコレートに込めることができたらいいわよね」
 皆が抱き続ける、想いという名の願いを。
 穏やかだけれど静かな炎が灯された、明日に望まんとする者たちが集う、この場所で……。

 ……しばしの後、この宴は終幕し、明日を本格的に迎える準備へと移っていく。
 銀誓館学園の一室で紡がれた、想いをいっぱいに詰め込んだ物語。
 続いていく心の形が、明日にはどのように動くのか。
 願わくば……皆の未来が、幸いである形を描かん事を……。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:22人
作成日:2008/02/13
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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