≪リーフボックス≫さくらのもり


<オープニング>


●波瀾の引き金

「すごい……、綺麗な桜」

 何気ないその一言が始まりだった。

『ちょぉおっとぉぉぉーー! 今なんと仰って!?』
 鼓膜を劈くヒステリックな高音が、キーンと脳内に反響する。
 金切り声にくらりと意識を失いかけて踏み止まった日前・葉里(透明旋律・b31570)は、現実と乖離した世界に居た。
 桜の盛り。
 北の高地に鬱蒼と繁った暗緑の森の一角、遅咲きの枝垂れ桜が最後の華を見せる薄紅の森。その森は現実のままで、ただ、違うのは――。
『わたくしよりも花が美しいなんて、有り得なくってよーー! わたくしの熱ぅい想いを棄てて桜を愛でるなんて、酷過ぎませんことぉぉぉ!!』
 月光のピンスポットが照らし出す一人の女性。
 過剰なまでに舞い散る、演出くさい花吹雪。
「えとえと、これって特殊空間ですよねっ」
 瞬時に解放された力、現れた得物を手にして問う弓姫に、真燐がにこりと浮かべた笑みを崩さぬまま「そうみたいね?」と応じた。女の傍ら、一際大きな枝垂れ桜の幹に幾重にも絡む太い鎖は女の袴の裾の下へと続いている。
「そして、あの方は地縛霊ね」
「わ、わ、すっごくカワイイんだようっ!」
 服装が。
 中振袖と女袴という地縛霊の姿に、いくえがきゃーと歓声を上げる。
「うん。なんて言うか……清楚で綺麗だね」
 服装が。
 大正時代の女学生を思わせるいでたちに、玲樹も頷いた。
『…………』
 煩く喚きながら剃刀のように鋭利な花弁を撒き散らしていた地縛霊が、一瞬、動きを止める。
 ぽっ、と染まる頬。
『い、いやですわぁ〜! そんな、本当のこと仰らなくてもぉぉぉ♪』
 上擦った声もまたキンキンと甲高い。目を眇め頭が痛くなりそうな音を振り払うように顔を背けかけた玲樹は、ぞわりと背を這う感覚に反射的に武器を構えた。
 硬い音と共に弾いたものは、太い鎖。あらぬ方向へ逸れ何も無い空を絡め取るように螺旋を描いた鎖は、凄まじい勢いで地縛霊の手元へ巻き取られていく。
『もっと近くでわたくしをご覧になってえぇぇ!』
 くねくね。
 みしみし。
 女が身を捩る度、鎖がぎちぎちと締め付けを増し、傍らで鎖に絡み付かれたままの樹は生気を奪われるかのように萎れて軋む音を立てる。厄介なことに、あの樹を傷付けてしまうと実際の樹も痛んでしまいそうだ。
 
「なんだか、いろんな意味で可哀想だけど……」
「わたし達の宴会を阻むモノには、容赦しないわよ」
 零夢は憐憫の情を浮かべて苦笑したが、狭霧は呆れたような諦めたような半眼で地縛霊を見据える。
「えんかーい、えんかーい♪ あんなのてけとーに倒しちゃって、宴会はやくー!」
 栖が言うように、遠路はるばるやって来た目的は皆同じ。花見をし損ねた面々の、この機に懸ける意気込みは半端なものではない。
「そうよ! 我が『リーフボックス』のお花見を邪魔するなんていい度胸だわっ」
 やっておしまい!
 そう告げるかの如く葉里が武器を掲げたのを合図に、能力者らは一斉に動いた。

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参加者
風見・玲樹(の弱点は虫・b00256)
唯原・いくえ(眠り羊の見る夢・b26277)
琴宮・弓姫(蒼月に舞う雪・b28771)
日前・葉里(透明旋律・b31570)
桐花・零夢(虚空に咲く宵闇の華・b33411)
鹿島・狭霧(蒼き鋭刃・b34207)
藤崎・栖(末っ子体質の逆襲・b34509)
青園・真燐(無責任一代女・b35459)



<リプレイ>

●大義名分
 薄雲棚引く純墨の空に浮かぶ満月から伸びる、一筋の光。
 月光のスポットライトを浴びる女性は、頭を垂れる桜の枝と同じように撓垂れて「よよよ」と袖で顔を覆い悲劇のヒロインを満喫している。
 時折チラチラ袖を下げこちらを盗み見る様を華麗にスルーしつつ、むぅと剥れる藤崎・栖(末っ子体質の逆襲・b34509)。
「地縛霊の人、なんかすっげーピンスポ当たっててずるいと思うんだ」
「これはもう……リフボレンジャーで対抗するしかっ」
「そだそだ! ここでやらなきゃ男がすたるっしょー!」
 琴宮・弓姫(蒼月に舞う雪・b28771)と二人、特殊空間で自在に演出を重ねる地縛霊に妙な羨望と対抗心を燃やす彼等とはやや観点が違ったが、日前・葉里(透明旋律・b31570)もまた熱い憤りを隠さない。
「お花見しないまま夏を迎えるなんてとんでもないわ! 何の為に照明機材を担いで来たと思ってるのよっ」
 闇に沈む濃緑に引き立てられ、枝垂れ桜の森は幻想の色を増す。今年最後の桜の絶景を楽しめると思った矢先に現れた障害は……そう、全力で排除せねばならない。
「お花見を邪魔する地縛霊はリフボレンジャーがお仕置きよ! ……ってね」
 青園・真燐(無責任一代女・b35459)がさり気なく仕事を押し付けて言うが早いか、「とぅっ!」と三つの声が重なった。
 程良い断崖が見当らずその場で飛び上がった人影が、すちゃりと着地し高らかに叫ぶ。

「居眠上等昼寝万歳、リフボホワイト!」

「電光石火の超特急、リフボブルー!」

「疾風怒濤の焼肉定食、リフボレッド!」

 数ある枕の中のひとつを掲げポーズをキメる唯原・いくえ(眠り羊の見る夢・b26277)。
 青い髪を靡かせる弓姫は、常にクライマックスの如く燃え盛る炎色のヨーヨーをシャキーンと構え、中央に立つ栖はビシィッと指を差す。罪無き桜をいぢめる地縛霊に。心待ちにしていた花見を邪魔する卑劣極まりない悪行に。
「この世に悪の栄えたためしはなーい。よって俺たちがぶっつぶーす!!」

「「「宴会戦隊、リフボレンジャー!!!」」」

 いくえが施す奏甲の白い光がヒーロー達を更に輝かせ、注目を奪われた地縛霊は、つい彼等に向いてしまった月光のライトを引き戻し苛立たしげに袖を噛んだ。吹き荒れる花弁の刃が美しさと裏腹の脅威を見せて能力者達の肌を裂く。
「ちょっ、そこの面白三人組! なに地縛霊相手に宴会芸披露して――」
 なんだかキラキラと輝いて見える三人へのツッコミを、葉里は半ばで放棄した。後先の事を丸投げされ「あぁ、もう!」と腹を決めて皆に檄を飛ばせば、すぐに幻夢の護りが溢れ、射手の力が魔方陣を形取る。
「桜を傷付けず、かつ速やかに片付けるわよ!」
 その後には花見と宴会が待っているのだから。

●騒音粛清
「やめろ! こんな美しい女性が何をしたと!?」
 颯爽と登場した風見・玲樹(の弱点は虫・b00256)が叫ぶ。地縛霊を護るように立ちはだかって。
 きゅん。
 乙女のハァトが高鳴った。
「今まで多くの女性を見たけれど、……あぁ、貴女ほど魅力的な人はいない」
 可哀想なわたくしを魔の手から救う王子様が現れた――そんな蕩けた眼差しを向ける地縛霊へ大きく両手を広げ言葉を連ねる。
「さあ、僕の胸へ飛び込んで来ておくれ!」
『いやぁぁん♪ わたくしったらなぁぁんて罪なオ・ン・ナ……!』
 桜の老木から離れた位置で待つ玲樹。
 きゃぴきゃぴと駆け出す女。
 ……が。
『へぶぅッ』
 足首と樹とを繋ぐ鎖がビィンと張って、女は顔面からびたんと倒れた。
「……えーと」
 なんて独特な雰囲気の地縛霊なのだろう。桐花・零夢(虚空に咲く宵闇の華・b33411)は居た堪れぬ空気を打ち破ってそっと動く。
 桜の老木から引き離せた距離は微々たるものだったが、リフボレンジャーは玲樹に釣られた地縛霊と桜との間にどうにか身体を割り込ませ背後から殴る蹴るの制裁を加えた。――つまりは紅蓮撃やクレセントファングを叩き込んだわけで、そこに木の脇に立つ形を取った零夢と葉里のスピードスケッチがこれでもかと続く。
 むくり。
「うわ」
 唐突に、何事も無かったかのように身を起こす女。
 恋の獲物を狙うようなギラギラした眼がコワイ。
 そして、地縛霊の着物の袖口から鎖が放たれた。
『もっと近くにいらしてぇぇん! さあ! さあ!!』
 瞬く間に鎖に絡み取られ、玲樹は凄まじい勢いで女の元へ引き寄せられる。ギチギチと締め上げられて四肢が痺れ、女がくねくねと身を捩る度に血の気が失せる感覚がして、引き換えに地縛霊は幾分肌艶を増す。
「面倒臭い地縛霊だとは思ってたけど……」
 先輩の一人舞台を邪魔すまいと我慢していた鹿島・狭霧(蒼き鋭刃・b34207)が、すぐに白と蒼の衣を翻し地縛霊に迫る。
 あれは確かに強敵だ。ぴくぴくと地面に突っ伏しながらも攻撃の多くを躱し逸らしていた格上の敵。ふざけたノリに惑わされ甘く見てはいられぬその実力も面倒だと息を吐き、狭霧は鞘走る勢いのままに刀を振り抜き女を薙ぐ。
 白燐の加護を付与し心置きなく逝ってきてと生贄を送り出した真燐も「本当に逝っちゃうと少し困るものね?」と微笑み、再び白燐蟲を繰って鎖に捕らわれたままの玲樹の命を繋いだ。

 ばっさばっさと過剰に降り散る花弁に混じる、鋭利な刃。
 幾つもの信頼に背を預けられたいくえは「ホワイトの役目は援護なのーっ!」と枕を抱き、ふんわり柔らかな夢の力で懸命に皆の傷を包んで癒す。
 幾度も命を啜られた末、やっとのことで鎖を脱した玲樹はきらびやかな黄金の大鎌を回し気を高めた切っ先を地縛霊に向ける。
「仕方がないよね」
 女の子をいじめるのは気が引けるけれど。
「地縛霊いくないので遠慮はナーシ!」
 ゴゴゴと気合いを入れ直した栖が赤手を繰り出す。宿した紅蓮の炎で桜を痛めぬように、背にした幹から遠い外へと爪を向けて。
『花なんかよりわたくしを選ぶべきではなくってえぇぇぇ!!?』
 キーンと劈く金切り声。王子様にあっという間に掌を返された地縛霊の怒気を孕む喚き声が脳髄を揺さぶり急速に視界が白む。真燐に零夢、栖、そして葉里を除く半数が意識を奪われ頽れた。
「……やってくれるわね」
 寝息を立てる皆を一瞥し、真燐は手近な狭霧を揺り起こす。
「花の美しさを妬んで邪魔するなんて言語道断!」
 その鎖、断ち切ってあげると畳み掛ける葉里のスケッチが、零夢がサラサラと中空に走らせた描線が、息吹を得て動き出す。笹の葉を象った小さなナイフを向ければ、脈動するスケッチが緑の刃に導かれまっしぐらに敵へと踊り掛かった。
「折角の見納めの桜に、水を差さないでもらいたいですね」
「お花見台無しはいやですもんっ」
「とっとと倒して、花見にしましょう」
 運良く目を覚ました弓姫の、三日月の軌跡で振り下ろされる踵に背を抉られて地縛霊が振り向けば、今度は狭霧が向けられた女の背にざっくりと刀傷を刻み付ける。
 てゆーか、ウザいから。
 宴会まだー?
 自ら目覚め、仲間に起こされ、また地縛霊の花弁の刃で叩き起こされた能力者達は、各々の想いを胸に躊躇わず悪を討つ。
「いくら自分を見てほしくても、花や人まで傷つけちゃ駄目だよ、やっぱー」
 最期を見越して攻撃に転じたいくえが夢魔を喚んだ。
 白馬の蹄が女の奇声までをも踏み砕いて夢へ還ると同時、聴こえぬ音を立てて砕け散った異質な世界。
 月光がライトとなることも、剃刀のような花弁が舞うこともない、煩い女の姿など跡形もない現実に彼等は居た。
「リフボレンジャーの勝利ーっ!」
「遠慮なく拍手喝采するがいい!」
「わーいっ、これでお花見を思いっきり楽しめるのですっ」
 一拍ののちに歓声を上げた皆の胸には、悪を正した心地良い達成感が満ちるのだった。

●桜下の宴
 壊れたラジオの電源を落としたようにぷつりと騒音が途絶え、一気に訪れた静寂が身に沁みた。
 月は仄かな白い光を湛え、ただ夜空に浮いている。
 春も、もう終わり。
 けれど、美しい夜の桜をこうしてずっと眺めていたい。最後の盛りを名残惜しげに仰げば、桜が光を放ち零夢の視界に満ちた。瞬き見遣って嗚呼と気付く。輝きを増したかに思えたのは、葉里がせっせと設置した照明を点けたからだ。
「やっぱりこれよねー」
 満足げな葉里の眼前で淡く照らされた枝垂れ桜が微風に梢を揺らし、はらはらと散る花弁が明かりを返し煌と瞬く。
 夜桜を肴に静かなひとときをのんびりと――
「ってのは無理な話よね」
「……このメンバーじゃね」
 狭霧が苦笑すれば真燐も笑んで、早くも車座になった皆が賑やかに手招きする饗宴に加わった。

「男性陣と女性陣の料理比率は考えちゃいけないと思うの」
 枝垂れ桜の下に広げた敷物にずらりと並んだ料理は本格的な会席膳。女の子には嬉しいスイーツまで抜かりなく揃っている。
 がんばったから褒めて褒めてーという顔で次々に重箱を取り出す栖と玲樹が腕に縒りをかけた宴会弁当だ。
「えぇとね、わたしパイ焼いてきたよ、チェリーパイっ」
「オレンジジュースに……、あと、特大☆超絶すとろべり〜たわ〜ぱふぇもありますよ〜!!」
 はいはいと手を挙げていくえが申告し、零夢も巨大なクーラーボックスを開けてみせる。
「お、女の子がお料理得意じゃなくてもいいじゃない……!」
 辛うじて上手く出来たレモネードを配り、せめてもと料理を小皿に取り分けていた弓姫はそこはかとなく視線を逸らした。狭霧は「私は得意料理はないから」と買い込んだ菓子を広げる。
「うちのおにゃのこズはもうちょっと家庭的になったほうがいいと思うけど、恐いから口に出せないです」
「…………。思いっきり声に出てるみたいだけど?」
 潔く手ぶらな葉里が、瞳の笑っていない笑顔で栖の肩を叩く。
 良い茶葉が手に入ったのよとご機嫌で新茶を煎れていた真燐の手も、ぴたりと止まり。
「じゃじゃーん♪ 新作でっす」
 にっっこりと微笑む真燐が取り出した物体に、場が凍り付く。
「桜の紅茶を入れたパウンドケーキよ!」
 言われて初めて、其れがケーキを目指して作られた物と知る。どこに桜の残滓があるのか、紅茶の香りは何処へ逝ってしまわれたのか。そんなことは問題ではなかった。
 第一級危険物指定品。
 皆が心の中でそう位置付けたシロモノが発する鼻を衝く匂いに、本能が全力で危険を告げている。
「……マリリン、頑張らないでってあれほど言ったのに……」
 額を押さえて項垂れる葉里を尻目に、宴会は王様ゲームへと突入した。
「女の子侍らせて、お口にあーんとかやってもらいたい!」
 執念で王様を引き当てるという強運を発揮した玲樹の己に正直な願望は、真燐によって叶えられた。「あーん♪」と差し出されたのが第一級危険物指定品だったという多少の誤差はあったものの、概ね満足だったに違いない。そう思い込むことで弓姫は彼の救出より自衛に徹した罪悪感から逃れることに成功した。
 不吉な予感を覚えた栖は勇気ある逃亡という選択肢が浮かんだが、蛇に睨まれた蛙のように王様ゲームの輪から逃れられずにいる間にも、運命の針は容赦なく進んだ。
 王様を当てた真燐がにこりと栖を見た瞬間に、栖は神の存在を否定したのだった。

「たまには、こういうのも良いかもしれないわね」
 ぽつりと、狭霧の呟きが落ちる。
 大勢で騒ぐのには慣れてなくて、苦手意識に腰が引けている部分も無いとは言えなかったけれど。折角の桜。折角の皆との遠出の機会。楽しもうとする気持ちこそが、楽しい時を作るのかも知れない。「だいすき……」と声が聞こえて目を遣れば、枕を抱き締めたいくえがウトウトと微睡んでいる。
「みんな……来年も……、いっしょ……に……――」
 発せられた寝言にうんと頷き上着を掛けてやりながら、葉里はふわりと笑みを零す。
 皆が楽しんでくれることが、いちばん嬉しい。
 はらはらと降り積もる花弁に包まれて、賑やかな宴はまだまだ終わりそうにない。


マスター:篠崎ケイ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/05/25
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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