<リプレイ>
●憂鬱な任務 「……なんか……可哀相過ぎる……」 雪城・奈菜(中学生魔弾術士・b02059)の言葉にリュックの準備をしていた伊神・鈴之介(小学生霊媒士・b02181)は頷いて口を開く。 「これからも生きて……一緒に居られるのが一番良かったんだろうけど」 「不慮の事故で引き裂かれた絆……痛ましく悲しい事よね」 氷室・雪那(中学生魔剣士・b01253)もそう呟く。 とても仲の良い姉妹だっただけに、今回のことは辛く残酷な出来事だ。 姉は死んでリビングデッドとなり、このままでは仲の良かった妹を食らうことになるとは。 能力者としてこれを放っておくわけにはいかない。 これ以上の悲劇が生れてしまう前に、自分たちがなすべきことをするしかないのだ。 頭を出していいかと聞いていた神代・望月(小学生魔弾術士・b04741)もすでに猫変身を終えて鈴之介のリュックの中だ。 あまり大勢で行けば怪しまれるだろう。 そこで、魔弾術士たちを猫変身させ、リュックに入て移動することに決めたのだ。 鈴之介は望月、矢峨崎・千早(高校生魔弾術士・b14133)は奈菜、玉依・美琴(中学生符術士・b11621)はマイア・オハラ(高校生魔弾術士・b02219)をそれぞれ担いだ。 奈菜が息苦しくならないようにと千早はリュックの口を少し開けておいたが、不自然に見えるほどではないので問題はない。 夕暮れ時、作戦を確認してから一同は目的の部屋へと向かった。
●辛い現実 自分の部屋のベッドに腰かけながら、由香はぼんやりと考えていた。 どうして今日は学校へ行く気にならなかったのだろう。 なんだか頭がぼうっとする。空腹を感じて冷蔵庫を覗いたけれども、好物のものにも食指が動かなかった。 (「昨日転んだから、少し調子が崩れてるのかな」) ふっと美香の顔が浮かぶ。 部活があるから夜まで戻らないけれど、できるだけ早く帰って来ないだろうか。 なんだか普段以上に美香の帰りが待ち遠しい。 「……早く帰ってこないかな」 その言葉に答えるように、インターフォンが鳴った。 美香が帰ってくるにはまだ早すぎる。 いまは、美香以外の者とはあまり会いたくないが、鳴り続けるインターフォンに根負けして玄関に向かい、薄く扉を開いた。 立っていたのは雪那だ。 勿論、由香は雪那のことなど知らないので、警戒した目のまま口を開く。 「……誰?」 「初めまして。わたし、美香さんと学校で知り合いなのですが」 「美香と?」 由香が知っている美香の友人に、こんな子はいただろうか。 そう疑問に思い、それを問おうとする前に雪那が口を開いた。 「美香さんが具合悪くして倒れたんです」 「えっ?」 美香の名前に由香は大きく反応した。 「倒れたって、何があったの? 病院に行ったの?」 「ちゃんと説明したいんですが、ここではご近所の迷惑にもなりますし、中へ入っても良いでしょうか」 「え? あぁ、そうね。入って」 その言葉に由香はチェーンを外して扉を開いた。 途端、ドアから見えない位置に待機していた残りのメンバーは部屋の中へと押し入った。 その内3人はリュックを背負っているが、由香はそんなことを気にかける余裕はない。 突然やってきた見知らぬ複数の人間に、警戒と敵意の目を向ける。 「なに、なによ。あんたたち誰! ここに何しに来たの!」 「びっくりしないで聞いてね。美香さん、あんたはもう死んでるんだ」 そっとリュックを床に置きながら、鈴之介はそう告げた。 その言葉に由香は呆気にとられた顔になる。 「あたしが……死んだ?」 「椅子から落ちただろ? そのときに、死んだんだ」 「なに? なんの冗談? あたしが死んだなんてあるわけないじゃない」 「じゃあ、どうして今日は一緒に美香さんと学校へ行けなかったの?」 雪那の問いに由香は一瞬言葉が詰まった。 「それは、ただちょっと調子が悪くて……」 口ごもりながらそう答えた由香に、真壁・伊織(中学生水練忍者・b01637)は刺激させないような口調で話しかける。 そちらに気を取られている間に、猫変身をしていた者たちは人の姿に戻っている。 「あなたは、自分が今どうなってるか、自覚はあるかな……どんな状態だと思っている?」 「どんな……って」 「多分……奇妙な飢えや渇きを感じたことがあると思う」 その言葉に由香の顔が強張った。 確かに空腹は感じている。冷蔵庫などにおいてある食べものには手を伸ばす気にならない、そんなものでは満たされないような奇妙な飢えを。 ますます混乱していく由香に、伊織と美琴が説き伏せるように由香がいまどういう状態なのかを説明する。 昨日、椅子から落ちたときに由香が死んでしまっていたこと。 しかしリビングデッドとして蘇ったこと。 「嘘……」 目を見開き、身体を小刻みに震わせながら由香が口を開く。 「嘘、嘘よ。そんなことあるわけない!」 「死んでからも一緒にいるって、やっぱり良いことじゃないんだ。妹を守るどころか、そのうち傷付けることになってしまう」 鈴之介の言葉を拒絶するように由香は大きく首を振る。 「あたしは死んでない! もし、もし……あたしが死んでるんだとしても、こうして動いてるじゃない! いなくなるわけにいかないのよ! そんなことをしたら美香が泣くじゃない!」 どうやら由香は、おとなしく亡骸に戻ってはくれないようだ。 「あたしは、ここにいる。美香を置いて死ぬことなんてできるもんか!」 そう叫んだと同時に手近に置いてあったハサミを掴もうとした由香の手は、マイアが放った水刃手裏剣によって妨げられた。 「……リビングデッドになった者は、本能的に血肉を求める。愛しい相手の血肉をね……あなたはもう、妹さんを守れないんだよ」 伊織のその言葉に由香は大きく目を見開いた。 大切な者、美香を自分が食らう? 自分が死んだと告げられたことよりも、そちらのほうが由香にとっては衝撃的だった。 「大切な人を守りたい気持ちは判るつもりです。美香さんも貴方に血をくれるかもしれません……でも、ダメなんです。何時か貴方は心を失くし、美香さんを殺す事になるんです!」 『殺す』という美琴の言葉は、由香にとってはとどめだった。 「嘘よ……嘘よ!」 錯乱したように由香は暴れだした。 しかしそれは、得物となるものも見つからず、ただ闇雲に近くにいる者を捕らえようと腕を伸ばすなどという虚しく痛々しくさえ感じる動きだった。 自分のほうへと近付いてきたとき、奈菜はそれを避けはしたが、由香を攻撃することなど奈菜にはできなかった。 大きく腕を振ったところにできた隙へ望月が龍顎拳を打ち込む。 由香は苦しげに呻き、その場に崩れ落ちたが、尚も必死に敵意のこもった目を能力者たちに向ける。 「なぜ、刃向かう……わかるはずだ。おまえのその刃では、もう妹を守れない」 千早がそう言っても、由香は起き上がり戦おうとする。 「……あたしは、殺さない……美香を殺したりするもんか……あんたたちが言うことなんて信じるもんか」 否定したくとも、リビングデッドの本能を感じ始めたのか、その言葉はひどく弱々しいものに変わっていた。 それでも、由香は最後の力を振り絞って鈴之介に飛び掛る。 「美香を……泣かせるもんかぁ!」 鈴之介はそれをかわして由香を見つめながら口を開いた。 「蘇ってしまったばかりに少し辛い思いをするかも知れないけど……本当に妹の事を想っているのなら、覚悟を決めて欲しい」 その言葉を合図に、伊織が布槍で由香の動きを封じるように絡め取り、雪那がブラストヴォイスで攻撃した。 今度こそ安らかな眠りへとつかせるための、優しく穏やかな、弔いの鎮魂歌。 ゆっくりと、由香の身体が崩れた。
もはや反撃する気力は完全に失われ、かりそめの命も消えかけていた。 「美香さんに伝言が有ればお伝えします」 美琴の言葉が聞こえたのか、ふっと由香の目が能力者たちのほうを向いたように見えた。 あるいは、この場にいない、もう会うことができない妹の姿でも見ていたのかもしれない。 由香の顔は、自らの死を認め、それでも誰かを励まそうとするように微笑んでいた。 「もっと……強気になって笑ってなさいよ……笑えば美香は、可愛いんだから……」 同じ顔のあたしが言うんだから……説得力あるでしょ? 美香が思ってるほど、ほんとは美香は弱くなんかないのよ。 ほんの少しだけ、自信を持てば、あたしよりもずっと強いんだから。 「わかった……? 美、香……」 途切れ途切れにそう呟きながら、ゆっくり由香は目を閉じた。 「これでいい……悲劇は、食いとめられたんだ」 そう呟きながらも、千早は自分の胸のうちに残るもどかしさを感じていた。 おそらく、その場にいるほとんどの能力者たちが感じているものと同じものを。
●姉の思いを 遺体を由香の部屋へと運び、事故死に見せる細工をしてから一同は部屋を後にした。 傷もさほど付いていないし、できるだけ本当の死因に近いものにはしておいた。 出来れば葬式に出たいと伊織は言っていたのだが、そこまで干渉することは自分たちにはできない。 後はこの辛い事実と姉からの伝言を妹に伝えることまでが自分たちに許された行動だ。 「(……伝えるのは……辛いし悲しい……でも……やらなきゃ)」 姉の死を美香に伝える役目を引き受けたひとりである奈菜は心の中でそう呟いた。 奈菜の他にはマイアと望月、そして美琴がその任についている。 近くを遊んでいる子供のように装いながら、望月は美香の帰り道でうろうろとしていた。 と、そこに見覚えのある顔が近付いてきた。 つい先程まで自分たちが戦っていた相手と同じ顔の女性、美香だ。 「お姉ちゃーん……あれ?」 美香に駆け寄った望月は声をかけたから首を傾げてみせた。 当然、美香のほうはもっと怪訝そうな顔になって望月を見ている。 「あれ、お姉ちゃんじゃないの?」 「え? あ、あぁ……もしかして、由香姉さんのこと?」 そっくりの顔をしているので間違えられることが多いためか、美香はすぐにそう誤解して望月に笑いかけた。 「わたしはね、妹の美香っていうの。由香お姉ちゃん……姉さんのお友達?」 望月が頷いて見せると、美香はあっさりと警戒を解いた。 相手が小学生という理由もあったのかもしれないが、一緒に家に行くと言ったときも美香はすぐに承諾した。 「僕ね、由香お姉ちゃんからお姉ちゃんのこと聞いたことあるよ」 「そうなの?」 「うん。もっと強気になればいいのにって言ってたよ」 「……そう」 途端に頼りなく下を向いてしまった美香を見てから、家がある程度近付いてきたところで望月が家のほうを指差した。 「なんだろう、人がいるよ」 「え?」 その言葉に顔を上げた美香の先に、奈菜とマイア、美琴がいた。 怪訝な顔になった美香に望月はマイアは知り合いだと安心させて3人のところに連れて行く。 「……お姉さんの知り合いです……実は………」 「え……?」 奈菜の言葉に美香はさぁと青褪めた。 「お姉ちゃんが……死んだ……?」 「事故だったそうです」 マイアが痛ましそうにそう付け加えた。 「嘘、嘘よ……。そんなことあるわけない」 ついさっき、由香の口からも出た言葉。 だが、周囲の雰囲気に、これが冗談ではないのだと理解した美香は身体を震わせながら泣くこともできず、その場に崩れそうになる身体を懸命に支えていた。 「お姉ちゃんがいなくなるなんて……そんな……わたし、これからどうしたら……」 頼りにしていた、もっとも近いところにいた者の突然の別れに混乱している美香の肩を美琴が優しく叩いた。 「今は沢山泣いて、その後はどうか笑って下さい。貴方がずっと泣いてたら、由香さんが心配しますよ」 その言葉に僅かに顔を上げた美香に、マイアも優しく微笑む。 「わたくしも昔は辛くて泣いてばかりでしたけれど、今は少しは強くなれた気がしますわ。大丈夫、あなたももう独りで歩くことができますわ」 そう言いながら、望月のほうを見る。 「彼はまだ小さいですけれど、人生を自分の力で歩いています。あなたも出来ますよ」 望月は、じっと美香を見つめていた。 そこへ奈菜が懸命に言葉を紡ぐ。 「……由香さんに……いつまでも……頼っていても……いつか離れなければいけないの……こんな風に来るとは……思ってなかっただろうけど……だからこそ……由香さんを安心させて上げなきゃ……でも……きっといつでも……美香さんのことを守ってくれているはずだから……」 「お姉ちゃん言ってたよ。自分よりも美香のほうがほんとはずっと強いんだって」 だから、いまは泣いて、けれどその後は姉との楽しかった思い出と共に強く、姉の分まで幸せに生きてほしい。 それはここにいるものだけではなく、説得を彼らに託した他の能力者たち全員の気持ちだった。 「……お姉、ちゃん」 つぅっと美香の目から涙が零れたのをきっかけに、美香はその場で泣き崩れた。 「お姉ちゃん、お姉ちゃーん!」 これで、自分たちにできることは終わった。 早く悲しみから立ち直ってくれることを祈りながら、能力者たちは美香の元から去っていった。
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参加者:8人
作成日:2006/12/10
得票数:泣ける2
せつない16
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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