Manticore


<オープニング>


 山中を行く、2人の子供。
 もうすぐ、もうすぐいつもの沢につく。
 沢についたら、まずは川で泳ごう。そして――。
 彼らはそんな事を考えていた。一瞬後に姿を表すものの事も考えずに。
 それは、遠雷のごとき声で吠えた。
 恐怖にすくんだ2人に向かい、山奥から姿を現したそれは駆けた。
 2人の視界に入ったものは、ライオンの如き身に、老人のように見える頭部を持つ存在。
 そして、それは――鋭い刺を持つ尾で一人を貫き、もう一人も鋭い牙で食い千切り、山間の澄んだ空気を一瞬にして生臭いものへと変えた――。
 
「そろそろ梅雨が来ますかね?」
 あのじめじめした感じはイヤなものです。と春日井・樹(高校生運命予報士・bn0076)は彼にしては珍しく若干不愉快そうな雰囲気を湛え告げた。
「さて、今回のお仕事は……ある沢の近くなのですがね……」
 ある山中にある小さな沢に、妖獣が現れるのだという。
 このまま放置しておけば、近日中に初夏の沢に遊びに来た子供2名が被害に遭うだろう……と。
「妖獣は沢に近づくものを見かけると、襲いかかり、殺すようです」
 とはいえ、周囲に気を配っていれば十分敵の接近には気づく事が出来るであろうと彼は告げる。
「敵は力が強く、主に噛みついてきたり、蠍を思わせる毒のある鋭い棘つきの尾で刺してきたりします。また、稀に咆哮を挙げ、周囲にマヒをもたらすこともある模様ですので、気をつけてください」
 咆哮は、アビリティとして近いものを挙げるならば、ショッキングビートでしょうか、と樹は言い、説明を続ける。
「沢の近辺は岩場になっていますので、転ぶと危ないです。……とはいえ、確りした岩ですから、濡れていたりしない限りは転びはしないでしょうけれど」
 まあ、普通に歩く分にはまず転ぶことはないでしょうけれど、全力で走ったりする時は気をつけてくださいね、と彼は言った。
「妖獣は2体。お爺さんの顔をしたものと、お婆さんの顔をしたもの、です。それ以外に能力的な差は在りません」
 そこまで話すと彼は軽く一息つき、姿勢を崩す。
「そうそう。沢を少し登ったところには、小さな滝があるそうです。妖獣を倒したら、見に行くのも良いと思いますよ」
 流されないように気をつけさえすれば、川で泳ぐことも可能らしいし、山中である事もあり、初夏の緑も綺麗だという。
「折角ですから、しっかり敵を倒して、梅雨の前にこの時期の自然を堪能して来てはいかがでしょう?」
 そう言うと樹は「頑張ってきてください」と笑顔で能力者達へと軽く手を振った。

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参加者
雪峰・椿(幽華露・b00989)
河嶋・ほたる(水面を見上げて・b03676)
姫川・アヅマ(哮剣・b17524)
彩原・結乃(ソルジャーガール・b18938)
楢芝鳥・俊哉(半人前な図書室の主・b20054)
御神楽・美守(中学生土蜘蛛の巫女・b32214)
一ノ瀬・柴(影焔・b33937)
虎森・一(弾ける閃光ティーガー・b37584)



<リプレイ>

●蒼翠を源流へ
 木々がざわめき、川はそのせせらぎを響き渡らせる。
 一ノ瀬・柴(影焔・b33937)が周囲の気配に気を配りながら緑深い山を行く。
「ふー……山の空気が気持ちいいね」
 額に一筋流れた汗を拭い、虎森・一(弾ける閃光ティーガー・b37584)は周囲を見渡した。
 緑に遮られたその合間から、川の流れる様が僅かに見える。
 そしてかすかに香る水の匂い。
「こんなきれいな沢の近くにゴーストね。確かに水の流れるところには何とやら、とは言うけれど……」
 自然の中の交響に耳を傾けていた雪峰・椿(幽華露・b00989)はその秀麗な眉を顰めた。
 この場に妖獣の咆哮が響き渡る事を考えると、場を汚されたかのような不快感があるのだろう。
 とはいえ、被害者が出る前に予報が出来たこと、そして梅雨入り前である事は能力者達にとって幸運だった。
 この勢いを殺さぬように、最後まで活かして行きたいものだと姫川・アヅマ(哮剣・b17524)は思う。
「こんな気持ちのいいところで陰惨なこと起こされないように、しっかりと妖獣を倒そう」
 で、早くバーベキューしよう、と言い添えられた楢芝鳥・俊哉(半人前な図書室の主・b20054)の言葉に、一同の緊張は少しだけ解れた。
 確かに自然の綺麗な場所だ。だが、油断すれば危険につながる。アヅマはそれを理解していたが故に、登山用の装備もしている。
 警戒は怠らない。
 目前に現れた沢に、一同はただ遊びに立ち寄ったかのように見せかけつつも、慎重に足場を選ぶ。
「梅雨に入ってたら面倒だったな。この程度の足場なら何とかなるか?」
 あまり湿っていないのを確かめアヅマが呟くと、御神楽・美守(中学生土蜘蛛の巫女・b32214)もそうじゃのう、と答えた。
 舞っている時に転んで話のタネにされてはたまらない、と彼女は近くを流れる川へと視線をやる。
(「水辺特有の涼しさが心地良いのう……」)
 さわさわという静やかな音と、岩に砕かれる流れに、美守は一瞬、戦いにきた事を忘れた。そして沢遊びへと思いを馳せ……慌てて首を軽く振る。
(「いかんいかん、気を引き締めねば」)
 同様に、彩原・結乃(ソルジャーガール・b18938)もテレビで見た渓流の景色とは異なる、実際の沢の景色へと目を奪われていた。
 この時期に川遊びというのも楽しそうだ……と思ったところで、周囲へと意識を戻す。
「まずは妖獣を倒すのが先決です」
 こぼれた言葉に返された答えは、遠くから響いた雷鳴の如き咆哮と、柴の警告を促す叫びだった。

●人を喰らうモノ
「くるぞ!」
 柴の声に、一同が身構える。森の緑を切り裂き、2体の影が能力者達の方へと全力で走り込む。
 老人のように見える頭部、獅子の身体、そして蠍の尾。
「お、出たなジジイ達め!」
「うわー、ほんとにマンティコアだ」
 柴と河嶋・ほたる(水面を見上げて・b03676)は同時に声を上げた。
 僅かに戦慄を含ませた柴に対し、ほたるの言葉はどこか感嘆も含んでいる。だが、やるべき事はただ一つ。
「でも、あれは『この世にいてはいけないもの』だから、早く終わらせてあげないとね」
 彼女は隙なく妖精の名を冠した箒をつかむ。
 想像を絶する苦痛に苛まれているその存在を解放してやるには、ただ、倒す以外に方法はないのだから。
 足場は特に濡れていない。転ぶことはないだろう。
「『力はめぐる』っと」
 軽く足場を確かめた俊哉は、魔弾の力を体内に逆流させ、自らの前方へと魔方陣を描く。
「貴方の相手はこちらです……!」
 媼のような顔をした敵に向かい、彼女はきっぱりと告げ立ちふさがった。翁のような顔をした敵を他の皆が倒すまで、引きつけねばならない。
 椿が白き剣を回転させ旋剣の構えを取る。決して倒れない。その意志と誓いを剣に込めて。
 ほたるが白き蟲を纏う。陽光下でなおそれらは妖しい光を放った。
 2体の妖獣が唸る。
「確かに殺気を感じるね……それも、かなりのものだ」
 一は背筋にひやりとした冷たい汗を感じつつも見敵必殺の思いは崩さない。
「時間は掛けたくないからね。手早くいこうか」
 彼が前方へと魔方陣を生成する。直後、雷鳴の如き咆哮が周囲へと響き渡った。
 咆哮は圧力を持ち容赦なく能力者達を打ち据える。
「くっ、しまった。体が……」
 一をはじめ、数名が身体に異常をきたし、その場へと膝を付くが、更にもう1体が椿へとその鋭い牙を剥く。
「どうせ年寄りなのは外見だけなんだろ? 敬老精神は無しでいくぜ」
 アヅマの足元から、腕の形をした影が伸び、翁顔の妖獣を引き裂きにかかる。同時に美守も清らかな祈りを込め、神聖な舞いを舞う。
 彼女の舞いは皆の傷を癒し、再び力を取り戻させた。
「ケマリ、椿さんを」
 結乃はグレートモーラットに指示を出しながら、自らは旋剣の構えを取る。グレートモーラットのケマリはその指示に従い、椿の傷を癒しに向かった。
(「さて、俺も堪えなきゃな」)
 気ははやるが、自ら戦線を決壊させるわけにはいかない。皆を信じ、耐えるのみ。
 柴は長剣を高速で回転させ、身構えた。

●貪欲にして冷徹なる獣、その最期
「『痺』っと!」
 敵の咆哮に対するかのように、俊哉は雷を纏った魔弾を放つ。マヒをもたらす事ができればちょっとした意趣返しという感じでもあったが、残念ながら敵は傷を負いはしたものの、マヒした様子はない。
 椿が闇のオーラを纏い白刃を振るい、同時にほたるも術式を編み込んだ雷の魔弾を撃ちこんだ。
 老人のような頭部のわりに体力はあるらしく、中々倒れない。ただ、少しずつでも敵の体力を削り、奪う。時間こそはかかるものの、それ以外に倒す方法はない。
 身を焦がされつつ、苦痛に絶叫をしながらも、敵は能力者達へとその鋭い尾を振るう。
 ほたるが喉から出かかった悲鳴を抑え敵の攻撃を防ぎ、アヅマは小さく毒づくと鎌状の野太刀で攻撃を受け流す。
「今度こそ、燃やし尽くすよ!」
 猛虎の如き闘志と共に一が放った魔弾が、容赦なく妖獣を飲み込み、その身を炎で包み込む。
 炎上するそれに大きな隙が出来たのを見計らい、アヅマが、結乃が続く。
 2人の足元から伸びた黒い影が、翁顔の妖獣を完膚無きまでに引き裂いた。
 足止めはここまでだとばかりに、能力者達は全力で媼顔をした妖獣を倒すべく全力を攻撃へと傾ける。
「元々そのように生まれ付いたか、幾つもの残留思念を取り込んだ成れの果てか。 何にせよ、その痛みは今日で終わる」
 安心して身を委ねるが良いと告げ、美守が自らの矜持にかけても敵を葬る覚悟を決める。
 振るわれた薙刀より放たれた雷は、小さく空気を焦がし妖獣へと着弾した。
「全力でやるぜ!」
 柴の足元から腕の形の影が伸び、俊哉もマホウノホンで射撃し、援護する。
「沢で聞くのに相応しいのは水のせせらぎと風のが草木を揺らす音……そして子供の笑い声、です」
 椿が白宵華を振るう。タイミングをあわせほたると一も魔弾を放つ。
 雷と炎は同時に敵に着弾し、その身を燃やし尽くす。
「妖獣の咆哮は、必要ありません」
 きっぱりと告げた椿が長剣を納めた背後で、妖獣は断末魔とともに消滅していった。

●穏やかに煌めく瀑布
「ふー……気持ちいいところだね」
 改めて、という様子で一は周囲を見渡す。
 目前に広げられたのはバーベキューセット。
 後方では小さいながらも滝が大きな音を立て、河面を叩き滝壺へと流れ込む。
「よし遊ぶぞー! ふふふ、準備万端だぜ。濡れてもいい格好できたからな!」
 柴がどぽん、と大きな水音を立て、滝壺へと入り込む。透明な水中を泳ぐ川魚をつかみ取り、彼はそれを仲間達へと取り上げてみせた。
 そんな彼を椿は足だけを水面につけ笑顔で見やる。
(「この美しい沢が、妖獣によって荒らされずに済んで、よかった……」)
 大きく息を吸い込むと、滝により研ぎ澄まされた大気が肺腑を洗う。そして、ふんわりと混ざるバーベキューの香ばしい匂い。
 平穏の持つ香り。
 既に水着のほたるは蜘蛛童フロートに乗り美守と共に、ひやりと冷たい沢の水を楽しんでいる。
 様子を眺め、足だけを川につけていた結乃だったが、美守に促され川の中程へと進む。
 流石に泳ぎまではしないものの、大丈夫、大丈夫! この天気じゃ、バーベキューをしておる間に乾くって! という美守の声についつられて……といった様子だが、今日の陽気なら確かに冷たい水が恋しくもなる。
 途中、ほたるがフロートから落ちたのか、水柱とともに歓声が響き渡った。
「こう、きれいな女の子が水遊びするのって、絵になるよね」
 一が一緒にバーベキューの準備をしていた俊哉へと同意を求めると、彼は何時もよりその糸目を穏やかに緩ませる。
 目前のほのぼのとした情景、そして、人の手があまり入ってない自然。
「緑も多いし、この中に赤が混じらなくてよかったかなー」
「ゴーストとは言え人間の顔した相手をぶちのめすのはいい気分じゃなかったしな」
 うにー、気持ちいいねぇ……。というゆるりとした言葉に、持ち込んだハンモックを設置しつつ、アヅマも答える。
 確りと食べて、そして木陰で眠ればきっと妖獣との戦いの事など微睡みのうちに忘れてしまえるはずだ。
「ま、腹一杯食って気分転換しようぜ」
 焼き上がり、良い香りを漂わせるバーベキューを前にアヅマは嬉しそうに微笑む。
「皆様ー、いい焼き具合だよー!」
 一の声に皆が集まる。
 バーベキューを見渡し、野菜が足りない事に気づいた結乃はそっと野菜を乗せる。
 栄養バランスも大事なのだ。
「夏休みの自由研究、沢の生き物とかにしたら、またこういうとこ来れるかなぁ?」
 一生懸命にバーベキューを頬張り、ほたるが誰にともなく尋ねる。
 誰が答えるというわけでもなかったが、きっと沢は皆が再び訪れてくれる日を穏やかに待ち続けてくれる事だろう。


マスター:高橋一希 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/06/11
得票数:楽しい21  ハートフル2 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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