おじさんの目が笑ってない 〜鶏肉の哀歌


<オープニング>


 ――カラン、カララン……
 カウベルのような軽やかな音を立てて扉が開く。埃っぽい空気に口元を押さえながら、二人の男は店の中へと足を進める。
「昔は随分流行ってたって話なんだけどねぇ、やっぱり時代の流れかねぇ」
「そうでしょうね。通りの先に出来た店が嫌がらせしてたって噂もあるらしいですけど、信憑性のある噂ではないですし」
 冬だというのに額に汗を滲ませる小太りの男を残し、返事をした方の若い男は厨房に向かう。
「やってる内に一度来てみたかったねぇ。近所の人が言ってたじゃないか、ほら……何だっけ、鶏の」
 ――どさりっ
「……?」
 喋っていた男の声が途切れ、床に何か落としたような音。若い男は首を傾げ、厨房から顔を出す。
「――さん、どうかしました…………!?」
 貼り付けたような笑顔を浮かべる老紳士、床に倒れ伏す知人の男、そして眉間に迫り来る鶏の足。
 それが彼の目に最期に写った物のすべてだった。

「押忍! みんな集まったみたいね。早速だけど……食べる?」
 そう言って運命予報士が勧めたのは、大皿に山盛りになった鶏のもも肉。こんがりとグリルされていて、香ばしい香りを教室中に漂わせている。
 食欲をそそられた数人が手に取り齧り付くのを見、何故か複雑そうな表情をしながら尾花沢・水夏(高校生運命予報士・bn0088)は事件の説明を始める。
「郊外の潰れた鶏料理店の空き店舗に地縛霊が現れたわ!」
 ……鶏料理?
 怪訝な顔でチキンレッグを口元から離した者達を余所に、予報士は言葉を続ける。
「既にテナントの下見に来た2名の一般人が襲われてリビングデッドと化している。これ以上の被害を出さないために、早急に退治をお願いしたいの!」
 地縛霊は恰幅の良い白髪の老人の姿をしている。
 品のいい真っ白なスーツに携えた黒い杖、老眼用の眼鏡。 その外見的な特徴から、霊はこの料理店の店長だった人物だと思われる。
 生前はその穏やかな笑顔と優しい人柄から近隣住民にも好かれ「おじさん」と親しみを込めて呼ばれていたが、ゴーストと化した経緯からか霊になった今は、常に口元に笑みを浮かべてはいるもののどうも目は笑っていない。
 夜中に子供が見たらトラウマものね、と緩く頭を振りながら、水夏はおもむろに焼いたチキンレッグの一つを手に取り
「地縛霊はこのチキンレッグを周囲の全ての敵に投げつけて攻撃してくるわ。鶏の足っていっても射撃詠唱兵器と同等かそれ以上の威力を持つから要注意よ!
 それにしても怖い笑顔に痛いチキンレッグ……暫く鶏肉が食べられなくなりそうだわね」
「じゃあなんで今食わせたんだぁぁぁぁ!!」
「だって実物を見た方が話が早いでしょう!?」
 水夏は抗議の声を「それから!」と強引に打ち切り、リビングデッドは大振りの包丁を持ち、地縛霊の範囲攻撃で弱った者を攻撃してくる、と説明する。
 なお、廃屋のため滅多に近付く者はいないが、念の為潜入は夜間にした方がいいだろう。店内へは店の裏手、建付けの悪いドライブスルー用の窓を外して厨房から入ることができる。
 地縛霊は入口にかけられたドアベルを鳴らすことで姿を現わす。
 戦場は狭い厨房を除き、横幅が5人並べる程度、縦は20m足らず。遮蔽物や障害物は無い。

 戦闘に必要な説明を終えると、予報士は地縛霊の生前の様子を語る。
 老人の名は「兼(かねる)」氏。その町で長く鶏料理専門店を営んでいたが、近年は有名ファーストフード店やファミリーレストランの進出により経営が傾いていた。
 しかし何とか起死回生をと躍起になって働く内に病に倒れ、無念の内に亡くなったという。
「料理人が自分の作った料理で人を傷付けるなんてこと、正気なら望むはずがないわ。どうか、彼を怨みから解放してあげて」
 行ってらっしゃい、と力強いエールを能力者達へ贈ると、水夏は
「……行く前にもう一本食べ」
「食うか!」
 山盛りのチキンレッグの処理にちょっと困った様子だった。

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参加者
耶依・俊伎(焔影・b11586)
綾霞・イシュタル(日華月彩・b16960)
阿門・源夜(梟頭蛇尾の悪魔・b21774)
小坂・鈴香(誰がために鈴は鳴る・b29437)
白銀山・丹羽(玉鋼真珠・b32117)
白峰・姫乃(白銀の刃を纏う少女・b32455)
シオン・アンダーグラウンド(銀色の死神・b35880)
シャル・ハイド(ランプブラック・b36925)



<リプレイ>


 闇にふんわりと漂う美味しそうな匂い。
 閉店した鶏料理店の近くでそんな香りがするワケは、戦いの前の腹ごしらえにとシオン・アンダーグラウンド(銀色の死神・b35880)が食べている鶏もも肉の唐揚げのせい。チキンレッグで襲いかかる地縛霊の笑顔は怖いと聞いたが、肝の据わった彼にそんなことは関係ない様子。
 そんな彼を、白峰・姫乃(白銀の刃を纏う少女・b32455)は桃色の瞳を細めて見つめる。何も言わず参加したのに、まさか同じ依頼に彼が参加しているとは思わなかった。
「……でも、いてくれて助かったわ……頼りにしてるわね?」
 小首を傾げて言う彼女に、シオンもしっかりと頷く。
「できることなら、生前に客として、お会いしたかったです」
 唐揚げを横目に見ながら、鶏料理が好きなシャル・ハイド(ランプブラック・b36925)がぽそりと呟く。
 一方で人知れず溜め息を吐くのは阿門・源夜(梟頭蛇尾の悪魔・b21774)。
「(鶏肉か……ほとほと縁があるみたいだけど……。はぁ……)」
 何やら『鶏肉』というワードに思うところあるらしく、店の看板に描かれたニワトリの絵を見て、手加減などしてくれるものかと地縛霊への思いを強くする。
 荷物から家屋侵入の7つ道具を取り出す白銀山・丹羽(玉鋼真珠・b32117)。バレンタインの日喧嘩した先輩との仲直りに――と同じ依頼に参加しようとしたのに、出発してみれば参加していたのは自分ばかりで。
 これもみんなゴーストのせいなんですね、と瞳に逆恨みっぽい炎を宿しつつ、程度の確認がてら錆び付いた窓枠を力を入れて押し上げてみると、少しの抵抗を見せたものの意外なほどあっさり外すことが出来た。
 覗き込んだ店内は窓際に僅かに月明かりが差すだけで、冷たい闇に包まれていた。
 腰のベルトにカンテラ型の明かりを揺らしながら、綾霞・イシュタル(日華月彩・b16960)は周囲を警戒し慎重に店内へと身を踊らせる。
 店内に入ると小坂・鈴香(誰がために鈴は鳴る・b29437)は持参した懐中電灯を置く場所を探す。
「……は。高い……」
 蜘蛛の巣の張った神棚に目星をつけたが、小柄な鈴香の背ではなかなか届かない。難儀している彼女に、人数分用意したヘッドライトを配っていた耶依・俊伎(焔影・b11586)が手を貸し、懐中電灯は無事神棚の上におさまった。
 小さな明かりも人数分集まると結構な光量になる。イグニッションを済ませ、出入り口の付近に配置する。
 全員の準備が整ったのを見ると、源夜はドアの上に吊るされた古びたドアベルを見上げる。
「さ、準備良し。気を引き締めて行きますよ」
 頷き返す仲間達に目で合図し、ドアベルを指で弾く。

 ――カララン……カラン……

 鈴の音が収まり、その余韻も消え去った時。
 ぶわり、と闇よりなお濃い禍々しい気配が膨れ上がる。
「ふむ、確かにアレは見た目怖いよなぁ……。アルカイックスマイルとでも言うたらええのか…いや…、何かちゃうな」
 明らかに企み顔っぽい感じやし、と呟く俊伎に、どちらかと言うと憤怒を隠している表情のように思うが、と真顔で返すシオン。
「ところで、ご老人のファーストネームは「三駄須」だったりするのでしょうか?」
 姿を現わした白い正装の地縛霊も大きな包丁を携えたリビングデッドもノーコメントのまま、戦いは幕を開ける。
 源夜は魔弾の射手を発動する。掲げた武器の前に現れた力ある魔法陣の光が、改めてゲンナリしている源夜の表情を照らす。
「……地縛霊、予想より怖いですね」
 気持ち後退りながら、森羅呼吸法で気魄の力を蓄える鈴香。鈴香の手の中にある鈍器も、それなりに怖い。
 丹羽の色んな思いを込めた叫び声と共に解き放たれた夢の力が仲間達を包み込む。護りの力に包まれながら、イシュタルは前線へと向かい
(「うわぁ……笑ってるけど目は完全に逝っちゃってるよ」)
 思わず敵から目を逸らしかけつつも、森羅の息吹を胸に吸い込み意識を集中させる。
「あらあら、今夜の夢見が悪くなりそうです」
 喜びを伴わない虚ろな笑みの地縛霊に肩をすくめながら、左方のリビングデッドへと向かっていくフランケンシュタインにゴーストガントレットを装着させるシャルの表情に、けれど動じた様子は無い。自身のお爺様の大切な茶器を割ってしまった時のあの笑顔に比べれば――と、ついその表情を思い出してしまい、背筋がぶるりと震えた。
 能面のような笑みを湛える地縛霊が音も無く黒い杖を振りかざした。直後、宙に現れた鶏肉の足は勢い良く能力者達へと降り注ぐ。
 見た目よりも強力な衝撃に、柊・小雪(月長石・b27572)の赦しの舞で癒されながら表情を歪め、俊伎は右方のリビングデッドへと間合いを詰める。
「さてシオンはん。あっち、押さえに行くで」
 前を見据えたシオンが開幕だな、と詠ったのは、勇ましい活劇の幕か、喜劇の幕か、それとも。シオンは白燐奏甲で力を高め、俊伎は鋭い呼気と共に黒いオーラを纏った大鎌を振り下ろす。大きく貫いた胴から、俊伎の体に力が流れ込む。
 辺りに散らばったチキンレッグの幻影に眉を吊り上げ、姫乃は長杖を構える。
「……料理人の地縛霊……食べ物を粗末にして料理人失格!」
 杖の先端から放たれた炎の弾丸は老人の杖に勢いを殺され、純白のスーツに焦げを残すに留まった。
 老人の笑顔と裏腹に絶望を瞳に宿したリビングデッド2体は刃を振り上げ、近くに居たイシュタルとシオンに斬りつける。痛みに小さく声を漏らしたが、二人は怯まない。
「鶏肉! 鶏肉! 鶏肉ぅぅぅっ! 砕けろーーっ!」
 気合が篭もりまくった水刃手裏剣は真っ直ぐに地縛霊へと突き刺さるが効いているのかいないのか、貼り付いた笑みが剥がれることはない。
 鈴香の猛々しい獣の姿勢から放たれた見えない攻撃が地縛霊の鼻先で弾け、吹き飛ばされこそしないものの身体が傾いだ隙を見逃さず丹羽が繊細な造形のエンゲージリングから衝撃波を放つ。
 丹羽、密かに思っていた。おじさんが36人いたらどうしようかと。そのこころは――兼・3ダース。 口に出していたら、座布団没収は免れなかっただろう。それはさておき。
 呪われた弾丸で地縛霊を撃ち、シャルは静かに命令を告げる。
「さ、ムル。叩き潰してしまいなさい」
 「Yes Mam!」くらいのことを言ってくれれば良いのに、と主人が無茶な希望を夢見ていることなど知らずに、フランケンシュタインはリビングデッド2体と地縛霊に強力な電撃を放つ。
 あんな笑みとも呼べぬような笑顔、いっそパイでも投げつけて見えなくしてやろうか、と思いながらイシュタルは獣の力を宿した長剣をリビングデッドに振り下ろす。
 鶏足の雨が再び降り注ぐ。能力者全員を襲う範囲攻撃は、護ると誓った彼女へも等しく襲いかかって。剣で払い損ねた重い一撃をその身に受けながら、シオンは相変わらず澱んだ笑みを浮かべ続ける地縛霊を睨めつけ奥歯を噛み締める。
 蓄積されるダメージを追いかけっこのように清らかな舞が癒す。連携してリビングデッドを、と思っていた俊伎は、更に前へと走っていったシオンに目を見開く。作戦の認識に齟齬があったようだが、仕方ない。リビングデッドに一対一で向き合い、黒影剣を放った。
「そんな笑顔ではお客さんが逃げていくぞ?」
 凝縮した妖気を武器に込め、シオンが地縛霊に紅蓮撃を叩き込む。炎の攻撃を追いかけるように勢い良く放たれた姫乃の魔弾が、地縛霊の体を炎で包んだ。
 小太りのリビングデッドが振るった包丁がフランケンシュタインの腹を薙ぐ。右方、俊伎に対峙したリビングデッドの一撃はすれすれで受け止め、ダメージを抑えることに成功した。
 止まぬ鶏肉攻撃に視線を尖らせながら撃った水の手裏剣は地縛霊に直撃する。
 森羅呼吸法で溜まったダメージを癒しながら、鈴香はぽつりと。
「……兼さんは楽しくなるとついやっちゃうんでしょうか」
「いや、それは次に出てくる白塗りの怪人やろ」
 多分そんなことはないし手を上げてポーズする怪人も出るとは思えないが、俊伎の言葉に鈴香は納得する。
 地縛霊と右方のリビングデッドの軌道が重なる。丹羽はすうっと息を吸い込んで
「何笑っとるんじゃー!」
 エンゲージリングから迸る乙女の純情、もといナイトメアの軌跡。
「避けないでくださいね。弾が無駄になってしまいますから」
 悪夢が貫いた地縛霊の身にシャルの穢れの弾丸が叩き込まれる。
 フランケンシュタインの拳とイシュタルの双剣がリビングデッドを穿つ。リビングデッドが崩れ落ちる刹那、チキンレッグが襲い来て
「ぐ……っ!」
「シオン君!」
 高速のチキンレッグがシオンの額へと叩きつけられる。勢いで仰け反るような姿勢になりそのまま倒れかけたが、何とか踏み止まり強い眼差しでゴーストを睨む。小雪の祖霊降臨で体力を取り戻しながら、シオンはぐしゃりと潰れレンズの割れたヘッドライトを床にかなぐり捨てた。
「むぅ……、やっぱ結構ダメでかいんやな……」
 旋剣の構えをとりながら、眉間に皺を寄せる俊伎。鶏足のくせに反則のように強かった。
「全く、もったいないことをする」
 足元に転がるチキンレッグを一瞥し、封術の解けたシオンは更に紅蓮撃の一撃で地縛霊を追い込む。姫乃の炎の魔弾も鋭く射出され、老人の笑顔を掠めた。
 生々しい傷をつけてまで地縛霊の援護をするリビングデッドの攻撃。その刃も三度目は掠り、防がれ、二体のゴーストの間をすり抜ける水刃手裏剣は地縛霊を真っ直ぐに射貫き、獣の咆哮のように老人を直接襲った牙道砲が、その存在を闇に葬った。
 一番の脅威を切り取った後の戦闘は苦戦することはなかった。地縛霊の攻撃に当たっていた能力者達が全力で掛かり――
 数分の後、二体のゴーストは二つの肉塊へと帰し、鶏料理店に巣食った禍事は全て消え去った。


 リビングデッドの死体にカモフラージュを施してから、能力者達は先ほど入った窓から撤収する。
 窓を元に戻しながら、丹羽は仲間達を振りかえり何気なく呟く。
「一仕事終わると、なんだかおなかがすいちゃいますね。ちょっと何か食べたい感じ」
 たしかに、と頷いた能力者達は、丹羽がぽつりと付け足した「鶏とか」の言葉に瞬時に固まる。
「……あ、あはは……鶏肉は疲れますよ……」
 もう鶏肉は懲り懲り、という表情の源夜、暫くの間はチキンレッグを食べるのは控えようかな、と思っていたイシュタルも頬を引き攣らせて首を横に振る。
「ねえ……やっぱり、しばらく鶏肉は食べれそうにない?」
 同じく当分見るのも嫌だと思いながら訊ねた言葉に、何人かの能力者はしみじみと、或いは勢い良く頷いた。
「でも、此処んとこ食ってへんかったし、なんかたまに思い出したように食いたくなる味なんよなー」
 明るく笑いながらそう言う俊伎の言葉に、鶏はともかく今夜の労いにどこかに食べに行こうと皆を誘う。夜間ではあるが、探せば開いている店もあるだろう。小雪に問い掛けるが、初めて訪れたこの辺りの地理に彼女が詳しいはずもなく、とりあえず希望を述べる小雪。
「注文を受けてから作る事で有名なハンバーガーの……」
 ああ、と相槌を打つと、能力者達は店探しに歩き始めた。
 冷たい風吹く冬の夜空を見上げていたシオン、鶏の水炊きでも食べて温まろうか、と思いながら、仲間達に呼びかけられ視線を戻す。
「正直、鶏肉よりも恰幅の良い白髪の老人にトラウマができてそうですね……」
 白い溜め息を吐きながら、鈴香の憂鬱そうな呟きをその場に残し、能力者達は静かになった鶏料理店を後にした。


マスター:にしうり 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/02/29
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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