カットわかめの恐怖


<オープニング>


「ひゃっほう、こー暑いと海は最高だよねぇ」
 少年は上機嫌だった。車が通れる道から随分離れていて海の店なんてしゃれた物はなくても、そこは少年だけしか知らない秘密の砂浜だったのだから。
「うーん、プライベートビーチってこういうやつなのかなー」
 既に水着に着替えた少年は腕を組みながらゆっくりと波打ち際に近づいてゆく。
「あれ、この辺の海底にワカメなんて生えてたかな?」
 ふと足を止めたのは去年との記憶の差違を不思議に思ったから。
「まぁいいや」
 深く考えず疑問を頭の隅に追いやり、少年が海に飛び込んだ数十秒後。海面が夕日以外の物で赤に染まった。
 
「きゃあ〜ワカメ〜」
 現れた運命予報士は何故か絶叫した。何かが見えてしまったのだろうか。
「ごめんなさい。最近、期限間近の乾燥ワカメのせいで朝も夜もワカメづくしで……」
 何だか思いきり私的なことを言いつつ頭を振って運命予報士は顔を上げた。
「妖獣が現れました。場所は砂浜、何処かの海岸ね」
 妖獣はわかめのような触手を背にもつ蟹妖獣で、数は4体。
「このままだと現場に遊びに来る少年が犠牲になってしまうの」
 少年が襲われるまではまだ時間がある、少年を助けられるのは今この場にいる能力者達だけなのだ。
「妖獣の現れる砂浜は広いけど、目印になりそうな岩があるから遭遇に苦労することはないと思うわ」
 日付が違う為1日どの時間を選んでも少年と遭遇することはなく、他の一般人が足を運ぶこともないから人目を気にする必要はない。
「妖獣自体は砂浜に人の気配があれば勝手に近づいてくるの」
 ただし、全身が乾くのを嫌うのか砂の湿った波打ち際より陸側へとでてくることはない。
「妖獣の攻撃はワカメ触手を伸ばして標的を締め付ける遠レンジの締め付け攻撃と、鋭いハサミを使った断撃ね。ハサミは近くしか狙えないけれど威力は高いわ」
 別に回復は持たない妖獣だが、外殻にシールド効果がありガードされた場合通常よりダメージ軽減能力が高い。
「そうそう、ダメージを受けすぎると海中に逃亡するかもしれないから気をつけて」
 いかにして逃がさず倒すかも問題と言うことだろうか。
「妖獣を倒して余裕があるようだったら……海で遊んでくるのもいいと思うの」
 青い海、白い砂浜。人目が無いから、海を思う存分満喫できるかも知れない。
「頑張ってね。成功を祈ってる」
 表情をほころばせ、予報士の少女は手を振る。赤い瞳は踵を返す能力者達を映し、開いた窓から流れてきた風がさらりと切り揃えた黒髪をなびかせた。
 

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参加者
桐生・天音(ギタープリンセス・b14909)
霧野・十太(フォボスと駆ける紅色ビースト・b17365)
羽黒・蓮慈(不動智の拳士・b32550)
後藤・隆之介(ヴァルハラの聖戦士・b35710)
シャーバイン・クレイツ(猛狼注意・b37094)
成影・偉純(深海の人魚・b39887)
シュカブラ・キアロ(太陽に焦がれたジュダス・b41558)
高杉・心シャーク(人喰いツインテール・b45014)



<リプレイ>

●海です
「蟹か〜」
 砂を踏みしめ青い海へ向かって進みながら、後藤・隆之介(ヴァルハラの聖戦士・b35710)はかぶっていた帽子の鍔へ思わず手を伸ばした。照りつける日差しは予想よりも強く、日が跳ねる白い砂もまた眩しい。
「見るからにあっつそうだけどよぉ」
「水に浸せば増えるぜ増える〜」
 砂浜に入る前に霧野・十太(フォボスと駆ける紅色ビースト・b17365)が思ったのとは違い、まだ朝だからか砂浜はまだ顔を歪めるほどの熱気とは無縁で、桐生・天音(ギタープリンセス・b14909)の歌に押されつつも遠くから聞こえてくる蝉の声が無ければもっと涼しく感じたかも知れない。
「……なんと美しい海……」
「確かに人気もないし、泳いだりして遊ぶには格好の穴場だな……奴等さえいなければ、だが」
 思わず息を呑んだ成影・偉純(深海の人魚・b39887)の前に広がるのは見るからに平穏そうな海と砂浜だが、羽黒・蓮慈(不動智の拳士・b32550)の言葉通りここには潜んでいるはずなのだ。ワカメで蟹な妖獣達が。
(「わかめと蟹……旨い蟹鍋出来そうだけどな」)
(「ワカメに蟹……ミソスープっぽい敵だな」)
「海を愛するものたちを傷つけさせは……どうした?」
「……いや、なんでもねぇ」
 思考の庭を軽く散歩していたところで仲間に声をかけられ、我に返ったシャーバイン・クレイツ(猛狼注意・b37094)は軽く頭を振った。隣で唾を飲み込んでいる辺り、考えていたことはシュカブラ・キアロ(太陽に焦がれたジュダス・b41558)と近い位置にあった様だが、いずれにしても相手は妖獣だ。倒せば消滅してしまう存在なのだから食べる訳にも行かないだろう。
「蟹好き! ワカメ好き! ゴースト好き!」
 ただ。
「いっぱい食べていっぱい大きくなる!」
 例外的に高杉・心シャーク(人喰いツインテール・b45014)は囓る気満々のようであった。
「って、妖獣倒すのが俺達の本来の目的……!」
「件の岩場の辺りにいけばすぐに現れんのかね?」
 一部の能力者が食い気に囚われつつも目的は忘れていないようで、既に目印となる岩を何人かの能力者が視界に収めている。一行が砂を踏みしめる音も寄せては返す波の音へと徐々に近づいて行く。まだ妖獣達は姿を現していなかったがそれも僅かな間だった。

●登場
「銀行の利子よ……」
 周囲に流れていた天音の歌が止まる。能力者達は起動済み、いつ妖獣が現れても問題ないように身構えていた。
「お出でなすったぜ!」
「いただきもす!」
 警戒を促すシャーバインの声に、何故か嬉しそうな心シャークの声が続く。
「カニが4匹……なかなか強そうだぜぇ」
 海中でたゆたうワカメが海水を透かして能力者達にも見て取れた。
「このような美しい浜辺、戦闘で荒らすのは心苦しいが」
 視界に美しい景色と妖獣の両方を捉え内心の葛藤を表すように偉純は眉を寄せた。
「でも、きっちし倒さねぇと遊べな……じゃなくて一般人に被害がでちまうしな!」
「ああ、一刻も早く退治し、海で遊……ではなくて」
 続く十太の言葉に釣られて思わず何かを間違えかけもするが、妖獣を野放しに出来ないのは間違いなくて、こちらに気がついた妖獣達へ視線を向ける。
「今は痛みなど忘れて眠れ……」
 口が紡いで流れ出るは静かでいて暖かな歌声。緩慢な動きで海面に身体を出さぬまま蟹妖獣二体の進軍が止まり菱形だった妖獣達の陣形は脆くも崩れた。
「初手は足止めのヒュプノが掛かってからだったな」
「はりきっていくぜぇ!!」
 眠りをもたらす歌の効果を確認して、他の能力者達も動き出す。二本の長剣がシュカブラの頭上で空を切り、風切り音はいつの間にか止んでいた蝉の声に取って代わる。
「このサイコフィールドは後藤隆之介の提供でお送りしまっす!」
「何と言うか、煮込んだら出汁が良く出そうな見てくれだな」
 隆之介の展開した幻夢のバリアに包まれながら、蓮慈は焔貫を構え残る二体の妖獣を誘い出すべく駆け出した。湿った砂が踏みつけられ、波打ち際に足形を残す。ほぼ同時に妖獣達も動い、波打ち際までおびき寄せられた妖獣達二体と能力者達がぶつかり合う。おびき出すまでの流れは完璧と言えただろう。
「ぐっ」
 ただ、閃いたハサミの一つが作戦成功の代価に要求したものは決して安いものではなかった。深々と抉られた傷から流れ出た赤が砂と海水を染める。流石に威力が高いと言われた攻撃だけあって、通常より重く鋭い断撃はただの一撃で身を包む詠唱兵器をボロボロにし、包まれていた身体までも傷つけていた。戦闘不能と行かないまでもダメージは大きい。
「ヒーリングヴォイス〜」
 緊迫した状況、仲間の危機。このタイミングで、天音は自作のテーマソングを演奏しながら颯爽と再登場した。先ほど演奏を止めたのはこのためらしい。
「このギタープリンセス・桐生天音が来た以上、これ以上の悪事は絶対に許さないよっ!」
 びしっと妖獣を指さして決めるが、状況が状況なだけに実にコメントしづらかった。もっとも、自身にかける予定の白燐奏甲を流用したおかげで窮地に陥っていた仲間の傷もそれなりに癒えたことを考えると結果オーライだろうか。
「俺達の遊泳計画は手前の殻より固ぇんだ」
「俺、『待て』って言われたら待てる良い子!」
 シャーバインの剣が甲羅の継ぎ目を貫いていたのは白燐蟲が仲間の傷を癒した直後で、タイミング良く入った一撃で妖獣が僅かに怯む様を心シャークは見ていた。ツインテールを黒燐蟲によって、ぼんやりと光らせながら。

●蟹叩き編
「よっし、コイツだな! いくぜぇ!!」
「そぉ〜れぃ!」
 叩きつけるように突き出したStyxがぶち当たり、宿していた不死鳥のオーラが蟹の甲羅を炎で包み込む。傍で弾けた闇色の塊は破片をまき散らし眠っていた妖獣の片方と起きたままの妖獣の片方、計2体を更に深い眠りの淵へと蹴落とし、唯一起きたままの妖獣へ能力者達の集中攻撃が開始される。
「大丈夫? もう一度回復するね」
 約1名回復にかかりきりになっていたが、二度の回復のおかげか傷も塞がり、身を包む詠唱兵器の痛みも随分修復されていて不安要素はもはや無い。
「絶対、逃がさねぇ……!」
「喰らえ!」
 「気」の力を強制的に断絶すべく放たれた一撃が甲羅に弾け、傾いだ為に見えた甲羅と関節の隙間に飛び込んだ水流の刃が内部を抉り、遮るものを断ち、妖獣の身体を貫いて反対側から飛び出、砂に突き刺さって消滅する。相当の痛手を受けつつ妖獣がワカメ触手を伸ばしたのは、一人でも攻撃手を減らそうと考えたのか。
「気合いで、なんとか、……する」
 傷の痛みで狙いがはずれたのか、ワカメは仰け反った能力者の上を貫き虚しく虚空を掴む。
「こいつ食っていいか?」
 攻撃を外した妖獣に向けて指を刺しつつ、心シャークは既に満身創痍の蟹妖獣へと近寄った。先ほどまで炎に包まれていたせいか、湯気の立つ蟹はまるで茹で蟹のようにも見える。拒否する能力者はいない。ただし、甲羅は少し硬すぎたのか何度も噛み付くには至らず。
「シメくらい格好良くいこうかな……っと!」
 最初の一体はエネルギーの槍に貫かれ、串刺し状態のまま力尽きると輪郭を薄れさせて消えて行く。だが、気落ちする必要はない。噛み付くべき蟹はまだ三体残っているのだから。
「はやめにぶっつぶしまわねぇとな!」
 能力者達は、すぐさま2体目への攻撃へと移る。妖獣にしてみれば最悪のタイミングでの目覚めだろうか、深い眠りについた二体は起きず、まるで狙ってくれと言わんがばかりに自分だけが目覚めてしまったのだから。寝たのが早かった為か幸いにも陸に遠い位置に起きた妖獣は居たが、無傷だったのが災いして、能力者達へ向け移動を始める。
「全力で攻撃だぁ!」
「……まぁ補助の必要はないかな?」
 十太の斧が叩きつけられた蟹の甲へ再び撃ち出されたエネルギーの槍が命中し、僅かだがヒビが生じる。偉純の再度放った水流の刃こそ甲に弾けて大幅に威力を削られていたが、以下に頑丈とは言え残る仲間が眠らされた現状では1対8と言っても過言ではない。
「しまった……くっ、ワカメ臭い!」
 反撃に伸ばしたワカメ触手がようやく一人の能力者の動きを封じたが、それだけで戦況は覆らない。
「逃がさねぇ」
「逃走だけはさせねぇぜ」
 ワカメを伸ばした瞬間、懐に飛び込まれた能力者の一撃が「気」の力を断絶していた。硬かった外殻が鮮やかな色を失い徐々に石と化して行く。同時に闇のオーラを纏ったシュカブラの長剣が足の数本に深く溝を刻み、痛みの為か蟹妖獣はハサミを振り上げた。
「逃げようたって、そうは問屋が卸さんぞ」
 手傷を負った上石化する妖獣が逃げられたかは分からない。ただ、蓮慈の拳に込められた青龍の力はまだ石と化していない蟹の甲を叩き割っていた。
「キシャーーーッ!」
 今度こそと言うべきか半分石になった妖獣は残った体力を美味しく頂かれてしまう。噛み千切られたハサミが浅い海底に突き刺さり、甲羅の破片と石と身が散った。崩れ落ちた妖獣は消え始めたハサミの後を追う様に輪郭をぼやけさせて消滅して行く。残るは二体。
「裏方に徹してた分、大暴れするよー♪」
 攻撃手が増え、敵の数は半減。
「もういっちょぉ〜!」
 残された二体の内一体が非友好的きわまりない目覚ましに起こされた頃、ようやくもう一体の妖獣も目を覚ますが目覚ましに供されたのは歌と闇色の塊。力任せにも鋭い攻撃も捌くのは得意な様だったが、この手の攻撃にはまるで弱いらしい。再度爆睡した妖獣の末路などもうほとんど決まって居た。
「いただきもす!」
「海に逃げられる可能性は少しでも減らさねばな」
 やはりたいした抵抗も出来ず、起こされた妖獣は袋だたきにされた。炎の蔦にくるまれご丁寧に動きを封じられた上で闇のオーラを纏った斬撃に両断され、泣き別れた身体がそれぞれ二度ほど痙攣したのを最後に力尽き無へと帰す。30秒後、仲間達に先立たれた最後の一体が後を追い、妖獣達は波打ち際から消え去った。

●遊ぼう
「さぁ海だ!」
 隆之介は海に向かって駆け出した。戦闘も終わり、危険なものは何もないはずだ。もちろん、ゴースト起因での危険に関してのみだが。
「海!! いいよなぁ! 燃える!」
「で、何する?」
「もちろん海で遊ぶぜ」
 海に向き直り何故かハイテンションの十太へ天音が問えば、返ってくるシャーバインの答え。そう言う意味で問うたのではないだろうが。
「折角海に来たのだから満喫しようではないか!!」
「ビーチボールでもやる?」
 仲間達を振り返った偉純の視界の隅に映るのはビニール製のビーチボール。ただ、濡れても大丈夫なように起動を解いていない状態ではビーチバレーは無理そうだったが。
「なんなら桐生天音サマーライブ2008でもいいけど?」
 ギターの音色と砂浜に楽しそうな声が響いた。
「よし! いっちょ走りこむかぁ!」
 能力者達は思い思いに海を楽しむ。
(「薄手とはいえ長袖なんだよな俺」)
 シュカブラは海に入らず麦藁帽子をかぶると砂と、向き合う。
「いざ」
 作るのは砂の城。
「おい、これ食っていいか?」
「にしても遊んでいると腹減るよな」
 仲間達に問いかける心シャークの手にはつかみ取りしたらしい魚が身をくねらせていて、食うと言う言葉に釣られるように、誰かの腹の虫が鳴った。
「……ふむ、今日の晩飯の味噌汁の具はワカメとカニにするか」
 海を眺めながら蓮慈もポツリと呟く。
「――よし、完成!」
 シュカブラの作り上げた砂の城が視界の端に止まるが。
「……って、あああ! 俺の力作が波で流れ……!?」
 波打ち際過ぎた砂の城は言葉通り波に呑まれ崩れ去った。
「へへへ、やっぱ海っていいよなぁ♪」
「……この砂浜にくる少年も、楽しんでくれるとよいな」
 砂城の作成者がしょっぱさにひたる中も、他の能力者達は海を満喫する。いつの間にか止んでいた蝉の声も再開されて。
「……さっきの蟹……、いや、……なんでもねぇ」
 シャーバインは何かを言いかけて止めた。青い空には太陽が輝いていた。
 


マスター:聖山葵 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/07/13
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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