<リプレイ>
●始奏 朽ちるに任せた屋敷は薄汚れていたが、傷のない壁や床がこの屋敷がどれだけ大切にされていたのかを教えてくれた。 「ご主人は、とてもこの場所を愛していたんでしょうね……」 薄汚れた壁の埃を払いながら、イローナ・エステルハージ(銀の剣を継ぐ者・b42408)はありし日に思いを馳せる。 「そんな場所だから、きっと、お爺さんは忘れられるのが嫌だったのかもしれませんね」 かつては色々な人が音楽を通じて、通じ合ってきた。ここはそんな場所のはずだと、クトゥグア・レナード(ストレイド・b43838)はホールへと続く扉を押し開けながらイローナの言葉に続いた。 重い音を立てて扉は開かれ、能力者たちはホールの中へと足を踏み入れた。 「ここにおじいちゃんがいるんだね……」 大きな窓から差し込む光を抱きながらもどこか薄暗い雰囲気のホールに、リィズ・フォルバルティエ(夢見る暴走少女・b43647)の呟く声がやけに大きく響く。 「早く成仏させてあげないとね」 波多野・のぞみ(暗き闇の巫女・b16535)がそう言ってにっこりと微笑めば、リィズは大きく首を縦に振った。 「この後には皆との演奏会もあるし、頑張らなきゃねー!」 人懐こい笑顔でアルヴィス・ルナフォード(破滅と再生の白き奏世謳・b27429)は期待に胸弾ませる。 「そうだな、楽しみだ」 初めて共に出かけることとなった皆の顔を見回して、諏訪・沙夜羅(神想紫華之剣舞・b23242)は自然と頬を緩ませる。 「うん、頑張っていこう」 こくりと頷いた安曇・那由他(セラフィックフェザー・b43624)は無表情に呼吸を整えて心の準備を終えると、ホールの中央を見つめた。 そこが丁度、写真に残留思念が写りこんでいた場所だ。 「大丈夫、ルナリアの皆となら無事に達成できるさ」 歌胤・カグヤ(ルーナヴァルトの月皇子・b40024)は笑みを口元に服の襟を正して皆を見やった。カグヤにとってはこれが初の仕事となるが、その表情に不安の色はかけらもない。 心強い仲間たちと共に、今、能力者たちは戦いの舞台へと上がっていった。
●かなしいおと。 詠唱銀を得て形作られたのは、杖を手にした一見すると穏やかで優しそうなだけのおじいさんだった。 ただ、光の宿らない瞳は、酷く寂しげな色を抱いて能力者たちを映している。 「それでは始めようか、シャーマンズゴースト・影君。そしてルナリア幻奏樂団の諸君」 油断のない瞳で冷静にそれを見つめ、カグヤは従えたシャーマンズゴースト・シャドウに闘気を元に作り上げたガントレットを施し前へと送り出す。 「タマも一緒に前に出てね」 自身のシャーマンズゴースト・シャドウをそれに続かせて、ふかふかのやわらかまくらを抱えた那由他は仲間を守るために夢の力を解放し、幻夢の防壁を張り巡らせた。 ゆっくりと顔を上げた主人の口から零れる歌声が子守唄のように眠りを誘う。 その歌声がクトゥグアに那由他、沙夜羅に眠りをもたらすが、リィズの踊る清らかな祈りをこめた神聖な舞の力がそれを打ち消した。 「ずっと……待ってたんだね、おじいちゃん」 静かになってしまったこの屋敷に再び音が溢れる日を、ずっとずっと、それこそこうして残留思念として残ってしまったほどに強く、願った彼の想いを思い箒を抱えたリィズは切なげに眉を寄せる。 体の奥底から湧き上がる魔狼の力を纏ったアルヴィスは、微塵の隙もなく詠唱ライフルを構え、その隣に並ぶクトゥグアは、光り輝くリフレクトコアを呼び出し自身を守らせる。 仲間を背に前に立つ沙夜羅は携えた二振りの長剣と窓から差し込む光を受けて深緑色に見える漆黒の呪髪に黒燐蟲を纏わせた。 「さあ、蟲達。私達に力を貸して!」 すぐそばに身構えるのぞみも、白燐蟲の力をイローナの手にした長剣に宿らせる。背負った蟲籠から溢れる白燐蟲の姿はまるでのぞみの背に淡く輝く翼が生えたかのようだ。 淡い光を抱いた刃を握り直して、イローナはそれを頭上に掲げ旋剣の構えを取り、主人の放った凶器と化した楽譜を受け止めた。 「我が親愛なるしもべよ、彼に安らぎを与えてあげたまえ」 真紅の鎧を従者に与えるカグヤの声に応えるように、従者は体ごとぶつかっていく。 那由他の従者が合わせて突撃し、那由他はそれを援護するように抱えた枕を投げつける。 声も上げずにただ鎖を鳴らす主人は、静かに歌を紡ぎ出す。 歌の誘惑に一瞬失った意識を持ち直して、リィズは赦しの舞を踊り、眠りに対抗する。 「どのような事があれ、ゴーストには容赦せん!」 人懐こい笑顔は消え、静かながらも威圧感のある口調で告げたアルヴィスは、ライフルの引き金を引いて術式を編みこんだ炎を撃ち出した。 「お爺さん、あとは僕らに任せて下さい。誰も、この場所の事、忘れませんから」 炎に包まれた主人を眉を寄せて見つめ、いつもは前に出すサキュバス・キュアを自分と同じ後方に待機させたクトゥグアはケルト様式の十字架の錫杖を構え光り輝く槍を撃ち出した。 光の槍に貫かれた主人の元にりん、と涼やかな鈴の音が届く。 沙夜羅の握る長剣の柄の先に二つずつ付いた透明な鈴とガラスの鈴の音だ。刃はその音を響かせながら、闇を纏って主人の命を切り裂いていく。 のぞみは影巫女の戦装束の裾を揺らして距離を詰めると蟲籠をもって神秘の力を振るう。 「貴方が貴方の思い出を傷つける前に……止めてみせます!」 この場所を愛したその美しい想い出を損なわないように、イローナは長剣の柄を握り締めて渾身の力で闇のオーラを纏った剣を一閃させた。 重なる攻撃に一瞬その体がぐらつくが、主人は楽譜を飛ばして反撃を行う。 「火を吹くのはいいが火事には気をつけるんだよ。シャーマンズゴースト・影君」 能力者として彼を葬ることが、彼にとっての安らぎだと信じカグヤは射撃で主人を狙いながら僕に命を下し、那由他は少しでもいい形になるように願ってサイコフィールドを展開し皆の背中を支えた。 「これが今のリィズたちに出来ることだから……!」 本当に音楽が大好きな、とっても素敵なおじいちゃんに静かに眠ってもらうため、リィズは赦しの舞を踊り続ける。 そんな彼女が狙われそうになれば、 「余所見をしてもらっては困る。相手はここにも居るんだ!」 沙夜羅が足元の影から闇色の腕を伸ばして主人の気を引こうとし、イローナもそれにダークハンドで続いて、更にアルヴィスが炎の魔弾を被せて行く。 少々眠りから覚めるのに手こずってしまったクトゥグアも、 「こら、戦闘中に寝ちゃダメでしょ!」 そう、のぞみに揺り起こされて目を覚まし、傷つけることを心苦しく思いながらも彼の迷いを断ち切るために光の槍を撃ち出した。 命を削られ追い詰められるも、主人はその歌を止めなかった。 優しい旋律を、深い孤独を感じさせる声で紡ぐその歌がもたらす眠りはまるで、いつまでもここに居て欲しいと能力者たちを繋ぎ止めようとするかのようで、胸が締め付けられる。 けれど、否、だからこそ尚更、彼はもう眠らなければならないから、能力者たちは自分達の持てる力全てで彼に立ち向かっていった。 「さあ蟲達よ、癒しの力を!」 傷付いたイローナの体から、のぞみの白燐蟲が痛みを取り除いていく。 「これで……! 眠って!」 強い思いと共に思い切り振り下ろしたイローナの黒影剣が、主人に引導を渡した。 ぱきんと鎖が砕けて、その体が崩れていく。 「終わった……か……」 消え行く彼を見つめて、息を吐くように沙夜羅が呟いた。 「できるなら、どうか、今を生きる、音楽を愛する人たちをその優しい目で見守ってください」 穏やかな顔で、クトゥグアが願いをかける。 おじいさんは消えいく間際に僅かな笑みを浮かべて、そのままふっと姿を失った。 主人を失ったホールは、どこか寂しげに静まり返っていた。
●やさしいおと。 ホール横の楽器置き場。棚に並ぶ様々な楽器に、沙夜羅は思わず感嘆の声を上げた。 「さて、企画をしたはいいが……実は演奏は苦手なんだよな……」 並ぶ楽器を確かめ選びながら、沙夜羅はひそりと呟きを零す。 気を取り直して楽器を探す中、ふと目についたリコーダーに足を止めた。 「これなら学校で習ったし何とかなるか?」 「私も……それなら大丈夫そう」 そう言って、沙夜羅はアルトリコーダーを、那由他はソプラノリコーダーを手に取る。 「私も那由他お姉ちゃんと一緒のソプラノリコーダーにするね♪」 後ろからひょこっと覗き込みリコーダーを手にしたリィズは、えへへと嬉しそうに声を弾ませる。 イローナは棚の一つからバイオリンを手に取り、感触を確かめる。 一通り掃除を終えた沙夜羅も軽く吹いてみてきちんと音が出ることを確認した。 持参した黄金のピアノを用意したのぞみは、ホールの隅に置かれたピアノに歩み寄り、埃を被った蓋を持ち上げ鍵盤を指先でなぞる。 「あなたを使ってもいいんだけど、やっぱり使い慣れたこのピアノのほうがいいの、ゴメンネ♪」 小さく笑って囁くように言った後、のぞみは丁寧に蓋を閉め直した。 「クトゥグアくんはバグパイプ?」 「はい。流石に伝統衣装は着ませんが、祖国の楽器ですしね」 緊張にそわそわしながら問いかけたアルヴィスに、バグパイプを左肩に抱えたクトゥグアは笑顔と共にそう返す。 「団長、みんなの用意はできたみたいだし、お願いね♪」 楽器部屋に楽器を取りに向かっていた仲間たちも戻り、皆の準備が整ったことを確認して、のぞみがカグヤに促した。 「それじゃ、指揮させて頂くとしよう」 私は楽器がからっきしだからね、と僅かに笑いながら、カグヤは各々楽器を手に並んだ皆の前に進み出て向き直る。 「正直、余り自信は無いんだけど……。でも、技巧が一番大切なわけじゃない……よね」 「あぁ、出来の良し悪しより一番なのは他にあると私も思う。私も……足を引っ張らないよう頑張ろう」 ぽつり、少々俯き気味に呟いた那由他に、大きく頷いた沙夜羅は自分に言い聞かせるように言葉を続けて音孔に指を添えた。 「歌うことが、僕の最大の拠り所だった。あなたにも、皆にもこの声と心が届きますよう……」 す、と深く息を吸って呼吸を整えたアルヴィスは指を組んで祈りを捧げながら言う。 カグヤの指揮の手が上がれば、一瞬、水を打ったように全ての音が途絶え、ややあって、その手が振り下ろされると同時に音が溢れ出した。 奏でるのは、民謡を原曲とした賛美歌。世界中で分け隔てなく多くの人に愛され、長い間歌い継がれていた一曲だ。 カグヤの指揮に合わせてのぞみの指がピアノの上を滑り、イローナがバイオリンの弓を引く。 那由他とリィズの高く澄んだソプラノリコーダーに沙夜羅の落ち着いたアルトリコーダーの音が重なって、それらの音を殺してしまわないようクトゥグアはバグパイプの音を抑え気味に合わせていく。 緊張する掌を握りこみ、口を開いたアルヴィスは恥ずかしさから少々ぎこちなくその声で歌を作る。 のぞみの弾く黄金のピアノは差し込む光を受けて煌きながら澄んだ音を奏で、その音を、皆の音を聞きながら、クトゥグアは自己主張の強いバグパイプを手馴れた様子で扱い、皆とのハーモニーを意識して音を響かせながら、音楽を愛したものとして、この場所のことを心にしっかりと刻み込んでいく。 ぎこちなく指を動かす沙夜羅は、心地良い緊張感に口の端を上げた。演奏は決して上手とはいえないけれど、時折間違えることもあるけれど、それはそう問題ではない。 ただ、今このときに溢れる音を楽しんで、沙夜羅もその音の一つを作り出していく。 那由他の演奏も少々たどたどしくはあったけれど、小学校で習ったきりであればそれも仕方ない。それでもやれるものといったらこれ位だからと、悪目立ちしないように音を合わせ、足を引っ張らないように懸命に演奏する。 大好きなみんなとの初めての演奏会。奏でられる楽しさを音に乗せて、リィズはおじいさんへ届けるために音を紡ぐ。 ここで楽器を教えて貰えてたらきっと楽しかったんだろうと思うと少しだけ胸が痛んだけれど、皆の顔をちらりと見回して笑みを作り、これが、リィズの『音』だと胸を張って曲を送る。 おずおずと言葉を繋いでいたアルヴィスは、バックコーラスとして入ってくるイローナと目を合わせてその表情を和らげた。 初めの恥ずかしさも歌に集中していくほどに消えて、その凛とした声に張りが出る。 奇跡とまで言われるほどの美しい歌声は綺麗に澄んでいて、けれどどこか物悲しく奏でられる音に似合っていた。おじいさんに捧げるように、喜んでもらえるように、心を、全てをこめて歌う。 バイオリンの清らかな響きを広げながら、イローナはアルヴィスの主旋律より少し下の音を重ねて歌の響きを引き立てる。 曲に込められた言葉を、一つ一つ丁寧にしっかりと意味を理解した上で心をこめて連ねていく。 誰の上にも降る神の救いに感激し称え、誰にも訪れる死に恐怖などないことを、歌う。 イローナの言葉に言葉を重ね、音を重ね、心を一つにしてアルヴィスは魂からの旋律を奏でる。 指揮者として音を束ねるカグヤは皆の奏でる音に浸り聞き惚れながら、楽しげにタクトを振るった。 ホールは皆の音を抱き、反響して更に美しく音を膨らませてくれる。 重なる音が胸に響いて、そういえば皆と一緒に何かをするのは初めてだ、と那由他は考える。だから、全部纏めて、いい想い出にできればと心をこめて音を生み出す。 溢れる音。声。思いが、ホールいっぱいに広がって。初めは不気味にも感じられたホールも今は、思いの込められた優しい音に満たされていた。
「シャーマンズゴースト・影君。皆に用意した紅茶を運んでくれたまえ」 演奏も終わり、和気藹々とした空気の中、カグヤは今まで観客の一人としてホールでじっとしていた従者に声をかけ紅茶を労うように配った。 「この曲が、あの老人のレクイエムになるといいわね」 紅茶を口に運び一息ついたのぞみの言葉に、リィズはおじいちゃんに、届いたかな? と紅茶のカップを両手で抱えながら呟く。 少し考えた後、ううん、と首を振ってリィズは顔を上げた。 もしかしたら天国で一緒に演奏してくれていたかもしれない。そう、信じて、リィズは窓の外を見やる。 その視線を追うように窓の外美しい湖畔を見つめた沙夜羅は、皆の声を聞きながら、今度は結社の仲間全員で青空演奏会が出来たら、きっと楽しいだろうなと頭の中で思い描き思わず笑みを浮かべた。 借りたバイオリンを元の場所に大切に戻したイローナは、 「どうか安らかに眠って下さいね……」 静かに目を伏せ、祈り、主人がいた場所を前に十字架を握って背筋を伸ばし礼儀正しく頭を下げた。
光溢れるホールには、先程までの音の余韻が残っていて、何だかくすぐったいくらい温かかった。
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参加者:8人
作成日:2008/07/20
得票数:怖すぎ1
ロマンティック17
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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