白繭の檻


<オープニング>


 澱むような暗さが、そこには湛えられていた。
 窓から僅かに覗くのは、銀環のように細い三日月。その光を受けて、暗い部屋の中に張り巡らされた白糸が、茫――と輝く。
 柔らかな光ではあった。だが、おぼろげに照らし出された室内は荒涼と冷えていた。
 かさ、と僅かに身じろいだ、今やこの部屋の主となった者の前肢。
 その音を聞き、白糸の中に縒り合わされたかのような密度を見せる膨らみ……繭が、ひ――と小さな、そして弱々しげな悲鳴を上げる。
 身動ぎに応じ、贄の体を薄く裂く糸。やや黒みを帯びた血色は純白を伝い染める。
 朱白を斑に織り、薄桃に染まった繭の下で、もはやじっと動かず佇むものは。
 丸く小山のように膨らんだ腹部と、其処に曳かれる緑。放射状に広げられた八脚が描く円、およそ1メートル程の――蜘蛛、だった。

「皆さん、集まったようですね。それでは説明を始めさせて頂きます」
 教室内へと能力者たちを迎え入れた藤崎・志穂(高校生運命予報士)は、やや急ぎ足に仕事の説明へと移る。それは今回の事件が緊急性の高いものである事を告げていただろうか。
「今回皆さんに討伐をお願いしたいのは、蜘蛛型の妖獣です」
 それが現れたのは、人里……それも、とある民家の中なのだと言う。
 民家の住人である老人一名が蜘蛛糸によって捕らわれ、既に一日以上が経過。
 まさに、事態は一刻を争うと言えよう。
「目標となる家は、一戸建ての平屋。玄関と勝手口の鍵は開いている筈です」
 部屋数は4。妖獣のいる部屋までは、玄関・勝手口いずれからも最低1部屋を抜ける必要がある。窓から直接侵入する場合はその限りでは無いが、施錠されている上に敵前である。その場合、窓を破壊しなければならないだろう。
「ご老人を捕らえている妖獣の他に、もう少し小さいものが2体。これはそれぞれ別の部屋で侵入者を待っているようですね」
 つまり、大型妖獣の元へ直接侵入するか、小型妖獣との戦闘を経るか、またはその両方を同時に選ぶのか。方法は能力者達に任されているが、それぞれメリットとデメリットが存在する事を頭に入れて置かねばならない。
「そして、妖獣の戦闘能力に関してですが……」
 前肢での引っ掻きを基本として、それは多彩に及んでいた。
 まず、口から吐く糸。絡め取られれば、いかに能力者と言えど身動きが取れなくなってしまうだろう。また、大型の蜘蛛ともなればその糸も強靭であり、絡め取られるだけで損害を受け続ける事となる。
 次に、その口に備えた牙である。これは噛み付きと共に猛毒を送り込んで来るのだと言う。
「強敵です……くれぐれも注意して、臨んで下さい」
 真剣な顔で告げた彼女は、最後に被害者について一言を述べていた。
「恐らく、非常に衰弱していると思います。長時間恐ろしい目に遭われていた事ですし、狂気に堕ちる寸前かもしれません」
 可能な限り早期の救出と、救出後のケア。
 成功条件外ですが、それも宜しくお願いしますと彼女は告げる。
「では……この仕事、宜しくお願いします」
 最後に改めて能力者たちを見回し、志穂はそう言って頭を下げたのだった。

マスターからのコメントを見る

参加者
闇無・白夜(高校生魔弾術士・b00220)
防人・八葉(高校生青龍拳士・b00893)
不破・周(高校生魔剣士・b01183)
八嶋・双伍(高校生霊媒士・b05016)
不知火・戒屠(高校生ゾンビハンター・b06014)
嘉住・柾砥(高校生青龍拳士・b06094)
藤城・新次郎(高校生魔剣士・b07138)
朏・渓史(中学生魔弾術士・b10231)
御井・夜鳥(高校生魔弾術士・b10777)
緋室・朱莉(高校生魔剣士・b15509)



<リプレイ>

●拙速を尊ぶ
 硬質な音と共に切り取られる硝子。
 突き入れられた朏・渓史(中学生魔弾術士・b10231)の指が、落とされた鍵を開ける。
 開かれた窓より覗くのは、顎門を開くかのような、白く煙る闇。
 それへと身を躍らせた嘉住・柾砥(高校生青龍拳士・b06094)は、そう広くは無い部屋の中に、蠢く妖獣とそして中空に吊り下げられた白繭を見た。
「――ち」
 思案の時間は無かった。八眼を闇に煌かせ彼へと気付いた蜘蛛は、即座に糸を放つ。
 それは白い濁流となって彼を押し包まんと迫り、危ういところで柾砥はそれを回避していた。
「試す時間すらも無い、か!」
 身を投げての前転。回転の終わりで膝を突き、その手甲より焔を迸らせる柾砥。
 突き刺さり、吹き上がった火柱に照らし出され、窓を蹴って飛ぶ不知火・戒屠(高校生ゾンビハンター・b06014)の姿が茜に踊る。
「こいつが……!」
 手中に唸りを上げる刃。回転する鮫牙が、硬質な輝きを見せる蜘蛛の脚を噛んだ。
 そして、それと合わせるようにして双剣を振るう不破・周(高校生魔剣士・b01183)。
 チェーンソーを受け止め、僅かに身体を硬直させた蜘蛛へと突き刺さる左剣。身を翻すようにして次いで振るった右剣に、その眼球の一つを抉られながらも蜘蛛は怯まない。
 前肢を鎌の如く構え、重く振り下ろした一撃は周の体を枯葉のように舞わせていた。
「ぐ……っ!」
 空中で体勢を立て直し、畳を滑る靴底。双剣を眼前に重ね、防御の構えを取る彼の瞳に、更なる追い討ちを加えんと迫る蜘蛛の姿が映る。

●時、同じくして
「じいちゃん待ってろ! すぐ行くからな! イィグニッショォォン!」
 手甲――『武尊』と名づけられたそれに覆われる拳を握り締める防人・八葉(高校生青龍拳士・b00893)。重い金属音と共に魔力弾が装填されたそれを構え、部屋の扉を開く。
 蜘蛛は、部屋の中央にその八脚を広げ、陣取っていた。
 旋回に適した多脚を蠢かせ、彼を向く蜘蛛。ほぼ同時に奔る白を視界に見て、彼はサイドステップを切り白条と交錯する。そして一気に蜘蛛へと駆け寄り一撃を放っていた。
 50センチほどの蜘蛛。蜘蛛としては巨大ではあるが、人と比しては当然の事ながら小さいものだ。しかしそれでもなお、中肢を引き寄せ彼の拳を受け止めた蜘蛛に、八葉は瞳を見開いて驚きの表情を形作る。
 小型のつるはしとも形容出来そうな前肢による反撃を、しかし阻み。蜘蛛を転倒させた横合いからの一撃は御井・夜鳥(高校生魔弾術士・b10777)の放った魔弾。
 焼かれ、燻る傷痕に何等の痛痒も見せず、器用に起き上がった蜘蛛は前肢を振り上げ間合いを取った。
「わりぃな夜鳥!」
「礼はいらねぇよ。とっとと片付けるとしよう」
 一度拳を打ち合わせた八葉の感覚では、小蜘蛛と自分の実力はほぼ互角か、ややこちらが勝る程度。普通にやれば負けはしない……そう、糸や毒を受けない限りは。
「分かってるさ!」
 再び握り締めた武尊に弾丸を装填し、彼は油断無く目前の蜘蛛を睨んだ。
 そして、虚心の狩人は地に接した六脚を蠢かせ、その姿からは想像も付かない程素早い突進を繰り出す。それを再度の開幕の合図として、彼はその拳を振り翳していた。

 鈍い音を立てて壁に縫いとめられるもの。白糸の端より覗くそれは、和装の袖か。
 しかし、その厚さはあまりに薄かった。己が縫い止めたものが衣服だけである事に蜘蛛が気付くのは、その脚一本が半ばより切り取られて後――
 逆袈裟に刀を振り抜いた藤城・新次郎(高校生魔剣士・b07138)。その刃尖が旋回し、上方からの斬り下ろしへと移行するが、これは僅かに遅い。
 前方へと逃れた蜘蛛が、引っかけるようにして放った前肢の一撃を受け、よろめく彼。
 しかし、追撃へと移ろうとした蜘蛛の動きは、その身を縛り上げる焔の蔦によって阻まれ、じたばたと無様なもがきを見せるのみとなる。
「――…逃しません」
 閉じた魔道書を胸元に、佇む闇無・白夜(高校生魔弾術士・b00220)。
 指先の間より覗く背表紙に嵌め込まれた動力炉からは、淡い煌きが流れていた。
 そして、焔に縫い止められた蜘蛛へと、新次郎は再度の斬撃を刻む。火焔によって繕われた蜘蛛の巣に蜘蛛自身が架けられる姿は、どこか皮肉さを齎していただろうか。
 柔らかな腹部を断たれ、緑の体液に和えられた内臓を毀れ落とす蜘蛛は、焔の戒めを解いて地面へと降り立った。その様子に苦痛は無い。怯みは無い。ただ死の瞬間まで、定められた本能のままに戦いを求める風情があった。
 それは昆虫独特の硬質な、そして異質な精神。
 毒液を滴らせた牙を剥き、ひたすらに突進を行うそれを、新次郎の刃が迎える。

●糸操りの舞
 牙を阻む気弾。それは仄蒼い残光を曳いて、蜘蛛の眼前に光を散らした。
「残念ですが、そこまでです」
 宣言を告げた八嶋・双伍(高校生霊媒士・b05016)。そして一瞬遅れを見せた蜘蛛に、眼前の双剣を翻した周は、戒屠とタイミングを合わせて再度の攻撃へと踏み切る。
 しかし、それは振り上げた脚によって完全に受け止められていた。
「嘘だろ……っ!?」
 両側からの三刃を弾き、その剛毛に覆われた脚より火花を散らす蜘蛛。
 だが僅かに硬直したその瞬間を、緋室・朱莉(高校生魔剣士・b15509)の赤眼は捉えていた。
「……目標、捕捉」
 窓越しの火焔。蜘蛛の顔面へと突き刺さり、爆炎と共にそれを緋に包む朱莉のフレイムキャノン。それを闇中の目印として次々と追う、火焔と水刃。
「こいつは文句無く直撃……だけど」
 クリーンヒットが少ない。殆どの攻撃は受け止められ、その威力を殺されている。
 眼前に魔法陣を置き、威力を増幅した水刃を放った渓史は渋い顔をする。
 火の玉となった蜘蛛が、新たな三名の侵入者に警戒を向けるようにして後退。そして纏った炎をかき消しながら跳躍し、壁へと取り付くその口からは、再びの白――!
「ちぃっ!」
 舌打ちを打ちつつ腕に炎を纏わせる柾砥。殺到する糸の群れを焼き裂こうと振るう腕は、しかし間に合いもせずただ押し流される。
「いい加減に……!」
 再び左右から強襲する刃を、迎え撃つべく前肢を振り上げた蜘蛛。しかしその姿に、今度は先んじて突き刺さったのは、双伍の雑霊弾と渓史の水刃である。狭い窓枠の外より射撃を試みる朱莉は、蜘蛛の動きに射線を確保出来ずにいる。
(早く倒して、楽に……被害者の方も、そして蜘蛛達も……)
 背に護った繭からの呻きを聞き、手中の風水盤は光を強めるかのよう。ベニアズマと呼ばれたシャーマンズゴーストもまた、回避の隙を奪うかのように火炎を重ねる。
 それは格闘と射撃の波濤。押し寄せるそれに、理解しつつも二択を強いられた蜘蛛は守りを固め。弾かれた水と光を纏いながら、二方より閃いた三刃は踊った。

 掌に収束された力が開放され、蜘蛛と八葉を太い衝撃の渦が繋ぐ。
 ぱぁんと甲高い音を立てて割れる、付近の花瓶。そして標的を過ぎ、その後ろに在った薄い板天井にまでも爪痕を刻んだ衝撃は、生まれた時と同じく唐突に霧散。
 その後を微細な破片と共に、蜘蛛妖獣が落ちてくる。
「あっちゃあ……少し派手過ぎたか?」
「頼むぜ防人、後片付けが増える」
 倒れた蜘蛛に追い討ちを加える夜鳥。
 しかし瞬時に起き上がった蜘蛛を過ぎり、放った魔弾は床を叩いた。
「そっちこそ!」
「……別に燃えて無いからいいだろう、って……うおっ!」
 接近しての、狙い済ました白糸の一撃。それをまともに食らった夜鳥の動きが止まる。一切の挙動を封じられた彼の姿を見、八葉は僅かに冷や汗を見せていた。

 同じくして別の場所で、糸に絡め取られたこちらは白夜。
「――っ……返礼という事ですか」
 完全に身動きが取れない事を悟り、やや眉根を寄せた彼は、もがきつつ呻く。
 その考えが蜘蛛にはあったのだろうか。
 否、ただ……幾度かの激突で傷を負っている新次郎を、その獲物として優先しただけなのだろう。
「甘く見られたものだ……!」
 治癒符で自らの傷を癒す新次郎。前肢による攻撃を刀を翳して防ぐが、それは自ずから彼を逸れていた。更に一歩の間合いを踏み込んで、その牙が暗く閃く。
 それを、縦に刃を構える事で寸前で止めた彼。強力で押し込まれる牙が迫った。

●白繭の檻
「むざむざと……やられるものか!」
 その身に牙を打ち込まれながらも、渾身の力で蜘蛛を押し返す新次郎。
 口元を浅く刃に切り裂かれ、一本の牙を毀れ落とした異貌が床を背に空中を舞う。
 そして、戒めより逃れた白夜の指先。そこに踊る焔が体勢を立て直し切らぬ蜘蛛を射る。
 業と燃え盛る茜の中に、黒ずんだ八脚が揺らいだ。
 キ、と小さな悲鳴を漏らした蜘蛛は、その脚を腹側に折り畳むように小さくなり、じゅうじゅうと体液を焦げ付かせる異音の中で燃え尽きてゆく。
「――…お休みなさいませ」
 既に消え失せるそれへと一瞥を投げ、白夜はその衣服の裾を翻していた。

「もうちょい……行ける!」
 側面へと回り込み、放った一撃。炸裂音と共に突き刺さった拳は蜘蛛を大きく揺らがせる。砕けた脚が二本宙を舞う中で、唇に笑みを刻む八葉。
 しかしその笑みは、損害をものともせずに身体をぶつけて来た蜘蛛の牙によって奪われてしまう。
「しまった!」
 流し込まれる毒に痛恨の叫びを上げる彼。急速に低下する体温に唇からは僅かな喘ぎが漏れ、その顔は一瞬で白蝋のように青褪める。
「ちっ……あの馬鹿!」
 それを見て、夜鳥は自らの身体を戒める蜘蛛糸を解くべく全身に力を込めた。
 果たして、僅かな緩みを見せた糸から長杖を引き出し、先端を蜘蛛へと向ける。ヤドリギを模した銀鎖が巻き付く楢の杖。備えられた回転動力炉が唸り、撃ち放たれる火焔。
 結果から言えばそれは当たらなかった。一瞬前まで蜘蛛がいた床を火焔は叩く。
 だが、回避のために蜘蛛が見せた隙は、敵の前にあって致命的な程に大きく。
「喰らえ! 超絶昇天地獄極楽撃ィ!」
 ご――と、真正面から貫いた拳は、蜘蛛の頭部を完全に粉砕し、更にはその胴を半ば程まで抉って……漸くにして、それを絶命させていた。

 そして、こちらも――
 空を薙ぎ裂いて駆け抜ける二条の閃光は、両の袈裟掛けとなって蜘蛛を切り裂く。
 蜘蛛は成す術も無く……否これは、より遅い戒屠に狙いを絞っただけか。チェーンソーでの一撃を受け止め、弾き返された彼の背が、畳を滑る。
 更にはそのまま圧し掛かるようにして牙を閃かせる、蜘蛛。
 だが、横合いから伸ばされた火焔が、一瞬前にその身体を火に包んだ。
「そういつまでも、縛られてる訳にも行かねぇんでね」
 深い疲労をその顔に刻む柾砥。火焔を放った腕をそのままに、片膝を付く。
 残る七眼のうち幾つかを、それへと向ける蜘蛛。その下方より唸りを上げる刃が、柔らかな腹部に深すぎる爪痕を刻んでいた。
「鳴け……カーディナル……!」
 半ばで止まった刃を、力を込めて握り締めた戒屠は両足を蹴る。そして更に――鮫牙の唸りを取り戻したチェーンソーが、悲鳴じみた叫びと共に蜘蛛の腹を割り開いた。
 腹部に染め抜かれた緑。眼のようにも見える紋様を真っ二つに切り裂き、なおも止まらず。体格に比して華奢な脚の付け根と口元の牙までもを挽肉へと変えた刃は、全ての抵抗を突き抜けたその先で、沈黙していた。
 そして……どう、と重たげな姿を横たえる蜘蛛。
 その姿は暫しの間、脚を力なく戦慄かせていたが……やがて沈黙し、消失していった。

●淵に立つ者
 まるで、赤子のように四肢を縮め、老人は繭の中で震えていた。
 その身体は自ら流した血によって真紅に染まり、糸が食い込んだものだろう微細な傷痕に隙間無い程に覆われている。
 僅かな……呻きを漏らした老人に、間髪を入れず導眠符を放つ新次郎。
 抵抗も出来ず意識を失う老人を見て、渓史はその表情に苦さを足していた。
「何か、ただ眠らせるっていうのも悪い事した気がするけど……」
「仕方ねぇさ。狂いかねない程恐ろしい体験をしただろう相手に、言葉がどれ程の意味を持つか……それに、この惨状を見せる訳には行かねぇしさ」
 今はただ、眠って貰うのが一番だ、と言う夜鳥。
 そして、老人の顔色を確かめた周は、ほっとしたように息を吐いていた。
「弱ってはいるけれど、そう深刻でも無いようだね」
 少なくとも、これは救急車を呼ぶ程のものではあるまい。
「では、皆さんで片づけを……」
「よーし、全力掃除だー! ピッカピカにしてやるぜー!」
 双伍の言葉に、快活な笑みで返した八葉。
 そして彼らはそれぞれに、各々の持ち場を片付けるべく家の中へと散って行った。

 ――悪夢を、見ていたようだ。
 布団に身を起こした老人は、静まり返った部屋を見回す。
 やや、様相を変えたような部屋の中に僅かな違和感を感じはしたものの、電気が点けられ片付けられた室内に、先程まで夢の中で己が囚われていた白色の檻など何処にも無い。
「気が、付かれましたか?」
 不意に掛けられた声に、自分でも情けの無い悲鳴を上げて振り返る老人。
 あまり感情を見せない赤髪の少女が、彼を見ている。
「な、何なんだ……あんたは。人の家で何を……」
「日中に野球のボールを誤ってお爺さんの家の窓に打ち込んでしまい、謝りに友達同士でお家にお邪魔したところ、お爺さんが倒れているのを発見したので、介抱させていただきました」
 すらすらと述べる少女。割ったという硝子に促されて初めて気付き、更にはそのボールまでもを見せられ、老人はぼんやりと肯く。
 そんな事もあるのだろう。倒れるような持病は無い筈だったが、自分も歳か。
「いや……それは、済まなかった。硝子の事は気にしなくてもいい。もう夜も遅いようだし、早く帰りなさい」
 そう告げた老人は、俯くようにして何事かを考え、そしてぽつりと呟いた。
「――蜘蛛が」
「蜘蛛……? そういえば、寝言で蜘蛛がどうとか言ってましたよ」
 はっと顔を上げる老人。その顔は蒼白に褪め、冷たい汗に濡れている。
「いや、そうだな。夢だ……悪夢の話だよ」
「そうですか。では……お詫びに夕食を用意しておりますので、宜しければどうぞ」
 立ち去り際に告げられた言葉をやや経ってから思い出し、それに口を付けた老人は……ひどく、微妙な顔を見せていたという。
 それは無論……その味に、である。


マスター:Redmoon 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2006/12/09
得票数:笑える1  カッコいい18 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。