宵闇のヴィオレッタ


<オープニング>


 ヴィオレッタ、僕のヴィオレッタ。
 菫の咲くこの美しい庭で再び君に巡りあえた、僕はなんて幸福なんだろう。
 身勝手な約束だけを残して消えた僕を、君はずっと待っていてくれたんだね。
 あの約束の日から、少しだけ君は変わってしまったけれど……。
 ああ、でもそんなの些細な話。
 僕の気持ちはあの日から、何一つ変わっていないんだから。
 ヴィオレッタ、僕の全てを君にあげよう。
 僕の愛しいヴィオレッタ、君が笑うなら。

「皆さん、お集まりありがとうございます」
 夕日の差し込む教室に姿を現した藤崎・志穂(高校生運命予報士)は、控えめに頭を下げてから口を開いた。
「今回皆さんに行って欲しいのは、とある別荘地です。夏には避暑地としてそれなりに栄えているみたいですが、今の季節は人の気配も乏しくて少し寂しい感じがしますね」
 目的地は、その中にある一軒の別荘らしい。綺麗に白く塗装されたログハウス風の可愛らしい建物で、大きな庭には今の季節一面にスミレの花が咲いている。
「そのスミレの庭で毎日、青年と少女が逢瀬を重ねています。ですが……実際に生きているのは青年の方だけ。少女はリビングデッドです」
 2人が出逢ったのは去年の丁度今頃。病弱で静養のために別荘で暮らしていた少女と、旅行で偶然その別荘地を訪れた青年は恋に落ちる。
 彼は紫のワンピースドレスが似あう少女を咲き誇るスミレになぞらえてヴィオレッタと呼んだ。
「彼の滞在中に心を通わせた2人は深く愛し合うようになりましたが、彼には彼の生活があって帰らないわけにはいきません。だから彼は少女に約束しました。やるべきことを全て済ませたら、必ずまた会いに来る。このスミレが再び咲く頃にはきっと……と」
 そして季節は巡り、再び彼はスミレの咲く庭へやってきた。少女は彼を迎え入れ、約束を果たした二人に再び幸せが訪れた……かに見えた。
「けれど、再会した少女はすでにこの世のものではありませんでした」
 病弱な少女は一年という時間を待つことが出来ず、病で帰らぬ人となった。けれど彼との約束を守りたい一心でリビングデッドとして蘇ったのだという。
「リビングデッドとなった少女は当然去年の彼女とは違います。昼間に外に出ようとしませんし、彼以外の人間と会おうとしませんし、何より笑うことをしません。……唯一、彼の血を口にしたとき以外は」
 リビングデッドは自分を愛する者の血肉を喰らうときのみ喜びを感じる存在だ。少女を溺愛する青年は、彼女のそんな変貌すらも受け入れ逢瀬のたびに血を与え続けているという。ただ少女の笑う顔が見たいその一心で。
 外に出ようとも人と会おうともしないのは、病弱な彼女の体調が思わしくないからだと思っているのだろう。
「このままでは、2人は恐らく最悪の結末を迎えてしまいます。いずれ少女は彼の血だけでは我慢できなくなるでしょうから」
 そうなれば、彼は少女に全てを喰らわれる。その前に何とかしなくてはならない。
「先ほども言ったように、少女はなかなか外に出ようとしません。彼が来るのを待つために庭に出るときが唯一の退治するチャンスだと思います」
 時刻は丁度夕日の時間が終わって辺りが薄闇に包まれ始める宵闇どき。庭は柵で囲まれてはいるが入り口の門扉に鍵はなく、庭への侵入は容易だと志穂は言った。
「皆さんが近づけば、彼以外の人間を排除しようと襲い掛かってくるでしょう。小さなナイフを持っていて弱くはありませんが、特別な能力などはないですから皆さんなら苦戦することはないと思います」
 ただし、と小さなため息と一緒に続ける。
「そのまま戦いを始めれば、少女に会いに来た彼が現場に到着してしまう可能性が高いです。もしそうなれば彼は必死に少女を守ろうとするでしょうね」
 普通の人間である彼にとってそれがどれだけ危険なことか。それに、戦いを彼に見られたリビングデッドの少女が今の幸せの終わりを悟り、彼を道連れにしようと襲い掛かる可能性も考えられる。
 幸い彼の滞在先から少女の別荘までは歩いて20分ほどの距離があり、一本道で迷うことはない。少女の元へ向かう途中の彼と接触するのはそう難しいことではないだろう。
「もう彼のヴィオレッタはいない、それが現実です。少女を退治したあと残された彼に何が出来るのか私には分かりませんが……もし彼の中に少女のことを美しい記憶のまま残すことが出来るなら。そう思います」
 それはきっと彼を襲う大きな絶望の中の、小さな光になるだろうから。
「約束された悲しい結末を変えることが出来るのは皆さんだけです。どうかよろしくお願いします」
 そう言って説明を終えた志穂は、最後にぺこりと頭を下げた。

マスターからのコメントを見る

参加者
此花・縁樹(砂の薔薇・b01304)
篠宮・沙樹(死ノ宮ニ咲ク沙羅樹・b18858)
支倉・朝龍(銀糸に囚われし想いの残滓・b20581)
白道・沙夜(久遠の記憶・b24167)
月白・夜(ヴォルデニュイ・b25555)
儀水・芽亜(共に見る希望の夢・b36191)
レタルトゥル・エムシコロクル(白炎の狩人・b37534)
シュカブラ・キアロ(太陽に焦がれたジュダス・b41558)



<リプレイ>

●今宵も約束の庭で
 白亜の木で造られたその別荘は夕陽色に染まって静かに佇んでいた。
 二階の窓が一つ、薄く開いているらしい。零れたレースのカーテンがゆらゆらと揺れているのが見える。
「そろそろでしょうか」
 周囲の様子を見回しながら篠宮・沙樹(死ノ宮ニ咲ク沙羅樹・b18858)が呟いた。
 時刻は夕暮れ。もうすぐ世界は茜色から約束の宵闇へと姿を変えるだろう。
 そして恐らくその前に少女は庭へと下りて来る。能力者たちは身を低くして柵の影に隠れその時を待っていた。
「……死してもなお会いたいと思う気持ちがかりそめの命を与えた……か」
 始まりを待ちながら、支倉・朝龍(銀糸に囚われし想いの残滓・b20581)は倒すべきリビングデッドの少女に思いを馳せる。愛する者を失ったことがある自分にとっては何とも言い難い相手だ。
「……はい。人の想いとは、死さえ覆してしまうほどに強いもの……。でもそれは、自然の理からは外れてしまうこと、ですから」
 だからわたしたちにできるのは、一番悲しい結末にならないようにすることだけなのですね。そう憂いを帯びた笑みを見せた白道・沙夜(久遠の記憶・b24167)の黒絹の髪が風に揺れた。
 朱い夕陽の色も翳りを帯び始め、見れば向こうの空はすでに灰色に変わってしまっている。
 ようやく変化が訪れたのはそのときだった。
 ――カチャリ。
 響いたのは古びた鍵を外す音。続いてゆっくりと玄関の扉が開く。
 姿を現したのは儚げな印象の少女だった。長い髪は下ろされたままで、膝下まで隠す菫色のスカートから細い足首が覗いている。その手の中には、青年から血を貰う際に使っているのだろう小さなナイフがとても大事そうに握られていた。
「……行動開始です。行きましょう」
 そんな少女の様子を視界に捕らえて、レタルトゥル・エムシコロクル(白炎の狩人・b37534)がライフルを手に立ち上がった。
 少しだけ可哀想にも思えるけれど、ここで取り逃すわけにはいかない。
 これ以上の悲劇を、起こさない為に。
 音を立てて門扉が口を開ければ、ゆるりと顔を上げたリビングデッドの少女と目が合った。
「……あなた達、誰? 何の用……」
 その声はか細く、病弱だったという彼女の身の上を思わせた。けれどその瞳に徐々に宿っていく剣呑な色は、明らかにただの少女のそれではなく。
 やがてそれが明確な殺意を結ぶのを見つめながら、シュカブラ・キアロ(太陽に焦がれたジュダス・b41558)は一歩足を踏み出した。
「悪いが倒させて貰う。芽亜の作ってくれた時間、無駄に出来ないからな」
 そう口にしたのは、たった一人で青年の足止めをかって出た仲間の名。
 そう。彼女に報いる為にも、自分達は自分達の役割を迅速に終えなければならないのだ。

●悪夢の使者
 能力者達によって菫の庭の門が開かれた……その少し前。
 白亜の別荘へと続く小道を青年は急いでいた。
 ――ああ、もうすぐ夕暮れが終わってしまう。
 急がなければ。少しでも長くヴィオレッタと過ごしたいから。
 愛しい面影を思えば自然と歩調は早まる。一歩近づくたびに幸福な気持ちが胸を満たしていった。
 もうすぐだ。あの角を曲がれば別荘が見える。
 もう君は、あの美しい庭で僕を待っていてくれているだろうか――……。
「こんばんは」
 そのとき。滅多に人気のない道に知らない少女の声が響いた。
 青年が顔を上げれば、目に飛び込んだのは風に揺れる黒のドレス。
 喪服を纏った小さな少女―……儀水・芽亜(共に見る希望の夢・b36191)が、彼の行く先を塞ぐように佇んでいた。
 芽亜の腕には青年の愛しい人を思い出させる菫の花束が抱かれている。
「こ……こんばんは。すいません、先を急いでるんで」
 青年の声が上ずる。夕暮れ時に人気のない道で出逢うには随分と奇異な格好の少女だ。
「今日も『菫』の庭へお出かけ? それもいいかもしれませんわね。花が咲いているのは僅かの時間ですもの」
 当たり障りのない挨拶だけして横をすり抜けようとした青年を引き留めるように、芽亜は唇を開く。
「な……!? 何でヴィオレッタのことを……」
 あの菫の庭は他者が知るはずない二人だけの世界だ。それを容易に口にした見知らぬ少女に驚いて青年は振り返る。
 目が合うと薄っすらと笑みを浮かべ、更に芽亜は続けた。
「スミレは秋まきの一年草だとご存じ? 夏を越すことは出来ない運命ですの。……残念ですけど、今年の『菫』はもう終わりですわ」
 その言葉を聞いたとたん、ゾクリと冷たいものが青年の背筋を走った。
 少女の言うことはよく分からない、いきなり何の冗談なのか、そんな気持ちも勿論ある……けれど。
 『菫はもう終わり』、その響きに得体の知れない不安が湧き上がった。彼は自らが菫と呼ぶ愛しい少女の身体の弱さを、死の身近さを、良く知っていたから。
「……ヴィオレッタ!」
 弾かれたように青年は走り出した。
 この不安がただの杞憂ならばいい。一刻も早く、愛しい彼女の無事を確かめなければ……!
 ――だが。
「っ……な……んだ……?」
 突如、ガクンと青年の膝が崩れる。ぐらぐらと揺れる視界に、自分の身体にまとわり付く黒い霧のようなものが映った。
 彼を襲ったのは強烈な睡魔。よろめきながら一歩、二歩と足を進めるものの、ナイトメアの力を操る芽亜が施したそれに彼があがらえるはずもなく。
「……あなたはよほど『菫』がお好きなんですのね」
 すぐ後ろから聞こえたその声を最後に、彼は意識を手放した。

●宵闇のヴィオレッタ
「来ないで!! ここに入っていいのは、あの人だけ、なの……!」
 菫の庭へと踏み入った能力者達に、リビングデッドの少女が引き裂くような声を上げた。
 ――キィンッ!
 同時に響いたのは金属のぶつかり合う鋭い音。
 殺意を剥き出しに少女が振り上げたナイフを、素早く前に出た此花・縁樹(砂の薔薇・b01304)の短剣が受け止めていた。
「恋する二人というのはひっそりと応援したくなるものですけれど、今回はそうも行きませんからねぇ」
 武器から伸びる茨が絡みついた腕を一振りしてナイフごと少女を弾き返しながら、溜息まじりにそう零す。ちら、と少女の足元に視線をやれば、無残に踏みにじられた菫の花が見えた。
 リビングデッドの本能に支配された今の少女に大事な菫はまるで見えていないようだ。
 その様子を見た月白・夜(ヴォルデニュイ・b25555)は警戒を緩めぬまま素早く周囲を見渡した。
(「彼が彼女の名前にもした大切な菫、踏みにじるわけには……」)
 すぐに花の少ない方向を見極めると、そちらへ駆ける。そのまま自らの力を高める構えを取り誘うように少女に向き直った夜に仲間達も続いした。
 能力者達の動きは迅速だった。全員がそちらへと移動を完了した頃には、シュカブラ、沙樹、縁樹はすでに力を高めた武器を構え、レタルトゥルもまた湧き上がる魔狼のオーラをその身に宿している。
 宵闇の薄暗さに支配され始めた庭を、朝龍の白麟光が照らし出していた。
 相手は特殊能力のないリビングデッド一体、普通に戦えば7人の能力者達にとって敵ではない。
 だが何も考えずに力を振るえば、この美しい菫の庭は見るも無残な姿へと変貌してしまうだろう。
 故に彼らは決めていた。出来るだけ庭を荒らさぬよう、菫の花を散らさぬように終わらせるのだと。
 全ては遺される青年の心を絶望で埋めない為に。彼の中に少女の記憶を美しいまま残す為に。
 そしてその為に守らなくてはならないものは、もう一つ。
「ゆきちゃん、斬ってはいけません。峰打ちでお願いします」
 慎ましやかな声が響く。沙夜のそれを受けて、彼女を守るように前へと立っていたスカルサムライが動いた。翻した刀は寸前で角度を変えると少女の身を打ち据えるだけに留まる。
「出来ることなら遺体は遺してやりたいからな」
 頷いたシュカブラが少女を抑えるように前に出た。無闇に武器を振るうことはなく、ただ少女のナイフを弾いてその動きを阻害する。
 そう、これがもう一つの守らなくてはならないもの。少女が穏やかな死を迎えたと青年に思わせる為に、彼女の外傷は最小限に留めなくてはならないのだ。
「ええ、少し効率は悪いですが……くっ」
 続いて前に出た沙樹が傷に重ねるように日本刀を閃かせる。…が、狙いを定めた攻撃は当然ながら通常より精度を欠き、少女はその刃を避けて逆にナイフを突き出した。
「来ないでって言ってるのにどうして!? どうして痛いことするの!?」
 殆ど悲鳴と言っていい激昂と共に沙樹の腕に熱が走る。切り裂かれた皮膚から血が迸り、少女の握るナイフを濡らした。
「っ……ごめん」
 高ぶる感情のままに少女は攻撃の手を止めることはない。再び沙樹に向けて振り上げられるナイフ、だがそこに小さな謝罪の言葉と共にひとつの影が滑り込んだ。
 菫と同じ紫色の瞳が少女を捕らえる。躍り出た夜は長剣を閃かせてナイフの一撃を弾くと、返す動きで闇を纏った一撃を入れる。そしてすぐに後方へと飛ぶと、空いたスペースに滑り込んだ縁樹の長い黒髪が散った。
 彼女が武器を振り切れば虚空に描き出された人影が少女へと走り、傷を上書きするように更にダメージを与える。
「いくら愛し合っていようと、彼にはまだ未来があるのですから」
 小さな縁樹のその呟きに、けれど過敏に反応したリビングデッドは高い喚き声をあげた。
「五月蝿い! あの人はどこ!? あの人を出して……!!」
 もはや病弱で儚げな少女の面影はどこにもない。その様子に少しだけ憂いを見せて、レタルトゥルがライフルのトリガーを引き絞る。彼女の長い灰色の髪が宵闇に溶けるように舞った。
「せめて、なるべく苦しまないように」
 真摯な呟きと同時に撃ち出されたのは眩い十字架の紋様。真っ直ぐ少女へと駆けたそれは幾度も衝撃を弾けさせ、リビングデッドの少女はくぐもった苦悶の声を漏らす。
 それに追い討ちをかけるように、横に立った沙夜が腕に抱いた風水盤に力をこめて雑霊の力を宿した気を撃ち込む。直撃を受けた少女は大きくよろめいた。
「……油断するな、来る」
 銀の横笛にそっと唇をつけ、白燐蟲の加護で沙樹が受けた傷を癒した朝龍の静かな声が響く。
 その言葉の通り、よろめいた少女は倒れることなく踏みとどまり、そのまま強く地を蹴った。
 その動きを抑えるべく再び前に出たシュカブラに一直線に少女は飛び込んでくる。光るナイフを見据えて彼は手にした剣の柄を強く握りなおした。
 血を啜って永らえる少女。その姿が従属の身であるシュカブラには複雑に映る。
 だがこのままいけば待つのは悲しい終わりだけ。生と死の逢瀬に幸せな結末などありえないのだから―……。
「だから、今は剣を振るうだけだ……!」
 左に跳んで少女の斬撃を交わし、そのままの勢いで踏み出す。迷いごと斬り捨てるかのように横薙ぎに振った刃は闇の波動ごと少女の胴体に裂傷を刻んだ。
「痛い……痛いの! これで終わりなんて嫌、あの人に会いたい……!」
 少女に残された力はあと僅かのようだった。現実を拒絶するように闇雲に首を横に振り、傷だらけの身体で尚もナイフを離さない。
 愛する人への想いで蘇ったにも関わらず、彼を喰らいつくす亡者と成り果てた少女。
 純粋さは病的な執着へと変わり、尚も彼女は彼を呼び続ける。
「すまないな、最期に立ち会うのが愛しい男ではなくて」
 少女の叫びを断ち切るように朝龍が告げる。彼の真白の衣が翻ると、手中から放たれた水流の手裏剣が少女に奔った。
「せめて、あなたが愛する人をその手にかけずにすむことを……彼がこれからも生き続けてくれるであろうことを」
 続いて躍り出た沙樹が二振りの日本刀を交差させるように構えて口を開き、
「手向けにさせていただきます」
 告げると同時に強く振り切れば、迸った一条の雷撃は朝龍の攻撃に重なるように直撃する。
 少女に残された力を刈り取るべく能力者達は次々と持てる力を打ち込んでいった。
 顔や腕に損傷を与えないよう注意を払いながらの攻撃は無論全てが当たるわけではなく、また繰り出されるナイフの閃きに能力者達もいくらか傷を負ったが、自らの持つ回復能力ですぐさま癒しきる。
 スカルサムライが少女を斬り付け、それに合わせるように沙夜の雑霊弾が奔れば、レタルトゥルのクロストリガーが炸裂した。
 そして可憐な菫の名で呼ばれた少女にも、ついに最期の時が訪れる。
「さぁ、終幕としましょう……貴女の手で愛しい者を殺める前に」
 縁樹が描き出した影が少女へと奔りだす。それを見届けて、夜が地を蹴って跳んだ。
 高く振り上げた剣が月光を弾いて光る。
「安らかな眠りを」
 迸った闇のオーラで一閃すれば、その刃は真っ直ぐ少女へと吸い込まれ……。
「ッ……!! ……シ、さん………」
 ――聞き取れなかった呟きは、青年の名だろうか?
 ぐら、と身体を揺らした少女は赤く濡れたナイフをその手から滑り落として。
 菫の咲く庭に長い髪を散らし、もう二度と動くことはなかった。

●花に祈りを
「……良かった。お花も大丈夫みたいですね」
 庭をぐるりと見回した沙夜が安心したように息をついた。
 倒れた少女には戦闘の痕が生々しく残っているが、顔や腕に目立つ傷はない。服を着せれば青年の目を誤魔化すことは容易いだろう。
 朝龍がそっと少女を抱き上げれば、細い体躯は驚くほど軽かった。

 別荘に入った彼らは少女を病死に見せかけるべく処置に入った。
 窓に揺れるレースのカーテン。どうやら最初に見上げたあの部屋が少女の寝室であったらしい。
「出来る限り綺麗な姿にしてあげましょう」
 クローゼットを開いて沙樹が言った。いくつも服を広げて一着を選び取る。
「……やっぱり、この色が一番似合うようですね」
 沢山の洋服を興味深く眺めていたレタルトゥルが選ばれた菫色に納得したように言った。化粧道具を手にした沙夜も、長袖の上着を探してきた縁樹も柔らかく頷く。
 身体を拭き、新しい洋服に着替えさせて薄く化粧を施せば、ベッドに横たわる少女は眠っているようにしか見えなかった。
「皆様、お疲れ様ですの」
 全ての処置を終えた彼らの元に、シュカブラに連れられて芽亜がやってきた。
 彼女を気遣うように沙夜がその手をそっと握れば、「わたくしは大丈夫ですわ」と安心させるように微笑んでみせる。
 立ち去る直前、そっとベッドに近づいた夜が少女の手に握らせたのは一輪の菫の花。
「やっぱり君には菫が似合う。ナイフなんかよりずっと」
 菫に寄り添った少女の表情はとても穏やかで……まるで淡く微笑んでいるようにすら見えた。

 きっと青年は泣くだろう。深い絶望の中で、少女の死を嘆いて泣くだろう。
 けれど、きっと大丈夫。きっとまた彼は歩き出せる。
 最後に見た少女の穏やかな表情が、そんな予感を運んでくれたような気がした。


マスター:浅見宙 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/05/05
得票数:せつない19 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。