修学旅行2008〜悠久なるローマの芸術巡り


<オープニング>


 銀誓館学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
 今年の修学旅行は、6月24日から7月1日までの8日間。
 この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。

 今年の行き先は、なんとヨーロッパ!
 ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、ギリシャを4つのコースに別れて周遊します。
 歴史あるヨーロッパで日本とは違う文化に触れる事は、とてもよい経験になる事でしょう。
 さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!

●永久なるローマの芸術巡り
 古い時代から大国が栄えた都市、ローマ。
 26日午前、ローマ〜ギリシャ行きのコースを選んだ生徒達は、歴史あるローマに点在する美術館を巡る予定だ。
 中でも、ローマ市内にある世界最小の国、ヴァチカン市国が擁する『ヴァチカン美術館』は24もの美術館から構成され、イタリアの文化遺産が一手に集結している場所だと謳われている。
 それは伊達ではなく、じっくり見て回るなら一週間は掛かってしまいそうな規模だ。半日ではとても全てを見切れない為、必ず見なければというものは予め目星を付けて、広い敷地内でも迷わないように場所のチェックも忘れずに。
 ラファエロの間とシスティーナ礼拝堂は、ヴァチカン美術館に来たなら必ず押さえたいといわれる場所だ。タペストリーや地図のギャラリーを進み、辿り着く『ラファエロの間』は、ラファエロとその助手達が描いたフレスコ画が飾られた小部屋が続く。
 特に有名な古代ギリシャの哲学者達が議論している場面を描いた『アテネの学堂』と、ドーム型の上方に神聖な存在、下方に論議する神学者達を描いた『聖体の論議』を始めに、じっくり鑑賞し始めたらキリがない。
 システィーナ礼拝堂では、近年修復が完了したばかりのミケランジェロ作『最後の審判』が祭壇の壁面に広がり圧倒される。それ以前にミケランジェロがひとりで製作したといわれる天井画『創世記』も、その完成された美しさに日がな一日見上げ続けてしまいそうな程だ。
 かつて入り口へと至る道として使用されていた螺旋階段は、現在は帰る人々の為に使われている。天井に張られた正八角形のステンドグラスが降り注ぐ中描かれる上りと下りの二重螺旋が美しい。 

 ヴァチカン美術館の南東、システィーナ礼拝堂の隣には、ルネサンスからバロック期に掛けて建築された世界最大級の教会堂建築であるサン・ピエトロ大聖堂が荘厳な佇まいを見せている。
 円を描くように設えられた広場の中心にはオベリスクが悠然と天を指し、噴水の飛沫が涼を運ぶ。
 幾多もの礼拝堂は、まさにモニュメントや絵画作品等が並ぶ芸術の宝庫。
 建築美や光を浴びて輝くステンドグラスを見上げるだけでも、圧倒されるだろう。
 ミケランジェロ作のピエタも感銘深い像だが、変り種は椅子に腰掛け独特な祈りのポーズを取った聖ペテロ像だ。サン・ピエトロその人を象った、この像の足を撫でると幸せになれるという噂があり、裸足の足先だけが人の手に磨かれて色が変わっている。
 
「熱心な方は、ペテロ像の足を撫でて口付けしていくのだそうですよ」
「へぇ、凄いねぇ……って、撫子クン、なんでその本そんなにヨレヨレなんだい?」
 目を輝かせて話す澄江・撫子(高校生運命予報士・bn0050)の手元を見遣った秋海棠・博史(フリッカークラウン・bn0120)は、然程古くない筈の美術館のガイドブックが付箋だらけでくたくたになっているのに気付いてぎょっとした。
「こ、これは……その、毎日楽しみで仕方なくて」
 ヨレた本に半分顔を隠し、恥ずかしそうに頬を染める撫子に、博史は目尻を下げる。
 無理もない、彼女にとっても初めての海外、それも芸術の粋を集めた場所ともなれば。
「それだけ楽しみにして貰えば、あちらサンも本望ってもんじゃない?」
 そうかしらと笑った撫子は、生徒達に向き直ると改めて口を開いた。
「皆様も、よろしかったらご一緒しませんか? 団体で入場すれば並ばずに入れますし、広場で写真を撮り合うのも楽しそうですし……ここでしか手に入らないお土産もあるのだそうですよ」
 館内のミュージアムショップには、ヴァチカンの土産物も豊富だという。ここだけのポストカードと切手で館内のポストへ手紙を投函するというのも面白そうだ。
「あ、でもこういうトコの宿命で、スリとか置き引きとか多いと思うよ。細かいチェックもなしにイタリアとの国境を越えられちゃう街だし、足が付き難いってのもあるかな……手荷物とかお金は最小限にして、落としたり失くしたりしないようにしっかり管理しとくんだよ?」
 博史が珍しくまともなことを言っている。
 また、現在も行事や典礼に使用されている建物も多く、現地の人々や建物に対する礼儀は忘れないようにしたい。
 システィーナ礼拝堂を始めとする一部の建物では撮影が禁止されているところもある為、カメラを向ける際はよく確認してからにしよう。

「レトロモダンが交錯する都……ん〜、壮大な時代の浪漫を体感出来るチャンスだよね。ボクも、なんだかワクワクしてきたよ!」
 始めは退屈な美術館の想像をしていた博史も、資料を見た今では俄然乗り気の様子。
「作品に感銘を受けたり、色々と学ぶところもあると思います。有意義で楽しい修学旅行になるといいですわね」
 期待に胸膨らませる撫子は、よろしくお願い致しますねと生徒達に微笑みを向けた。

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参加者
NPC:澄江・撫子(高校生運命予報士・bn0050)




<リプレイ>

●聖なる都へ
 降り注ぐ朝の陽光が眩しい。
 ローマ市内からの地下鉄を降りた先は、もうヴァチカン市国だ。
 大仰なチェックもなしに抜けた国境付近から既に始まっている行列を辿ると、やがてヴァチカン美術館の入り口が見えてくる。
 スリを警戒していた生徒達のお陰か、銀誓舘学園の一行は無事に美術館まで辿り着いた。
 旧出口の上で見守る、ミケランジェロとラファエロの像。その下に居並ぶ入館待ちの長蛇の列を脇目に、生徒達は団体で済ませていた予約のお陰で然程時間を取られずに美術館内に入ることが出来た。
 ボディチェックを無事に過ぎると、思い思いに目星を付けていた場所へ足を向ける。

 ピオ・クレメンティーノ博物館の八角形の庭では、ギリシャ神話を題材とした像が多く立ち並ぶ。
 巨匠ミケランジェロも影響を受けたという『ラオコーン像』もここにあった。
 女神アテネの怒りを買った神官ラオコーンと2人の息子が蛇に襲われている場面を表した像は、苦悶と悲しみに満ちている。
 込み上げてくる恐怖に、なずなは暫し像の前を動けなかった。
 夢でも見たらどうしよう。
 博物館から一旦戻り、シモネッティの階段を登った先には薄暗く重厚な雰囲気に包まれた『タペストリーの間』、打って変わり明るく絢爛な絵地図と様々な天井画に囲まれた『地図の間』と回廊が続く。
 所狭しと壁画の描かれた幾つもの間は、残念ながら立ち入り出来ない場所もあった。
「そんなバカな!? モナリザがない……?」
「モナリザでしたら、ルーブル美術館でしたね」
 愕然とする蒼に、撫子はどうしましょうと眉を下げる。
「作者のダ・ヴィンチでしたら、アテネの学堂にも登場しているのですけれど」
『アテネの学堂』には、巨匠の姿をした哲学者達の中にラファエロ本人もちゃっかり描かれている。
 覇気を失った蒼を、モナリザ以外にも沢山の素晴らしい美術作品があるのだと宥め、撫子は一緒に見て回ろうと誘った。

●遥かを仰ぐ
 1階に戻り、広場や庭を渡り歩いた先に漸くシスティーナ礼拝堂の姿が見えた。
 大掛かりな聖堂よりは小さな建物に見えるものの、内外共に手抜きを許さない細やかな意匠が施されているようだ。
「ソロモン王の宮殿の比率に合わせたり、建築学的にも素晴らしい建物なんですよ♪」
 芸術のみに留まらない真名の説明に、撫子は興味く耳を傾ける。
 溢れんばかりの人々が床を埋め、皆天井に描かれた『創世記』、そして正面の祭壇一面を彩る『最後の審判』に釘付けになっていた。
 そこかしこで「写真を撮らないように」との関係者らしき人々の声が響く中でも、鮮やかな色彩は目に胸に染みてくるようだった。
「……すごい」
 こんなに繊密で美麗なものを今作れる人はいないだろうと、和泉は自らの心に深く広がっていく波紋を感じた。
「なんか、圧倒されちゃうね……」
 身体の芯が震える感覚は、恐怖とは違う。
 大きな何かに包まれているようで、真弓はそれ以上の言葉を見付けることが出来ない。
 音音や来夏も同じような感想を抱いたようで、ただただ畏怖や感嘆の想いに身を委ねている。
 葵は聖書の場面と創世記の絵柄を真剣に見比べ、真白はパンフレットと見比べ感嘆の声を漏らしている。
 呆然と立ち尽くしていた真弥は、その壮大さに負けぬようじっと目に焼き付けた。
「これが『最後の審判』か……凄いな」
 念願の壁画を目の当たりにし、宗は素直に感激している。
「400人以上の人が描かれているのに、約5年で完成させたそうです。凄いですよね」
 ガイドブックの説明を確かめながら紡ぐ真琴に、博史は深く頷いた。
「信念も貫き通せば、こんなに凄いものが残せるのかな?」
「こういう場所だと、曲のインスピレーションも沸いてきたりする?」
 絵の中に吸い込まれそうな感覚に包まれながらも眞子が尋ねると、博史は肩を竦め、今は突然未知の海に放り出された直後のようだと語った。

「……現物は大きいな、宗教画はよくわからんが」
 集まっている人々にも興味を示しながら、惣一郎はぽつりと零す。
「ミケランジェロの自画像ってアレじゃねえ? あの抜け殻みてぇなヤツ」
 隣でかなり繰り返し読まれた後の残る美術書を手に、興奮した様子の祭波が指差す先を共に眺める。
「キリスト様の斜め下の男が持ってる皮が、ミケランジェロ自身の抜け殻らしいよ」
 近くにいたレネは彼の声を聞いて、そういえばと口を開く。
 ステンドグラスの光にはしゃいでいたパーセノープは、先程天使のように見えたレネの知識に感心した。
「いいもの見せて貰いました……」
 声を上げてはしゃいでしまいそうなのを我慢した遥華は、何故か拝んだ。
 荷物持ちを買って出たパーシファールはというと、素直に綺麗なものに感激している彼女達の姿が眩しく見えて、目を細めそっと見守っていた。
「そう、この礼拝堂って、ローマ法王を選出する『コングラーヴェ』の会場でもあるのよね」
「ああ」
「確か、この間もあったのよね」
「うん」
「……ちゃんと聞いてる?」
「うん」
 壁画に感動しきりの禅次郎は、姉の伝次郎の紡ぐ言葉にも短い相槌しか打てなくなっていた。
「え〜と、最後の晩餐ではないんですね」
 きょとんとしている庸子に、撫子はいつかそちらも直に見たいと微笑んだ。

 無用に近付くと離れてしまう。
 千雨との微妙な隙間を感じながら、真はじっと天井画を見上げている。
 ふと気付けば、何か言いたげな千雨の視線を感じたものの、その銀の瞳はすぐに逸らされてしまう。
 話し掛ける言葉が見付からなくて、手を繋ぐことにも悩んで。
 縮まりそうで縮まらない距離のまま、ふたりは暫く高い天井を仰いでいた。

「ほら若葉、あんまりはしゃぐと迷子になるでー」
「あーうー」
 逸れ掛けて半べその七星の手を引き宥めていたテンマも、流石に天井画が目に入ると圧倒されてしまったようだ。
「しかし、これを殆どひとりでやってのけたっていうから、ミケランジェロって天才だよねぇ」
 感慨深そうに呟く榛名の言葉を耳にし、
(「紙じゃなくて建物に描くとは、変わり者がいたのだな……」)
 耶神は妙なところに感心している。しかし、礼拝堂にフレスコ画を描くことを命じたのは、誰であろう時の教皇達だ。
 椿が思い浮かべるのは巨匠が孤独に描き続けた空間。
(「もしかしたら、母さんに褒めて欲しかったのかな……」)
 幼い頃に母を喪ったというミケランジェロへの思索は、迫る気配に中断された。振り返れば、テンマが驚かそうとしていたようだ。
「公共の場所で遊ぶなっ」
「あだっ!」
 椿の鉄の肘が炸裂した。

「……首、痛くなってきました」
「わ、私も首が辛くなってきたみたいです」
 ふと春子が呟くと、吏月も目線を戻して首に手を当てた。顔を見合わせて笑む表情にも、心なしか苦味が混じる。
 見飽きぬ造形や色彩も、見上げっぱなしは少々辛い。目に焼き付けるというのも、楽ではない。
 こちらでもまたひとり。痛む首を擦るいさきは、天井画の中でも特に名の通る『アダムの創造』をじっくりと眺めた。
 荘厳な壁画に魂でも抜かれたように、凪は随分経ってから礼拝堂を出る。
「も、もうだめじゃ……」
 全身の力が抜けたようにへたり込み、ふらふらと休めそうな場所に歩いていった。

●揺れる思い出、詰め込んで
 お土産や来館の記念にと、ミュージアムショップに訪れる生徒達の姿も多い。
「ねぇねぇ、みのり! あの最後の審判の絵凄かったわね!」
「うん、凄かったわねっ♪ こんな壮大な美術作品を見たのは、初めてだわっ……えっと、最後の残飯♪」
「って残飯言うな!」
 歌戀とみのりはお土産を選びながら漫才のような遣り取りをしている。
 お互い誰にお土産を渡すのかと会話を弾ませながら、みのりは絵葉書を、歌戀は硝子の十字架を選んだ。
 これはどうかと泉美が優斗に見せたのは、原画を精密に複製した美術本や、繊細な技巧を凝らしたオブジェのようなもの。しかし、値札に書かれたゼロが多すぎる。
「お、流石イズミ。そういうのを選ん……って、高いわ! 値段考えろ、値段!」
「硝子製品あんだから暴れんじゃねーよ!」
 妙に初々しくぎこちない様子で大切な少女への贈り物を選ぶ優斗に、泉美はふてくされ気味だ。こういったものを選ぶなら彼の方がセンスがあると踏んだ優斗は、危惧していた通り振り回されていた。
「お兄ちゃんの、お土産どれにしよう……」
 サン・ピエトロ大聖堂の模型等はあったものの、澪は思い描いていた人形がなくてちょっと残念そうだ。
「日巫、これなんかどうかな……?」
 ぎこちなさを残す態度と口調で、羅希は色とりどりのガラスが嵌められた十字架のペンダントを示した。
 嫌な顔をされたら、という彼の不安を払拭するように、話を振られた日巫はトップの装飾を興味深そうに眺めている。
「ふむ、繊細な出来だな……羅希に似合うと思うぞ」
 浮かぶ微笑に、ふたりの間の空気も和らぐ。

 写真や様々なデザインのポストカードから好みのものを選んで、手紙を送る面々はメッセージを考えるのも真剣だ。
 聖人に鍵が手渡される場面が描かれたポストカードにセリが綴るのは、結社の仲間達への言葉。隣では、勇人が父に出す手紙の文面に頭を悩ませていた。
(「う、生まれてきてよかったです……?」)
 脳裏に走る珍妙な文を掻き消しながら、更に隣の朱夏の手元をちらりと覗く。
 彼女の方は、家族へのものを書き終えて新しいカードを前に悩んでいるようだ。
「ごめんっ! 待たせちゃった?」
 勇人の視線に気付いた朱夏は、自分がずっと悩んでいるせいだと勘違い。
「い、いや、誰に書いてるのかなーって」
 ばつが悪そうに目を逸らす勇人に代わり、白いメッセージ欄にセリの眼差しが注がれる。
「そちらは庚さんに?」
「う、うん」
「こんなに遠くからの便りだからこそ、言えることもありますよね」
 微笑むセリの言葉は尤もだが、今更想いを綴るのも気恥ずかしい。あまり待たせてはいけないと、朱夏は急ぎ筆を走らせた。
『楽しかったよ。こんどは二人で来たいな』
 彼らを尻目に、こそこそと買い物中の客達の間を渡り歩く黒い頭は、エーデルトルートのものだった。
 感謝の気持ちから始まるメッセージを書いたカードをポストに入れ、彼女はそそくさと去って行く。
 沙羅と早苗は、お互い気に入った絵のポストカードを送り合うことにした。
 それぞれ感銘を受けた『最後の審判』と『創世記』のカードの裏に、感謝や美術館での思い出、そして『これからも』『また来ようね』と想いを綴る。
 家に帰って、エアメールが届くまではお互いの文面は秘密。
 投函して笑い合った少女達は、お揃いのお土産を手に仲良く出口へと向かった。
「(とっても素敵な国だけど、あなたに会えない時間は寂しいのよ? ……っと)」
 天使が乙女に百合を捧げる絵柄の便箋にカナルが描くのは、旅の思い出とありったけの愛。
 祈りを込めてポストの口に滑らせた封筒は、ストンと暗闇に呑まれた。
『……週末には、この葉書が届く頃には帰ります』
 先程書いたメッセージを確認した蓮真は、消印が押されたポストカードが母の許に辿り着く時にを想いながら投函する。
 次はどんな場所のことを書こう。遠い地にあっても傍に感じられる家族に、彼は心の中で語り掛ける。

 短い滞在だったけれど、その胸と手に大きな収穫を得た生徒達は美術館を後にする。
 出口として使われている二重螺旋の階段は、まだ日が高いせいか人影も疎らで、ゆったりと時間が流れているようだ。
 ステンドグラスを通した厳かな光の柱の周囲を添うように、螺旋階段は緩やかなカーブを描いて下っていく。

●やがて福音の来る
 異国の空は、何処か空気の色が違う。
 けれど、同じ空には変わらない、離れていてもきっと届く……そんな気持ちにさせてくれる。
 随分会っていない家族や親戚への手紙を投函した琴子は、今度は虎次郎と一緒にサン・ピエトロ広場へと向かった。
「脳筋のクセに無理すんなヨ」
「うるさいドラ猫」
 琴子が感謝の心を隠してからかうように言うと、虎次郎も素早く反撃を入れる。
 軽口を叩き合いながら向ける靴先に、壮大なスケールの広場が姿を見せていた。
 琴子が送ったカードに写っている建物そのものが、今目の前にある。
 完成に至るまで長い時を経て、多くの者達の手で受け継がれてきたサン・ピエトロ大聖堂。
 あのミケランジェロすら、大聖堂の天辺に頂くクーポラの装飾を受け継いだものの、完成を見ずに次の世代へ託したという。
「『戦を知らない国』……いや、『戦を赦さない国』か」
 この地が積み重ねてきた歴史の重厚さを垣間見て呟く虎次郎。
 しかし、ここにもかつての戦いを想起させるものは存在していた。
「このオベリスク以外のローマのオベリスクは全て倒れたけど、このオベリスクは一度も倒れてないんだよ。凄いねー」
 広場の中心に高々とそびえる四角錐の天辺を見上げ、真理は圧倒されながら紡ぐ。古い時代には戦利品として略奪の対象となったオベリスク。ローマに現存するものは、エジプトから奪ってきたものか形を真似て作ったものなのだ。

 いよいよ、大聖堂の中へと足を踏み入れる。
「おー……」
「きらきらしてて綺麗ーっ♪」
 距離の想像もつかない程高い天井を見上げ、小雪が溜息とも感嘆ともつかない声を漏らすと、小夏は精密な模様が描き出されたステンドグラスから零れる光にはしゃいでいた。
「異文化圏に住む者をも圧倒してしまう美しさじゃな」
 さしものアーミーナも感心中。首への負担も忘れて、ずっと上を向いたままだ。
 代々の技術の限りを尽くして隅々まで作り上げられた荘厳な聖堂の姿は、重ねた時の厚みをも感じさせる。
「ほんと、綺麗……小雪、あれ、何かわかる?」
 溜息混じりに呟いたレイナが、半円型に飛び出た天井を指し尋ねると、
「あれは……クーポラですね。ネットで見たことがあります」
「内側に聖人像が描かれておるのじゃな」
 円形の屋根について答える小雪の側で、アーミーナはひっそり首の痛みを我慢する。
 逆に、素直に首が痛くなったと笑う小夏。
「レイナちゃんの山盛り炒飯より高いねっ!」
「私の炒飯の最終形態は、天をも貫く炒飯だけどね」
 冗談か本気か、レイナの答えに小夏はまた楽しそうにはしゃいだ。
 祭壇やそこかしこに奉られた聖人や天使達の像は上方に眩い光を戴き、神々しく輝いている。
 クーポラにある、展望台へのリフト待ちをしている長い行列もあった。
 上方から見る大聖堂やローマの風景は興味をそそられるが、残念ながら列を待っていると刻限に間に合わなさそうだ。

 入って右手の廊には、『ピエタ』が静かに佇んでいた。
 十字架から降ろされたキリストの亡骸を抱く聖母の姿を題材としたピエタの中でも、ミケランジェロ作の像は他に肩を並べるものはない程の傑作と言われている。
 あまりの美しさに心を奪われた者が像を壊そうとしたお陰で、現在は残念ながらガラス越しの対面となる。
 シャツワンピース姿の麗子は、人混みの中像がよく見える位置に漕ぎ着ける。左手で支えた右腕の先は、仄かに染まった頬を指していた。
「……なんという気高しさ」
 慈愛に満ちた聖母は、独自の解釈によって若々しい娘の姿をしている。
(「あ、マリア様の方が少し大きめなんだ」)
 美しさにただただ感心していた翅居は、ひとつの石から大胆に切り出したとは思えない綿密に計算されたバランスの片鱗に触れた。
 元々は制作を依頼した貴族の墓の上に置かれていたというピエタ。
 あるべき場所に存在していた頃に見られたら、もっと違う何かが見えたろうか?
「なんて優しく気高い表情でしょう……!」
 それだけで胸いっぱいな翅居の耳に、柔らかな少女の声が届いた。
 声の元を辿れば、3人の女子が仲良くピエタを眺めている。
 嵐にツンデレ疑惑を持たれてちょっと焦っていたあかりは、それまでの陽気な遣り取りを忘れたように念願の像を目に焼き付けた。
 元が石だったとは思えない、人の想いや生命を宿しているかのような聖母の顔。
 心の深い場所で煌く輝石の瞬きに触れたようで、想起した自分の可能性にあかりの胸の鼓動が早まる。
 先程まで世間は狭いね、なんてころころと笑っていた悠も、今食い入るようにピエタを見詰めていた。
 目頭と頬が熱いのはどうしてだろう。彼女の胸に、遠くなってしまった近しい人への想いが染みる。
 嵐はそんなふたりを慈しむように、聖母にも似た優しい眼差しで見守り寄り添う。
「ん……大丈夫。嵐ちゃん、ありがとう……」
 言葉はなくとも、温もりは伝わるもの。目を潤ませたまま、悠は少女の手をきゅっと握り締めた。

「これが……聖ペトロ像ですね」
 内外ともに威厳を感じる佇まいに胸を高鳴らせながら、千歳は列に並んで聖人像の足を撫でた。人の流れから外れると、改めてカメラをペトロの像に向けた。
 像とともにファインダーに写った人々は、ぴかぴかに輝く足を親しみや畏敬を込めて撫でている。
 その様子からは、幸福を得るだけでなく想いを渡しているような雰囲気が滲んでいた。。
 軍平は熱心にガイドブックと見比べ、仲間達の言葉に頷きを返した。
「日本のお地蔵様のようなものじゃろか」
 感心げに呟く甲斐に、撫子は「そうかも知れませんね」と目を細める。
 道端の地蔵に施しをしたり、洗ってあげたりという風習をなぞる人々の顔は優しく親しみに満ちている為、あながち外れてはいないのかも知れない。
「そうだね、展示物の仏像に拝んでいるお年寄りもいたし」
 興味深そうに明るい眼差しで像と通路を進む人々を眺めながら、尊はひとつのものでも人によって様々な見方や考え方をするのだと改めて感心していた。
「少し噴水の側で一休みしたいのう」
 聖堂内を回る間も、荘厳で華麗な装飾やステンドグラスに圧倒されきりだった甲斐に、軍平も口許を緩めて頷く。
「えぇ、心が和んでいいかも知れません」
 彼らの言葉に促され、幾人かの生徒が固まって再び広場を目指す。
「こ、これは……面倒なことになったわね」
「どうかなさいましたか?」
 途中、行き交う人々の間でオロオロしている美空を見掛け、撫子は声を掛ける。どうやら、仲間と逸れて迷子になってしまったらしい。
「一度、広場に戻りましょう?」
 いずれ刻限が迫れば皆大聖堂から出てくるだろうしと撫子は彼女を宥め促した。

「撫子さん達と一緒だったのね」
 仲間達と広場の片隅でひと休みしていた天羽は、建物から出てきた一行に逸れた美空を見付けて安堵の笑みを浮かべた。
 無事合流出来て喜び合う彼女達の隣にお邪魔して、ちょっとひと休み。
「それにしても、おっきな建物だよねぇ。奈良の大仏さんとどっちが大きいのかなぁ?」
 見上げた建物のスケールの大きさを改めて感じ、涼浬はほぅと息を漏らす。
「柱も像も物凄い数だったネ」
 亦菲も感心気味に頷き、祖国の遺跡を思い浮かべた。
「万里の長城も凄い代物だけど、ヨーロッパも負けてないネ」
「なんだか圧倒的すぎて、ドキドキしちゃいましたね」
 胸に手を当て呟く天羽に、撫子も「感動してしまいました」と満足げに息を吐く。
 人心地ついたひづめは、スケッチブックを広げて鉛筆を走らせ始めた。
「ひづめちゃん、早速スケッチですか?」
 興味津々といった表情で美珠が覗き込むと、
「やっぱりこいういうところは、皆さんのような美人さんが歩いてると絵になるでやんす」
 手元を忙しく動かしながら少女は屈託なく言う。
「お銀も……楽しそうね」
 目を瞬かせている美珠の横で、天羽はくすりと笑った。
 表情の変わらない銀も、壮大な芸術の世界を楽しんでいたようだ。

 数多作品や建築の美しさを眺めているうちに、太陽はもう中天に至ろうとしている。
 名残惜しくも感動に胸を満たした生徒達は、午後のクレタ島行きに合わせる為、ヴァチカンを後にした。


マスター:雪月花 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:71人
作成日:2008/07/07
得票数:楽しい20  知的5  ハートフル3  ロマンティック7 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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