<リプレイ>
●港のある風景 風は海からやってくる。いつでも穏やかにというわけにはいかずとも、風はいつでも町に新しい空気を運んでくる。時には遠い異国の匂いと共に、時には雪をはらう暖かさと共に。 「……いい風」 シルビア・カーマイン(中学生フリッカースペード・b04939)はすぐ向こうに広がる海を眺めた。港を渡る潮風にふわりと金の髪が揺れる。ゴーストになってしまった少年もこんな風の中で何かを待っていたのだろうか、と思えば心地よいはずの春風も少しばかり淋しい。 「風を待つお祭ね……」 振り返れば氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)の目には色とりどりの風車。一斉にからからと回る音はまるで風の言葉のよう。格子に組まれた竹垣にはすでに何千もの風車。そこに『惨劇』は似合わないと雪那は思う。 「……安全を願うものが危険を呼ぶなんて皮肉なものね」 久峩・亜弥音(茶狂・b04140)も小さく溜息をついた。悪い風ならば早く止んでもらいたいのが人情というもの。ましてゴーストが呼ぶ風ならば……。 「……地縛霊とはいえ子供を相手にするのは気が引けるな」 七夜月・黒刀(漆黒の悪魔・b05903)は赤い風車についと指を当てた。指先にかさりと小さな音がしてその風車だけがぴたりと止まる。ほんの少しだけ歪んだ形をしているのは子供が作った故だろうか。今回倒すべき少年も在りし日にはこうした物を幾つも作ったことだろうに。 「でもあの年頃の子供のまま、他者の死を重ね続けるのはあまりに哀れ……」 日浦・一刃(壁の陰でも闇纏い・b16587)の呟きにも切実な響きがあった。やりきれない思いはどちらにもある。早く鎖を断ち切ってやることが唯一の道だとわかっていても、殺すことが楽しくなるわけではないのだ。 「辛いことです……」 雛森・イスカ(高校生魔剣士・bn0012)はそっと目を伏せる。子供に刃を向けることも、子供が罪を重ねていくのをみるのも何もかもが辛くなるのだ。ただ、銀の雨がほんのひとしずく降るだけで。 「……やりきれない思いはありますが、死者が生者の命を奪って良い事にはなりません」 遠山・樹(縁側で日向ぼっこ・b22681)は決然と言いきる。不幸な事故で亡くなった子供。ゴーストに殺されてしまった子供達。彼らが楽しみにしていた筈のお祭りが血に汚されるようなことは、決して起こしてはならないのだから。
再び海からの風が吹いた。からから、さらさらと風の花が回る。 「……この先の岩場にいるのね」 月影・絢(祝詞の言霊師・b39247)の目は港の端の岩場へと向けられている。能力者達は一斉に回り出した風車に背を向け、四戸・日輝(熾徒・b02492)が慎重に人目につかないコースを選ぶのに歩調を合わせて『現場』へと向かった。 早朝の活気もひとまず収まった港に、光と風とが暖かい。
●風の殺意 波に洗われた岩は滑りやすい所もあったが、足まわりを工夫してきた者達にはさほどの苦労はなかった。コリン・シアーズ(魔弾候補生・b38657)は靴の紐を縛り直すと、改めて岩場を見回した。予め地形を調べようとは思っても、現場に近づけばゴースト達は姿を現す。 「……いました」 黒っぽく濡れた岩に赤い風車はよく目立つ。止まることを忘れてしまったかのような風車。それに対抗でもするかのように能力者達もまた戦人へと変貌する。 『………』 赤い風車の男の子が呟いた言葉は、彼の生み出した強大な風がかき消した。魔狼のオーラを身にまとい先陣を切った亜弥音、日輝、一刃を押し戻そうとでもするかのような風だった。 「……確かに強い……」 一瞬で彼我の距離を測ったシルビアの周りをリフレクトコアが回り、コリンは輝く魔法陣を描き出す。いつの間にか他の子供達もわらわらと岩をよじ登ってきており、ぶわりと強い風が能力者達の行く手を阻む。 「ごめん……。倒させてもらうわ。これ以上同じ事を繰り返させないようにね」 絢は仲間達との距離と敵との間合いを測りつつゴースト達に言葉をたむけた。皆の回復にも敵の位置を見るのに最適の場所を探しながら。5体の子供達も次々に風を飛ばし始める。縦横無尽に吹き荒れる風はコリンを吹き飛ばし、シルビアを傷つけ、樹、絢にまで及んだ。狙いが1人にしぼられなかったのがせめてもの救いである。 「♪♪♪〜」 場違いな程に静かにシルビアは癒しの歌を紡ぐ。吹き残る風の音に今にも紛れてしまいそうなのに彼女の声はよく通る。イスカも治癒の符を生み出すと重ねて攻撃を受けた仲間に飛ばす。 「こちらを!」 亜弥音の両の手にナイフが閃く。狙うのは最も手近にいた子供。小学校の中学年くらいだろうか。朝の光を反射するそれは銀色の三日月にも似た輝きで。対照的に漆黒の闇に包まれたのは雪那の長剣だった。 「……眠らせてあげなくちゃね」 これ以上悲しみを広げないために……。闇色の一分の躊躇いもなく同じ敵を斬り伏せる。剣から伝わる生命の暖かさは与えた傷が深い証。彼女の闇が霧散するよりも早く今度は火焔の弾が子どもの体を突き抜けていく。ぐらりと大きく子供の体が傾いだ。その子の消滅までの時がいくらも残されていないことは明らかだった。なればこそ、黒刀の第三の腕は非情に伸びた。影より出でて影ごと引き裂くその腕がこの戦いで最初にゴーストに止めを刺すこととなる。 「直に刀を交わさないと、戦ってる気がしないな……」 だが仲間達と組んだ作戦は個人の好みに優先する。黒刀はそれを忠実に実行したのである。 仲間が1人欠けてもゴースト達の風は殺意にあふれたままだった。一体どこからこんな殺伐とした思いを拾ってしまったのかと思うほど、それは子供達の顔には似合わなかった。 「……それがゴーストってものなんだろうね」 白く淡い光を放つ蟲達が日輝の元から飛び立った。それはさながら光の奔流。赤い風車の男の子も他の地縛霊達も激しい流れに翻弄されているかのようにも見えて。 「…………」 一刃は一言の言葉も発しない。沈黙のうちに蟲達の傷を最も受けた1体に狙いをつける。赤い風車の男の子と同じスモックを着た女の子。彼の手の内で水は鋭い刃に変わり、少女の不幸を終わらせるべく深い傷を刻みつける。
●空を飛べない風ぐるま まず5体の子供達を片づけてから、首魁とも呼べる男の子を一気呵成に叩く。それが能力者達のたてた策。ゴースト達が現れたその瞬間から彼らは自らにインプットした作戦を忠実に実行した。この場の誰よりも先んじることのできた亜弥音の指示に従い1体ずつターゲットを仕留めていく様は確かに予定通りのものだった。事実地縛霊は確実にその数を減らしつつある。だが多少の思惑違いもないとはいえなかったところが現実の厳しさというものだろうか。 「眠りは……無理ね……」 シルビアは癒しの歌を歌いあげる合間に小さく呟いた。本来ならば数あるゴーストの何体かを彼女は眠らせておくつもりだったのだ。だが戦いの蓋を開けてみれば彼女ももう1人の範囲回復役、絢も癒しの歌を紡ぐのが精一杯。能力者達の攻撃は見事の一言に尽きるものではあったけれど、赤い風車の少年の範囲攻撃は健在なままなのだ。刃のように吹き荒れる風に削がれる仲間達の力を取り戻すには2人掛かりでいってもまだ足りず、樹はほとんど攻撃に加わることなく奏甲の淡い光を宿し続けている。勝敗の天秤は髪の毛一本の重さで決まるかと思われるくらい微妙なところで揺れたまま。 『………』 赤く回るそれから生まれた風は、亜弥音の体を貫いて吹き過ぎた。長く前線に立っていた上に来た衝撃は並大抵ではなく、彼女は自分の体が悲鳴をあげる様をその耳で聞いた。イスカの治癒の符が飛び、日輝も回復のための奏甲を彼女に宿す。 「今……」 癒しますから、と亜弥音に向かいかけた樹を今度は2つの風が襲う。その疾風のすさまじさはその場にとどまれという方が酷というもので。 「大丈夫ですか!?」 コリンが叫ぶ。けれども視線は地縛霊を射抜いたまま。手の中に生み出された火焔は上る旭日のように輝いて。炎が岩を焼くかの如く道をつけた。そしてそのまま地縛霊を灼きあげる。 「……」 樹も言葉では答えない。代わりに飛んだのは彼と同じ火焔の魔弾。彼を吹き飛ばした地縛霊は2つ目の魔炎をその身に受けて断末魔の悲鳴をあげる。もはや消えていくほかないことをその地縛霊は理解できていたのだろうか。 男の子の風に翻弄されつつも能力者達は当初の作戦を貫いた。不利に見えた一時も確かにあった。けれどそれで揺らぐことがなかったのは天晴れというものだ。その不動の意志が勝利の女神の微笑みをこちらの側に向けさせたのだろう。コリンの火焔が4体目を葬り去ると、5体目がその後を追うのも時間の問題にすぎなかった。一刃の水の刃がゴーストの体を貫いて、その永遠にも等しい苦痛からその子を解き放ったのである。
「貴方だって、最初はそんな意味で風車を回していたんじゃないでしょう?」 1人残された男の子を亜弥音は静かに見つめた。彼の手には風車、そして彼女の手には二振りのナイフ。どちらも幾つの命を葬ってきたかは数えようもないところだろう。 「貴方の風は止まってるわ……だからもうお休みなさい」 死刑宣告にも似た別れの言葉に透明な水が刃へと変わる。時を同じくしてゴーストの懐深くまで飛び込んでいた日輝は自ら練り上げた水の力を少年の上で一気に解き放つ。ずんと重い音が響いたような気がするのは錯覚ではない。 「この力、試させてもらう!」 一瞬、気温が下がったような気分を能力者達は感じ取った。それが人狼の技であることを知覚したのは一拍後。仲間の癒しを拒否する代わりに得られる強大な力。地縛霊はお返しとばかりに黒刀に強大な風を送りこんだが、それが最後のあがきにすぎないことを能力者達は知っていた。長い経験が告げた、と言ってもいいだろう。雪那とイスカの陰から夜を引き裂く腕が伸び、一刃の水刃の水とコリンの炎が後を追う。 「――さあ、風におかえり……」 君もいつか願ったはずだろう……。日輝は再びゴーストの懐深く飛び込んだ。 「この港に幸せな風が吹くように……」 全身全霊を込めた水が風車の男の子を吹き飛ばす。岩に叩きつけられたその体はもう起き上がる力を残してはいない。からからと回り続けていた風車でさえ、やがて時を止めた。
●風の花まわる時 ゴーストのいなくなった海辺には穏やかな風が吹いていた。自然の風はこんなにも優しいのだと今更ながらに能力者達は思い出す。そして賑やかな笑い声が風に乗って流れてきていることにもようやく気がついた。港では祭りが始まっているのだろう。蒼く輝く海原を見てみれば白い帆を張った帆船が悠然と港に入るところだった。
「上手に作れた?」 日輝が声をかけると、イスカは情けなさそうな顔をする。雪那や絢は綺麗に風車を仕上げているのに、彼女のはどうも形が悪い。一生懸命なのは紛れもなく事実だが、それも過ぎるとどうもあまり良い結果にはならないようで。 「日輝さんはいかがです?」 照れ隠しも手伝って煩悶してみれば、彼もまた切る場所を間違えたとか……。ではご一緒にやり直しですね、とイスカは新たな紙を引き寄せる。 「わー、お姉ちゃん、何枚目〜」 すかさず幼稚園児の突っ込みが入り、体験コーナーの会場に笑いが満ちる。日輝も笑いながら薄い水色の紙を取った。 「これ、持ち帰れないかしら?」 絢が言えばどうぞご自由にと係の人も微笑んでくれる。 「じゃあ、飾る用のとお土産用を両方ね……」 亜弥音も新たな紙を手に取ると、器用に手を動かし始めた。 (「自分の家にもいい風が吹くように……」) 一刃も丁寧に紙を選び、材料を揃える。 「帆船はやっぱりロマンですよね!そう思いません?」」 できた風車を山ほど持って、イスカ達が港へ行くとそこではコリンが帆船を前にはしゃいでいた。乗組員も好意的でもう幾枚も写真を撮ってくれたらしい。青い海と空に広がる白い帆は確かに女王のようだ。それは誰にも異論を挟むことのできない厳然たる事実。 「わぁっ! 良い風っ! 潮風って気持ち良いですねっ!」 樹も思いきり風を吸い込む。学園の街とは違う海風が確かにここにはあるのだ。 「さ、飾りましょうか」 格子に作った竹垣は港に長い風の花の壁を作っていた。能力者達は丁寧に風車を取り付けていく。 ――良い風に感謝をこめて ――不幸な事故で幼い命を失った子供達が安らかに眠れますように……
春風を受けて回る色とりどりの風車。それがあの子達の慰めになるように。樹は一際明るい色の風車を1番上に取り付けた。 「せめて、向こう側で良い風に恵まれますように……」 コリンも風車を1つ竹垣につける。つけたはしからそれはくるくる回りだし……。銀の雨の災厄がいつかなくなる日が来るように、と雪那も小さく祈る。 「あともう一か所……あそこにも」 シルビアがそっと提案したその場所がどこかわからないという者はない。
「あ……」 一行が先ほどの岩場に戻ってみるとそこには黒刀が佇んでいた。人込みは苦手だからと苦笑いしながら。見上げた空はどこまでも澄み渡り、白い雲が穏やかに流れていく。波の音に混じって吹奏楽の音が聞こえ始めた。何かパレードでも始まるのか帆船が出港でもするのだろうか。 「あの子達も本来はこんな風にはしゃぎ回ってたんだろうな……」 先程まで命のやり取りをしていた子供達。あちらへ送ったことを後悔しているわけではないけれど、思い出す時にはささくれのような小さな痛みが走る。 「おやすみ……」 日輝は小さく呟くと岩の合間に水色の風車をたてた。 「彼がまた生まれたとき、その時はいい風が吹いているように」 亜弥音もそれに倣う。能力者達は倒したゴーストの分だけ風車を立てていく。 「死した人は風になるって唄があったよね……」 もしそうなら、とシルビアも祈る。もし風になることがあるのなら今度こそ皆で楽しく遊んでほしいと。 「ねはんにし……」 一刃が小さくこぼす。それは風の名前。涅槃会のころに吹く春風の名。その季節には少し遅れてしまったけれど。今はもう風に乗っているだろうか。 「風が……」 イスカの呟きは風車の回り出す音にかき消されそうなほど小さかった。そしてその風もあるかなきかの如きそよ風。風車はそれでも勢いよくまわる。もしかしたらそれは子供達の想いがまわしているのかもしれないと、彼らは思う。
ならば回れ。回れまわれ、風ぐるま。 想いと風にくるくると。 おまえが空を飛べぬなら おまえの風で私が飛ぼう
6つの風車は回り続ける。そしていつまでもいつまでも風を生む。けれどその風は2度と狂気を呼ぶことはない。
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参加者:9人
作成日:2008/04/12
得票数:せつない21
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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