黄色い靴が跳ねる


<オープニング>


「はい、次はみーちゃんの番ね」
 陽菜はにこりと笑ってゴム跳びのゴムを足首で受け取る。反対側に立って一緒にゴムを張っているのは妹の沙菜だ。
「うん……!」
 みーちゃんと呼ばれた少女は嬉しそうに黄色い靴で跳ねる。ぐるりと足首にゴムを巻き付け、半回転。ジャンプとともにゴムを放して、開いたゴムの間に着地した。
 みーちゃんは同じ団地の友達で、毎日一緒に遊ぶくらい仲が良かった。
 お父さんもお母さんも働いていて、夜遅くまで帰ってこないのだという。年の離れたお兄さんがいるのは知っていたが、陽菜も沙菜も話した事は無く、顔しか知らなかった。
 みーちゃんはまだ小学二年生。沙菜が同い年で、陽菜が三年生。
 陽菜にとってはみーちゃんも大事な妹のひとりだ。今日も出かける前に、陽菜の血を舐めさせてあげた。
 それは小さな子猫にミルクを与えるのと同じ感覚である。そうするとみーちゃんが喜ぶから。それだけの理由で陽菜は自らの血を与え続けた。

「――実佳」
 不意に聞こえた声に三人が振り返ると、公園の入り口に学生服を着た少年が立っている。
 みーちゃん……実佳は彼の姿に気づくなり、びくりと肩を揺らして陽菜の後ろに隠れた。
「いつまで遊んでんだよ」
 少年はいらいらした口調で三人に歩み寄る。陽菜は思わず実佳をかばって少年を睨むが、彼は乱暴に陽菜の体を突き飛ばした。
「きゃっ」
「陽菜おねーちゃん!!」
 少年は妹の手を強引に掴む。そうする事が当然と言わんばかりに。――そうやって彼はいつもいつも、鬱屈した感情の矛先を実佳に向けてきた。
「いやあっ!!」
 実佳は兄の手を振り払う。
 有り得ない光景を前にして、陽菜も沙菜も目を見開く事しか出来なかった。
 ――突如として発生したかまいたちのような刃が、少年の体を細切れに切り刻んでいったからである。

「今回倒してもらうリビングデッドは実佳という女の子よ」
 甲斐原・むつき(高校生運命予報士・bn0129)によれば、彼女が兄を殺してしまうまで時間が無いらしい。
 運命予報士は出来るだけ手短に依頼の概要を伝えた。

「場所は団地近くの小さな公園よ。実佳はそこで同じ団地に住んでいる姉妹と一緒にゴム跳びをして遊んでいるの。そこへ、中学校から帰ってきた兄が通りかかるんだけど……」
 兄妹仲は芳しくないらしい。というより、兄が妹に一方的な暴力を振るう事が多かったようだ。
「今すぐ出発しても、兄である少年が公園を訪れるより先に到着するのは難しいわ。急いで急いで、ようやく彼が陽菜を突き飛ばすのと同時くらい。彼の命を救うには相当上手く事を運ぶ必要があるわね」
 だから、とむつきは続ける。
 たとえ彼を助けられなくとも、実佳だけは必ず倒すようにと。
「実佳の攻撃は敵単体を巻き込む風刃のようなものね。それと、攻撃力上昇を促す単体回復も持っているわ。攻撃力自体はそれほどでもないけれど、回復力が高いから。場合によっては戦いが長引くかもしれないわ」
 幸い、公園に他の一般人が現れる様子は無い。公園の外に逃がしてしまわない限り人目を気にする必要はないだろう。
 ちなみに公園は約20m四方の小さいもので、中には砂場や滑り台などが設置されている。入り口は2つ。少年が入ってくる南が表で、西に細い階段に続く出口がある。他は全て柵で覆われており、とっさに壊して逃げるのは難しそうだ。
「それと、戦いの開始と同時に近くに潜んでいる野犬リビングデッドが2体現れるわ。武器は爪と牙。腐敗が進んでいて力は無いけれど、動きが早いから気をつけて」
 一通りの説明を終えたむつきは、改めて能力者達の顔を見渡す。

 実佳は人見知りをする大人しい少女だ。
 リビングデッドになろうとも戦いを好むはずがない。姉妹に助けを求め、逃げようとする可能性が高い。
「実佳は姉妹の事が大好きだから、積極的に傷つけようとはしないわ。けれど、もしも姉妹の方から実佳を拒絶するような事があれば……」
 どんな行動に出るか分からない。
 運命予報士の言葉は柔らかな黄昏に似合わぬ厳しさで、がらんとした教室に響き渡った。

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参加者
玖世・天(左道歓喜・b01364)
右楽・雪之丞(月霞・b02038)
尾崎・ジウ(雷哭のクエロ・b03146)
東堂・琢己(黒白の天風・b05744)
鷹來・遥姫(桃色兎姫・b11253)
一頼・凪(薙・b12929)
渕埼・寅靖(パワードフレーム・b20320)
ピジョン・ブラッド(鏖殺のグリフォン・b20560)
美杉・那也(腹黒シンガーフルドライブ・b26266)
アルステーデ・クロイツァー(葬闇のシュヴァルツェナハト・b35311)



<リプレイ>

●兄と妹、そして……ともだち
「いつまで遊んでんだよ」
 公園で遊ぶ実佳の元へと、脅威が歩み寄る。彼女はその恐ろしさを体で覚えていた。実佳がおびえた顔で陽菜の後ろに隠れる頃、能力者達はようやく公園へ辿り着く。駆けて、駆けて――救いたい者のために、ひた走った。
「きゃっ」
「陽菜おねーちゃん!!」
 未来視の通りの光景。少年の手が陽菜を押しのけて、実佳へと伸ばされる――けれど。
「そこで何をしている!」
 渕埼・寅靖(パワードフレーム・b20320)の叫びが、未来視と本当の未来を違える基点、合図となった。突然かけられた声に少年は驚いて振り返る。妹への暴力は恒常的なものだった。悪い事をしているという自覚のある少年――兄はびくりと肩を震わせる。
(「兄が妹を虐げるなど、到底許せるものか」)
 血縁の乏しい寅靖にとって家族の絆とは何より得がたく、尊いものだった。それを踏みにじった罪は重い。
 それを生きて償わせるためにもここで彼を死なせるわけにはいかなかった。寅靖は少年の向こう側にいる実佳に焦点を合わせる。
 ――衝撃波が、まるで雄叫びをあげるようにして実佳を襲った。
「やっ……!!」
 悲鳴をあげたのは実佳ではなく、それを見ていた陽菜だった。目の前で実佳が――みーちゃんが、何か激しいものに呑まれて、血にまみれていく。
「在るべき場所に帰る時よ」
 寅靖の牙道砲から一拍を置いた後、アルステーデ・クロイツァー(葬闇のシュヴァルツェナハト・b35311)はその掌に黒い靄のようなものを生み出した。宙を疾駆するようにして飛翔した悪夢の爆弾は、吹き飛ばずに留まった実佳をも巻き込んで、爆発。
「ハルは正直どっちでもいいんだけど……」
 寅靖の合図とともに駆け出した鷹來・遥姫(桃色兎姫・b11253)は、消え行く靄の向こうに佇む実佳の姿を見つけた。彼女の一挙一動に注意を払いながら、ごちる。
 少年の生死なんてどちらでも構わないけれど、みーちゃんに人殺しなんてさせたくないから。
「それだけは、させてはならない事だと思う」
 遥姫とほぼ同じ思いを抱いて、玖世・天(左道歓喜・b01364)は眠りについた姉妹の元へと駆けつけた。彼が陽菜の体を抱き上げるのを見て、実佳が悲鳴をあげる。
「お、おねーちゃ……!!」
「駄目だ」
 伸ばされた実佳の指先は空を掴んだ。迷いの無い動きで姉妹と実佳の間に滑り込んだ一頼・凪(薙・b12929)が素っ気無い口調で告げる。
 実佳は掌を前に突き出して、凪――邪魔者を排除しようとした。
 だが、横合いから炎弾と巨大なパイプレンチが彼女の体を襲う。幼い悲鳴が黄昏の公園に響き渡った。
「今のうちに早く!」
 炎弾の主は尾崎・ジウ(雷哭のクエロ・b03146)、パイプレンチによるロケットスマッシュは東堂・琢己(黒白の天風・b05744)によるものである。
 二度に渡る吹き飛ばし攻撃の失敗を見て、琢己が僅かに眉をひそめた。旋剣の構えを発動させながらジウに視線を送る。
「効果がみられませんね」
「ええ……。思っていた以上、なのかしら」
 吹き飛ばしは自分よりも強力な相手に効く事は稀にしかない。
「まあ、やらないよりはマシということで」
「そうね。……いくわよ」
 以降、ジウは中衛に下がり、琢己は逆に距離を詰める。彼らの背後では陽菜を天に任せたピジョン・ブラッド(鏖殺のグリフォン・b20560)が、優しくもう1人の実佳のト友達――沙菜を抱き上げた所だった。
「ナヤさん、そちらの方をお願い致します」
「了解っ」
 美杉・那也(腹黒シンガーフルドライブ・b26266)はその肩に少年の体を担ぎ上げる。
「急げ」
「ええ。早く南口へ――!」
 仲間達が実佳の注意を引いている間に避難を完了させなければならない。ピジョンの指示を受けて、天は2人を先導するようにアルステーデの待つ南口目がけて駆け出した。
「陽菜おねーちゃ、ん……沙菜……ちゃ……」
 実佳の声は涙に濡れていた。
 しゃくりあげる。2人の後を追うために琢己と凪の脇をすり抜ける事には成功したものの、その先には更に寅靖が立ち塞がっていた。上腕まで覆いつくす腕甲が宿すのは、猛々しい獣の気――。
「っ……!」
 そこで、実佳は諦めた。翻るスカートの裾。いち早くその考えを読んだ凪が叫ぶ。
「右楽先輩!!」
「任されました、っと」
「!?」
 この公園でよく遊んでいた実佳はもう一つ出口があるのを知っていた。西側にある細い階段。そちらから逃げ出そうとした少女を――最初からそこで待機していた右楽・雪之丞(月霞・b02038)が、真正面から迎え撃つ。
「どいてえっ!!」
「残念だけど、それはできないよ」
 風刃は雪之丞の肩から腹までを深々と抉った。痛みに僅か、顔をしかめる。けれど雪之丞は踏みとどまった――逃げ場を封ずる者として最低限の体力は保持して来ている。
 だが、視界の隅に黒い影を見て眉をひそめた。
 公園内の茂みに隠れていた野犬リビングデッドが姿を現し、素早い動きで雪之丞へと襲い掛かって来る。
 雪之丞はとっさに悪夢爆弾を投げ付けようと試みるが、どうやら敵の方が早い。間に合わない――……。
「――遅れてすまん」
 けれど、その牙が雪之丞へ到達する前に受け止めた獣爪がある。ようやく駆けつけた凪だ。
「いや、助かった」
「雪之丞先輩、大丈夫ー?」
「ああ、サンキュ。遥姫ちゃん」
 続けて遥姫が指輪を嵌めた指先を伸ばし、解放する白燐蟲で雪之丞の傷を癒す。彼は微笑みとともに礼を伝えながらも、次の攻撃に備えて実佳から視線を外さなかった。
 実佳は泣きじゃくっている。
 泣きながら、喚きながら――手当たり次第に風刃を閃かせた。

●黄色い靴
「あ……っ!!」
 その悲鳴はピジョンと那也の背後から漏れた。ぎくり、と肩を揺らした那也は迫り来る野犬リビングデッドの相手をピジョンに任せ、起きてしまった陽菜の口を掌で塞ぐ。
「ん、んー……!」
「ゴメンね……でも、自分の姉妹に悲しい事言わないであげて……」
 那也はそう言って、公園の入り口に佇むアルステーデに視線を送った。最後の壁として機能するアルステーデはそこから一歩も動く様子はない。那也に頷いて悪夢爆弾を発動、再び少女は夢の虜となった。
「どんなに仲が良かったのだとしても、それはもう過去なのよ」
 呟き、アルステーデは扇をひとひら舞わせた。くすんだ銀の鈴がちりんと鳴り響き、彼女の眼前に光の槍が生み出される。その穂先はピジョンが相対する野犬リビングデッドへぴたりと差し向けられた。
 ――と、その時。今度は兄の方が目を覚ましてしまいそうになる。けれどアルステーデが悪夢を呼び直す前に別の方角から飛んできた靄があった。視線をやれば、雪之丞が軽く手を挙げて笑っている。
「一切合切を撃ち貫く。その一撃の為に」
 やや前方では天が魔弾の射手を展開。紋様が輝きを放ち、高められた魔力は指先から、掌から――愛用のライフルへと注がれる。
 その銃口は確かに実佳を捉えた。十字架の照準が小さな少女を捕まえて離さない。無防備な背中へと撃ち込まれる速射、追撃――。
「我が一撃は天翔ける白鴉の如しッ!」
 一方。金の巻き毛を揺らし、豪奢なドレスには似つかわしくないアームブレードを自在に操るピジョン。その容赦無い一撃を受けた野犬は情けない悲鳴を上げて吹き飛んだ。その行方を追うようにしてアルステーデの槍が痩せた体を貫く。
「捕らえて、シフク」
 自らはブラストヴォイスを奏でながら、那也は彼のすぐ隣に控えた蜘蛛童・膨の名を呼んだ。シフクの糸が野犬リビングデッドを絡め取り、そこへ那也の歌声が響く――否、轟く。
 野犬の最後を見届けて、ピジョンは乱れた髪をかき上げた。
 血色の瞳が見つめる先には幼い少女。
 その小さな体が、数え切れないほどの攻撃の前にくず折れていく――。

●黄昏に染まる
「もう日が暮れる。遊ぶ時間は……お終いなんだ」
 寅靖の声は戦場にあってもどこか優しげで、穏やかだった。実佳はそれを不思議に思う。彼の爪はこんなにも酷く体を抉っていくのに、激しい苦痛を実佳に与えていくのに。
 実佳の背が柵にぶつかる。もう逃げ場はなかった。
 黒いスーツに身を包んだジウはしなやかな身のこなしで槍を操る。穂先に生じた炎は一つの弾となり、実佳へと飛来、着弾、炎上――。
「燃え尽きなさい!」
 ジウは実佳の慟哭に耳を貸そうとはしなかった。琢己もまた、無言でスパナを繰り出して少女を追い詰めていく。
「どうやら近接攻撃のようですね」
 風刃の性質を冷静に見極め、仲間達にそれを伝える。遥姫は頷きながら彼の受けた傷を癒した。彼女は一つ所に留まらず、まるで小兎のように仲間の間を行き来して片っ端から回復させる。
「頑張ってなのねー!」
 その声援もまた、確かな癒しだ。
 天の腕が詠唱ライフルを構える。
「銃身が焼け尽きるまで、撃ち続けんとな」
 クロストリガーはまだ尽きない。天はまるで最後通牒のように呟いた。
「再装填完了。ついでだ、纏めて持って行け」
 悲鳴は上がらなかった。
 魔炎に包まれ、爪に引き裂かれ――最後に無数の銃撃を受けて。
 実佳の体は大地の上へと背中から倒れ込んだ。

「あれ、みーちゃんは……?」
 陽那と沙那が目を覚ました時、実佳の姿はどこにもなかった。自分を突き飛ばした少年すらいない。
 雪之丞は微笑んで言った。彼女は迎えに来たお母さんと一緒に帰っていったのだと。
「また今度遊ぼうって言ってたよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
 隣ではジウが、見守るように無言で佇んでいる。
 陽菜の遺体は目立たない所へ運んだ後だった。兄も、彼女達からは離れた場所で解放してある。
 一足先に公園を出た凪は、実佳の体にあった痛ましい傷を思い出して呟いた。
「気になったんだが……」
「? どーしたの?」
「いや、何でもない」
 中の様子を窺っていた遥姫が振り返るが、凪は首を振って言葉を切る。実佳の死因。想像すれば難くない……だが、真実が分からない以上深く考えるのは止めた。
 夕陽は鮮やかに公園を染め上げていく。
 寅靖と天は瞼を伏せ、実佳の冥福を祈った。姉妹の心に温かな記憶が残る限り、彼女はそこで生き続けるに違いない。
 そろそろ帰りましょう、とピジョンが促す。アルステーデが背を翻し、琢己が遥姫を呼んだ。
「じゃあね」
 那也の言葉は黄昏に溶けて、初夏の風とともに流されていく――。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2008/05/31
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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