The Ripper


<オープニング>


 霧が――否、濃霧が辺りを覆っていた。
 数メートル先すらも、曖昧にぼやけさせる霧。それが何時からの事なのか、彼女は覚えていない。
「こんな街中で、濃霧だなんてさ……」
 ぶつくさとぼやきながら、角を曲がる。
 慣れ親しんだ近道だ。例えほぼ、風景を視認するのが不可能な程の霧の中だとしても、幾つめの角を曲がれば良いかなど、考える必要もない。――だが。
「……え?」
 見覚えの無い壁に突き当たり、彼女はぱちくりと瞳を瞬かせる。
「変ね……こんな所に壁なんて……」
 いや、それは寧ろ、行き止まりだ。何の変哲も無いブロック塀がその両端とも、直角に自分の歩いて来た側に向かって切り返されているのを確認し、彼女は踵を返す。
 道を間違ったのだろう。それ以外に無い。だが……確かに自分は。
 そこで、思考は途切れた。喉笛を抉る熱さと、氷のような鉄の感触に背筋が震える。
 声は出ない。目の前には長身の、黒いコートを羽織った人のシルエットがあった。
 そして突き出す右腕、引き抜かれるその指先には、返り血にぬめる大型の剃刀があった。
 膝を折り、正座するような姿勢で崩れる。そのままに揺らいだ背と後頭部がアスファルトを叩くが、あまりの些細さに痛みも感じない。
 そして、急速に薄れる意識の中、彼女は己の腹部にぶつ、と。
 水風船を割るような重い水音を聞く――。

「さて……依頼だ」
 教室に集まる能力者たちを見渡し、口を開く戸塚・薙(高校生運命予報士・bn0047)。
「今回君達に向かって貰いたいのは、とある街の裏路地だな」
 そこに現在、地縛霊が出現しているらしいのだと、彼女は語る。
「そこは地元の人間からは、良く近道として利用されているようだ。しかし慣れなければ少々迷いやすく、少しばかり時間をずらせば……つまり、犠牲者の出た時間帯では、人通りは皆無に近い」
 今までの犠牲者は4名。恐らくは、この地縛霊が居る限り、同様の事件はひそやかに、しかし確実に起こり続けるだろう。
 早急な対処を願う、と彼女は能力者たちに告げる。
「さて。地縛霊の攻撃手段だが……、これといって特殊なものは存在しない」
 あっさりと告げられた言葉に、緋月・涼(高校生魔剣士・bn0011)は珍しい違和感を感じた。
 それは告げた薙の表情が、あまり歓迎できたものではない、苦いものであったが故か。
「だが……、ただ特殊能力で押して来る相手の方が、厄介事が少なくて良かったのかもしれんな」
 そしてその違和感は、すぐに当人によって肯定される事となる。
「地縛霊は出現条件となる深夜、テリトリーに侵入した相手を特殊空間内に閉じ込める。これは密度の高い霧が発生する空間で、3、4メートルも離れれば相手の正確な姿を見る事すら困難となるだろうという強力なものだ」
 特殊空間内の地形は、迷路のように入り組み、交差した通路の群。
 その道幅は共通して約4メートル。2、3名が横並びで戦う事が出来る程度と彼女は語った。
「ここまでを踏まえて聞いて欲しいが……この地縛霊の特徴――いや、厄介さは、その戦闘方法が奇襲と一撃離脱であるという、その一点に存在している」
 霧に紛れ、抵抗する者が多ければ一度退き、もし自分がかなりの損害を受けているなら回復の時を待って、再び忍び寄って来る。
 狙うのは主に弱い者。体力の少ない者。そして、それに優先して女性を。
 それが地縛霊の持つ習性であると、薙は告げる。
「なるほど……な」
 呟きを漏らす涼。しかし彼は不意にくすりと、苦笑を漏らす。
「それにしても、だ。……その容姿を聞くだに、思い出す物がある」
 ――まるで、かの切り裂き魔のようではないか、と。
「では、この依頼を君達にお願いしよう。……くれぐれも、油断はしないように」
 そして、薙は能力者たちを送り出す。

マスターからのコメントを見る

参加者
竜胆・螢(夜闇に灯を燈す黒鱗の火竜・b02371)
七神・沙斗美(緋色の巫女剣士・b02922)
真神・炎鬼(巫女を護りし弐刀の剣聖・b03642)
羽角・ひなた(陽光の調べ・b17388)
鳳・紅介(エクスプロードグラヴィティ・b21282)
久遠寺・彩華(記録者・b21625)
烏森・メジロ(いつか月に行ってみたい・b26804)
一・楪(赫きネトル・b30921)
NPC:緋月・涼(高校生魔剣士・bn0011)




<リプレイ>


 乳白色の、闇。それは言うなれば、そんなようなものだった。
 わずかな照明、しかし深い霧に乱反射しているためか、深夜の裏路地といえどそう暗くはない。
 だが、視界はひどく限られていた。隣に立つ仲間の輪郭さえも、おぼろに見える。
「わー……本当に真っ白ー、なぁーんにも見えないのね」
 いつもはワクワクなんだけど、今日はドキドキするのね……どうしてかな? と首を傾げる烏森・メジロ(いつか月に行ってみたい・b26804)。
「確かに凄い霧ですわね……これなら、例え離れた正面に誰かいてもわからなそうですわ……」
 久遠寺・彩華(記録者・b21625)の呟きに、肯く鳳・紅介(エクスプロードグラヴィティ・b21282)。
 9人の能力者たちは注意深く辺りに警戒を払いながら、地縛霊の特殊空間内へと踏み入る。
 この――視界の悪さが、今回相対する地縛霊の特殊能力であった。
 敵はこの霧に紛れて、弱い者を順に狙いながら一撃離脱を繰り返す……、それ唯一でありながら十分な対策を要する、強力な障壁。
 追うにしろ、誘うにしろ。詰めなければ勝利は無く、孤立すれば危険に過ぎるのだ。
「深い霧……確かに厄介だな。けど……」
 そして竜胆・螢(夜闇に灯を燈す黒鱗の火竜・b02371)は続けた。
 ――気に入らないな。女性を、弱者を狙おうってその根性、叩き潰してやる。

 湿り気を帯びた大気に、足音が染み込む。
「緋月先輩、この間はご心配をお掛けして申し訳ございません。今後は気負いすぎない様気を付けますので今回もよろしくお願いします」
 緋月・涼(高校生魔剣士・bn0011)にそう告げ、チームを組んだ二人と合流する七神・沙斗美(緋色の巫女剣士・b02922)。
 彼等が採った作戦とは、3名ずつの班に分かれ、全周囲を警戒しながら地縛霊の襲撃を待ち構え、包囲するといったものである。
 無論、互いの位置は声の掛け合いやロープといった物で、一定間隔を保っている。
「濃霧に身を隠したり弱そうに見える女性ばかり狙うなんて、なんだか卑怯な感じ!」
 霧の中、警戒を払いながら、言うのは羽角・ひなた(陽光の調べ・b17388)。
 たしかに、卑劣――されど、効果的である事は疑いようも無い。
「さて……何処から、来るのか」
 涼は刃を引き抜きながら、霧の中に眼を凝らした。
 地縛霊が優先して襲うだろう女性、そして体力的に劣る者。それらは概ね涼の居る班にと集められていたが、それは囮をなすというほど尖った配置ではない。
 全員が突然の襲撃と、そして他班の戦闘の気配をいちはやく知るために、感覚を研ぎ澄ませる必要があった。
「月も照らせぬ霧の夜、舞うは刃か何者か……存外に風流ではありませんか。わたくし、そういうのは嫌いじゃありませんわ」
 一・楪(赫きネトル・b30921)が呟く。日本人形のように佇みながら。
 そして静かに、じりじりと――時をすり潰すかのような戦いは、その幕を開いた。


「何だか、ぐるぐるして来たんだね……」
 複雑に折れ曲がり、交差する道。
 閉ざされた空間自体はそう広い物でもないのだろうが、細い道に区分けられ、代わり映えのしない風景に幻惑されるその路地の群れは、まるで迷路のようである。
「こんな所で、もう4人か……」
 舌打ちをする真神・炎鬼(巫女を護りし弐刀の剣聖・b03642)。
「早く倒さないと被害がヤバイな」
「うん……。もう、犠牲になってしまった人たちは戻らないけど……」
 だから、これから先にしか関われないなら全力で関わろう、と、紅介は拳を固める。
「……?」
 ふ――と、足を止めるメジロ。
 この霧の中では視覚はそう役には立たない。
 故に耳を澄ませ『音』に注意を払う、というのは間違いではない。
「どうした、メジロ」
「今……何か聞こえた気がしたの」
 そう、かすかな――鎖の音色が。

 ――来た、か!
 螢にその判断をもたらしたのは、やはり音。
 ねっとりと湿る空気を裂いた、僅かな風切り音に反応し、螢は沙斗美を庇うようにして動く。
 そして数瞬遅れ、沙斗美もまた動いた。
 遅れた理由は明白である――その一撃は果たして本当に、自分を狙っているのかどうか。
「……っ!?」
 詠唱兵器を纏いながら、後退する彩華。
 意図的にイグニッションをしないままで居たのか。無論の事、身の危険を感じれば自動的に起動は行われるため、普通の状況ならばそう大きなデメリットは無い、が。
 ――なんて事、損害が大きすぎますわ……。
 知覚・反応速度その物も非起動状態では制限される以上、索敵に難がある状況では、それは棒立ちで攻撃を受けるのと同じ事である。
 また、彼女ら三人は、三班中唯一拘束アビリティを持たない班。
 作戦上、あえて此処に敵を引き寄せる理由は、皆無な筈なのだが……。
「ち、ぃ……!」
 螢が紅蓮撃を振るう。火炎を纏った斬撃は、黒コートの地縛霊を横薙ぎに薙ぐ。
 そして彩華を庇うように前に出ていた沙斗美は赦しの舞を舞い。
 祖霊降臨を用いながら後退する彩華に、その二人をすり抜けるようにして地縛霊は更に剃刀を振るって来る。
 初撃の痛打が悔やまれる程に残るか――やはり、回復量が及ばない。
 そして弱者狙いの習性を持つ地縛霊が、他の標的に気を取られる事も無い。
 削り切られるのか……そう覚悟した瞬間、他班からの援護は届いた。
「間に合った……!」
 紅介のクロストリガーが、地縛霊を穿つ。
 その隙に退避する彩華と、地縛霊を紅蓮撃で追う螢。
 そしてメジロは祖霊降臨を活性化して来なかった事を悔やみつつ、成り行きを見守る。
「む、退くのか」
 雷の魔弾を、しかし味方撃ちの愚を冒さぬよう狙いを付けるのに手間取り、見送った炎鬼の呟き。
 かくして、地縛霊との一度目の遭遇は、能力者側に少々の痛手を与えただけに終わる事となる。
「くっ……!」
 咄嗟に誰かが仕掛けたものか、ちりちりと鳴る鈴の音を牽きながら、逃走してゆく地縛霊。
 それを反射的に追おうとした螢を、沙斗美が引き止める。
「追う、んですの……? この霧の中、孤立するのは危険ですわ」
「……くそ。これで、振り出しか」
 再び、地縛霊は回復の時を置き、向かってくるのだろう。
 仕切り直し。とはいえ、特殊空間以外には一切の特殊能力を持たない地縛霊に対し、このような取り逃がしが続けば能力者側に不利であった。
「何処かに誘い込むというのならば、また話は変わるのだろうが」
「やっぱり拘束アビが決まってくれないと、決め手とはならないのね……」
 メジロの言う通り、能力者側に存在するアビリティの使用回数は、限られている。


「鈴はどうやら、付いたようですわね」
「さて……そんな物を何時まで付けていてくれるか、だがな」
 楪の言葉に答える涼。過信、どころか無い物として考えた方が良いとまで言い切る、涼の言葉に彼女はわずかな反感を覚えるが、考えてみれば道理。
 急ごしらえの鳴り物など、外れぬにせよ何時壊れるか知れたものではなく、またそれを当てにしては警戒が鈍る。
 結局の所、人壁によって逃げられぬよう取り囲むまでは、安心など出来ないのだ。
「……そろそろ、来るかな」
 既に待ちの時間もかなり長く、ひなたが呟く。
「そうですわね。……そろそろ」
 そして、今度こそと楪は応じた。――此方を狙って。

 狙われる場所がほぼ確定であるのなら、防御に迷いは無い。
 冷えた金属音と共に、涼は楪へと振るわれた剃刀を刃で弾いた。かすかな銀粉が舞う。
「お願い、大人しくしてて……!」
 そして、ひなたの歌い上げるヒュプノヴォイス。待っている内に使っておいたリフレクトコアの残り時間は心許ないが、未だ彼女の周囲を輝く八面体は舞ってくれていた。
 実際のところ、はっきりと言ってしまえば、この班以外が地縛霊の襲撃を受けた場合、包囲が完成する可能性はきわめて低い。
 それは彼らの作戦が多分に拘束アビ依存でありながら、ひなた以外に信頼性の高い拘束アビを活性化している者が皆無であるという一点に尽きた。
 ……別に、それはそれで良い。
 やり直しの効く戦いで、少なくとも成功へと至る途が一つあるのであれば。
「効いた……!」
 その場に片膝を折る地縛霊を霧の中に見て、ひなたの心拍が高まる。
「今のうちに、包囲を――」
「ええ、そう何度も消えられては大変ですもの……畳み掛けますわ」
 地縛霊を追い抜くようにして、その退路を封じる楪と涼。一度、リフレクトコアを掛け直したひなたがそれに続き、がら空きになった反対側の路を、駆け付ける6名が封じる。
 それで、包囲は完成する筈であった。特殊空間内の地形に関して彼らは探索を行っていないため、はじめから前方に回り込むというのは不可能である。
 だが――。
「さあ……今度は逆に、女の子に追い詰められた気分はどう?」
 ここまでで、地縛霊を撃破する、前提条件。
 その逃走を妨害する膳立てが整ったに過ぎない。


「一人回り込め! 楪の危険度は、そう変わっていない!」
 そこが陥ちれば再び逃走が可能となる。ゴーストアーマーを纏うモーラットピュア、橡がその前には立ち塞がるも、元々の楪の耐久力を考えればやはり心許ない。
「俺の後ろに居ろよ、メジロ」
 雷の魔弾を放つ炎鬼。しかし、やはりと云うべきか、俊敏な地縛霊を相手に迸る雷光は命中精度の悪さを露呈し。
「絶対、ここで止めなきゃならないんだよ!」
 地縛霊の前へと躍り出た紅介は、クレセントファングの一撃を放つ。
「もう……貴方の命運は尽きていますのに」
 そして、地縛霊を真正面から見据えながら、楪の放った穢れの弾丸。
 涼と沙斗美が合わせたダークハンドに削られて、ぼろぼろになりながらも、しかし地縛霊は未だ立っていた。
 更に、右手に握られた剃刀を振り上げる。
 だが……それは螢の手によって抑えられ、最早振るわれる事も無く。
「男はなぁ、女子供を守ってこそ男なんだよ。弱い者ばかり狙う卑怯者に、負けてたまるか!」
 そのまま真横にと繰り出される紅蓮撃の一閃が、地縛霊を文字通り、砕く。
 砕かれた残滓は霧のようにして溶けた。
 そして、周囲を覆う濃密な霧も、それが嘘であったかのように急速に晴れてゆき、暗く夜の闇へと沈む裏路地に、彼ら9人は気付けば立ち尽くしていた。
「ここでわたくしたちに会ったのが運の尽き、でしょうか。伝説のジャックさんのようにはいきませんでしたわね」
 ふ、と瞼を伏せながら、楪が云う。
 螢は、自らの力を確かめるかのように、握り締めた拳に視線を落とした。
「……終わったな」
「ああ。これで今後一切、こいつの事件は起きないだろう」
 呟いた涼に、答える炎鬼。
「……あれ? 立てないのね?」
 不意の声音に振り返れば、そこには座り込んだままのメジロがいる。
「歩けないから、おんぶして欲しいの……」
「何だ、腰が抜けたのか?」
 苦笑する能力者たち。漸くにして落ち着いたような表情を見せながら、彼女を背負い。
 彼らはそれぞれの家路についたのだった。


マスター:Redmoon 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/03/05
得票数:カッコいい23  知的2 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。