八重の花咲く


   



<オープニング>


「……あら…?」
 春、この時期だけの販売所。
「変ね、ちゃんと並べてあったはずなのに……」
 店内の棚の上、倒されたり転がったりしている品物を手に店員が首を傾げている。
「……あれ、ここに置いてあったアイスは?」
 販売所の表では、休憩中の青年が食べかけのカップアイスを見失い、キョロキョロと辺りを見回していた。
「おっかしいなぁ、確かにここに置いたはずなのに……」
 少し離れた木の根元。奪ったアイスを両手で抱え、ペロペロ舐める白い毛玉に、彼等は気付いていなかった。

「桜の花見に行って来ないか?」
 集まった能力者達に、桐原・葵(高校生運命予報士・bn0169)が問い掛ける。
「桜は桜でも、八重桜だけどね」
 そこは何十本、何百本もの八重桜が植えられた『花を収穫する為の畑』なのだという。八分咲きほどの桜の花を収穫し、塩漬け用として出荷するのだ。
「毎年この時期になると、農家の人達の好意で『畑』が花見の為に開放される」
 収穫するといっても、全ての花を摘み取ってしまうわけではない。残された花はそのまま開花し、花見に来た人々の目を楽しませる。
「で、この期間だけ臨時の売店が出て、桜のアイスとか桜の塩漬けとか売ってるんだけど……モーラットが一匹、その周辺に紛れ込んで悪戯しているらしいんだ」
 見た目は可愛いモーラットだが、放置すれば世界結界にも悪影響を及ぼす。驚いて火花を出したりすれば、それはそれで危険だし。
「というわけで、モーラット捕まえてきてくれないかな? 大丈夫、能力者を見つければ向こうから寄って来てくれるよ。多少の追いかけっこは必要だろうけれど」
 現地には数組の花見客と店員がいる。捕獲の際、彼等の目に触れないよう注意したほうがいいかもしれない。
「捕まえたモーラットはこのバックに入れておくといい」
 言いながら、葵は能力者の1人に大きめのキャリーバッグを手渡す。
「モーラットを捕まえたら、後は好きに楽しんでくれて構わないから」
 じゃ、頼んだよ――そう言うと、葵は能力者達を送り出した。

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参加者
三笠・瑠琉(穿脚白狐・b00006)
塗歩・蒼(イナクナリナサイ・b00350)
霧生・楓(双子の妖草使い〜妹〜・b01351)
篠田・春一(空を見上げるワンコ・b01474)
琴月・ほのり(ほおずき灯る女神・b12735)
緑枝・葉璃恵(かざしりこのは・b16608)
御鏡・幸四郎(姉は黙して背後に立つ・b30026)
住吉・春日(まほろばのつばさ・b34922)
イシャ・ラード(自称正義の味方・b36046)
瀬尾・律香(高校生月のエアライダー・b40484)



<リプレイ>


 幾重にも重なる花弁。薄紅の花の房の根元では、未だ緑に成りきらぬ若葉が顔を出し。視線を移せばレジャーシートを敷いて花を愛でる花見客や、桜に高い梯子を立てかけて『花』を収穫する農家の人々の姿が。
「よーし、思いっきり遊ぶぞ〜!」
「モラさんを捕まえてからにしましょうね?」
 今にも走り出さんばかりの勢いで叫ぶイシャ・ラード(自称正義の味方・b36046)に住吉・春日(まほろばのつばさ・b34922)が釘を刺す。
「あ、野良毛玉捕まえないと駄目なんだよねー」
 思い出したように返すイシャだが、果たして協力する気があるのかどうか。
 能力者達は『八重桜の畑』を堪能しながらも、モーラット捕獲に適した花見場所を探す。
「花見客がいるところはまずいよね」
「農家の人も梯子に登ったりしてますからね」
 瀬尾・律香(高校生月のエアライダー・b40484)の言葉に御鏡・幸四郎(姉は黙して背後に立つ・b30026)が応じる。人目に付かないこと、今回の作戦を実行できる広さがあること……諸々の条件から、一行は畑の入口からは少し奥まった位置にある小さな広場に目をつけた。周囲を囲うように植えられた八重桜は低い枝にも花を咲かせ、外部からの視界を遮ってくれている。枝についた花は既に満開で、花の収穫もこの一帯ではもう行われていないようだ。
「むぃ? 場所はここにするの? ならあそこで見張りするね♪」
 地面に敷かれたレジャーシートの上に大きな荷物を置いて、三笠・瑠琉(穿脚白狐・b00006)は皆で入ってきた広場の入口へ向かう。
(「こんな場に来たものだから持病が悪化してしまったじゃないか……」)
 桜のものであっても花粉は花粉、ということだろうか。鼻が詰まって仕方がない。仲間達が上機嫌な中、1人だけ少々不機嫌だった塗歩・蒼(イナクナリナサイ・b00350)も見張りを買ってでる。
「あの……『ロンドン橋』って、どういう遊びなんですか……?」
「えっとですね、2人が向き合って両手で橋を作って……」
 あまり『遊ぶ』ということをしたことがないという霧生・楓(双子の妖草使い〜妹〜・b01351)の問いに、幸四郎が答えている。今回は野良モーラットをここまで誘き寄せ、楽しそうに『ロンドン橋』を行って見せてモーラットが遊びの輪に混ざったところで『橋』を落として捕まえよう! とか、そういう作戦なのである。
 その間にも能力者達は着々と花見兼モーラット捕獲の準備を整えて。
「じゃ、俺等はモラット探しに行きやがりますよォ」
 篠田・春一(空を見上げるワンコ・b01474)の言葉と共に、動き出そうとした能力者達だったが。
「ええぇ?!」
 琴月・ほのり(ほおずき灯る女神・b12735)の叫び声に、能力者達は一斉に彼女のほうを振り返った。
「う、動きがくねくねしてるぅ〜?!」
 彼女の大切な使役モーラット「ぱおにー」。普段はチョイ悪、戦う姿も勇ましく(ほのり談)……それがまるで品を作っているかのようにうねうねと体を動かしているのである。果ては緑枝・葉璃恵(かざしりこのは・b16608)の使役モーラット「ふらら」に向かってウィンクしてみたり。ふららはふららでそんなぱおにーにデレデレ……のようにみえる。
「相手がぱおにーちゃんじゃとわかっとるんじゃろうか……」
「ウィンクとかしちゃ駄目ぇ〜っ!」
 ふららの様子に思わず呟く葉璃恵、愛するぱおにーの変貌振りにショックを受けるほのり。そんな騒ぎが続くこと数分。ぱおにーにべったりのふららに少しだけ苦笑いしつつ、葉璃恵が何気なく向けた視線の先。ごそごそと動く、ぐるぐるほっぺの白い物体が。

「……あ」

『きゅ?!』

 葉璃恵の声に、ぐるぐるほっぺの物体は慌てて桜の影に顔を隠す。けれど、ふわふわの白い体と小さな尻尾は丸見えで。
(「隠れてない! 隠れてないよっ」)
 まあ、向こうから近づいてきてくれたのはありがたい。思わず吹き出しそうになりながらも能力者達はそう考え、今回の作戦を実行に移すことにした。


 幸四郎と葉璃恵が向かい合って両手を繋ぎ、「橋」を作る。30cm以上の身長差は幸四郎が少し腰を落とすことでカバーして。見張り役の瑠琉と蒼、イシャ以外のメンバーが輪になって……歌に合わせて、回りだす。人目がないのを良いことに、使役ゴースト達も一緒に。春一は相棒の瀬崎・直人をしっかりと巻き込んで。
 ある者は楽しそうに、ある者は少々恥ずかしそうに。少し窮屈そうに腰を曲げて「橋」を潜る能力者と、ピョンピョン跳ねて通り過ぎていくモーラット達。
「ミンナガンバレー」
 スナック菓子を食べながら、イシャはのんびり声援を送る。果たして本当にやる気があるんだろうか。
「あ、イシャちょっと桜アイス買ってくるねー」
 ……やる気ゼロのようである。
「〜♪」
 歌のラスト、すとん、と橋役の2人の両手が下ろされる。捕まったのはぱおにーだ。
「きゅーっ」
 言いながら幸四郎がぱおにーを抱きしめる。ぱおにーは幸四郎の顔をペロペロ舐め、「モキュモキュ」と鳴いている。なんだか本当に嬉しそう。
「演技……ですよね?」
 ぱおにーの喜びようにほのりが少々心配そうな声で呟くが、真相は本人のみぞ知る、というやつである。

 何度目の「ロンドン橋」遊びだろうか。春日の前に白い毛玉が一つ、増えていた。それはピョンピョンと元気良く跳ね、徐々に「橋」に近づいていく。
「つーかまえたっ」
 跳ねる毛玉が丁度「橋」を通りかかった時、橋役の2人は勢い良くその毛玉に抱きついた。
『もきゅーー!』
 抱きつかれた毛玉は手をパタパタさせている……が、遊びの延長だと思っているのかどこか楽しそう。
「本当にもふもふなんだ……」
 是非一度モーラットのふわふわ感を味わってみたかった幸四郎、そのふわふわっぷりに感動している。
「野良モラさんゲットじゃ!」
 嬉しそうに野良モーラットをギューッと抱きしめる葉璃恵。彼女はこの為に橋役を買ってでたのだ。ともあれ、めでたく野良モーラット捕獲完了である。
「アイス買ってきた〜!」
 元気なイシャの声が響いてきたのは、その直後のこと。


 見張りを終え、宇佐美・たん、一条・まといと共に売店へやってきた蒼。目に入ったのは「桜アイス」の文字。
(「桜アイス、ですか」)
「なんか美味しそうなアイス売ってるのね」
 まといの言葉に、蒼は売店に入ると桜アイスを2つ購入。振り返るまでにやるべきことをやってまといにアイスを差し出す。
「どうぞ、まといさん。ここの名産らしいですよ」
「蒼くんが私に? 珍しい」
 差し出されたアイスの色は、何故か緑がかっている。
「これ、桜抹茶アイスなんです」
「へぇ、じゃ、いただきま……」
「蒼とまとい親分だけアイス食べてずるいんだよ!」
 アイスを口に運ぼうとしたまといの言葉を遮って、たんが叫ぶ。
「いいなー、僕も食べたいなー」
 羨ましそうなたんの声。少し考えた後、まといは掬ったアイスをたんの口元へ。
「パシ、いる? じゃ、あーん」
「あーん♪」
 たんは嬉しそうにアイスを口に含み、その直後。
「うぁーー! 口痛い鼻痛い目いたいーー!!」
 地面をゴロゴロとのたうちまわり始めた。
「あ、やっぱなんか入ってた。毒見正解」
 冷静に呟くまとい。蒼が「抹茶」と言った緑色、実は彼が混入させた「山葵」だったのである。
「……人の好意を無にするなんて酷い話です…」
 たんを踏みつけにしながらやれやれ、とでも言いたげに呟く蒼。何かが間違っているような気がしないでもない。

「むぃ〜♪ お疲れ様〜。お花見用にお弁当持ってきたからみんな食べてね〜」
 依頼を終えた能力者達に、瑠琉が自慢のお手製弁当を振舞う。
「むぃ?! 飲み物用意してこなかった〜失敗〜」
「あ、えっと……ハーブティーで良かったら……」
 楓が紙コップを用意し、飲み物を注いでいく。
「お、サンキュ! 頂きやがりますよォ」
 春一が真っ先に言い、他のメンバーもそれぞれ礼を言うと瑠琉の弁当と楓のハーブティーに舌鼓を打つ。
「うまーー! アイスもうまーーっ!」
 イシャは相変わらず良く食べている。
「桜アイスも一個買ってくんね〜」

 無事捕獲されたモーラットは、大きなバッグに入れられ大人しくしていた。そこへ近づく高校生2人。
「瀬崎チャン、念願の毛玉は如何よ?」
 バックの中を覗き込み、小さく千切った綿飴をモーラットに与える春一がニヤニヤ笑いながら問い掛けると、同じようにバッグを覗き込んでいた直人の顔がみるみる赤くなった。
「花見のついでだ! 別にモーラット目当てじゃねぇぞ!」
 力説してみるが、春一に促されモーラットに綿飴やらアイスやらを分けてやる姿を見ているととてもそうとは思えない。
「どこから来たの?」
 バッグの中のモーラットに、春日は話しかけてみる。
「遊んでほしかったの? 一人ぼっちで寂しかったの? これからはお友達がいっぱいできるといいね」
 わかっているのかいないのか、じーっと春日を見つめるモーラットに思わず。
「うちの子に……なる?」
 その声に、モーラットはくりん、と首を傾げて見せた。
「ふわふわしててかわいいよねぇ……この子がゴーストなんてさ」
 その様子を見ていた律香が溜息をつきながら呟く。
「……連れてる人を見ると羨ましくなっちゃいます」
 そう言う春日の視線の先には戯れる2匹のモーラットとその飼い主の姿があった。
「綺麗じゃのう……」
「桜アイスも美味しいですぅ」
 葉璃恵とほのりは2人仲良く笑いあう。ふららとぱおにーはといえば相変わらずで、アイスを乗せたスプーンをぱおにーに手渡せば、ぱおにーがふららに「あーん」……とかいうラブラブ状態が続いている。本当に仲の良い飼い主達とモーラット達である。

 ゆっくりと流れる時間。一重の桜とはまた違った趣を見せる八重の桜に、御桜・八重は花の下で嬉しそうにくるくる回る。
 自分と同じ、桜の、八重の花。可愛らしい花手毬。
「幸にぃ、わたしのアイスちゃんと持っててよ?」
 可愛らしい従妹の声に、幸四郎は微笑を浮かべて頷く。そして、能力者として戦い始めたばかりの彼女に、戦いばかりではなく楽しい思い出が沢山出来るようにと願う。
「いい場所見つけられて良かったですね」
 春日の声に、律香が応じる。
「そうだね、他に人の姿もないし……」
 入口からは少々奥まった場所に陣取ったせいもあるだろう、一般人の姿はない。時折吹く風に乗って、桜の花弁がひらひらと舞い落ちる。
「編入手続きとかで今年は桜を良く見られなかったから……こういう機会持ててよかった」
 のんびりと空を仰いで、律香が続ける。できれば、こういう機会をくれた運命予報士にも春のおすそ分けをしたいのだけれど……。
「来年は依頼なんか関係なしに来たいですね」
 同じように桜と、その上に見える空を眺めながら春日が呟く。
「本当、春の風を感じながらアイス食べて……最高だよね!」
 話す2人の脇では、花見にすっかり飽きてしまったらしいイシャがすぅすぅと寝息を立てていた。いつも元気なイシャにとって、桜を眺めて食べるだけ……というのは少々退屈なものだったらしい。


(「ちゃんとお片づけしないと、お花がかわいそうです」)
 楽しんだ後は後始末。楓は持参した袋にゴミを入れていく。
 眠り続けて起きないイシャを春一がおんぶし、レジャーシートを畳み終えて後始末は完了した。
「じゃあ、帰りますか」
 誰からともなくそう言って、八重桜の中を歩き出す。
「(ええ能力者さんにめぐり会えるとええな……)」
 葉璃恵が、抱えたバッグに小さな声で囁きかけると『きゅ〜』と小さな声がする。
「と……呼んでくれてサンキュ、な」
 春一の側を歩く直人が、ボソッと呟いた。そのまま早足に先へ行ってしまったが、きっとその顔は赤く染まっていることだろう。
(「ホント、贅沢だよ、なァ」)
 舞い散る花弁を見ながら気の置けない仲間と過ごす、ゆっくりとした時間。きっとそれは、とても貴重なものなのだろう。
 そう思いながら見上げれば、八重の桜の花の上、空が茜色に染まり始めていた。


マスター:草薙戒音 紹介ページ
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いまいち
参加者:10人
作成日:2008/04/22
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